東方弔意伝   作:そるとん

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果物の実る季節

 

 

 

 

 

 

 

 だいぶ長い時間紅魔館に居座っていたような気がしているが、時刻は午後8時を回ったところである。

 

 春になり、ほんの少しの梅雨を迎え、幻想郷はこれから夏を迎える。

 

 日が長くなり、吸血鬼は些か生活しづらくなってしまう。

 

 まぁ、日傘を差して出かける事もしばしばあるそう。幻想郷の夏が、彼女らにとってただ苦痛でしかない……なんてことはないようで良かった。

 久々に腹も膨れ、少しぼうっとした時間を過ごしていた。

 

 

「あら、気の抜けた顔ね」

「あんまりにも咲夜の料理が美味しくて」

「もう……」

 

 

 気恥ずかしそうに咲夜は目を背けた。

 再び暇が生まれた彼女は、ふぅと一息ついて俺の横に腰掛けた。

 

 

「お疲れ様。何も手伝えなくてごめん」

「貴方はお客様だって」

「結構落ち着かないもんなんだ」

 

 

 一体誰譲りなのか知らないが、割と世話焼きなのかもしれない。まぁ、幻想郷の外にいた頃の経験からなのだろうか。何かをしたい訳ではないが、何もしなかったらそれはそれで落ち着かない。

 紅魔館の優しさが、少しむず痒くもあった。

 

 

「ベッドも用意してあるから」

「…………断っても無駄かな」

「あら。よくお分かりで」

 

 

 先の一件で彼女は吹っ切れたようだ。

 とても距離が近い。

 

 

「お言葉に甘えようかな」

「ダブルベッドだから」

「それは断ろうかな」

 

 

 流石にそれはどうなんでしょう……。

 とはいえ、事実体の内側が火照り始め、頭は徐々に働かなくなり、視界は白んできた。

 

 

「そんなこと言って。眠そうじゃないの」

「結構長いこと起きてるからな」

 

 

 つい数時間前まで白玉楼で一戦交えていたとは到底考えられない。自分のことだけれど。

 流石に気だの魔力だのを消費すると体は相応の反応を見せるらしい。眠くなるという感覚を持ち合わせていることに些か驚いている。

 

 まぁ、眠くなったら寝れば良い。ごく普通のことだ。

 しかし。

 俺はベッドを汚すのが、許せないタイプだ。

 

 

「シャワー借りるな」

「えっ、今から?」

「あぁ、体綺麗にしないと落ち着いて寝れない」

 

 

 これはあちらの世界にいた時からそうだ。同じ服ばかり着ているから勘違いされがちであるし、事あるごとに傷だらけ汚れ塗れなものだからそう思われるのも無理はない。

 

 しかしだ。

 汗や汚れでベタベタの体のまま寝られようか。いや寝られない。事実、異変解決後、俺はよくベッドに寝かされているが体は綺麗にしている。しばらく記憶がない……ここはどこだ…となっているが、何とかしてシャワーに入っている記憶だけは確かにある。

 

 俺の、シャワーへの逸る気持ちはもはや誰にも止められなかった。

 

 

「悪いけど、少し借りる」

「あっ、ちょっ……」

 

 

 白玉楼で割と汚れていたのだ。

 俺は足早に部屋を出た。

 

 

「今は、パチュリー様が、」

 

 

 何か聞こえたような気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───

──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突如として晴天になった幻想郷。

 夏を前に梅雨の時期であると言うのに異例であるが、少し湿った外気は体感温度を幾分引き上げた。

 発汗もままならず、少し皮膚はジトッとしていた。

 

 シャワールームへ向かう足は、次第に早くなっていった。

 

 

「にしても、突然晴天だなんて……」

 

 

 1人になって、ふとそんな事を思い出す。

 幻想郷は梅雨真っ只中であったはずだが。とはいえ、天気は気まぐれ。天の気分と書くくらいなのであるから、如何にコロコロ変わるのかは字から容易に察せる。

 神の気まぐれ。これほど出鱈目なものはない。

 

 

「はんっ、馬鹿馬鹿しいな」

 

 

 存在の証明が出来ないものの事を考えるのは時間の無駄だ。もっとも、その存在証明に時間を費やすのは自由だが。

 

 なんとも幻想郷には不釣り合いな発言をしている事はあまり気にしなかった。

 そうこうしているうちに、脱衣所の前に着いた。

 

 あぁ、今日は少し疲れた。

 重厚な引き戸に手をかけ、勢いよくドアを開けた。

 

 

「えっ、…………」

「お、パチュリー」

「へ?」

「こあも居たのか」

 

 

 開けた先に見えたのは、たわわに実った四つの大きな果実。

 ははっ、脱衣所に果樹園があるのか。

 

 

 なんて考えてる場合じゃないのだ。

 

 

 刹那、弾幕が飛んできたのは言うまでもない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───

──────

 

 

 

 

 

 

「すみませんでした」

「怒ってないのだけど」

「ぱ、パチュリー様、その辺に、」

 

 

 基本、大体のことに対して不信な俺だが、他人の「怒ってないよ」は特に信じてはいけないのだと言う事を知っている。

 習うまでもない。声が怒っているのだから。

 想いに鈍感な俺でもそれは分かる。

 

 まぁ,何はともあれ。

 今こうして脱衣所で正座させられていることが、何よりの証拠だろう。

 

 

「悪気はなかったんです」

「分かるわよ。貴方のことだもの」

「はい」

「でも、それとこれとは別」

「はい」

「ノックしなさい」

「すみませんでした」

 

 

 そりゃあそうするべきだったと、改めて思いました。

 

 

「というか、もうちょっとあるでしょ」

「え、何がでしょうか」

「は、反応とか……」

「何か……何も思い浮かばなくて」

 

 目の前に広がる光景と状況の処理に頭が追いつかなかった。

 

 

「なに、そんなに魅力ない?」

「いえ、大変大きなおっぱ、」

 

 

 脳天に拳が落ちてくる。

 いつの間に体術を会得したのだろう。とても痛い。

 

 

「ともかく、次から気をつけなさい」

「はい」

 

 

 それにしても、もうちょっと反応してくれて良いじゃない……とパチュリーは不貞腐れたように言っていた。

 身体的なダメージをなかなか負ってしまったが当然の結果だろう。

 2人には悪い事をしてしまった。反省。

 

 と、勝手に自己完結をしていたところパチュリーはスタスタとこちらに近づいてきた。何だろう。もう一発殴られるのかな。

 

 スッと身を屈めたのでゼロ距離弾幕かと思った。グッと目を瞑る。

 

 

「お、お許しを〜………!」

 

 

 、、、、?

 一向に弾幕も魔法も飛んでこなかった。チラリと薄目開けると、目の前にパチュリーの髪がサラリと見え、鼻腔にほんのりとシャンプーの良い香りがした。

 

 視界に映るのは、耳にかけた紫の髪がハラリと落ちる光景が妙に艶めかしかった。

 

 ふいに、パチュリーの息が耳にかかる。

 

 

「あとで図書室に来て」

 

 

 それだけ耳元で囁くと、彼女はその身を翻し、自室へと戻った。

 

 

「怖かった…………」

「な、殴るのかと思いました〜」

 

 

 ヘタリと俺の体は崩れる。こあも同じ事を思っていたようで、胸を手で押さえて目をぱちくりさせていた。

 

 とはまた別件に。

 パチュリーからのお呼び立てである。

 何用であるのか。それはそれで胸が高鳴っている。告白かなぁ。

 

 しばらく呆然としていると、こあも小走りにこちらへ近づいて、俺の耳元に顔を近づけると、

 

 

「私は気にしてませんからね……!」

 

 

 とだけ囁いて、パチュリーの後を追いかけて去っていった。

 彼女なりのフォローだったのだろうか。気にして欲しい。どちらにせよ私の罪悪感は拭えないのだから。

 

 

「ふぅ……入るか……」

 

 

 こあの優しさが身に染みる。それはそれで俺の心の傷に浸透してジンジンする。どうせなら一発殴ってくれればいいのに。いや、それは独りよがりか。

 

 色々と思うところはあるが、ひとまず体を綺麗にしたい。落ち着かない。

 

 全て服を脱ぎ、カゴに入れる。言えば洗濯もしてくれるが気が引けるので、それだけは妥協して軽く払って畳んで入れておくだけに留める。

 いつもこうしている筈だが、風呂から上がるとまるで洗濯されたかのように綺麗になっている。紅魔館にいると頻繁にあるので、少し慣れてきている。

 誰のお仕事なのかも分かるし。

 

 

「…………ん?」

 

 

 視界の隅に映った大きな鏡に目を向けた。その存在感たるや。一体何をそんなに鏡に映す必要があるのだと思うほどに大きな鏡。自宅にこのタイプの鏡があるのは中々驚きである。

 

 鏡に映っているのは、至ってなんの特徴もない、青年の体である。

 強いて言えば、病的なまでに肌は白い。

 

 

「血の気がないというか……」

 

 

 ただ色白というわけでなく、なんだか人間らしさがない。

 血が通っていないような、そんな冷たさを感じる。

 あまり、こうしてマジマジと自分の体を見つめる事はないな。じっくり見る程のものではないが。若干筋肉量が少ないか。体は非常に細身に見える。

 

「あ、、ん………?」

 

 

 ふいに、首筋を触る。

 

 

「ない」

 

 

 次に、腕を触って、目で見てみる。

 

 

「ここも」

 

 

 右の脇腹、左太腿、額。

 

 

「傷がない」

 

 

 多少想像のつくことではあったが、客観視して実感すると少し怖さがあった。

 遥かに人らしさを感じないこの治癒力。先にレミリアとフランに噛まれた跡すら形もなく消えている。

 

 台風事変の時にだって、俺の腹に深く突き刺さった氷はしばらくジクジク傷んでいた。

 紅霧異変の時に、俺の体を貫いた弾幕の傷跡も。

 

 今日だって、妖夢の斬撃が裂いた皮膚も。

 

 

「はは、こわ……」

 

 

 思わずそんな声が出てしまう。

 頭の中ではずっと思っていたし、霊夢達にも言われ続け、里の人間からは淘汰され続け、自分の存在は重々承知していた筈だった。

 

 いざ目の前にして、恐怖を覚えた。

 

 

「そりゃ、怖いわな」

 

 

 少し感傷的になってしまった。

 ふぅ、と一息。気持ちを落ち着かせる。今日もこうして生き延びてる。

 

 風呂くらいは気持ちよく入ろう。

 

 鏡からは目を背けた。脱衣所にしてはやけに広いその空間を一人歩き、風呂場にしては甚だ豪華なドアを開ける。

 

 

 

 

───熱いくらいの湯気が、俺の体を包み込み、

 

 

 

 あっ、

 

 

「ノック忘れた……」

「ん?」

「ちょっ、妹様こっちにお湯かけないで〜」

 

 

 言ったそばから忘れていた。

 ドアを開けたその先には。

 

 

「あら〜大胆だね……」

「お!一緒に入りますか!」

 

 

 湯煙に隠された、四つの果実が、、、

 

 そうじゃない。

 

 

 本当に。痛感だ。

 ここにいる時はちゃんとドアをノックしよう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 








唯一の救いは、フランと美鈴だったということ……。
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