東方弔意伝   作:そるとん

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春雪異変 死の対面

 

 

 

 

 

 

 

 

今、この冥界には幻想郷中の春が集中している。故に、桜は咲き乱れ、比較的温暖な気温になっている。

こういっては何だけど、状況が状況なら今頃花見でもしているだろう。幻想郷の住民は宴が好きみたいだからな。

そうだ、今頃、

霊夢の神社にみんな集まって花でも見ながら、只管賑やかに過ごしている。

 

 

 

 

 

 

 

 

筈なのに。

 

 

 

 

長い長い道を抜け、一番奥。

桜の巨木が目に入るや否や。俺の体温は気温に反比例して急激に冷えていく。

急いで火照った体が、猛烈に冷めていく。

道順の通り進んでいけば、霊夢達はここにいる。

いや、実際にいるのだ。冥界の最奥地に。

しかし視界に写るのは常闇に映える巨大な桜。

鼻腔に広がるのは、枯れ葉を燃した様な焦げついた匂い。

そのあまりの静けさに、妙な悪寒を覚える。

 

 

 

 

案の定だった。

 

 

 

 

 

異変解決に臨んだ3人の少女は、1人残らず冷たい石畳の上で伏していた。

ピクリとも動かない様子を見て、強い吐き気に襲われた。

死に極めて近しい状況だと悟った。自分でも驚く程凄まじい嫌悪を感じた。

次いで、

この嫌悪感について、身に覚えがある事を酷く不快に思った。

霞み、ぐらつく視界の中、何とか意識を保つ。

腹の底から何かが湧き上がってくるのを懸命に抑える。

 

そんな時に、朗らかな少女の声が聞こえた。

 

 

 

「この娘達以外に何者かが紛れている気がしたけど……不思議な感じね、あなた」

 

 

 

語気こそ明るく振る舞っているが、見れば服は所々焼け焦げているし、声に似合わずその表情に笑みはなかった。

若干の焦燥と、疲労。

その少女の淡い桃色の髪は酷く乱れている。

それでも尚、異変を止めようという気配はない。

 

 

あぁ…この感覚、まただ。

急激に冷えていく体。この状況を極めて冷静に捉えようと頭が勝手に働く。

考えずとも、やる事は決まっているのに。

 

 

しかし、俺の身体は動かなかった。

胸の奥に何かが痞えていて、どうにもそれは俺の心身を妨げるのには充分だったらしい。

なにぶん、俺はこの少女を見たことがある。

とは言っても、ついさっきの出来事で、その中において彼女の姿は見えていない。

それでも、聞かずにはいられなかった。

 

 

 

「西行妖……その桜の下でアンタの父親が死んだのか」

「!!……どうしてそれを…!」

「どうしてだろうなぁ。何でか分かるんだよ。アンタ亡霊だろ。ここに来てから首筋が寒くて仕方ない」

 

 

 

俺はわざとらしく自分の首を摩ってみせる。

隙を与えないように言葉を次々注いでいく。元々喋るのは苦手だったが、ここの人達と過ごしてきて大分慣れてきた。

早いとこ片付けたい。早急に聞くこと聞かなければ。

捲し立てる俺に少女は当然疑問を募らせる。

 

 

「だからッ…どうして…!」

「見たんだよ。アンタが死ぬまでの記憶を」

「なっ…!!」

「といっても一人称視点だからな。確証は持てないけど……今でも残ってるよ、脇差を首に突き刺した感覚が」

 

 

温く滴る血の中、金属の冷たさが喉を貫いている。

今でも吐き気がしてくる。

長らく忘れていたあの日の『地獄』が心の底から、記憶の片隅から引き摺り出される。

大凡、"それ"だろう。

冥界に、この少女に、引き寄せられた理由は。

 

 

 

深く、暗く、どこまでも広がる、

死の感覚。

 

 

 

「まぁ、反応からして間違いないようだね。アンタは一回死んでるようだな」

「えぇ…亡霊だしね…」

「まぁ、それもそうか……じゃあ、そんな同じ境遇の先輩に聞きたいことがあるんだ」

「……奇遇ね。私も貴方に聞きたいことがあったの」

 

 

 

 

 

不意に、見下すような彼女の視線が、青年の視線とぶつかると、

2人は声を重ねた。

 

 

 

「俺は人か?」

「貴方は妖怪?」

 

 

 

 

 

 

 

桜の巨木を背後に、地に足着けている俺の遥か上を少女は飛んでいる。

何故だか、今は落ち着いている。

腹の底に渦巻く憤りはもちろんある。

今すぐにでもその高みから引き摺り下ろしてやりたい。

それなのに。

微睡の様な死の感覚に穏やかになっている。

 

俺の手に残っている、

屋上で首に刃物を突き立てたあの感触が、

また俺を死の淵へと誘う。

 

 

 

 

 

頭を掻き毟れば黒髪なんて一本も落ちてこない。

それだけならまだしも、俺の外形は徐々に変わっていく。そこだけ紅く輝く心臓を中心に、肌がドス黒く変わっていく。もう既に首にまで変色は進んでいる。

 

 

至って予感だが、一線を超えたらもう、戻れないような気がする。

目の前に一本の線が引かれている。

ただ立ち竦む俺の前に、一本だけ線がある。

超えてはいけないと思いながらも、心中に渦巻く怒りが、俺に居場所をくれた大切な人を悉く地に伏せた憎しみが、

一歩を踏み出させようとしている。

 

もう、自信を持って人間と言えなくなる。

その前に、確かめておきたかった。

 

 

 

 

 

 

 

───俺はまだ人間であるか。

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如現れた青年の目は酷く濁っていた。

左だけの黒目はどこまでも続く深淵を映し出していた。

右目は煌々と充血していた。

右半身、といっても首元と手首しか見えないが、その肌色は真の黒。

果たして、人間と呼べるのだろうか。

 

さっき彼は「同じ境遇の」と言ったか。

見た目十代半ばの男が一体どれほど迄の経験を経ているというのか。

軽く一蹴してやりたいものだが、そうもいかない。

何せ、彼はどうにもただの人間とは思えないし、青二才が醸し出せるとも言えない雰囲気が漂っている。

殺気ならまだしも、それすらない。

 

 

ただ、ただ、虚空だった。

その眼には何も写っておらず、虚無の生き写しの様な青年。

生きているのだろうか。

はたまた、実体こそあれども、その中に心は入っているのだろうか。

若くして、死を経験した彼は、

きっと無意識のうちにここに引き寄せられたのだろう。

誰かに、或いは私に、誘われたのだろうか。

 

 

私は、何故だか息苦しさを覚えた。

確かに。

同じ境遇であった。

ただ、その青年はきっと縁も拠り所もなかった。

唯一出来たその居場所を、目の前で踏みにじられた。

酷く惨めだ。

まるで、何も出来なかった子供の頃の私みたいで。

 

 

酷く惨めだ。

 

 

 

「楽に逝かせてあげるわ…青年……」

「……」

 

せめてもの親切。

返答は来なかった。

早く終わらせるつもりで放ったのは最高出力の弾幕は一直線に青年へと向かう。

 

ただ彷徨うだけの魂において、死ぬ事は何よりの救いだ。

だからここで消えなさい。

私は貴方とは違うわ。

もう彷徨う事はないもの。

今ここで、この桜が咲けば。

 

 

 

 

 

 

 

───また、お父様が黄泉還ってくれるはずなの。

 

 

だから、彼には残念だけれど、居場所を求めて彷徨うだけの貴方と私は同じではないわ。

せめてどうか、安らかに。

 

 

弔いの念を込めた、死を運ぶ蝶。

もうすぐで、貴方の魂も運んであげ……

 

 

 

「惨めだな」

 

 

 

「…は?」

 

 

 

低く呻く様な声が一瞬聞こえたかと思えば、

 

 

弾幕は一気に爆ぜた。

 

 

 

ただのハッタリか。

というには余りにも説明が足らない。

 

 

 

何せ、

 

 

 

 

さっきまで立っていた場所に、青年はいなかったのだ。

 

ただただ、黒煙だけが立ち昇るだけであった。






次回から幽々子戦、後半
長いですかね…もう少々お付き合いください
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