あの日も同じような嵐だった。
頼れる母も死に、同族に虐げられる日々を打開するには強くなるしかなかった。
本当は脆い本当の私を押し込んで、強気に強気に生きていたら本当の自分を忘れた。
おかげで文句も陰口もなくなったけれど。
どんどん私は尖っていった。バカみたいな世の中に抗うかのように鋭く。
本気で、私より強い奴なんていないって思っていた。
彼女に会うまでは。
「あのさ、お洗濯物乾かないからやめてくれない?」
「……は?」
「だからぁー、この雨あなたのせいよねー?知ってるのよ?あっちこっちで大嵐と一緒にやってくる破天荒天狗がいるって!」
この人間は何をしてるんだ。
傘もささずーーまぁ、さしても無駄だけどーービショビショで何を言うかと思えば、雨を止めろ?
「喧嘩売ってるのか?」
「違うわよ、止めてくれればいいだけの話」
「ふん、私を倒せたらな」
「なんでこうも野蛮な奴ばっかなんだ……」
どう足掻いても喧嘩する事に若干呆れたような態度をとる。
だが、その表情もすぐに変わった。
人間というにはあまりに強気で凛々しく、
妖怪というにはあまりにも人間的であった。
私の前だというのに口は不敵な笑みを浮かべて、
真っ白な長い髪を風に靡かせて、
透き通るまでに綺麗な赤い目は、
ジッと、私を睨みつけていた。
ーーーーー
ーーーーーーーーーー
「(懐かしいこと思い出しちゃったな……)」
私は、古い友人の出会いを思い出していた。
それは急なものではなかった。
それもこれも、
目の前の血だらけな青年のせいだ。
「どことなく似ているのよね……」
全身血だらけだというのにまだ倒れないでいる。
膝をついたまま動かない。
その表情は伺えないがボサボサな白髪は彼女を彷彿とさせる。
青年の近くに降り立つとより一層そう思わせられた。
まぁ、彼女ほど強くはなかったけれどね。
私はここまで戦った彼を労う。
名前は知らないけど、久々に楽しかった。
「人間にしては良く頑張ったわ。もう諦めなさい」
何て声をかけていいか分からず、最後に青年にそれだけ言ってその場を去った。
「俺が……助けなきゃ…」
「…ん?」
大雨でうまく聞こえなかった。
が、たしかに何か聞こえた。
呻き声のような、苦しそうな声。
「オレ…がぁ……!助けなきゃ……!!」
「…まだ動けるのか」
今度はハッキリ聞こえた。
決意のようで、その声はどこか悲痛で、
苦しそうだった。
嗚咽混じりの盟誓のようなものは続いた。
「俺が弱いからっ……またみんな……あぁっ…あぁぁぁ……!!」
あまりに苦しそうな青年を見てはいられず、思わず声をかける。
「お、おい、大丈…」
「あ、ア…アァァッ……!!
アァァァァァァァッッ!!!!!」
「!!」
一際大きい、叫び、いや、嘆きか?
青年の慟哭は張り裂けるような声だった。
それと同時に。
私でさえ身震いするほどの闇を感じた。
それは殺意のようで、決意のようで、
悲しいくらいに、
辛そうだった。
「な、何が……」
「俺が、守らなきゃいけないんだ…!じゃなきゃまたみんながキズついていくから、救わなきゃ、たすけなきゃ、俺が、おれが俺がオレガ俺が……!!
オレが……ッ!!
まもラナキャ」
「!?」
刹那。
周りの景色さえ歪むほどの闇が視界を覆った。
激しい衝撃波も伴った。軽く私は吹き飛ばされる。
すぐに体制を立て直して、衝撃波の発生源に正対する。
「!?……嘘でしょ」
もうそこには白髪の青年も、血だらけの青年もいなかった。
人間らしいところは1つとして見つからない。
化け物のような姿に、全身は黒く、張り巡らされたかのように体中には真っ赤な脈がいくつも流れていた。
脈が集まる心臓部はこの嵐の下でも紅く煌々と輝いていた。
脈打つように紅は蠢いていた。
前言撤回だ。
人間なんかじゃない。
こいつは…
「化け物だな……」
「アアァァァァァァァァァッッ!!!!!!!」
先程の青年の慟哭はもう聞こえない。
嵐の山に轟いたのは、
たった一匹の化け物の声だった。
***
また、同じ部屋だった。
真っ白で、果てしなく、気が狂いそうなくらいに無だった。
そんな世界でさえ、俺は地を這っていた。
身体中は死ぬほど痛くて、覆そうとするばかりに体力は底をついた。もう立ち上がれない。
けれども俺の心の奥にはまだ何か疼いている。
苦しくて仕方がない。
守ると誓った。
もう誰も死なせないと。
誰一人、傷つけさせないと。
この身が朽ちても、
幻想郷だけは。
だが現実はこれだ。
立ち上がる事も出来ず、
拳も突き立てられず、
傷つけたくはないなんて中途半端な気持ちを持って、
挑んだ結果これだ。
どこでこうなった。
傷つけたくないだなんて考えるようになったのは。
『生きていたい』
そう思ってしまったのはいつだろうか。
霊夢と、咲夜と、レミリアと、フランと、魔理沙と、アリスと、鈴仙と……
みんなの笑顔が頭を過る。
いつまでも、その行く末を見ていたいだなんて願ってしまったのは、いつからだろうか。
今すぐにでも死んでいいと、そう思っていたのに。
今となっては
ここに、
幻想郷に、
いつまでもいたいと、そう思ってしまった。
思えば思うほど苦しみは増していく。
守りたい人が際限なく頭を過る。
守ると決めたのに。
死んでも守ると……。
決めたんだ…。
「けれど君は生きてるね」
ふと聞こえたその声はついさっき聞いた声だった。
けれど先程のような戯けた様子はなく、真剣味を孕んでいた。
幼くて、幾らか甲高いはずの声は少し低かった。
「命をかけるんじゃないの?」
俺はまだ返事をせずにいた。
否、できないでいた。
その通りなんだ。
約束したのに、そう言ったのに。
こうして這う事しか出来ない自分が、
あまりにも情けなくて。
「どうするの?早くしなきゃ……もう何人か死んでるかもね」
「よこせ…」
「え?」
一つの言葉が頭を過る。
こいつは確か、『僕を受け入れろ』とそう言ったはずだ。
思い出せなきゃ守れないと、目の前の俺は言ったはずだ。
この際、なんだっていい。
救えるのなら。
守れるのなら。
なら、全部よこせ。
「幻想郷を守れるだけの力を…よこせ……!!」
「…ふ、ふはっ…はははは……!」
「何がおかしい」
「いや、別にぃ…!はは…いいよ、そうだ、僕を受け入れろ…!!」
幼い俺はケラケラ笑った。
その笑いは聞いてて心地よいものではなかった。
だが、今はそんなものに構っている場合ではない。
自分でも焦っているのが分かった。
けれどそれを抑えようという気持ちがない事も分かる。
湧き出る感情を原動力に立ち上がる。
そうして、ほんの苛立ちを孕んで俺は放つ。
「いいから、よこせっ…!!」
「あぁ……
仰せのままに……!!」
嫌らしく口角を上げて、纏わり付くような声でそう言った。
幼い俺はそっと右手を俺の胸にかざした。
「僕もどうなるか分からないけどな…!!」
そう聞こえたのを最後に、
俺はまた、深い闇に飲み込まれた。
ーーーーー
ーーーーーーーーーー
流石に、さっきの少年が愛おしくなる。
さっきのような必死さも、正義感もない。
あるのは、ただただ、
殺意だけだった。
「滅符!!『天下る龍』!!」
大量の氷柱の弾幕を、目の前にいる怪物に向けて打つ。加え、怪物に向かって強風を起こす。流れに乗って倍にもなった弾幕のスピードはとても躱せるものではない。
これで、終わりに……!
そんな願いも、弾幕のように虚しく散る。
「アァァァァァァァッッ!!!!!」
「くっ…!!」
耳に突き刺さるような咆哮で、端からパキパキと音も立てて消える。
咆哮と同時に感じたのは、強すぎる殺気。
こんな化け物…どうやって…!
と、思考する暇もなかった。
「アァァァッ!!!」
「ぐぅっ……!!?」
とてつもなく速かった。
私ですら目で追えなかった。怪物の手から繰り出された拳は恐ろしく痛かった。その上、拳に魔力まで込められていたものだから……。
魔力というか…妖力というか…。
「くっ…!油断した……」
上体を起こし、すぐに体勢を立て直す。
立て直しただけで砂ぼこりと水しぶきが飛び散るのだからとんでもない威力だ。
すぐに大量の弾幕を展開する。流石に本気を出さないと狩りとられる。
ありったけの妖力を込めて展開した緑と青の弾幕は、1つの防壁だ。
本来ならその綺麗さでも争う弾幕ごっこだが、
残念なことに、これは『殺し合い』の域になっていた。
そこには規則的な動きも、交差する綺麗さもない。
ただ、1つ、舞うような弾幕だけ。
「神符!!『風神の舞』!!」
私の能力は難しそうで結構使い勝手が良い。
基本風を起こす使い方をするから、弾幕は超スピードで相手へと飛んでいく。
特に、『風神の舞』に関しては乱気流。躱すのは容易いことではない。
さぁ…どうする…!!
目の前の異形の人型はおもむろに右手をグッと握った。
瞬間、
「絶符『トード・ヴレヴェッソ』…!!」
「なっ……!?」
衝撃。
握った拳を力強く地面に叩きつけたと思えば凄まじい衝撃波が私と弾幕を襲う。
猛スピードで怪物へ向かっていった弾幕は弾けて消えた。
それだけならまだマシだった。
「弾幕使うなんて聞いてないんだけど…!」
ついでに喋れるとも聞いてない!
"絶符"というだけあってスペルカードであることは確かだ。
奴が地面を叩いたと同時、衝撃波が全てを消滅させたと同時に、
とても綺麗とは言えない、真っ黒な鋭い刃物のような形状の弾幕が恐ろしい量展開された。
その弾幕は、強風をものともせずに一直線に私に向かってくる。
「くっ…!シャレにならないわねっ…!!」
私はすぐさま防壁を展開する。
もっとも、弾幕によるものではなく、私の能力。
「風の加護ッ!!」
右手をパーにして、前に突き出す。
能力さえあれば、私はどこでも風を起こせる。
瞬時に私の周りを取り囲むように強風が吹く。
これを使うのは何年振りかしら……。
一直線に向かってきた弾幕は私の掌の前で軌道が逸れていく。私の周りを取り巻く風に乗って地面に、木に刺さっていく。
否、木々と衝突すると片っ端から消し飛んでいく。
これが当たったら……
「ッ…!!」
何年振りかしら……戦いでここまでの恐怖を覚えたのは……。
「…初めてよ」
荒れていた時期でもこんなのなかった。
喧嘩も、真剣勝負も、ここまで恐怖しなかった。
どこかで楽しいという感情さえあったのだ。
それだというのに……。
「アァァ……!!」
目の前の怪物は動きを止めている。さっき喋ったのが気のせいだったかのように、また呻き声のような声を発している。
今、冷静になって考える。
こんなの、ハードモードなんてものじゃない。
狂気的……ルナティック。
それ以上か。
難易度、『限界突破《リバース》』なんて、
初めてだわ。
難易度『Rebirth』