東方弔意伝   作:そるとん

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孤独な悪魔が生まれた理由

 

 

 

 

 

 

異変解決から一週間経った。

現在、幻想郷には溢れんばかりの桜が咲いている訳だが、不思議と宴会は執り行われていなかった。

 

 

 

 

 

───

 

──────

 

 

 

 

 

あの日、異変解決に向かった私達は西行寺幽々子の恐るべき執念に、一瞬の不意を突かれ…いや、油断していたわけではなかった。とすれば、凄まじい殺気が込められた彼女の弾幕に、なす術なくやられたというのが正しいか。

それでも、一瞬だった。

それきり三人とも満身創痍になった訳だけど、何故か私達はこうして生きていて、加えて目の前の巨大な桜は余すことなく枯れていた。ただの朽ちた老木となった西行妖を前に呆然としていた。

 

痛む体を無理に起こして初めて状況が冷静に見えた。お嬢様に見送られてどれくらい経っただろう。倒れてから何分……。

必死に頭を働かせていた私の目に飛び込んできたのは行動を共にした二人の少女が倒れている光景。不気味なくらいに静かな景色の中には伏した幽々子もいる。

………?

その奥に、

枯れた木の根本に……

 

 

「シオンッ…!」

 

 

身体が痛いことも忘れて、弾かれるように彼の元へ駆け寄った。

 

 

 

 

 

───

 

──────

 

 

 

 

 

春が幻想郷に戻ったから、冥界はいつも通り寒くなった。だから駆け寄った時のシオンは酷く冷たかった。何とか呼吸はあったから安心したけど……。

 

 

「死んじゃったのかと……」

 

 

その時のことを思い出し、そして今なお目を覚まさない彼を見て目元がジワリと少し滲み始める。瀟洒なメイドには似合わないと、グッと堪えて、紅魔館のベッドで眠る彼の額をそっと撫でる。

 

と、同時に勢いよくドアが開かれる。

 

 

「どお??シオン起きた???」

 

「妹様…!?い、いえ、未だに……」

 

「そっかぁー…寂しいなぁ…」

 

「大丈夫です……きっとすぐ…」

 

「そうだよね…全く女の子を待たせるもんじゃないよ」

 

 

妹様は迷いのない歩みでシオンの側によると、そっと額に口付けをした。

自分でもビックリするぐらい冷たい目で妹様を見ていたと思う。その視線にすかさず彼女は気付くと、悪戯な笑みをして、

 

 

「あれ?膝から崩れ落ちないね?」

 

「……忘れてください」

 

「ふふっ、どうしようかなっ」

 

 

ニコニコと笑みを浮かべながら意地悪な事を聞いてくる幼い(見た目の)女の子は、つくづく悪魔なのだなと思う。

いや悪魔なのだけれど。

かつての、紅い夕陽に染められた庭先で、妹様の積極性を垣間見た時、それはそれは息苦しくなったが……

 

 

なんで、こんなにも苦しいのだろうか……??

 

 

今、この瞬間でさえも。

ひととき、妹様のことも忘れて、ふと此の妙な息苦しさの理由を探ろうとする。

すぐに呼び戻される訳だけれど。

 

 

「咲夜?」

 

「へっ…?あ、あぁ、すみません…」

 

「別に良いけど……咲夜変わったね」

 

「変わった、と言いますと…?」

 

「隙が多くなった!」

 

 

えぇ……。

それは大丈夫なのだろうか。気が抜けていると言いたいのだろう……。気をつけなければ…。

妹様の一言に懸念を抱き始め、ちょっとした自己反省会を始め出した時、またしても扉が開かれた。

まぁ、さっきと違って、だいぶそっと。恐る恐るだが。

加えて、同時に聞こえてきた声も遠慮がちであった。

 

 

「ふ、フラン…今のどういう……」

 

「あ、お姉様!どういうってチューしただけよ!!」

 

「ちゅっ….???」

 

「お嬢様……」

 

 

邪気の無い妹様の一言でまたしても犠牲者が出た。

第二の被害者、紅魔館の当主である。ちなみにたった今殺された。無邪気によって殺されている。

いつかの誰かよろしく、半開きの扉の向こう側で膝をついて項垂れた。

 

 

妹様が無理矢理お嬢様を引っ張ってきた。すぐに普段通りの調子に戻ると、何やらお嬢様は神妙な面持ちをした。

雰囲気が少しだけ変わる。

眠るシオンを優しく撫でながら、お嬢様は重々しく語り始めた。

 

 

「シオンに関する話…」

 

「え……」

 

「聞いたことあるかしら。この子の血縁者……

 

 

 

 

 

 

『魔女ヴィネア』について」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

庭先に咲いた満開の桜を見て溜息を吐く。

ただ決して、また掃除しなくてはいけない事を悲観して溜息を吐いた訳ではない。

 

 

……またしても、助けられてしまった。

 

 

「苦しいのはアイツの筈なのに…」

 

 

以前の博麗の巫女では考えられない思考を巡らせた。妖怪撲滅第一を掲げた巫女が、種の境目曖昧な彼を心配している。要するに、人か否か判然としない彼の安否を気にかけている。

このまま居なくなってしまえば面倒ごとはなくなるのに。

 

しかしそう考えるのは酷く憚られた。

それどころか考えようともしなかった。

 

 

「あぁ〜〜!!!なんなのよもうっ!!」

 

 

判然としないのは私の心情もだったか……。

やけにムシャクシャする心が煩わしく、居てもたってもいられず、紅魔館に向かう事にした。

勢いよく庭先に出て思い切り地面を蹴って飛ぶ。

 

最高速度で空へ浮かび上がるのと、丁度神社の上を通り過ぎていた魔理沙と目が合うのはほぼ同時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───

 

──────

 

 

 

 

 

 

 

 

ものの数分で視界に入った悪趣味な洋館。

壁を無視して越えようと考えたが、珍しく居眠りをしていない門番に見つかった故、渋々下に降りる事にした。

 

 

「起きてるなんて珍しいわね」

 

「えぇ、重症者が居ますから」

 

「なるほど……まぁ、魔理沙はもう入ってる訳だけど」

 

「言っても止まらないでしょう……」

 

「諦めてるのね……で、用件は分かるでしょ?入っていい?」

 

「面倒ごと起こさないでくださいよ?」

 

「私をなんだと思って……」

 

 

さては傍若無人な暴力女などという認識ではないだろうな。流石に不本意である。思わず殴っちゃうだろ。

不意に吐かれた文句にぶつくさ返答しながら紅魔館へと入った。

 

 

瞬間、鼻腔が異質な雰囲気で満たされる。厳密に、嗅覚如きで感じられるものではない為、働いたのは私の第六感、所謂『勘』というやつだが。

 

 

……やっぱり。

相当"濃く"なってる。魔女の香り。

強く匂って、あろう事かその種族不明なやつの心配をする事になるとは。

 

 

「はぁ……バカね…」

 

 

それは此処でずっと眠っている彼と、私に向けての独り言だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 

ぼんやりとした黄昏時に目を覚まし、もうだいぶ経った。

依然として世界は薄暗がりの中、曖昧だった夕焼けの空は黒く塗りつぶされた。その中で俺の目だけは冴えていた。感覚としては明晰夢のような。しかし明晰なのは俺の視界と思考だけ。冬の乾いた風が、屋上に立つ俺を包んだ。

 

 

北極星から始まり、山の彼方にまで煌びやかであった。

 

あの日のように、満天の星だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

婆ちゃん……いや、もう全て思い出したのだから、これからは母、或いはヴィネアと呼ぶべきだろう。とはいえ、ずっと真実を忘れたまま、祖母と慕っていた相手を突然母と呼ぶには少し気恥ずかしい。名前で呼ぶことにしよう。

 

先程俺は、ヴィネアの死に際に立ち合った訳だが、これは俺からしたら、また歴史からしても奇怪な話である。

というのも、彼女は魔女だ。

遥か昔に西洋で生まれた世界で一番最初の魔女。現存する魔法の起源は全て彼女にあり、悪魔でさえ彼女の従僕であるとさえ言われている。

世に散らばった諸悪の根元。

呪いの元凶。

 

 

そして、

 

 

俺が死ねない理由だ。

 

 

 

アリスやパチュリーは『捨虫の魔法』なるもので長命である。故に、彼女らは"魔女"というカテゴリーに分けられる。

長命であって、不死ではない。

老いずとも、いづれ死す。

裏切れない輪廻の理であり、生まれ落ちた瞬間に決まった運命である。

 

しかしヴィネアは。

前に言った通り、その名の通り、不死身である。

幻想郷が出来るずっと前から、彼女はたった一人、この世界でたった一人の不老不死であった。

 

そんな彼女が、だ。

老いぼれ、

シワの多い顔に涙を浮かべて、

謝りながら、

俺の前で絶命した。

 

 

矛盾が一つ。

やりきれなさが募るばかりである。

ヴィネアの泣き顔に、義理とは言え両親の亡骸。

 

 

「死にたくもなるなぁ…こんなの……」

 

 

恐らく死ぬ前にも──幻想郷に来る前に──一度思い出したのだろう。

その時と同じように、屋上の真ん中に仰向けで寝そべる。

目には星しか写らなかった。

冷たい風が吹き抜ける音がするばかりで、他には何もない。

 

 

 

星以外、何もなかった。

 

 

 

 

冬の屋外に似合わず、目の奥がジッと熱くなった。決して、目が渇いた訳ではないのだ。

ヴィネアの死に際が頭にこびりついて離れなかったのだ。

 

彼女は、自らが負った不死の呪いを俺に肩代わりさせたのだ。

何千年と生きてきて、愛した人達が死んでゆく様を見るのに疲れたのだ。

生きるのに疲れたのだ。

その逃げ道に、俺を選んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

手順は簡単だ。

自分の出生の事すら忘れていたのだが、俺はヴィネアの実の『息子』だ。

つまりは、俺も遥か昔に生まれていた。

西洋の地にて、そこであった男と恋をした。その間に生まれた子だ。

 

しかしタイミングは最悪であった。ほんの数千年の人間の歴史の中で魔女にとっては最悪の出来事の最中。

 

所謂、『魔女狩り』が流行した時だ。

16世紀ごろに行われた蛮行だ。

魔女と疑われた女性は問答無用で処された、悪しき儀式。極めて不愉快な迫害だ。

そんな時に、本物の魔女の元に生まれ落ちた俺は、本当に運が悪かったとしか思えないのだ。

一頻り産声を上げたあと、ヴィネアは俺の瞳を見て絶句したのだという。

 

 

赤かったのだ。

飲み込まれそうなほどの真紅だったらしい。

母にそっくりな。赤目だった。

暫くすれば、真っ白な髪も生えてくる訳で。

 

 

 

魔女狩り大盛況の中、生まれた子供の目が赤いなどとバレれば殺されるに違いない。

自分だけでなく、夫も、当たり前だが、俺も。

ヴィネアは何よりも家族の死を恐れた。

 

 

 

此処に来る前に呪いを移植したのだという。俺の髪も目も黒くなった。なんでも、そんなような魔法をこの呪いに混ぜたらしい。

その後、俺ら家族は東洋─その中でも日本に逃亡した。既に西洋の宗教が入り込んでいたし、海外の移民などこの時期にはごく少数。幸運だったのは魔女狩りが行われていなかった事だけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ひっそりとした暮らしを数年、間も無くして、ヴィネアの夫、俺の父は死んだ。

寿命だった。

静かに眠った父を看取るヴィネアは老いていなかった。

呪いを実の息子に移したのに、寿命は依然としてこなかった。

 

 

酷く嘆いていたのを思い出した。

父を碌に弔う事も出来ず、自分は何百年と死ねず、魔女の血を強く受け継いだ息子だけが残った。

何故か16歳程の見た目まで成長していた息子だけが残った。

そんな息子は、母の苦しむ姿など見たくはなく、母の考えに、協力することを拒もうとはしなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

呪いが移りきっていないと考えたヴィネアは次に、自分に産まれながらにして持っていた才能を移植した。

それこそが『覆す能力』。それを使えば逃亡生活など強いられなかったのではと切実に思った。

結果から言うと、この能力が原因だった。

 

 

まぁ、気づいたのは既に第二次の戦後であったが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この移植を終えた後から、ずっと若々しく麗しいヴィネアの成長───というか加齢───は始まったのだ。その途中には日本人男性と関係を持った事もあった。結果夫婦になるのだが。

 

 

 

そういえば、その際産まれた子供はどうしたのだろう。

俺に只管暴力を振るっては、酒に溺れていたあの男は養子だった筈だ。日本の地にて出産後、連れてきた男の子だった筈だ。

連れてくる前、出産をしていた筈だが……。

 

 

とは言っても、分からないものは分からない。

ただ一つ分かることは、

自分がこの家に連れてこられた時からいる10代くらいの少年が、一切成長せず、自分が老いていく中で、一切見た目が変わらない男が近くにいたのだ。

大して関わってこなかったが、養子の男からしたら奇妙で、恐怖だ。

勿論化け物扱いされた。

少年期から募っていた不満が大人になって暴発した。それに煽られて、男の嫁も手を上げ始めた訳だが。男の一人娘もそりゃあ逃げる。

 

 

そうして俺は孤立した。

 

 

俺に呪いを移した本人は、俺に我慢を強要した。

ただただ、耐えるだけだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今考えれば気持ち悪いったらありゃしないわけだが。

あの男の気持ちも分からんでもない。

それでも、俺だって。

ヴィネアしかいなかった、あの時に、

知らない人たちばかりが増えていって。

血の繋がりはヴィネアだけだった。

 

 

 

そういえば、

能力の移植の時、一つ誤算があったのだ。

その誤算こそ、俺の能力だった。

『天は二物を与えず』。

つまりは、天に、神に反抗しようとした。

その際に、記憶が飛んだ訳だ。都合よく、ヴィネアにとって都合よく、それ以前の細かな記憶だけが飛んだ。

 

 

 

 

そうして遂に、悪魔は生まれた。

 

何も知らず、何故だか死ねず、運命を拒絶する、

 

孤独な悪魔が。

 

ただそこに居て、

 

記憶の片隅にあったというだけで、

 

家族は死んだ。

 

 

 

 

 

 

今や、涙さえ渇いて、枯れてしまった。

 

 

人間で居られなくなった俺は、孤立して、全て失ってもなお拠り所を求めて、煌びやかな北極星に胸を焦がすばかりなのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





複雑化してきましたが、次回からも読んでいけば分かります。
ね、読むんだよ?わかった?
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