東方弔意伝   作:そるとん

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記憶との邂逅

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬の日の入りは早く、数十分とすればすっかり街は街灯に彩られ始めている。

 

 私は少しばかり熱った脳みそを冷やそうと、屋上へと向かった。

 澄み切った空気は私の肌を撫で、ぼやけた視界をキリリと覚醒させる。

 

 

「はぁ…………」

 

 

 白い吐息を一つ吐いて、空を見上げれば、随分見慣れた星空がそこには広がっていた。

 

 

 私はただ、居た堪れなかったのだと思う。

 人は弱く、脆い。立て続けにストレスが重なれば幾らでも醜く歪んでしまう。

 弱さ故に、救われたいが故に。

 極端なエゴイズムが必ず心裡の奥底に沈んでいる。硬く、厚い外壁でそれを包み、隠して、ただ耐えている。何かの拍子に壁はボロボロと崩れ、凶器にも似た利己的な欲望が現れる。

 その末路があの2人であったのだ。

 

 人が道徳を騙る際口にする、優しさだとか、愛だとかは、何の役にも立たない。

 

 追い詰められれば、口先だけの温かい感情など容易に忘れるものなのだ。

 

 

 

 もし本当に、優しさや愛、それが人の持つ心だと言うのなら。

 

 災難に苛まれ、利己的な行動に走った彼らは何になるのだろうか。

 彼らのような行動を、人は口々に「心がない」と批評してみせるが、彼らの行動も何かしらの───それこそ人間らしい───心に基づいて、動いているのではないか。

 

 彼らは人なのか。

 あぁ、難儀だ。

 

 

 私は彼らを殺した。

 ただつい先程、芽生えたこの感情のままに動いた。

 恐らく、第三者が聞けば「心がない」と批評するであろうけれど、私は否と答えたい。心はあった。何よりも、強い心があった。

 では何の心か。

 他からしてみれば、私は人ではなかったのか。

 もっと言えば、彼らも人とは言えぬのだろうか。

 何よりも人間らしい、本能とも言える感情の赴くまま行動したが為に、その存在を疎まれ、死すら弔って貰えずに終わっていく命が、どれほど嘆かわしいか。

 

 

 私はただ、居た堪れなかったのだと思う。

 せめてもの救いがあって欲しかった。傍若無人と振る舞う2人の背中はどこか物悲しいものがあった。

 死ぬ間際くらい、側に置いてやろうと思った。

 

 

「これも、自己満足なんだろうけど」

 

 

 ポツリと呟く。何よりも人間らしい行動理由だろう。むしろ、何かと生暖かい理由をつけて恩着せがましくする方が胸糞悪い。

 私利私欲の為動けばいい。

 それが人が、人である所以だろう。

 その結果、命を落とそうとも。

 

 ヴィネアも。あのバイオレンス夫妻も。

 その死の主たる原因は人だろう。

 人が魔女などを信じたから。迫害を始めたから。

 弱さ故に、エゴイズムに走ったから。

 

 

 人は、人にしか弔えない。

 人を殺すのは、いつだって人だからだ。

 

 

 弔いは、誰かが命を亡くしたことに対して、気持ちの整理をつけるための儀式にすぎない。高い金をかけて、時間を費やして、無駄な工程を挟み、その先にあるのは「あぁ、やっと終わった」という疲弊感と安堵だけである。

 或いは、自己満足。

 これで死者の魂は報われるのだろうと、後世自身が後悔を残さず生きていく為の行為。

 

 

 軽率に死後を信じたから。

 薄情にも、死してなお救われたいと考えたから。

 

 

 漠然とした死への不安が、実に可笑しな思想を生み、イかれた死生観を育み、いとも容易く目も当てられないような歴史を紡ぐ。

 

 血塗られた過去も、暗い最期も、全ての運命の始発点には人がいる。

 

 ただ、その事実が嘆かわしい。

 

 

(私はただ、人の心底を見たかった)

 

 

 他人に惑わされず、神に縋らず、運命を信じず、ただ目の前の事実だけを受け止めて、感情はどう動くのか、筋肉はどう動くのか、一番初めに何を思うのか。

 私はただ、人を信じていたかった。

 心の底に沈んだ感情は、常に誰かに向いていて欲しかった。

 いや、向いてはいたのだろう。決して明るい感情ではなかったけれど。

 

 

 ヴィネアが私に埋め込んだ呪いと、今日の私の言動が、何よりもそれを証拠にしていた。

 

 

「自滅したんだよ。アンタは」

 

 

 不意に、鉄製の階段からカンカンと音がした。

 目を向けてやれば、先程暴力を振るわれていた少年がそこにいた。

 

 

(アレも私か)

 

 

 空目をして片手に刃物を握った彼は、正気でない事くらいは一目で分かった。

 何より私なのだし。

 そこで思わず「あっ」と声をあげる。

 

 

(今日、私が自殺をした日か……)

 

 

 今でも、この妙に穏やかな夜は覚えている。

 私の記憶では、少年はこの後大の字に寝そべる。

 

 記憶通りだった。

 一心にこの星空を浴びていた。

 

 しばらくすると、少年はブツブツと何かを呟き始める。

 

 

(ヴィネアの死から3日か)

 

 

 ヴィネアは寿命で亡くなったのだっけか。何故か吐血をしていた状態で見つかったから、家に警察が来たのだけれど。直接的な原因は私も知らない。

 

 

(彼女は人として死んだのかな)

 

 

 それが通常として語られるのが甚だ腹立たしいが。

 ──────そうだ、私は。

 

 

 はっ、と息を呑んだ。

 視線を上げれば、少年は今にも包丁を首筋に突き立てていた。

 私の体はいつの間にか動いていた。

 

 

「待て」

 

 

 一言、そう言い放つ。

 目の前にいる自分に命令口調だなんて些か変な感覚だが、何ふり構っていられなかった。

 

 

「……なんだよ、お前」

「私はお前だ。なぜ死のうとする」

「は….?幻覚か……」

 

 

 相当参っているらしい。

 目の焦点は合わない。

 私はこいつに説きたい事があるのだ。

 

 

「このままだとヴィネアの思う壺だ」

「ヴィ…?は、何言ってるんだほんと……」

「さっきの記憶がもうないのか」

「お前っ……マジで何なんだ…!」

 

 

 私に掴まれた右手首を振り解こうともがくがピクリとも動かない。

 骨ばった手首は骸を掴んでいるようで薄気味悪かった。

 

 

「私は、お前だ。ヴィネアはお前の母親。記憶上では祖母か?」

「くそっ……!」

「詳しい事はこれから知る。今はとりあえず聞いてくれ」

 

 

 話を聞こうとしない少年相手ではどう接するべきか分からない。

 ひとまず、こいつに私の存在を自覚させたい。

 

 

「今お前は呪いに当てられている。本来の自分を押さえ込まれている状態だ」

 

 

 ヴィネアが私にかけた呪いは、悪魔を押さえつけて、私を人間にさせるものだ。

 

 

「遠い過去に、お前は多くの人間を殺している。少数だったとは言え、お前に貼られた悪魔のレッテルはずっと消えなかった」

 

 

 不思議なもので、人間特有の感情に苛まれて、行動に起こしてみれば、人とは呼ばれないらしい。

 

 

「私はそれでも構わなかったが、ヴィネアはそうもいかなかったらしい」

 

 

 優しい心を持ちながら、同じく迫害を被り続けたうちの1人だ。ただ、人より知能に優れていただけだった。ただそれだけのことで。

 

 

「そこでヴィネアは、私に呪いをかけた」

 

 

 私を、人間にさせる呪い。

 

 

「感情を殺す呪いだ」

 

 

 私が悪魔と呼ばれる所以は、心に芽生えた凄まじい程の拒絶感だった。

 幼い頃は、ただ純朴に少年であった。

 唐突に、理不尽に、裏切られて。

 結果芽生えたのは、体を赤く染め上げる程の拒絶だった。

 

 

「矛盾してると思わないか」

 

 

 私を人間たらしめる為には、心を失くす必要があった。

 

 

「心がなくなれば人でないと、簡単に言うのに」

 

 

 私の胸に施術された太く長い杭は、私の感情を深々と突き刺していた。

 

 

「お前を人間のまま、殺す事がヴィネアの目的だ」

 

 

 そうでもしなきゃ、殺せなかったんだろう。

 自分の力がそれほどまで強大だとは思ってなかったが。

 

 

「私に行動を起こさせず、人間を守る為、私を殺す必要があった」

 

 

 流石は、魔女の考える事だ。

 しかし、魔女らしくない動機だ。

 

 

「それを許したまま死ねるか?」

 

 

 生憎、俺は生温い優しさが大嫌いである。

 少年は、いつの間にか大人しく、じっと私の顔を見ていた。

 

 

「ここは私の心象世界だろう。あの日、お前は死んでない。自分の意思だ。そりゃそうだろう、私はお前なんだから」

 

 

 恐らく、当時は自分の意思で手が止まったのだろう。それ以降の記憶がないところから考えるに、包丁が刺さる直前に、私が呼び起こされた。

 

 

「私は死ぬ気ないからな」

 

 

 先の一件を引き金に、杭が緩んだ。

 私は隙を逃すつもりはない。

 

 既に力が入っていない少年を右手を放り投げると、刃物は音を立ててコンクリートの上を滑っていく。

 少年の目は、少しずつ赤くなっていく。

 

 

「聞こえるか。どこかで子供が泣いている声だ」

 

 

 夜は喧騒がなくなるからだろうか、遠くの音がよく聞こえる。

 

 

「夜な夜な子供が泣けば、親は徐々に疲弊していく。時々、この子は悪魔なんじゃないか、なんて考えてしまう母親が大多数いる」

 

 

 可愛いから耐えられる、なんて、それだけで上手くいくことなどない。

 

 

「今度はバイクの音だな。真面目に生きもせず、その行動に一つ一つに大した意味はない。ただ居場所がないだけ」

 

 

 遠くでエンジンを吹かす音が聞こえる。

 居場所がなくなったのは誰のせいだろうか。

 

 

「耳を澄ましてみれば、嫌ってほど人気を感じるな」

 

 

 男2人が喧嘩をする声、酔った調子の笑い声、屯する若者の話し声、誰かが啜り泣く声。

 

 

「誰も彼も、心を失くしてしまったのかな」

 

 

 要因は多種多様。共通点は何を失っていること。

 愛する心。思いやる心。悲しいと感じる心。楽しいと笑える心。

 どれを落としたら、人で無くなるのだろうか。

 

 

「ヴィネアは、人でないから、誰にも弔われず死んでいった」

 

 

 彼女は何を失ったというのか。

 誰よりも人間らしく、優しい人だった。

 

 

「誰しもが、彼女の死を願った」

 

 

 失ったのは、人間も同じことだろうに。

 

 

「悪魔はどっちなんだろうな」

 

 

 思わず語気が鋭くなる。

 一呼吸吐き、落ち着いてから、話す。

 

 

「人と、魔女と、悪魔の境目なんて、実に曖昧だ。いや、むしろそんなものないのかもしれない」

 

 

 ただ、価値観が違うだけ。

 

 

「お前が人間である事に固執するのは、その呪いのせいだ。元はと言えば私だって人間だ。それを好き勝手言ったのだって人間だ」

 

 

 ただ、生まれつきの素質が違うだけ。

 

 

「人として生きようとしたが為に、ヴィネアを心から弔えなかった」

 

 

 彼女の呪いがあるから、心の底では魔女の存在を否定しきれずに、形式だけの弔意では納得ができずにいた。

 

 

「先に言った境目がなければ、ヴィネアはただ人として生きていたことが証明できる。私も、ただずっと、人として生きていたと、胸を張って言える」

 

 

 自分を殺そうとしたとは言え、母親を弔ってやりたかった。

 彼女の死を、心底悲しいと感じたかった。

 

 

「……具体的にはどうするんだ」

 

 

 少年は体を起こして、突然そう話しかけてきた。

 驚きはしたが、私は冷静でいれた。

 

 

「ちょっと押せば、こちらに堕ちてきそうな奴を狙う」

「意味がわからない」

「お前みたいなやつに声をかけるんだ」

「……あぁ」

 

 

 少年は、境遇に自覚的であった。

 

 

「お前みたいな奴は簡単に一線超える。さっきみたいにな。記憶にないだろうけど」

 

 

 最も人と悪魔の境界に近い存在と言える。

 

 

「そういう奴等に、一線超えて貰うんだ」

 

 

 どうなるかはお楽しみだ。と付け足す。私も分からないから。

 これは実証だ。

 人と悪魔の違いなどない。

 私はそう証明をしたい。

 でなければ、私に施された呪いはパラドックス的な存在になってしまう。

 何よりも、私の思想の裏付けをしてみせたのは、この呪いなのだ。

 

 

「何度でも言ってやる。お前は自滅したんだよ、ヴィネア」

 

 

 全ては私の存在証明。母への心からの弔意。

 その為に、彼女が命を賭して願った平穏すら容易く拒絶してみせる。

 仕方がない。少年が私に気づいた原因も、彼女の呪いなのだから。

 

 

「少年、これが宿命だよ」

 

 

 少年の髪が少しずつ白んでいく。

 私はそっと目を閉じると、今までになく、体が重くなるのを自覚した。

 しばらくすると、掌にはじゃりっとした感触が産まれ、地に足がつく感覚を得る。

 

 ゆっくり瞼を持ち上げれば、先まで地面に座っていた少年と同じ視界である事が分かる。

 

 さっきまで、私はただ、押さえ込まれていた"感情"に過ぎない。

 実体を得て、初めて私は私となる。

 

 

「手始めに、さっき泣いていた男の子からかな」

 

 

 すぐさま立ち上がると、鉄製の柵を飛び越え、夜の空へと繰り出す為、地面を強く蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

─────と、同時くらいだった。

 

 

「ガッ……!!ハァッ……!?」

 

 

 心臓に強い痛みが走った。

 空中で完全にバランスと力を失った私は、体を地面に打ち付ける覚悟を決めた。

 

 なんだ、この痛みは。

 ぼんやりとする思考回路の中、霞んだ視界に映ったのは、

 

 

「もう、止しておくれよ。シオン」

「……ヴィネア…ッ!!」

 

 

 藍色の星空に、その白い長い髪を靡かせて、優しく微笑んでいたのは、紛れもない若かりし頃のヴィネアであった。

 

 

(幻惑か、いや死んでいなかった……?)

 

 

 彼女は自身の生命力全てを犠牲に私に呪いを施した。徐々に死んでいくのだから、彼女は既に。

 まさか……!?

 

 

「この呪いそのものか……!!」

 

 

 クソ。

 そうだ、俺が幻想郷入りした理由は、これだったか。

 ヴィネアが私をあの世界に引き込んだ。

 

 

「私だけじゃアンタを止められなくてね」

「ハッ……私もお前も、死を願われるんだな」

 

 

 彼女は、優しくも、どこか悲しい笑顔を浮かべた。

 

 

「確かに、私にアンタは殺せないよ」

 

 

 きっと、アンタにゃ分かんないだろうけど。

 そんな言葉を聞きながら、私は落ちていく。意識が徐々に薄れていく。

 何としてでも。死してなお、証明してみせる。

 諦めてなるものか。

 

 

 薄れていく記憶の中、最後に見たのは目玉のように開かれた隙間に飲み込まれていく景色だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 







話が難しいって人はどんどん聞いてください。自分でも難しいなって思ってるので。
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