※シリアスに進みますが問題は抱えてます。
※桜満春夏に魅力を感じた人はこのまま匍匐前進で。
桜舞う季節。それは人生で新たなスタートを刻むに最も相応しい季節だろう。天王洲第一高校に無事、入学を果たした桜満集は流れ流されの平凡な生活を送る新一年生だ。同居人や義母とも関係は良好と思う。他人に迷惑を掛けずに生きて来たし、自分は比較的大人しい子供でわがままを言わないことには自信がある。集は少なくとも自分ではそう思っていた。
「集」
出された課題を片手間に処理していると、義母・桜満春夏から声が掛かった。振り返れば、春香と同居人兼幼馴染の霧崎音葉という男女比2:1のこの状況。音葉は名前からして女に間違われがちだが、外見も少し可愛らしいが、暦とした集と同じ高校一年男子生徒。そんな彼が春夏の隣にいるのは極普通の事だった。幼い頃からその光景を見ているし、仲睦まじいとは思う。しかし、最近は親密というか少し過度に春香が音葉に甘えるというらしからぬ光景を目にすることがある。もう一人の幼馴染には話しているが身内の恥のような、ただの話題のような、そんな気もするしただの愚痴と言えばそれまでだが。
「どうしたの?」
「ちょっと大事な話があって……」
「大事な話?」
珍しい。あまり訊かない単語だ。滅多にそんな話が家庭内で起こることはない。何だろうと首を傾げていると何故だか妙な気持ちになった。凄く嫌な予感というか、警鐘が頭の中で鳴り響くというか、言い表せない妙な感覚。
良い意味なのか悪い意味なのか、集の期待は義母の予想外の一言で裏切られる事になる。
「実はね……」
女性経験の浅く、薄い、集にとってその表情の意味はわからない。
どうして春夏が恋した乙女みたいな表情で恥じらっているのか。
疑問に思うだけで、結局答えに行き着いたのは、現実にその問題を突きつけられてからだった。
「私と音葉君はね、付き合ってるの」
「は?」と上手く声に出せれば良かったが、生憎と開いた口からは声は発せられなかった。集は言葉の意味を噛み砕いて呑み込んで流す事にした。そして、もう一度。
「えっと……えぇ?」
「男女間交際し・て・る・の」
やや駄々っ子のように宣言された言葉に集は困惑した。少し幼稚に可愛く振舞っている義母にどんな反応を返せと? 悩んだ末に二重で困惑してしまった後に、ズキリと頭痛が集を襲う。
–––痛い。
ズキッ。
–––イタすぎる。
ズキッ。
–––そもそもあれだ。その歳で可愛子ぶったって多少痛々しいだけで、後に消えない傷が残るだけだろ。
ズキッ。
–––何か忘れているような。
ズキズキッ。
–––なんだっけ?
ズキズキッ。
脳内を色褪せた記憶が駆け巡る。脳裏に蘇る光景の数々。
桜色の少女が微笑みながら、幸せそうに言うのだ。
–––私ね、音葉と結婚するの。
そう。姉だ。桜満真名。
なんで忘れていたのだろう。
大切な記憶なのに。大切な人なのに。
いろんなものを失ったクリスマスを。
僕は、忘却した–––。
集は失った記憶を思い出した。失っていた事を忘れていた。後悔をしていた事を忘れてしまっていた。
心にした蓋を取り外し、ようやく目の前の光景を理解する。
「あのさ、春夏」
「……う、うん」
「ちょっと隣のそいつ殴っていい?」
ダメよ。なんて言われても意見せざるを得ない。スノーホワイトの髪を撫でつけながら彼は何食わぬ顔で視線をソワソワと逸らしている。落ち着きがないのはいつもの事だが、許し難い事実が此処にある。
「なぁに、集?」
「うちの姉の次は春夏か! いったいどれだけうちの家族引っ掻き回したら気が済むんだよ!?」
「思い出したの集!?」
「最悪の形だったけどね! ってそれは今はいいんだよ!」
第一声がそれか。思わず集は地面を殴りたくなった。近所迷惑だから止めたが、さすがに声までは抑えられないのが現実だ。何処かで鬱憤を晴らさなければ気が済まなかった。
あぁ、本当に最悪だ。忘れていた自分もだが、よりにもよって義母からの秘密の告白で過去を思い出す事になるなんて。これを最悪と言わずして何と言おう。取り敢えず、行き場のない怒りを音葉に指を向ける事で軽減する。
「なんでよりによって春夏にいっちゃうかな? 学校ではモテてるのにおかしくない? というかおかしいでしょ!」
「お、落ち着いて集」
一度に大量の情報量を処理した集の脳はとっくに限界を迎えている。処理しきれていない半面、熱暴走を起こした頭は至って冷静だと本人は語るだろうが、無理がある。春夏の制止によってようやく落ち着きを取り戻した。思わず立ち上がった腰を落ち着けながらふぅと息を吐く。幸せが逃げると言うが、手遅れだ。
もう既に最終段階まで来ている彼に、事実は更なる追い討ちをかける。
「わ、私から迫ったの」
「そこは歳とか考えてよ!?」
「これでもまだ30手前なんだけど!」
「いや、でも、えぇ……?」
「春香さんは立派なレディだよ」
誰が可笑しいのか。僕なのだろうか。流れ流され歴の長い集にとってこの場は不利な立場にある。繰り返して来た思考がそれは可笑しくないものだと告げている、が。歳を踏み越えても義母という立場が脳を掠めた。同居人が同棲人に変わっていたとか洒落にならない。
「とにかく僕は認めないからね!」
❇︎
「はぁ~…………」
天王洲第一高校・1ー1。学校に逃げるように登校するなり机に突っ伏して盛大な溜息を吐く。家にいたら息詰まりそうでこうして早めにやって来たわけだが、ようやく冷静な思考を取り戻せた。自重しているつもりなのか知らないが春香は事あるごとに音葉にべったりで何度も心配そうに声を掛けてくるも集は課題をやっているから邪魔をしないで、と告げている。課題なんて無いわけだが、これも同じ高校一年の音葉には報告されているだろうから、実際そっとしておくという選択を取ったんだろうなと予想はつくけど。
「早いね、集」
突っ伏している集の頭越しに声が聞こえた。女性の声。幼馴染–––この前までは2人目のと思っていたが実際には3人目–––の祭が自分の机の横に立っていた。見上げる形で顔だけを上げた集は「なんだ祭か」と呟きながらも安心感を覚えていた。
少し幼い顔に高校生にしては大きな胸。自己主張はさることながらおさげの髪といつもの様子に母性のようなものを感じる。母親としてはこちらの方が上手のような、とは集の談だけではなく音葉も同意を示している。
もう一度、机に突っ伏して集は幼馴染に応えた。
「ちょっと色々あって……」
「落ち込んでるの?」
落ち込む、というか、へこむというか。
冷静になって考えてみれば別に悪いことではないのだ。小さな頃から育ててもらっていたし、迷惑や心配を掛けたことも少なからずはある。そうやって献身的に育ててもらったことに感謝はしているし、それが理由で恋も疎かにさせていたのは事実、一人で頑張らせ過ぎていた自覚もなくはない。
それにだ。ロストクリスマスを思い出した今、集にとって春夏と音葉は同じくして大切な人を失った悲しみをお互いの存在で癒しているように見える。傷の舐め合いといえば或いはそうなのかもしれないが、それでも心の拠り所となっているのは事実なのだから。
思えば、塞ぎ込んでいた時も、フォローしていたのは決まって音葉で自分は心配を掛けてばかりいた。そう考えると二人がくっつくのも仕方ないのかもしれない。
「春夏さんと何かあった?」
「えっ……!」
言い当てられて、思わず顔を上げるどころか姿勢を正してしまった。やっぱりと何かわかったような祭の表情に集は取り繕った笑みを向ける。幼馴染には敵わないなぁと思いながら、ははっと乾いた笑みを漏らした。
「春夏さんの秘密を知っちゃったとか」
「え、そんなのあるの?」
「まぁ、ね。……あ、わかった」
ずばり、と祭は腰に手を当ててずいっと集に顔を寄せて、
「春夏さんと音葉君が付き合っているのを知ったとか」
「えっ、な、なんで?」
知っているの。思わず口にしかけて閉じてしまった口をもう一度開けて、その様子を見た祭はふふっやったと問題が解けた子供のように喜ぶ。集にとっては喜べるべき問題とは言い難いが。今度こそ口にする。
「……なんで知ってるの?」
僕でさえ知らなかった事実を。家族なのに、隠していた事を他人に先に知られているのは少し不快だった。不本意だがそう感じた。集は困惑したまま祭の優しげな微笑みを見て、なんだか癒されるような気がした。
祭はうーんと唸りながら、記憶を手繰り寄せ、見た事実そのままを口にする。
「去年のクリスマスの後だったかな。二人が買い物してるの見たんだけど、その時にね、腕組んでたから。春夏さんも結構満更じゃない感じで自分からぐいぐい行ってたし」
「……確かに、見たことあるような気もするけど」
冷静に考えて。集が知らないだけでそういう兆候はあったのだ。ソファーや椅子に座るにしても必ず二人は隣になる。買い物も二人で行くことが多く集は誘われる度に断っていた。やたらと音葉の部屋から春夏が出てくる。仕事の鬱憤が溜まっているのか音葉に愚痴ったり甘える様子を見せている。等々。
気づく要素はあったのに集が目を逸らしていただけである。
「祭以外には?」
「颯太君も八尋君も知ってるよ」
「……知らなかったのって僕だけ?」
「みたいだね」
いや、でも、だって、家庭内でそんなことが起こってるってどうやったらその答えに辿り着くのだ? 想像すらもできなかったがなんとなく理解している自分に嫌気がさして、集は頭を抱えた。そりゃ幸せになって欲しいけど、何故よりによってこうなったのだ。それは一番自分がわかっていることも理解しているのだが。
「あの二人、いつからそんな関係なんだろう」
「去年のクリスマスだって。訊かなかったの?」
–––訊かなかったのではなく訊けなかった。とは、言えない。昨日からずっと避けているのは反抗期というかなんというか、そんな感じがして素直に言えなかった。ちょっとした意地が集にもある。祭にはバレバレだが。
「昨日はびっくりしちゃって……」
「そうだよねー。仮にも幼馴染が自分の義母と付き合っているなんて知ったら……あ、うん、動揺するよね」
同情した。心の底から集の心境を察した。
祭の脳内では自分の母親と集が付き合うという奇妙な妄想が繰り広げられて、顔を真っ赤にしながらぶんぶんと否定したのは乙女の複雑な心境なので余計な詮索は少し鈍感な集には思い至らなかった。
心此処に在らず、頭の中では沈静化したパニックに事実を突きつけられて逃げ場はもうない。
「おはよー」
疎らな教室に透き通るような美声が通った。中性的な(空気すらマイナスイオンに変換する女子寄り)声、中性的(むしろ美少女より)な顔とルックス、と美少女見間違う少年が教室に入ってくる。誰もが振り返り、挨拶をし、時には男子ですら近づくのを躊躇う程の彼は件の人物の一人である。
彼女と見間違う彼と言えば、教室に入るなり集の心中を察してか否かずんずんと目を逸らす集に近づく。ずいっと袋を差し出して少し不機嫌そうな顔だ。
「お弁当、忘れてるよ」
「……あ、ごめん」
客観的に見て、このやり取りが夫婦間のやり取りに見えなくもない。霧崎音葉が男子だと知らない者は皆、羨ましそうに集を睨んだ。–––後に性別は関係ないと語り出すアブノーマルが増える。これは、予言ではなく祭の経験則だ。中学時代はそういう音葉の魔性に引き寄せられる犠牲者が後を絶たなかった事実さえ、英雄譚として語られるほど、犠牲者は心酔していた。
女の子らしい仕草。きっとそれがとどめを刺しているのだと祭は指摘できない。しても意味がないからだ。
「一応、言っておくんだけど。あの人は独りで抱え込み過ぎた。この意味はわかるよね?」
「……わかってるよ。全部」
「だから、荷物を半分持つくらいのことはやるし、私はあの人に幸せになって欲しいからその為だけに行動する。もうこれ以上大切な人を悲しませるような真似はしたくない」
「じゃあ、音葉は好きな人ができたらどうするの? 本当の意味で好きな人に巡り合ったら」
「そこは春香さんもわかってるよ。……まぁ、どちらも手放すつもりはないけどね」
「いや、あのさ、せめて納得させようとかそんな気はないの? 何言いに来たの? 美少女面して何言ってんの?」
「因みに、春夏さんは私に他にも好きな人が出来たら嫉妬しちゃうってさ。可愛くない?」
「だからお前何言ってんの!?」
喧嘩を売りに来たのか。宣戦布告か。浮気宣告か。三つ目なら喜べるのだがそれはそれで複雑なところ、集もあるところでは義母を思いやっているのだ。ついでに義母がかなり本気な事も理解している。
そして、これがほんの序章に過ぎない事は今の集にとって予想できる筈もなかった。
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いい新年を迎えられましたね。