ギルガメッシュ   作:トラロック

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Ascendit a terra in coelum(地から天へ昇り), iterumque descendit in terram(再び地へと降り),
et recipit vim superiorum et inferiorum(優れたものと劣ったものの力を取り集めよ).


フールーダ・パラダイン編
位階魔法


 

 『帝国魔法学院』とは魔法を専門に教える機関であるが、ここに通う生徒の多くは魔法を使う能力の無い者の方が圧倒的に多い。

 中には目が出ずに卒業する者だって珍しくないほど。

 もちろん優秀であれば授業費などが無償化される。場合によれば報奨も出る。更に様々な知識を得れば就職にも有利になる。

 

 入学資格は帝国民であること。

 

 貴族、農民問わずに門戸を開くのは先々代の皇帝の意向があったからだ。

 一口に魔法と言っても火の玉を出すような攻撃ばかりではない。

 建築学。農業。医療などに応用が利き、とても汎用性が高いので国としても積極的に研究が進められている。

 しかし、残念な事に現時点で判明している魔法はごく一部。

 一般に知られている魔法よりも高位にあたるものが数多く存在し、それらの発見、または開発が生徒達の仕事となっている。

 より専門的に学ぶ為には帝国魔法省に行かなければならないけれど。

 とはいえ、多くの生徒は先のことより目先の利益を優先しがちだ。

 大半の生徒は貴族出身。(おも)に家の箔付けの為に来ているだけで能力を向上させようという意欲を持つ者は少ない。

 名家であれば取り巻きを何人も抱えて格下を睥睨する、なんてことがよくある。

 

「……周りが貴族ばかりだと勉強しに来たって気がしないな……」

 

 そういう意見に賛同するものは多いが、誰も口に出したりはしない。

 他の貴族に睨まれるのを避けている為だ。

 下民である少年『ジエット・テスタニア』十六歳にとってはどうということはない。

 生徒の中では片方の目を隠す眼帯で目立っているけれど、それ以外は平均以下。

 

        

 

 予鈴が鳴り、授業が始まる。

 最初は『生活魔法』と呼ばれる第零位階の説明から。

 この国――というか、この世界――には『位階魔法』と呼ばれる階級があり、現在知られているのは第五位階まで。もちろん、学院の中ではの話だ。

 噂などでは第七位階まであるとか、もっと上があるとか言われている。

 その中で比較的容易に覚えられているものは第一位階より下位に位置する――生活魔法と呼ばれる――第零位階魔法だ。零位階とはいえ行使するのは大変である。魔力消費は第一位階と同等なので。

 ジエットも使える魔法だが、習っただけですぐに使えるような事は無かったのだが、ある日突然に使えるようになった。

 人はそれを『才能』と言う。

 この学院では第三位階を扱う生徒を天才と呼んだりする。

 それほど上位の魔法を習得するのは難しい。

 長い髭をたくわえた教師が黒板に様々な数式のようなものを書いていく。

 魔法を理解する上で必要な要素がたくさんあり、それらを理解するのは本気で大変だ。

 位階魔法は四系統あり、更に細かい分類がされている。

 それと実際に魔法を使う時に必要となる音声。動作。物質要素。

 ただ闇雲に呪文を唱えて使えるものはない。

 習った全ての魔法を習得することも出来ない。

 人には自分に合った魔法しか取れないと言われており、それが通説であり、常識となっている。

 一度取った魔法は簡単に取り替えたりは出来ない。なので何を習得すれば良いのか決めることも大事だ。

 

        

 

 魔法を知るには実際に使っているところを見るのが一番解かり易い。

 名前の羅列だけではピンと来ない事もある。

 実際に見て、体験することで効果などを学ぶ事は基本であり大切な事だと分かっている。

 ジエットが知る中で最高の魔法は『飛行(フライ)』と『火球(ファイアボール)』だ。共に第三位階であり、物質要素を必要とする。

 火球(ファイアボール)なら蝙蝠の糞と硫黄。

 飛行(フライ)は羽根一枚。

 誰もが知っているかもしれない魔法だが習得者は学生の中には殆ど居ない。

 どうしてなのかはジエットにも分からないが、勉強が足りないだけだというのが一般的だった。

 習えば使える、という簡単なものでないのは()()()()()分かっている。

 簡単だったら既に使えている生徒が居ても不思議ではない。

 低い位階でも才能や能力の関係で取得できない事はよくあることだという。

 戦士が魔法を取得することもまた難しい。その辺りはジエットにも上手く説明出来ない事だが。

 当たり前のように存在する筈の魔法の全貌は未だに現れていない。

 

        

 

 生活魔法は地味だが魔力を消費する。それゆえに使えば使うほど疲れる。

 休憩すれば少しずつではあるが楽になる。その為には一切の行動を取らない事が条件だ。

 魔法を扱う上で大事な事は魔力の回復手段が限られている。

 傷などは薬や治癒魔法で治せる。しかし、魔力の回復は魔法では無理だと言われている。それどころかアイテムによる回復手段も無いとか。

 ただひたすらに瞑想する。それが世間一般の常識だ。

 ただ単に自分が知らないだけとも言えるけれど。

 世の中にはまだまだ自分の知らない技術が眠っている筈だ。

 

        

 

 零位階と一位階の差は曖昧で、そもそも誰が決めているのか分かっていない。

 基準らしきものがある事はよく知られている。

 第一位階は魔法使いとして基本であり初歩。

 第二位階は努力して到達できる領域。一般人はここまでが限界とも言われている。

 第三位階は魔法使いとして大成したり、才能ある者の到達点とも言われる。

 第四位階は才能を持った人間が桁外れに努力して到達する領域。

 第五位階は英雄クラス。

 第六位階は国に一人現れるかどうか。偉業を残すほどの人物。

 これ以降は一般生徒には窺い知れない。

 

「零位階は塩や香辛料を出したり、皿を温めたりする魔法がある。とても実戦向きではない」

 

 生活魔法は伊達ではない。

 しかし、これでモンスターを倒せるかと聞かれれば無理だと答える。

 そもそも第一位階を扱えるようになるだけでも一般人には大変な事だ。

 

        

 

 あくる日、ジエットはバイトの帰りにいくつかの魔法に挑戦する。

 才能がある者だけが上を目指せるかもしれない。しかし、それはそれで構わない。

 自分はただ努力して母親を安心させるだけだ。

 ジエットの母は病気を患っており、低位の治癒魔法では治せないものだった。

 高位の魔法を使うには高額な資金が必要になる。それゆえに日頃から働いて、学院に通いつつ魔法の勉強をしている。

 自分に才能があろうが出来る事はなんでもやる。そういう気持ちで生きている。

 

「……魔法を使いまくっても新しい魔法を覚えたって気にならないんだけどな。何が足りないんだろう」

 

 何もない所から急に新しい魔法が現れるわけがない。

 自分が使う魔法は習っていた時に覚えたもので、習えば使えるものという意識で努力してきた。けれどもなかなか魔法は増えない。

 魔法には魔力系。信仰系。精神系。その他系の四系統あり、自分はどれに当てはまるのかを知るところから挫折していた。

 系統別をどう判断すればいいのかが分からない。

 自分には何が向いているのか、ということだと思うけれど。

 

「生活魔法は魔力系とか関係あるのか……。その時点で分からない」

 

 習っていても不明な点は多々ある。

 他の生徒達が覚えている魔法も気が付いたら使えるようになった、という意見が多いので参考にならない。

 

        

 

 更に数日が経過する。

 今日は新入生が来る事になっていた。

 

「……どうも」

 

 教師に促されて生徒達を見据えるのはジエットより少しだけ年上に見える女性。

 背中にかかるほど長い黒髪を一つに束ね、見る者に敵意をぶつけるような冷めた目。

 整った顔立ちは帝国民には見当たらないが、とても美しい人だと誰もが言いそうな人物だった。

 

「……ナーベです。よろしく」

 

 表情を変化させずに自己紹介を済ませた後は淡々と空いている席に座った。

 皆の注目を意に介さない彼女は始終、無言のまま授業を受けていた。

 次の時間には学園の創設者の一人で伝説の魔法使いと言われている『フールーダ・パラダイン』が直接講義の為に来る予定になっていた。

 教科書にも載っている有名人で年齢は二百を超えているが、それは自らが開発した魔法によって延命しているという。

 彼の最高位階は六。

 ただし、それは数年前までの話。

 今のフールーダは魔法の最高峰である幻の十位階に手が届いているとか。

 実際に目撃した者は居ないので信憑性は無いけれど。

 そうして予鈴が鳴り、姿を見せたは老人ではなかった。

 

「!?」

 

 どう見ても五十そこそこの男性だ。

 長い髭も無く、いやに身奇麗なところが首を傾げさせる。

 この学院の教師たちはフールーダに憧れて、誰もが長い髭を持ちたがる。

 それなのに現れた人物は髭をきれいに剃っていた。

 頭髪こそ少し白髪交じりではあったが。

 

        

 

 驚く生徒達を無視して教壇に立つ謎の男性教師。

 生徒達を一望し、軽く咳払いをする。

 

「……ふむ。フールーダ・パラダインではなくて驚いているような顔をしているな」

 

 少し渋めの声には全く聞き覚えがない。

 何者だろうと魔法の教師には違いないようだが。

 何故か、どうしても気になってしまう。それはジエットだけではなく、教室に居る生徒の大半が思っている事だった。

 

「見た目は少し変わっているが……。私はフールーダ・パラダインその人だ。声も若返りすぎて別人だと思われるがな」

 

 男性教師は悪戯っ子のように微笑んだ。

 無い髭をしごこうとして苦笑する。それはおそらく長年のクセだ。

 本来なら冗談だと言うところだ。だが、誰もが言葉を失っている。それは何故なのか。

 

        

 

 フールーダが自身の老化を止める魔法を修めているのは周知の事実だ。

 『禁術師(キンジュツシ)』の特殊技術(スキル)とも言われているが実際は高い位階魔法による誤魔化しである。

 定期的に行使しているからこそ齢二百歳を超えて尚、現役でいられる。

 だが、今の彼は老化を止めるどころか逆に若返っている。

 それはつまり今まで以上に高い位階魔法を使ったからではないか。

 若返りの魔法は夢のまた夢のようなもので、実現性が絶望的だった。

 

「若返ったからとて寿命は普通に進む。不死になる魔法ではないと理解しておくように」

 

 ジエット達からすればレベルが高すぎて言葉が出ない。

 第二位階すら生徒には大変な労力だというのに。

 フールーダだからこそ成しえた偉業だと思えば一人二人と納得していく。

 誰もが嘘だ、出来っこない、とは言わなかった。

 

「あまり驚いていると講義を始められん。みんな席に着きたまえ」

「はいっ!」

 

 文句を言う生徒は誰も居ない。

 ほぼ全員が教師の一言に従った。本来ならばありえない統率力。これが伝説級の人物の言葉の力か。

 

        

 

 授業と言っても最初に(おこな)うのは普通の講義。だが、フールーダの言葉は金言の扱いを受け、誰もが聞き漏らすまいと真剣な表情で聞き入っていた。

 もちろんジエットもその中の一人だ。

 退屈な授業として聞き逃す生徒は何処にも居ない。

 

「生活魔法は知らず知らずの内に身につけている者がいるかもしれない。それは人生おいて必要だからと与えられた祝福である」

 

 一度身に付いた魔法を要らないと言って破棄する事は出来ない。

 使わなければいい、と言ってしまえば楽ではある。

 人々の中には使いたくても使えない魔法がたくさんあるものだ。

 

「いきなり高位の魔法を教わったとしても君達に扱える事はほぼ……、無い。それは才能や条件に関わる問題だからだ」

 

 と言った後で生徒達が手を挙げる。

 本来ならばフールーダに全て喋らせるべきところだが、生徒達の疑問もまた貴重な意見だとして手を挙げさせている。

 

「私達は低い位階を全て修めなければ上位を覚えられないものですか?」

「普通はそう思う。……実際には自分にとって必要と思う魔法であれば下位の魔法が絶対に必要ということは無い」

「物質要素はどう決まっていくのでしょうか?」

「それを知るにはたくさんの資料が必要だ。ただ単に唱えるだけで済むなら発声練習だけしていればいい」

 

 よどみなく生徒の疑問に答えていく『逸脱者』とも言われるフールーダ。

 バハルス帝国において唯一の第六位階の使い手。

 その発言は実に自信に満ちていた。

 

「低位の魔法を全て修めてはいないが少し見せてあげましょう。……ナーベ()……、よろしいですか?」

 

 フールーダの言葉に壁際に座っていたナーベは無言で頷き、教壇に近づく。

 ただの生徒に様付けされる彼女は何者なのか。

 静かなどよめきが上がった。

 

「前の君。済まないがナーベ様に席を貸してあげてくれないか?」

「……は、はい。どど、どうぞ」

 

 席を譲った生徒はナーベが座っていた席に移動してもらった。

 素直に従うのもフールーダの言葉があったからだ。そうでなければ文句の一つも飛び出ている。

 

        

 

 前の席に座ったナーベは何処からか取り出した紙――羊皮紙――の束を机に置いた。

 離れて見ていたジエットですら石の塊に見えるほど分厚い量だった。

 というより教科書の十倍から二十倍の厚みに見える。それを片手で簡単に扱ったのもまた驚きだ。

 

「物質要素などは事前に用意が出来ている。こちらの準備はほぼ済んでいるから始めて構わない」

(かしこ)まりました」

 

 と、畏まったのはナーベではなくフールーダ。

 今日来たばかりの生徒なのにいやに偉そうな態度。

 周りの生徒達はナーベはどんな家の出の人間なのか。どういう弱みを握って図々しい態度なのかと分析し始める。

 その噂の元となっているナーベは周りの喧騒には気にも留めず、飄々としていた。

 

「まずは基本的なものから。実際に見て魔法とはどういうものか確認して行きましょう」

 

 当のフールーダも喧騒には興味が無いのか、授業を続行する。

 

        

 

 フールーダはまず第零位階と第一位階は曖昧なものだと説明した上で次の魔法をナーベに指示した。

 

「第一位階(オープン)

「この魔法は『(クローズ)』と対になっている。効果は扉を開け閉めするだけのもの」

 

 ナーベが魔法を行使すると羊皮紙の一枚が空中に浮き上がり、即座に燃え上がって消滅した。それと同時に教室の扉が勝手に開いた。

 魔力系。その他系の第一位階。

 音声、動作と共に必要となる構成要素には『物質要素』、『焦点具』、『信仰』があり、物質要素は消費される使い切り。焦点具は何度も使用できるもの。信仰は正のエネルギーを込めた『聖印』が必要となる。――悪のエネルギーの場合は『邪印』と呼ばれる。

 この魔法の構成要素は音声、動作と焦点具として『真鍮製の鍵』が必要になる。

 

「これは扉を開け閉めできない人向けだと思われる。簡単に言えば手が不自由な人とか。これといって特筆すべき意外な能力は無いが、あって困るものではない」

 

 説明はいいのだが、淡々としているナーベがとても気になってしまう。

 

「その他系という事は今の魔法は魔力系一系統では無いのですね?」

「その他系にも同じ魔法がある、という認識でよい。職業(クラス)専用の魔法もあり、戦略の幅はとても広い。聖職者(クレリック)だけが回復魔法を扱うわけでは無い」

 

 もし、魔法が専用の職業(クラス)()()に特権がある場合は敵にとても狙われやすくなる。

 あと、頼りたい時に必要な職業(クラス)の者が居なければ困る事態に陥った場合はどうしようもなくなってしまう。

 

「ま、魔力系第一位階黒板(チョークボード)

 

 ややぎこちなくナーベは魔法を唱えた。

 系統も言わなければならないのか、という小声の後でフールーダが生徒に分かり易く、とでも伝えたらしい。

 少し不満を滲ませつつ指示に従ったようだ。

 魔法によって現れたのは空中に浮かぶ四角形の黒板。

 元々あった黒板と然程の違いも見受けられない。

 

「見たまま黒板を出す魔法だ。使い道については各々想像するといい」

 

 何の変哲も無い黒板は十分ほど浮かび続け、術者の意思によって移動も可能だとか。

 

「……こんな魔法を使うのに我々は苦労しているのですか?」

「効果は地味だが……。何も無い場所に出現されられるのは熟練の魔法詠唱者(マジック・キャスター)だけだ」

 

 手から火の玉など本来ならば誰にも出来ない奇跡だ。

 それを成し遂げる魔法は実はとても凄いものである、とフールーダは力説する。

 確かにそうなのだが、()()()納得できない生徒達が多かった。

 

        

 

 それからいくつか第一位階の効果を生徒達は見せられるのだが、淡々と羊皮紙を燃やして魔法を使っているらしいナーベに段々と恐怖のような恐ろしさを感じ始める。

 彼女は魔法をいとも簡単に扱ってはいないかと。

 どうして様々な魔法を使えるのか。

 それと羊皮紙こと魔法のスクロールというものは『魔術師組合』で販売されているのだが、第一位階でも結構な値段のするマジックアイテムだ。それをどれだけ用意しているのか、とても気になる。

 ぱっと見た感じでは数百枚ほど。

 高額な魔法のスクロールを何のためらいも無く消費される事に勿体なさを感じる生徒はジエットだけではない筈だ。

 

「魔法に必要な職業(クラス)を持っていれば低位の魔法はスクロールで代用できる。彼女のような使い方も出来る、というわけだ。もちろん、君達は自分に必要な系統の魔法しか出来ないと思うが……。色々と経験を積めば出来ない事は無い、ということに気づくだろう」

 

 生徒達に優しげに言うフールーダ。それはとても上位に君臨する人間の言葉とは思えない程の慈愛に満ちていた。

 

「続いてお願いします」

「了解した。次の魔法は……奇術(プレスティディジテイション)……だ」

 

 魔法を唱えた後、ナーベの手から様々な小さな物体が現れては床に落ちて壊れていく。

 その物体は生徒達も一度は見た事がある()()()()()()オモチャばかり。

 この魔法はアイテムに色をつけたり、温めたりも出来る。

 手品と大して変わらない。そういう魔法だ。

 使い道には議論が必要だが、こんな魔法もあるとフールーダは苦笑気味に説明する。

 

「魔法の効果から生活魔法の基礎とも言うべき第一位階の魔法。初心者の練習には最適な魔法とも言われている」

 

 そうして次々と魔法が実演されていくが、目に見えるものばかりではない。

 探索系と言われる探知(ディテクト)系統は使った本人にしか分からないので、例え使ったとしても生徒達には何をしたのか全く窺い知れない。

 

        

 

 ――第一位階だけでも五十近くあるらしいが――ナーベは魔法――その殆ど――を大盤振る舞いのように使い続けた。

 スクロールの行使によるものだと分かってはいるが個人で多数の魔法を扱う場面は中々見られない。

 今回は第一位階だけだが第二位階は更に多く、周りに影響を及ぼすものもあるので教室の中で見せられるものには限界がある、とのこと。

 その代表格に召喚魔法がある。さすがに教室で行使するのは(いささ)か危険である。

 実際に魔法を見て勉強に励むか、それとも自分の才能の無さに愕然として違う道に進む、こともあるかもしれない。

 次にナーベは『(フラッグ)』という魔法を使った。

 頭上に小さな旗が現れる()()の魔法だ。

 

「待ち合わせに便利」

 

 確かにそうかもしれない。けれども赤の他人が同じ魔法を使った場合はどうするのか。それを使う必要性について生徒達の中で疑問符として浮かぶ。

 

「それと(ミラー)

 

 壁に鏡が出現した。

 より正確には――壁の一部を――鏡に変化させた、だ。

 

「急な用事でおめかしする時には便利」

 

 鼻息荒くナーベは自信満々に言い切った。

 (フラッグ)共々一定時間で効果は切れる。

 生徒の中の数人はおめかしする為だけに値段の張るスクロールを使うのかよ、と抗議めいた小声を呟いていた。

 女生徒の幾人かは人生の一大事には確かに便利かも、と理解を示す。

 

        

 

 第一位階だけでも豊富に存在するならば他の魔法も気になる。

 生徒達が思い込んでいた魔法は主にモンスター退治用だ。

 それだけではない、という事が分かり興味津々にフールーダの次の言葉を待った。けれども時は無情である。

 予鈴が鳴り、フールーダの授業は終わってしまった。

 

「月に三度……。出来れば週に一度のペースで講義出来るように予定を組みたいところだ。言葉では伝わらない魔法もある。それぞれ精進するが良い」

 

 言い終わった後、魔法に協力してくれた事に感謝の意を述べる伝説の人。

 ナーベはフールーダの師匠のような扱いになっているようだ。

 ただの新入生の筈なのに、と他の生徒達も首を傾げる。

 噂の元のナーベは元の席に戻り、次の授業の準備を始めた。

 

        

 

 ジエットは意外なことの連続に頭の中が混乱していたが魔法の未知の可能性について色々と知る事が出来た。それと学院に通う楽しみも出来て嬉しくなった。

 才能も大事だが多くの知識を得ることも将来には役立つ――学生なので当たり前の事だが――と思って。

 今回は魔力系が多かったが信仰系も教えてくれるものなのか早くも気になってきた。

 

 あらゆる病気を治す魔法。

 

 ――そんな魔法が存在するとして――おそらく相当高位の魔法である筈だが、それは自分達に扱えるものか、それともフールーダくらいの人間でなければ無理なものなのか、期待に胸が膨らむ。

 第一位階で手一杯の自分には夢のまた夢の話かもしれない。それでも可能性にかけたい時がある。

 

        

 

 次の週は第二位階からかと思われたが第一位階の続きのような内容になるとのこと。

 そのままのペースだと十週で最高位に達する。

 問題があるとすれば第三位階以上は学生にとって未知の分野なので習ってもどうしようもない。そもそもフールーダ並み、またはそれ以上の存在の学生が居ないのだから。

 低位だとしても地道に勉強するしかない。

 (フールーダ)の居ない授業は魔法の性質や効果、発動する為に必要な動作手順が中心だ。

 魔力の無い者は習うだけ無駄。

 

「その魔力をどう向上させればいいのかが分からないんだよな」

 

 机上の空論とは良く言ったものだ。

 目に見える魔法もあれば見えない魔法もある。

 それらを先人達はたゆまぬ努力によって開発してきた。それでもまだ第三位階以上は一握りの人間にしか扱えない。

 手っ取り早く上位の魔法を覚える手段があれば、おそらく誰でも天才になれる。むしろ、たくさん居ないから天才ともてはやされる。

 零位階とて一般市民から見れば凄い能力なのだが。

 

        

 

 いつも以上に姿勢正しく教師であるフールーダ・パラダインを待つ生徒達。

 いつもであれば退屈だと文句の一つも出るところだ。しかし、――今回はどうしたことか――貴族連中でさえ目を輝かせている。

 次は何を見せてくれるのかと期待に胸を膨らませているに違いない。もちろん、ジエットも開始の予鈴が鳴るのを緊張感を持って待っていた。

 ――新入生のナーベだけは涼しい顔のまま。

 話かけづらい雰囲気を持つ生徒なのだが、何者なのかは今も不明。

 名前がひとつしか無い()()()。――それゆえに貴族ではないという意見もある――隠れた天才は唐突に現れる。それはジエットの知り合いにも通じる言葉、または表現かもしれない。

 かつて第三位階まで届きそうだと学院の天才児と噂されていた――女生徒の――先輩が居た。

 ある日、冒険者になると言って学院から去ってしまったが今はどうしているのか、少しだけ気になっていた。

 ジエットが物思いに耽る少し前に予鈴が鳴り、彼は現実へと意識を引き戻される。

 

        

 

 ――急な病気の為に欠席した者を除けば――ほぼ全員が姿勢正しく座っている有様(ありさま)

 無駄話は極力避けられている。

 そんな中で待望の扉が音を立てて開かれた。

 静寂に満たされていたので音が良く響いた。

 

「こんにちは、諸君」

 

 気さくな挨拶を言いながら教壇に向かう初老の男性は間違いなくフールーダ・パラダインその人だ。

 一部では名前を(かた)る偽者ではないかという声もあったが、その事について誰も追及しなかった。

 どうして疑わないのか。それはジエットにも分からない。

 疑っているけれど即座に尋ねる勇気が今まで湧かなかった。あるいは目の前でのんびりと教科書の用意をする男性をどうしても偽者だと言えなかった、などが考えられる。

 髭が無いから偽者、と言えば楽そうなのに各自それぞれ色々と思う事があったのかもしれない。

 

「お待たせした。今回も魔法の効果について、実戦で学んでいこう」

「……その前にお聞きしたい事があります」

 

 勇気ある言葉を発したのは気丈な性格の女生徒。

 

「なんだね?」

 

 これから授業を始めるのに水を差しおって、と他の教師連中ならぼやくところだ。ところがフールーダ――と思われる――男性はにこやかな笑顔を湛えたまま発言を促した。

 その仕草が実に好感が持てる柔らかなもの。自然体とでもいうのか。

 圧迫感が無かった。

 

「……まことに失礼なのですが……。その……、貴方は本当にフールーダ・パラダイン老なのでしょうか?」

 

 確かに質問としてはお前は偽者か、と直球過ぎる内容だ。それにバカ正直に偽者ですよ、と答える(アホ)はおそらく居ない。

 バレましたか、と言われると残念な気分になる。――出来れば――言ってほしくない。

 そんな茶番に付き合ってあげるほど生徒達の心は――おそらく――広くない。

 

「私がどんな言葉を重ねようと答えは一つだ。……だから、本物か偽者かは君達が決めるといい」

 

 自分は本物でも偽者でも構わない。そう男性教師は女生徒に答えた。

 一見すると良い事を言っているようだが、口のうまい詐欺師の常套句とも取れる。

 自分で判断できれば苦労はしない。だが、一概に否定できないところが事態を難しくしている。

 少なくとも彼はフールーダとして学院に来ているのだから、教師達――更には学院長――の許可を少なくとも取っている筈だ。

 

 教室で教鞭を取る事自体、彼を偽者と断じる事はそもそも出来ない。

 

 名声目的で名前を騙るにしても実際は姿形を老人風にするところだ。それが五十代とはいえ本物とかけ離れた若々しさで登場する事に何の(えき)が――堂々たる雰囲気で生徒達に魔法を教える――男にあるのか。

 

「……それとも君達は老いぼれ風のフールーダでなければ何も信じないのか。……それはそれで若返った私としては残念であり、寂しい事だ」

 

 精力溢れる身体で元気に生徒達と触れ合いたい。

 老い先短い人間よりは幾分かマシの筈だが、とフールーダは小声でぼやく。

 半信半疑の状態を打開するすべをジエットは持ち合わせてはいない。

 ナーベは周りの喧騒とは無縁なようで、中々始まらない授業に苛立ちを募らせていた。

 そして、我慢の限界が来たのか机を強く叩く。それも結構な打撃音が教室内で木霊(こだま)するほど。

 床が粉砕されたのではないかと危惧されたが(ひび)割れてはいないようだ。

 

「……いつまで待たせるつもりだ」

 

 静かな口調だが、はっきりと分かる程の苛立ちによるナーベの憤怒。

 フールーダはそそくさと彼女の側により、何度も頭を下げる。

 確かにフールーダの真偽よりも授業が大事だ。そういう言葉が他の生徒達から漏れる。この意見についてジエットも異論は無い。けれども納得していいのか、という疑問もある。

 いつまでも空転する議論を続けても不毛な気がしたので、無理矢理授業に意識を向ける事にした。

 

 




付録:作中に登場した魔法 vol.1

(オープン)/(クローズ)

系統:変成術 位階:魔力〈一〉、その他(吟遊詩人(バード))〈一〉
構成要素:音声、動作、焦点(真論製の鍵)
距離:近距離(約10m) 持続時間:瞬間
備考:術者は扉、宝箱、窓、樽など大抵の容器の開け閉めが出来る。もし、魔法による封印などが施されていた場合、魔法は失敗する。更にある程度の――15kg以上――重量があるものも同様に失敗に終わる。
――――――――――――――――――――――――

黒板(チョークボード)

系統:幻術(虚像) 位階:魔力〈一〉
構成要素:動作、物質
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2) 持続時間:精神集中(10秒×術者レベル)
備考:空中にチョークで書ける四角形の黒板を出現させる。これは術者と共に移動し、大きさを可変できる。ただし、四角形以外には可変できない。精神集中している限り、その場に留まり続ける。
――――――――――――――――――――――――

火球(ファイアボール)

系統:力術(火) 位階:魔力〈三〉
構成要素:音声、動作、物質(乾いた蝙蝠の糞と硫黄)
距離:長距離(約120m+12m×術者レベル) 効果範囲:半径6mの拡散 持続時間:瞬間
備考:術者は指を向けて標的を決定し、小さな火の玉を発射する。障害物などにぶつからない限り、目標地点で炸裂する。また、効果範囲内の物体にダメージを与え、金属も溶かす事が出来る。
――――――――――――――――――――――――

飛行(フライ)

系統:変成術 位階:魔力〈三〉
構成要素:音声、動作、焦点(翼の羽根1枚)
距離:接触 目標:接触したクリーチャー 持続時間:1分×術者レベル
備考:対象は約18m、重装であれば12mほど飛行する事が出来る。呪文効果の時間内であればゆっくりと降下していき安全に着地する事が出来る。それは途中で解呪しても同様である。そうでなければ直ちに落下してダメージを受ける。何らかの解呪呪文の影響によって無効化された場合は落下してしまう。
――――――――――――――――――――――――

(フラッグ)

系統:幻術(虚像) 位階:魔力〈一〉、信仰〈一〉、その他(吟遊詩人(バード))〈一〉
構成要素:音声、動作
距離:接触 目標:接触したクリーチャー 持続時間:10秒×術者レベル
備考:目標の頭上に浮遊する幻影の旗1枚が出現する。デザイン、文字などは術者が自由に選択する事が出来る。
――――――――――――――――――――――――

奇術(プレスティディジテイション)

系統:総合術 位階:魔力〈一〉、その他(吟遊詩人(バード))〈一〉
構成要素:音声、動作
距離:約3m 持続時間:1時間
備考:一度発動すると1時間の間に様々な単純な魔法の効果を起こす。軽い物体を浮かせたり、アイテムに色をつけたり、綺麗にしたり、汚したりできる。他には暖めたり、臭いを付ける。作り出される物体は粗雑で壊れ易く、道具や武器、呪文の構成要素になりえない。第零位階と呼ばれる『生活魔法』はこの魔法が元になっており、術者は各効果を本能的に使い分けて使用している。本来ならば効果時間が切れれば物質などは消滅するのだが、転移後の世界では一部が消えずに残る仕様となっている。
――――――――――――――――――――――――

(ミラー)

系統:幻術(虚像) 位階:魔力〈一〉、信仰〈一〉、その他(吟遊詩人(バード))〈一〉
構成要素:音声、動作
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2) 持続時間:10秒×術者レベル
備考:術者は何らかの表面上に30cm×30cmの鏡のような表面を作り出す。また精神集中によって鏡を移動させる事も出来る。
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