5月に降る雪は止み、幻想郷を桃色に染め上げた桜も、モノの数日で散ってしまった。木々は次にまた花を咲かすために、枝一本一本に葉をつけていく。新緑もすっかり背を伸ばし、幻想郷は鮮やかな緑に染まっていた。
確かに、考えてみれば5月に桜はもう散っている。春があっという間だったかのようにも思えるが、これが自然である。遅ればせながら咲いた桜が、自ら時期を選んでその帳尻を合わせようと姿を変える様に、漲る生命力を感じる。植物たちがこの世界で生き残るために得た知恵なのか、はたまた本能なのか。どちらにせよ興味深い。
そんなわけで、幻想郷はこれから夏に向かおうとしているのである。
「ひっっっっさしぶりに帰ってきたな……」
自ら作った三色団子を外のベンチで頬張りながら、久しぶりと言っても、そう感じるだけである。事実、異変解決に出かけて帰ってくるまでに数週間ほどである。とはいえ、こうも季節がガラリと変わるとだいぶ時が過ぎてしまったかのように思える。
少し湿気を帯びた風を全身で感じる。一応甘味処として申し訳程度の商売をしているが、一々店の準備をせずとも充分やっていけているので、これからは気まぐれで店番しよう。たまに甘味じゃない物頼んでくる奴もいるし。そのぐらいの心構えでいよう。
三色団子を食べ終え、緑茶を飲みながら日向ぼっこを楽しんでいた。
街行く人はどこか浮き足だったような様子で、誰も彼もが生き生きしていた。空飛ぶ妖精もどこか楽しげで、ここは人里がよく見えるということもあって、知り合いなんかを見つけるとソイツも明るい表情をしている。
俺が守りたかったものはこう言ったものだろう。やはり太陽燦々としていると心なしか気分も晴れるのだろう。
だがしかし、最近、この活気が昼だけのものではなくなってきている。
「また今日も宴会すんのか……?」
幻想郷の住民がどこか楽しげであるのは、たしかに天気が起因しているというのもあるだろう。しかし最近は、どういうわけか3日おきぐらいに夜に宴会をしている。どこもかしこも。桜は散っているし、特にこれといって霊夢たちが異変を解決しているわけではない。
なのに、やけに人がよく集まる。集まっては馬鹿騒ぎをして、また朝を迎える。
「疲れないのか……?」
少し、住民が心配である。楽しければいいのだが、度が過ぎているのではないかと思う。少し懸念を含んだ眼差しで人里を眺める。
すると不意に、明らかに春風ではないだろう風が吹く。この突風……。
「いつも激しいな、射命丸」
「速達の時だけですよ!!」
嘘つけ。お茶びっちょびちょだわ。
「で、どしたの新聞屋」
「気付きませんか!?このかんじ!!」
「アバウトすぎない…?宴会のことか?」
「そう!その通りです!」
「まぁ…いくらなんでも多すぎるよな」
気づいている奴が他にもいたようだ。射命丸が特に早かったようだが、射命丸が気づいたのだから霊夢や魔理沙も少なからず気づいていそうだ。また、俺みたいに宴会に参加しなかったからこそ、異変に気づいた奴もいそうだな。アリスとかパチュリーとか。
うぅん…他にももっといそうなものだが…。
「とりあえず、はいどうぞ!新聞です!」
「うん?とってないよ?」
「号外です!!」
「あらそうなの。ご苦労様ね」
このために急いで作った事を考えると申し訳ないのでそっとお金を渡す。
見出しには大きく『3日おきの百鬼夜行』と書かれていた。確かにその通りだな。かなりの頻度で人が集まる。特に鬼がどんどんと出てくる。日が沈めばぞろぞろと歩いて、ある場所を目指す様子はさながら百鬼夜行。それが3日おきときた。異変と思う方が自然だ。それに加えて、このあからさまな異変に気づく人が少ない。
「……能力か?」
「えぇ、恐らく」
「人を集める能力?アイドルみたいだな」
「うーん、ちょいと違いますね」
「ん?知ってるのか?」
「えぇ、今回の異変の黒幕はもう見当ついてます。恐らく霊夢さんたちも」
なんと。つまりは幻想郷で有名で、能力を知られている者。
もしかして、号外を町中に配っているのはこれが異変である事を伝えるため…?だとしたら射命丸大活躍である。確かに、客観的な視点からでしか分からない異変なのかもしれない。まぁ、恐らく、それも幻想郷の少女たちは全て理解しているのかもしれない。異変の黒幕を知っているようなのだから。
「で、誰なんだ。この異変の原因は」
「伊吹萃香。とんでもなく酒と喧嘩が強い鬼です」
伊吹萃香……いつかどっか勇儀さんがぽつりと呟いてたっけ…?ダメだ記憶にない。また新手のやんちゃガールか……鬼だから多分ガールではないだろうけど。
「てか、酒と喧嘩が強いってそりゃ鬼なんだからそうだろ」
「鬼の中でも強いのです!!なんて言ったって…」
あ、なんとなく分かったかもしれん。
「「山の四天王」」
「おー!そうですそうです!最強の一角ですよ!!」
「マジかよ……」
紅霧異変の後の宴会で、その四天王の1人に熱く迫られたのを今でも覚えている。その時は戦い方も記憶もよく分からないでいたから、弾幕ごっこ(肉弾戦)の誘いを断ったが……
「避けて通れない道か…」
「腹括りましょう!!」
「……なんかやけにテンション高くない?」
「ややっ!それは勿論、私も皆さんと同じように気候に…」
「俺が鬼と戦えば良いネタが手に入るもんな?」
「……ややっ…」
すごい、ため息のような「ややっ」。図星やん、妖怪なら嘘くらい上手く吐けって。
まぁ、どの道解決のために動くつもりではあった。もっとも、原因の見当がついてからだ。恐らく時間も情報もなかっただろうけど、今日こうして情報の方から舞い込んできた。良いチャンスだ。四天王の1人とやるのは大変怖いが、頑張りどころでもあるだろう。異変解決に乗り込んでみようか。
「そういえば、霊夢たちには声かけなかったのか?」
「かけましたよ!!けど『タダ酒飲めるししばらくは良いわ』って……」
……俺が動かねば。
春を奪った亡霊退治の次は、いつまでも春気分の鬼退治である。
いつだって幻想郷は宴会騒ぎであるようだ。
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まだ日が高かったので、少し聞き込みをしてから挑もうと思った。自分の悪い癖だが、自分の中で悪だと決めてしまったやつを全力で殺そうとしてしまう節がある。結構前の話にはなるが、紅霧異変の時が良い例だ。
逆に、春雪異変の時はどうだったかと言うと、不思議なことに能力の暴発は起きていない。霊夢達が傷だらけであるにも関わらず、真っ先に俺は幽々子を助ける道を探そうとした。
この違いは何か。
ずばり、相手のことをどれほど知っているか否かである。
紅霧異変の時はレミリアのことを深く知らなかった。フランの存在、それに繋がる思惑。妹のためを思った行動が結果として異変となったわけだ。これを知っていたとして、恐らく当時のレミリアは素直に異変を収束させる気は無かっただろう。どの道戦いになることに変わりはなさそうだ。しかし、それでもある程度知っていれば悪戯に怪我人を増やす事もなかった。
かなりの後悔がしつこく纏わりついているのだ。それゆえに、春雪異変の時はある程度の自制が効いた。能力への理解の深さ、妖夢に前もって会っていた事も起因しているだろうが、それでも必要以上の被害は避けたつもりである。
しかし、それでも。
幽々子はかなり瀕死であった。妖夢も例外なく。
彼女らの中の正義と、霊夢達の正義が衝突した故の結果である。
事を穏便に済ませようと行動すればする程、自らの正義に疑念が生じる。幻想郷を護りたいという根本はあれど、それに相反する思想があったとして、それを悪だと断言できるかどうかは正直分からない。
身近にヴィネアの事もある。自身にとっての悪がこうも近いと、そういった事をより強く思ってしまう。
だからこそ、伊吹萃香の存在を知っておきたい。一人が寂しくて異変を起こしていた、なんて理由であったら、そのまま倒してしまうにはあまりにも心苦しい。
解決する道があるのなら、助けてあげたい。
「まぁ、アテがあるわけじゃないんだけどね」
とりあえず誰かに事情を聞いてみたいと思い立ったはいいが誰かに会える確証はない。
まぁ、宴が今日も開かれるようだし、誰かしらいるだろうくらいの適当さである。
「お…会えるもんだな…」
見切り発車で動いたが案外会えるもんだった。まぁ、人里はそれほど広くもないし会える確率は高いか。ともかく、しょっちゅう宴会に行ってそうな普通の魔法使いを見つけたので話を聞くことにした。
「魔理沙ーー」
「おっ、一昨日ぶり!!」
「ちょくちょくいるもんな魔理沙。一昨日ぶりだ」
街を歩けばまぁまぁの確率で見つけることのできるやつを見つけた。この人里じゃ目立つ金の髪に黒いフリフリっぽい服を着てる魔理沙はかなり見つけやすい。なんなら飛んでるし。
ともかくちょうど良い。一番宴会に行ってそうな奴に出会えた。
「なぁ、魔理沙はここ数日なにか異変を感じてるか?」
「感じるも何も実際渦中にいるぜ!わたし!!」
異変に参加してる自覚あったのか……。
「異変だとは思ってたんだな。何か気になることとかあるか?」
「大方萃香の仕業だろ?やけに鬼連中が多いんだ」
「鬼…?」
「地底の鬼だよ。毎回のように参加してやがる」
宴会だしいてもおかしくはないだろうとも思ったが、その前提込みで考えても多いらしい。それだけでなく、鬼の数が徐々に増えてきているようだ。異変解決後に行われる宴会もかなりの人数いるのだが、それを上回る数。普段地底から出てこないような鬼も宴会に参加している。
「異変とは分かってても酒呑めるから参加しちゃうよなー」
「解決する気は?」
「んー、まぁ、気分で!」
ないなこれ。飽くまで呑むだけのやつだこいつは。恐らく霊夢も同じような理由だろう。
今回の異変は実害云々で考えた場合にそこまでの脅威はない。ただみなが楽しく集まり、どんちゃん騒ぎを夜通し行うだけである。しかしやはり体力に限界はある。加えて鬼が地上で何もしないでいるという保証もない。幻想郷は限りなく非常識な世界だ。しかし、それ故に非日常な事象も顕現する。あくまで穏やかで和やかな世界を保つのだ。そのための巫女だ。
完全に妖怪とは分かり合えないことが、やけに残念である。
ぶつぶつ考えていると「にしてもさぁ」と魔理沙は喋り始めた。
「今回の異変も解決する気なの?」
「え、うん…何か不満があるのか?」
「まぁ…なんだ…無理すんなよ」
「…………は?」
突然何を言い出すかと思えば、魔理沙は心配してくれたようだ。どこか気恥ずかしそうに顔を逸らし、溌剌とした魔理沙からは予想もつかぬほどモショモショ喋った。
「え、何急に…らしくない…」
「ううううるっせぇな!分かってるよ心配とか…」
怒りなのか恥ずかしさなのか、顔がほんのり赤い魔理沙は一度大きな声で怒鳴ると、また俯きがちに喋り始めた。
「ただ…まぁ、なんだ。危なっかしいんだよお前は」
お前に言われたくないと言いかけたが口をつぐんだ。
「あー、不老不死?だかなんだか知らんけど、痛くないわけじゃないんだろ?すぐ治るったって、怪我は怪我なんだよ」
「痛い上にしっかり失う命がある魔理沙たちに比べれば安い痛みだよ」
「っ……命を比べんな……」
ごもっとも。でも、やはり、俺は間違えていないはずなのだ。
これからまだ長い人生を歩む少女たちの後ろで、悠久の時をこれから生きていくであろう化け物が悠々自適に暮らしているのはあまりにも切ない。助けられるのであれば、俺に出来ることの中で彼女たちの未来を守れるのなら。
安い命なのである。俺の命なんざ。
一向に合わない魔理沙の目はどこか曇っていた。苦しそうに眉間に皺を寄せた表情は、何かを思い浮かべては胸を痛めているかのようだった。
「お前はどこか自己犠牲にしがちだな。見ただろ、アリスの心配ようを」
「え、あ、あぁ……うん」
異変が終わり、目が覚めた後のこと。アリスは俺と顔を合わせるなりなんなり全力で向かってきた。人見知りな彼女が何ふり構わず俺の心配をした。人目も気にせずに。
その後の宴会でさえ俺のそばを離れようとしなかったし、病み上がりの時はずっと近くで看病をしてくれていた。勿論、目が覚めない間も。咲夜と協力しながらだったらしいが。
そういえば咲夜もやけにずっと近かった。
「病み上がりだからそばにいてくれたんじゃないのか」
「それもあるんだろうけど。お前自分が思っている以上に、体ボロボロだからな」
いつも間に。バレている。
能力を使う感覚を掴み始め、八雲紫との戦闘の際にも多用することで慣れようとした。
事実、少しずつ慣れているのだ。
しかし一向に改善しないのは体調。いかんせん、『覆す能力』はヴィネアの記憶と共に──といった呪い──俺の体に埋め込まれた。魔女の呪いなんて聞こえが悪いだろう。実際にその代償は命。大方、思い出そうとしたら体が痛むことを利用して、自分の過去を記憶の底に沈めるといった魂胆だろう。しかし、計画虚しく、俺はヴィネアを思い出した。依然として、後から埋め込まれた『覆す能力』は体を蝕み続けている現状だ。
なんとか心配かけぬよう隠していたが、流石にボロが出てしまったか。
「至る所から出血。髪の毛真っ白、腕は黒く変色してるわ骨は数本折れてるわ……異変が終わると毎回お前はそうなって帰ってくるんだよ」
「マジか……」
「こっちの身にもなってみろよ……」
そんな状態の男を看病なぞ確かに嫌だな。知らぬ間に気苦労をかけてしまっていたようで、少し心が痛くなった。
「じゃあ、分かった……」
「は?何が」
「この異変は無傷で帰ってくる!」
「え……?あー…そういう……」
俺なりの覚悟を話したつもりだが釈然といってない様子だった。何か間違えたのか「そうじゃねぇんだよ」と小声で聞こえた。
しかしすぐに魔理沙は柔和な笑みをフッと浮かべた。
「まぁ…無傷に越したこたねぇな。そうしてくれ。けど相手は伊吹萃香だよなぁ……無理か…?」
「え、そんな強いの」
「無傷はまず無理だな」
「覚悟したのに……」
「だからさ、今回は…」
「放ってはおかないけどな」
魔理沙はか細く「え」とだけ反応した。
どれだけ放っておいてもいいが、いずれは誰かが解決に向かう。その誰かは、きっとこの少女達だ。毎回遅れて解決に向かう度、自分の大事な人達が傷つき倒れているのを見るのはあまりにもキツい。
「こっちの身にもなってくれ」
あんまり深刻に受け止められたくはないから、ほんのり笑みを浮かべてそう言った。
「意味分かってんじゃねぇか……」
「なんのこと?」
「なんでもねぇよ」
どこか不満気に魔理沙はつぶやいた。しかし同時に呆れのような、安心のような表情にも見えた。暫しの沈黙の後、魔理沙は口を開いた。
「……約束な」
「え?」
「無傷でってやつ」
「あ、あぁ…!勿論だ!!」
「うん」
淡々と彼女は返事をした。少なくとも、楽しそうな魔理沙ではなかった。
彼女の時間を邪魔してしまったか。少し話し込んでしまった。そろそろお暇するとしよう。
「悪いな魔理沙突然、また後で、」
「あー……わりぃ、あともう一個」
離れようとした俺の袖を魔理沙はキュッと掴んだ。
「うん?」
「約束」
「あー…うん」
「私も守るから」
「え、無傷の約束?」
「ち、ちがっ……ちげぇよ」
一度大きく呼吸をして、言葉を続けた。
「私も、お前を守るから」
「……え?」
「お前が命懸けて何かしようってんなら、私も命懸けてお前を守るから」
袖を掴む手は、とても女の子とは思えない力が入っていた。どこか切なそうに呟いた魔理沙の約束は、心の底に深く突き刺さる呪いのようにも思えた。
ごめんねちょっと遅れちゃったね。