東方弔意伝   作:そるとん

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初夏の夜にて

 

 

 

 

 

 

 

 紅魔館を後にして、すぐに彼女と出会った。

 

 

「よう」

「こんな遅くにどうした、魔理沙」

「そりゃこっちのセリフでもあるけどよ」

 

 

 一寸先の暗がりからスゥと現れたのは霧雨魔理沙だった。

 目深に被った大きな帽子は彼女の目を妖しく光らせる。幾分険しい顔をしているのは暗闇でも窺えた。

 

 

「霊夢と、咲夜と、なんかあったっぽいな」

「……話が広がるのは早いね」

「話をズラすな」

 

 

 魔理沙の鋭い目は俺を捉え続けていた。

 流石に、俺も居心地の悪さを覚えた。彼女が何を気にかけてるのかも、おおかた予想はついた。

 

 

「ただ、遠ざけただけだよ。俺と君らとでは相容れない」

「ふぅん……なんだ、自覚してたのか」

「あぁ、ついさっきだけどね」

 

 

 魔理沙だけは、以前から気づいていたのではないかと思っている。

 俺に向ける視線と言動は、普通相手に接する時に使うそれではなかった。

 どこか訝しむように。

 只管にこちらを睨んでいた。

 

 

「いつから気づいてた」

「確信に変わったのは正月前。何も私に限った話じゃねぇ。他の連中もお前を怪しんでる」

「そんな事だろうとは思ってたけど」

「里の連中は……言うまでもないだろ。噂は簡単に広がる。お前は命を張ったのに後に残ったのはネガティブな思惑だけだ」

 

 

 俺は今日、このタイミングで彼女とかち合う事を予想していなかった。

 しかし、もし出会したのであれば、その場で戦りあってもおかしくないと思っていた。

 それだけに、彼女の口から紡がれる言葉の裏が読めなかった。

 

 

「まるで、心配してるような口振りだな」

「勘違いすんな。何もお前の心配はしてない」

「分かってるさ」

 

 

 彼女はぶっきらぼうで、無鉄砲だが、人一倍努力家で、何より友人想いな子だ。

 

 

「俺が周りの奴らに近づかなければ、魔理沙としても満足だろ」

 

 

 彼女の優しい想いは、全て彼女の周りの存在に向けられている。

 

 

「……特にあの2人は、お前の為に危ない橋だって渡りかねない」

「痛感してるよ」

「お前の為に誰かを殺すし、自分でさえ殺すぞ」

「まさしくそう言われたよ」

 

 

 まさに一心同体。

 彼女達には、俺なんかでは見えない、太く強い繋がりがあった。

 

 

「ここで、危険な芽は摘んでおくか?」

「悪いけどパス。今日はそういうつもりで来たんじゃない」

 

 

 少しだけ驚いた。話の流れは完璧だったのだから、今すぐにでも八卦路を構えられてもおかしくなかったのだが。

 彼女は少し乗り気ではないようだ。

 

 

「私も、あいつらと同じように宣言しに来たんだよ」

「宣言?」

 

 

 思えば、いつも朗らかで明るい彼女の面影は見えなかった。

 俺と相見えた時から、ずっと真剣な顔だった。

 

 

「アイツらには手出しさせない」

「何にだ」

「アイツらには誰も殺させない。もちろん自分自身も」

 

 

 俺の心の中を覗いたのかと問いたい程、彼女の意気込みは、まさしく俺の思想と相反するものだった。

 

 

「凄まじい胆力が必要になるね」

「他人事じゃないぞ」

「……俺もか?」

「アイツらが一線を越えるトリガーはお前にあるんだぞ」

 

 

 魔理沙はより一層表情を険しくさせる。

 

 

「アイツらには誰も殺させない」

 

 

 霊夢の覚悟とも、相反するのだから。

 

 

「お前は誰にも殺させない」

「俺如きに大切な人はやらんって事ね」

「なんっ……!いや、まぁ、そうか。そういう事でいいわ」

 

 

 清々しいほどに、魔理沙は俺に言い切った。

 人は人を殺し、滅ぼし、嘆いては、弔う。

 実に自己中心的に回り続ける世界を悪くは言わないが、好きではなかった。

 もっと合理的に生きれば良いのに。誰が死のうが生まれようが、対して感じることはなかった。

 

 しかし、彼女の目を見ようものなら、少し揺らいでしまう。

 彼女達なら、やり仰せてくれるのではないか。

 自己の内なる、大きな欲望を制御し切って見せるのではないか。

 

 

「期待してるよ」

「せいぜい守られてろ。お前は」

 

 

 彼女はそう言って、また暗闇に消えた。

 

 

 彼女の覚悟だって、至って利己的だが、嫌な心地はしなかった。

 彼女自身もそれを理解していたのだろう。

 自覚した上で、我儘を貫いてみせた。

 

 思えば、3人皆そうだった。

 強い自分を持っていた。誰かのために覚悟を決められる。

 強い人間だ。

 

 

「皆そうであれば、神も悪魔も産まれてないさ」

 

 

 遠い、過去の世界に想いを馳せて、俺は一言呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

───

──────

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 過去の自分を自覚してから、だいぶ力を使いこなせるようになったが、今日は歩いて帰りたい気分であった。

 相変わらず不気味なくらい大きな月の下をトボトボ1人で歩いていた。

 人気のない時間が、過去いた世界でも好きだったのを思い出した。

 

 

「こんな夜は妖怪と出会ってしまうかも〜」

 

 

 妖怪みたいなやつが1人真夜中に何を言っているんだと思うが、やけに俺はテンションが高い。以前より心が軽やかである。

 過去の自分との対峙。

 決して楽しいものではないが、一度自認してしまえば何だか不思議と肩の荷が降りた気がした。

 まだ自分の内に眠る衝動や、公にしていない思想がどう姿を現すのか定かでないのが少々の不安だが、今はそれよりも久方ゆっくり出来るこの時間に酔いしれようと考えていた。

 少し楽観的になれたのも、魔理沙達のような強い少女のおかげかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん?」

 

 

 

 

 里に降りてきてから、しばらく歩いていると、この時間には珍しく人影が見えた。

 幻想郷の生体環境と言うべきか、その特殊性から夜道を出歩く人間は少ない。というか、ほぼいない。

 それもそのはず、夜は妖怪達のテリトリーだ。迂闊に出歩けばその命に保証はない。些細な事なら博麗の巫女も起きては来れないし、中々寝覚めが悪いから明朝すら怪しい。

 人が死ぬのはさほど珍しくはない。

 

 

 

 

「死んだところで、変わり映えはしないしな」

 

 

 

 

 少なくとも、こんな夜更けに出歩いている人間は碌な事を考えている連中ではない。

 ましてや、2人組。

 謀をしているのだろうか。

 

 

 

 俺には関係ない。

 何か起こそうものならその時は……。

 

 

 

 

 と、見ないフリをして通り過ぎようとしていた。

 

 

 

「っ…………」

 

 

 

 明らかに人が放つオーラではなかった。

 近づくほどに鮮明になるその容姿は、やはり人里の住民とは到底思えなかった。

 

 

 

 

「………?なんだ、こいつら……」

 

 

 

 

 異様な気配にどうにも近づけなかった。

 2人を照らすのは月明かりだけ。惜しくも顔は民家の影に隠れていた。

 うち1人に至っては、子供のような体躯だった。しかし、洋装のようで、いささかハイカラな色をしていたから、同様に人里の子とは考えにくかった。

 おまけに、可笑しな飾りのついたシルクハット様の物を被っていたから尚更。

 

 

 

 

 もう1人は、シルエットから女性であることはわかったが、俺よりも恵まれた身長と体格をしていた。さながらアスリート体型の女性は、小柄な片方の少女とはかなり雰囲気が違っていた。

 長く見ていると気圧されてしまう。

 2人、その雰囲気は違えど、その異質さはハッキリ理解させられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 元来ここにいるような存在ではない───

 

 

 

「っ……!」

 

 

 ほんの数秒くらい呆然とした時間を送った。

 とてつもなく長い時間緊張状態にあったかのように、体はドッと疲れていた。

 

 

 

 俺はまた歩き始める。

 

 何の確証もないが、この通り過ぎる刹那、いつ互いが己の武器を抜くか。斬るか、斬られるか。緊張感と静寂が走っていた。近づくまで、何か小声で話していた2人も、内緒話を秘めていた。

 

 

 

 何の面識もないが、一触即発のヒリつくような世界を俺は歩いたようだ。

 

 

 

「………………っは」

 

 

 

 

 ようやく、満足に息を吐いたような気がする。

 先の2人も、気にせず話を始めていた。

 

 

 

「……は、よくやってくれてるみたい……」

 

「順調だね……」

 

 

 

 

 意図したわけではないが、ほんの数ターンだけ、会話が聞こえてしまったのだ。

 

 

 

 

「これで、博麗の……」

 

「…………の信仰を、」

 

 

 

 一瞬聞こえてしまったら、さっきまでの緊迫感は無くなっていた。

 その代わりに、凄まじい程の嫌疑を彼女らに向けることになる。

 

 

 

(……放っておけなさそうだ)

 

 

 

 

 博麗の。

 

 霊夢が危険だ。

 

 

 俺は心なしか、足早になっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 










次回から新章開幕です。
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