東方弔意伝   作:そるとん

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現実の時間軸とは合わせてはいないですが、春雪異変開幕から1年経ちそうです。1年ずっと冬です幻想郷。だから気にしないで。







春雪異変 疾る走馬灯

 

 

 

 

 

 

 

 

一際眩しい光が冥界を明るく染め上げると、

後に来るのは深い闇と静寂だけである。

いや、今回は異変解決に来ているのだから幻想郷に春がやってくるか。

尤も、桜が見頃の時期というには遅すぎるが。

長らく続いた弾幕戦が嘘のように静まり返り、その静けさに二人は安堵の溜息、或いは張り詰めた空気が緩み、息苦しさがなくなったからか、深く深く息を吐く。

 

 

「はぁ…つっかれたぁ……」

「あら、ご苦労様」

「アンタも良く耐えたわね。てっきり華奢なもんかと思ってたけど」

「最近のメイドは力でゴリ押すわよ?」

「聞いたことないわ…」

 

 

以外や以外、咲夜の中々の脳筋さに驚きと感心の声を上げる霊夢。

霊夢自身、紅霧異変で咲夜の強さを痛感している。

だからこそ勝てる自信はあったし、早々に片付けられる自信もあった。

 

 

「よく分かったわね。やろうとしてる事」

「一人視界から外れてどっかに行こうとしてるんだもの。安全なところに回ってね」

「うっ、それは悪かったわよ…」

 

 

勝手にというか、無理やり大変な役目を押し付けた事もバッチリバレていたものだから霊夢は言葉に詰まった。

ともあれ、二人とも無事で異変は解決。

いつも通りーー若干時間はかかったがーー異変は何事もなく終わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

筈なのだが。

 

 

「どうにも妙ね」

「えぇ、嫌な予感ね」

 

 

早速帰路につこうとしていた二人はあまりの違和感にその歩みを止めざるを得なかった。

黒幕を倒し、この巨大な桜に集まる春も収まる筈なのだが。

振り向いて桜を見てみれば様子は変わっていない。

それどころかその妖気は収まるところを知らない。

この時ばかりは、霊夢も勘が当たらないでくれと切に願うばかりだった。

 

 

 

 

無慈悲にも、嫌な予感は的中する。

 

 

 

 

「あと……もう少しなのよ…」

「しつこいわねぇ…」

 

 

案の定、予感の大元は黒幕。

桃色の少女はゆらゆらと蜃気楼のように揺らめく。

強烈な攻撃を食らった事もあるが……。

 

 

「幽霊がどうしてそこまで生に執着してるのかしら?」

「あら、自己紹介したかしら……」

「しなくても幽霊って事ぐらい分かるわよ。まぁ、名前くらいは名乗って欲しいわ」

「名前…そうね……言ってなかったわね…」

 

 

もう桃髪の少女に余裕があるようには見えない。

服も所々煤けているところから強く被弾したと考えられる。

それでも尚、彼女は桜の前に立ちはだかる。

少女は名前を名乗ると共に薄く、不敵な笑みを浮かべた。

 

 

「私は…『西行寺幽々子』。この桜が満開になるのを夢見てるの…」

「その、西行妖って桜?見るからに嫌な予感しかしないのだけれど」

「私のお父さんの想いが詰まった桜よ……。生前私が愛した桜なの…」

「……は?」

 

 

霊夢と咲夜の嫌な予感は加速する。

今の発言から詳しい事情や状況は分からないが、その時感じたのは途轍もなく恐ろしい、

 

 

「未練……」

「幽霊の未練なんて碌なものじゃないわ…」

 

 

咲夜がポツリと呟くと、霊夢はそれに賛同した。

まさしくその通りなのだ。

恐ろしく強い未練、心残り、執着。

死して尚、残る想い。もう二度とその願いが叶う事はないのに、叶えようと躍起になる。

自らの方へと、引き摺り込んで。

先程までの余裕のない表情を奥にしまい込んだ幽々子はまだ朗らかな笑顔を浮かべて言った。

 

 

「冥界の管理人としても、幼気な少女の願いとしても、負けられないの。残念だけれど、貴方達はここで終わらせるわ」

「一発打ち込まれといてよく言うわ。もう一発食らわせてやるだけよ」

「もう時間がないわ。即刻片付けましょう」

 

 

終盤戦。そんな言葉がよく似合う状況になった。

もうお互い疲れ切っている。

終わらせるとしたら、もうこの瞬間。そんな緊張感をその場にいた皆が肌でビリビリ感じていた。

 

そうして、

終盤は幽々子の言葉を皮切りに始まった。

 

 

「貴方達を、優しく死に誘ってあげるわ。

 

 

 

 

 

桜符『完全なる黒染の桜ー開花ー』」

 

 

 

 

……さっきのスペカと比較にならないわね。

幽々子を中心に広がる弾幕の数を見て思わず霊夢は怖気づく。

 

 

 

 

もう、桜の満開は近い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───

 

 

 

──────

 

 

 

『死ぬ時は立派な桜の樹の下で死にたいなぁ』

 

 

父親の口癖だった。

春先の暖かな庭で、桜を眺めてはそう呟いていた。生きてる内から死ぬ時のことを考えるなんて子供心ながら馬鹿馬鹿しいとは思っていたが、桜を見る父の顔はいつも楽しそうだったから特に何も言わず、幽々子は静かに笑っていた。

 

そんな父親は有名な歌人であった。作品は随分と季語が春に偏ったものだったが。それでも、多くの人に愛された人だった。

大層桜を愛していた父は、歌はもちろん、死に際にすら桜を飾ろうとした。

 

父はその夢を見事に果たしてみせる。

 

 

お望み通りに、立派な桜の樹の下でその生涯に幕を下ろした。

桜は美しく待っていた。

 

 

 

美しかったのはここまでだった。

 

その後の事と言えば、『地獄』なんて言葉がよく似合う。

 

 

歌人が死んだ後、次にその桜の樹の下で死んだのは一人の男性だった。何でも、その歌人を尊敬して止まない人だったらしい。

その次にも桜の下には死体が転がっていた。

しばらくしたら、またいる。

埋めても埋めても、増えていく。

その死体に共通して言えることは、全て自殺が死因であったと言うこと。

いい加減、幽々子の体も重くなっていく。

 

 

幽々子は昔から不思議な体質を持っていた。その事について彼女自身も自覚がある。

それは『死霊を操れる』という事。この能力に気付いたのは物心ついたぐらいの頃から。死霊を連れ、導く。名前の通りの能力だそれ以下でもそれ以上でもなかった。

ただ、それ故に。

極めて関わりの深い桜の木の下で、大量の死人が出てる。幽々子にとっては苦しくて仕方がない。しかも原因は自分の父親だ。誰も悪くはないのに、毎日毎日、尊い命が失われ、無駄な死が続く。

 

強大な妖怪の誕生と、幽々子に変化を来たしたのは同時期だった。

 

日々、人間の精気を吸ってきた桜は妖怪そのものになってしまった。人間を死へと誘う、妖怪に。

幽々子の能力は『死』そのものを操るものとなった。単純明解かつ最も恐ろしい能力。

やんわりと殺す事など容易くなった。

 

しかし幽々子はその能力を使わなかった。使う意味などなかった。

 

来るとこまで来てしまったのだ。もう壮麗で見事な桜など何処にもない。

あるのは妖怪の身に堕ちた老木だけ。

それでも尚、老木は春になると薄橙色の花を落とそうとはしなかった。

 

 

幽々子も桜も、今や人を死へ誘うだけの死神。自分自身は勿論、父が愛した桜が人を殺すのはもう耐えられなかった。

この桜が満開になれば、また命が失われる。

 

 

その事を、幽々子は酷く嘆いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

──桜は満開だった。

 

 

 

巨大な桜の後ろで、黄色い月が煌々としている。

 

 

 

「もう、これでお終いにしましょう……」

 

 

 

幽々子は桜の木の下で、微かな笑みを浮かべてそう言うと、

 

 

 

 

 

 

 

 

月明かりに照らされた、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大凡10寸程の短刀で──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───

 

──────

 

 

 

 

 

ヒュッと喉がなった。

 

 

「ッ!…がはっ!!ハッ…!!」

 

 

それと同時に勢いよく噎せ、動きを止めた。

 

 

 

(何だ……今の……)

 

 

しばらくボーッとしてた様な感覚はあったが、突然、意識を戻され、混乱した。

身に覚えのない記憶を夢見ていた様だった。

それにしても不快感が凄まじい。

 

覚えず、喉元を触る。

頭でぼんやりとしていた記憶に身に覚えはないが、喉元に確かに感じた冷たい感触には覚えがある。

けれど……。

 

 

「誰だ…誰の記憶だ……」

 

 

今までこんな事はなかったが、前述した通り、自分の記憶ではない事は明確である。

 

巨大な夜桜を目の絵に、手には短刀。時代背景はかなり昔と考えられる。

それに、最後に微かに聞こえた、声。

 

 

『もう、これでお終いにしましょう…。』

 

 

女性だった。もちろんそんな女性に巡り合った記憶など一片もない。

そもそも記憶は一人称視点であった。つまり、さっきの記憶の中で、俺は夜桜の前に立っていた女性自身だ。

 

その上最後に感じた、刃物の感覚……。

 

 

一体何が原因で、見知らぬ誰かの記憶を見たのか。

手掛かりといえる共通点はそれだけであった。

己の身体に刻み込まれて忘れられない、

 

死ぬ感覚。

 

 

 

「ぐっ…!!っくそっ…!」

 

 

ドクンと心臓が跳ねる。胸騒ぎは留まるところを知らず、身体中の骨が軋むのに俺はまた動こうとする。

 

嫌な予感の渦中にいる3人を助ける為にここへ飛び込んだが、

 

本心はどうだろう?

先程の夢が頭から離れない。自分はどう感じた。あの記憶を。

酷く、切なく、哀しかった。

少なくとも自分の心はそう答えていた。

 

 

「どうにか、救えないか…」

 

 

 

 

 

 

──人生において、死なんて一回限りで良い。

辛いし、苦しいし、何より寂しい。

死ぬのも、死を目の当たりにするのも。

なんて悲しい終着点なんだろう。

なんて虚しいエンディングだろう。

死ぬのは、一回でいい。

誰かの命が零れるのは、もう見たくない。

 

 

 

 

 

二度と、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

俺の前で誰も死なせない──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時間は無限のようにも思えた。

 

 

「あぁ、もう!どうなってんのよ!!いつ終わんのこれ!!」

「恐らくあのピンクを潰すまでじゃない?」

「……口悪くなったわねアンタ」

 

 

夥しい数の弾幕を躱しながら2人はそんな会話をしてみせる。しかしながら、疲労は並々ならないものとなってきている。その証拠に、動きは鈍くなってきているし、何度か危ないシーンもあった。攻撃のチャンスも掴めずに、受け手側に回ってもう何分も経つ。それだと言うのに弾幕の数は一向に減らない。そうは言っても、再戦から2度、スペルカードを破壊しダメージを与えている。筈なのだが、幽々子は弱るどころか勢いを増していく。

流石に、瀟洒なメイドの語気も荒くなる。

 

だが、幽々子も幽々子で疲労し、なぜ攻撃が当たらないのかと焦燥も感じ始めている。ここまで来ると2人の少女は勘で避けているとしか考えられなくなってきた。疲労し、判断力も衰えた中で、それでも尚、寸でのところで回避してみせるのは本能的に体が動いているとしか思えない。本能的に「被弾したらマズイ」事をひしひしと感じていたのだろう。それには幽々子も感嘆せざるを得なかった。とはいえ、幽々子の目的は西行妖が満開になる事。粘ったもん勝ちだ。

刻一刻とその時は迫る。

 

放射状に広がり続けていた蝶の弾幕は一度に収縮すると、

 

 

「いい加減に失せなさいッ!!」

 

 

幽々子の咆哮と共に最高速で大きく広がった。

今までの弾幕が低速なだけに、一気に迫った大量の弾幕に、2人は反応できなかった。

 

 

「ッ…!!!」

「速い……!!」

 

 

同時に声を上げたが間に合いそうになかった。亡霊が全力で殺意を込めた『死』が目の前にまで迫って、

それでいて尚─────

 

 

(あぁ……憎いわ…)

 

 

2人の少女の、瞳の輝きは消え失せる事はなかった。

刹那的に見えたその眩しさに、厭わしさを覚えざるを得なかった。

 

 

半ば、ぼうっとしていた意識は少女の声で引きずり戻される。

"2人"の少女の声に。

 

 

「諦めなきゃ何とかなんのよっ!!!」

「…ッ!!?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「──マスタァァスパァァァァァク!!!!」

 

 

「なっ……」

 

 

驚く暇はなかった。遠くで金に煌めく髪が微かに見えただけ。

後に視界を埋めたのは眩く白い光だけだった。

 

魂を運ぶ蝶を軒並み飲み込んで、幽々子へと迫る。

 

 

その時、冥界の亡霊の脳裏を過ったのは走馬灯であった。

皮肉にも、亡霊になってからずっと忘れていた生前の記憶であった。

 

 

 

(あぁ……お父様……)

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

桜の前で朗らかに笑っている父の顔が、死の淵に立って初めて鮮明に思い起こされる。

被弾は免れないと勝手に悟ったのだろう。走馬灯が見えるのは、過去の経験から危機的状況を脱する術を脳が模索しているから見えるそうだ。

しかし、そんなもの必要ない。

意味がない。

何とも無益な走馬灯だ。

何とも無意味な人生だった。

今更思い出されても、桜の木の下で死んだ人達の顔や、死に様しか見えない。

もう……何も……。

 

 

 

「死ぬ時は、立派な桜の木の下で死にたいなぁ」

「…………」

 

 

 

馬鹿みたい。

生きてる内から死ぬ時の事を考えるなんて。

そのせいで、大勢がその桜で死んで、妖怪になんてなってしまったんだ。

 

そのせいで、亡霊になった今でも、この桜が満開になる時を夢見てしまうのだ。

もう一度、お父様に会えるかと思って。

 

この桜は呪われている。

封印されているのだ。人の身を使って。

きっと使われた人は私の父なのだ。

もう一度……満開になれば。

彼は現れてくれるだろうか。

冥界で、あの木の下で死にたいなんて馬鹿な事言いながら、

朗らかに笑ってくれないだろうか。

 

 

 

『諦めなきゃ何とかなんのよ!!!!』

 

 

 

10代ばかりの女の子の声が脳内で反響している。

煩わしいが、不思議と冷静になってくる。

そうね。諦めなければ。

悔しいけれど、必死に生きてる人は強いみたいだ。

だったら一度死を超えた私が、今更何を恐れる必要があるのか。

亡霊の諦めの悪さ見せてあげるわ。

 

 

 

嗄れた声で笑う父の横で、そっと目を閉じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

魔理沙のレーザーは辺り一面を光に包んだかと思えば、後には何も残らなかった。

流石はその火力である。

 

 

「ふぃ〜…助かったわ魔理沙」

「珍しくバテてんなぁ!お二人さん!」

「あなたも血塗れじゃない」

「ぅるっさいなぁ!違うんだよ!!あいつ途中から2人いるみたいな立ち回りすんだよ!!」

「あ〜半人半霊ね」

「厄介ったらありゃしない」

 

 

事が終わればまた3人は軽口を叩きあう。

ただ少し気は抜けない。

 

 

「……流石にどうかしら」

「また来たとしても余力はないでしょうに。また捻り潰すわ」

「そんなしぶといのか?」

「これで2回殺したわ」

「亡霊をなぁ……」

 

 

語調こそ変わらないが、やはり油断ならない。

その証拠に、人魂の収束が途絶えない。

それどころか勢いを増している。

 

いつにも増して、霊夢は神妙な面持ちで言った。

 

 

「一瞬、弾幕が止まったように見えたの」

「は?さっきか?」

「確かにそうね。それどころか戻ったまであるわよ」

「おい、マジで…?私自慢の火力2回も止められたん…?」

 

 

落胆する魔理沙を尻目に、もう一度桜の方に目を向ければ、

 

 

案の定、だった。

 

 

 

「しぶといわねぇ……!」

「あんまり舐めないでもらえる?これでも生きてる年数貴方達の何倍も長いのよ」

 

 

自分の弾幕で自分の身を守ったようだ。

幽々子の周りを飛んでいた数匹の蝶が、淡く散っていった。

 

 

「かなりの量だったと思うんだけど…流石の火力かしら」

「自慢だからな!!」

 

 

魔理沙に感嘆の声を漏らしたかと思えば、あの顔に貼り付けたような笑顔はなかった。

至って真剣で、どこか威圧感さえ覚えるその眼差しは、覚悟の表情とも言えるだろうか。

語気にもいつもの爛漫さはなかった。

 

 

「やっぱり…ごっこは苦手だわ」

「は?」

「力づくでも奪う。最初からこうすれば良かったのに」

 

 

甘くなったのかしら。

最後にそれだけ付け加えて、

右手を前に掲げた。

 

 

 

「『反魂蝶-八分咲-』……

 

 

 

 

 

 

安らかに、おやすみ」

 

 

 

 

 

 

 

最後の一言は、死を具現化したかの如く、酷く冷ややかだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







幽々子っさんしぶといっすね

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