湿った風は梅雨が近い証拠らしい。
現に外ではシトシトと音を立てて雨が降っている。いつからかめっきり人が来なくなった甘味処で俺は静かに雨の音を聞いていた。
外では、雨にも関わらず子供達がはしゃいでる。ピチャピチャと、雨を楽しむ様子ですらある。見たわけではないが。すぐ近くにいるのかやけに声は近い。
(楽しそうだな……)
そんなに雨が楽しいのか。にしてもやけに元気だな。最近の子──なのかは知らないが──良く外で遊ぶのだな。俺自身雨を楽しもうと思ったことはないので、その前向きさは見習うべきものがあると思っている。
「…………にしても元気だな」
異常なほどにキャッキャッと賑やかだ。横を通ってるのか徐々にその声は近づいてくる。
……元気だなぁ。
…………近いなぁ?
そう思った瞬間、少女の怒号のような声とともに勢いよく入口の引き戸が開かれた。
「おっ、こら、クソガキ、やめっ!……あっ、あ〜〜こんにちは!!」
「あ…はい、こんにちは」
しがみついてくる子供達を蹴飛ばしながら、貼り付けたのかってくらい爽やかな笑顔で入店してきたのは、緑色の長い髪に、青と白で彩られた巫女装束に身を包んだ、少女だった。
───
──────
「東風谷さん……?」
「はい!東風谷早苗です!」
とりあえず、席に座らせ、お茶の一杯でも飲みながら話すことにした。
先程の荒れようが嘘のような笑顔である。オノマトペでいうところの「ニコッ⭐︎」とか「キラッ⭐︎」あたりの笑顔だ。俺が女性との関わりが少ないだけなのかも知れないが、東風谷早苗は所謂美少女というやつだ。
とはいえ、その見事なまでの取り繕い様はどこか手慣れている。あざと女子とやらなのだろうか。
まぁ、それは良いとして。
俺としては今の今まで、こんなにも目立って、なおかつ巫女をやっている少女を見たことがなかった件が何よりも気になる。
まぁ、ひとまずとして、東風谷早苗が一体何の用でここまで来たのか聞くことにした。
「こんな雨の日に何用なんだ」
「少し迷ってしまいまして……!」
「……どこに行くつもりなんだ?」
迷う。
少し引っかかる。俺はずっと幻想郷は博麗神社を起点とした大きな結界で守られていると思っていた。というのも霊夢から聞いた話だ。
俺のようにごく稀に何かの歪みで幻想郷に入ってしまう存在がいる。ただ、それも本当にごく稀である。
ここ一年にかけての異変続きで結界に歪みが生じる事だって考えるに易く、幻想郷に入ってしまうことが万が一にでもないと言えなくなってる可能性は考慮できる。
しかし、彼女はあまりにも飄々としているというか……
上手くは言えないが、土地勘が無い人の割にはやけに悠々とした態度のように思えた。
妙な胸騒ぎは、早苗の返答によって勢いを増す。
「博麗神社?ってとこなんですけど!!」
「……参拝客?」
「やだなぁ、私巫女ですよ!信仰する神はそんないくつもないですよ!!」
あははと朗らかに笑う彼女とは裏腹に、俺は嫌な予感がしてならなかった。
自分の嫌な予感はやけに当たるなと最近思っていた。別に何かそういうジンクスがあるだとか、偶然とかではなく、明確に「当たるな」という感覚がある。
常人離れした第六感というやつなのだろうか。
そのことに若干の焦燥を感じつつも、この嫌な予感を野放しにしようとは思えなかった。
しかし相手の企みも行動も、ましてや本当に何かを企んでいるのかも判然としない。
必死に思考を巡らせ、俺は、
「申し訳ない、私も詳しく知らないんだ」
とぼけるフリをすることにした。
「えっ、えぇ〜??幻想郷にいて博麗霊夢を知らないんですか!?」
「実は私も来たばかりで、人里のこの甘味に閉じこもって暮らしているものだから……」
「えっ!来たばっかなんですか!!」
私達以外にもいるのか…………と小声で呟くのが聞こえた。
なんだかよくわからないが、俺の嘘は上手く行きそうではある。どこか彼女の言葉の節々には聡明であるような雰囲気は感じ取れ、安易に迂闊なことはいえそうにない。
しかし、彼女はそれ以上に純朴なのか、俺の言葉を怪しいと思えど、疑おうとはしなかった。
「う〜〜ん…そうでしたか!!分かりました!ご迷惑おかけして申し訳ありませんっ!」
東風谷早苗はしばし思案顔だったが、これ以上いても仕方ないと考えたのか、またあの明るい笑顔を浮かべながら元気に頭を下げ、席を立った。
「それでは、私はそろそろお暇させていただきますね!」
「いいのか?雨が止むまで休んでいくといい」
「平気です!!」
彼女は雨の中でさえ差し込む日光のように眩しい笑顔でそう言い放った。
続け様に、もう一言。
「晴らそうと思えば、いくらでも晴らしてやりますから!!」
それでは!と勢いよく出て行った彼女を尻目に、俺はどこか波乱が起きそうなことを予感せざる得なかった。
。。。。。。。。。。。
。。。。。。。。
。。。……
。
ふと、違和感を覚える。
「雨…………」
独り、そう呟く。
雨。そうか、雨だ。
先ほどまで絶えず屋根を打ち付けていた雨の音がこの短時間ですっかりなくなってしまった。
まさか。
俺は勢いよく引き戸を開けた。
すぐさま目に入ったのは、目が眩むくらいの青空だった。
「そんなすぐに……?」
一瞬で雨が晴れてしまった。そんなに長く話したつもりはなかったが。加えてもう梅雨入りが近いはずだったが。
まさか本当に?つい直前の東風谷早苗の言葉を思い出す。しかし、そんな奇跡のようなことが……。
ないとは言えないのが幻想郷である。
益々、嫌な予感にだけ働く俺の勘が強く働く。彼女はただの巫女ではない。
疑念が生まれ、素直に晴天を喜べない俺は気にも留めないように、五月晴れの下、爽やかな風が一陣俺の頬を撫でた。
誤字訂正ありがとうございます……添削がいつも雑なので助かります…。