俺と天魔の戦いは天魔の「ウガァァァァ!!」というホイッスルと共に開始された。
そうして早10分(憶測)。
「あぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」
「ぐっ……!!くっそ!!」
その小さな身体のどこから発しているのかと疑問に思うくらいの雄叫びと共に、とんでもない量の氷柱を降らせてくる。
細くて見えないため、もちろん妖力を解放して応戦するのだが……。
「ガァッ!!くそっ…」
「ふん、吸血鬼を倒したと聞いたが…。なんだ、貧弱なのだな。お前も、吸血鬼も」
「ハッ、少なくとも…吸血鬼はつえーぞ」
「いや、自分を低くしてどうする……」
ただ天魔の言うことは正しい。その通りだ。
こっちは未だなす術なく、ただ妖力の解放で防御を続けているだけだ。このままではジリ貧間違いなし。
おまけに……
「くっ…らえぇ!!」
「どこに打っているんだ?」
「くそ…なんでだ…!!」
ほんの少しのスキを見つけては弾幕を飛ばしているのだが……。
ちっとも当たらない。それどころか弾幕が避けているように見える。何を言ってるが分からねぇと思うが、俺も何を言ってるのか分からねぇ。
ただ…本当にそうなんだ。
"天魔がちっとも動きゃしない"。
だとするのなら……。
「能力…」
「おっ、答えが見えてきたか?」
「風を操る……だと台風を起こせる原理が分からない…」
「考えている暇は無いよ!!」
「クソッ!!」
またしても大量の氷柱を生成する。
一か八かッ!!
この技は『視界に入らないと意味がない』。
見える距離まで…!!
全身から妖力を解放。受けるダメージを最小限に抑えたい。
強風の中、飛行も起立もままならないのだが、
踏ん張るしか……!!
地に着いた足をジリッと踏み込んで、
一直線にッ……!!!
悠々と飛ぶ天魔目掛けて拳を握って、一直線に猛スピードで飛ぶ。
それを見て天魔は口角を上げた。
「来たかッ…!」
「うらあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!」
「無駄だッ!!」
当たる寸前、天魔は右手を翳した。
のが、左目の隅に見えた。
俺と目の焦点が合わなかったのが幸い。それともこの雨でよく見えないのか?
好都合…!!
俺の視線はずっと、今にも落ちてくる、
氷柱しか見ていない!!
「ここっ…!!」
「なにっ……!?」
一矢報いる。
文字通りの展開だ。
俺はほんの少し、一瞬だけ目視出来た、天魔のすぐ背後の氷柱との、
位置を『覆した』。
「ぅあぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!」
「…………」
最後、天魔はただ黙って、俺の渾身の一撃を受けた。
ように見えた。
「遅いな」
「は……」
「は?」まで言い切れなかった。
俺の拳はただ空を切り、身体はその勢いに乗って前方へと放り投げられ……
「まぁ、その発想には驚かされたよ」
「!?」
不敵な笑みを浮かべた天魔がいた。
このままじゃ…!!
だが、天魔は速かった。
俺が態勢を立て直す前に、俺に詰め寄り、胸ぐらを掴んだら、
「破ッ!!!!!」
「ガハァッ!!?!?」
地面に向かって思い切り発勁された。
というか発勁なのか…?波動のようにも感じた。
ノーモーションで繰り出された衝撃波をゼロ距離で喰らい、下では土のクッションがお出迎えであった。
何が起きたのか分からない状況にガハァッの声に少々のクエスチョンマークを浮かべながら、
俺は落ちた。
「死ぬ……」
なんというか、デジャヴである。
何がデジャヴなのかというと、この死にかけてる感じとか。
鬼子母神ーー桜花の時もそうだったのだが、ここのところ、死にかけるとやけに頭が冴えるようだ。というか、神経が研ぎ澄まされたような感覚になる。
耳にはザーッと大雨の降る音、目には真っ黒な雲に、小さな天魔。
指先からドンドン冷たくなっていくのが分かる。
普通に考えればそうだったのだ。
桜花と戦って生きているのは、あれはほんの宴だった。
桜花も本気じゃないし、殺す気もない。
今回はどうだろう。
原因は異変。その首謀者は鬼子母神と肩を並べた天魔。
自分の野望の邪魔とあらば、殺してでも止めるのが普通なのだ。
そんな天魔に喧嘩を売ったらなぁ……。
そりゃ死ぬわ。
くそ……せめて、一発……。
能力くらい分かれば……それで……。
ーーーーー
ーーーーーーーーーー
デジャヴというものは、こんなにも続くものなのか。
気づけば、いつもの真っ白な空間。
そうして、いつもの嫌な声。
『やぁ、僕?元気してた?』
「…たった今、元気を失ったよ」
眼前でにこやかに笑うのは、ヨレヨレのシャツに、ボロボロのズボンを着た、見すぼらしい、あの頃の"子供の"俺だ。
たしか以前は俺の声だったけど……。
今回は少しだけ高い声になっている。
「お前は…なんだ、死神か何かか」
『どうしたの、急に』
「人の死に際の時ばっか現れるからな」
『うーん、あながち間違いではないかな!』
「人の児童期死神扱いすんじゃねぇよ」
『自分から言っといて!』
目の前の俺は大げさに驚いたように見せる。
そんなリアクションは裏腹に、今度は嫌らしく口角を上げて、その目を俯きがちにして、ボソリと呟いた。
『悪魔…かもね……』
「は、何?今度は悪魔呼ばわり?」
『悪魔の子が何を言っているの?』
「!?…ぐっ……何言ってんだ…!」
『お前は知らないんだ。自分がどういう存在か』
ふと頭に激痛が走る。
嫌らしい声に比例して、頭痛は増していく。
その声は脳に響くようにズキズキ痛む。
吐き気も増していく。
『いい加減思い出せよ。そんなんじゃ守れるものも守れないよ』
「うっ…るせぇ…!!」
『早く、僕を受け入れればいい』
「誰が…お前なんか……!!」
『……まさか僕自身から言われるとは思わなかったよ』
「何を……」
子供の俺は、哀れなものを見るかのような目で、けれどその鋭い眼光には確かな殺意のような恐ろしさも感じた。
朦朧とする意識の中、その声だけが確かに聞こえた。
あの頃とは声変わりして、低くなった声で。
今の俺と同じ声で。
『まぁ、せいぜい足掻いてみろよ。その覆す力で』
そうして、冷たい雨が降りしきる中で、俺は目を覚ました。
雨で冷やされたーーはたまた血の気が引いたのかーー頭は、恐ろしいくらいに、
冴えていた。
***
どうしよう……!
ヤバイ…!?
力加減間違えた…!?
間違えたよね!?だって死んでるもん!
地面をメキィ…って抉って死んでるもん!
「あ、あわわわ…どうしよう……」
私はいつもこうだ。
本当は臆病で根暗なクセに、ストレスとか鬱憤が溜まるとキレやすくなって暴走する。
若い頃なんて変に尖ってて、世の中至る所で鬱憤溜めては周りに当たって、喧嘩ばっかりしていた。
鬼子母神ーー桜花にまで喧嘩ふっかけたしなぁ……。
自分の行いを猛省する。
自分に非があるというのに…あげく異変レベルの被害を出したというのに……。
「自分のわがままのせいで……」
じわっと目頭が熱くなる。
勇気を持って止めに来てくれた青年を……。
思えば思うほど感情は大きくなる。
口から漏れ出そうなほど、その悲観は大きくなる。
我ながら、めんどくさい奴だなと、つくづく嫌になる。
「もぉぉおおおおやだぁぁぁあああ…!!」
「……うるさい」
「…へっ?」
目に涙を浮かべながらハッとする。
ザーザーと音を立てて降る雨の中でも、地面に横たわる青年の声は、凛として、小さな声でもハッキリと耳に聞こえた。
雰囲気が……!?
完全にさっきとは雰囲気が全然違う。
というか、見た目から違う。
彼、あんなに髪白かったっけ……?
と、直後。
「ッ!?……何?」
「……がえせ…つがえせ……」
フッと何かが頬を掠る。触れてみれば少々の血が出てくる。切り傷…?
青年に意識を移してみれば、ぶつぶつと嗚咽のような、どこか胸の内の叫びのような、そんな声が聞こえた。
次の一瞬、その声は若干の殺意を孕んで、ハッキリ聞こえた。
「…覆せッ…!!」
「なっ…!」
先刻、自分の頬に掠ったものの正体を知った。
私が殺さんとばかりに大量に浴びせ、地面に突き刺さったままの……
「氷柱っ…!」
正体を把握した時には氷柱は目の前にあった。
青年の言葉と同様に、殺気を含んで重力に逆らって飛んでくる氷柱は幾らかスピードが増しているように見える。
速いッ…!
「ハァッ!!」
「…………」
私が手を一振りすると氷柱は軒並み失速して落下していく。
立ち上がった青年は飛んでいる私を見上げていた。
そこで改めて見た目が変わっていることに気づく。ボサボサの黒い髪は、純白へと変貌していた。表情に先程のよう苦しさは感じられず、ただジッと私を見つめていた。
そうして、彼は口を開いた。
「『気圧を操る能力』か?」
「!!……正解よ」
「これなら風も吹かせられるし、天候も変えれる。だいぶチートじゃねぇか?」
「ち、ちー…?」
「反則的な強さって意味だ」
雰囲気こそ変われど、口調にこれといった変化はなく、最後に至ってはどこか皮肉めいた笑みを浮かべた。
お互い頭が冷え切った状況で、彼はもう一度提案してくる。
「……もうやめてくれないか?」
「う、うぅぅ……」
「それでもやめてくれないってんなら…」
大雨にも屈しず、ジッと、私を見つめて、淡々と放った。
「力ずくだ」
「!!……ふ、ふふふ…」
いつぶりだろう。こんなにワクワクするのは。
確か、同じような人がいたなぁ……。
ふと、その人の面影を彼に重ねる。
「…そっくり」
「え?」
「こっちの話……うん、そうね!そこまで言うのなら!」
いつかの時も、お人好しなやつが、私を止めに来たっけ。目の前の青年と全く同じ白髪で……。
生まれ変わりなのかと思うレベルでそっくりなものだから、私も楽しくなってきてしまった。
そう、この天魔相手に、このめんどくさい奴相手に、そこまで言うのなら!
「付き合ってもらうわよ!」
「徹夜コースは勘弁な…」
青年の少し困ったような笑みもつゆ知らず。
私はさっきの涙も忘れて、かつての若かり時の強気な笑顔で、
彼へと向かっていった。