自分で自分の言ったことが信じられなかった。ヒリヒリするくらい、顔が熱くなっていた。自分の想いを連ねていくたびに、頭が回らなくなっていった、考えもまとまらなかった。
それでも、何よりの本心だった。
私の知らない間に遥か遠い存在になってしまったような気がして、それが堪らなく寂しかった。萃香と戦闘状態に陥っていた彼を見つけた時は、本当にあの時の──表情こそ曇っていたが──純朴な青年なのかと思った。
鬼を眼前に落ち着き払っていた。死を目前に心が揺らぎもしなかった。
だからこそなのか、あの日から彼が頭から離れなかった。出会ったばかりの頃のように、笑い合っていたくて、それがどうにも叶いそうに無くなっていたのだ。そんなことなら、使命感なんて捨てて欲しい。隣にいてくれれば、それでいい。
しかし、高揚していく私の心とは相反するような表情を彼は浮かべた。
目を伏せ、依然と口元は微笑みを浮かべていたが、声には先程より張りがなかった。
「その提案は、とても嬉しい。ただ、勘違いして欲しくないけど、元より俺は霊夢達のそばで生きていくつもりだよ」
「目を離すとすぐにいなくなるわ」
「最近はあんまり一緒にいないだけだよ」
可笑しそうに彼は喋った。
それが私は不愉快で、少し語気荒くなってしまった。
「秋の台風が終わって、冥界の連中が異変を起こすまで、あんたを見なかったわ」
「あー,すまん、その間少し野暮用で……」
「こんな長い期間かかる野暮用聞いたことないわよ!」
強いて言えばクリスマスの時に少し見かけたくらいだ。3月になっても雪が止まなくなって、異変解決に向かうまで、彼は姿を現さなかった。
颯爽と現れて、幻想郷の日常を少し変えて、また彼は消えて。ここ最近、彼を見かける時はいつもボロボロだ。助けを求められれば、どこであろうと駆けつけて、諸悪の根源を断つ。まるでヒーローだ。
そんなヒーローは、いつだって苦しそうなのだ。
「お願いだから……これ以上離れていかないで」
せつなる願いだった。
「離れていかないよ。そんなつもりはないんだ」
「なら、私と……!」
「でもそれは無理な話だったんだよ」
彼はそう冷たく言い放った。
「俺はもう霊夢達と並んで歩くには色々手遅れになってしまったんだよ」
「それ、どういう……」
「これからの人生、その進むスピードが俺と霊夢とでは違う」
「人間同士だって、死ぬタイミングなんて別々だわ」
「俺はもう、誰の死に際だって見たくないよ」
「そんな簡単に死にゃしないわ。アンタより強いんだから」
「人間かどうかも怪しくなってきた」
「立派に人間よ。人の心ってもんがあるでしょ」
「そうか……それなら、そうだなぁ……」
「なによ」
反論する気も無くなったのか、言葉に詰まるような様子だった。
しかし、唐突に話題が変わった。
「一つ、望みがあるんだ。所謂ワガママなんだろうけど」
聞き捨てならない彼の発言をもっと問いただしたかったし、聞きたいことももっと聞き出してやりたかったが、話す隙を与えないように話し始めた。まるで何かを誤魔化すかのように。
彼の視線は、一切こちらに向かなかった。
それもそうだ。望みと言うにはあまりにも、悲痛なものだった。
言い訳にしては冗談が過ぎる、誤魔化しにしては取り返しがつかない。ハッタリにしては思い付かないセリフ。
告白にも似る。酷い呪いだ。
「俺は、君の腕の中で死にたいよ」
彼は笑顔でそう言い放った。変わらず、薄ら笑みを浮かべて。
死に際に霊夢たちの前に居たくはないけどな、と彼は足して言った。
不思議な話だ。自分は長命だから、人間とは生きるスピードが違うから。それならまだ理解できる。しかし彼の発言は、まるで私達より先に自分が死ぬみたいな言い方だ。その言い草がやけに癪に触った。よくもまぁ、無責任にそんな事言えたものだ。それと同時に、愛情とも受け取れるその言葉に気が動転する。さながらプロポーズではないか。私が言えたことではないが。
しかし、それでも。
ただ、その諦めたような顔が気に食わない。
彼は私達を遠ざけようとしているのだろう。私の身を案じて。私の"これから"を救うため。
相変わらず、こいつの自己犠牲精神にはほとほと呆れる。
「……アンタにこんな事言うの間違いだったわね」
「すまない。ただ、俺は霊夢達が笑っていたら、それで……」
「言ったって無駄だわ」
どうやら、何を言っても無駄らしい。何も響かない。彼の価値観も人生観も倫理観も、何も変わりゃしない。
口で何言ったって。
何も変わらない。
こんな遠回り、私らしくなかった。
「行動で示すわ」
「は?」
私は勢いよく席を立った。椅子が床と擦れる音だけが大きく響いた。
私が予想とは違う反応を見せたからか、彼は酷く驚いた様子だ。
徐に立ち上がった私を、彼は見つめていた。
今日、ようやく目が見えた。
出会った頃とは違う目だ。しかし、紛れもない、彼の瞳だ。
吸い込まれるような、瞳だ。
紛れもない、彼自身。
「アンタは死なせないから」
「え、ちょっ!」
死にたいだなんて言わないで、とは言わない。ただ言わせたくもない。
気が動転していたからか、はたまた気が立っていたからか、もしくは瞳に吸い込まれたのか。
なんにせよ、私は"いつも通り"ではなかった。
気づけば私は彼の胸ぐらを掴んで引き寄せていた。私たちの間にあるのは、たかが一人用の小さなテーブルだけ。
彼の唇に自分の唇を重ねるのに、一切の障害もなかった。
自分が想いを口走ったことから始まった不毛な話し合いは、自分の気持ちの整理と話の理解をする間にも、抑揚のない読経のように流れていってしまった。それなのに、キスをしたほんの数秒は、まるで時間が止まったかのように感じた。外の喧騒も失せ、まるで2人だけがこの世の住人なのだと、そう思えた。
私はゆっくりと顔を遠ざける。先と比べて、幾分頭が冷えたはずなのだが、
依然として頬は熱く、私の心の内から溢れる想いは止まることを知らず、結果口から漏れ出ていく。
「私は好きだから、アンタのこと。私の横で思うままに笑って生きて欲しいわよ」
私だって、彼が笑って生きていてくれれば、それでいい。
「だから、アンタが私に、私達にしたように、守るから」
命を懸けてでも。
「私がアンタを守るから」
かなり自分でも取り留めのないことを思うがままに彼にぶつけたような感覚がしたが───なんならとんでもないこともしたが───彼はちゃんと聞いていてくれた。もちろん、私が言った事が彼の望みではない事など分かっていた。
でも……と彼は口を開こうとしたが、私は言わせなかった。
彼の口から、たとえ愛情混じりだったとしても、そんな事を言わせたくなかった。
そんなことなら、自分から言ってやるわよ。
「もし仮に、アンタが私と対峙することになったら、」
その時は───
「私がアンタを殺してやるわ」
呪いにも似た。
愛の告白だ。
「じゃ、私帰るわ」
「え、あ、あぁ……」
「……ふっ、いつまで呆けた顔してるのよ」
「いや、だっ、なんで…」
彼でも想像つかなかったようで、しばらく先に起きた事の理解に苦しんでいるようだった。
それもそうだろう、私も自分の行動が信じられなかった。それと同時に、それくらいしそうな自分がいなかったとは言い切れない自分もいる。要は勢いではなかった、という事だ。
「言ったでしょ、諦めてないって」
本当に、ただそれだけである。
ただ老いていくだけであろう先の人生、その横に居て欲しいのだ。彼の笑顔を見て生きていたいのだ。
死に際に、彼の顔をこの目に焼き付けてから、目を閉じてやりたいのだ。
「私、どうやら重いみたいだから。覚悟してよね」
とびきりの愛情を。
死んでしまうくらいに。
「愛してやるんだから」