東方弔意伝   作:そるとん

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人と鬼と

 

 

 

 

 

 

 

 

「本気で行くよ、少年っ!!」

 

 

 むしろ今まで本気じゃなかったのか。

 そんなことを思って、顔が引き攣る。未だ鯨が起こした土煙が視界を不鮮明にさせる中で、小柄な彼女がやけに大きく見えた。

 全く不思議な少女である。触れようと思えば霧のように俺の手を躱し、距離を取れば、まるで腕が一回り大きくなったかのように打撃を当ててくる。摩訶不思議である。

 

 もしかして,本当に?

 

 生憎と言ってはなんだけれど、ここは幻想郷である。体を自在に変形させる鬼がいてもなんらおかしくはない。

 

 

「何をボーッとしているんだ!」

 

 

 萃香の甲高い声が耳に響く。激しい土煙を立てながら彼女は右足で地面を蹴り、猛スピードでこちらへと向かってくる。俺の思案顔など気にも留めず、一直線に。

 

 しかし俺は思考を止めなかった。ギリギリまで。萃香が、自らの拳に一番体重が乗る間合いに入る瞬間まで。

 

 

 最初は、体が透ける能力かと思った。ほぼそれで間違いないと思っていたのだが、交戦を始めてから数十分、その確信は霧のように揺らぎ始めた。

 その代わりに。

 俺の中ではまた別の説が、輪郭を帯びて、

 

 

「わかんねぇや」

 

 

いなかった。

 致し方なく、俺は賭けに出ることにした。

 能力使うと、この貧相な体では負担が大きい。あまり使いたくはないが、出来るだけ最小限に。祖母ではない、俺の方の能力で。

 あいにく、この技に名前はない。

 

 

「展開っ!」

 

 

 そういうと、俺は拒絶の能力を使った。

 相手の能力から遍くを拒絶することができる引きこもり御用達の能力だ。

 俺の中ではかなり賭けに近いことだったのだが。

 

 

「はえっ!?」

 

 

 賭けは大勝ちらしい。

 萃香は自らの間合いにおいて拳を振り抜き、俺に当たることなく空を切った。

 

 

「よしきた…!」

 

 

 小さく俺は心の声を漏らした。

 ほんの一瞬、バランスを崩した萃香に触れる。

 出来る限り、弾幕で、能力で、相手にとっての致命的な攻撃を与えられれば及第点だ。

 

 

 

 

 萃香に触れている右手が少し黒く変色した。

 

 

 

 

 

 

 

 ──────今から数秒間だけ、

 

 

 能力使用の拒絶。

 四肢を動かすことの拒絶。

 

 思考することですら、拒絶する。

 

 

 一瞬だけ、萃香の意識を奪う。

 

 

 

 完全に、ここは俺のフィールドになる。

 

 

 

 

『反転』

 

 

 

 

萃香に触れた場所が、大きく揺らぐ──────

 

 

 

 次のシーン、俺の視界に映ったのは、激しい土煙の向こう側で、仰向けに倒れる伊吹萃香であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 

 少年に向かって繰り出した拳が、空振りに終わったところまでは覚えている。それだけでも、私からしたらかなり驚愕であることなのだけれども、問題はその次だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 次に私の意識が覚醒した頃には、私は激しい砂埃が視界を包む中で、全身を打ちつけて地面に伏せていた。

 まるで時でも止められていたかのようだ。いつぞやにもいたなぁ、そんな人間が。紅魔館のメイドだったか、厄介なやつだ。

 しかし、今回のはそれとは違う。全身に力が入らなくなったのだ。考えることすら、できなくなった。

 止まることなく進み、私の生き様を焼き写してきたフィルターが、まるでその一部分だけ切り取られたかのようだった。

 

 

 初めてだ。こんなに今戦っている相手を"恐ろしい"と思ったのは。

 

 

 数秒間だけ、行動を制限されていたようで暫くすると指先から徐々に感覚を取り戻していった。

 

 

「っつう……」

 

 

 全身の体温を取り戻していくごとに、全身を打ちつけた痛みが強い熱を帯びていく。

 なぜ、ここまでして。

 臆することなく、鬼に挑んで、何を守る。

 

 

 ようやく、全身の意識が元に戻る。掠れ気味にも声が出るようになった。

 軋む骨に鞭打って、身体を起き上がらせて、胡座をかいて少年に向き合った。

 

 

「私は」

「……?」

「君が人間だと思えない」

「……どうしてそんなことが言える」

「これほど強大な力、まるで怪物だよ」

「もっと強い奴だっているだろ」

「まぁ、力だけで言えばね。それ以上に、私は君が怖くなった」

「それだって、鬼からしたら霊夢は恐るる存在だろうに」

「それとは少し違うんだ」

 

 

 強いから脅威とか、そういう話ではない。そういう意味では、霊夢はもちろん、森に住んでいる勉強熱心な魔法使いも、紅魔館のメイドも、十分恐ろしい。

 しかし、この少年は未知なのだ。

 散々噂を耳にして、能力ですら明らかになって、その強さも重々承知していた。

 期待通り、噂通り、少年は強かった。

 しかし、そこに人間味は感じられなかった。

 

 

「君は何を思ってここまで来たの?」

「何を……異変解決しか…」

「嘘だね」

「なんで分かるんだよそんな事」

「君はもっと、違う何かが目に写っていたよ」

「…………」

 

 

 異変解決より、何かもっと遥かなものを見据えているような目立った。私たち鬼のことなぞ目にも入れない、そんな目だ。

 

 

「例えば、死とか」

「!!……どういうことだ」

「君の他にも、人間はいるよな。奇しくも君と同じ、いや、それより下か?年増もいかない幼い少女達だ」

「それがどうした」

「まだ未熟で、幼い。この世の理を知るにはあまりに稚拙で脆い」

「っ……だからなんだ!彼女たちは立派に…」

「生きているよ。これから、彼女達にとっては悠久に近い人生を、立派に生きていくんだ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこに君はいない」

 

 

 

 

 

 

 少年が歯を食いしばった。反論したいが、悲しくも否定しきれない現実を、彼は知っているのだろう。

 

 

「君が幼いのは見た目だけさ。もう何年も生きている。少し前までは、記憶を無くしたから心が未熟な時に戻っただけさ。でも今は、人生をどこか達観して見ているようだ」

 

 

 いずれ命は終わりゆくのに。

 そんな考えが少なからず浮かんでいるのではないのだろうか。諦めにも近いその倫理観を肯定したら、恐らく彼は人間でないことを認めることになってしまうのだろうと。

 彼の中でそんな考えがずっと渦巻いているのだ。

 常に彼の目の前には、死が立ちはだかっているのだ。

 脆くも早く散る人間と、半永久的に死ぬことのできない自分とが、常にせめぎ合っている。

 

 しかし、

 

 

「納得がいかないなぁ」

「なにがだ」

「人間の何がそんなにいいのさ。なんでそんなに、人間でない存在になることを拒む?」

「それは……」

「人間なんて、裏切りが常だ。薄汚い感情に塗れて、自分の利益しか頭にない。他人の幸せなんか微塵も思っちゃいない。これっぽちも、進歩しようとしていない。その結果、自分たちで多くの死を招いて…」

「それでも」

 

 

 彼は硬く閉ざされた口を開いた。

 

 

「それでも、人間を弔ってあげられるのは、人間だけなんだ」

「そ,そんなことは」

「悪魔が何から生まれるか分かるか」

 

 

 心なしか、彼の声はどこか切なそうだった。

 

 

「お前が先に言った、人間の薄汚い感情からだ」

「っ……」

「人間の身勝手な感情と妄言で生み出された。俺の母親…ヴィネアもその口だ。世に降り注いだ厄災は全て神か悪魔の仕業だ」

 

 

 身に覚えのある話で、口をつぐんだ。

 

 

「俺を引き取った父も母も、家に訪れる災いの全てを俺のせいにしたよ。その姿は、あまりに醜くて、悍ましく、浅はかで」

「なら、なおさら人間なんか!」

「それでも、あの2人を救いたかった。人間だから、人間の寂しさを埋めてやれるんだ。都合の悪いことを、神や悪魔の仕業にすることじゃない」

 

 

 不可解だ。あまりにも。

 

 

「じゃなきゃ、毎日のように喧嘩をしていたやつと、並んで自殺なんかしないだろ」

「!!……一家心中したのか…?」

「居間のソファで、両親は手を握って仲良く死んだよ」

 

 

 だからといって、彼がそこまでする必要は。

 

 

「人間の薄汚い感情で生まれた悪魔が、人間を弔うのは皮肉が過ぎているだろう」

「それはっ!別に君じゃなくても……!」

「未だまともに、ヴィネアも引き取った両親もまともに弔ってやれてないんだ」

 

 

 

 

「俺は、悪魔に堕ちてなんかいられない」

「不可解だ!!」

 

 

 

 私は我慢出来ずに、立ち上がった。

 

 

 

「君が目指そうとしている人間は、いつか君自身を殺しに来るぞ!私がそうだったように!!奴らは狡猾で汚い!」

「命が尽きるその瞬間まで薄汚い人間がいるものか!!せめて弔いくらいは…!」

「その考えが自分を滅ぼしかねる事が分からんのか!人間がそうであるように、君も自身の幸せを目指せよ!」

「俺の、俺の幸せなんか……!」

 

 

 もう我慢ならない。

 やはり人間なんかではない。どこまでも清らかで、美しく、芯の通った彼が、人間に汚されていくのが居た堪れなく思った。

 

 

「許せよシオン…これは君のためだ!!

 

『鬼符!!大江山悉皆殺し!!』」

 

「なっ…!?」

 

 

 私の能力を最大限に費やす。"密と疎を操る"私の力はどこまでも変幻自在である。幼児程の体躯を山程の大きさへと変化させる。

 巨岩のような拳を彼へと繰り出す。

 

 

「大人しく眠ってくれ!」

「くそっ……!」

 

 

 君のような人が、後悔をしないで欲しい。

 この後にでも異変を終わらせよう。そうしたら、一緒に酒でも─────

 

 

「霊符!夢想封印!!」

「恋符!!マスタースパーク!!!」

 

 

 不意に少女のような声が聞こえた。

 次の瞬間右手拳に激しい痛みと大きな土煙が立った。

 眩い閃光が視界を包むと、徐々に体に力が入らなくなった。

 

 

「やけに遅かったじゃんか、霊夢……!」

「小さ過ぎて探すの手間取ったのよ」

 

 

 能力が解除され、元の大きさに戻った私は、彼がいたところに目をやった。

 

 

(紅魔館のメイド……)

 

 

 全く、好かれてんなぁ。

 私はそのまま地に落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○○○

 

 

 

 

 

 

 

 

 強大な手拳の前に立ったのは見覚えのあるメイドだった。

 正直、残りの力だけでこの攻撃を防ぐのはかなり難しかった。

 やはり、彼女たちはとても心強い。

 

 

 しかし、先ほどの萃香との話がフラッシュバックする。魔理沙のマスタースパークの光に照らされた咲夜の腕は、あまりに細く、白く、握ったら折れるのではないかと思った。

 

 

(多分、力使って握ったら折れてしまうんだろうな)

 

 

 これからきっと、彼女達に喋ることも躊躇われそうだ。

 生憎俺は,人里に好かれていないそうで。

 それを知って尚、ここまでしてくれるのはどうしてなのか。

 嬉しい感情の反面、表情が晴れないままの自分がいた。

 伝えられるうちに、伝えるのが良い。

 俺はそう思った。

 

 

「咲夜」

「シオン!?大丈夫!!?」

「ありがとう」

「んっ?!…う、うん!どういたしまして…?」

 

 

 咲夜は少し戸惑ったような顔をした。それが普段の彼女とは似つかわしくなく、なんだか可笑しかった。

 

 

 霊夢達の方も片付いたようで、萃香は座って「うぅ〜……」と目を回していた。

 彼女のいうことも、分からないわけではない。俺も生き方が生き方なら、きっと人間を守ろうとは思わなかった。

 だからといって、彼女を蔑ろにしていい理由にはならなかった。

 俺は萃香に駆け寄った。

 

 

「萃香」

「お!?おぉ、少年!やっぱ噂通りの強さだったよ!」

「ありがとう。お前のおかげで少し頭がスッキリした」

「……うん、まぁ私は納得してないけどな!!」

 

 

 未だ萃香は釈然としないようで、まぁ、たしかに人間を守ろうとする姿勢は妖怪からしたら全く理解できないだろう。

 俺が人間を守ろうとすることが疑問な人達もいるが。

 

 

「別に、能力なんか使わなくても」

「ん?」

「お望みならいつだって付き合ってやるよ。俺に限らず、あいつらだって」

「!!……全く、君は本当に見てられないなぁ」

 

 

 萃香は未だ納得していないようだが、少し笑みは零れていた。

 

 

 これにて、異変解決のようだ。

 俺は駆けつけてくれた2人に向き合った。

 

 

「魔理沙と霊夢もありがとう」

「……無傷でって言ったよな」

「え、あー、あ、ごめん魔理沙」

「フンっ!!」

「ぐぇーー!!」

 

 

 魔理沙は箒で腹をどついてきた。そんなに怒ることないじゃんなぁ。

 魔理沙は帽子を深くかぶって「帰る!」といって1人スタスタと歩いて行った。心配だな。

 

 

「何してんのよ」

「あ、霊夢。ごめん迷惑かけて」

「謝んないでよ、アンタ悪くないんだから」

 

 

 霊夢は優しい言葉とは裏腹に、目は少し伏せがちだった。

 かと思うと、彼女は萃香に目をやり、話し始めた。

 

 

「萃香!アンタ変なこと言ってないでしょうね?」

「言ってないよー、いっつも妙に良い勘してんなぁ」

「……誰がなんと言おうと、シオンは人間だから」

「なんと言おうと、霊夢達が彼と一緒に歩んでいくことは叶わないよ」

 

 

 悠々自適と、萃香は言い放った。

 霊夢はそれだけ言うと、「行こ」と俺の手を引いて歩き始めた。咲夜とともに、宴会の喧騒から離れていった。

 しばらくして、なぜか飛んで帰らなかった魔理沙に追いついた。

 

 

 

 

 その間ずっと、先の会話が頭に滞っていた。

 

 

 

 

 霊夢は俺を『人間』だと言った。

 萃香は俺を『怪物』だと言った。

 

 改めて、この2つは共存できないことを知ることとなった。

 どこかでバランスを取らなくては生きていけない。

 

 

 俺はどこまで、人としていられるだろうか。

 俺はいつまで、この子達の隣を歩いていられるのか。

 

 

 

 このままではいられない事くらい、きっと、ずっと前から知っていた。

 

 

 

 夏が近いのだろうか。生温い、少し湿ったような夜風が、肌に張り付くようだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 






すみません、投稿、大変遅れました。
萃夢異変、これにて完結です。
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