東方弔意伝   作:そるとん

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小さなしこり

 

 

 

 

 

 

 

 百鬼夜行の先頭に立っていたのは、小さな鬼の少女「伊吹萃香」。小柄な体に似つかわしくない大きな角を携えているのは、彼女が鬼の中でも格式が高いことを表している。少女というのは甚だ間違いだろうか。

 また、その片手には大きな瓢箪を持っている。鬼は皆が酒呑みであるが、常にその傍らに酒を置いておくやつは見たことがなかった。加えて瓢箪を持つ手には手枷がついている。身の丈ほどの長い鎖の先には、レプリカと思えない質感の鉄球がぶら下がっていた。

 それでもなお、飄々と酒を呑み、頬を赤らめ、亜麻色の長髪を朗らかに揺らしている。

 

 その容姿は、彼女が只者ではないことを証明するには十分だった。

 

 

「どうしたー?少年浮かない顔して」

「今から殺し合うのにウキウキする奴があるか」

「……!!はぇ〜…」

 

 

 当たり障りない返事をしたつもりが、少女は好奇心を全面に押し出したような表情を浮かべた。

 

 

「えっ、なに」

「いやぁ!弾幕ごっこするのっていうのに、殺し合いって!」

 

 

 そう言いながら少女は幼い笑い声をあげた。

 無邪気な笑い声がどうにも不気味で。

 今から殺し合うことに、何の抵抗も持たなくなったことが、どうにも不気味で。

 俺の意も介せず、萃香は楽しげに喋る。

 

 

「うん!いいね!今の時代にこんな骨のある男がいるなんてね!」

「気に入ってくれたみたいで嬉しいよ」

「うーー!!我慢できないよ!!」

「何がだ?」

「それはもちろん!!!!」

 

 

 

───殺し合いさ!!

 

 

 

 その発言を皮切りに弾幕ごっこ、否、殺し合いが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 妙な寒気がした。

 悪寒の言うのが正しいのか、春にしては些か不自然な寒気だったので少し気になった。

 私は昔から第六感とやら鋭いらしく、善し悪しに限らず勘が大体当たる。

 今回も同様。

 何か妙な寒気がしたのだ。

 

 

「夜だから冷えるのかしらね……」

 

 

 私は何故かすっとぼけた。自分でも何故そんな独り言を呟いたのか不思議で仕方ないが、この寒気が不吉な何かを表していることを認めたくなかったのかもしれない。そう思った。

 というのも、ずっと彼の顔が脳裏にチラつくのだ。何かと巻き込まれているような気がする、お節介焼きの彼の顔が。

 また何かに首を突っ込んでいるんじゃないか。

 また無理をしているんじゃないか。

 そんな懸念ばかり頭に浮かぶ。いや、懸念というのは少し硬いか。

 らしくもないが、恐らくこれは心配というやつだ。

 

 なんだかソワソワして、私は寝付けずに、神社の縁側でぼうっと月を見ていた。

 彼女が訪問してきたのはその時だった。

 

 

「霊夢〜!!」

「夜でも声がデカいわね魔理沙」

「元気って言ってくれよ!」

 

 

 夜に似合う衣装に身を包んだ、真昼のような女の子が箒に跨って飛んできた。

 しかし、彼女もどこか浮かない顔をしていた。

 声のトーンに見合わず。

 こんな魔理沙を見るのは初めてのような感じさえした。

 私はあくまで、素知らぬ振りで彼女に用を尋ねた。

 

 

「どうしたのこんな夜更けに」

「……一応忠告はしたんだ」

「なんの話よ」

「無理すんなって」

 

 

 大体言っていることはわかる。どうせあいつの事だろう。かく言う私も先迄考えていたのだから。要領を得ない魔理沙の発言がやけに明瞭に思えるのが、何よりの証拠だ。

 どうやら言い逃れは出来ないらしい。自分で認めてしまったからだ。

 ここまで考えて、らしくもなく落ち着かなかった自分自身に漸く決断を下す。

 無意識に、眉間に皺が寄るのが分かった。

 

 

「……そんなんじゃ、あいつは聞かないわよ」

「え?」

「"行くな"って言わなきゃ」

 

 

 そこまで言わなきゃ、彼は動いてしまう。

 いや、言わずとも、動かなくてもいいようにすれば良い。

 私が彼を助けてあげなければ。

 彼が、私を救ってくれたように。

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 幻想郷の人間は何かと突拍子のないものだ。現に、突拍子もなく殺し合いが始まった。

 数メートル先に伊吹萃香を認めていたのだが、ほんの一瞬である。

 気づけば彼女は懐に潜り込んでいた。

 

 

「先手必勝⭐︎」

「先に動いた方が負けとも言うらしい」

 

 

 もうだいぶこの速さにも慣れてきた自分がいる。しかし相手は四天王と謳われるほどの実力者だ。

 小手調程度だろう。

 ならばこのチャンスをものにしなければ。そうしなければ俺に勝利はない。

 自身の腹を目掛けたボディーブローを手で防ぐ。

 そうしたインパクトの、その"瞬間"。

 

 

「『反転』」

「───ッ!!?」

 

 

 伊吹萃香は何かの衝撃を喰らったように弾き飛ばされた。

 素早く受け身を取って俺に正対すると、足元から激しく砂埃を立てて、しばらくして止まった。土埃が晴れるとそこには相も変わらず口角を無邪気に上げた伊吹萃香がいた。

 自分自身のパワーをそのまま跳ね返したはずなのだが、流石は鬼の中でもトップ。一筋縄ではいかない。

 この時間は鋭い眼光を放つ彼女だったが、またすぐに屈託もない笑顔を向けて幼女のような声をあげた。

 

 

「今のなになに!?動いてないように見えたのに!!君の能力?!」

「え、あ、まぁ……」

「へぇ〜〜!!!これは厄介だなぁ…!」

 

 

 またしても鋭い目つきに変わる。しかし、口元は未だ余裕綽々と言った感じで笑みを浮かべている。さながら、交戦的であると言われる鬼の、その模範たるような表情であった。

 

 

「今度は容赦しない!!」

「…………」

 

 

 俺は何も言わず、ただ伊吹萃香の行動だけに注意した。

 先は本気ではなかった。加えて彼女の四肢にはそれなりに重そうな鉄球付きの枷がぶら下がっているのだ。

 なのに動きが目で追えなかった。

 

 油断すると、一瞬で───

 

 

「やられちまうよぉ!!」

「ッ!!」

 

 

 注視していたにも関わらず、彼女は一瞬で自らの間合いにまで詰めてきた。その重たい鉄球を物ともせず拳を振り抜く。今度は顔を狙った右ストレート。純粋な暴力である。弾幕とは一体。

 

 俺は弾丸のような拳をすんでのところで左に体を動かして躱す。勢いそのままに振り抜いた萃香は多少なりとも進行方向に体は動くはずだ。体重も乗せていた。躱すと同時にすぐに距離を取る。

 しかし、その反動による拘束時間もごく僅か。間合いは充分に取れなかった。

 拳を振り抜いた勢いそのまま、体を回転させ、振り回されていた右手の鉄球を俺にぶつけようとする。本当に鉄球なのかも疑わしいほどの速度でこちらに向かってきた。

 これはまずい。このタイミングで飛び退いて躱せるものではなかった。

 なので、こちらから間合いを詰め寄る。鉄球が当たらなければ致命傷にはならない。萃香に近づけば、もれなく鎖の鞭打たれることとなるが、下にスペースがある。

 

 右足を一歩前に出し、体を鉄球の軌道からズラしてから、上半身を思い切り反る。頭が地面と擦りそうになったが、自分の頭の上を鉄球が通り過ぎるのを確かめた。即座に両手を頭の横に置き、右足を思い切り上に振り上げる。後転と同じ要領でまた起き上がる。

 大丈夫だ。上手く戦えている。

 すぐ次の一手に備えた。依然として、萃香は笑顔のままであったが、若干その狂気さが強くなっているようにも思えた。

 

 

「やるねぇ…!!いつの間にそんな柔軟に?」

「日課の中にストレッチを入れているんで…あ?」

 

 

 ふと萃香の発言が引っかかる。

 『いつの間に』って、こうしてマトモに対峙したのは初めてじゃないか。

 

 

「何考え事してるんだよっ!」

「しまっ…!!」

 

 

 ほんの一瞬注意が逸れてしまった。その一瞬で萃香は充分である。

 鉄球を振り回した後だと言うのに、すぐさま間合いまで詰め寄る。先の勢いに体を任せ、鉄球を支えにして萃香は、その小さな体を浮かせてハイキックを繰り出そうとした。

 大丈夫だ。焦ったが、まだ目で追えている。

 むしろこれはチャンスでは。

 

 勢いが乗った高い打点での蹴りを認識し、俺は左手を構える。

 そうして、インパクトの───

 

 

"瞬間"

 

 

 蹴りの衝撃は、萃香の狙い通りの場所に。

 側頭部に来た。

 

 

「なっ……!?」

 

 

 驚愕する暇もなく、俺の体は大きく吹き飛んだ。

 

 

「くそっ……!」

 

 

 脳が揺れたのか、イマイチ思考が纏まらないような気もするが、なんとか受け身を取った。しかし、まぁ、なんというか。一撃がとても重い。

 とてつもなく重い。

 俺の頭から温い液体が流れていることは容易に理解できた。

 しかし、これくらいは予想内だった。

 すぐ様左手で出血した場所を押さえて、"反転の能力"を使う。

 

 

「あっ!なんだそれずるいー!!!」

「正しい能力の使い方だよ」

 

 

 たちまち裂けた部分が塞がり、出血は止まる。痛みはまだ少しだけ尾を引くが問題ない。なんだか痛みにも若干耐性がついたようにも思える。

 まぁ、ここまでは良いとして。そうか。

 彼女の能力について知らないままであった。

 

 

「(無傷の約束守れなかったな……)」

 

 

 心のしこりが少しだけ強く反応する。

 ダメだ。集中しろ。萃香の能力についてだ。まずはこれを考えろ。

 幸い早い段階で彼女は自分の能力を見せてくれた。分析するチャンスだ。

 手がかりといえば。

 

 

「インパクトの瞬間……」

 

 

 の、足だ。

 俺が一体どのタイミングまでそこを見ていたかは自分自身定かではないが、確かにその瞬間、足が俺の手を通り抜けたのだ。

 透明になる能力……手のインパクトの瞬間だけ能力を発動すれば顔に直撃させることは出来るが。

 いや、透明になる能力に限らず、その技術は求められるのか。余程、『当てたい場所に攻撃を当てられる能力』とかではない限り。そんなものがいたらチートだ。鉄球を振り回してる時点で使った方が決着は早く着く。

 加えて、異変も彼女の能力によるものだとしたら……

 

 

「能力について考えてるでしょ?」

「ちょっ、邪魔すんな考えてんだから」

「教えてあげようか??」

「えっ、いいの?」

「だめーー!!」

「うっざ」

 

 

 くそ…邪魔された……。

 しかし今の情報量で足りない上に、戦闘中に止まって熟考など無防備にも程がある。

 より判然とさせなければ。

 

 

「まぁ、能力使っても大したダメージじゃないな」

「なっ!!!」

「もっと知らしめてくれよ、その能力を」

「〜〜〜ッ!!!上等じゃいいい!!!」

 

 

 萃香はムキーっ!と怒った。

 いやはや、幼稚な作戦である。まさか自ら命をより危険に近づけるとは。我ながら阿呆であ……

 

 

『無理しないで』

 

 

 

 そんなセリフが突如として頭に浮かぶ。

 心のしこりが、また少しずつ、強くなっていくような感覚がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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