アカメが斬る〜IFルート クロノスがKILL〜   作:ヌラヌラ

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第3話〜傷つき過ぎたHeart〜

 

 人々が行き交うとある広場の石段に腰をかける一人の大人と一人の子供。

 橙色の短髪に、黄色の半袖と黒のズボンを履いた子供は本を開いて自分が気になる部分や分からない部分を指でなぞり大人へと問いかける。

 それに対して大人は丁寧に答えて子供がそれを少し考える。少しの間頭を働かせた子供は自分の疑問が解決して曇り空だった頭の中の天気が快晴へと変わり、よほど達成感を覚えたのか満面の笑みを浮かべた。

 

「そっか、分かった!ありがとう先生!」

 

 自分の教えを理解してくれた事に一人の大人、マサムネも満足感を覚えてそっと微笑んで子供の頭を撫でた。

 子供は口では悪態を吐くもののその表情は満更でもない様子だ。

 

「ったく、子供扱いしないでくれよ先生!

……でも、ホントにありがとな、バカなオレに勉強会終わってからこんな遅くまで付き合ってくれてさ」

 

「私の事は気にする必要は無い、君や他の子の勉学のためなら私は自分の時間など惜しくはない。

しかしロイ君、君の年齢で自分を卑下する事は感心しないな。

確かに人に向き不向きはある。君は少々勉学は苦手かもしれないが、それを克服しようとする意志を持っているじゃないか。それはとても素晴らしい価値のあるものなのだよ」

 

 マサムネは手をどけるとロイ少年の目をまっすぐに見据えて言う。

 

「そっ……そうかなぁ」

 

 ロイは勉強の事ではあまり褒められる事は無い。それでも意志を尊重してくれるマサムネに対して喜びを覚えて照れ隠しに頭の後ろを指で掻く。

 

「それに、君は道場では少し歳上の相手にも勝てる程の武の才能も持っているんだろう?

苦手な勉学を克服してしまえば君はムテキという奴ではないかな?」

 

「っ……道場か……」

 

 マサムネはロイが道場で武術を習っていて、当の本人からそっちの調子は凄く良いと聞いていたため話題に出したのだが、彼の表情は暗くなってしまった。

 

「……すまない、何かよろしく無い事があったのか?」

 

 ロイは黙ってコクリと頷くと、周囲を見回してマサムネとの距離をすこし縮めて小声で話す。

 

「先生さ、警備隊のオーガって知ってるよね?」

 

「ああ、確か隊長で鬼のオーガと異名を持つ人物だったと記憶しているが、それがなにか?」

 

 帝都警備隊隊長オーガ、その剣の腕前から帝都外の賊や帝都内のコソ泥や荒くれ者犯罪者達から鬼という畏怖される異名を付けられた男である。

 マサムネはクロノスとして懸賞金を受け取りに警備隊の詰所へと赴いた際に見かけた事がある。部下への当たりが強く、傲慢で尊大な物言いだった事が強く印象に残っている。

 

「……ウチ道場にパトロールとか言ってやって来て……稽古を付けるとか言って暴れてって……死んだ人は一人もいなかったけど……いっぱいケガした人が出た……オレと同じくらいか下の人はなにもされなかったけど……一番ひどかったのがオレの先輩……兄ちゃんみたいな人だったのに……命に別状は無いけどもう武術は……できないって……」

 

 ロイは小声で言い終えると悔しそうに目に涙を浮かべて拳を握る。そして強く目元を拭ってあからさまに空元気だと分かる作り笑顔を浮かべてマサムネの方へ向き直る。

 

「だから、オレ決めたんだ!

オレが大人になったら警備隊隊長……ううん、警備隊じゃなくても構わない。弱いものいじめをさせないくらい強い男になってやるんだ!

でもバカだと頭いい人に言い包められるし、そもそも悪い事が起きてても気が付かないかもしれない、だから勉強も鍛錬ももっともっとやらなくちゃだからさ……オレの事見捨てないで勉強教えてくれよな!」

 

「君は、強い子だな。

見捨てたりなぞするものか。私は君の様な、強い子に勉学を教える事を本懐としている。

君のその意欲が私の意欲にも繋がっているのだよ」

 

 ロイは本を鞄に入れるとおもむろに立ち上がり、笑顔のままマサムネへと向けて親指を立てる。

 

「……ありがと先生。

俺、頑張るからさ!大人になったら先生の事も守れるくらいに!」

 

「フフフ、私が弱い者か。その時が来るのを楽しみにしているよ」

 

「それぐらいがんばるって事だよ!じゃあね!」

 

 そう言って頭を下げると踵を返して走って行ってしまった。

 気丈に振る舞っていたその強いが幼い背中を見てマサムネの心中は安堵するが、やがて沸々と怒りも込み上がってくる。

 自分の教え子に暗い影を落とし、彼の若かったであろう先輩に手を挙げ再起不能にした警備隊隊長、オーガに対して。

 

「下が役に立たない無能、上は賊の牽制程度はできるが非常に傲慢で暴力的、とんでもない組織があったものだな。この腐った国にはおあつらえ向きとも言えるがな」

 

 マサムネは重たい腰を石段から上げると帝都警備隊の詰所の方向へと足を運ぶ。

 だがそれは今はオーガを殺す為ではない、とりあえずは彼の素行を見てそこから先日のメルツの様な反吐が出る蛮行を行なっているのかを確かめる為。少なくともオーガの四肢の骨を粉砕する事はマサムネの中で決定しているが現状ではロイを大きく成長させた一因となっていて、また表面上は帝都の治安維持に貢献はしていたため殺す気までは起きなかった。

 しばらく歩き続け詰所の近くの建物の影を通るとマサムネの姿はクロノスへと変身を済ませた。

 そして、入り口付近で見知った顔の警備隊が声をかけてくる。

 

「あっ、仮面ライダーさん!お疲れ様です!」

 

 マサムネとしても仮面ライダークロノスとしても、どちらの顔とも面識を持つ少女セリュー・ユビキタスは綺麗な姿勢の敬礼をしてマサムネを出迎える。尤も彼女は、正確には誰もが仮面ライダーがマサムネであると言う事は知る由も無いのだが。

 

「どうもこんにちは、先日受け取れなかった懸賞金を受け取りに来たのだが?」

 

「ああ、あの時のやつですね。用意できていますので少々お待ち下さい!

コロ、ちょっと行ってくるから少しお願いね!」

 

 そう告げると、彼女はパタパタと足音を立てて詰所の中へと走って行った。

 用意しているなどと言ってはいたが、実は今まで懸賞金を満額受け取った事など一度も無かった。誰かは知らないがおそらく中抜きしているのだろう。こういった事もありマサムネ自身、警備隊の人間に嫌悪感を持ち悪い印象を覚えざるを得ないのは必定だろう。

 

「おい、そこの怪しい奴。なんだその格好は?」

 

 足元にいる小型の犬の様な生物を眺めていたマサムネの後方から何やら声が聞こえると同時に誰かに肩口を掴まれる。

 振り返るとそこには一般の警備隊員とは違い厳格な印象を持たせる制服に身を包み、後ろ髪を少し伸ばして四本に纏めた隻眼で酷い凶相の大男が太い腕を伸ばしてマサムネの肩を掴んでいる。どうやら腕に力を入れていたようだが、マサムネの身体はピクリとも男の腕力では動く事は無かった。

 対面した事こそ今までなかったが、聞き及んでいる噂と目の当たりにした風貌から目の前の男の正体をマサムネは察する。

 

「私の一張羅になにか、お気に召さない事でもあるのでしょうか。帝都警備隊隊長オーガ殿?」

 

「ったりめーだ。そんな被り物着けてる奴なんて手配書に描かれた顔を持ってる奴に決まってんだろ。調べるから取れ!」

 

 警備隊長オーガはマサムネの肩から手を離して腕を組み尊大な態度で言い放つ。言い分は帝都警備隊という職業の人間としては尤もで、普通なら隊長自ら不審者に声をかけて職務を全うしていて立派な人物だと思われるだろうが、その顔は醜く歪んだ笑みを浮かべている。おそらくだが、帝都の力を持つ腐った人間の例に漏れず他人を甚振る事を喜びとしているのであろう。マサムネに尋問、その後に虐げる事で日頃のストレスを発散させようとしているのが丸わかりである。

 さて、どんな適当な言い訳をしようかとマサムネが考えているとすぐに機会はやってきた。

 

「お待たせしました仮面ライダーさん。あれ隊長、どうされたのですか?」

 

「ああセリューか。なぁに、この怪しい奴に今から尋問をしてやろうと」

 

「隊長、仮面ライダーさんは怪しい人なんかじゃ無いですよ!

この間の一家を惨殺した賊を捕まえて来てくれたのはこの人なんですよ!」

 

 マサムネにとっては思わぬ助け舟である。二人の仲が相当近いものなのかセリューがオーガへと敬語を使いつつも親しく反論をする事は思わぬ良い誤算であった。

 

「ほう、コイツがねぇ……あんまり強そうには見えねぇけどな」

 

「護身術程度ですが腕に覚えはあるものでして、それに警備隊の方に協力をするのは国民の義務でしょう?」

 

「確かにそいつは良い心がけだが、その被り物で素顔が隠れている以上お前の身元は分からないわけだ。もしかしたら手配されている顔が出てくるかもしれねーしなぁ?」

 

「えっ……まさか仮面ライダーさんも……悪……?」

 

 マサムネは先程良い誤算だと思った事を心中で撤回する。この少女はまるで自分の意思よりもオーガの意思が絶対であるかのように一転してマサムネに対して懐疑の目を向けてきたのだ。

 このままでは自分の状況が悪くなるだけだと思い、とりあえずこの場を打開しようと口を開いた。

 

「家の仕来りによって私は親以外の者に素顔を見られるとその者を愛するか殺すかしなければならない。故に素顔が晒せないのですが……それがお好みでしょうか?

それはそうと、彼方の方で何やら道に迷った人が困っていた様子でしたが」

 

 マサムネは適当に思いついた言い訳を述べて明後日の方向を指差した。

 するとセリューは目の色が変わって指先の方を見つめた。

 

「困ってる人がおいでなのですね。隊長、私はその方のお手伝いをしてきます!

はい、仮面ライダーさん、コレが先日の報奨金です!

それから、私は貴方が悪ではないと信じたいです……裏切らないでくださいね」

 

 セリューはマサムネに貨幣の入った小さめの皮袋を手渡すと奇妙な生物が繋がれたリードを引っ張って駆けて行く。

 彼女の姿が見えなくなったところでマサムネは一つ咳払いをしてオーガの方へと向き直る。

 

「と、言う訳ですので納得していただけたでしょうかオーガ殿?

ところでコチラは貴方の落し物ではないですかな?」

 

 マサムネはセリューから受け取ったばかりの皮袋をオーガへと差し出す。すると、オーガも意図を理解したのか、周囲を見回して人気が無い事を確認すると皮袋を手に取り懐へとしまい込んだ。

 

「ん、ああ。確かにコイツは俺の落とした物だな。

まあ、そういう理由じゃ仕方ないわな、セリュー(アイツ)にもお前は問題ない奴だって言っておいてやるよ。

見逃してやるから変な事だけはすんなよ!

さて、コレで午後の仕事が終われば非番だ、夜からはゆっくりと飲ませてもらうか」

 

 オーガは踵を返して詰所の方へと歩いて行った。

 マサムネは腕を組んでその後ろ姿を見届けると、一般市民から賄賂を受け取るオーガの腐りきった人間性と態度に呆れつつ。今晩、彼が酒場で飲んだ後に裁きを下そうと決心をする。

 

「まあ、一応仕事はこなしているようだ。予定通り骨を折るだけに留めておこう。金はその時にでも回収すれば良い、使い切っていたとしたらその時は彼の見舞金という事にしておいてやろう」

 

 結論として蛮行は行っているが、自分の教え子に怪我は無く、親しい先輩も生きてはいる。心に傷を負わせたが同時に成長させるきっかけとなり、鬼のオーガの異名も商品価値があるために今回はそのようにマサムネは判断した。

 オーガの品定めという用を終えたマサムネは、クロノスの機能でオーガの生体反応を記録し、変身時はいつでも追跡出来るようにすると詰所を去り、メインストリートへと出て人混みの中へと消え行った。

 

 

 

 夕刻過ぎ、一度帰宅してからずっと行っていた次の日の勉強会の準備を終えたマサムネは大きく背筋を伸ばすと椅子から立ち上がる。そして食事の準備をするためにキッチンへと向かおうとしたその時家のドアを激しく叩く音が聴こえてきた。

 

「せんせぇー!あたし、サリアです!

居たら開けてくださーい!」

 

 聞き覚えのある声が切迫した様子で正直に名乗ってくれたため、マサムネは急いで玄関へと向かって扉がサリアに強く当たらないようにゆっくりと開いた。

 扉の先では編まれた買い物カゴを手に持ったサリアが肩で息をして立っていて、マサムネの存在に気がつくと頭を下げた。

 

「一体どうしたのだサリア君?」

 

「せんせぇ……えっと、その、とりあえず来てください!大変なんです!ごめんなさい!」

 

 言い終えると同時にサリアはマサムネの手を掴んで引っ張った。少女の尋常ではない剣幕に押されて用件も聞けずにマサムネは手を引かれるままつられて走り出す。

 途中家の鍵を締めてはいない事に途中で気がつくが、どうせ取られても困る物も無いと諦めてしばらく走ると、建物の影にボロボロのマントを羽織った1人の大人が蹲っていて、1人の子供が心配そうに肩に手を置いて声をかけている様子が見えてきた。

 

「あっ、おーい!先生!この女の人具合が悪そうでさっきから動かないんだ!」

 

 昼間とは違って道着姿のロイがマサムネとサリアの存在に気がついて手を振るう。

 近くに寄ったマサムネは確かに蹲っていた大人が女性である事を認識して、被っていたフードを上げるとボサボサの髪と少しの数の赤い発疹と荒れた肌を持っていたが、それでも充分綺麗である女性の顔が露わになる。マサムネは呻くような声を出している女性の肩を数回叩いて声をかけた。

 

「大丈夫ですか!しっかりしてください!

……この人は最初からここに居たのかい?」

 

「うっうん、今日は道場も人少なくて組手出来なかったから走り込んでたらさっきこの人見つけて……オレも声をかけてたんだけど気付かせられなくてさ。それでサリアが通りかかったから誰か呼んできてくれって頼んだんだ!」

 

「ここからだと、せんせぇのお家が近いから来てもらったんだ……せんせぇ!このお姉ちゃん大丈夫かな!?」

 

  マサムネが来るまでの間心配していたロイと、道中も気が気でなかった筈のサリアの祈りが通じたのか、女性の瞼がピクピクと動き、やがて開いた。

 だが、その瞳は全てに絶望した様に黒く濁っていた。

 

「あれ……此処は……私……眠って……ゴホっゴホっ!」

 

 目を覚ました女性が自分の状況を確認するかの様に言葉を発すると、同時に咳き込み始めて慌てて口を塞いだ。

 

「お姉ちゃん、大丈夫……?」

 

「……来ないで!!……ゴホっ……!!」

 

 心配そうに手を伸ばすサリアに対して女性は叫ぶ様に言い放ち、3人の元から咳き込みながらも離れてしまった。

 

「なんだよアンタ!オレ達心配して……!」

 

「ロイ君、サリア君、ここは私に任せて君達は帰りなさい!

もう遅くなる上にロイ君は鍛錬の途中で、見たところサリア君はお手伝いの途中ではないのか?」

 

 女性の強い言葉と態度にロイを諭す様にマサムネは言うとサリアは手に持っていた買い物カゴを見て思い出したのかハッとした顔になって少し困った様な表情に変わる。

 

「えっと、でも……せんせぇ……」

 

「大丈夫だ、それとも私は頼りにならないかい?」

 

「行こうサリア、オレ達みたいな子供じゃ何も出来ないんだ……だから先生、お願い」

 

 マサムネの言葉で少し溜飲を下げたロイは何も出来なかった自分に歯がゆさを覚えつつ、サリアの手を引いて歩き出した。

 困り顔のままではあったが、マサムネに一任する事に納得をしたサリアは一度頭を下げてロイに引かれて連れて行かれてしまった。

 

「さて家まで送りましょう、乗ってください」

 

 子供達が居なくなってマサムネは女性の近くまで寄ると、背を向けてしゃがみ込みおぶさる様に促すが、女性は首を横に振った。

 

「……放っておいてください……私なんてもう……どうなったって構わないんです……」

 

 動こうとしない女性を見て、マサムネは一つ溜息を吐くと業を煮やして女性を無理矢理抱え上げて足を進めた。

 

「とりあえず、私の家まで連れて行こう。体力が回復するまで居るといい、此処で震えているよりはマシだろう」

 

「そんな……やめてください……離れてっ……私の身体はっ……!」

 

「……病。デリカシーに欠けてすまないが、それも性病に侵されているんじゃないか?

その発疹と、咳き込んだ時に子供達や私から離れた事で確信を持ったんだ」

 

「なら……尚更私から離れてください!」

 

「大体の性病はそういった行為を行わない限り感染の可能性は低い。それに個人的な体質の問題で病に強いんだ、気にしないでいい」

 

 女性の言葉を軽く流しながらマサムネは歩を進め続ける。いい加減女性の方が根負けしたのか、項垂れて身体を預けてフードを再び被った。

 

「何故……ここまでしてくれるんですか?」

 

「教え子とに任された事だ。それに、偽善であろうともそうすべきだと、私が思ったからだ」

 

 それを境に2人の間に会話は無くなり、やがてマサムネの家までたどり着いた。

 家の中へ入ると、マサムネは女性を椅子へと座らせる。自分が食事をしようとしていた事を思い出して女性に飲み物を出して手早く簡単な料理を用意して2人で食べた。

 腹も膨れたせいか、女性の悲壮で険しかった顔も少し軟化するが、絶望した目だけは微塵も変わる事は無い。

 

「ご馳走さまでした……なんだか、久し振りに人の温かさに触れられた気がします……すいません、私が口をつけた食器は処分してください」

 

「貴女がそれを心配する必要は無い。

……力にはなれない可能性が高いが、何があったのか言ってみたらどうだろう。少しは楽になるかもしれない」

 

 すると女性は目に涙を浮かべ、やがてそれを流しながらポツリポツリと語り始める。

 帝都警備隊隊長のオーガが悪い噂の絶えない油屋のガマルから大量の賄賂を受け取っていて、ガマルが悪事を行う度に無実の人が身代わりとして罪をでっち上げられて何人も死罪になっている事。

 そして自分の婚約者も濡れ衣を着せられて死罪となってしまった事。

 死罪になった人間が打ち捨てられる死体置き場に行って婚約者の死体を自分で運んでお墓を作った事。

 抜け殻の様に過ごしていた数日後に婚約者からの手紙が届き、彼がオーガとガマルの密談を聞いて悪事を知らされて身代わりとして死んだ事。

 

「……あの人の手紙の最後には……私に幸せになってくれって書かれていました。

……私にはあの人のいない日々に幸せなんて無いんです……あの人が……何も悪くないあの人が殺されてオーガとガマルが何食わぬ顔で生きてる事実が許せなかった!

……でも私には何も出来ない……だから、ナイトレイドに依頼をする事にしたんです……そのためのお金を稼ぐために、私が唯一売れるもの……身体を売り続けてお金を貯めました……それで、いつ自分がおかしくなるか……死んでしまうかも分からない性病を患ってしまったんです……」

 

 涙ながらに語る女性にマサムネはタオルを差し出してそっと肩に手を置いた。

 

「依頼は承っていただけたのか?

そのガマルという男はどうか知らないがオーガはまだ……」

 

「数日前に……でももしかしたら騙されてナイトレイドの偽物に騙し取られてしまったんじゃないかって……そう考えるともう、何もかもがどうでも良くなってしまって……ううっ……」

 

 そう言って女性はタオルで顔を押さえて机に沈んでしまう。マサムネは声のかけ方もわからずにただただ肩に手を置いていただけだった。

 やがて女性は泣き止むと、目をゴシゴシと擦って目を瞑ったまま笑顔を作りマサムネの方へと向ける。元々美形のためかその作られた、引きつった表情のマサムネは儚さと美しさに心を動かされる。

 

「ごめんなさい……こんな事を話されても迷惑ですよね……忘れてください。

……本当にありがとうございました。ここまでして頂いて何もお返しできないのが心苦しいです」

 

「いや、私の方こそすまない。何も出来ない分際で辛い事を話させてしまって……ロイ君は、教え子は子供だから何もできないと言っていたが、大人なのに何も出来ない私は所詮偽善者の愚か者だ」

 

「そんな事ありませんよ……貴方とあの子達はこんな私の心に潤いと、温もりを与えてくれた。

偽善者なんかじゃありません、汚れきった私にはとてもとても、眩しい人達です」

 

 それでは失礼します。と女性は立ち上がって玄関へと向かう。マサムネはその後を追い、夜は危ないと家まで送る事を提案して女性はそれを受け入れた。

 女性の家までは然程距離は無くすぐに着いてしまったがその間、マサムネは彼女についにかけられる声が見つからなかった。

 

「ありがとうございました……」

 

「本当にすまない。私に出来る事は何も……」

 

「貴方は、そう自分を卑下しないでください……あの子達の先生なんですよね?

貴方が私にしてくれた事は恥じる事なんですか?

充分、貴方とあの子達は私の干からびた心を生き返らせてくれたのに……最後に人の暖かさに触れられて良かったです。ロイくんと、サリアちゃんでしたね……あの子達にもありがとうと伝えてください。

……ありがとうございました……さようなら、もう会う事もないでしょう……そんな顔しないでください……オーガが死ぬまでは大丈夫ですから……」

 

 彼女はそう言って家の中へと入って行った。

 マサムネは自ら死へと向かう女性を止められない己の無力さに打ちのめされた。

 ならば、せめてもの彼女の手向けとするためにとオーガへと下した裁きを変える事に決めた。オーガを殺す事で彼女の死をマサムネが早める結果になっても、その業は自分が背負うと決心して。

 帝都の闇の中、マサムネは1人帝都警備隊詰所の方へと足を進める。

 

「帝都警備隊隊長オーガ、これから君への判決を下しに行く。変身」

 

 

 

 帝都のメインストリートの路地裏から1人の男が飛び出してくる。隻眼に凶相の男、帝都警備隊隊長オーガ本人である。だが両手を失って無様に走るその様には威厳のカケラも感じられない。

 先程、相対した少年剣士の不意打ちを受け、一度斬られたがその後反撃をし、相手と迫合いに持ち込み体格で勝る自分が有利な状況を作り出したのも束の間、両腕を切断されてしまったのだ。そして咄嗟に斬られた腕を振って少年の目を血で塞ぎ命からがら逃げて来たと言ったところだ。

 

「ハァ……ハァ……クソっなんであんなクソガキに……こうなりゃ形振り構ってられねぇ!

オイ!誰かいねぇの」

 

「おや、誰かと思えば警備隊隊長のオーガ殿じゃあないか。そのユニークな姿は一体どうしたんだ?」

 

 オーガの言葉を遮って目の前にクロノスへと変身したマサムネが現れた。

 

「お、お前は丁度いい!ハァ……ナイトレイドが現れた、俺は……ハァ……応援を連れてくるからそれまで身を呈して食い止めやがれ!ガキだからって侮るんじゃねぇぞ!」

 

「ほう、それは大変だな。

……しかし、鬼のオーガが子供に敗れて両腕も失う、もうその腕の立つ剣も振るえないということか……最後の商品価値も失った訳だ」

 

「何をゴチャゴチャ行ってやがる……お前は黙って俺の弾避けになりゃあ良いんだよ!」

 

「君にはもはや商品価値が無い。

周りの人間の劣化を促す粗悪品に成り下がった。

審判の時だ、鬼のオーガ、君は絶版だ」

 

 マサムネは冷たく言い放つとクロノスの黒い拳をオーガの両肩へと打ち込んで骨を砕き、続けて緑色の足で両足を蹴り本来なら曲がらない方向へと足を曲げる。そして最後に後ろ回し蹴りで踵を胸へと打ち込んだ。

 これら全て力を抜いた攻撃ではあるが、それでもオーガにとっては致命傷となりえる大ダメージを与える。

 元々腕を斬られていたため痛覚としてのダメージはそこまで与えられなかったが血を吐き、無い腕と動かない足でのたうち回ることしかできないオーガは言う。

 

「ガアァァォっ!てめぇ……何を……」

 

「これは返して貰おう、仮面ライダーは正義の味方だ。悪徳役人に賄賂を送る事は、無い」

 

 マサムネはオーガの首を掴んで持ち上げるとポケットに手を入れて、昼間の金の入った皮袋を取り返す。

 

「フザける……な……この国の……正義は……俺だ……!」

 

「正義とは決まった形を持たない。確かに君の存在もまた正義なのだろうが、私の正義とは違う。私にとっては貴様はただの悪だ。

それから、貴様への最後の審判を下すのは私では無い。彼の役割だ」

 

 そう言うとマサムネはオーガを掴んだまま路地裏の方へと歩き出す。何かオーガが喋ろうとすると手の力を強めてそれを許そうとはしなかった。

 すると路地裏の奥から剣を構えた服と眼の周りが赤い茶髪の少年が走って来た。その少年は幾日か前に、ある富豪に連れられて歩いていた少年、タツミである。

 その姿を見て、あの日彼等と共に去って行ったタツミ少年はナイトレイドに入ったのだと察した。

 

「なんだお前!ってそいつはオーガ!」

 

「君は……ナイトレイドに入ったようだな。だとすれば、このクズは依頼を受けた君が殺すべきだ」

 

 そう言ってマサムネは乱暴にオーガを放り投げる。オーガがうああと情け無い声を上げるのをよそに、タツミ少年の目が変わり、目にも留まらぬ速さで一閃、また一閃と連続でオーガを斬りつけて、骸は複数の形に分断された。

 

「ハァ……ハァ……アンタは一体?」

 

 剣を構えたまま警戒を解かずにタツミはクロノスへと問う。

 するとマサムネは手を叩きながら口を開いた。

 

「素晴らしい剣の腕だ。オーガは死に依頼人や彼に恨みを持つ者達も喜ぶだろう。

失礼名乗るのが遅れた、私は仮面ライダークロノス。君はタツミ君だね?」

 

「なっ、どうして俺の事を!?」

 

「……君の友、イエヤス君から聞いた特徴と合っていた上に、私は君を見かけた事があったからだ。

君はナイトレイドに入ったようだが、いつまでも此処にいる事はオススメしない。暗殺者たる者、任務を遂行したのなら直ぐに場を離れるべきだろう」

 

「なんでイエヤスを……そう言えばあいつ、仮面ライダーって……」

 

 タツミは驚愕の表情を浮かべるが、友の最期を看取った時に、彼の口から仮面ライダーの名が出た事を思い出した。

 

「ここまでにしておこう、いずれゆっくりと話は出来る。私の行った事が幾つかナイトレイドのせいになっているようだ。君のお仲間にそちらへとお詫びに伺うとよろしく言っておいてくれたまえ」

 

 そう言ってマサムネは大きく跳躍して一瞬のうちに帝都の夜空の中へと消え去って行った。

 その様を眺めている事しか出来なかったタツミはすぐに正気に戻り、苦い顔をして刀を収めると彼も帝都の闇夜の中へと姿を眩ませた。

 

 

 

 朝早くから帝都の街は警備隊隊長のオーガが殺された事の話題で持ちきりとなっていた。帝都の中心地、警備が厳重なメインストリートでの犯行からおそらく犯人はナイトレイドだろうと言われている。

 マサムネは目を覚まして直ぐに身支度を整えて、昨日の女性の家へと急行する。

 ドアをノックするが、返事は返って来ない。

 もう一度、行うも返事は無い。

 失礼を承知でドアノブを回すとドアが開いた。

 中では彼女がベッドで横になっている。一瞬だけマサムネが安堵するも、シーツが上下していない事に気がつく。

 恐る恐る近づくと、枕元には髑髏の描かれた瓶が転がっている。手を伸ばして彼女の頬へと触れると、それは生きている人間の体温ではなかった。

 

「……そうか……既に彼女の耳にも……」

 

 ふとテーブルの上を見ると、いくつか置いてある恐らく遺書であろう手紙が目に入った。そしてその内の一つに、スーツの先生とロイ君とサリアちゃんへと書かれた物があった。

 マサムネはその手紙を手に取ると、彼女と婚約者へと祈りを捧げて家から出た。

 今日も授業があるため、広場へと向かっている途中で彼女からの手紙を広げる。

 そこには、まず3人への謝罪が書かれていた。そして次にオーガが殺された事を知り、全てから解放されて婚約者に会いたい気持ちが抑えきれなくなってこんな事をしてしまった事。

 それでも向こうで婚約者に会えるから後悔は無い、最後に人の優しさに触れられたお陰でとても良い気分で旅立てる事。

 自分の事で気に病む事はしないでほしい事。

 そして最後に、マサムネに対してこの事を子供達に話すかは判断を委ねる事、自分の死体は気にかけてくれている友人がお墓に埋めてくれるはずになっているが、わがままな事だけれどしばらくして叶っていない時は自分を婚約者と同じ所へ埋めて欲しいといった事が綴られて、最後に墓の地図が書かれていた。

 

「あっ、せんせぇ!おはようございます!」

 

「先生!昨日の人、どうだった!?大丈夫なの?」

 

 マサムネは気がつくと勉強会の広場まで辿り着いてしまっていた。そして、サリアとロイが女性の事を執拗に聞いてくる。それほど心配であったのだろう。マサムネは何事も無いように手紙を鞄へとしまって答える。

 

「彼女は……旅に出たよ。そのための旅費を稼ぐために無理をして、旅立つ日の昨日、過労であの場所で気を失ってしまっていたようなんだ」

 

「へぇ、そうなんだ!じゃあ元気になったんだね!」

 

「なんだよまったく、人騒がせだなぁ!……でも良かったよ」

 

 2人は笑って笑顔を向け会う。2人とも親しい人物が傷つき、自らの心も同様だったのに。それでも人の心配が出来る、強い心の少年と少女だった。

 マサムネは真実を隠す事に決めた。二人の心が今よりもずっと強くなった時に話し、その時にどれだけ恨まれてもかまわないと胸に刻み込んで。


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