東方弔意伝   作:そるとん

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真っ紅な夕焼け

 

 

 

 

結局、目が覚めたのは、もう日暮れの時だった。

昨日遅くまでパチュリーに付き合って貰って、その後、疲れ果てた俺はそのまま眠り込んでしまった。

そうして気づけばもう日暮れ。

なんだかこのまま夜型になってしまいそう。

なんかやだな。昼に起きていたいな。

微睡みの中、ベッドの上でそうボソボソと考えていると、コンコンとドアをノックする音が聞こえた。

はい、と返事をすると、その扉は開かれた。

 

「あら、もう起きてたのね」

「あぁ、咲夜。起きるの早いんだな」

「従者ですもの。あなたも早いじゃない」

「まぁ、な」

 

夕暮れ時に『起きるの早いな』なんて変な感じがするな。でも、実際そうなのだ。今の時間帯は俺らでいう"早朝"で、明け方は俺らでいう"夕暮れ"で……。

ダメだ、ややこしい。あまり考えないでおこう。

ともかく、俺らでいう"早朝"の時間帯に現れた咲夜は、いつもの服に着替えていて手に持ってるジョウロから、既に仕事を始めている事が伺える。

 

「大変そうだな、吸血鬼のメイドってのも」

「もう慣れたわよ。昼に甘味屋やるのと変わらないわ」

「昼にやっても夜にやっても暇なんだよ、俺は」

 

皮肉も少し混ぜて言った。

甘味屋とメイドでは忙しさが違うのだよ。だから謙遜する事はないよ、咲夜。俺がちょっと惨めな気持ちになるだけだよ、咲夜。

予期せぬ精神的ダメージ(自滅)を食らったが、明日には甘味屋を開いておきたい。

ともあれば、もうお暇する頃だろうか。

と、そんなところに聞き覚えのある可愛らしい声が聞こえてきた。

 

「シオン……もう帰っちゃうの…?」

「え、妹様っ…!?」

 

思わず、咲夜は驚きの声をあげた。

それもそのはず、吸血鬼で言えば早朝である時間だというのに、眠い目を擦りながら出て来たのはフランだったのだから。

いつもなら遅い時間帯に目を覚ますフランである。だから、こうして、今こうして早起きをしているのか甚だ疑問なのだ。

その疑問に頭を浮かべていると、フランはまた、眠そうな声でか細くつぶやいた。

 

「なんだぁ……今日こそ出来ると思ったのに…」

「出来るって…まさか弾幕っ……」

「違うよっ」

 

この早い時間から再び募った死の予感に焦りを漏らすがフランの渾身のツッコミに安堵する。

だとするのなら一体俺と何をしたかったのだと言うのか。

その後の、少し不貞腐れたようにフランは言った。

 

「約束覚えてないんだ……」

「約束……ていうと…あ」

 

ふと、出会った時まで遡ってみれば、その答えはすぐに出た。

 

「思い出した?」

「うん…多分…よく覚えてたな」

「シオンは初めて出来たお友達だもの!」

 

フランのいう約束と、俺の思い出した約束が一致しているか分からないが、ほとんど確証した。

俺が忘れていたのはその約束より印象の強いイベントが後に待っていたからだ。

合っているか不安だから一応確認も混ぜて、俺は言った。

 

「ほら、あれだろ。"お日様の下を散歩しよう"ってやつ」

「そう!!良かった!覚えててくれてたんだ!」

「あぁ、いろんな意味で俺にとっても濃い思い出だったからなぁ……」

 

しみじみとその時の光景を思い浮かべる。8割方殺されかけてた記憶なんだけど。そうであっても、残った2割は今でも根強く心に残る素敵な記憶だ。一時的とは言えどすぐに思い出せなかったことに申し訳なさを覚える。

ともあれ、思い出したんだ。今すぐにでも散歩に……。

 

「しまった、もう日が暮れるな…」

「私も流石に世界の時間は巻き戻せないわよ」

「だよなぁ…」

 

どうしたものか。小声でボソッと放った呟きに咲夜が反応する。

まぁ、分かってはいた。そこまで出来たら実質彼女は神様的存在になるのではないか。

違う、そうじゃない。今は咲夜を神様にする話じゃあない。

今ならギリギリ太陽は出ているが、もう暮れかけて……。

そう悩んでいるところに、フランの声がした。

 

「ちょっとでもいいから、どんな時でもいいから、お日様を見てみたいの…」

「フラン……」

 

数百年地下にいたフランの気持ちを考えると、その言葉はひどく重たく感じられた。

別に、もう日が見られなくなるわけではないけれど、こうして約束まで覚えていてくれて、早い時間に起きてくれたのだ。

ここで何もしてやれないのは、あまりに情けない。

 

「分かった。フラン、こっちにおいで」

「ん?うん、分かった」

 

フランは扉の前から歩いて俺の前に立った。

身長差的に、俺のお腹辺りにあるフランの顔は若干の疑問の表情を浮かべて、こちらを見上げていた。

その顔の前に、俺はそっと、手をかざした。

 

「な、なに…?」

「今から、俺が魔法をかけてあげるよ」

「魔法……?」

「そう、お日様を見られるための魔法」

 

フランと咲夜は少し驚いた表情を浮かべた。

それもそうだ、吸血鬼は本来のお日様の下で歩くことは出来ない。日傘で多少はカバー出来るものの、それでも昼間に出かけることなどありゃしない。

ましてや、吸血鬼が日の下を歩ける魔法なんてありゃしない。

でも、俺なら出来る。

今だけ、少し自意識過剰になってみようと思う。

 

「そ、そんなの…パチュリーだって難しいって……」

「俺なら出来るよ。なんてったって、運命を覆しちゃう男なんだぜ」

「…!!」

「ちょっと、あまり無茶は…」

 

フランは何かを思い出したような表情を浮かべた。

そうして、俺の言葉の意味を察した咲夜は俺の身を案じてくれた。

けれど、俺はそれを聞かなかった。

 

「無茶なんかじゃないよ」

「え……?」

「可愛い可愛い妹様のためにやる事が、無茶なもんか。それに、俺もフランと散歩したかったんだ」

「シオン……」

 

咲夜は未だに心配の表情を浮かべる。

その優しさに少々の罪悪感を覚えるが、俺はその行動をやめるつもりはない。

ほんと一時だけの魔法で、体力削られるけど、

ーー不思議と今なら出来そうなんだよ。

 

 

 

 

そうして、俺はフランを優しく見つめたまま、

 

 

1つの事実を、覆した。

 

 

 

ーーーーー

ーーーーーーーーーー

 

 

 

 

『魔法をかけてあげるよ』と、シオンは言った。

その言葉はどこか優しくて、温かかった。

ただ、魔法をかけるのは一瞬で終わった。自然と瞑っていた目をゆっくり開いたが、目の前の光景に変わったところは何もない。

私は思わず疑問を口にする。

 

「あ、あの…シオン?一体何をして……」

「よし、じゃあ、フラン」

「ん?」

「一緒に外に出ようか」

「……え?」

 

そんな気の抜けた声が出る。

冷静なってみれば、そんな声が出るのも頷ける。

そんな事、考えなくともわかる。

 

「だ、だって、まだお日様出てるよ?もう沈んできてるって言っても……」

「大丈夫だよ。太陽は早朝でも夕暮れでも綺麗なんだよ。それに…」

「……?」

「俺が魔法をかけたんだ。保証はするよ?」

 

そう自信満々に、けれど手で顔の右半分を恥ずかしそうに抑えながら、シオンは言った。

 

「で、でも……」

 

それでも、まだ私は勇気が出ずにいた。

次いつ会えるのかと考えると、シオンを信じてみたい。今すぐにでも、ちょっとの時間でもいいから、外に出て、シオンと一緒にお日様を、夕焼けを見てみたい。

けれど……

 

と、決心がつかない私の左手はいつの間にやら握られていた。

 

「って、えぇ!?シオン!?ちょっと!」

「本当ならお昼の時間に散歩したかったんだけどな、でも、俺は幻想郷の夕暮れが一番好きなんだよ」

 

そう、ほんの数メートル先にある玄関の扉を見つめていた。私の右側に立つシオンの横顔は優しく微笑んでいた。

それに見惚れていると、ふいに右手が引っ張られた。

シオンの左手に連れられて。

そうして、眩しいほどの笑顔で彼は言った。

 

「この紅魔館にピッタリなーー

 

 

 

 

ーーー真っ赤な夕暮れだよ」

 

 

バン!と勢い扉は開かれた。

そこから差し込む光が眩しくて、思わず目を閉じる。

外に出てから数歩先に止まってから、私はゆっくり目を開いた。

 

…。

 

……。

 

 

「わぁ…!!」

「めちゃくちゃ綺麗だろ」

「きれー……!!」

 

目の前の光景に目を見張る。

太陽の光を浴びているのに、平気でいられている事にも驚きなのだが、それすらも忘れてしまうくらいの絶景。

 

紅魔館のすぐ前にある霧の湖、その奥は拓けていて、太陽は地平線にそのまま沈んでいくように見える。

夏の終わりとは言えど、太陽はジリジリと周りを焦がし、真っ赤に、あるいはオレンジに燃えていた。

 

「どうだ?フラン、どこか体調悪かったりするか?」

「えっ、あ、ううん!大丈夫だよ!!」

「そっか……良かった」

 

外に出てからも、真っ直ぐとシオンは前の景色を見据えていた。けれど微笑みは薄れず、優しいままだった。

優しい表情のまま、シオンは、

 

「幻想郷に来てから、何度もこの景色を見る。その度に感動するんだ。胸の奥で、こう…感じるものがあるんだ。綺麗な赤色だ。紅魔館に、紅魔館のみんなに、

 

 

ーーフラン達に良く似合う、真っ赤な夕焼けだ」

 

ぽつぽつと優しい声で話した。

私はその表情が、その声が、シオンが、どうにも愛おしくて仕方なかった。

気づけば私は動いていた。

 

「シオン」

「ん?」

 

と、疑問符を浮かべてチラッとこっちを見たシオンの襟首を強引に掴み、

 

「え、ちょっ……!?」

「ーーーー」

 

静止。

写真のように、その一瞬だけ時は止まったようだった。

強引に襟首を掴まれフランに向き直った状態で屈んだシオンは、背伸びをしたフランと、

そっと、唇を重ねていた。

ほんの数秒が、長く感じられた。

そうして、唇はパッと離された。

シオンはまだ、混乱しているようだった。

 

「……ぇ」

「ふふ、お礼だよ!」

「は、はは……大胆なお礼だな…」

 

シオンは恥ずかしそうに口元を手で隠して、また夕日の方を見た。

私は、そんな彼を、彼に負けず劣らずの笑顔で見つめた。

 

 

 

 

ーーーーー

ーーーーーーーーーー

 

 

 

その後、シオンは「じゃあ、そろそろ」と言って、紅魔館を後にした。

最後にもう一度夕焼けを目に焼き付けてから、紅魔館へと入っ……

 

「何してんの、咲夜…」

「……いえ別に」

 

入ろうかと思っていたのに、玄関の前で膝をついて分かりやすく項垂れている。

ただ、変なところ意地張っていて、悟られないようにと顔だけはいつものようにキリッとしている。

それが余計にアホっぽく見えてくる。

 

「分かりやすく落ち込んでるじゃん…」

「夕日をバックに…とても綺麗でした…」

「そう思ってる人の行動じゃないよ」

 

落ち込んでいる理由は大体察しがつく。咲夜の目の前でしてしまったのはちょっと酷かったかな。

まぁ、でも……。

 

「いつまでも素直にならない咲夜が悪いんだよー」

「いもうど、ざまぁ……!!」

「そんな親の仇みたいに見ないでよ…」

 

呆れと笑い混じりに、私はそう言った。

うーん……変に余裕ぶってしまったものだから言いづらい。

まぁ、でも、隠しておこう。

さっきの夢のようなひと時を思い出しては、

私は、夕焼けみたいに、頬を真っ赤に染めるのだった。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

紅魔館を離れてから数分経つ。

紅魔館から少し離れた落ち着いた森の中を飛ばずに歩いていた。

未だに俺の頭の中で混乱と動揺がグルグルと頭の中搔きまわす。

最近の子はませてるなぁなんて思ったけれど、俺の何十倍も年上だった事に気づく。

それでも、彼女の笑顔は、幼く、眩しくて、素敵だった。

それが見れたのなら、満足かな。

 

心配させまいと変に気を遣って、フランの方を見ずに、自然と溢れる笑みにその場の感情と言葉を任せた自分に嫌悪感を抱く。

それでも……

 

「あの場面で、こんなの見せたかないんだよなぁ……」

 

その場に足を止め、すぐ足元を流れる川の水面を見つめる。

 

飛ばないで移動しているのは、"飛べない"からだ。

 

随分と力を使うものだ。元々ある事実を覆す事も容易ではない、と。ルール違反だと、そう言われてるみたいで、副作用と少々の痛みが現れる。

 

先刻の頬の赤みより、ずっと紅く、濁った黒が混ざった『右目』が、

 

 

水面越しに、俺をじっと見つめていた。

 

 

 

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