プロローグ
それはいつもと変わらない、ある晴れた日の出来事だった。駅のホームは通勤の人々で溢れかえり、道路は働きアリのごとく奇麗に列を作った車で埋め尽くされた。しかし、その光景が『いつも』でいられたのは、この日が最後であった。
2016年11月3日、東京湾アクアラインの直上にて、原因不明の水蒸気爆発が発生した。そのわずか数時間後、海面から巨大な『尻尾』(ゴジラ第一形態)が出現(以後この生物の名称は『ゴジラ』とする)。『ゴジラ』は水蒸気を上げながら呑川を遡上、(当初は考えられなかったが)蒲田にて上陸し(この時点ではゴジラ第二形態)、品川方面へ進行した。
このとき、政府は戦後初の武力行使命令を自衛隊に下すが、ゴジラは直立歩行形態(ゴジラ第三形態)へとなり、攻撃の範囲内に国民の生存も確認されたため、戦闘は中止となった。その後ゴジラは方向を変更し京浜運河を経て東京湾へと再び姿を消した。
このとき、ゴジラは上陸から約二時間で死者・行方不明者100人以上の甚大な被害を出した。
政府はこの自体に対し、ゴジラの再上陸に備えるべく『巨大不明生物災害対策本部』(巨災対)を設置。各方面の専門家を召集し、『矢口プラン』(非公式)を進める。
同年11月7日、前回の上陸時よりも二倍近く大きくなったゴジラ(ゴジラ第四形態)が鎌倉に再上陸した。またしてもゴジラは東京都を目指すが、自衛隊の多摩川を最終防衛線とした『タバ作戦』によりゴジラの進行を一時停止する。しかしゴジラの強固な皮膚と自己修復機能には歯が立たず、都内への侵入を許してしまう。
大使館防衛のため、アメリカの『B_2爆撃機』がグアムを離陸したのはその後間もなくだった。
B_2爆撃機は地中貫通型爆弾『MOPⅡ』をゴジラに向け投下。爆弾は命中するも逆上したゴジラは背びれを発光させ、口と背びれ部分から火炎や光線を放射し、B_2爆撃機を三機すべて撃ち落とした。その後ゴジラは光線を都内に向けて乱射し、東京都を火の海に変え、体内の放射線を吐き出したところで活動を一時停止した。
このときの被害は甚大なものであり、総理大臣をふくむ閣僚11名の死亡も後日確認されている。
先の甚大な被害を受け、国連安保理は核兵器の使用を決定。しかし日本は『矢口プラン』によるゴジラの凍結を試みる。
核攻撃の期日が迫る中、日本は血液凝固剤によるゴジラの凍結を目標とした『ヤシオリ作戦』を決行した。ゴジラは背びれを発光させ光線によって無人機を撃墜していくが、体内の放射線を消耗し、光線を吐けなくなる。やがて周囲のビルを爆弾や対艦ミサイルなどによって倒壊させ、ゴジラの動きを止める。その間に民間の高圧ポンプ車がゴジラの口に直接血液凝固剤を流し込み、一度は抵抗するも規定値までの投与に成功。
ゴジラは最後の抵抗に東京駅にて咆哮を上げ、凍結した。
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