ふと、街に繰り出してみたくなった。
あくまで夢の中。ほんの認識の中の世界であるが、数十年暮らしていただけに、そこそこ認識下でもハッキリしていた。
ただ不気味なことに人気は全くなく、車通りも一切ない。
規則的にサインを変える信号機だけが無機質に動いていた。ずっと北へ続く国道にて、寒い風に吹き曝されながら、またしても空を見上げた。
「あら。こんな所で何してるの」
「……なっ」
完全に一人きりの世界だと思っていた。
故に、不意な声に驚く。いやまぁ、俺の認識と記憶だけで構成された世界で他人の声とか、それはそれで怖いのだが。
兎に角、声のする方を向く。
背後の数メートル先。信号機の上で怪しくも優雅に座っていたのは幻想郷の管理人。
八雲紫であった。
「いつまでも起きないから心配したのよ?」
「他人を心配するような人でしたっけ、貴方」
「あら、言うようになったわね!そんな事い、わ、ず、にぃ〜」
「テンションたっかいな……」
記憶を取り戻してから初めて人と喋ったが、自分の変わりように自分で少し驚いた。圧倒的な力を持つ彼女を前にして、一切の驚懼をしなかった。前まで少なからず感じていた恐怖が、俺の中にはなかった。
雰囲気が変わったことを悟ったのか、少し俺を揶揄うような微笑を浮かべて彼女は言った。
「私はね、貴方に感謝しているのよ?」
「感謝?何かしたっけ……」
「冬を終わらせてくれたじゃない」
「あぁ、そうか冬眠…ん?てことは、異変は無事に……」
「解決したわよ」
「霊夢達は…!?」
無事に春が訪れたことに安堵、加えてあの場に居合わせた3人の心配が突如として呼び起こされた。
そうだ、そうだ。こんな所でゆっくりしている場合じゃなかった。一刻も早く目を覚まして。
一刻も早く彼女達を……!
「まぁ、落ち着きなさいな」
「…………あぁ」
「彼女達は無事よ。貴方のおかげでね」
「!!……そうか」
どうやら、前のように感情も強く出せなくなってしまった。
それでも胸の奥に秘めた感情は変わらず熱い。なんだか素直じゃない。
「また捻くれちゃったわね」
「また彼女達と仲良く接することが出来るのかね……」
「さぁ?まぁ、気にする事ないわ。最初から『人間不信です!』みたいな顔してたもの」
「そんな堂々と弱点を晒すやつがあるか」
「ふふっ、冗談抜きよ?」
「……マジで?」
「マジ♪」
幻想郷で見る事なかった彼女の朗らかな笑顔を見て、少しだけ口角が上がっているのが自分でも分かった。
まぁ、何者でも受け入れるって言ってくれたのはこの人だったか。
紫は一頻り笑うとふぅと一息吐く。そうして俺に向き直って一言、
「仮にあの娘達が貴方を見放したとしても、その時は私がいるから安心なさい」
一番変わったのはこの人なんじゃないか……?
「……よろしく頼みますよ」
「ええ、任せて頂戴!」
幼い少女の様に笑って見せると、スキマを開けて、それきり彼女はこの世界から姿を消した。
俺もすぐ向かうとしよう。
いつまでも過去の記憶に浸っている場合ではない。そもそも、浸っていても気持ちの良いものではないな、これは。
いつの日か、『全部認めて、まとめて弔ってやる』なんて誓ったけか。
未だ、俺の中にヴィネアは生き続け、俺の体を蝕み、巣食っている。
呪いなんていう形で生き永らえているヴィネアが酷く哀しく思えた。
「楽しくねぇなぁ…不老不死」
終わらせてやろう。
ヴィネアという存在を、概念を、根本から。
殺してやろう。
そうすればすぐ、
母さん、
貴方に会える。
だというのに。
家族みんなが、輪廻の通りに、運命の通りに死ぬ様にと、転移させた呪いと能力だというのに。
「もう叶わないじゃないか…」
これはきっと、誰も救われないのだ。
一方が死ねば、もう一方は死ぬ事が出来ないのだ。悪魔に身を堕とした故の業。
その永久の呪いから逃げる事は出来ないのだ。
それでも、俺が生き続けて、ヴィネアは死ねたなら───。
答えなんか決まっている。
母を救わない道を選ぶつもりはない。
俺はこれからも生き続けるよ。貴方の影を追って。死に場所を求めて。
永遠に苦しみながら。
遍くを救っていこうじゃないか。
未だ煌々と輝く北極星を仰ぎ見てから、
俺は目を覚ますことにした。
───
───────
重い瞼をゆっくり開く。
先の夢の世界の方が意識がハッキリしてたんじゃないかと思う。まず最初に視界が捉えたのは、見覚えのある天井だった。赤を基調とした部屋である事がすぐに伺えた。
そうして直ぐに、若干の動きにくさを覚える。
それは感触で分かった。一度永遠亭でもこのくらいの処置をされた筈だ。まぁ、全身包帯でぐるぐる巻きだった訳だ。
一体どれ程の傷をしたのかと探るべく手を動かそうとしてみる。
が、思うように動かない。それどころか重さを感じる。
それととても大きな温もり。
何とか顔を動かして視線を右手にやる。
すぐに、嫋やかな金髪が右手にのし掛かってるのが目に映る。
「ぁ、え……魔理沙…?」
思うように声が出ない。それ以前に、顔にも色々貼ってあるなこれ。頬が動かない。
恥ずかしくも満身創痍みたいだ。どうやら寝ているらしい、魔理沙の頭の下でガッチリの俺の右手は握られている。というか枕にされている。何とも器用な寝方をする。
その後すぐに、真横にもう1人いることに気がつく。
顔を右に向けると、腕と足を組みながら、これまた器用に眠る霊夢の姿があった。
先程、微かながら声を出したが、それでも2人は起きる気配がなかった。
それに加えて、魔理沙は兎も角霊夢までもが紅魔館に赴くとは。
知ってる天井かつ目が痛くなる程の赤色の屋敷など一つしかない。すぐに見当がつく。
とすれば、俺の世話をしてくれたのは咲夜だろうか。ここで眠る二人も付きっきりだったのだろうか。カーテンの閉まってない窓から見える景色はただただ夜である。
「今何時だ……」
発声練習がてらか細く独り言を呟く。
こいつらも無事なのだろうかと甚だ心配である。
まぁ、他人の看病をしてくれるくらいの余裕はあるようで。それだけで俺の行動が、選択が、正解だったと信じれる。
そういえば、あの銀髪の少女は、
それに、あの桃色の少女は……。
モヤモヤと心配に思考を巡らせていると、不意に木製の扉が音を立てて開いた。
今度こそ、と上半身をゆっくりと起こす。寝ながら対面など失礼だ。幾らか気怠さが残るが、何とかしてゆっくりと視線を音の鳴った方へ向けた。
流石に、
なんだか久しぶりに会ったようであった。
思わず少し感動してしまった。
透き通る銀髪のメイドは目をパチクリさせて硬直していた。バッチリと目が合っていた。
流石に気まずいので、話題なんて特にないけれど、とりあえず喋ることにした。
「お、おはよう」
「……ッ…うぇぇ……」
「ん?……え!は、あ、え、ちょ…!?」
「うぇぇあああーーー!!!」
手にしたいた銀製のお盆がカチャーンと音を立てたかと思うと、少女はこちらにダッシュしてきた。
普段からは想像もつかないが、
"年相応"の、少女の声で。
大きな涙を溢しながら全力で抱きしめてくる。
なによりも、彼女達が元気でいる事が死ぬほど嬉しかった。
霊夢と魔理沙がその肩をビクつかせ、起きたのは言うまでもない。
───
──────
散らばったカップの破片を片付けて─その間咲夜はずっとメソメソ泣いていたが─ひと段落ついて、漸く落ち着いた状況で話し始めることにした。
パチュリーと美鈴は除いて、紅魔館メンバーに加えて霊夢と魔理沙が、俺のベッドの周りに腰掛けた。こあに関して、主人ほったらかして良いものなのかと疑問に思ったが、こちらも半ベソでとても心配してくれたらしい。
現状、"落ち着いた"とはいえ、
両腕に半ベソのメイドと小悪魔が張り付いている状態で、
事情の説明を始めることにした。
まず何から話すべきか迷っていると、一番最初に口を開いたのはレミリアだった。
「全部…思い出したって事でいいの?」
「あぁ、それで合ってる。不思議と頭は冴えてるから、そこは大丈夫だ」
それを皮切りに次々と問いかけは投げられる。
「アンタ随分雰囲気変わったわね」
「霊夢から見て…人間っぽくないか?」
「……まぁ、見かけこそ人だけど…ただの人とは一概に言えないわ」
「まぁ、その認識でいい。自分でも実際自分が分からない。ただ現状、俺は不老不死みたいだし、人間とは定義できないだろ」
「そう……」
そう言ったきり、霊夢は目を伏せ、口を閉ざした。
自分で言っていて、何とも変な気持ちだ。
自己紹介で『不老不死だ』とか言う日が来るとは思ってなかった。とは言っても、俺が生まれたのは百数十年くらい前だから、幻想郷の妖怪達からしたらまだまだ若輩だ。
だ、だよね……?若いよな俺…。
要らぬ不安にハラハラしていると、次に質問してきたのは咲夜(幼女)だった。
具体的には(精神的に幼女)である。
「その…まだ痛むの?」
「まぁ、そうかな…ちょっとだけ」
「髪も白いままよ?」
「えっ、嘘……まさか目も?」
「ええ、赤い」
Oh……
今まで暫く眠って起きれば多少は黒く戻っていたというのに……。
まぁ理由を挙げるとすれば、大方呪いだろう。目立たぬよう髪と目が黒くなる魔法を施術の時に混ぜられたわけなのだから、つまりは呪いが薄れたか解けたか。
記憶が戻った辺り、呪いが解けたと考えて問題ないだろう。にしても、呪われてた時の方が普通など甚だ皮肉である。
兎に角、そうか。そうだな。その辺り、最初から説明しておくべきだろう。
「まぁ、良い機会だし…寝てる間に起こった事について話すか」
「寝てる間に何か起こるもんなの……」
「まぁ…その説明も含めて……」
霊夢のごもっともな疑問を適当に避けて、この恐らく数週間、眠っていた間の身の変化を話す事にし、
と、ここまできて不意に扉が勢いよく開かれた。
「「「!?!?」」」
「シオッ……んぇっ…はっ…はっ…はぇぁ…!?」
「ちょっと、アリス…少しは落ち着きなさいって……と、あら、随分調子良さそうね?シオン」
「あ、うん…お陰様で……」
息も絶え絶えでバァン!!なんて効果音を上げながら扉を開けたのは、『アリス・マーガトロイド』と『パチュリー・ノーレッジ』であった。
魔法使いらしくもなく、全力疾走で来た彼女は、思いの外の人数の多さと状況に気づき、すっかり壁に隠れ込んでしまった。
そうだ…人見知りだったっけ。
「あっ、あ、ごめ、ごめんなさ、ごめっ…」
「大丈夫だよアリス、入ってきなよ。怖い人いないから」
「あっ、うっ、うん……ひぃぃん…」
目にはいっぱいの涙浮かべたさながら小動物のようなアリスを、優しく迎え入れる。パチュリーに手を引かれながらだが。
まぁ、これで本当に全員集合なのだろう。
改めて、この数週間、夢の中では数時間程度の夢の話を掻い摘んで話し始める事にした。
「だから、それに差し当たってだなアリス。やっぱり怖いからってベッドの中に顔を突っ込むんじゃありません」
「ひぃん……」