「やっちまったぁ……!!」
和室に用意された布団の上で包帯グルグル巻きの俺は眼を覚ますと、開口一番そう呟いた。
天魔と激闘in台風を先程まで繰り広げていた事は鮮明に覚えている。
不思議と、おかしくなった時も。
鮮明に覚えている。
「くじら…」
あの時に現れた巨大な鯨は俺が出したものに間違いない。
見たことなんて本でしかないのに……。
ともかくだ。
最初こそはどうにかと避け続けていたが、
結局感情のままに戦ってしまった訳で
「う、うわぁあぁあぁあぁ……!!!」
一人を良いことにヘナヘナと声を出していた。
「何よさっきからフニャフニャうるさいわね」
一人じゃなかった。
ジト目の顰めっ面で扉からひょっこり出てきたのは博麗の巫女、霊夢だ。
最後こそ色んな意味で意識が朦朧としていたが、その紅白のリボンは意識が途切れる前にしっかり見た。
「そ、その、迷惑かけたみたいだ…ごめん」
「全くよ」
ひえっ…。
一段と霊夢の眉間にシワが寄る。
殴られる事は覚悟していた。
ギュッと目を瞑り、その時を待つ。
が、殴られる事はなかった。
恐る恐る目を開くと、霊夢はさっきまでの勢いを無くしてどこか寂しそうにぽそりと呟いた。
「もう少し頼れって言ったじゃない……」
「……?いやでも射命丸が今はまだって」
「なんで聞こえてんのよ!!」
「え!?」
そこは聞こえないやつでしょ!と霊夢はムキー!と憤慨してしまった。ご、ごめん。
うーん……
……気にしていたのは俺だけなんだろうな。
今更化け物だろうが何だろうが、幻想郷にとっては関係ないんだろう。
『幻想郷は全てを受け入れるわ。』
ひとつの呪いのように、ずっと心に染み付いて取れない、そんな救済に、
何回と助けられたことか。
「ありがとう」
「っ……な、なによ」
「いや、何も。日頃の感謝だ」
「そ、そう。まぁ…その、どう、いたしまして?」
「…ふっ、んふふ」
「な、何よ!何笑ってんのよ!」
「褒められるの慣れてないんだな」
「う、うっさいわね!」
いつぶりか。
霊夢と交わすそんな他愛ない会話が、
ひどく心地よかった。
「あぁーーーー!鬱陶しいわね!!!」
「あだぁっ!!!」
微笑ましい空気から一転、突如として大きな声を出した霊夢は薄く開かれたドア目掛けてお祓い棒を投げた。
一直線に飛んで行った棒は僅かの隙間を縫って誰かに直撃したみたいだ。
投げた時と同じ勢いで霊夢は続ける。
「コソコソしてんじゃないわよ!話したいならこっち来なさいよ!!」
「ひえぇ〜……」
ひえぇ〜なんて本で、それも漫画でしか見た事ないような声を扉の向こうの人はあげた。
にしても凄いな霊夢。野球の才能あるんじゃないか?
いや、そんな事よりも、
「誰なんだ?」
「天魔よ」
「あぁー、天魔かぁ」
「天魔かぁ!?」
「なんで二回言ったのよ」
「さっきの声、イメージと違うんですけど……」
「あぁ、まぁそれもそうね」
ひえぇの人が天魔??
なんの冗談だ?
「さっきまで『許して♡』とか『力が全てなのっ!』とか言ってたあの!?」
「えぇ、謎のラスボス感振りまいといて中身こんなんなの」
「え、じゃあ、カッコよく『風神の舞!』って言ってたのも
「うわぁぁあぁあぁあ!!!もうやめてぇええ!」
激しい!!入室が激しい!!」
天魔はドッタンバッタン大騒ぎと引き戸を勢いよく開け、涙を流しながら入ってきた。
て、天魔様…?これが?
天魔は「うぅぅ…」と涙をポロポロ流しながら膝をついて項垂れていた。
俺は状況把握の為に霊夢に聞いた。
「どゆこと…?」
「あいつは年中情緒不安定なのよ」
「なにそれこっわ……え、まさか今回の異変」
「ストレスでも溜まったんじゃない?」
「アホか!!!!」
「ひぃぃ!!」
バカなのか!?こいつバカなのか!?
ストレス発散やら癇癪起こしたで人様死なせて堪るかぃ!!
しかも無駄に規模がデケェんだよ!!死ぬぞ!!俺も!!
もうずっとそのままの性格で居られんのか!!
「わ、私だっていつもはこんな感じだよ!」
「うん、ナチュラルに心読まないで」
「ただ…ただね……」
「お、おう…」
ヘナヘナとした天魔は何かを思い返すように床をジッと、遠い目で見つめている。
何か回想が始まる……?
あ、なるほどな。
溜まるストレスにも原因があるはずだ。それを今から言うのだろう。
これで異変を起こした本当の理由が…
「部下に怒られっぱなしは流石に嫌なの…」
「は??????」
「うえぇ……」
「「はぁ?????」」
2回目の『は?』は見事に霊夢の声と重なった。
いや、多分今のタイミングにおいては、世界中の人類のハモれる自信がある。
それを踏まえて改めて、
「は?」
「そんな反応しないでぇっ!」
天魔は一層激しく涙を流すのだった。
ーーーーー
ーーーーーーーーーー
「はぁ…感情の起伏が激しい、と…」
「激しすぎやしない?」
「そ、そうだけど……」
天魔は俺らに、自分の状況の説明をしてくれた。
簡単に言えば彼女の中には2つの人格があるらしい。
生まれついての『気弱な性格』。
後天的な『強気な性格』。
俺と戦闘している間は後者の強気な天魔で、
今こうしてメソメソしているのは生まれつきの威風鷹揚だ、というらしい。
世間一般では二重人格と呼ばれているはずなのだが、天魔は自身で人格が2つあること、人格がお互いを認識している事を知っているので二重人格ではないらしい。
考えに考えた結果、『感情の起伏が人格変化に関係している』となったらしい。
霊夢も一応納得はしたらしく、たまに起きる天魔の暴走の原因が分かったみたいでスッキリしていた。なんで今までスルーしてたんだろ、こいつ。
「まぁ、大体分かった。災害があったとは言え天魔様も可哀想だしな。どうとも言えん」
「ご、ごめんなさい…」
「にしても部下に怒られてね……気弱にも程が…」
「たしかに、仕事遅いかもしれないけど……」
うーん……。
「調子狂うわね」
「ね」
「えぇ…?」
ここしばらく天魔様と会話をしているが、終始その肩くらいまでの黒髪をダラーンと垂らしては項垂れているものだから。
流石に霊夢も思ったのだろう。
いっそ、強気の調子そのままでいてくれれば良かったのだけど、これだと罪悪感まで芽生えてしまう。
これは、慰めるべきなんだろうなと考察。
疲れてる人は労わるべし。
だが、意外にも、霊夢が俺よりも早く声を発した。
「あんたね、少しくらい息抜きしなさいよ」
「い、息抜き?」
「真面目なのは良いけど、それで気を張り続けて度々台風起こすんじゃ嫌だわ」
「う、うん……」
「人里には娯楽だってあるしシオンだって甘味屋をやってるのよ」
「そうだな。疲れたと思ったらいつでも来てくれて良いぞ」
「ふ、ふえぇ……」
「え!?ちょ、だ、え、天魔様!?」
なんだかんだ言って霊夢も優しいよな。
霊夢の労いの言葉に続けるように俺も彼女を労った。
のに、天魔様はまたポロポロと涙を流した。終始「ひえぇ…」「ふえぇ…」と声を上げて。なんで。そんなに心に来るん?
しかし天魔様は、涙なんか全く似合わない、優しい笑顔で言った。
「違うの…労われたの……久しぶりで…!」
「社長労ってやんねぇのか天狗社会…」
凡そ笑顔で言えないような悲しい言葉を放った。
とんだブラック企業じゃねぇか。しかも被害者社長ってどういう事だよ。
彼女も美鈴に似たり寄ったり、不憫な香りがする。甘味の差し入れだな、これは。
「天魔様、今度何か持ってきて来るよ」
「う、うぇ…鷹揚、で良い…」
「え?あ、あぁ、鷹揚ね」
「おーちゃん、でもいい…」
「グイグイ来るなおい」
キッシーといいおーちゃんといいマスコットみたいな呼ばれ方が好きなのかなここの住民。
おーちゃんは流石に躊躇われるので鷹揚で呼ぼう。
うん。
ひと段落ついたようだ。
さて、もうそこそこ休んだし、俺も帰る…
「ちょっと待ちなさい」
「「ふぇ?」」
「鷹揚…あんたじゃないわ」
ふと、霊夢は声を発した。
天魔を労った時のような優しい声音ではなく、いつものような、凛とした声。
しかもそれは、鷹揚ではなく、俺に対する言葉。
只事ではない雰囲気に、恐る恐る俺は尋ねる。
「な、何でございましょう…?」
「何、じゃないわよ」
そっと伏せられた目は、スッと開かれ、
きりりとした目付きで俺を見据えた。
その表情に、俺は一抹の格好良さを感じつつも、恐らく聞かれるであろう、答えづらい事を質問される事に、
若干の焦りを隠せなかった。
「あの力は、何?」
「は、はは、なん、だろうね?」
毎度毎度こうだ。
紅霧異変の時も、レミリアの話を聞いて終わりかと思えば流れるように俺に飛び火した。
今回もだ。
平穏では終わらない異変解決。
俺が関わるとスムーズに宴会まで行かないのは何でだろうね?
あぁーー……
「労ってください…」
「無理よ」
天魔の性格は最初からこういう設定にしたかったんですよね