防衛魔法
バハルス帝国における深夜の騒動にて植物モンスター『ぷにっと萌え』と黒山羊の悪魔たる『ウルベルト・アレイン・オードル』に数日間の謹慎を申し付ける魔導国の国王『アインズ・ウール・ゴウン』は事態の収拾に安堵していた。
当人達も無理に抵抗せずに自室に引きこもる事に納得してくれたのだが、ギルドメンバー相手はさすがに精神的疲労が甚大であった。
(……はぁ。なんか疲れた)
アンデッドモンスターの身体であるアインズは疲労はしないが感覚的なものは残ってしまう。それはステータスに反映されない気分的なもの――
高揚する一部の状態は強制的に抑制されるのだが、未だに慣れない。
ゲームであれば精神攻撃を無効化してくれるので重宝していたのだが――
◆
自分達が作り上げた拠点『ナザリック地下大墳墓』の最下層にある玉座の間にて一息つく魔導王。
現場に居るのは各
側頭部からは前方に突き出すように生えている角を除けば肉体的には人間の女性と大差が無い。
金色の縦割れした虹彩。腰まで伸びた艶やかな黒髪。
色白の肌は今日も美しい。
彼女はただ管理だけするNPCではなく、戦闘面では防御を担当できる
(昨日の今日だから時間的に大して進んでいないな……)
ため息のようなものをつきつつ玉座に疲れたような身を預ける魔導王はしばらく無言で佇んだ。
視線の先には出入り口の大きな扉が見えるのみ。それ以外に気になるものは無し。
「マスター・ソース・オープン」
そう、合言葉を発せば半透明の小さな窓が目の前に現われる。
ナザリックの内部を管理するデータが詰まったコンソールである。
それらはギルドマスターの権限である程度の操作を可能としていた。
登録されているNPCとギルドメンバーの体調管理、資産、魔法の行使や現在位置が把握できる。
「謹慎メンバーに動きは無いようだな。……ヒートアップするメンバーを宥めるのは……」
モンスター討伐よりも難しい。
何度もため息をつく自分に気が付き、呆れる。
仕方がないと頭では分かっているのだが、対人関係の管理は得意ではない。
「アルベド」
「はっ」
声をかければ即座に返答がある。
昔はそんなことは出来なかった。特定の
無表情で触っても無反応。
(例え自キャラでもエロいこと、または風営法や電脳法に抵触する行為は規約で禁止されていた。それが今では何でもありなんだから……)
自我が芽生えたと簡単に言っていいものなのか未だに疑問を覚える。
それと
転移後に自動的に備わった、と言うには些か不可解なのだが――
本来の仕様としての声というのが通説になっている。
(NPC自身の声か……)
『ユグドラシル』で
「翼に触れてもいいか?」
「もちろんですわ」
無理の無い願いであれば大抵は聞いてくれる。
ギルドマスターだから。魔導王だから。
様々な憶測が予想できるのだが、自分としては至高の御方だから、が一番の解答に近かった。
生みの親に逆らうNPCはほぼ居ない。それでも何処かでは
自由を得たNPCが大人しく隷属を選ぶものなのか、と。
アルベドに片方の翼を広げるように命令すれば素直に従う。しかし、それは多くの部下が居ない今だからこそやってくれる。
守護者統括としての任務についている時は真面目に振舞うので、同じ頼みを言った場合は多少の抵抗を見せる。
――命令すれば従うのだが――
(そう。命令すれば従う。単なるお願い程度だと違った反応を見せる)
玉座に座っているアインズの目の前に大きな翼が遠慮無しに広げられた。
本来であれば無礼な態度だ。それを許しているからこそ今の光景が出来上がる。
アインズは骨の手で撫で付けるとアルベドは頬を赤く染めて表情を緩ませる。
二人だけの至福の時間――
◆
過去に実験の一環として舞散る羽根がどうなるのか、実験を
演出として羽根が舞散るのは良く見られる光景だった。けれども地面に落ちた羽根のその後は誰も気に留めていなかった。
掃除担当のメイドが片付けたりするものだと思い込んでいたし、ゲーム時代はそもそも気にした事が無かった。
アルベドが言うには次の日になれば勝手に消滅しているとのこと。
抜け落ちた分の羽根も同じく次の日には再生成される
聞けば気がつく不思議な現象だ。
「毎回のように抜け落ちれば骨組みだけになるのも時間の問題だよな」
「みっともない姿にならなくて良かったと思っております」
羽根を毟り取ったアルベドを軽く想像するとイジメに遭わせた様な気持ちになったものだ。
治癒魔法で治るのか、と最初は慌てた。
「……腰の小さな範囲から生えていて痛くないものか?」
というより、激しく動かすと千切れそうな印象を受ける。
いくら強靭な肉体構造を持つアルベドとて無敵ではないのだから、と。
ここでギルドマスターというよりは彼女の最愛の夫権限により、生え際を観賞する。
ここまで来るのに相当な時間をかけた。否、かかった。
◆
自らがアンデッドであるので卑猥な行動は基本的に出来ない。せいぜい触る程度だ。
度重なる精神抑制によって鍛えられたといっても過言ではない。
それに邪悪なアンデッドモンスターの特性がいい方向に働き――そういう努力をしてきた――都合の悪い、または嫌な現場も割り合い平気になった。
特に顕著なのが人間の死体や人体の損壊を見ても精神を平常に保っていられる。
通常であれば気持ち悪くて見ていられないし、最悪の場合は嘔吐もありえる。
そもそも元々が普通の一般人だから当たり前だ。
「……普通はもっとしっかりした骨格が備わっているものなのだがな」
アルベドに後ろを向いてもらった後の感想だ。
小さくわずかながらの筋肉量では数年でポキリと折れ、最悪千切れ落ちても不思議は無い。
空想生物は完成されたモンスターばかりではない。
専門家に見せれば構造的欠陥を次から次へと指摘される。
千切れれば治癒魔法で治せばいい、と言われるかもしれない。けれども進化の過程がそればかりだといずれは肉体的におかしくなる気がする。
アインズが分析している間、主に背を向けているので表情が窺えないことに気づくアルベド。
個人的には彼の顔をじっと眺めたい気持ちがあった。
NPCが個人的な感情を持つのは元々
アインズ達からすれば彼らの我欲は自分達が望んだ結果でしかない。そのはずなのだが、あまりにも自然に振舞うのでゲームのキャラクターとは思えない錯覚に陥っている。
(でも、触り心地がいいな。あまり長時間だといやらしいと思われるかも)
しかも幻想生物たる
一般常識に囚われた現代人出身たるアインズにしては本来ならば不可能な事象だ。
もちろん、他の生物も手にとって調べたくなる。
この世界にはゲームのキャラクター以外にも幻想生物が
「……それにしてもずっと立ったままでは辛いだろう。無理せずに椅子を使え」
「この場所はとても神聖なものなので……」
(本人が平気でも気になる俺の為に折れてほしいところだ。それにアルベドの対応に異を唱える輩が多く存在するとも思えない)
レベル100のNPCの中に態度に厳しい者が何人か居るのは知っている。けれどもアインズの権限で許しを与えれば事態は収まるのでは、と。
以前から同じように命令している筈なのだが――
◆
翼の他に頭部の角も触らせてもらう。もちろん触れることでダメージを与えるような
しかし、頭に角が生えているのに日常生活に支障がないのか疑問だった。――寝返りを打つと布団がズタズタになりそうだし、枕も酷い事になるような印象を受ける。
「……毎度の事だが……珍しい種族はやはり大事に扱わなければならない。さて、アルベド」
「はっ」
「しょうも無い事で呼び出してばかりで申し訳ないな。次の外交にはまだ日があるが……。一応、予定を教えてくれるか?」
今は二人だけだが主と部下という関係で声をかけた。
本来ならもっと砕けた口調でもアルベドは嫌な顔は見せない。けれども今は
(上位者としての姿の方が好まれるからだが……。これはこれで堅苦しくて好きではないんだが……、仕方が無い。NPCが望むことをするのも上位者としての務めだ)
しかし、二人しか居ないのに偉そうな態度は実に不毛だ。
アインズは記憶の中を検索し、適切な言葉を思い出そうと務めた。
(良妻賢母? いや違うな。何だったかな、こういうシチュエーションのこと……)
少しの間、唸って考えていると『内助の功』という言葉が浮かんだ。
「……アルベドは正に内助の功……。しかし、男尊女卑の気があるのだが……。お前は男女平等のほうがいいか?」
「……いいえ。妻は夫を支えるもの。ならば! 後方支援こそ我が本懐……」
「んっ……? お前を
この辺りのやり取りは長く続けてきた。
それ故に言葉一つでループ化する事もしばしば。それも今では良い思い出だ。
だからこそ、この会話も決して無駄ではないと今ははっきりと言い切れる。
◆
アルベドとの触れ合いを終えたアインズは数日ぶりに地上に上がる。
事務的な仕事の場合は長くこもる事が多いが、やはり外の新鮮な空気――大気を身体に浴びるのは気持ちがいい。特に精神的に。
徹夜明けの蒸気風呂を浴びる事に匹敵するかもしれない。
「……久しぶりに……冒険者の仕事に向かうか」
実際に仕事を請負わずとも情報収集だけでもいいのは気楽なところだ。
出勤が義務化されていれば他の都市に行き難くなる。
(さて……。ナーベラルを呼ぶか。それとも今回は別の者にしようか)
と、物思いに耽ろうとしたところ、小さな存在が近付いてくるのに気が付いた。
この辺りで警戒任務に従事しているのは階層守護者の『マーレ・ベロ・フィオーレ』だ。そして、聞きなれた足音が聞こえてくる。
トテトテ、と。
何年経っても変わらないもの。それはそれで懐かしさがあるが発展しないのも気になるところだ。
「あ、アインズ様。お出かけですか?」
黒檀に似た杖を携えた小さな子供。
褐色の肌で手入れされた短い金髪。左右色違いの瞳を持つ
性別は男だが衣装は女性ものを着せられている。
「その予定だ。今は供を誰にするか考えていたところだ」
順当であればナーベラルなのだが、一人でも行動は出来るし、ジャイアントハムスターの『ハムスケ』だけでも問題は無い。
問題は無いのだが地味な活動ばかりで面白みが無い。
平穏な生活だと思えば贅沢な悩みなのだが――
◆
現在、ナザリック近郊は自然豊かな公園と化していて、交通網は未だに整備されていない。
広大な平原を開拓しないのは勿体ないのだが、潰すのも勿体ない。
領土的には魔導国領として確定されているとしても、このままでいいのかは国王たるアインズの決断待ちだ。
田畑にするにしても風景を壊す事になる。だからこそ安易な決定が出しにくい。
(魔法で修復できるとしても……)
やはり自然を大切にする事は大事だ。
自然が失われた自分達の本来の世界のようにしてはいけない。
「感傷に浸っては前に進むのにも時間が掛かるか……。では、行動を開始するか」
声に出して自分に活を入れるアインズ。
偽装するか、しないかに少し迷いつつ『漆黒』としての姿を選び――ただし、変身はしない――、自分達の都市として運営している『エ・ランテル』に転移で向かう。――と、言っても直接中への転移ではなく、少し歩いて向かえる距離だ。
漆黒の戦士『モモン』の姿を取りつつハムスケに連絡を入れる。それから程なく転移によって運ばれたハムスケを伴ない都市に向かう。
(意外と面倒な手続きを取っているよな)
世間体を気にする神経質な男。そう見られても文句が言えない。
見栄に拘りすぎているきらいは自覚している。しかし、今更やめる事は――今までの苦労を考えると――出来にくい。
いくつかは切り替えが成功している。この方法もいずれは改善していく事になる。
そうしないといつまでも精神的負担が累積して息苦しくなる。――アンデッドだが。
普段は供に『美姫ナーベ』を連れているところだが、今の彼女はバハルス帝国で仕事をしている。それはそのまま継続してもらうことにした。
◆
毎年のように近隣国家であるバハルス帝国との戦争に備えるエ・ランテルも今は平穏そのもの。
違う点は住民の半分近くが亜人や異形種になっていることだ。
様々な種族が混然一体となって生活する理想郷――。そのモデルケースとして再出発させた。
大きなトラブルは魔導国側が責任を持つのだが、ここ数年は本当に平和そのものであった。
もちろん、小さな火種は想定内だ。
ここまで来るのに楽な事はなかった。だが、それを今思い返している場合ではないので脳裏から追い出す。
今は一介の冒険者としてここに居るのだから。
「……しかし、魔法談議か……」
ぷにっと萌えは手持ちの魔法を原住民に解説しようとした。アインズとて知識を広める事は何度かしてきた覚えがある。
現地の人間と共に仕事をする上で確認作業のついでのようなものだった。
博識さを誉められると素直に嬉しいものだ。
(俺は誉められたいから、でいいけれど……。ぷにっと萌えさんはガチな方のような……)
単なる知識だけで満足せず。
実際に数多の魔法を駆使させ、好敵手を作ろうと考えていてもおかしくない。それはそれでアインズにとって余計な敵が増えるだけなので困る事態だ。
適度な緊張感がある方が充実した日常が送れる。そう思えばあながち否定は出来ない。
強すぎるゆえの苦悩というやつだ。
(いきなり第十位階は現われないとしても……。先の事を思えばこそ、かもしれない)
完全管理された世界にして何の変化も許さない。それを自分は許容できるのかと問うてみるが答えはきっと出ない。
一年先すら危ういのに百年先も見通せるはずがない。だが、それが出来るメンバーにとっては深刻な事態と受け止めている可能性も否定できない。
◆
少しだけ唸りつつ冒険者組合の前に到着した。
白い外壁で四階建ての建物。以前は閑古鳥が鳴いていたが今は結構な数の冒険者が出入りするようになった。
魔導国という異形種に取り込まれ、モンスター退治がしにくくなった為に仕事が激減。
多くの冒険者はホームポイントの変更を余儀なくされた。それを改善したのは討伐される側のモンスターたる魔導国の者達だ。
(血脇肉躍る物騒な世界であれば一攫千金も狙えた。……しかし現実は堅実な仕事が多く、冒険者も無闇矢鱈と命を粗末にしない)
それはそれで悪い事ではない。
ゲーム時代であれば命はとても軽く、だからこそ無茶が出来て輝いて見えていた。
それを現実に落とし込む事は――そもそも――出来ない。
「……ハムスケは……厩舎で待機しててくれ」
「了解でござる」
「暇なら街中を見物してもいいぞ。ずっと待たせるのも可哀相だ」
大型魔獣たるハムスケは住民に認知されているので、歩き回っても逃げ惑うような混乱は起きない。――というか人間を食べるような危険生物ではない。
基本的に草食動物のようだが、念のために食費を与えておく。それと影のシモベを護衛に付けて、モモンは組合の門を潜る。
◆
組合内部は大勢を収容する上で広く作られており、相談事をする人間が多く見られた。
中には飲食も出来る場所があり、係員に頼めば一室を借りることも出来る。
基本的に依頼は壁際に立てかけられているボードに張り出され、自分のランクに見合ったものしか受けられない。
この辺りの規則は厳格で、無謀な依頼に挑戦させるような事は無い。
それと冒険者になる事自体が一種の名物と化している。
(……殆ど聞き流すのがお約束なんだけどな。でも、大事な部分はちゃんと聞くけど)
漆黒の
王国にはアダマンタイト級の冒険者が非常に少ない。――他の国も似たような状態なので一番悪い、というわけではない。
上のランクに昇ると国からの制限がきつくなる。だから、あえて
以前は全く読めなかった王国語も今はある程度解読できる。ただし、だからといって話せるわけではない。
この世界に転移してから言語が自動的に翻訳されているので
今では読み方
何とも表現に困る事態に苦笑を覚える。
日本語として読めるようになった、とも違うような気がするけれど――
(会話に不自由は無いけれど、重要書類の受け渡しでは色々と困る気がするんだけどな)
魔導王としては。
帝国語も似たような状態で勉強が大変だった事を思い出す。
(だいたい会話だけ両国とも普通に出来るっておかしいだろう。しかも何の違和感も抱いていない)
文字の識字率は王国と帝国も低いまま。それが更に首を傾げさせる事態を呼んでいた。
この世界の住人はどこかおかしい。それは長く住んでいてよく分かった。
長考に入りそうになったので頭を軽く振る。
改善されない疑問が多くて困る。
◆
モモンは一通り依頼を眺めてみたがアダマンタイト級に相応しいものは見当たらない。
魔導国が重要案件を処理してしまうので当たり前とも言える。ただし、他の大都市にはあるかもしれない。
各都市に冒険者組合と魔術師組合があるものだから、ここだけが特別というわけではない。
依頼が無いからいって失望はしない。今日は仕事に来たわけではない。単なる気晴らしだ。
気になる物があれば話くらいは聞く程度。
他の冒険者の話に耳を傾ける事も情報収集として立派な仕事だ。
片隅のテーブルに向かい、椅子に座ると何とも寂しい有様だ、と自分で思った。
いつもならナーベを連れているので一人で居るのが逆に恥ずかしい。
(こんな重装備の冒険者が一人で寛ぐとは……。でも、自分ひとりだったら今頃はどうしていたのかな)
仲間が居るから今がある。では、自分ひとりであったなら――
ナザリックが無かったら――
みっともなく引きこもっていたのか。それとも元の世界に戻る努力をしたのか。
(努力はする。それでもどうにもならなければ……、どうしていたのかな)
先の事は考えたくない。だから、きっと――
不穏な考えに陥りそうになったので脳内から様々な黒い靄を追い払う。
極端に深刻にならなかったので精神の抑制は起きなかったけれど、適度な重みは残った。
人間的な思考が出来るのが今は救いだと言える。そうでなければ知恵の足りないアンデッドモンスターだ。それは――なんとなく嫌だと思った。
(……こういう心境の時は壁とか突き破って『見つけたぞ、モモン!』とかいう理解不能なイベントが起き易いんだがな)
流石にそこまで常識外れのイベントが起きた事は無い。――せいぜいアルベドが暴れる程度だ。
冴えない主人公は割りと様々なイベントに巻き込まれる――または自ら首を突っ込むものだ。
最初こそは戦乱イベントだと思ったものだが――
(黙っていると本当に何も起きないよな。……それが普通っちゃあ普通なんだが……)
堅実に暮らしているせいか、フラグとか立てた覚えは無いし、今のところ失態もナザリック側以外では覚えが無い。
対人関係も順調なはずだ。――多少、恨まれる様な事があっても驚かないが――
それらを鑑みても今の自分は堅実――または地味――に生活を送れていると思える。だからこそ退屈を覚えてしまうのかもしれない。
◆
一人で唸っていても仕方がないと思い、腰を浮かせようとするタイミングを
対象は何度も会った事のある人物でモモンは椅子に座り直して出迎える。――一応、自分以外の存在が居ないか確認した。
冒険者ギルドの組合長『プルトン・アインザック』という男性だ。
がっしりとした体型で他の冒険者のように戦士として活動していてもおかしくない風貌だった。――細かい詳細については関知していない。
「やあ、モモン君。久しぶりだね」
「ご無沙汰しています、アインザックさん」
軽く会釈するモモン。
殆ど条件反射的に挨拶してしまった。
ただ、
(返答する俺もどうかしていると……思うけどさ)
『あ、いえ、別人ですよ』と言うわけにもいかず。
モモンの人気は本物なのだからなりすましが現れてもおかしくない筈だ。実際に『モモン』という名前を子供に付けられるほど自分は有名になっている。
重厚な装備を買えるだけの人間が他に居なかった、とも考えられる。
「待ち人かね? 美姫ナーベ嬢の姿が見えないが……」
「ナーベは私用で……」
気晴らしに来ただけでナーベラルの存在がどうしても必要というわけではなかった。
今から呼ぼうにも学院を早退してもらわなければならなくなる。
主としてコロコロ命令変更するのはブラック企業の頭を使わない上司と一緒だからやりたくない。
一度与えた命令はある程度こなしてもらわなければ。
重要度の観点も大事だが――
「……それで厄介な仕事でも入りましたか?」
「そういうわけではないのだが……。このところ君の活躍が聞こえないので心配になっていたところだよ」
常に大活躍できるほど、この世界は危機に陥っていない。
かといって仲間達に事件を起こさせてばかりだといずれボロが出る。
同レベルの敵対プレイヤーやギルドでもあればいいのだが、今のところ兆候が見られない。――それらしい噂の存在は把握しているけれど。敵対とまでは確認されていない。
◆
王国周辺の厄介な仕事はある程度片付けられていて、今更強大な敵やモンスターが現われるのは物理的にも無理がある。
広大で100メートル超えの大木が生い茂る森林や果ての見えない荒野があるけれど――
目立つ存在は早いうちから感知できるものだ。
(……いや、そうとも限らないか……)
本格的に自分達で確認作業をした事が無い。だからこそまだまだ多くの抜けがある。それは認めるところだ。
例えば遥か東方の地とか。
未調査の部分はまだまだある。
「亜人連合なる集団でも襲い掛かってこない限りは……。平和を謳歌できるかもしれませんね」
南方にある『ローブル聖王国』が突然、各国に宣戦布告でもしてくれば慌しい日常が蘇るかも知れない。
国同士のやりとりは政治問題だから冒険者としては何も出来ない。――そういう規則が実際にあるからだ。
(効率よくモンスターを排除してしまうと冒険者の仕事が無くなるんだよな、確か)
需要が無くなってお払い箱になるのは冒険者の方だ。そうなるとモモンの必要性がガクンとダダ下がる。
魔導王としての仕事があるから平気だが、冒険者としての実績が無くなるのは面白くない。
その辺りはきっとぷにっと萌えと似たような心境かもしれない。
「こういう平穏な時ほど敵からすれば良い狙い目なんですけどね」
目下の敵は魔導国。その彼らが大人しい限り王国は割りと安泰だ。
アインズとしても潰したいほど憎んではいない。――それに最初期に世話になった村の存在も大きい。
しかし、平和であればあるほど冒険者の仕事は激減する。
貴族の護衛も仕事として存在するが、そうなっては人間同士の争いが中心になってしまう。
時代の変遷は結局、同士討ちに終始するものかもしれないとナザリックの知恵者達は言っていたが――
◆
仕事ではないが大人の付き合いをしないか、とアインザックに提案されたがアインズにしてみれば飲食出来ない事がネックとなっていて遠慮しがちだった。
それと中身はアンデッドだし、今は
浮気は駄目、という精神がある。しかし、英雄色を好むという格言があるので細かいところまでアルベドは神経質にならない、らしい。
(嫉妬の炎を増大されては世界の危機だからな)
女は怒らせると怖い、というのは
一番の強敵が身内であるのは笑えない。
とはいえ、娼館に連れて行かれても何にもならないけれど。せいぜいキスか身体を触る程度だ。
運がいいのか。アンデッドモンスターだからかは分からないが、現地の女に心が揺らぐ事が無い。
際物好き、と言われそうだが人並みの感性を持っていると自負している。その筈なのだが――
(アルベドはアルベドで可愛いし、イビルアイも嫌いという程でもない。それとラキュースか……)
今まで出会った人間の女性の中で一番上は誰か、と聞かれれば『エンリ・バレアレ』か『ネム・エモット』と答える。
彼女達は付き合いの中でも特別上に位置している。
そこは差別的である様な気がしないでもない。
(ラキュースはアダマンタイト級の冒険者として……。信仰系の使い手としても得がたい存在だ。……だが)
時代の波に人間は勝てない。
だからこそ『先輩』という存在は
◆
適当にはぐらかしてアインザックを追い払い、組合の外に出たモモン。
彼との予定は組んでいないが義理は果たしている。その上で変な会合に参加する気は――今は――考えていない。
事務的なやり取りは面倒だが、しつこすぎればアインズとて怒る。――その逆も然り。
(……俺、何しにここに来たんだっけ?)
依頼の確認だけ。または散歩だったか、と。
そうであるならば別にアインザックの誘いを断る事もなかったか、と一瞬は思ったがアルベドの顔が浮かぶと決断が鈍る。
(好色な男も時には演じなければ……とは思うのだが……。万年童貞の俺には高い壁だ)
うっかり『敷居が高い』と言いそうになったが――以前、用法が違うと指摘された。
それと同じように『役不足』についても。
(アルベドには役不足な仕事ばかり与えているな。……こういうことらしいな)
変な言葉ばかり使えば相手に要らぬ誤解を与える、という意味でなら理解出来る。
ここでは自分達の言葉がそのまま伝わっている保証が無く、正しいと思い込んでも彼らの耳ではまた違った言葉として届いていないとも限らない。
軽く吐息をつく仕草をする。
呼吸を必要としないとしても人間のクセはなかなか抜けないし、完全に気にしなくなると物足りなさを感じる。
気分を変える意味で次に向かう事にするのは広大な墓地兼修練場。
今も定期的にアンデッドモンスターが湧き出る場所だが、元々は死者を弔う所なのに何故、現地の人間は墓地として使おうと思ったのか。
落ち着いて考えれば危険な場所だと気付くものだが――
「まあいい。それは考えるのが面倒臭い」
声に出して次の行動に移る。
ハムスケを呼び寄せ、備え付けている鞍に跨る。
大柄な身体であるモモンにとっては苦もない事だが、小柄な人物では大きい身体のハムスケに苦戦すると思う。身体にしがみつくだけで意外と大変である。
単なる乗騎動物ではなく、戦士職と魔法職を持つ万能キャラだ。
更に現地特有の『
(だからこそハムスケは現地の生物という証明になる。俺たちはまだ
見えない敵に怯え続け、ナザリック強化計画を推し進め、それで得たものは何だったのか。
過剰戦力による退屈な日常――
敵を望むのは不本意だが、NPC達が満足に行動できないのは遺憾であると言わざるを得ない。
◆
嫌な考えばかりでは精神的不健康なのでさっさと目的地に向かう事にした。
とはいえ、別段急を要する案件では無い。
軽く様子を見た後で、その後の予定は何も無い。だからといってそのまま帰っても虚しいだけだ。
「……いや」
夕方までのんびりと過ごすのも悪くはないか、と。どうせ今日は仕事が無い。
――お抱えメイドのことをすっかり忘れていたが、後で詫びを入れておく事にしよう、と。
多人数で生活する上で個人の自由は随分と減ってしまった。しかし、仲間を熱望したのは他ならぬアインズ――モモンガであった。
今更わがままを言って一人になってしまえば孤独の毎日を過ごす羽目になる。
(俺はわがままである事を自覚し、余計な考えに囚われすぎてはいないだろうか)
宝が手から零れることを恐れるあまり――
大事な事を見落としてはいけない。
(宝物殿のパスワードのように……。でも、あれは間違っていたらしいが……。何故、シズは正しいと言った? いや、頷いた? それと間違っている筈なのに通路を開放したのは……)
今から思えば不思議な事もあるものだ、と。
「……いや……まさかな」
アインズは脳裏に嫌な予感が閃く。
もし仮に確証を得てしまうと――、自分の考えは時々、間違っていてほしいと思う時がある。今が正にそうだと言える。
(魔法は正しく機能している。従来品よりパワーアップしているところはあるけれど……)
全てではないとしても、確認して解決を図らないと喉元に引っかかった魚の小骨のように、いつまでも気になってしまう。
それでも行動するには勇気が今ひとつ足りない。
それが真実であった場合だ。
魔導王と言われていても中身は一般人の小心者。
大それた行動を堂々と取れるのはアバターのお陰だ。そうでなければ大きな事案を動かせる筈がない。
多くの助力があるからこそ、だ。
「……殿? ずっと黙っているでござるが、どうかしたでござるか?」
暢気なハムスケの言葉に現実に戻るモモン。
他人の言葉が今はとても欲しくてたまらない。
「現場には着いたでござるよ」
「……うむ。少し考え事をしていてな」
妖しい雰囲気漂う強固な石造りの扉が目の前にある。
多くの兵士達が警備の為に配置されていた。
◆
墓地への出入り口は東西南北の四箇所。それぞれが巨大な石壁と分厚い鉄扉によって閉ざされている。
遺骨を納める場合は多くの兵士達の付き添いがあるようだが、あまりに物々しいので人件費は相当に高いのでは、と疑問を覚える。
それだけ物々しいと貧しい者の死者の弔い方はゴミ捨て場行きになりそうなものだが――
モモンは首から提げている冒険者プレートを見せて墓地の内部に入る。
複雑な手続きで防衛してしまうと自分の首を絞める事になるからだ。――それに中には自分達のシモベを送り込んでいるので監視は怠っていない。
(戦闘自体は二十四時間出来る仕様だけど……。定時に帰宅できる修練場っておかしいよな)
特にモンスターは冒険者の都合を考えて現われるわけではない。
時間によって現われ易くなるか、どうかだけだ。
朝七時に
この世界はおかしい、と。
ゲームのキャンペーンとかであれば納得してしまうけれど、この世界にゲーム会社の都合は反映されるわけがない。――と、一概に否定できないところもあるから困ったものだ。
そんな事を考えつつ奥へと進むモモン。
アンデッドモンスターは基本的に生者に向かっていく性質がある。それゆえにモモンの姿に気付くアンデッドモンスターは一定距離を保ったまま近付こうとしない。代わりにハムスケがひきつけ役となっている。
「適当に追い払うだけにしておけ」
「了解でござる」
ある程度進んだところで他の冒険者の姿が見えてくる。
出入り口に近いところは低位のモンスターが出てくるが中心部に近くなるほどに強敵が現れる仕組みとなっている。
最難関に
金級以上の冒険者であれば討伐できる程度の難度設定になっている。
◆
無謀に近付く
これだけ物騒な場所に誰が何の為に作り上げたのか――
建物の歴史を調べようという興味はモモンには無く、ただの休憩施設としての意識しかなかった。
ゲーム時代の建物であれば調べたかもしれない、という程度の気持ちしかない。
「霧が濃いな」
不穏な雰囲気に見合った演出に思わず苦笑が漏れる。
季節も関係するのかもしれないが、緊張感を持たせるには充分の理由付けだ。
ハムスケには近場で待機を命じて、モモンは適当に辺りを徘徊する。
(墓場はいつも薄暗いよな。ここだけ時間の流れが狂っているのか?)
常に真っ暗闇というわけではないと思うけれど、雰囲気作りとして一部の地域は
単にタイミングが悪かったと思いたいが――
モモンは部下に時間を尋ね、夕方辺りだと知る。もう少し時間を潰してから行動を開始する事にした。それまでは何も考えず歩き回る。
人間の時と違い、疲労しない身体は時として便利である。
懸念は精神的な疲労くらいだ。
(……といっても、運動してもステータスが上昇しないけどな)
剣を振っても鍛錬の足しにはならない。魔法を唱えても魔力の上昇にはならない。
経験値の積み重ねだけだが、感覚としては何も得られた気分にならないのが残念な所だ。
常にステータスの確認が出来たゲーム時代とは違うので仕方がない。
(ゲーム感覚……。この身体がそもそもゲームのままだからどうしようもないんだけどな)
骸骨姿で現実として受け止めろ、なんて――。無理に決まっている。
魔法や様々な能力が扱える。それも物理法則を無視したようなものばかり。
それで現実としての感覚になれ、というのは無茶すぎませんか、世界。と、問いかけたくてたまらない。
◆
適当に時間を潰していくと闇が一段と濃くなった。
この辺りまで人は来ないという話なのでシモベ達に灯りの用意を整えさせる。それとハムスケに食事を与えるように命令する。
ここが現実であるならばシモベなどそもそも居ない。より正確に言えばモンスターという概念があるわけがない。
それが存在する異世界――
あまりにも疲れすぎて現実逃避しているのかもしれない、と思った事は一度や二度ではないが――
時間的に何年も経過しておいて、これが全て幻だとは到底思えないし、思いたくない。
(唐突に現実へ回帰するとしても、だ。これまで得た感覚をすんなりと失えるものなのか?)
それにいやに冷静にものを考えられる自分が居るというのに。
精神攻撃に対して完全耐性を持つアンデッドモンスターが実は全て幻を見せられている、というのは些か非現実的だ。
(世界を騙す幻術……。または究極の魔法……。未知の
この三つだとすれば正にゲーム的だ。
それ以外だとモモンの知識では解明しにくくなる。というか不可能に近い。
答えの出ない問答は虚しいが検討くらいしか出来ない。
頭脳担当ですら頭を悩ませるのだから自分が悩んでもどうにもならない事は自覚している。
(仮の話だとしても、だ。それらはゲーム的であるがゆえに制限があるはずだ。無限ということは考えられない。……仮定としてありえるのであればゲーム的に破綻していなければならなくなる。そして、それを
それにゲームを作る上で避けて通れないのが世界を構築する為に必要なデータの容量だ。
膨大なデータを許容するサーバの存在は知らない。
それにキャラクターの表情データすら用意できなかった運営会社にそれだけの事が出来るとも思えない。まして――、ゲーム会社は一つだけではない。
◆
考えてもやはり泥沼に陥るだけで不毛極まりない。しかし、ここまで落ち着いてものを考えたのは久方ぶりだ。
モモンは空を仰ぎ見る。
低地は薄い霧に覆われているが空は晴れ渡り、星もいくつか見え始めている。
場所が墓場なのが残念な点だが――
(本格的に空を探求し、真実を見極める事も計画しておかなければ……)
その美しさは果たして何処まで本物なのか、を。
地上に意識を戻し、時間を確認する。
「……そろそろ頃合か」
とはいえ、と思いつつ部下を呼びつける時、あまりにも即座に対応されると我がままな上司と然程変わらない事に辟易する。
仕事を継続している部下の邪魔は出来るだけしたくないのだが――
自分の都合と相手の都合の兼ね合いの調整は実に難しいものだとモモンは思う。
魔法による連絡方法にて呼びつける相手は戦闘メイドの『ナーベラル・ガンマ』だが、来てもらう方法は優遇しておく。
贅沢な『
個人で扱える術者が少ない第十位階魔法だ。ナーベラルは術者レベルが足りないので習得していない。
魔法的な不定形の門がモモンの側に現れ、中を潜ってきたのは学生服姿のナーベラル。
「良く来てくれた。服装については問うまい」
「はっ」
ナザリックでは一般的なメイド服を着ている事もあるナーベラルだが、いつも戦闘用の装備をしているわけではない。
しかし、一部のNPC達は決まった服装が多い。――時々、肉体と同化しているのではないかと危惧する事も――
普段と違う服装で居てくれると――理由は分からないが――安心する。
早速、簡易的な外套をナーベラルに与える。――誰の目にも付かないとはいえ念のためだ。
◆
夜間に入った霊廟周りは人の気配よりはアンデッドモンスターの反応の方が多く感じられる。
遠くではそれらのモンスターを討伐する冒険者達が頑張っている筈だが、モモン達にはどうでもいい事だ。
「……別にここを合流場所にしなくても良かったな。では移動するか」
シモベに支度だけさせて、モモンはハムスケとナーベラルと共に転移にて宿屋近くに移動する。
夜間に入った街は人通りが減るものだが、夜行性の亜人達が活発に動き出す事がある。
商店街や飲食店の一部は営業を続け、賑やかな様相が拝める。
モモン――魔導王として早寝早起きを強制しているわけではなく、それぞれの種族の特性に従って健康的であれ、と通達している。――もちろん他の種族の迷惑行為はできるかぎり厳禁としている。
以前はアダマンタイト級として最高級の宿屋に宿泊していたが見栄による無駄な散財を改めてするべきか迷うところだ。
このところまともな仕事もやっていない。かといって安宿に止まっては何かと目立つ。いや、このままでも充分に目立っているけれど。
適当な場所として思い浮かぶのは
エ・ランテルにあったものは閉店し、カルネ村に小さな店を構えるに至っている。ただそこは研究が主で物品の販売は近くの大都市に改めて店を構えて営業している。
この都市にあるのは冒険者モモンが秘密の会合をする為に
魔導王として接収する事は容易いのだが、モモンを動かす上で名目上は
事前にシモベに店の状況を伝えてもらい、そこに向かうモモンとナーベラル。
◆
現場の店の中にあったものは殆ど移動され、ガランとした空間が広がっている。
全盛期には無数の棚に様々な薬草類が詰め込まれ、訪れる冒険者達にポーションや薬草、または住民の病気を癒す薬などを提供していた。
移転した後の店というのは驚くほど早く蜘蛛の巣に支配されやすい。
室内に灯りを
「……ここも懐かしいな」
実質一度くらいしか訪れた事が無いのに、と。
何者かが拠点として使っている形跡が無い事を確認した後、一息つくモモン。
狭い室内で大きな武器を振り回すのは悪手なので消しておく。
「ここら辺は……割合奇麗だな。あまり……というか殆ど使っていないからか……」
掃除の為にメイドをいちいち転移させるわけにはいかないので何らかのモンスターを入れている筈だ。だが、モモンはその詳細までは確認していなかった。
一度与えた命令をど忘れすると永遠に仕事に従事する部下が居るのではないかと危惧する。
なのでシモベ達に声をかけ、休息を与えるように改めて命じる。いずれは定期的に声掛けをする事を予定に記しておく。
モモンことアインズ個人としては部下を酷使する気はない。こういう細々とした仕事などは気持ちよく働いてもらいたい気持ちがある。
それが使い捨てのシモベだとしても。
(そういう事にクセをつけておかないとブラック企業になりかねない。それに部下を労わる心を養う上では自分の為にもなる)
人はそれを『情けは人の為ならず』と言う。
情けは人の為にならない、というような悪い意味に取られがちだが、これもまた誤用される言葉である。
かく言うアインズもつい先日まで間違って覚えていた。
(部下達に気持ちよく働いてもらえる環境というのはモチベーションの向上に繋がり、運営実績も上方へ向かう傾向にある。嫌な会社で働いて身体を壊せば人生を棒に振ることと一緒だ)
側に控えるナーベラルに顔を向ける。
NPCである彼女とて不甲斐無い上司の下で仕事をするのだから、いずれは不満などが爆発しても驚かない。というよりは
それは見栄かもしれないし、自分のやっている事が間違っていると自覚するのが怖いとも言える。
(……実際に怖いと思う。誰だって……とは言わないけれど……。人の信頼を自分で裏切る事は好きではない。手段として
裏切られることが好きな奴は居ない。それはそれで怒りが湧く。その反動もまた大きい。
それに自分は見た目とは裏腹に小心者だ。それを自覚しているからこそ虚栄心は甚大である。
だが、それらも多くの仲間たちや現地の人間達とのコミュニケーションの積み重ねを経ているからこそ想定以上に和らいでいる気がする。
(早期に俺の正体に気づいた『ンフィーレア』……。その彼のつてで知る事になった『エンリ』……)
この人物達が居なければ自分は今でも姿を偽ったまま生活していたかもしれない。
後に出会うバハルス帝国の皇帝『ジルクニフ・ルーン・ファーロード・エル=ニクス』との謁見。
小さな努力と勇気の積み重ねが今の自分を形作っている事は紛れもない事実だと思う。
(……今から思えば俺ってどんだけ小心者なんだよ)
と、思っていたら精神が抑制された。だが今は気にならない。事実は事実として受け止める覚悟があるからだ。
少し考え事をしていたが現実に戻らなければナーベラルが心配の眼差しを向けてくる。
◆
部下だからといって頻繁に頭を撫でるのは付き合い方としてはどうなのか。何かが間違っている気がする。
普通の会社を思い浮かべれば一目瞭然。
上役が部下を誉めるのに頭を撫でる奴は居ないし、異性であればセクハラ行為だ。
「……ところでナーベラル」
「はっ」
「学院生活は楽しいか? 命令として与えたものだが……」
「楽しいかどうかは……。申し訳ありません。任務以外の感情はどうにも……」
想定内の答えだったので、残念に思う。
人間相手だから仕方が無い部分もある。だが、それでも何かしら学ぶべき事があって興味深い、とか言ってほしかった。
そういう融通がNPCには適応されないのかもしれない。
「現地の魔法学は我々のものとは違う。他の人間にかまけずとも良い。それらはフールーダに任せておけ」
(腐れジジィには適当な命令を与えてしまったが……。人物眼の見極めとしては優秀な
「畏まりました」
「……ぷにっと萌えさんについては俺の命令範囲外だが……、協力できる範囲で従ってあげてくれ。あの人も知識欲の塊だからな。……学院を放火して遊んだりはしないと思うが……」
「はい。シモベとの連絡を密にしているので……。しかし……、あ、いえ……。モモンさ……ん」
言いにくそうにしているナーベラルに顔を向ける。
部下の疑問は何でも受け入れる所存なので、発言に制限は設けていない。それに今はシモベを除けば二人っきりというシチュエーションだ。
「遠慮するな。……強引に命令とは言いたくないからな」
「はっ。……では、誠に恐縮ではありますが……、ぷにっと萌え様はナザリックに何かしらの不満を抱いておいでなのでしょうか?」
「……ん。……しいて言えば強者の不在だろうな」
それはぷにっと萌えだけではなくアインズ自身も思っていた事だ。
強大な力を持つ者が同レベルの敵を恐れている。しかも敵は未だに姿を見せない。
それを何年も続けていけば精神的にも疲弊してくる。
何処かで発散したい気持ちが湧くのも自然の流れだと思う。
「現地の人間がナザリックに脅威を与えるのはずっと先の事……。それこそ何世代も重ねる事態だ。その間、我々は暇を持て余す。かといってナザリック内部で抗争するわけにはいかない。……分裂も論外だが……」
流石にぷにっと萌えとて脱退表明はしないと思う。
その理由としては手元に必要な『もの』が圧倒的に無い、または足りないからだ。
各自それぞれ必要な物を得れば、違う道に進んでもおかしくないし、アインズとて永遠に一緒で居る事は夢想していない。
◆
本人不在でよからぬ問答をしている事に少なからず罪悪感は覚えている。けれども部下が疑念を抱いている以上は解決を図らなければ鬱屈した感情が拘泥したままになってしまう。
もちろん自分もせっかく
集めるだけでどれだけの労力を割いたと思っているんだ、と大声で言いたいところを我慢する。
「将来的には……」
(国という煩わしい枠組みを放棄して時代の流れを楽しむ方向も……。我らは不死性のクリーチャーだ。一つところに拘る必要は無い)
そんな心境になるのが今日ではないというだけだ。
漠然とした未来は希望として持つのは吝かではないが、目下の厄介ごとは未だに気になる。――ただそれだけのことだ。
「……先の事はあまり考えたくないものだな。ナーベラル。お前一人でぷにっと萌えさんをどうにかしろとは言わない。……出来る限りでよい。彼の行動に注意を払う程度に留めておくように」
「……畏まりました」
あまりに緊張感を持っていると勘ずかれる。
その辺りの微調整はNPCには不得手な分野かもしれない。
バレる時はバレる程度で様子を見るしかない。
(二人だけでは要らぬ緊張感を持つか。せっかくここまで来たんだし、俺も魔法談議と行こうかな。……というかそれが目的だったと思うけれど)
ナザリックに連絡を入れて、狭い室内に呼び込んだのは謹慎中の『ぷにっと萌え』だ。――ナザリックの支配者権限を使って――
大きなテーブルの周りに椅子を配置した。これは別に不要だったかなと思ってぷにっと萌えの分以外は撤去させた。
二度手間になってしまったが仕方がない。
「ナーベラル。以前、ここで
以前、この部屋には死体が転がっていた。
綺麗に掃除されていることを除けば部屋の様子はそんなに変わっていない。
「はい。下等……人間の捜索を
人間を下等生物呼ばわりするのはもはや仕様として諦めているが、たまに出てくると懐かしさを覚える。その点でNPC達は学習能力が
◆
ぷにっと萌えを部屋の片隅に控えさせてアインズが
当人もそのつもりで学院の生徒に魔法を教えようと思っていた筈だ。
「……事前に霊廟にアイテムを設置しておいたから、それの捜索というシチュエーションだ。時間制限は特に決めていないから慌てる必要はないぞ」
「承知いたしました」
「講師はぷにっと萌えさん。お願いできますか?」
「嫌でありんす」
声真似で拒否された。
事前に『口唇蟲』を借りたようで、色っぽい声を出しやがった。
謹慎中にも関わらず、懲りずに遊び心を養っていたと見える。
「……拳と魔法による制裁のどちらがいいですか?」
ゲーム時代では笑顔の
「……すみません。ほんの出来心です」
可愛い声で言われると許しそうになるが、彼は純然たる男性だ。
しかし、色んな声を持つ口唇蟲があるんだな、と感心する。
アインズもやろうと思えば女声に出来る。見た目
自分を気持ち悪いとは何事だ、と憤慨した後で精神が抑制された。
「……本来であれば、ここに来る前から既に対処していなければなりません。気配とか足跡を消すような……」
「……それは無しで。ここから始める、という事で」
確かに調査する前段階からの対策も大事だが、何ごとも完璧には進められない。
足跡の問題は基本的に荒野や馬での移動が想定される。――それとは別に――ぷにっと萌えの女声は無視する事にした。
テーブルにアインズは無数の丸められたスクロールを並べる。その後で一本ずつナーベラルは中身を確認していく。
ぷにっと萌えも同様に確認し、必要とあれば追加を用意する。
◆
切羽詰った緊張感は今回は無しの設定にする。最初からナーベラルを追い込んでも仕方がない。咄嗟の時は結局のところ力押しとなるのが目に見えているので。
まずぷにっと萌えは魔法の解説から始める。
どんな魔法にも使用目的がはっきりしないと無駄打ちになりやすいので。
「効果時間の都合で連続で使用しなければならない。だからこそ事前の知識は大事だ。……ここまでで疑問はあるか?」
「物質要素はいかが致しましょう?」
「必要経費だ。それと試験というわけではないから疑問点があれば遠慮はしなくていい」
ぷにっと萌えの言葉の後でアインズは頷いた。
まずはそれぞれの魔法の再確認作業から。
「基本は防御だ。それから低位の魔法で固めていく。ナーベラルは種族の
「はい」
「魔力系、信仰系、精神系。その内の一系統だけでやりくりし、パーティであれば互いに補い合う。だが今回はプレイヤー人数は想定しない。……ごちゃごちゃ言っては混乱するか……」
無数の魔法を駆使し、目標を見つけ出す。
仮想敵に対する場合は相殺や対抗の応酬が主だ。相手が一方的に無防備である保証は何処にもない。
特に対人戦闘は顕著と言える。
(
NPCはプレイヤーと違い、細かい命令が行き届かない傾向にある。
この世界においては限定された命令から解放されているので、そういう危惧は解消されているようだが――
ナーベラルは使う順番にスクロールを並べ始めた。
(ある程度、行使できる者が居るとワクワクする。もちろん自分でやるのも楽しいのだが……)
(……しかし、手に持った程度で情報が脳裏に浮かぶ仕様はよく分からないな。データクリスタルとか見た目だけで区別できないのに……。ゲーム時代の仕様がそのまま生かされている部分は何なんだろうか)
アインズとぷにっと萌えはナーベラルの行動を眺めつつ、それぞれ違うことを考えた。
論理的に説明できない仕様がこの世界には存在し、ゲーム的な理解で済むのがそもそも理解不能。だが、それが通用する世界なのだから仕方がない、と自分に言い聞かせて無理矢理納得していく。
それが自分達のようなアバターのプレイヤーやNPCだけの問題であれば良かった。
この世界はどういうわけかゲームの仕様が昔から適応されている。それも文化としてしっかり根付いている。
納得してはいけない問題だと思うのだが――
◆
そうこうしている内にナーベラルの用意が整ったようだ。
魔法を使う前にまず必要な事は『目的』である。
使用目的がはっきりしない内は無駄な消費だ。
「アインズ様。対象をお教え願えますか?」
対象を教えずにそれを当ててみろ、という場合は精神系で相手の思考でも読まないと無理だ。しかもアンデッドモンスターに精神系がほとんど通用しない。
通用するのは物品くらいだ。
「エ・ランテル全域では時間が掛かるから。今回は捜索範囲を狭めておく。……例によって墓地だが……」
と言いつつテーブルの上に町の地図を広げる。
大雑把な簡易地図だが、全体像を把握する上では充分な代物だ。
「……失点1だ」
「えっ!?」
「……あ」
ぷにっと萌えの言葉にナーベラルが驚き、次いでアインズが何かに気付いた。
長く共に冒険してきたアインズだからこそ失点の意味にすぐ気付けた。しかし、ナーベラルは自我が芽生えたてで、こういう戦闘経験は――ぷにっと萌えの記憶の中では――殆ど無い筈だ。
「やり直し」
無情な言葉に何が悪かったのかナーベラルは思考を巡らせる。
ぷにっと萌えは地図を一旦引っ込めた。
「本来は最初の段階から駄目だったのだが……。最初だから無視する事は本来は想定したくない。ここで問題だ、ナーベラル」
「は、はい」
「敵が居ない探索であれば対抗策は
「そのようでございます。探知する前には様々な防衛対策を施し……」
「ならば最初にすべき事は足跡を消す。または痕跡を消す。……しかし、今回はそれを無しにした。では、最初にすべき事はなんだ? 魔法名はこの際、無視する」
ぷにっと萌えの言葉にナーベラルは緊張を持って答えていく。その合間にアインズは何が駄目で何が必要なのかを頭の中に浮かべていく。
魔法の知識ではぷにっと萌えに劣らないほど有していると自負している。しかし、運用に関してはそれぞれ得手不得手がある。
最初の段階で打つべき方法――。この場所に入る上で必要な事は痕跡を消す事と偽装情報をばら撒く事だ。
対抗魔法での反撃だと時間帯や周りの状況で、かえって目立ってしまう。
目立つこともまた方法の一つだが――
◆
魔力系だけであれば出来ない事もあるが――ナーベラルのような種族や
一系統のみを極めたい者が無理して得る必要はないし、決めるのは本人だ。
(一部はマジックアイテムに頼るところがある。それらも抜きにしようか。……問題点を自分で考えることも大事だ)
全ての準備が整わない場合の方が多い。それでも必要な物が何かは知っておいて損は無い筈だ。
「……この場所の隠蔽でしょうか? ……それだとかえって目立ちますか」
ナーベラルの言葉にアインズは頷いた。
隠れ家を隠蔽することも大事だが、ここは多くの建物が密集する。そこに魔法による隠蔽を施せば逆に目立ってしまう。
魔法的なオーラなどを感知する方法とかで。
「この部屋を起点とするならば……。まず何をする?
ナーベラルは部屋を一望する。
出来る事は恐らく限られている。であれば最初にする事は消音か、と。いや、と――すぐに否定する。
用意された魔法のスクロールを再確認する。それだけで時間的な損失ではあるけれど、ぷにっと萌えは口出ししなかった。
「……作業を見抜かれないようにする事です、ね……。隠蔽は無駄撃ちになる気がいたしますので……。やはり消音……」
「外部からの探知を妨害する上で最初にすべき事は遮蔽だ。しかし、それはそれで居場所が目立つ。そして、魔法に頼らずとも銅版などを壁に仕込めばある程度の魔法対策に繋がる」
この世界の貴族の建物などは魔法に対処する為に金属板を使っている。
ある程度の厚さを持たせれば魔法は通り難くなる。そして、金属板を用いることで魔法の力を更に遮断できる。
魔法は金属を通り抜けられない。物理的に抜けなくはないけれど――
「見られることも想定しておけば……。消音は正解に近い」
「ありがとうございます。遮蔽を抜きにした想定となると……」
最初の段階で敵からの視線に晒されている。そうであるならば視界を阻害すべきか、それとも――
ナーベラルは必死に思考を巡らせる。
以前
「最初の段階であるならば姿を隠蔽するのだが、既に目星をつけられて潜まれていれば魔法のオーラを探せばいい。……ただ、それは追跡者が居る、という前提だ。単なる隠れ家としての使用なら闇夜を使い、進入する時に足跡を消す事だ」
「……うん。ただ、それを毎回のように使えないのがもどかしい」
頷きつつアインズは言った。
外で活動する上で異形種である自分達には敵が多かった。だからこその対策だが――
魔法のスクロールはあまり乱用できない。手持ちの魔法だけでやりくりするのも限界がある。
今は
「……対策内容と魔法が一致しないのは致し方ない。けれども、用意したものの内容を調べる時間は与えた筈だ」
「申し訳ありません」
厳しいぷにっと萌えの言葉。
ナーベラルはNPCだから、という甘い考えはアインズとて今は言えない。
敵への対処を怠れば酷い目に遭うのは自分達なのだから。
積み上げた信用が失墜する恐ろしさは言葉では言い表せないほど。だからこそ行動には慎重を期している。
悪巧みはバレたくないものだ。
今が単なる捜索の為の魔法授業だとしても、だ。
赤の他人に盗み見られたくない。――自分達は覗き見てしまうけれど――
「……言い忘れていたが……」
(ぷにっとさんの言葉で自分の失態を思い出すとは……。しかし、それをすると探しようがなくなる)
アインズは物を隠す時の対処を思い出した。
余程大事なものであれば忘れないのだが、今回は探されてもいいものだったので失念していた。
物体を隠蔽する魔法を使うと探知魔法を阻害してしまう。それを見つけるのは今のナーベラルには苦行となる。
もしそれでも探す場合は術者レベルをアインズより高くしなければならない。それを可能にするには儀式魔法などで取り掛からなければならなくなる。
「目標には魔法的な加護は施していない。シモベは配置しているが、それを捜索対象にするなよ」
「承知いたしました」
「……あくまで物体のみか……。遺失物の方が探し甲斐があるのに……」
「そこまで難易度を上げては……。少しずつレベルを上げればいいじゃないですか」
ハイレベルな戦いを控えているわけではないけれど、NPCの成長は素直に興味があった。
自分でものを考えられる彼女達の今後の成長――
それが良い方向になるように導くのが至高の御方と呼ばれる自分達の責務だ。
――多少、甘くしてしまうのは女性だからか、それとも――
◆
以前は敵が侵入した後でモモン達が訪れ、作業を開始した。――それゆえに既に敵に覗見られていてもかしくない状況だった。だが、今は確定していない仮想敵が存在している。
部屋の中には何も無い、という想定。
教えられた魔法の中でナーベラルは一つの魔法スクロールを手に取る。
「どの道作業を見られているのであれば最低限の消音……。作業台において外にもれ出ないようにします」
「隠蔽すると襲撃率が上がる。であれば……あえて見せはするが聞かせない。その通りだ、ナーベラル」
「ありがとうございます」
様々な魔法のスクロールを用意しているが、実質扱えるのは第八位階程度まで。
ナーベラルの術者レベルを考えると最高位階では成功率に不安が残るので、現場の隠蔽は想定しない事にした。
それと対象となる物体に
だからこそ余計な魔法を使用しない方が費用対効果としても都合がいい。
「〈
この魔法を使った後でぷにっと萌えは頷いた。
効果時間に制限があるので次の行動に移るように言いつける。
この魔法は『
密室での作業には充分な魔法だ。――それと大事な事だが、低い位階である為に魔法のオーラを見られた時、警戒レベルが低くなる可能性がある。逆に高ければ警戒レベルを上げられて、かえって事態が厄介な方へと傾くおそれがある。
この世界には見るだけである程度の位階を見抜く『
音を封じられた後は『目』だけが頼りだ。
「では、アイン……モモンさん。改めて対象をお教え願えますか?」
「音消しの効果中はアインズでも構わん。場所は既に言ってしまったが……、墓地のどこか。……それで探すものは予備の『
シモベに守らせているとはいえ、本物――予備だが――を対象とするのはやりすぎかな、と思わないでもなかった。けれどもナーベラルの成長を見守る為ならば我慢できる。
「あ、あの指輪を!?」
滅多に取り乱さないナーベラルが慌てふためく。それもその筈、無くしたアイテムはギルドメンバーのみに所有を許された特別なアイテムだからだ。それも敵に奪われてはいけないと厳命されたもの――
NPCである彼女にとっては命よりも貴い部類に入る代物である。それを対象にされれば緊張は一段と高まってしまう。
「で、では、早速捜索に取り掛かりたいと思います」
「焦るなよ、ナーベラル。有限なのは魔法の効果時間だ。それ以外では何度でもやり直していい」
女声のままぷにっと萌えが言うと妙に納得出来る、とアインズは苦笑を覚える。
野太い男声だとかえって緊張感が増すか、と思いはしたが異形種であるNPCには性別はあまり関係ないかもしれない、という思いも――
「高位の隠蔽は無しでいい。次の行動に移りなさい」
「は、はい」
現場を隠蔽する魔法はいくつかあるが、思いつく範囲の中では第八位階のものがあった。
対象がそれを使う価値があるものだと分かっても今は低位階からの使用に限定する。
これは授業なのだから、少しでも知識を積み重ねるのが主目的である。
◆
ナーベラルの術者レベルから効果時間を逆算すれば無駄に使える時間は多くない。
あまりにもギリギリでは困るので追加の使用を許可する。
出来る限り短時間で済ませるのがベストだが、何ごとも想定外の出来事は付き物である。それに今は質問しながら
(もし、対象を
(その前にモモンガさんを袋にしますよ。メンバー総出で)
(……大事なものは無くさないように努めます)
派手なギルド武器をうっかり無くす状況が全く想定できない――
もし、そんな事がありうるならば死亡確定かな、と思わないでもない。
(スポイトランスにしておけば良かったかな?)
(……あれをどうやって無くすんですか。奪われた、ならまだ理解出来ますよ)
ぷにっと萌えでも想像つかないシチュエーションに呆れる。
一部の武器は持ち主の意思で自在にインベントリに出し入れできる。だからこそ無くす、という概念が適応されないのではないかと――
自分の手から離れた後ならば考えられないこともない。
「〈
アインズとぷにっと萌えが小声で言い合っている内にナーベラルは次の魔法を行使する。
以前はアインズから説明を受けた上で行使した。しかし、今回は新たな想定で望まなければならない。ナーベラルは緊張感を持って行動した。
単なるアイテム捜索。敵の警戒は怠れないがやり過ぎも出来ない。
目だけが頼りの敵は見ているうちに得られる情報が狂ってくる事を時間差で感じる筈だ。――
「次は一気に進めていいよ」
「複数の選択が想定されますが……。どの程度まで想定すれば良いのでしょうか?」
ナーベラルの疑問にアインズは腕を組んで唸る。
正直に言えば前回と同じでいいのではないかと思っていた。だが、敵を捜索するわけではなく、単なるアイテム捜索だから過剰な対策は無駄だと思われる。
念の為でいいのであれば前回より少なくても問題は無い。
「興味本位のバカが遠くから覗き見ている、という想定で良い。今更隠蔽は無駄だ、……というのはどうだ? 何らかの相談はしているが声は聞こえない。であれば……見せつつ騙す」
「承知いたしました。……あ、ですがスクロールの使用は
「正確には三回だが……。今更だ。次で隠せば良い。魔力のみを追っている場合は徒労になるし……」
――先の魔法は視覚情報と魔力の痕跡を騙す効果があるので低レベル帯であれば充分と言える。しかし、スクロールでの使用なので魔法の効果としてはそれほど高いわけではない、というのが弱点かもしれない。
足跡を消す魔法にしても事前に使ってからでなければ効果が発揮されないし、後でどうにかできるという都合の良い方法が無い場合が大半だ。
今出来る最上を目指すしかない。だからこそ抜けがあっても対処できるようにする。
◆
最初から完璧なものがあるのならば誰もがそうしている。
仮にそんなものがあればお互いが身動きの取れない状態に陥るのは自明だ。
抜け道を探す余地があるからこそ競い合える。
魔法やアイテムなどで痕跡を追えない場合は手の打ち様が無い。
「……対抗策は施していない。捜索に全力を傾けてよい」
アインズがそう言うとナーベラルは頷いた。
紛失した箱に探知対策を施していると自分達が無意味に吹き飛ぶだけだ。
そういう危険を察知する魔法もあるにはあるのだが、ナーベラルの術者レベルが足りていないので却下だ。
可愛い部下の失態で吹き飛ぶのも悪くはないかもしれない、と思わないでもない。
「……想定が少し甘いですか?」
「いきなりハイレベルでは困ります。それに一人が行使出来る魔法には限界があるのが一般的です。これはこれで充分ですよ」
複数のプレイヤーが頭を寄せて魔法を掛け合うのが楽しいパーティプレイのあり方だ。
本当に十全な対策となると様々な魔法が飛び交うので
もちろん費用対効果の都合もあるし、つまらないことで散財するのはバカのすることだ。
(レアアイテムを求めて多くのプレイヤーがどれだけ散財してきたことか)
(応援しているぞ、ナーベラル。……しかし、仲間と相談しながら対策を練るのは懐かしいな)
部下の様子に何度も頷く漆黒の戦士モモン。
のんびりとアイテム探しをしたり、敵ギルドの攻略を練ったりしていた時代を懐かしむ。
この世界には自分達と同等以上の敵が見当たらない。――居たとしても少数だ。
実際のところ異世界に来てまで
◆
音を封じ、偽情報を展開した。
ナーベラルは時間制限の中で次の魔法スクロールを用意する。
いくら何度も挑戦できるとしても至高の御方達が見ているのだから無様な結果は出せない。
失敗しても良い、と言われても――
(魔法のスクロールとて貴重なものだ。無駄打ちに消費して良いものではない)
軽く息を整えて次の魔法を唱える。
仮想敵は覗いているだけ、という想定だ。だが、その敵を探るのは今回の目的にはなっていない。
作業内容を教えたくないので音を封じられて油断している、という想定を設定する。
「ここで敵が第八位階規模の探知魔法を使ってさっきの魔法を突破しようとしてきた」
「!?」
(おお? 別の仲間が勝手に余計な情報で撹乱するパターンか。……初期の頃はこういう混沌とした情報戦で仲間同士言い争うんだよなー。戦闘を重ねて対処方法を洗練させる……。何ごともやっぱり経験の積み重ねが大事だ)
ぷにっと萌えの突然の発言に対してアインズは懐かしさを覚えたが、棒読み気味に言い出した事でナーベラルはスクロールを持つ手が震えた。
意識を次の魔法に傾けていたので思考が混乱してくる。
「……隠蔽は……、い、いえ。隠蔽が必要ですね」
「術者レベルはナーベラルを超えている、という想定だ。……何事にも例外はある。もう一度、最初からやってもいいぞ」
「そんなわけには……。このまま続けさせていただきます」
消音の魔法をもう一度行使し、軽く息を整える。
高位の術者が相手となると騙すのは難しい。けれども何重にも対策すれば時間稼ぎにはなる。
「敵の情報は無視して良い」
アインズが言った。
物品の捜索が主な目的で敵の迎撃まで求めるのは酷だ。ここはぷにっと萌えにも譲らない。
条件が厳しい方が部下として、やり甲斐を感じるのかもしれない。けれども元々備わっている知識以上の事が出来ないナーベラル達にとって未知の分野はどうすることも出来ない筈だ。
◆
教わったことのない対処方法を模索し続け、ナーベラルはスクロールを握ったまま固まってしまった。
前回はそれほど難しい事は教えなかったし、防御を固める事に集中させた。
(ナーベラルは充分術者レベルが高いキャラなんだけどな)
第八位階まで行使できるので。
いや、捜索対象がギルドメンバーしか所有できない指輪というのが不味かったかな、と思わないでもない。
(といっても余り物の指輪だけど……)
唸るナーベラルの肩に手を乗せる漆黒の戦士。
ぷにっと萌えが鞭なら自分は飴になろうと――
「敵は複数……。ただし、監視する奴は一人だけ。残りは我々の動向を物理的に観察しようと目論んでいる。……そういう想定にしよう。遠慮なく隠蔽でも撹乱でもしようじゃないか」
「……アインズ様。申し訳ありません」
「だが、ここにはお前一人だけしか居ない、という条件だぞ。我々は空気だ。だから、アドバイスも悠長に出来ない。その上で、お前は敵の目を掻い潜り、見事にアイテムを探し当てるのだ。……普通はこんな無茶な捜索は依頼しないけどな」
だいたい、大勢の敵に追われている条件でナーベラルに
速やかに
(あくまで魔法の授業としての想定だからな。普通は大事なアイテムの
もちろん上位者として部下に仕事を任せるのも大事だと思っている。
一人で出歩くことを部下達は良しとしないから仕方なく護衛として戦闘メイドを使っているんだったかな、と過去を振り返るアインズ。
魔導王として君臨してからはあまり気にならなくなったが、部下の頑張りを気にする程度には自分も成長したのかな、と。
しかし、想定と条件が安定しないのも多人数プレイの醍醐味の一つでもある。
対
◆
既に高レベル帯の魔法による監視がある、という想定では難易度が格段に上がってしまうのでナーベラルが先行した後で戦闘開始とする。――という条件になった途端にアインズは呻いた。
最初にしては厳しすぎませんか、と。
「無いよりマシな高い難易度からの方がかえって楽な場合もありますよ。やる事はさして変わりませんし」
と、平然とのたまう
数多の戦場を潜り抜けた
「手持ちの魔法は提示していますから。それらを使うだけです。別に問題はないでしょう」
「……そ、そうですか?」
(ナーベラルがメチャクチャ混乱しているように見えるんですけど)
NPCに想定外の状況を打破する事など本当に出来るのか疑問だ。
教えた知識を吸収する仕様になってはいるようだ。それでもまだまだ頼りないところがある。だからこそ一つずつ教えていっているわけだが――
余計な追加要素はアインズの場合、腹を立てる自信がある。
『ふざけんじゃねーよ』または『余計なことを言って集中を乱すな』――これくらいの怒号は仲間内でも飛び交うものだ。
それもまた良い思い出となるけれど――殴り合いの喧嘩は勘弁してほしい――
「急な条件変更も時には起きる。ナーベラル。ここで大事な事は臨機応変に対処する事だ。一見難しくなったように思えるが、やる事は変わらない」
「は、はい。……しかし想定が……」
思っていた事が完全に入れ替わったような感じになり、スクロールの束を見つめるナーベラルは戸惑っていた。
一つ間違えれば自分は詰みになるのではないかと。
「新たな条件として……、敵はナーベラルがどういう存在か知らない状態だ。ならば最初にしてくる事はお前が敵か味方かを識別しようとする。ただし、襲撃者と暗殺者は想定しない」
「しょ、承知いたしました」
「あと、一応お前一人で捜索する、という条件になっている。我々はただ試験を監督する者だ。一緒には行動しないから我々への対処はしなくていい」
「はい」
淡々と新たな条件を提示する女声のぷにっと萌えを黙って見ていると本当に厳しい教官のように思えた。
戦闘に関して容赦しない所は昔と変わらない。
もし自分なら敵を感知してから行動する。しかし、今回は敵を想定しない筈だった。
――仮に敵が居た事を想定した場合、隠蔽や不可視化などでやり過ごせばいいだけ。
(あっ、だから敵が居ても居なくても状況が変わらないのか)
アインズはぷにっと萌えの条件の謎があっさりと解けてしまった。
理解すれば納得出来る事がある。
一見厳しくなったように見えるだけで
いわゆる言葉遊びだ。
提示される言動に惑わされず、本質を見極める。それは正しく試験として相応しいものだった。
そして、アインズは助け舟を出そうかと思っていたが、あえて見守る事にした。
NPCがぷにっと萌えの言動に惑わされるかどうか気になったので。
混乱しているようには見える。しかし、ステータス的には混乱状態には陥っていない筈だ。
言葉だけで洗脳されるような弱者ではない。
実際のところ魔法や特殊なアイテムを除いて精神攻撃ができるものなのか、疑問ではある。
精神攻撃に完全耐性を持つクリーチャーには精神攻撃は通用しない。だが、詐術に絶対引っかからない、というのは考えられない。特に
新たな疑問点にアインズは軽く苦笑する。
まだまだ自分には知らない事があるようだと思って――
◆
息を整えてナーベラルは状況を整理する。
敵が居るのは理解した。その上で捜索する。つまり監視がある状態――人に見られている想定――で魔法を行使する事になる。
大事な事は自分が使う魔法の内容を感づかせず、目的を遂行する。ついでに敵の迎撃はしない。――絶対にしない、という事ではなく対策は怠れない、という意味だと理解する。
「移動する時、敵の追跡は無しにする。……というか、拠点から出たら普通に取りに行っていい。敵との遭遇戦はまた別問題だから。……だが、対処は怠るなよ」
「はい。……では、改めて始めさせていただきます」
「うむ」
最初に魔法を使う時から戦闘が始まる。そこでナーベラル側は相手を出し抜きつつ目的を遂行して試験を突破しなくてはならない。
ここまで一気に思考できれば始まる前から戦闘を終わらせる事が出来る。
実際には難しい事だが、一気呵成に先手を取りに行けば不可能ではない。けれども、それでもやはり格上相手には厳しい時もある。そこは経験次第だ。
漆黒の鎧を身にまとうアインズは唸る。
楽して勝てるのは格下が精々。一流どころは今のアインズでも苦戦を強いられる。それが現実である。
(……あまり最上級を想定したくないけれど、油断はしたくないな)
過度な警戒は精神の磨耗が激しい。
いくら強制的に抑制されるとしても――
部下の様子を見る余裕が今の自分には必要なんだな、と改めて感じた。
「〈
「……説明は省略する。次に行け」
漆黒のモモンの言葉にぷにっと萌えも頷きで応える。
「〈
身の周りの消音。偽情報と探知を阻害。
ここからが勝負である。
信仰系も織り交ぜれば――もっと――いやらしい対策を敷く事が出来る。――が、今回は魔力系のみに統一してもらう。それと無駄に対策しすぎてスクロールが勿体ないと思わないでもない。
――実際のPK戦では遠慮は無用。
「〈
立て続けに燃え上がるスクロールの様子にぷにっと萌えとアインズは頷きつつ感心していた。
本当ならば敵が居てこそ
第八位階が混じっていたが、必要経費として諦めると言った手前、グっと我慢の子――
『
代替魔法として『
『
『
せっかくかけた魔法が意味も無く無効化されたり、対抗策で吹き飛んでは色々と勿体ないので却下。――爆発に関しては流石に解除している筈だが、聞くのをお互い忘れていた。
それもこれも『
それに――再設定できれば仲間内での殺し合いの心配をしなくていいし、NPC達への疑心暗鬼も大幅に短縮できる、筈なのだが――
生身の肉体があれば大きく溜息をつきたくなる頭の痛い問題でもあった。
◆
身を守りつつ探索に意識を集中する。
その後で敵を観察しなければならないのだが、今回は無しにしている。というかアイテムのみが対象だ。
音の探知も無しにしているし、抜けが色々とあるなとぷにっと萌えは思った。
「〈
最後の魔法を使い、軽く呼吸を整えるナーベラル。
様々な魔法的加護や
「ここです」
迷う事無く指し示された場所は霊廟であった。
最初から知っている場合なので魔法が無駄だなと思わないでもない、と思いつつも一応は納得しておくモモン。
用意された地図は正確に描かれているものではない。更に確信を得る為の魔法を使わせる。
「その場所を我々に示せ」
「承知いたしました。〈
二枚のスクロールを同時に放ると一気に燃え上がり、代わりに現われたのは中空に浮かぶ円形の鏡――のようなもの――で、室内の様子ではなく別の風景を映していた。
そこには建物の片隅に転がる小さな箱があるのみ。敵と思われる人間やモンスターは見当たらない。
薄暗いこともあり、建物の陰に潜んだ
「……うん。見事だ」
「ありがとうございます」
アインズは部下を労った後にすぐに気づいた。
終わったんで回収してきて、と連絡を入れると終わってしまうことに。
せっかく魔法のスクロールを使わせたのがバカみたいで泣けて来る。――
◆
アイテムの事はさておいて――ぷにっと萌えは軽く唸る。
今回は特殊な事例だが、実際にはもっと対策しなければならない。
自分達と同程度の敵が居た場合は拮抗して身動きがとりにくいが、そこは囮等を使う。
「単なる進入禁止程度だが、毎回同じ魔法を使うわけではない。状況や仲間の有無によって臨機応変に変えていく必要がある」
「はい」
「位階や系統の制限はあったものの及第点は得たと見ていいだろう」
自分より下の相手ならば充分すぎる程だ。
更に隠蔽も本当はしたかった、と
物事には後始末も必要だ。
「アイテムを取りに行くのは面倒なので、無しにしましょうか?」
「そうですね。今回は魔法の確認だけですし」
「……では、ナーベラル。まだ終わりではないぞ。ここから後始末をしなければならない」
「魔法の解除ですね?」
特別なものを除き、効果時間が有限である魔法は放っておけば勝手に消える。しかし、その効果を早急に消す事も術者には出来る。
ちなみに
ちなみに超位魔法は位階魔法のように
「……いや、痕跡を消せ。それとも私がやろうか? 精神系だし」
「ご許可を頂ければ……」
どうせ歩いて取りに行かないので足跡を消す魔法は無駄だ。更に痕跡を消す魔法は系統が違う。――『
そして、ぷにっと萌えは何度か唸った。
魔力系に統一させておいた手前、他の魔法も使え、というのは無茶が過ぎる。だが、知識として教えておいて損はない筈だ。ナーベラルは全ての系統の魔法を使えるので。――メインは魔力系だが――
「特別に使用せよ」
ぷにっと萌えは自分の所有する魔法のスクロールをナーベラルに渡した。
一通りの魔法は揃っているが、なかなか自分で使う機会が無かったので丁度良かった、と思う事にした。
至高の御方から直々の手渡しに特別なアイテムのように扱う戦闘メイドのナーベラル・ガンマ。
誰が持っていても同じなのだが――。ぷにっと萌え達は気恥ずかしさを感じていた。
「勿体ないからと魔法をケチってなんとかしろ、とは流石に……」
(……多少は言うかもしれないな)
(第六位階以上のスクロールを毎回消費されるのは勘弁してほしいところだ)
アイテムの入手が困難な世界に来ているので、調達方法が確立されていないものに関して使用は――極力――控えたいと思っている。けれども、ぷにっと萌えの言う通りケチってばかりでは敵の思う壺だ。
アインズ達が想定している仮想敵は自分達と同レベル。油断のできない相手なのだから。
◆
痕跡を消す魔法というのは現場を物理的に消すことではなく、魔法的に焼き払うことでもない。――それはそれで正しい時もある。
ここで魔法的な探索をした、という状況を魔法的に消す事だ。
現場に踏み込まれて、ここで
分かり易い言葉では逆探知、またはサイコメトリーだ。
夥しい魔法の中には常識を疑う――いや、覆す魔法が多分に存在していた。その中でも超能力を模した物もあるのだから驚きである。
そもそも時間を止めたり、浮遊に転移とバラエティに富んでいる時点で凄すぎる。それは決して過言ではない。
「正直に言えば精神系は相手にしたくないな」
「そうですね。痕跡を消す作業が甚大になりますもんね」
ぷにっと萌えの言葉に同意するようにアインズが頷いた。
単なる魔法合戦であれば脳筋的な手法で楽が出来る。しかし、細かな操作を得意とする精神系は出し抜きにくい。
他に忍術なども精神系に含まれているが、大雑把に言えば詐術に特化した者が選ぶ。
言い方は悪いが対人戦を得意とするものは他人とのコミュニケーション能力にも優れている。アインズも人並みには対応できる。――だが、ゲームのようには優秀だと思っていない。
(敵としては脅威だが、味方であれば心強い)
(……ぷにっとさん。お主も
(おだてても何も出ませんよ)
と、小さく言葉を交わす至高の御方達。
ナーベラルはそれを羨望の眼差しで見つめていた。
◆
発つ鳥跡を濁さず、という
防御ばかり完璧だと自分達側が追跡する時、困難になってしまう。そこはちゃんと追跡関係の魔法を使う。――
それがたとえ転移で去るとしても――
「仕上げだ、ナーベラル。行動を開始せよ。……無理に完璧さを求めなくていい」
(減点方式だけど。どんな状況にも抜けがあり、学んでいくからこそ向上心を養える。それが無いのはただの作業だ)
「承知いたしました。……〈
ふむ、と言ってぷにっと萌えは頷いた。
本来であればこれで終わりだ。しかし、せっかく精神系を使わせているので追加を要望する。
「ここから動けば意味が無くなる……。ならば偽装工作が必要だ」
「……りょ、了解しました」
「……ナーベラル。ここまでの魔法は……、本来ならばもっと重要な時に依頼する。こ、今回は特別だから……許可しているに過ぎん」
アインズとしても使いすぎ感はあった。たかがアイテムの捜索だぞ、と。
これではユグドラシル時代と何ら変わらない。
(……うわぁ。時代逆行ってこういうのを言うんだ。まるで敵対ギルドに襲撃をかける前夜祭みたいだ。……懐かしいな)
緻密な計画を立てて複数で襲撃をかけるには絶対に相手に気付かれてはいけないし、ダミーをいくつか用意することもある。
魔法の二重三重の重ね掛けは基本とすら言える。これで信仰系も加われば本格的と言っても差し支えない。
それと大事な事だが今のところ全てスクロールによる行使だ。これが各専門
「やるからには徹底的に……。可愛い部下の頑張りは素直に誉めたいからね」
「……ぷにっと萌えさん。あんたは鬼だ」
それと――なんか――生き生きしている彼を止められる自信が無い。――あまり悪乗りされても困るので、次の魔法で授業を終えてもらうことを――強く――決意する。
「なら……。私からも命令だ。ナーベラル、仕上げに取り掛かれ」
「はっ。承知いたしました! 〈
精神系が相手の場合はあらゆるものから探られてしまう。それならば偽情報を――あえて残して時間稼ぎをすればいい。それに魔法そのものの痕跡を消すのは容易ではない。
例えば『
こういうところは時間との勝負になる。
◆
全ての魔法を唱え終えた後はさっさと現場から引き上げるだけだ。
転移により墓地の霊廟まで移動したアインズ達はナーベラルにアイテムの捜索を命令する。――といっても裏手に回って箱を拾うだけだ。
「……なかなか見応えのある様子でした。何度も繰り返せませんが、合格点をあげられるほどです」
「それは良かった。……ちょっと散財し過ぎな点が気になりますが……」
アインズとしては複雑な思いがある。
低位の魔法スクロールは安定供給が見込める。しかし、高位のものはそう簡単にはいかない。
上位に行くたびに材料のレア度が増すので。それとタダではない。
材料と魔法の他に制作費としてユグドラシル金貨が大量に使われる。
「魔法対魔法ならば充分ですが……」
世の中には理不尽な概念が存在する。
今まで使ってきた魔法の全てを無視して監視する方法がある。
多くのプレイヤーがその方法を取れるわけではないが、確実に一つ分は可能だ。それを防ぐ手段も限られている。
ぷにっと萌えとて、その概念に対抗する事は容易ではないし、ナーベラルに無茶な事を言うつもりもない。
「……いや、それ以上は無粋だな。とにかく……」
と、言いかける頃にナーベラルが――小さな箱を両手で大事そうに抱えて――戻ってきた。
久しぶりに懐かしさを思い出せた今は素直に部下を誉める事にする。
(満天の星空だ)
(次回こそは学院の
漆黒の戦士モモンとぷにっと萌えは揃って晴れ渡る夜空を見上げた。
墓地の中からだと不穏なものにしか感じられない。日照条件は街中と変わらないはずなのに――
だが、味のある風景には違いない。
〈
系統:占術 位階:魔力〈一〉、その他(
構成要素:音声、動作
距離:接触 目標:接触したクリーチャー 持続時間:1分×術者レベル
備考:この魔法を受けたクリーチャーは超自然的な感覚を得る。持続時間中、術者レベルに等しい洞察ボーナスを得る。
〈
系統:防御術 位階:魔力〈六〉、信仰〈八〉
構成要素:音声、動作、物質/信仰(鉄の粉末かやすり屑ひとつまみ)
距離:約3m 効果範囲:術者を中心とした半径約3mの放射 持続時間:10分×術者レベル
備考:術者を不可視の障壁が取り巻き、術者と共に移動する。障壁内では全ての系統の魔法、または魔法アイテムの効果や機能を遮断する。ただし、解呪されたわけではないので障壁から出れば魔法効果は機能を取り戻す。――魔法の持続時間も経過し続けている。召喚魔法の場合は障壁に入ると召喚クリーチャーは消滅するが持続時間中に障壁が消滅すると召喚クリーチャーは復活する。通常のクリーチャー、武器、矢弾は障壁に阻まれることなく内部に侵入することができる。魔法の武器は魔法効果だけ遮断される。
〈
系統:防御術 位階:精神〈四〉
構成要素:音声、動作
距離:接触 目標:接触したクリーチャー 持続時間:瞬間
備考:接触によって念術的に痕跡を消し、最近の履歴を無かったものにする。術者レベルによって痕跡を消す期間を決める事が出来るが現在を起点としてしか効果を及ぼせない。元々の名称は『
〈
系統:心術(強制)(精神作用) 位階:魔力〈二〉、その他(
構成要素:音声、動作
距離:自身 目標:術者 持続時間:10分×術者レベル
備考:術者の精神は効果的に情報を関連付ける事が出来る。『鑑定』、『言語学』、『呪文学』、『知識』のいずれかで良い判定を選ぶ事が出来る。
〈
系統:幻術(幻覚) 位階:精神〈二〉
構成要素:音声、動作
距離:接触 目標:接触した物体1つ 持続時間:1日×術者レベル
備考:物体に偽の精神感応を埋め込み、精神系魔法やサイコメトリー技能を用いた方法に対して間違った情報を与える。内容は術者が望む具体的な内容にする事が出来る。この魔法は自身のオーラを隠蔽する。その為、探知魔法や同種の効果で目標が魔法であると見抜く事は出来ない。しかし、物体が持つ魔法のオーラまでは隠蔽できない。
〈
系統:防御術 位階:魔力〈五〉、信仰〈五〉、その他(
構成要素:音声、動作、信仰
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2) 効果範囲:3立方mほど面積を持つ魔法の壁1つ 持続時間:1分×術者レベル
備考:通常の方法では感知できない魔法の壁を1つ作り出す。この壁は『
系統:防御術 位階:魔力〈八〉、信仰〈八〉、その他(
構成要素:音声、動作、信仰
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2) 効果範囲:3立方mほど面積を持つ魔法の壁1つ 持続時間:1分×術者レベル
備考:効果は『
〈
系統:幻術(紋様)(精神作用) 位階:魔力〈三〉、その他(
構成要素:音声、動作
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2) 効果範囲:3m四方を囲む透明な壁 持続時間:10秒×術者レベル
備考:透明なキラキラと光る壁を作り出す。この壁を通過するクリーチャーは直ちに圧倒的な
〈
系統:変成術 位階:魔力〈一〉、その他(
構成要素:音声、動作、物質
距離:接触 効果範囲:接触したクリーチャー1体 持続時間:10分×術者レベル
備考:目標となったクリーチャー1体は匂いが除去される。よって『鋭敏嗅覚』などの能力による感知および追跡されない。また『悪臭』の効果などを受けている場合、その部分を抑止する事が出来る。元々の名称は『
〈
系統:防御術 位階:魔力〈三〉、その他(
構成要素:音声、動作、物質(ユグドラシル金貨100枚相当の価値があるダイアモンドの粉末)
距離:接触 目標:接触したクリーチャーか物体 持続時間:1時間×術者レベル
備考:この魔法によって守られたクリーチャーや物体は『
〈
系統:占術(念視) 位階:魔力〈四〉、その他(
構成要素:音声、動作、焦点/信仰
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2) 目標:魔法の鏡1つ 持続時間:1分×術者レベル
備考:魔法の鏡を生み出し、そこに移動先を映し出す。元々の名称は『
〈
系統:占術(念視) 位階:魔力〈三〉、その他(
構成要素:音声、動作、焦点/信仰(小さな角笛1つ、あるいはガラス細工の目1つ)
距離:長距離(約120m+12m×術者レベル) 効果範囲:魔法的感知器官 持続時間:1分×術者レベル
備考:特定の場所に不可視の魔法的感知器官を作り出す。知っている場所、術者に馴染みのある場所、明確な位置――一度場所を選択すると魔法的感知器官は移動しないが術者が望む通りにぐるりと回り、全方向を見る事が出来る。
〈
系統:幻術(幻覚) 位階:魔力〈二〉、信仰〈二〉、その他(
構成要素:音声
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2) 効果範囲:物体1つ、または空間上の1点を中心とした直径2mの放射 持続時間:1分×術者レベル
備考:不用意に盗聴される事を防ぐ為、一定範囲を守る。中から外へ出る音はとても弱いものとなる。外から入る音は魔法の効果が及ばない。
〈
系統:占術 位階:魔力〈二〉、その他(
構成要素:音声、動作、物質(
距離:自身 目標:術者 持続時間:10分×術者レベル
備考:自分の視覚範囲内にある全ての不可視状態の物体や存在、エーテル状態のも含めて通常通り可視状態であるかのように識別する事が出来る。ただし、不可視状態になる為に用いた手段を知る事は出来ない。幻術を見破ったり、単に隠れていたり、その他の理由で見る事が難しいクリーチャーを発見することは出来ない。元々の名称は『
〈
系統:占術(精神作用) 位階:魔力〈五〉、精神〈四〉
構成要素:音声、物質(小さな脳組織の干物)
距離:自身 目標:術者 持続時間:1分×術者レベル
備考:約20m以内に居る意識のあるクリーチャーを自動的に識別し、その位置に気付く。識別したクリーチャーについてそれ以上の情報を得る事はない。
〈
系統:心術(強制)(精神作用) 位階:魔力〈二〉、その他(
構成要素:音声、動作、物質/信仰(地図の小片)
距離:約10m 効果範囲:術者、および術者を中心とする半径10mの爆発内の全ての味方 持続時間:10秒×術者レベル
備考:術者と味方に戦場における戦術を体得させる。戦場での位置取りによって洞察ボーナスを獲得する。
〈
系統:幻術(幻覚) 位階:魔力〈三〉、その他(
構成要素:音声、物質(小さな革の輪っか)
距離:接触 目標:接触したクリーチャー 持続時間:10秒×術者レベル
備考:本来居る位置から約60cm離れたところに居るように見せる。これによってそのクリーチャーは完全視認困難であるかのように扱われ、対象への攻撃は50%の失敗確率が付く。
〈
系統:防御術 位階:魔力〈三〉
構成要素:音声、動作、焦点(水晶製かつ白金製の砂時計1つ)
距離:接触 効果範囲:接触した同意するクリーチャー1体を中心とした半径約2m×術者レベルまでの放射 持続時間:24時間
備考:目標となったクリーチャー1体はこの範囲内に『瞬間移動』効果によって出現する相手が居た場合、人数、各々のサイズ分類、各々の正確な出現地点の情報を知覚する。また、相手は通常よりも10秒遅れて出現し、これに気付かない。元々の名称は『
〈
系統:超知覚 位階:精神〈四〉
構成要素:視覚
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2) 効果範囲:発現者を中心とした近距離(約10m+2m×術者レベル×2)の拡散 持続時間:瞬間
備考:発現者は他者が過去数分以内に使用した『瞬間移動』効果を知覚する。また、使用された方向、目的地、目的地までの距離の情報を識別できる。
〈
系統:占術 位階:魔力〈二〉、信仰〈二〉、その他(
構成要素:音声、動作、焦点/信仰
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2) 効果範囲:円錐状の放射 持続時間:精神集中(最大1時間×術者レベル)
備考:魔法の残留オーラを糸のような形状として視認する能力を得る。また、クリーチャー、魔法、魔法のアイテムのいずれかの残留オーラを識別できると共にその痕跡を辿る事が出来る。痕跡が複数の場合はその数によって識別の難易度が上がる。
〈
系統:占術 位階:魔力〈四〉、精神〈二〉、その他(
構成要素:音声
距離:自身 目標:術者 持続時間:30秒以上であれば1/5の時間。30秒未満であれば一瞬。
備考:記憶の断片を呼び起こして論理的で整然とした順番に手がかりを組み立てる事で、人物、場所、もの、出来事1つの情報を素早く分類し、照合する。この魔法を発動した後、『知力』、『言語学』などにボーナスを得る事が出来る。
〈
系統:変成術 位階:その他(
構成要素:音声、動作、信仰
距離:接触 目標:接触したクリーチャー1体×術者レベル 持続時間:1時間×術者レベル
備考:移動している間、足跡も臭跡も残さない。魔法以外の手段で対象を追跡するのは不可能。
〈
系統:幻術(幻覚) 位階:魔力〈二〉、その他(
構成要素:音声、動作
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2) 目標:大きさが一片30立方cmまでのクリーチャー1体か物体1つ 持続時間:1時間×術者レベル
備考:術者はオーラを見る事の出来る占術魔法に間違った情報を与える事が出来る。効果時間の間、対象は別の物体であるかのように探知される。この魔法は一部の占術魔法には効果が無い。元々の名称は『
〈
系統:防御術 位階:魔力〈八〉
構成要素:音声、動作
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2) 目標:クリーチャー1体 持続時間:24時間
備考:占術魔法を通して対象の情報を得ようとするありとあらゆる種類の装置と魔法から守られる。更に全ての『精神作用』の魔法と効果に対する抵抗ボーナスを得る。
〈
系統:幻術(幻覚) 位階:魔力〈一〉、その他(
構成要素:音声、動作、焦点(小さな四角い絹布)
距離:接触 目標:接触した重量約2kg×術者レベルまでの物体1つ 持続時間:1日×術者レベル
備考:探知系魔法による感知に対し、術者が指定した魔法の対象であるかのように仕向ける事が出来る。元々のアイテムのオーラが強力であった場合、この魔法は効果が無い。
〈
系統:占術(念視) 位階:魔力〈六〉、信仰〈七〉、その他(
構成要素:音声、動作、物質/信仰
距離:無制限 効果:魔法的感知器官1つ 持続時間:1分×術者レベル
備考:特定の場所1ヶ所を念視する。元々の名称は『