東方弔意伝   作:そるとん

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二又の岐路

 

 

 

 

 

 

 

 堕ちるなら貴方と。

 

 

 

 どこまでも。

 

 

 

 

 

「貴方が選んだ道を、私も進むわ」

 

 

 珍しく自分でも良く喋ると思った。

 包み隠して、言葉を選んで、当たり障りない答えを探して、今の距離感を保った。

 心地よい居場所に留まっておきたかったし、何より心地よい居場所でありたかった。

 けれど、いつしか。

 

 この心は変わっていた。

 

 

「貴方が人か否かなんて、私には関係ないの」

 

 

 その一言に彼は驚いたような顔をする。

 正直、突き放した言い方だと思われても仕方がない。しかし、紛れもない心の声だった。

 意地汚く、己の胸の内だけ、優先した。

 優先するようになってしまっていた。

 

 

「どちらでも良いの」

 

 

 ある意味で、彼が嫌った「人」のようで、

 彼が辿っている道の先のような。

 元より、人など悪魔のようなもの。今の私がまさしくそう。

 つまりは、彼がどの道を選んだかなど形式的なものに過ぎない。

 彼はどう足掻いても人には成れず、

 どう向かおうとも怪物にも成れない。

 

 

「他でもない貴方が好き」

 

 

 口先だけだと思われたくなかった。

 自分でも大胆だなと思ったが、それは行動した後の話。何振り構ってられなかった。

 考えより先に体が動いてしまった。

 後悔はしてない。

 生半可なものだと思われても癪だ。

 

 

「だから」

 

 

 覚悟は出来ている。

 

 

「貴方の意志を否定させたりなんかしない」

 

 

 彼が血みどろになりながら霊夢達を、何よりこの紅魔館を、

 

 

「その為には人の道だって踏み外せる」

 

 

 私を、

 

 

「貴方のためにね」

 

 

 守った、あの時から。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───

──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 独りよがりの、驚くほどにエゴイスト。誰かの為にという言葉ほど信用ならないものはない。

 だと言うのに不愉快ではなかった。彼女の可憐な容姿は一握りも関係ないかと言われればそうではないが、咲夜から出た言葉であったことが何よりも嬉しかった。

 寡黙で、他者を信じず、内向的とも取れるが敵意にも近い意識を常に保っていた彼女の言葉であることが、

 信じられず、

 嬉しかった。

 

 しかし、彼女は例外だなんて都合の良いことは微塵も思わなかった。

 

 

「悪い事は言わないから、止せ」

 

 

 強い口調を使った。

 曖昧な返事では彼女の覚悟は変わらないと思ったからだ。霊夢の時に学んだ。変に傷つけないように働きかければ状況は変わらない。元より、嫌われることを恐れている場合ではない。彼女は眉ひとつ動かさなかった訳だが。

 俺もここで折れるわけにいかなかった。こちらとて人より人である。

 つまりは、他でもない彼女の為に。

 ひいては大いなエゴイズムの為に。

 そう取り繕うことにした。

 

 

「俺のためというなら尚更、そんな覚悟を持たないでくれ」

 

 

 そもそも、俺は化け物になんかになりはしない。と付け加えた。

 それだけ伝えると、彼女は少し温くなった紅茶の入ったカップを持ち上げ、口をつけようと、その寸前、微かに息を呑んで

 

 

「嘘つき」

 

 

 とだけ言って、紅茶を口に含んだ。

 目元は涼しげで、しかしどこか寂しそうだった。

 空になったティーカップはカチャンと音を立ててコースターに置かれる。

 

 

「私、割と長い事貴方と関わってるんだけど」

 

 

 少し不機嫌そうに語った。

 思えば1年ほどではあるが、決して浅はかな仲とは言えなくなっていた。

 唐突に何を言い出すかと思えば、なるほど。

 

 

「どうせ、適当に首突っ込ませないようにして、また無理するんでしょ」

 

 

 図星な訳か。

 

 

「ただ、それとこれとは話が別だ。何も咲夜がそこまでする必要は、」

「貴方にとっては、私達が首突っ込まない事が最善なんでしょうね」

 

 

 それも知られていた。

 いや、俺が分かりやすいのか。どちらにせよ、その通りであることに間違いはない。彼女達が当たり障りない、つまらなくても、平和の下で何不自由なく呼吸することができたなら、それ以上望むことはなかった。

 

 

「分かっているのにそうしないのは如何してだ」

「貴方と同じエゴイズムよ」

「結局は……」

「そう、自分のために」

 

 

 不敵な笑みを浮かべた彼女ははっきりと言い切った。

 

 

「貴方のためは、少し意地悪が過ぎたかしら」

「そう言えば俺が何も言えないとでも思ったか」

「少しだけ願ってたわ。そうすれば有無を言わさず貴方と共に歩めるもの」

 

 

 結果としては、そう上手くいかなかったけど。最後に不服そうに咲夜は呟く。

 計算高い彼女のことだから、一体どこまで考えているのか。とはいえ今回は少し荒い手だったと思う。こちらに何も言わせるつもりは初からなかった。

 かといって、どうせ彼女の覚悟を真っ向から拒んだとしても彼女は聞かなかった。今がまさしくそのように。あくまで利己主義。そういえば今度こそ何も言えなくなってしまう。

 

 

「死ぬなら貴方と。ずっと変わらないし、変える気ないから」

 

 

グッと息を飲む。心臓が不規則に動く。緊張の証拠であった。

一度落ち着いて、肺の辺りで詰まった感覚を溜息と共に吐き出す。

  

 

「俺は賛同しない。死なせないし、殺させない」

 

 

 明白に突き放してもなお、咲夜は笑みを浮かべていた。

 咲夜然り、霊夢然り、なんだってこう聞き分けの悪い奴ばかりなのか。

 原因が俺にあるんだとしたら、尚更これからの行動は考えていかなければならなくなった。

 

 

 そう思案顔を浮かべていると、咲夜におでこを少し強めに突かれた。

 

 

「異性といる時に別の異性の事は考えないことよ」

「…………考えてないさ」

「ふぅん」

 

 

 それからどうしてこうエスパーが多いんだ。

 ただ物思いに耽っていただけだというのに、考えていたこともこう読まれるとなると、いよいよ彼女に心を読む能力があることを疑ってしまう。

 考えすぎで頭がクラクラしてきた頃、話題は一変した。

 

 

「……霊夢とは何回キスしたの」

「は、えっ?」

「一回かしら」

「いや、いっか……そうじゃない、てか違」

 

 

 なんで咲夜がそんなことを知っている。

 いや、カマをかけたのか。突然話題が変わったものだから頭も心も追いつかなくなってしまった。上手く口が回らなかった。

 対して、咲夜は止まらなかった。

 

 

「一回なのね」

「待て、なんでそんな事を聞くんだ」

 

 

 深く息を吸って、その一言を絞り出した。

 キスをされた回数を言っていなければ、そもそもキスをされたことについても触れていない、完璧な解答。

 の、はずだった。

 

 

「どっかの誰かより多めにしてやろうと思って」

 

 

 そもそも霊夢にキスをされたかどうかなど聞いていなかった。

 そうか、回数か。

 じゃあ別に、制止したところで。もっと言えば、「キスされていない」と答えたところで止まらなかった。

 

 

 椅子から立ち上がった咲夜は、少し強引に肩を抑え、顔に手を添えると、勢いそのままに顔を近づけた。

 止めるモノは何もない。

 まるでこの未来はずっと昔から決まっていたかのような。ごく自然に、吸い込まれるように、2人の唇が触れ合う。

 

 

「──────っ、なんでよ」

「……なんでもだ」

 

 

 寸前に、互いの間に人差し指を挟んだ。

 お互いの吐息が感じられる距離であったものだから、余計に心臓に悪いような雰囲気だったが、なんだかそう何回もする事を許してしまっては、先の発言が曖昧なものになってしまうようであった。

 ここは咲夜も分かっていたのか、割とすぐに引いた。どこか釈然としない表情を浮かべて。

 

 

「まぁいいわ、私はそろそろ仕事に戻るけど」

「あ、あぁ……お茶、美味しかったよ。ありがとう」

「せっかくならゆっくりしなさい」

「お言葉に甘えて。他にも話したい奴らがいるしな」

「……廊下ですれ違った時は覚悟しなさいね」

 

 

 やはり早めに帰ろうかと思った。

 

 

 会話が終わるとすぐにドアの外から「咲夜さーん!」という紅魔館で雇っている妖精の声がした。

 その声に簡単に返事すると、咲夜は部屋を後にした。

 

 

 空になったティーセットは既に片付けられていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───

──────

 

 

 

 

 

 

 

 比較的穏やかな時間を過ごせたはずではあるが、なぜか心は疲れていた。

 あの後咲夜は仕事に戻り、何食わぬ顔をして館内を駆け回っていた。俺はどうにも動く気が起きず、先と変わらぬ部屋の椅子に腰掛け、ぼんやりと窓の外を眺めていた。庭内の花は電球色で彩られ、夜でもその鮮やかさは見事なものであった。

 

 

「これも咲夜の仕事なのか……」

 

 

 独り、部屋で呟いた。

 すると不意に、ドアがきぃと音を立てて開かれた。

 

 

「水やりは主に美鈴だけどね」

 

 

 ドアを開けた者を視認する前に、その幼く高貴な声が耳に入る。

 

 

「レミリア」

「最近はフランもやってくれてるみたい」

 

 

 控えめに開かれた隙間から覗くようにこちらを見たのは、館主レミリア・スカーレット。大きく丸い目は一途にこちらを除いていた。

 

 

「ごめん、主人になんの挨拶もなく」

「良いのよ、今更〜そういうの気にしなくて良いって言わなかったかしら」

「それもそうか。まぁ、でも、なんだ。お邪魔しているよ」

 

 

 とはいえ一言挨拶はしておきたかった。咲夜のお誘いなんだし、むしろ丁重におもてなしを〜とレミリアは言ってくれた。来るたび温かい連中だなぁと感動すら覚える。

 

 

「こっちに来ないのか?レミリア」

「あっ、う、うん、この後少し用事が……」

「そうなのか」

 

 

 様子見だけに来たのか、彼女はこちらを覗き見るだけで入って来ようとはしなかった。

 前までなら突撃してきたというのに、レミリアもまた、見た目こと変わらないが心は大人になってしまったのだろうか。落ち着いたのかもしれない。

 

 

「ところで、血が滴っているけどどうした」

「…………いや、」

「用事ってそれか?」

「ふふ……バレたようね」

 

 

 ふと視線をレミリアの足元に移すと、数滴赤い液体が落ちていた。

 そういや、血を飲むのが下手って言っていたっけ。

 半開きだったドアをさらに押し開き、レミリアの全身が目に入った。

 

 

「……うぇーーーん」

「汚したなぁ」

 

 

 わざとらしく泣き真似をした彼女に高貴さは微塵もなかった。年相応な女の子のようで、それはそうとしてどこか安堵する心があった。

 レミリアの口周りにはベッタリと血がついていて、加えてドレスの襟元にも少し付着していた。

 俺は立ち上がって、レミリアの近くまで寄ると、汚れたドレスをじっと見た。

 

 

「吸血鬼って、みんな上手く吸えるもんなの」

「え、う、うん、多分」

「そっか」

 

 

 自分でもなんでこんな質問をしたのか分からなかった。理解できない言動を自覚すると同時に、全身が冷たくなり、頭が冴えるような感覚に陥った。

 一瞬、意識が朧げになる。

 

 

「俺で練習するか」

「はっ、え?」

「いくら飲んでも死なないし」

「い、いや、そういう問題じゃないわ」

 

 慌てふためくレミリアの姿だけは掠れた記憶の中にあった。

 

 

「好きなだけ汚せばいい」

「ちょ、ちょっと待ちなさい」

 

 

 レミリアを、すぐそばにあったソファに誘導する。少し強引にソファに座らせると、俺もレミリアと対面になるようにソファに膝を置いた。レミリアの耳と頬は赤く色づいていた。口元の真紅も相まって、妙な光景であったが、艶かしい印象を受けた。

 微かに潤んだ大きな瞳は必死に俺から目を逸らそうとするが、視線が何故か合う。吸い込まれるような瞳に、華奢なその体躯を、俺は一体どんな目で見つめていたのだろうか。

 

 

 

 徐にパーカーを半分だけ脱ぎ、シャツをずらす。

 

 

 

 

 それと同時に視界と思考がまた鮮明になる。困惑して、首元を自分の手で隠そうと焦るレミリアが目に写った。

 俺は何をやっているんだ。

 そんな疑問は不思議と生まれなかった。

 それもそのはず、思いの外冷静に状況の把握ができたのだ。しかし、心臓は一際強く脈打っていた。

 

 

「……なんてな」

「も、もう、タチの悪い冗談だわ」

「悪かったよ。咲夜を呼べばいいか?」

「あっ、あの子忙しいから妖精でも……」

「怒られるのか?」

「死んだような目で見られるの」

 

 

 思いの外、なんて事ないように会話が進んだのはレミリアのおかげだった。流石は対話に慣れているだけある。変な沈黙も存在せず、無駄に話題を掘り返そうとはしなかった。カリスマというだけある。その対応に助けられた。

 

 

「会いに来てくれたのは嬉しいけど、綺麗にしてからな」

「うぅ、そうね」

「その後にでもゆっくり話そう」

「一緒についてきてくれればいいのに」

「女性の着替えに立ち会うのはなぁ……」

「冗談よ」

 

 

 鼻で笑えるようなジョークだけで良かった。適当な話も口ずさみながら、俺はレミリアと共に室外へと歩き出す。

 

 

「レミリア」

 

 

 自分の言動の愚かさに嘆いた。

 

 

「ん?」

 

 

 くだらないジョークだけで結構。

 

 

「さっきの俺を」

 

 

 俺は、幾分おかしくなってしまっていた。

 

 

「どう感じた」

 

 

 自分で蒸し返すほど愚かなことないとあれほど思っていたのに。

 一体何を求めているのか。なぜ聞いたのか。

 今は意識がハッキリとしていた。

 曖昧なのは自分の心底だけだった。

 

 

「うーん、そうね?」

 

 

 妙な緊張感があったのは俺だけなのか、レミリアはそこまで深刻そうな顔は見せなかった。

 わざとらしく首を傾げるその仕草は魔性のものなのか。無意識なのか。

 

 

「なんだか親近感あったわ」

「し、親近感?」

「うん、なんだか貴方じゃないみたいだったけどね」

 

 

 呆気ない、なんてことない答えが返ってきたものだから、拍子抜けしてしまった。

 親近感。その言葉の意味が上手く読めなかったが、少し考えれば理解はできた。

 初夏の花のように笑った彼女からはとても感じられなかったが、咲夜とは決定的に違う存在であることは確かであった。レミリアの存在の何たるか。

 俺が咲夜から、霊夢達から遠くなっていくのが、初めて言葉として現れたのかもしれない。唯一、彼女の笑顔と声に救われた。そっちの道も、決して悪くないのだと、レミリアから、咲夜から、教えられたのかもしれない。

 

 しかして、本意は。

 

 

「そうか……」

 

 

 進むべき道を、またしても見失ってしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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