東方弔意伝   作:そるとん

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皐月晴れ

 

 

 

 

 

 

 

 さっきまでの雨が嘘みたいだった。

 サーっと降っていた雨がたちまちに止み、雨上がりだと言うのに不思議なくらい澄み切った晴天である。湿気すら孕んでいない乾いた風は、どこか春っぽさを思い出させる。

 気候が心地よいことに越した事はないが、突然の晴れ間に、霊夢は若干の動揺していた。

 ただなんの変哲もない皐月晴れなのか、はたまた神の悪戯。

 そうか、そういえばそうだな。と霊夢は思った。

 幻想郷では日常として神の存在が溶け込んでいる事を再認識する。古来より、人間は不可解な事象や理解しかねる現象を妖の悪行や神の御技によるものだとして解決させてきた。

 しかし、現代において幻想郷の外では既に神の存在、神話や宗教的な思想は時代の経過と共に希釈され続け、元々抽象的であったが、輪郭すら失っている。

 人の弱い心に、明るく差し込み続けていた光は、すっかり陰を落としてしまった。

 薄暗く、ぼんやりと、神は力を失っている。

 

 しかし、たった今、こうも突然晴れるなんて事象が目の前で起こったら、神の仕業だと思ってしまうのもおかしくないように思えてくる。

 

 

「まぁ、ここでは本当に神の仕業なのかもしれないけどね」

 

 

 晴天の下、神社の境内を掃き掃除しながら、そう独り言を呟いた。

 

 

「いやぁ?鬼が雲を振り払ったのかもよ〜」

「……あんたはいつまでここに入り浸っているの、萃香」

「居心地良くてさ!」

「まったく……」

 

 

 神社で寛ぐ鬼など聞いたことがない。縁側で酒を啜りながら横たわる萃香を見て、半ば呆れのような感情を抱く。

 

 

 この前の一件から、地底で身を潜めていた鬼達が地上で過ごすことに、幾分抵抗が減ったように思える。鬼の中でも四天王と謳われる伊吹萃香も同様である。自らの能力を駆使し、鬼か人かを厭わず、三日三晩に及ぶ宴を起こした。さながら百鬼夜行のような異変を終わらせたのは、またしても彼だ。

 彼が去り際、萃香に放った言葉は、彼女に居場所を与えるとともに、鬼達が地上へ抱く抵抗感を和らげることとなった。

 

 しかし同時に、彼の行動は里の人々に緊張感を抱かせる要因にもなった。

 日が暮れ始めると子供達は足早に帰路へ着く、日が沈めばすかさず戸を閉め、夜が更ける前には、里を照らしていた灯りは一つも残らなくなった。

 異変を解決するたび、幻想郷は私が巫女になるもっと前の姿を取り戻しつつある。人と妖と神とが共存し、絶妙な均衡が保たれた、誰しもが居心地良く生きていける場所。

 しかし、長い年月をかけて心に根付いた縄張り意識、偏見や差別はそれを良しとしなかった。

 自らに降り注ぐ不幸や災難は神か妖のせいにするのが人間の常であった。

 今回、実害こそないが、鬼がよく現れるようになったという少しの災難が人里には降り注いだ訳である。

 

 

 では、一体誰のせいなのか。

 この件においては、誰の仕業にするつもりなのか。

 もちろん、その矛先が向いたのは今回の異変解決の立役者である。

 四天王とも呼ばれる鬼を退けるまではいいが、人も妖怪も平等に扱う彼の優しさが裏目に出た。

 どちらも救おうとする彼の良心は、悉く裏切られていく。

 それでも尚、彼を人として留めておきたがるのは。

 何故なのか。

 彼が生きやすい方を選ぶのが何よりの正解だと言うのに。決して今回も間違いを起こしたわけではないのに。

 別に妖怪が根っこから信用できないからというわけでもなければ、今同じ場所で同じ時を過ごしている。人であろうが、妖怪であろうが。悪魔だろうが。

 

 それなのに、何故。

 

 

「あいつと一緒に生きたいから、とか……」

 

 

 なんとか。

 言ってみたりなんかしたりして。

 

 

「あぁあぁあ!!やめやめ!」

「うわっ、えっ、え、どした霊夢……」

 

 

 らしくもないことを思い、首を横に振って境内の掃き掃除を再開する。

 ここ最近の異変続きで思考力でも弱ったか。

 萃香も何やら訝しげな表情を浮かべるが知ったことではない。

 顔が熱いのは、突然に晴れ上がったこの陽気のせい。

 そう思って一心不乱に参道を綺麗にするのだ。

 

 

 

 

 

 

───

──────

 

 

 

 

 

 

 しばらくして境内の清掃もキリの良いところで終わらせ、何か買うわけでもないのに、人里を散歩することにした。たまにこうして、幻想郷の様子を確認することも巫女の務めだ。まぁ、務めを果たさんとして人里に来たのかと言われればそうではないが。

 本当に。ただ本当に気まぐれで降りてきたにすぎない。

 

 

 暖かい陽気を全身に感じながら人で賑わう里を歩いていると、一つの人だかりを目の当たりにした。

 

 

「なにかしら……」

 

 

 一体何に群がっているのか気になり、少しだけ目を凝らす。なかなかの人数が集まっているのか、中心人物が人と人との隙間から覗ける程度にしか見えない。

 しかし、誰が人だかりを作っているのか割とすぐに検討がついた。鼠色の小袖や浴衣の集まりの中に、目がチカチカするほどの鮮やかな青色が垣間見えた。やけに目立つ。恐らくこの青色を身に纏っている者に違い無いだろう。立ち止まって凝視する程興味もないが、通り過ぎながら、大まかにでも容姿を確認しておこう。

 私の知る限り服に鮮やかな青が入っているのはアリスしか知らない。そのアリスが人だかりを、ましてや大人を集めるのは些か疑問なのだ。

 こんな派手な人間を、今まで見たことなかったのが、何より疑問なのだ。

 集りを通り過ぎる寸前、視線をそちらへ向ける。

 

 

その一瞬。

中心の"少女"と目が合う。

 

 

 

「(緑……?それにこれは…)」

 

 

 青色の袴に、髪色は緑。

 一瞬合った目はパッチリとしていて、瞳も鮮やかな青緑だった。

 一目見ただけでも強く印象に残る容姿の少女だったが、

 なにより……

 

 

「巫女装束……」

 

 

 宗教なんてものは人の自由で、何を信仰するかなどそこまで興味はない。

 現に今もおそらく何処かしらで、私の知らない神を信仰している人もいるだろうし、布教している人もいるだろう。

 彼女の行動にとやかく言うことも、言えることもないが、なんだかあの少女はただの巫女とは思えなかった。

 まぁいいか。何か問題を起こしているわけでもないし。

 折角の良い天気だし、こちらから問題を増やすのも馬鹿な話だろう。

 

 私は集団を一瞥するだけで、また歩みを進めることにした。

 とはいえ、別に行くところがあるわけでも、

 

 

「……あ…」

 

 

 そう、行きたいとこなど別にないのだ。

 だから、彼がいる甘味処がいつの間にか目の前にあるのは、

本当に偶々である。本当だよ?

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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