アカメが斬る〜IFルート クロノスがKILL〜   作:ヌラヌラ

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一年以上間が空いてしまい申し訳ありません。
稚拙な作品で更新頻度も非常に遅いですが今後も読んで頂ければ幸いです。


第7話〜獅子女とのmission〜

 

 人が行き交う帝都の広場にて授業を終えて、その後も残り勉学を教わるロイとサリア、そして教える側であるマサムネが石段に座って数式の書かれた紙を広げている。

 ロイは頭を捻っていて、サリアは答えがわかったのか、晴れた表情をしていた。

 

「なあ先生、ここの計算はどうやるんだ?」

 

「そこはだな……そうだ、サリア君。ロイ君の質問を答える事は出来るかな?」

 

 いくら悩んでも答えを見出せなかったロイはマサムネへと助け舟を求める。だがマサムネはサリアの様子をよく見ていたため、彼女にロイの疑問を答えさせる事にした。

 

「うん!えっとね、ここは今日せんせぇが教えてくれた数式を使えば分かるよ!」

 

 今年で10になるサリアは年齢に比べてどこか喋り方が幼いが、マサムネの教え子の中でも特に物覚えが良く早く知識を身に付け、また他の子に教える事も上手い子である。

 本来であれば彼女は居残りをする必要は無いのだが、今日は特に家の手伝いも無いとロイに付き添って残っていた。

 

「うーん……今日の数式……そっか!それでこう当てはめて行けば!」

 

 答えへと繋がる道が拓けたのかロイは時々止まることはありながらもペンを紙に走らせると、少しの時間を空けて導き出された物をマサムネへと見せつける。

 マサムネは紙を受け取り、描かれた式のその経過をみて最後の数字が自分が考えていたものと一致している事を確認する。

 

「うん、正解だ。良くやったな、ロイ君」

 

 優しい笑みでマサムネはロイの頭に手を乗せてそのまま撫で回す。ロイはくすぐったいと言いつつも悪い気はしていないようだ。

 その様子をサリアは頰を膨らませて不服そうに眺めていた。

 

「サリア君もありがとう、私の代わりに彼を導いてくれて」

 

 そう言ってマサムネは今度はサリアの頭に手を置いて撫で回した。

 するとサリアの顔は綻び、膨らんでいた頰は萎んで口角が上がり年相応の可愛らしい笑顔を浮かべた。

 

「先生!今日もありがとな!それじゃあ!」

 

「せんせぇ!また明日!」

 

「気を付けて帰りなさい。まだ昼間だから安全だと思うが、首切りザンクなる殺人鬼が夜中に出回っているらしい。ロイ君も稽古を程々にし、サリア君もお母さんのお手伝いで夜遅くまで出歩く事は無いようにした方が良い」

 

 マサムネの忠告に二人は元気に返事をして手を振りながらこの広場を後にした。前を見て歩かないと危ない、そう注意をしようとしたが彼女たちの微笑ましさに言葉に出すことが出来なかった。

 今日も無事に授業が終わり、去りゆく2人の笑顔が移ったのかマサムネの顔も綻び思わず笑みがこぼれる。

 

「へぇ、これは驚いた。アンタもそんな顔できるんだねぇ、ウチに来た時の態度からは想像出来なかったわ」

 

 マサムネが心地良い気分に浸っていたところで背後から水が差される。聴き覚えのある声に顔をしかめてそちらを向くと、そこには腕を組んで仁王立ちしているレオーネの姿があった。

 

「私も人間だ。人並み以上の喜怒哀楽はある」

 

「ふーん、っていうか帝都によく来てる私とマインはあんたの事を何回か見た事あったわ。随分な変人がいるもんだって2人で言い合ったっけな」

 

「それはよく言われるが、私も好きでやっている事だから気にはしていない。授業を見られていた事は気がつかなかったがね」

 

 マサムネは淡々と返すとカバンにロイの居残り授業で使用していた本とペンをしまい込み、家に帰ろうと石段から立ち上がる。

 レオーネはそのそっけない態度に唇を尖らせて機嫌が少し悪くなる。

 

「ホント、カタブツと言うかなんと言うか。アンタそんな堅苦しそうな話し方とかで疲れたりしないの?」

 

「……こういう性分だ、ほっといてくれないか。それよりも、今日は一体何の用だ?」

 

「あんまり大きな声では言えない話だよ。ちょっと耳貸してくれないか?」

 

 レオーネは声のトーンを一つ落とす。その真剣な表情にマサムネはナイトレイド絡みの事だと考えて身長差を埋めるために再び石段に腰を下ろす。

 レオーネはしゃがむと他人に口の動きが分からない様に手で覆いマサムネの耳元へと近づく。

 

「実はな……フーッ!」

 

 突如、マサムネの耳に吐息が流し込まれる。

 突然の事にマサムネは何が起きたのか分からず、不快に似た感覚を覚えて咄嗟にレオーネから離れると、身体が震えて鳥肌を立たせた。そこで漸く自分がレオーネのイタズラに引っかかったのだと理解をした。

 

「ハハハハッ!凄い身体がビクッてしてた!アハハハハ!!」

 

 余程マサムネの反応がツボに入ったのか、レオーネは腹を抱えて笑っている。まるで一流のコメディアンのショーでも見ているかの様な彼女の笑いっぷりにマサムネは苛立ちを覚えて顔を曇らせる。

 

「……先程も言ったが私にも喜怒哀楽はあるんだ。故に怒る事もあるという事は覚えておいた方がいい」

 

「プククっ、あんな反応しといてお説教とかウケる!」

 

 ナイトレイドのアジトへ乗り込んでから一週間が経過した。その際レオーネはマインと同じでマサムネの加入に不服だったのだが、誰にでも強気に当たり、コミュニケーションを取るまでに時間がかかるマインと違い、彼女は自分からマサムネにちょっかいを何度も出していた。そして、ちょっかいを出し続けてそれが今、僅かだが花開いて幾らかご満悦である。

 反面、改めてマサムネは心の底から彼女とは相性が悪いと思っていた。

 

「……用事が無いのであれば私は帰らせてもらう。明日の授業の準備もしなければならないのでな。アジトにはまた夜に顔を出そう」

 

「くくく、冗談が通じないなぁ。でも、仕事の事で話があるのは本当だ。ちょっとだけ顔を貸してもらえるかい?」

 

「……本当だろうな?もし、次も嘘であるならばただでさえ希少な君への信用は今後は無いものとなる」

 

「疑り深いね、でも本当に本当だ。付いて来てくれ、ここでは話せない内容だ」

 

 そう言ってレオーネは踵を返して歩みを進める。先ほどの事があってかやや警戒を強めてマサムネはカバンを持って立ち上がるとその後ろを歩いて行く。

 道中、何度かレオーネがマサムネに話しかけるがその反応は素っ気なく、無機質な物ばかりであった。そして暫く歩いてレオーネは足を止めた。目的地へとたどり着いたようだ。

 

「よし、着いた着いた!」

 

「ここは、ラバック君の店じゃないか」

 

 マサムネ自身も何度も足を運んだ貸本屋、支払いで近々訪れようとしていたのだがまさか彼女に連れてこられるとは思いもよらなかった事である。

 closeの札が掛けられてはいたが、御構い無しにレオーネは扉を開けて中に入ると付いて来いと手招きをした。それに従ってマサムネも後に続き店内に入ると扉を閉める。

 

「おっ、いらっしゃい。姐さんに、マサムネ……先生」

 

 カウンターに座っているエプロンを身につけた店主のラバックが二人を出迎える。間は空いてしまうものの、マサムネを呼ぶときに先生とつけてくれる程度には彼も心の整理をつけて態度が軟化していた。

 

「やあ、なにやら話があると彼女に連れてこられたんだ。事のついでだ、今週の支払いも済ませておきたい」

 

 そう言ってマサムネは鞄から財布を取り出して金貨を数枚カウンターに置いた。ラバックはそれを受け取ると、枚数と贋物でないかを確認すると鍵のかかった引き出しを開けてその中の布袋の中へとしまった。

 

「毎度あり。さて、お二人様ご案内っとね」

 

 そう言ってラバックはある棚の本の位置を並び替えて三冊ほどを纏めて奥に押し込んだ。

 するとその本棚が自動で横にスライドして、足元を照らす火の灯った燭台が両脇にある下りの階段が現れた。

 

「ほう、こんな仕掛けがこの店にあったのか」

 

「さあさあ、入った入った。壁に耳ありっていうだろ、話はこの中でしよう」

 

 そう言ってレオーネは先に階段を降りた。マサムネもそれに続き、最後に本棚を閉めたラバックが続く。

 降りた先には広い空間に大きなテーブルが置かれ、それを囲む様にソファが三つ置かれている。テーブルの上には氷で冷やされた酒瓶が置かれている。

 

「おっ、気が利いてるじゃんラバ!そういう所私は好きだぞ!」

 

 そう言ってレオーネは酒瓶の蓋を開けてグラスに中味を注ぐ。

 

「でしょう?だったら姐さん今度俺と」

 

「それは無理。

ングッ……かーっ!昼間から飲む酒は最高だなー!」

 

 ラバックの提案を聞くまでもないと切り捨てるとレオーネはグラスの酒を一気に飲み干した。こんな日のまだ高い時間から酒を飲む彼女にマサムネは冷ややかな目線を送るがどこ吹く風の様だ。

 

「それで、私がここに呼ばれた理由は何だ?」

 

「さっきも言っただろー、仕事の話だって」

 

「アンタ、昨日アジトに来なかったからな。

姐さんが先日裏を取ってくれたから今夜決行するってポスからの命令だ」

 

 そう言ってラバックは巾着袋を一つマサムネへと渡す。重量は重く、中はコインがぎっしりと詰められているようだ。

 

「私は別に金など貰わなくとも」

 

「いいや、ソイツは受け取っておくんだな」

 

 マサムネの言葉を遮り、ほろ酔い気分であったレオーネが声のトーンを落とし、普段の楽天家な顔がなりを潜めて真剣な顔を表した。

 

「その金は依頼者の怨みとか哀しみ、怒りと言った負の感情がこもってるんだ。だからそれを受け取ったからには、標的のクズ共を必ず殺す必要がある。

ま、その後でどう使おうかは勝手だから私にお酒をご馳走してくれてもいいんじゃないか〜」

 

 言い終えると同時に今度は真剣な顔がなりを潜め、楽天家のレオーネへと戻る。

 よくコロコロと表情が変わるものだと内心マサムネは思いながらも、確かに一理あると巾着袋を鞄へとしまった。

 

「それで、標的とやらは何処の誰で何をしでかしたんだ?」

 

「そう慌てるなって。依頼人は標的に親友を殺された男でその標的がコイツさ」

 

 ラバックは手に持っていた一枚の紙を机の上に置く。そこには趣味の悪い髭を生やした眼鏡の男の絵が描かれていた。

 

「帝都警備隊員のドッヒって男だ。先日タツミとアンタが殺ったオーガの右腕って呼ばれてた男で、アイツがでっち上げた濡れ衣の実行犯らしい。調書の書き換えや証拠隠滅をやってたそうだ。

加えて国の腐ったお偉いさん方とも繋がっていた真っ黒な奴さ。そのため特例でこいつは警備隊の宿舎に入らずに持ち家がある。

まあ、そのおかげで今回はオーガの時よりも仕事はやりやすいけどね」

 

「何故、オーガの時にこの男は殺さなかった?」

 

「簡単な話だ、その時は人が居なかった。私居たのはとアカメとタツミの三人だけ、そして私とアカメは別の標的を殺しに行っていた。

それと、その時は被害者の怒りはオーガに向いていてコイツの始末の依頼は来なかったからな」

 

 早くも酒を一瓶空にしたレオーネはゴロンとだらしなくソファに横になって答えた。

 

「それでオーガが死んでヤツのノウハウを知ってるこのドッヒって男が今は好き勝手してるって話だ。悪人から賄賂を貰ったり、無実の人を捕らえて自ら尋問と言う名の拷問したりとか……主にスラムの人間をな」

 

 最後、少し言い淀んでレオーネは寝返りをうってソファの内側を向いてマサムネに背を向けた。

 マサムネは机の上に似顔絵を手に取り、標的の顔を頭に入れると、ふとその顔に見覚えがある事を思い出した。

 

「この男、私もクロノスとして何度か相対しているな。やけに態度の大きい、庶民を見下したような物言いの男だったな。

それで、私は夜中にこいつを殺しに行けば良いのか?」

 

「そういう事。具体的な内容を説明するけど、今回アンタにはーー」

 

 

 

 

 

 月明かりに照らされる帝都の中心街からやや離れたとある大きな建物の屋根の上、二つの人影が暗い街並みを見下ろしている。

 二人に向かって吹いた強い一陣の風が髪とマントをそれぞれはためかせ、影も同じようにゆらゆらと揺れる。

 

「まさか、君とご一緒する事になるとは思わなかったな。他の皆は別の任務か?」

 

「そんなところ。ま、ボスの命令だからなー……足、引っ張んじゃねぇぞ」

 

 帝具、百獣王化ライオネルによって荒ぶる獣の力を得たレオーネは屈伸運動をしながらマサムネに言う。

 

「愚問だな。クロノスの力を身に宿した私なら、それはあり得ないだろう」

 

 仮面ライダークロニクルのガシャットとバグルドライバーⅡの力によって仮面ライダークロノスの力を得たマサムネは腕を組んだままレオーネの方に顔を向けて答える。

 

「それじゃあ行くか」

 

 そうレオーネが呟くと屋根を強く蹴って猛スピードで駆け出す。屋根を踏み抜かず、音も立てないあたり力の使い方も上手いようだ。

 ほんの数秒でレオーネの姿はとても小さく見えるほど離れてしまった。

 

「ほう」

 

 常人では凡そ出せぬ速さに思わず関心の声をあげるマサムネ。

 レオーネにしても、本気でマサムネを置いていくつもりであったのだろうが、そうは問屋が卸さない。

 彼もまた、帝具とは出どころが違うが常人ならざる力を手にしているのだから。

 

「私も続くとしようか」

 

 そうポツリと零したマサムネは腕組みを解き闇夜の中を跳ぶ。その凄まじい速さは文字通り風の如く、クロノスの能力で宙をもう一度蹴って跳躍すると瞬く間にレオーネに合流する。

 

「標的が住んでいるのは前方の一軒家だったか?」

 

「ちっ……もう追いつかれたか。そうだよ、そこで一人で暮らしている筈だ」

 

 高速での移動を続けながらマサムネは顎に手を当てて首を傾げる。

 

「それでは話が違うな、その建物からは出ている生体反応は二つだ」

 

「あぁん?っつーと知人でも泊まってんのかこんな時に……」

 

「それも違うだろう。反応はそれぞれ二階と思われる高さと地下から出ている。君は知人が訪ねて来たら地下で、それも衰弱するような状態で寝泊りをさせるのか?」

 

 その言葉を聞いて察しのついたレオーネの脚はは一層速くなる。無論、マサムネも仮面の下で苦い表情を浮かべている。

 そして時間を空けずに二人は家の前までたどり着く。

 ドッヒの家は警備隊の本部から少し離れた場所にある。もう幾日かすればそちらの方へと住居を移す予定だったらしい。それでも今の家は近くに民家はあり音を立てての侵入はすべきではないと判断し、レオーネは胸の谷間から針金を取り出して鍵穴に差し込み鍵を開けようと試みる。

 

「どこでそんな技術を?」

 

 率直に沸いた疑問をマサムネは投げかける。

 

「私はスラムの人間だからな〜これくらいの事は朝飯前だ。

しかし、悪い事してるだけあってコイツ中々良い家に住んでるなっと、開いたぞ」

 

 レオーネは顔をマサムネの方へ向けずに答えたと同時に解錠に成功した。

 そっと音を立てずにドアを開けると目の前には登りと下りの階段がある。

 

「見事なものだな」

 

 レオーネの技術に素直に感心の言葉を述べたマサムネはそのままドアを潜ると地下へと延びる階段の方に足を進めた。

 それを見たレオーネはマサムネの腕を掴んで制止して睨みつける。

 

「アンタ、何するつもりだ?」

 

 マサムネは足を止めレオーネの方へと向き直る。

 レオーネからしたらマサムネの顔は見えていないが、目を合わせた二人の間に険悪な空気が流れる。

 

「地下の人間の元へと。助かるのであれば助ける」

 

「ハンっ。良いか、私達は金を貰って標的を殺しに来たんだ。だからまずは殺しに行くべきだろう?」

 

「私は君達と手を組むときに自分の都合を優先させてもらうと取り決めた筈だ。君達のボスがそれを認めた。故に君が私を止める権利はないはずだが?」

 

 マサムネを鼻で笑いながらレオーネは手を離し、勝手にしろと吐き捨てて階段を上ろうとするが、今度はマサムネがレオーネを制止する。

 

「仮に、ドッヒとやらの指先一つで地下の人間を殺せる仕掛けがあるとしたらどうする?

私はどうとでもなるが、囚われている人間はそうではない。

少なくとも、帝具の一つにそのような効果を持つ物があるから可能性はゼロではない。

従って単独行動はすべきではないだろう、君にも救助を優先してもらう」

 

 自分勝手なマサムネの提案に明らかな敵意を向けるレオーネ。

 彼女は悪党を殺す事を楽しみにしている節がある。それが自身の憂さを晴らすためなのか、義侠心から来る物なのか、任務を遂行させるという責任感からなのかはわからないが、すぐにでもドッヒを殺しに行きたいのは確かであった。

 コップに注がれる水の如く憤りが溜まり、レオーネは拳を強く握り腕を引いたところでマサムネは指を一本立てて彼女の顔の前まで持って行く。

 

「だが君は納得できないだろうな、私達の任務はドッヒを殺す事だけなのだからな。

そこで提案だ、私の我儘に付き合う代わりに任務を終えた暁には君に酒を振る舞おうじゃないか」

 

「悪いな、私はボスに任務中に遊ぶなって釘を刺されているんだ。甘い言葉にも乗るなってな……ちっ!」

 

 一拍おいてレオーネは舌打ちをしてから拳を少し下げてマサムネの胸を軽く叩く。そして眉の内側を釣り上げてため息をついた。恐らく目の前の男は意思を曲げないだろうと判断する。

 

「はぁーっ、言質はとったからな!それからボスにも内緒だ!」

 

 レオーネはぶっきらぼうにマサムネに言い放つと先に階段を下りて行く。どうやら天秤にかけた結果タダ酒を乗せた皿が重かったようだ。

 交渉が上手くいき、内心ほくそ笑み、マサムネはその後に続いて階段を下りる。

 

「なぁ、なんでアンタは私に酒を奢る約束をしてまで見ず知らずの奴を助けようとするんだ?」

 

 階段を下りながら顔を向けずにレオーネは聞く。

 

「そのような性分、では納得してもらえないだろうな。私は後悔をしたくないだけだ。

仮に私が手を出さなかったから誰かが死んでしまった。もしも目の前で助けを求める人の手を払いのけてしまいその人が死んだ、又は因果が巡り私ではない他の誰かが傷ついてしまったら……そう考えてしまうと、やれる事はやるべきだと思う」

 

 聞いておきながらレオーネはふぅん、と素っ気なく返していたら地下室の扉の前へとたどり着いた。

 レオーネが扉に手を掛けるとどうやら鍵はかかっていないようだ。

 二人は顔を見合わせるとレオーネは扉を開き、マサムネはベルトのA、Bと書かれたボタンに手を当てる。

 特に何かが起きる事も無く、埃っぽい室内から苦しそうな掠れた呼吸音が聴こえてくるだけであった。

 地下の灯もない一室に向かってクロノスの目が光を放つと部屋の全容が明らかになる。

 一見すると所狭しと物が乱雑に置かれているただの地下にある物置だった。

 

「……本当に、この国の役人は度し難い人間が多いな」

 

 奥の壁に打ち付けられた鎖に手を繋がれ、ボロボロの服を羽織り、服の切れ目から身体中に走る痣や切り傷が目立つ女性が力無く床に座っている事を除けば。

 女性を繋ぐ鎖は手枷と言ったものに繋がっているのでは無く、先端は手首に埋め込まれていた。痛々しい焼け爛れた手首が無理矢理身体に穴を空けて繋がれたのであろう事を物語っている。

 直ぐにでも助けようとマサムネは部屋の中に入ろうとしたが、隣にいるレオーネは咄嗟に扉の陰に隠れて拳を強く握り小刻みに震えている事に気がつく。

 

「……まさか知り合いだったのか?」

 

 レオーネは無言で頷く。殺し屋としての顔を隠している以上、マサムネのように記憶を改竄する能力を持たない彼女はどれほど憤慨しようとも知人の前で声を上げるわけにはいかなかった。

 マサムネは仮面の下で悲痛な表情を浮かべているが一つ違和感を覚える。

 部屋に光が差し込み自身を照らしたにも関わらず囚われた女性からはなにも反応がなかった。

 呼吸はしていて弱々しいが生体反応も確認できる。生きてはいるが気を失っているようだ。

 

「どうやら気絶しているらしい」

 

「……そうみたいだな」

 

 そっと中を覗いて確認すると、レオーネも部屋の入り口に立って改めて弱っている彼女を見て歯を食い縛る。

 

「……アンタなら助けられるか?」

 

「意外と冷静だな、もっと激しく怒ると思っていたが」

 

「……っ!!いいから答えろっ!アイツをなんとかできんのかっ!?」

 

 レオーネはマサムネの首元に掴みかかり怒声を浴びせる。同じ建物にいる標的に気付かれないように、目の前の囚われた知人に自分の正体を知られないようにと大きな声を出さなかったがマサムネの態度が地雷を踏んでしまったようだ。

 

「失礼、私の無神経が過ぎたな……まあ手はある。君の協力が必要だがな。

私が一瞬で彼女の鎖を手から引き離すと同時に回復のエナジーアイテムを使い傷を塞いでこちらへと連れてくる。

傷は治るだろうが、一瞬の痛みは残る。そこで君にはパニックで暴れるであろう彼女の口と体を押さえていてほしい。クロノスの力で押さえては傷を付けてしまうかもしれないし、ドッヒに気付かれないためにもな。

そして数秒経過したところで睡眠のエナジーアイテムを使って彼女を眠らせる」

 

「傷を治して直ぐに眠らせる事は出来ないのか?」

 

「おそらく可能だろうな。

だが、試した事がない。もしかしたら彼女の身体に負荷がかかるかもしれない。

過去に一般人に数秒おきに複数エナジーアイテムを使用した事はあるから問題はない」

 

「……わかった。やってくれ」

 

 レオーネは両手を広げて女性を受け止める準備をする。

 その様子を見たマサムネはレオーネに頷くと、女性の方を見据えてベルトのA、Bボタンに手をかけて押し込む。

 

『ポーズ』

 

 無機質な音声がベルトから発せられた。

 

『回復!』

 

 それとほぼ同時、瞬きの一瞬にも満たない時間で先日プラートに施されたエナジーアイテムの音声と同じ物がレオーネの耳に届く。

 そしてそれを認識した時には例のエナジーアイテムが収められたケースを片手に持ち、知人の女性を抱えたマサムネが立っていた。

 咄嗟にレオーネは女性を抱きしめて口と、自分の正体を知られない為にも目を押さえた。マサムネの言った通りに彼女はレオーネの腕の中で暴れ、只々雄叫びのような叫び声を口から吐き出すが、それをレオーネは必死に押さえ込んだ。

 押さえている手を何度も噛まれたが、レオーネは顔をしかめて耐え続ける。

 

『睡眠!』

 

 エナジーアイテムが発動された音声が発せられて、レオーネの腕の中の女性はやがて健やかな寝息を立て始めた。無抵抗となった彼女をレオーネはそっと床に寝かせた。

 

「手の方は、大丈夫か?」

 

 噛まれていた事に気付いていたのか、マサムネはレオーネの事を気遣う。

 レオーネは何ともないと言わんばかりに掌を見せて、マサムネは頷いた。

 

「ならば行くとしようか、標的のドッヒはまだ上の自室にいるようだ。呑気に侵入者を始末したものだとでも思っているのだろう」

 

 そう言うとマサムネは階段を上っていく。

 レオーネは再び部屋の中に目をやる。

 気が付けば先ほどまで鎖で繋がれていたその場所は、床を突き破り槍のような物が何本も生えていた。

 

 

 

 

 

 

 

 ドッヒ暗殺の任務から数日が経過した。

 帝具持ちと仮面ライダーの前には汚い権力者との繋がりのある程度の、それも個人の武力はオーガに大きく劣る男では、太刀打ちなど出来るはずもなくあっさりと物言わぬ骸と成り果てた。

 警備隊の現場のトップクラスの人間が短期間のうちに立て続けに死んだというのに、今回はあまり民が騒ぐ事はなかった。オーガに比べるとドッヒの知名度は大きく劣るから当然の事なのかもしれないが。

 野心はあったが無残に殺された、しかし誰にも悲しまれずに話題にもされない。因果応報、所詮ただの小悪党の最期などそんなものだろう。

 

 そして例の約束を果たすべく、レオーネとマサムネはとある帝都の酒場で相対して席に座り、ジョッキに注がれた酒を口から流し込んだ。

 

「ぷはーっ!人の金で飲む酒はまた格別に美味いなぁ!!」

 

 近くを通る店員にさらに追加の注文をする様子を冷やかな目で見ながらマサムネは自分の目の前のジョッキに口をつける。そして、レオーネが作り出したテーブルが埋まるほどの空のジョッキの光景を見て溜息が漏れる。

 

「まあその、結局君の言った通りに私の分け前は君の酒代へと変わってしまったわけだな」

 

「んー?まあいいじゃん。それ以外の、仕事の事では大体アンタの思い通りになったんだからさぁ!

でも地下の仕掛けが帝具だなんてのはやっぱり考え過ぎだったな。あの家は結局ただのからくり屋敷だったじゃないか!

まあ、アイツが助かった事に礼は言わせてもらうよ」

 

 地下の事を小声で話して感謝の意を述べると、レオーネは新しく運ばれてきたジョッキを手に取り、中の酒をマサムネにも聞こえそうなくらい喉を鳴らして飲み込む。

 

「随分と豪快な飲み方だな……」

 

 女性らしくない、品がないと言う意味を込めてマサムネは言うものの、当の本人は何処吹く風のようでジョッキを持つ手が両手に変わっていた。

 自分が飲んでいた酒を飲み干して、マサムネは口を開く。

 

「ところで、彼女のその後の容態は?」

 

 レオーネが静かにジョッキを下ろしてマサムネの目を見る。少しの間、二人は真剣な目をしていたがやがてレオーネの目元が緩んだ。

 

「もう、すっかり元気だよ。ただ、ちょっと記憶障害になってるらしい。監禁される所からの記憶が無くなってるみたいだ。

まあ、そのおかげでアンタから預かったコイツを使わなくて済んだな」

 

 そう言ってレオーネは胸の間から半分に割れた混乱のエナジーアイテムを取り出す。

 もしも、囚われていた彼女が意識を取り戻した際に恐怖で錯乱した時の為にとマサムネがレオーネに渡していた物だった。

 

「それは私に返すんだな」

 

「ほぉう?私が今胸から取り出してその温もりがある物を受け取って先生様は一体どうするつもりなんだ?」

 

 ケラケラと笑いながら言うレオーネに再び深い溜息をつく。どうもしない、後でちゃんと返せと付け加えてマサムネは目の前のジョッキの一つに視線を落とした。

 

「だが、良いのか悪いのかはわからないな……彼女がつけられた傷は治したが、受けた苦痛を無かった事にしたわけではない」

 

 マサムネの眉間に皺が寄り、どこか悲しそうな表情になる。

 それを見たレオーネはすかさず冷たいグラスをマサムネの頬に当てる。

 

「……なんのつもりだ?」

 

「ありゃりゃ、今回は不意打ち失敗だ。

……アンタ、やっぱり物事を難しく考えすぎだ。少なくとも、アイツは今日笑ってた。彼氏と幸せにデートしてたしな!

支え合える相手がいて今幸せを感じられるならそれで良いんじゃないか?」

 

 飄々と言い放つレオーネの言葉に感化されたのか分からない。それでも少しマサムネの心に渦巻いていた物が和らいだ気はした。

 ほんの少し気を良くしたのか、マサムネは普段は嗜む程度しか酒は飲まないが次のジョッキに手をかけた。

 明日も授業はあるがいつもよりも飲みたい。目の前の酒をうまそうに煽る女の姿と言葉が自分をそんな気分にさせた。

 らしくないなと思いつつ、幾らか温度差はあるものの談笑をしながらそっと酒を口の中に流し込んだ。


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