「ハァァァァァッ!!」
「うぉっ、と!早えぇな〜弾幕…」
銀髪の少女は青と黄色の弾幕で真っ暗な冥界の空を鮮やかに色付ける。中々のスピードで飛んでくるそれを紙一重で魔理沙は躱してみせた。
少し、今までとは違う雰囲気を醸し出していたとはいえ、一度様子見程度に交戦していた。
その上、こっちは3人構成だ。最も、咲夜と霊夢は隅っこで見ているだけなんだが……。
ともかく、今のところ心配はないだろう。
よっぽど上の空にいない限り被弾はしないであろう。
また一つ、鮮やかに輝く弾幕が
「ハァッ!!!」
「よっ、とぉ!ははっ、こんなもんかー?」
頃合いだろう。このまま避け続ける訳にもいかない。こちらも攻撃を仕掛けるとしよう。
「よっしゃ!そろそろ行くぜ!2人と
「じゃ、私達は先行ってるわね」
も……」
「…………」
霊夢はそう言うと、咲夜と共に飛んで行った。
あまりにも潔く、恐ろしく早い裏切りに、敵である銀髪の少女ですら若干哀れむような目をこちらに向ける。今の空気感、言うなれば『気まずい』である。
手っ取り早く3人で終わらせようと意気込んだ矢先にこれだ。何なら目の前にいる銀髪のコイツと一緒に奴らをブッ飛ばそうかまで考えた。
とはいえ、しょうがないか。
一人でも充分だ。
こっそりミニ八卦炉を構えて、臨戦態勢に……
ついでに霊夢と咲夜もマスパの射程範囲内に収まるように……
なんて、じわじわ襲撃の算段を立てている、
その隙に。
銀髪の少女は動いた。
空気の乱れすら感じさせない、恐ろしい速さで。
最も、私に向かって動いた訳ではない。
先に進もうと飛んでいる霊夢達の前に少女は立ちはだかると、二人をきっと睨んだ。
「言った筈です。ここから先は通さないと」
その射殺すような力強い眼差しは何処かカッコいいとさえ思えてしまうくらい、真面目で、誠実なものだった。つくづく不憫な目に合いそうな子だなと思ったのは隠しておこう。
いくらカッコいいとは言えど中々に馬鹿な行動だ。この少女が黒幕ではない事は分かる。故に、この行動は、この異変の黒幕への忠誠心の現れだろうか。どの道、愚かな選択である事に変わりはない。冥界の奴らと関わるのはこの異変が初めてだ。
とはいえ……
『博麗の巫女』の話くらい、嫌でも耳に入ると思うがなぁ……。
プラス紅魔のメイドだ。私こそ、いつも自信過剰に振舞ってはいるものの、この2人の実力は確かなものだ。それは認めざるを得ない事実であり、魔理沙にしては少し悔しいような気分でもあった。
つまり、何が言いたいか。
こんなの、自殺行為甚だしいということだ。
案の定、霊夢には若干の苛つきが見えた。
「ふぅん…変な奴もいたもんね」
「…………」
「上等よ。魔理沙!秒で終わらせるわよ!!」
「あぁ!最初からそうしろって!」
挑発されたらこれだもんなぁ……。
裏切り、挑発に乗って、掌返し……。
「(もう少し慎ましく生きろよ……)」
そんな魔理沙の気持ちを霊夢が汲み取れる筈もなく。
それもそうだ。悪即斬の精神で文字通り"秒で終わらせる"のだ。霊夢の中には、『とっとと黒幕ぶっ潰して早く帰りたい』くらいしか考えてのだ。
じゃあ何で紅霧異変や、秋の台風異変の時は早めに動いたんだろうか。
まぁ、いつか聞いてみようか。
今は目の前の異変をとっとと解決してしまおう。
すっかりやる気満々になった霊夢が一番先に動くのは当然のことであった。
霊夢は銀髪の少女に負けず劣らずの、殺意に関しては遥かに上回るくらいの勢いで弾幕を放った。
「ハァッ!!!!!」
霊夢の元から数枚のお札型の弾幕が猛スピードで少女へと放たれた。
霊夢の通常弾幕はホーミング付きだ、逃げて躱そうにも着いてくる。鬱陶しいったらありゃしない。
さて…コイツはどうするか…。
次に起こした少女の行動は意外なものだった。
いや、行動を起こしたというのは些か語弊がある。
"少女は何もしなかったのだ"。
弾幕が迫っていく。
当たる寸前まで。
静かに目を瞑り、立ち尽くすその姿は、この状況でも尚清廉さを保っていた。
到底理解し難い選択であった。
ーー刹那。
弾幕が直撃する寸前、時がゆっくりになったようだった。
世界がモノクロになり、周囲は緊迫したような空気に包まれた。
少なくとも魔理沙は緊張に身を強張らせた。
何故か鳥肌の立つようなゾワっとした瞬間に少しの恐怖を覚える。
…が、
仄かに動きが見えた時には既に、
少女は爆煙に消えていた。
「呆気なかったな」
「いや……」
「?」
霊夢はまだ気の抜けていない表情をしている。
爆煙から目を離さぬように…と、霊夢の眼差しは先より鋭くなったように思える。
ーーヒュッ。
と、確かになった微かな音は、少女が現れた時同様風を斬るような音だった。
マジか……。
考えられる事としたら、抜刀したと言う事しかないが……。
放たれたお札は計5枚ほど。弾幕にしてはまだ少ない方だが、どれも猛スピードでホーミング性である。逃げ切れないし、動きも予測出来ないもので……ましてや、ほぼ同タイムで直撃したお札を全て斬るなど……。
そう。
そのまさかである。
刀が空を斬る音は一回。
そう考察してみれば回避出来たとは思えないのだが……。
爆煙は何時迄も少女の姿を隠していたが、先の桜吹雪同様、刀の一振りでその煙は斬りはらわれた。
「…ちょっとはやるようね」
「これくらいどうって事ありません」
少女の装いに乱れはなく、綺麗に切り揃えられた白髪に一切の塵も付いていない。
その余裕そうな澄まし顔も、その根底にある強い敵意も一切ブレることなく、
ただ一つ、何者かへの忠誠心だけが少女を奮い立たせていた。
少女は「はっ…」と短く息を吐くと、腰を落とし、右足を一歩下げる。抜き身の刀を顔の前に構えたその姿はいつ斬りかかってくるか分からない恐怖を感じさせ、一本の筋が体の中心を通っているかの様な佇まいは謎の緊張感を与えてくる。
弾幕ごっこが対決の主流となっている幻想郷に於いて、ここまで露骨に近接でやり合う気満々の奴は初めてみた。
こいつは侮れないな……。
如何せん、近接には慣れていない。
なるべく近くには寄らせたくない。剣術をやる奴は『間合い』なるものが重要になってくる。その間合いにさえ入らなければ、大丈夫だろうか。
少女はその手に握る刀の刃紋を煌めかせながら、先程までの余裕な態度から一変、良く通る声で言い放った。
「この楼観剣、斬れぬものなど"あんまり"ないッ!!」
「「「………」」」
「『魂魄 妖夢』…いざ、参りますッ!!」
案外倒せそうだと、珍しく3人の思考が重なる瞬間であった。
***
鬱陶しいくらいの長い階段の上を急いで飛んでいけば、今度は雪の代わりに桜が顔にぶつかっていく。
何故だか知らないけれど、ここに足を踏み入れてから幾らか胸騒ぎが落ち着いたように感じる。
一抹の不安が消えたのだろうか。
とはいえ異変をこのままにしておくわけにはいかない。
早速何かあったようだし。
長い階段の中腹くらいでぐったりしている少女を見つければ、そう思うのもなんら変ではない。
大体の犯人は予想がつく。
ぐったりとしている、白い服に身を包んだ少女の側にそっと降り立って声をかける。
「おい、大丈夫か?」
「は…春ですよ……」
「残念だけどまだ雪降ってるよ。それより大丈夫なのか?」
「は…はい…春です……」
「だから…まだ春は…って、春告精か。誰にやられた?」
「し、白黒の」
「魔理沙か」
予想通りの名前が出てきたので即答出来た。
その上、テンションが高くなるとはいえここまでガッツリ倒していくスタイルは魔理沙か霊夢くらいしかいない。
まぁ…2人がいれば解決は容易いだろう。
きっとこの安心感も、胸騒ぎが落ち着いた理由だろうか。
ならば、春告精の治療をしてあげる事にしよう。やられているという事は既に来ているという事。
焦らなくとも…何なら既に解決の一歩手前まで迫っていたり。
憶測ではあるがそうである自信がある。秋の異変から勘っていうものが良く当たるようになっているしな。
「とりあえず、傷を治すよ」
「ありがとう……ござい……ま…」
本当に瀕死だな…これは酷い。異変解決のためだから仕方がないのだろうけど。
春告精にそっと手を翳して、上手く『覆す』方だけ使用する。能力二つ持ちが発覚したとはいえ、上手に使い分け出来るわけではない。未だにどうすればどっちが発動するか分かっていない。
だからせめて、通常から発動出来る『覆す程度の能力』のコントロールは練習しておいた。
霊夢にも言われたからな。
一応、スペルカードなるものを意識して、形だけでもと思い技の名前を口にしてみる。
とはいえ、ただ事象の名前を口にするだけだが。
「反転ッ……!」
「!!……ほ、ほわぁ…!」
ジワリと黒いオーラが二人の周りを包む。とても回復してるように見えない光景だが、れっきとした治療である。
『春告精の現在の体調の反転』『怪我状態からの反転』。この能力の汎用性は非常に高いのだ。
その証拠に、春告精はみるみるうちにその笑顔と元気に満たされていくのが一目見て分かる。
その間わずか数秒。
春告精はすっかりその溌剌さを取り戻した。
「わぁぁ…!ありがとうございます!」
「うん、それじゃあ、此処は危ないからもう帰るんだな」
「そうします!」
そう言うと、さっさと立ち上がり飛び立ってしまった。
春ですよー!とまだ俺以外誰の姿も見えていないのに叫んでいた。
忙しないやつだな……まぁ、春の間だけだしな。楽しませてあげるべきだろう。
まだ雪が降りしきる幻想郷へ帰っていく春告精を見送ってから、俺はまた飛んで階段の上を目指し始めた。
……ん?
再び胸騒ぎがぶり返す。
少し…急いだ方がいいだろうか。
顔を上げれば視界の端にチラつく。
階段の上の方、時々見える鮮やかな弾幕に胸騒ぎを覚えずにはいられなかった。
クソッ……やはりゆっくりはしてられ…
なんて、考える暇はなかった。
秋の台風を境に研ぎ澄まされた察知能力が不意に訪れた気配を感じ取る。
「ぐっ……!!?」
無意識のうちに体は動き、真横から放たれた一つの弾幕を紙一重で躱す。
直後の出来事に心臓はまだ高鳴っているが休む訳にはいかない。
即座に弾幕が放たれた方向を見やる。
こういう場面で邪魔してくるのは大抵妖精だと霊夢は言っていたが、視界に妖精はおらず、半透明な、けれど若干の白さを持った……
「人魂…?」
しかいなかった。
胸騒ぎが強くなる。
生死に関わる嫌な予感、ね。
今回の敵は幽霊だからか。
それもかなりの大所帯である。いつの間にやら周囲は迷える亡霊が囲んでいる。
本当…いつの間に……。
暗い空の遥か高くには夥しい数の人魂が、規則正しく列を成して、その列はやがてどこか一点に集結している。この先の奥だ。
にしても……
「幽霊の中にもロクでもない奴はいるんだな」
「…………」
「お前らも俺に構ってないで、あいつらと一緒に行ったらどうだ?」
「…………」
喋んねぇのか……。挑発の意味がないな。意思疎通が図れてるとも思えない。幻想郷の妖怪、それも下級な奴らでも喋るのに。
ならば、迷いはない。
丁度特訓の成果を試してみたかったところだ。
ずっと考えていたんだ。
何時ぞやの紅霧異変の時のように、ここぞって時に変身できたら…と。
強くて、カッコイイ正義のヒーローはとっくに諦めがついてる。
けれど、
泥臭く、醜悪だろうと、正義は貫くさ。
俺なりの正義を。
右手を心臓の位置に置く。
これは、能力使用時に生じる心臓の痛みを紛らわす為と、
『絶対に幻想郷を護り抜く』
そんな覚悟の表れだ。
「来いッッ!!!!」
痛む心臓の奥の奥から、
醜い悪魔は姿を現すのだった。