東方弔意伝   作:そるとん

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或る日の暮れ方

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん、んん…………」

 

 

 妖夢との試合から数時間経った。日は既に山の陰に隠れ始め、徐々に外の気温を奪っていく。

 

 

 

 立ち会いが終わってすぐ、体に力が入らなくなりパタリと倒れた妖夢を抱き上げ、部屋に寝かした。服や怪我をそのままにしておくのは気が引けたので反転の能力を使った。だいぶ慣れたものであるが、特定の物質において遡及的な効果も与えられることには最近気づいた。流石に、止まることなく流れる時間そのものを遡らせることは無理があった。不可能ではなさそうだが。

 妖夢を寝かせている間は幽々子と他愛ない話をしていた。それから、人が作ったテレビゲームにも興じた。なんでも、現世から漂流することもあれば、外にこっそり出て買う事もあるらしい。ちなみに、ゲームの内容は、たくさんのキャラクターが大乱闘をするゲームであった。確かに、このクオリティは外に出てまで欲しくはなる。

 

 意外と、幻想郷も出ようとすれば出られるものなのか。

 

 

 と、幽々子と至って穏やかに時間を潰していると妖夢は寝起きのような声を出し、薄く目を開けた。イマイチ状況が飲み込めていないような表情をしていたが、数秒経つと忽ち目をぱっちりと開け、上半身を起こした。

 

 

「……ハッ…!!私は何を!」

「おはよう妖夢、具合はどう?」

「あ、あぁ〜……そうだ、私負けて……」

 

 

 日中の無表情の少女と同じとは思えないほど、落胆の模範のような反応をしてみせた。項垂れて右手で前髪をクシャッとさせた。

 

 

「申し訳ありません、幽々子様……」

「申し訳ないことなんてないわよ〜!!ただ彼の方が強かったってだけの話よ」

「で、ですが!不甲斐ない姿を……」

「それに、あの様子じゃ私でも勝てないわぁ」

 

 

 幽々子から話は伺ったが、妖夢は白玉楼の庭師兼幽々子の剣術指南役のような立場らしい。てっきり従者でもやっているような立ち振る舞いであったから勘違いしていたが。何故ここまで畏まっているのかは定かではないが、妖夢の為人であろうと自分の中で結論付けた。

 そんな妖夢は、まぁ概ね予想通りの反応を見せてくれた。幽々子は飄々と、しかし手元はコントローラーをガチャガチャとさせながら会話していた。画面内で動く幽々子のキャラと喋り方にギャップがありすぎる。脳みそと筋細胞とが別の個体なのか。

 

 

「あっ,負けた」

「はぁ〜〜!!!やったーー!!妖夢!仇は取ったわよ!!」

「は、はぁ……」

 

 

 あの死線を潜り抜け合い、一瞬の判断が命奪りのような立ち合いの仇がこれで良いのか。というか妖夢は死んでいない。加えて幽々子はめちゃくちゃゲームが上手い。

 

 

「10回くらい仇取ったわよ!!」

「それはもうオーバーキルだよ」

「えっ、あ?あれ、貴方……」

「ごめん遊ばせてもらってるよ。怪我は大丈夫か?」

 

 

 不思議なものを見るような顔で妖夢は俺を見つめていた。俺の問いかけで漸く気づいたのか、自分の体を触ってみては「あ、はい、え、あれ……」と戸惑っていた。

 

 

「大丈夫そうだな。悪いな、痛かったでしょ」

「いえ、試合とはそういうものですし……それより、なんで、」

「まぁ、そんな能力もあるんだって話よ」

「あ、あぁ、反転の……」

 

 

 俺の話は新聞を通じてかなり広範囲に広まっているようだから、知っていてもおかしくはないと思い説明は省いた。どうやらその通りみたいだ。納得が早かったのもそういうことだろう。

 妖夢はいくらか落ち着きを取り戻したようで、変化はあまりにも小さいが、幽々子と談笑するくらいには心も回復していた。

 

 

「じゃあ、妖夢を目覚ましたし、そろそろお暇します」

「えぇ〜!!まだ遊びましょうよ!パーティゲームもあるわよ!!」

「またの機会に遊ぼう」

「言ったわね!」

「あぁ、妖夢も一緒にな」

 

 

 次はゲームで勝負しよう、と立ち上がりざまに付け加えて言った。

 それを聞いて妖夢は、ムッと顔をこわばらせ、何やら畏まった雰囲気で膝を折り畳み、姿勢を正した。

 

 

「ゲームもしますが、次こそ勝ちます」

「なら、俺も成長しないとだな」

 

 

 妖夢は真っ直ぐこちらを見据えるとハッキリ言い切ってみせた。

 つくづく侮れない子だ。次やる時は本当に首でも持ってかれそうだ。

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

「それじゃあね」

「えぇ、またお手合わせお願いいたします」

「またね〜!!」

 

 

 折り目正しくお辞儀をする妖夢と、朗らかに手を振る幽々子に別れの挨拶をして、白玉楼を後にした。

 すっかり日が暮れた冥界は、春にも関わらず冷ややかであった。予備が数着あるにしろ、よくこのパーカーで越冬出来たものだ。

 

 外に出てゲームを買ったと幽々子は言っていたが、俺も以前外に出た時もっと何か持って来れば良かった。お金を念のため持ってきていたが使っていないし、そもそも服もそんなに多くなかったから持ち合わせのものなぞたかが知れてる。今なお家にあった服を適当に撚り合わせて使っている訳だが。

 次の冬は越えられるかな。

 

 

 冥界の長ーーーい階段を降りながらそんな事を考える。

 冬。冬か。

 

 

「俺、冬の間何してたっけ……」

 

 

 冬が終わったばっかだと言うのに、そんな事をぽつり呟いた。

 

 

 全く思い出せないな。

 

 

 つい最近の事が思い出せない事に疑念を抱いた。なんだろう。ついにあれか、認知症とか言うやつか。見た目若いだけで年寄りみたいだからな。もしかしたらあるかも。

 

 

 くだらない事を考えていると、突然右肩にコツンと何かが触れる感触がした。

 何かと思い、そちらを向く。

 

 

「おっ……?おぉ、咲夜」

「遅い」

「そっか、もう暗いのに、ごめんこんな所まで」

「すごい待った」

「ご、ごめん」

 

 

 軽く押された右肩の方を振り返ると、整った顔を顰めさせた十六夜咲夜がいた。いつの間に。もう少しで冥界を出るくらいのところであったが、飛ぶことなくノタノタ歩いている俺への我慢の限界か。面目ないことをした。

 それにしても紅魔館からは遠いだろう。しかもこの暗がりに。あ、いや、むしろ夜が活動時間なのか。

 そもそも、彼女はそんな弱くはないし。

 ともかく、今は若干不機嫌な彼女の時間に集中しよう。

 

 

 

 

それにしても、いつから待っていたと言うのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

───

──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 咲夜と合流した後、のんびり歩いている俺に痺れを切らした咲夜は俺の手を引っ張っていった。時間を止めずとも流石のスピード感。その跳躍力たるや、さながら兎である。

 と、言うわけであっという間に紅魔館に辿り着いた。冥界など近所のようなものだったか。

 満月の夜に見る紅魔館は一層妖しげに見えた。

 

 

「なんか久しぶりに来たなぁ」

「え、そうだったかしら」

「来たっけ?」

「割と」

 

 

 あ、そうなの……そうだったか。いよいよ手遅れか?少し心配だ。咲夜も同じ気持ちなのか、眉をハの字にしてこちらを見ていた。

 少し冗談を言うことにした。

 

 

「なんて言ったっけ」

「何が?」

「あぁ、あれだ。アルツハイマー」

「やめてよ縁起でもない」

 

 

 まぁともかく、と俺の小言をスルーすると、紅魔館の大きな門をくぐって、咲夜は中へと進んだ。

 入るとすぐ庭があるのだが、相変わらず夜でも綺麗に映える花が咲いていた。と、同時に目に写ったのは花と同じくらい華やかな赤髪を持つ女性であった。

 

 

「おぉ、美鈴」

「ん?……おぉ!顔合わせるのは久しぶりですね!!」

「そうね、中々出会すこともなかったしな」

「あら、美鈴はお花鑑賞?」

「げっ」

 

 

 庭の小道を一人歩いていたのは決して暇だからではない旨弁解をする美鈴を咲夜は冷めた目で見ていた。

 門番にも花を見せてあげる権利くらい……と思ったが、門番が門にいないのでは入られ放題と言えばそれもそう。

 

 

「まぁ、ほら館内警備だよ」

「!!そ、そうです!!怪しげなやつが忍び込んでないか!ね!ほら、空飛べたら外壁も意味ないですし!」

「ふーん、まぁいいけどね」

「お、おぉ…!!やった……!ありがとうございます……!」

 

 

 どうやら今日はすんなり終わったらしく、美鈴も拍子抜けしたようだ。美鈴は、耳打ちで俺にお礼を言った。前から美鈴の不遇さが少し気の毒であったから、助けになれば幸いである。

 

 

「今日咲夜さん機嫌いいですね」

「えっ、機嫌いいの?アレ」

 

 

 咲夜は先の会話が終わるや否や、先に歩き出していた。聞こえなくなった事を良いことに美鈴はそんな事をボソッと呟いた。

 

 

「なんか嬉しそうですよ。貴方がいるからですかね」

「なんと、それは嬉しいね」

「こうしてゆっくり時間をとられるのも久しくなかったのでは?」

「なら一緒にいてやらないとなぁ」

 

 

 やはり、そうだよな。紅魔館に来るのも、咲夜と時間を過ごすのも久しぶりである。レミリアとフランは元気にしているだろうか。パチュリーとこあはどうしているか。相変わらず陽の光を浴びていないのだろうか。

 何の用もなく、紅魔館に来るのは滅多にないものだから、新鮮な気持ちになる。

 時間は有限なのだから、大切に過ごさねば。

 

 

「美鈴も、ちゃんと休みなよ」

「……相変わらずお優しいですね!」

 

 

 よよよ、と美鈴は泣いたふりをしてみせた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先にスタスタと歩いていた咲夜に走って追いつく。あまり機嫌良さそうには見えないが、俺よりも長い時間を共にしてる美鈴が言うならそうなのだろう。

 

 

「……美鈴と何話してたの」

「ん?咲夜の事」

「あ、え、私?」

「なんだか機嫌がいいって」

「そ、そう……」

 

 

 悟られたのが恥ずかしかったのか、どこかばつが悪そうに顔を俯かせた。整えられた横髪の分け目から見えた耳は仄かに紅かった。

 

 

「何かあったのか?」

「貴方本気でそれ言ってる?」

「あれ、機嫌悪いな」

「ばか」

 

 

 これ俺にだけ機嫌が悪いか?そう思うとほんのり切ない気持ちになった。

 わずかな会話だけ交わすと、すぐに玄関に着く。相変わらず玄関までは遠い。門潜ってから家の中入るまでに会話出来るなんてそうそう体験しない。お金持ちでなければ。

 木製の大きな戸がキィと音を立てて開かれる。

 

 

「お邪魔しまーす」

「今更そんなのいらないわよ」

「いや、でもお邪魔することに間違いはないしな」

「更に邪魔な魔女は無言で侵入するわ」

「あいつまだ……」

 

 

 魔理沙も厄介になっているようだ。文字通り。

 

 いやしかし。一歩足を踏み入れて感じる。相変わらずどこか落ち着く。外見の色味こそは決して安らぎを覚えるとは言えないが、中に入ればシックな雰囲気に暖かそうな照明が薄暗く館内を照らす。実際、少し暖かかったりする。中は木造だからかもしれない。幻想郷の中でもこの洋風さは異質を放っているし、中々体験することのない感覚だが、何故だか妙に落ち着く。

 目を瞑ればどこでも寝れそうなくらいには。

 しかし実際には、心安らぐ静寂をフッと消し飛ばす溌剌とした子がいるものだから、そうもいかない。

 

 

「あ〜〜〜〜〜〜!!!!!」

「おぉ、フラン。元気にし」

「おひさっ!!!!」

「おひさ〜」

 

 

 〜と言いながら体が宙に浮く感覚を覚えた。

 

 ニコニコと手を振りながら駆け寄ってくると勢いよく飛び掛かってきた。さながら幼女のような体格なのにパワフルであるものだから、ドスっと音を立てて俺の体は大きく吹き飛ぶ。

 

 

「聞くまでもないみたいだな」

「元気だよ!全然顔見せないから心配してた!」

「俺も元気だ」

「なら良かった!」

 

 

 仰向けに倒れた俺の腹の上で相変わらず優しそうで、年相応な無邪気さを受ける笑顔をしていた。何がそんなに楽しいのだろう、と思うがつまらないことを聞くものじゃないと思いぐっと口をつぐんだ。

 しばらくふふふ〜と笑うフランと熱いスキンシップ(合法)を交わしていると、コツコツ足音を立てて咲夜が俺の視界に入った。

 

 

「妹様」

「お、咲夜おかえり〜!……お?どしたの?」

「…………いえ」

「あ、ごめんね〜!離れるから!もうちょっと!!ね!」

「…………………いえ、別に」

 

 

 咲夜の目線で何かを察したのかフランはニコニコと咲夜を見つめながら、静かな圧に少し反抗していた。俺自身久しぶりにフランを見たような気がするから、彼女との時間を取れないものかと思っていたところではある。

 それにしても、腹に掛かる重さが前よりも増してるような気がして、彼女の成長を体感した。別に太ったとかそういう事ではないと思うが。吸血鬼も長命であるが、こう些細な変化はあるものなのか。細かな変化ではあるが、大きな時間の経過を意味していた。

 

 

「フラン重くなった?」

「あ、え、声に出てたか?」

「ううん、なんかそんな顔してた」

「なんでも分かるねフラン。いや、成長したのかなって。感慨深くなってたよ」

「え、ほんと?!フラン大人っぽくなった?」

「あぁ、より魅力的になったよ」

 

 

 そんな自分でも驚くような甘言を垂れてるとフランは少し驚いて、また嬉しそうな顔をした。いつまでも少女のような彼女が少し眩しく見えた。

 横ではより一層険しい顔をした女の子もいた。

 

 

「妹様」

「ごめんて〜、離れるよ、はいはい」

 

 

 昨夜の圧力によりフランの顔が離れた。まだまだ幼い彼女のことなのだから、少しくらい許してやっても良いだろうに。しかし、快活な彼女はまた何処かへと走り去っていく。

 

 

 またね、と言いながらフランは外に出て行った。こんな時間にどこへ行くのだろう。私少し心配。吸血鬼なのだから夜に動くのは当たり前だけど。

 

 

「でも、良かった。元気そうで」

「えぇ、貴方のおかげでね」

「そう言ってもらえると」

「ずっと言ってあげるわ」

「嬉しいね」

 

 

 割と良い返しが出来たはずであるが、咲夜は少し不服そうな顔をしていた。若干照れを隠せずに。

 

 

「……どこで覚えたのそういうの」

「え?あー、なんだろ、分からん」

「まぁ、いいけど……あんまり他の子には言っちゃダメよ」

「言わないよ」

 

 

 咲夜は、んぐっ……と言葉を詰まらせたが、すぐこちらをキッと睨んだ。頬を赤らめながら。

 

 

「とにかく、今日は付き合ってもらうから」

 

 

 照れ隠し混じり。手首を強めに掴まれると、半ば強引に俺は引っ張られていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

















「妖夢ちゃんが負けるの久しぶりに見た」

「……まだまだ、鍛錬が足りません」

「う〜ん、だいぶ成長したと思ってたけどなぁ」

「そうでしょうか」

「なんだか釈然としない顔ね」

「……不甲斐ない話なのですが」

「ん、なに、足でも竦んだ?」

「えぇ」

「あら、そう」

「恐怖してしまいました」
「想像もしたことない、異形の者達に」

「本当に?恐怖の客体はそれ?」

「恐らく。あ、いえ……恐らくというのは、彼自身に対してもあったかと」

「ふーん、ま、致し方ないわよ。それは」

「何か、心当たりがあるような口振りですね」

「妖夢だけじゃないわ」
「背筋が凍るようだった。私も」
「得体の知れない異形もそうだけど」
「彼の心の底に巣食う何か……」
「何かしらね、あれはまさしく、」

「ゆ、幽々子様?」

「……ま、ともかく収穫はあったわ。お疲れ様、妖夢。ご飯たべましょっか」

「は、はい」

「………………」
「とんでもない奴寄越してきたわね。ヴィネア」






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