幻想郷の残暑も過ぎ、庭先に咲いた金木犀が良い香りを出す。
涼やかな風は少し乾いていて、その金木犀の香りを運ぶ。
そんな心地よい陽気の中、外のベンチに座って穏やかな一日を過ごす。
……つもりだったんだけど。
「一週間ずっと雨か……」
ここのところ、幻想郷は梅雨レベルで雨が降り続いている。
最初は、元の世界のように車の音はなく、シトシトと静かに降る雨も風情だなと楽しんでいたのだが、こうも続くと流石に気が滅入る。
一応、店のカウンターに座ってはいるのだが、ここ最近になって雨も勢いを増し、風も強くなってきた。こんな中、人が来るわけもなく……
「暇だな……」
ただただ暇していた。
そうポソリと呟いた直後、一際大きな風が吹いた。
ガタガタガタッ!!と扉と窓を揺らす。
なにこれ、超怖い。
雨も横殴りのようで容赦なく吹き付ける。
……なんだろう、この感じ身に覚えがあるぞ。
秋口になって、この大雨と強風……。
元いた世界では中々に馴染みがーーあっても嫌だけどーーあるな。
そう、このレベル雨風は…言うなれば……
「台風…?」
そうポソリと呟くと、またしても一際強い風が吹いた。
ガタガタドガッ!バキィッ!!と扉に強い衝撃が走る。
うわ〜、怖い。
こんな中絶対誰も来な、
いや、待って待って待って待って?
完全に音おかしかったよね?
百歩譲ってドガッ!まではまだ風って言えるけどね、ね?
バキィッ!!ってなに?
完全に風のレベルじゃないもん。
かなり大きめの個体が衝突したレベルじゃん。
……あんまり、開けるもんじゃないけど…。
大きな衝撃を受けた扉もとい、その衝撃の原因を調べるべく、引き戸をガラガラと開けた。
「うおぉ…!」
一気に入ったきた強風と雨に驚く。本当に台風の勢いそのもので、思わず目を閉じる。
雨が吹き付ける中、何とか顔を上げて目を開く。
…うん、扉は大丈夫だな、壊れてない。
ひとまずは安心だ。
さて、問題はやたらと大きい衝撃だけれど……。
何か大きなものが飛んできたのだろうかと、周りをキョロキョロと見る。
が、それらしいものは見えなかった。
なんだ…本当に風だったのか……。
そう結論づけ、早く扉を閉めようとする。
あまり開けておくもんじゃあない。
そうして、引き戸をガラガラと閉め、
ようとした時。
「……えっ?」
不意に俺の足首は力強く掴まれた。
驚きと若干の恐怖を含んだ声をあげて、恐る恐る視線を下にやる。
そこにいたのは……
「ご……」
「ご?」
「号外です……」
「ブン屋も台風の時くらい休んだらどうだ……」
ビッショビショで玄関に倒れ伏せた、
烏天狗こと、
『射命丸 文』だった。
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ーーーーーーーーーー
「いやぁ〜!すみませんね!急に上がり込んだ上にお風呂まで貰っちゃって!」
「うん、いいからいいから、とりあえず頭拭いて」
にこやかに笑いながらホカホカしている射命丸は、ここに来た時の変わらないくらいに髪の毛ビショビショのまま居間のテーブルの前に座った。
ほら、もうテーブル濡れちゃったじゃん…。
とりあえず、射命丸は元気そうで良かったのだが、
「なんかあったのか?射命丸?」
「えぇ!そりゃあもう!!」
ビッショビショの髪を振り乱して全力で肯定する。うん、もう少し落ち着いてくれ。
とはいえ、何かあったのかと気になるのも、いつも以上に忙しない射命丸と挙動から何かあったのかと把握も出来る。
でも、やっぱもうちょい落ち着いてくれ。
テーブルの水滴を全て拭き取ると、射命丸はゴソゴソとカバンから一枚の紙を取り出した。
「これです!!」
「号外…?あぁ、そういやそんな事言ってたな」
「そうなんです!というか、現時点でもうおかしい事に気づいてください!」
「おかしい事……?なんかあるか?」
「えぇっ!?」
もはや元気だからなのか、緊急事態で忙しないのか、どっちが理由でこんなに射命丸のテンションが高いのか疑問になってきた。
まぁ、でも、おかしい事ね……。
ともあれば、緊急事態で必死になっているのだろうな。
だが、考えてみても何がおかしいのか分からない。
疑問に首を傾げていると、ようやく落ち着きを取り戻したかのように、射命丸は溜息交じりに言った。
「この雨ですよ、雨」
「雨?あぁ、まぁ、確かに強いけど…」
たしかに、ここまでの大雨ーーというか台風ーーになればニュースや新聞には載るか…。
ん?もしかして、
「おかしい事って、この台風?」
「そうです!間違いなくこの大雨異変でしょう!!」
「あぁ〜…そういう事ね。てっきり幻想郷にも秋の風物詩的に台風が来るのかと」
「んなわけないですよ!こんな雨風初めてですし、民家にも甚大な被害が出ますよ!」
「た、たしかに…!」
当たり前のように思って、被害を考えもしてなかった事に自分の甘さを痛感する。
それもそうだ。ここの建造物は紅魔館を除いて、殆どが木造。そこに巨大な台風、しかも滅多にないわけだから台風に対する意識も低いわけで。
そうなってしまったら、死者が出るレベルだ。
だがしかし、だ。
「どうするんだ?住民の避難とか、救助した方がいいのか?」
何か俺でも出来ることといえばこのくらいしかないわけで。
何か具体案があるのかと聞かれればこれくらいしか……
と、考えている時に、射命丸は元気良く声を発した。
「台風を止めます!」
「は?」
思わず、
射命丸の発言に、ノータイムで「は?」なんて言ってしまった。
「えっと、馬鹿なの?」
「何ちゅーこと言ってくるですか!!失礼な!!」
「だってね?お前…台風ってのは言わば低気圧の塊みたいなやつで、人間が手を加えて何かどうか出来るもんじゃないんだよ?」
たしかそうだった気がする。
昔、本で読んだ事がある気がする。なんか低気圧がぐるぐるーってなってバァーってなるって。
うん、適当すぎだな。読んだ気がするだけでイマイチ覚えてないな。
とはいえ、人間がどうにか出来る代物ではない事くらい考えずとも分かる。
射命丸は俺の発言にプンプンと怒りを露わにしながら言った。
「んなこたぁ分かってるんですよぉ!!」
「お前酒でも入ってんのか……?」
「いや、呑んでるわけ…じゃなくて!」
無駄にテンションが高いからてっきり酔ってんのかと。
我ながら名推理だと思ったんだが……。
射命丸はそんな俺をガン無視で話を続ける。
「最初に言ったはずです!『異変』だと!」
「あ、あぁ、そうだな。この大雨は異変だって……」
「そう!そうなんです!異変なんですよ!」
「まぁ、確かに、幻想郷規模で見れば異変……ん?異変?」
何かが頭をふっと過ぎる。
『異変』。
その言葉がどうにも引っかかる。
その答えはすぐに出た。
でも、まさか……
「つまりは…そゆこと?」
「分かってくれました?」
本当に"まさか"だった。
これで、射命丸の台風を止める発言も辻褄が合う。
うっかり忘れてしまっていた。
ここ幻想郷で言う「異変」は、
"誰かが意図的に起こしたもの"の事を言うんだった。
ただ、本当に本当?
「この台風……誰かが起こしてるのか?」
「はい、その通りです……」
「マジかよ……」
やべぇな、幻想郷。
慣れてきて久しく忘れていた気持ちを思い出した。
やべぇよ、幻想郷。
台風を起こせるなんて、とてもじゃないけど有り得ない。
だが、残念ながら、
ここは幻想郷だった。
幻想郷だから仕方ないか……。
久しく忘れていたそんな考えも思い出した。
「で、だ、誰が首謀者なのかとか思い当たる節はあるのか?」
「えと……」
「どうした?ないのか?」
「いえ…逆です」
「逆?」
「ありまくりなんです…」
シュン…と射命丸は少し肩を落とすと、テーブルに置いた号外に視線を落とした。
釣られて、俺も号外に目を向けた。
「《突如起きた厄災!》ねぇ…思い当たる節があるなら異変!って堂々と書いたらどうだ?」
「それも簡単に出来ないんです…」
「え、どうして?」
「それもこれも、今回の異変の首謀者…」
射命丸は一息置いて、少し声を震わせながら言った。
「…天魔様、なんです……」
「天魔様?」
「私達天狗及び妖怪達が棲む「妖怪の山」の、トップです……」
「うっわぁ…」
そりゃ、そのトップの下にいる射命丸は堂々と天魔の起こした事を記事に書けないわけだ。
思い当たるどころか身内レベルじゃないか。
身内がバンバン異変起こして困ってるじゃないか射命丸。
「そんなに怖いのか?天魔様」
「怒ると怖いですけど…」
「じゃあ、今怒ってる状態か…」
「怒ってるというか……」
「ん?」
妙に歯切れが悪くなったな?
まぁ、そんな簡単に自分達のトップをおいそれと話せるわけもないのかな。
「じゃあ、せめて天魔様の情報教えてくれないか?」
「え、ど、どうして……」
「止めるんだろ?台風」
「!!…手伝ってくれるんですか!?」
「もちろん。これ以上続くと危なそうだからな」
そう言うと、射命丸は「ひゃあぁ…!」と今日一番の笑顔を浮かべた。
すっごい嬉しそー。どんだけ困ってたんだ。
というか、異変なら……
「霊夢に話せば良かったんじゃ?」
「放っておいてもいずれ痺れを切らしてやってきますよ。今はまだやる気出てないと思います」
「何その顔色を伺って相談しなくちゃいけない巫女さん。扱いづれぇな」
射命丸は一度苦笑をすると、天魔の情報を全て話してくれた。
まぁ、聞いたところで俺の出来ることなんて高が知れてるけどね……。
かくして、大して何か出来るわけではない奴による、
異変解決及び
天魔退治が始まったわけである。
次回、
オリキャラ出てきます。