東方弔意伝   作:そるとん

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図書室の審問

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 すっかり夜も更け、月が西の山に向け傾き始めた。

 

 久しぶりに体が綺麗になって満足な俺は、あとはもうゆっくり寝ようと、長い廊下をぼうっと歩いていた。やはりシャワー。人は定期的に体を綺麗にしないと精神に何らかの異常を来す。もちろん適当な持論だ。

 

 

 前もって、ここで寝ろと咲夜に言われていた部屋に着く。思い返してみれば、碌にあの甘味処──というか自宅──で朝を迎えてないような気がする。異変で一日外に出突っ張り、終わったかと思えば大体知らない天井の下で眠っている。

 

 しかし、今回は少し事情が違う。どこか新鮮な気持ちでいた。

 

 

 どこか緊張していた。無駄に胸を高鳴らせたまま、木製のドアを開いた。

 

 

 当たり前のような顔で咲夜がベッドにいた事は特に触れないでおこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 先にスタンバイしていた咲夜を追い出し、これに乗じて突撃してきたスカーレット姉妹を撃退し、ようやくベッドに腰掛ける。

 羽毛の柔らかな弾力は、優しく俺を迎え入れる。腰から力が抜ける。

 

 ふぅと一息吐くと、先までの喧騒が打って変わって周りが静まり返ったかのように思えた。実際、廊下から妖精メイド達の声がちらほら聞こえるが、それでも酷く静かに感じた。

 

 

 さてと。と、もう一度力を入れ、立ち上がる。

 

 

 落ち着いたは良いが、まだやる事は残っているんだよなぁ。

 

 なんて、溜息のような思いを浮かばせる。

 

 パチュリーに呼ばれている。今日はまだ、彼女と話す事が残っている。

 聡い彼女のことだから、杞憂かもしれないが、あまり楽しい話ではないのだろうと気は乗らないでいた。

 

 先に寝室に来たのも、咲夜がもう向かっているだろうと思っていたから。あまり戻るのが遅いと何か勘繰るのではないかと考えていた。

 俺が睡眠を必要としないことを、ここの住民は知っているが、眠れることも知っている。一度床に着けば、それを邪魔しようとする奴はいなかった(しれっと入り込む奴はいたが。)。

 

 音を立てないようにそっと寝室を抜け出す。足音を殺して、最短で図書室へと向かった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 他の扉とは変わった装飾が施された、大きな扉の前に着く。両開き式で上部が半円を象っている扉は、いかにもここが他の部屋とは違うことを表していた。

 それもそのはずである。

 

 取手に手をかけ、キィと扉を開けると肺いっぱいに紙の匂いが入り込んできた。少し劣化してしまった、薄く黄ばんだ紙の匂い。

 俺はこの匂いが好きだった。

 

 

「パチュリー」

 

 

 一言だけ、そう声を出す。

 

 2つの階層に分かれ、壁いっぱいに本が立ち並んでいる。かつて俺が暮らしていた家の数倍程の広さであるが、一面本である。円形であるからかは分からないが、やけに俺の声が響いた。

 この中から人を探すのは少し不合理的である。

 こうして声を出すのが早い。

 

 

「いらっしゃい」

 

 

 すぐに彼女は返事をくれた。

 細く、小さい声だが、よく聞き取れる。部屋が静かなこともある。小悪魔があちこちで本の整理をしているが、木製の棚と本が擦れる音ばかりで心地が良い。

 

 彼女は二階層の本棚の隙間から顔を覗かせた。長い紫色の髪であるから、よく分かる。一冊の本を片手に一階へ繋ぐ階段をゆっくり降りてきた。

 

 俺も、図書室の中央に設けられた彼女のデスクスペースへと向かった。

 

 

 

 

 独自に魔法の研究をしている彼女の机は分厚い本と書類が山積みになっていた。

 この量の文書と毎日睨めっこをしているのだから、彼女の能力が計り知れない。彼女もそういえば、睡眠が不要であったか。さながら、魔女とはこういう者の事を言うのだろうか。

 

 

「時間取らせてごめんなさいね」

「いいや、いくらでも付き合うよ」

「そう言ってもらえると有難いわ」

 

 

 今回、あまり乗り気ではないが。表面上そう言ってみせた。

 

 

「話って何だ」

「あら、単刀直入ね。そこに腰掛けて」

 

 

 パチュリーに驚いた素振りはなかった。至って冷静。彼女が指差した椅子に腰掛け、机越しに対面する。

 

 

「今回の話題は他でもない」

 

 

 ずっと手にしていた一冊の本を机に置いた。

 

 

「ヴィネア。彼女のことについて」

「───」

 

 

 漠然とただならぬ予感はしていたが、いざ内容を聞くと呼吸が上手くいかなくなった。

 ずっと俺が調べていたもの。俺の祖母の話。

 俺がここにいる理由。

 俺がここで"生かされている"理由。

 

 その話だ。

 

 

「デスクを見て分かる通り、私は魔法使いでね」

 

「独自に魔法、ないし、それに近い存在の研究もしているの」

 

 

 彼女の扱う知識が魔法だけでは無かったことにまず驚いた。まぁ想像は出来たことだろうけど。

 

 

「それに近い存在?」

「いわゆる、"呪い"よ」

 

 

 この後の話の展開は想像に容易かった。

 

 

「調べていた先で、この文献を見つけたと」

「話が早くて助かるわ」

「まぁ、これが呪いじゃなかったら何なんだってなるしな」

 

 

 ずっと俺の内に巣食っているもの。

 力を使えば使うほど痛み、また弱くなっていっている、何か。

 机に置かれた本に目をやると、随分劣化していた。

 俺の中では、祖母は数年前まで人として生き、ほんの一年前に死んでいった記憶であるが。

 

 何故、こんな古い文献に祖母の名前が。

 まぁ、理由は明白であろう。

 

 

「まぁ、貴方もお察しの通り、彼女は魔女よ」

「……だろうなぁ」

「不老不死のね」

 

 

 一体何年前に書かれた本なのだろうか。

 ペラペラと捲れていく紙は少し埃っぽく、鼻が擽られるような香りがした。

 分かりやすく付箋が貼られたページに辿り着くと、そこには大きな文字で

 

『Vinea』

 

と、そう書かれていた。

 

「そんな文献がなんでこんなところに」

「ここにある本に至っては、別に流されてきたものじゃないわ」

「外の世界にもあるものが揃ってるのか」

「あるものもある。あちらじゃ役に立たないから、専ら保存されてないでしょうけどね」

 

 それもそうか。

 あちらの世界で、真剣に魔術にのめり込んでいる人はいないだろう。でなければ、一心不乱に技術開発に専念などしない。

 

「で、話を戻すわ」

 

「まず、貴方の中でも固定化されてる呼び方。ヴィネアって名前について」

 

 

 固定化も何も。

 それが彼女の名前なのだから。それ以外には和名の方しか知らない。

 とやかく言うことはせず、パチュリーの説明を淡々と聞いた。

 

 

「これは彼女の本来の名前じゃないわ」

「…………」

 

 

 何?と思わず厳しい顔を浮かべた。

 

 

「おかしいと思ったのよ。こんな名前をつける親がいるのかと」

「どういう意味だ?」

「"ヴィネア"。またの名をヴィネ。旧約聖書に登場する悪魔の1人よ」

 

 

 ソロモンの悪魔。

 旧約聖書に悪魔。この2つの単語でこの理解にまで至った。

 

 

「通称、ってわけか」

「そう。本名は誰も知らない。それもそのはず、魔女がおいそれと言うわけないもの」

「なぜだ?パチュリーは教えてくれるじゃないか」

 

 魔理沙だって、アリスだって。俺からしたら皆魔法使いのようなイメージだが、特にこの3人は魔女を名乗っているくらいだ。

 素朴な疑問に対する返答は、想像以上に辛辣なものだった。

 

 

「殺されるからよ」

「殺される……?」

「自分だけならまだしも、名前がバレると血縁関係が浮き彫りになるわ」

 

 

 ハッと思わず息を呑んだ。

 そうだ、この文献。タイトルはなんだ。何年前の本だ。どこで書かれた。

 大前提として、俺の知らない世界の話をしているのかもしれない。

 

 そう思った時には、少し乱暴に俺の手元に本を近づけていた。

 

 

「あ、ちょっ」

「ごめん、少し見させてくれ」

 

 

 ヴィネアと大きく書かれた見出しのページに目をやる。紙いっぱいに敷き詰められているのは英単語ばかりで、内容はさっぱりだった。

 読み取れるところだけでもと思い、必死に視線を走らせた。

 

 随所に書かれている数字。

 数字。

 日付か。

 

 

「1534年…………」

 

 

 今から実に400年も前の話。

 この時代に。何が。

 

 

 ふと、何も意図してないが、単語だけが頭をよぎった。

 

 

「魔女狩り……?」

「変な知識は豊富なのね」

 

 

 フッと、パチュリーがシニカルな笑みを浮かべた。

 パチュリーはそっと本を俺から離すと、ツラツラと書かれた英単語を指でなぞって読んでくれた。

 

 

"同年5月に歴史的にも稀な農作物の不作が起こった。近年見られなかったにも関わらずこうした天災が見られるのは妙である。

 昨年初秋の頃から異変は起こっていた。市内の人間の大半が感染症に侵された事実も認容し難い。"

 

 

 そんなの勝手だろうが……。

 

 

" 1400年代に、教会が面白い説を提唱していた。それは『魔女』と呼ばれる存在である。

 彼女らは、悪魔と契約しA教の破壊を目論む。我らが神に順従なのを良いことに、間接的に人を死に至らしめ、天候を操るなど容易くこなしてしまう。祈りも忘れ、彼女らは己が欲に生きる。

 我らはそんな存在を許容するわけにはいかない。"

 

 

 なんて身勝手なのだろうか。

 証拠もなければ、説得力もない。

 ジョークにしてはつまらない。

 

 

 "そして、本年から教会による本格的な審問を始めることにした。

 魔術を使ったと疑わしい売女を吊るし、火にかけ、私刑に処するのもやむを得ない。

 それだけに限らず、異端を捜す手掛かりにもなる。神に背徳的な者は直ちに尋問にかけ、見せしめに晒すのも良いとした。

 これも神の為。

 神官もいたく協力的である。裁判になれど極刑は免れない。

 それもこれも、

 悪魔に心を売った罪である。"

 

 

 パチュリーはパタリと本を閉じた。

 最後に、表紙に彫られた文字を読み上げた。

 

 

『ヨーロッパ諸国における魔女狩りの盛衰』

 

 

「決して、読んでて気持ちの良いものではないわ」

 

 

 パチュリーは少し疲れた顔を見せた。

 

 いつのまにか、俺はテーブルの下で血が滲むほどに拳を握りしめていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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