ギルガメッシュ   作:トラロック

12 / 13
幕間編
兎化魔法


 

幕間 ぷにっと萌え

 

 教える一方で行使出来ないのは面白くない。――そう考えていた植物モンスター『ぷにっと萌え』はようやくにして学院内での講師を認められたのだが、事態は深刻だ。

 何が、と言われれば誰も魔法を扱えない事だ。

 特に高い位階魔法は絶望的――

 想定内とはいえがっかりしたのは生徒には内緒だ。

 

「……どうしよう。それが問題だ」

 

 彼の呟きに対し、控えていたお抱えメイド『セブンス』が苦笑を滲ませている。

 一般メイド如きに出来る事など現場の清掃くらいだ。――そんな事は百も承知。

 

「……ラキュースを使うか……。それともアルシェか……」

 

 声に出して唸りつつある至高の御方にセブンスは何か言わなければ、と拳を作って懸命に思考を巡らせる。しかし、専門外の知識が相手ではどうしようもない。

 メイド如きの発言で事態が好転するとも思えなかった。

 とにかく、分かる事はぷにっと萌えが書斎で困っていることだけ。

 

        

 

 謹慎が解けてすぐのこと。学院から許可が下りた一報を受け取って少し喜びはしたものの前回触れ合った『ジエット・テスタニア』の現状を思い出し、今後の予定が組みにくくなった事を考えていた。

 一般人に魔法をどの程度教えれば満足するのか、というものだ。

 自分達の魔法文化とは違い、彼らはいつ習得するのかが分からず、博打じみている。

 運が良ければ行使できる、では駄目だ。

 それと生活魔法として浸透している第零位階の正体――

 効果が第一位階に相応しくないから、という理由だけで下へと追いやられ、第零位階を暫定的に与えられたもの。実質、生活魔法は零ではなく第一位階だ。

 消費するMP(マジックポイント)の数値からも一以上は確定。それでいいのでは、と。

 

「……どうしたものか……」

 

 こういう時は思考を放棄するに限る――という手ばかり使ってはいられない。

 時と場合によるのは分かっているけれど、後回しが多くなれば結局、労力は変わらない。

 

「いい案が浮かばない。……セブンス」

「はい」

「単なる散歩でもついて来てくれるか?」

「ぷにっと萌え様の助けになるのでしたら……。必要なものをお申し付けくださいませ」

 

 と、礼儀正しいメイドの様子に一つ頷いて、ぷにっと萌えは室内を出る。

 防音に優れた個室を出れば、そこかしこから話し声が聞こえてくる。それはここが大勢が行き交う『ナザリック地下大墳墓』の第九階層だからだ。

 かつてはギルドマスターたる現魔導王『アインズ・ウール・ゴウン』こと『モモンガ』が一人で利用していた。

 物静かなNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)は無駄口は()()()叩かない。

 食堂に行けばもっと賑やかな様相が拝めるのだが、目的地は地上にある。

 

「セブンス。まずは汚れてもいい服に着替えてきなさい。……確か地上で色々と買っておいた筈だな?」

 

 買った服のままだと嫌がるらしいのでデザインだけ似せてナザリック独自の素材で採寸し直したものがあった。

 現行のメイド服もいいが、たまには違う風景を目にしないと精神的におかしくなる。――確か精神分析医のありがたい言葉があった筈だが、何だったかな、と――

 

        

 

 現地の国民服に着替えたセブンスと共に地上を目指す前――供にする従者を決める事にした。

 今回は前回と同様に『ルプスレギナ・ベータ』を選択する。

 

「ぷにっと萌え様。至高の御方の御身の前に……」

 

 片膝をつく姿勢で儀礼的な挨拶をしてくる褐色肌の赤毛娘に顔を上げるように言いつける。

 戦闘メイドもしばらく開店休業状態――

 平和である事を喜ばしいと思わなければ勿体ないのだが、遊び心を持つ身としては物足りなさと戦い続けている。

 

「……今回は……」

(ルプスレギナを木とかに縛り付けて魔法の試し打ちでもしようかな……、なんて言ったら泣くだろうな)

 

 丈夫な身体だからこそ出来る残酷な遊び。

 そんな事を思いつく自分は幼児退行しているような気がした。

 

(狩り場が欲しい。物凄くほしい。じゃなきゃルプスレギナが餌食になるだけだ)

 

 という危険な思考を懸命に追い出しつつ、来てくれたルプスレギナの頭を撫でる。

 至高の御方特権は有意義に使うべきだ。――多少は意味を取り違えそうなこともあるけれど――

 植物の腕でも感触はちゃんと伝わるのはありがたい、と思いつつ。

 

        

 

 次に向かったのは第六階層の森林地帯。

 ゆっくりと階層を上がる事も退屈しのぎには良いのだが、毎日だと飽きる、筈だ。

 身体が偽装分身(アバター)であるお陰か、今のところ苦にならない。

 他の不死性クリーチャーと違う筈なのだが、色々と取得した種族レベルとかが関係しているのかもしれない。

 

「そういえば……。ぷにっと萌え様」

「はいはい」

 

 ルプスレギナの言葉に対して気軽さをアピールした植物モンスター。

 疑問点があれば遠慮はするな、と前々から言っているお陰だ。内容によっては答えにくいものもあるけれど――

 

「位階を超えた超位魔法というものはどれくらいあるんですか?」

「……ん~。三〇個以上だな。割り合い豊富にあるけれど……、一日に使用できる数が決まってるから乱発が出来ない」

 

 個人ではなくチームで制限を受ける。しかも、転移したこの世界でもそれが有効になっている。

 機能としてはゲーム時代よりも高性能――または想定以上。

 

MP(マジックポイント)を消費しないが……。物質要素などはしっかりと分捕っていく」

 

 その中には経験値も含まれる。

 迂闊に使えばレベルダウンを起こす。それとダウンしたレベルが戻るのか、自分達側では()()未検証であった。

 

 戻らない、または戻せない事になったら怖いので。

 

 個人用のコンソールが出せない以上、経験値を取得しても操作できなければ意味がない。だから、経験値消費型は使いたくないものだ。

 それと超位魔法のスクロールは存在しない。しかしながら例外というものがある。一部はアイテムとして使用できる仕組みになっている。――主に『課金アイテム』とか特別な報酬で手に入れられるアイテムという形で。

 それは当然、超レアアイテムとして存在する。個人が使用する為にポンポンと造れたりはしない。出来てもらっても困るけれど――

 そんな事が出来れば金持ちが主に優遇されてしまう結果になる。――実際に資金力があるプレイヤーは総じて強プレイヤーになりがちだ。

 

        

 

 ルプスレギナの為に超位魔法をぶっ放す――なんて事は出来ない。

 見せたい気持ちは無くはない。だが、攻撃系は後始末のことを考えると迂闊に使えないものだ。

 一番の問題は再生成しない土地柄。特に地上世界は破壊すると元に戻す事が難しい。――魔法で治すのは最終手段として。

 

「切り札は温存している時が華だ。……さて、今日は何をしようか」

 

 正直なところで言えばメイドを連れてもやる事が無い。いや、あるにはあるのだが、セブンスとルプスレギナを使って出来る事が無い、というだけだ。

 信仰系に傾いているルプスレギナは術者レベルが足りないどころか戦闘用だ。

 より高位を必要とするのであれば別の者を使う。

 一般メイドのセブンスは身の回りの細々とした作業くらい。武器も装備できない彼女に重要任務は任せられない。

 そんな事を毎日考えなければならないのだから不死性クリーチャーはもっと大変だろうに、と。

 適度に仕事が出来る環境づくりが必要だ。

 単なる事務方では精神が持たない。それと長いスパンで出来る作業も計画しなければ――

 

幕間 ナーベラル・ガンマ

 

 戦闘メイド『ナーベラル・ガンマ』は自室の机に夥しい魔法のスクロールを並べて効果などを別紙に記入していた。

 高い位階魔法ほど貴重で乱用が出来ない。

 手持ちの魔法だけでやりくりする事が多い冒険者の仕事とは違い、今やっているのは『ぷにっと萌え』から通達された『復習』作業だった。

 知識を積み重ねることで無駄を省くには勉強あるのみ――

 魔法詠唱者(マジック・キャスター)であるナーベラルは戦闘面で前面に立つよりも後方支援が中心になりやすい。

 あらゆる系統の魔法が扱えるからといって全ての魔法を熟知しているわけではない。

 

「隠蔽する場合は敵の存在を『予期』した場合であって『前提』にしてしまうと無駄打ちの可能性が高まる」

 

 声に出して勉強する方が頭に入りやすい、というぷにっと萌えの言葉を実践するナーベラル。

 人に聞かせないことも隠密行動にとって有意義だが、ここは『ナザリック地下大墳墓』の第九階層――

 敵の存在があろうはずが無い。だが、その慢心は払拭されなければならない。

 

「確かに……金属板を仕込んだ建物を隠れ家にするだけでいくつかの魔法の節約に繋がる。……しかし」

 

 唸りながら建物の図を描いて、様々な想定を記入し、適切な方法を導き出そうとした。

 何かを見つければ何かの穴が出てくる。それら全てを解決する方法は無く、またその欠陥を想定しつつ最善を尽くす事が大事だと言われた。

 だが、NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)のナーベラルはどうしても完璧さを求めてしまう。

 至高の御方が見ている前で無様な姿を晒したくないからだ。

 

        

 

 前提というものは自分の思い通りにならないものである。それゆえにナーベラル一人だけで納得しても意味が無い。

 敵方も当然対処しようとしてくる。それを都合よく操作する事は何の意味も無い。

 いくつかの計画案を書き終え、それぞれの計画に掛かる費用対効果を算出していく。

 最も低コストに抑えられたものと高コストになったものの差が勝利の比率と比例したりはしない。

 

「敵の行動を読めればいいのだけれど……。この辺りは協力者が居ないと駄目ね」

 

 不規則に動く敵――

 予想できない敵こそが最も今の彼女に必要なものであった。

 書類をまとめ終わった後、食堂に移動すると多くの一般メイド達が(ひしめ)きあっていた。

 今は昼時――

 一般の人間であれば食べきれないほどの量を彼女達は平然と食べ切ってしまう。しかも、それで満足しない辺り『人造人間(ホムンクルス)』という種族に感心してしまう。

 

「ナーベラルさん」

「相席、いいかしら?」

「はい。もちろんです」

 

 二重の影(ドッペルゲンガー)であるナーベラルは『食事量増大』というペナルティを持っていないので食事量は至って普通である。だが、メイド達から見れば『少食なんですね』と言いそうになるほど少なく見えてしまう。

 メイド達が多すぎるだけだ。

 

「ナーベラルさんは……その格好で、ということはこの後お仕事ですか?」

 

 今のナーベラルは戦闘メイドの正装――武装形態だった。

 着替え忘れていた事もあるが、自分はそれだけ先ほどまで戦略に意識を傾けていたのだと失態を感じた。

 だが、身だしなみはメイドとしては大事だが、()()メイドとしては余計なもののように感じる。

 ――装備品の恩恵で汚れが付かないとしても――

 

「戦闘に意識を傾けすぎてしまったわ。……全く私としたことが……」

「ああっ! いいえ、そのままでも私達は気にしませんから」

 

 取り繕うメイドの言葉が今は痛い。

 戦闘に参加しない彼女達の冷静な判断力が今はとてもありがたいものだと感じた。

 

        

 

 装備の変更は一瞬で出来る。その一瞬すら今の自分は出来なかった。その非を認める頃に普段から戦闘メイド形態の同僚『シズ・デルタ』が食堂に訪れた。

 彼女は自動人形(オートマトン)ではあるがある程度の食事が出来る。

 主な好みは高カロリーの飲料であった。

 

「あら、シズも休憩?」

「……そう。……疲れたから……休憩しに来た」

 

 物静かで全く表情の変化に乏しいシズ。

 戦闘メイドの中では一番戦闘メイドらしい存在ではある。

 迷彩柄が目立つ特別な装備品に身を包み、隠密戦闘を得意とする。ただし、魔法職ではないので職業(クラス)スキルに頼った戦い方が中心だ。

 そのシズが食事の注文に向かうだけであちこちから羨望の声や眼差しが飛び交う。

 ナーベラルよりも人気者扱いだ。

 

「……シズはちゃん付けなのね」

「いやまあ……、そう呼びたくなる存在というか……」

 

 返答に困るメイド。しかし、だからといって『ナーベラルちゃん』と呼べるメイドが居るとも思えない。――もし、そう呼べば憤怒の形相の戦闘メイドが現れてしまうかもしれない、という恐ろしさがあった。

 仲間に対して敵意を振り撒くような存在ではないと思うけれど、メイドから見たナーベラルの印象は堅物だった。だから、自然と敬語でなければいけないような雰囲気を感じていた。

 そんな堅物ナーベラルにちゃん付けが出来るのは同僚の『ルプスレギナ・ベータ』くらいだ。――唯一と言ってもいい。長姉の『ユリ・アルファ』は除く。

 

「……少し愛想が必要だという話しだし……。ちゃん付けで呼んでみて」

「ええっ!?」

 

 いきなり無茶な要望に対し、メイド達は慌てふためいた。

 立ち居振る舞いが理路整然とした存在であるナーベラルに気軽な愛称など付けられるわけがない。

 少なくとも彼女はメイド達の憧れの対象である。その畏敬の念を払拭するような事は不敬であるとさえ思われる。

 ナーベラルとしてはやりたくない事だが人間相手に親密さをアピールしなければならない仕事に今、ついている。

 彼ら(下等生物)に対するよりかはメイド達から慣れた方が自分の気持ち的にも有意義だと思われた。

 

「そう呼ばれるためには一肌くらい脱がなくては……」

 

 とはいえ、バハルス帝国にある帝国魔法学院の制服を着ても仕方がない。ここはぷにっと萌えに倣って魔法による変装をしようと考えた。

 メイド達に対して気軽に声をかけられるのに外の世界の人間相手だと殺意しか湧かないのは困りものだ。特に任務による潜入調査がやりにくい。

 

「……ナーベラル。……さっきから何を話していたの?」

 

 注文し終えたシズが食事を乗せたトレイを持って近寄ってきた。

 彼女はナーベラルよりも少食の部類にあり、一食だけということもある。他の食事も出来なくはないがメインは専用の飲み物だけだったりする。

 

「メイド達から、より慕われる存在になれるか、という話し……」

「……ナーベラルには難しい仕事」

 

 シズの端的な言葉にナーベラルは口を尖らせる。

 難しいと言われるのは心外だ、と言わんばかりだが反論が出てこなかった。

 正論だと認めたくないので睨みを利かせるのみ。しかし、シズには通用しない。

 

「見てなさい。メイド達から慕われる姿を見せてあげようじゃない……」

 

 シズは素早く周りに顔を向ける。

 今、この食堂に至高の御方と呼ばれる四一人のギルドメンバーの姿が無いか確認した。

 もし一人でも居れば止めたほうがいいのか、それともこっそりと不可視化して逃走を図るか、と計画する。

 同僚でも庇う理由がシズには無かったので。

 怒られるのはナーベラル一人で充分――

 ()()をしようとしていたナーベラルは目の前に並べた食事を脇に寄せ、他のメイド達に掃除用具を念の為に用意するように頼んだ。

 

「刮目せよ。兎の耳(ラビッツ・イヤー)兎の足(ラビッツ・フット)兎の尻尾(バニー・テール)

 

 立て続けに唱えたのは『兎さん魔法』と呼ばれる『ユグドラシル』でも一部に人気がある魔法だ。

 三つ同時に行使することで特別な服装に着替える事が出来ると言われている。

 頭に兎の耳、靴は兎っぽい仕様に、お尻に白い毛玉のような可愛らしい尻尾が現われた――かと思う間もなく全身が『ポンっ』と爆発によって白い煙に包まれる。それが晴れればナーベラルが見事な変装を遂げる。

 種族まで変更されるわけではないが、初めて見る者に驚きと興奮を与えること請け合いである。

 

        

 

 ここが人間の都市ならば多くの歓声が得られた筈だ。しかし、ここはナザリックの食堂。数十人規模のメイドが居るけれど、その中で大歓声をあげる者など居ないに等しい。

 特に食事中にバカ騒ぎを起こせばメイド長などに叱られてしまう。

 変身というか変装を遂げたナーベラルは足元を網タイツに。頭部に生えた兎耳は色を変え、服装はより大胆になった。

 ほぼ下着同然の薄着――

 

「……羞恥心があれば……」

 

 と、ボソリとシズが呟くがナーベラルには届かない。

 ここに至高の四十一人や階層守護者が訪れれば混沌とした現場に変わるのだが、今は()()無事であった。

 同僚のあられもない姿に対し、どういう言葉をかければ適切か迷うところだ。

 見た目の印象は人それぞれなので。

 

「ま、まあ可愛らしい兎さんです、わ」

「えと……とにかく可愛いお姿です」

 

 メイド達は冷や汗やら脂汗などを流しつつ適切な言葉を探すのに苦慮しているようだった。

 珍しい魔法ですね、と言えばいいのか。それともちゃん付けすべきか。いや、ちゃん付け出来るような状況だろうか、と他の仲間と顔を寄せ合い話し始める。

 

(ど、どうしましょう)

(かける言葉が見つかりません)

(ナーベラルさんが身体を張っているのですから、ここは望みを叶えた方が……)

「可愛らしい見た目になったのであれば重畳……」

 

 腰に手を当てて満足する戦闘メイドのナーベラル・ガンマ。

 それから彼女が使用した魔法は単なる変装の為の布石ではなく、それぞれ効果がちゃんと設定されている。

 魔力系の魔法詠唱者(マジック・キャスター)であれば()()()()()習得する事が可能。それゆえにいい意味でも悪い意味でも有名になっている。

 

(……ですが、ただのメイドである私達に先輩をちゃん付けするのは不敬では?)

(シズちゃんと既に呼んでいますし)

(でも……。本来ならメイド長の許可を得る必要が……)

 

 目上の者を敬うのがナザリック流ともいうべきもの。それは掟の様に厳格で不文律とも言える。それを気軽に破れる筈がない。

 メイド達はそれでもナーベラルが望む事をするべきだと頭では分かっている。だからこそ妥協点を探し続けた。

 

(……刮目せよ……なんて言うからメイド達……困ってる。……後でお叱り、確定)

 

 遠くまで避難したシズが薄く嘲笑する。

 そして、こっそりと食堂から去り、その後でナーベラルに対してどのような沙汰が下される事になるのか、楽しみにしつつ――と喜びも束の間、自分の分の食事を片付けるのを忘れた事に気付き――

 

幕間 アインズ・ウール・ゴウン

 

 魔導国の国王の日常は書類との格闘に始まり、部下たちとのすり合わせなどの会議と書類作成、そして、書類のまとめだ。

 机上の空論ばかりでは不健康だとしても現場視察の予定は飛び飛びに設定してあるので、思い立ったら吉日的な行動が取り難い。

 

(外に出ようとしても部下が付いてくるから、なんだけど……)

 

 気軽に一人で散歩したい、と今は言いにくい立場である。

 本来なら精神的にでも疲れたら『ログアウト』しているところ――

 それが出来なくなったと知ってから生活は今までと一変する事態になった。

 それと問題なのは現実の生活から離れているのにこちらの世界(異世界)での生活もまんざらではないというところがもどかしい。

 居心地がいいと一言で言うには足りないものが多いのだが――

 

「国づくりの大変さはよく分かったが……。他のメンバーも同程度の労力なのか?」

 

 側に控えている守護者統括にして魔導国の宰相『アルベド』に尋ねた。

 ナザリック内ではほぼ衣装が変わらないのが気になるところだが、統括としての正装だと思っているようで命令として与えない限り、白いドレスを着用する。――同じ服がまだいくつかあるから一着しか無いわけではない。

 

「分担作業は他の至高の御方達にも手伝ってもらっております」

「……そうか」

 

 自分だけ物凄く大変な仕事をしているわけではない、と分かっただけで――少しだけ――精神的に楽になった。

 元はと言えば自分の我がままと見栄が招いた結果なのだが、早期に諦められた機会はいくらでもあった筈――

 それを無理にしなかったのは自分の責任だ。

 ――責任だらけで潰れそうだ。

 

もうヤダー! いっそナザリックを爆破してぇよ~! ……なんて事を言ったら皆に怒られるだろうしな。しかも自分で守ると決めたのに。……でも、ストレスやフラストレーションは発散しないと()()()潰れそうだよ)

 

 強制的に精神を抑制する仕組みが永遠とは限らない、なんてことになったら怖い。

 物事は有限である、と常に思っていなければ慢心で自滅してしまう。

 ちなみに爆破自体は可能である。その規模が大きいか小さいかの違いだ。

 冗談で『ギルド武器』を壊そうものなら世界崩壊へまっしぐら。しかも、それはあながち間違っていないときている。

 

(冗談で壊してたまるか)

 

 高ぶる感情が抑制されると冷静な思考が蘇る。その辺りは好ましい時もあれば勿体ないと思う事もある。

 特に嬉しい時は抑制されたくない。

 

        

 

 そういえば、と骸骨モンスターであり国王とも今では呼ばれるようになった『アインズ・ウール・ゴウン』は気が付いた。――正確には忘れていた。

 自分の姿を隠す必要が既に無い事を。――ただし、冒険者『モモン』は未だに伏せていた方が都合がいいと仲間たちからのアドバイスがあったので、それに倣う事にした。

 実際、モモンの正体を知る人物はごく少数――

 

(だから、ナザリックに引きこもらなくてもいいじゃんって話しなんだけど……。国王として城みたいなものはやはり必要か……。建造費は……『音改(ねあらた)』さんに算出してもらうとして……。実際に造るとなると凄く費用と期間がかかるんだろうな)

 

 だが、城の建造もまたゲームの醍醐味の一つであり、城などの拠点入手もプレイヤーとしては憧れに近い感情を抱く。

 高難易度ダンジョンであるナザリック地下大墳墓も大切だが――

 

(その前にアウラ達に作らせたダミーナザリックを放置するわけにはいかないよな。……まさか国が作れることになるとは……、その時は想定してなかったもんなぁ……)

 

 NPCが創造主達の為に努力した結果を台無しにしてはブラック企業の社長となんら変わらない。

 部下思いのホワイト企業の社長になりたい。

 いや、ホワイト国家のホワイト国王だ。――白骨ギャグだと言われても平気。

 

「……この後、外に出る事にしよう。……アウラにここに来るように……」

「畏まりました。……いつも我々の要望にお応え下さり、全NPCを代表してお礼申し上げます」

 

 急に畏まった礼にアインズは驚いた。――精神が抑制されるほどに。

 慌てた彼はアルベドの姿を頭から足元まで何度も往復するように眺める。特に異常は見られない。頭部の角も健在。腰の黒い翼も。

 髪の毛が赤や金色にも変化していない。

 

「急にどうした? もしかして私がナザリックから去る、とでも言ってしまったか?」

「……いいえ。アウラと共に外出なさるとおっしゃいました」

「う、うん。その筈だ。何も変な事は言っていないと思うのだが……」

「……我が父『タブラ・スマラグディナ』様から時々で良いから今の言葉を言うようにと……。中々タイミングがつかめなかったものですから……。申し訳ありません。妙な勘ぐりに聞こえましたらお詫び申し上げます」

 

 深々と頭を下げる女淫魔(サキュバス)のアルベド。

 ここが日本なら『土下座』してもおかしくない。しかし、彼らは西洋的に振舞うので精々が片膝を付くところまでだ。

 

        

 

 確かに驚いたし、意外だと思った。それが大錬金術師と名高いタブラ・スマラグディナの践言であるならば納得出来る。

 しかし急な事で驚いた。

 ふぅ、と深く息を出すように椅子に深く座りなおす。

 

(……でも、なんだろう。今の言葉は色んな疑問点やもやもやした気持ちの殆どを吹き飛ばす力があったような……)

 

 むしろ、これは夢か、と自分の頭や頬を叩いたり、殴りつけてみた。

 しかし、風景に変化は起きない。

 

(……ああ、これはあれだ。世界を騙す幻術……。ってそんなわけあるか!)

 

 これが『世界級(ワードルド)アイテム』や世界級敵(ワールドエネミー)特殊技術(スキル)であれば納得しそうになる。

 彼らの技はアンデッドモンスターの完全耐性を突破するだけの力があるからだ。

 つまり精神攻撃を無効化するアインズにしっかりと精神攻撃を通らせてくる。――それが出来る存在だ。

 

(急なサプライズはやめて下さいよ、タブラさん)

 

 気持ち悪い灰色の奇怪な生物然とした顔が今は物凄く笑っているように思われて仕方がない。

 クトゥルフ神話の流れを受け継ぐ種族はみんな精神的にきついものばかり。

 どうしてそんな神話体系も取り込んだのか――

 

「少し驚いたぞ、アルベド」

「申し訳ありません」

「……うむ。……お前たちに礼を言われるとは……。正直に言えば……、お前たちに恥ずかしい姿を見せたくない、ただの意地だけでここまで来た。……しかし、……ん……。直接言われると……恥ずかしいものだな、やはり」

 

 褒められたくてする事はある。だが、それでも本当に褒められると気恥ずかしい。

 今までの自分の努力が報われるとはその事か、と。

 それでも(たかぶ)れば抑制されてしまうのだから、自分の(アバター)が恨めしい。

 

        

 

 というのは全部夢ですよ、バーカ。

 ――という邪悪な声が脳内に木霊する。

 

(今のは『るし★ふぁー』さんか!? 人の妄想の中でもあの人は……)

 

 遊び心を今でも持ち続けているギルドメンバーは一癖も二癖もあるから大変だ。

 夢オチは勘弁して下さい、と言いつつアルベドの顔を見る。

 美しい透き通る白い肌。それに触れるのは骸骨の手。

 自分の本当の姿であれば、と何度も思ったが彼らは人間蔑視を植え付けられている。

 今の姿だからこそ関係性が維持されているのであれば、真実はとても残酷なものだと思わざるを得ない。

 

「……先ほどの言葉については改めて話し合うとしようか。楽しみは後に取っておく」

「はっ」

「……それで……アウラだったな。……何をしようとしていたのか忘れそうになったぞ」

 

 自身はアンデッドモンスターだが精神的な部分は人間のままだ。だからかは分からないが、物忘れは人並みに残っているようだ。

 えーと、と呟きつつアウラと共に外出する計画だったことを思い出す。では、どこに、といえば決めていない。

 急な事で取り乱しているアインズが落ち着くころに闇妖精(ダークエルフ)の少女『アウラ・ベラ・フィオーラ』がやって来た。

 何年経っても姿に変化が無いように見えるが健康的な生活は続けているもよう。

 金髪に左右色違いの瞳。少年のような格好は昔のまま。

 国として興してから何年も経つのに成長の兆しが見えない。――長寿の種族だから人間に比べれば物凄く成長速度が遅いだけかもしれないけれど。

 

「アウラ・ベラ・フィオーラ。御身の前に……」

 

 形式ばった挨拶を受け、軽く頷く支配者アインズ。

 時代錯誤と言われるかもしれないが役職にちなんだ挨拶は気持ちが引き締まると言われている。気持ちの緩みは大きな失態への布石である、と知恵者が言っていた。

 

「特に別件が無ければお前を連れて外に行きたい。目的地は『トブの大森林』……だったか、あれ? 『聖王国』? とにかく、外に出てから決めようか。……それで、一緒に出かけるのは構わないか?」

「はい。特命は今のところございません」

 

 混乱している時は外の大気を浴びるに限る。

 業務の残りはアルベドに任せ、アウラと共に外に出る事にした。

 

        

 

 部下を(とも)なっての外出も年々少なくなってきたような気がした。それはひとえに自分が出たがらなかっただけだが――

 国王としては自国で玉座にふんぞり返りながら事務作業をするだけ。――それでは味気ないからこっそりと外に出ていたのだが、回数が少なくなると精神的にも鬱屈しそうで嫌だなと思った。

 四季折々の季節を楽しむのも目上の者の立派な仕事、だと思う。

 外遊という言葉があるように。

 

(国の偉い人がよくよその国に行くのがニュースになるけど、そういう立場に自分が居るんだよな。不思議だな~)

 

 感慨深げにアインズは黄昏る。

 故郷を懐かしむ心はあまり育たないが、ナザリック周りはとても情緒があると感じている。

 いっそここを第二の故郷として認めてもいい頃なのかも。

 見晴らしのいい外の景色を眺めつつアウラと共に一歩踏み出した。

 

「アッハハハ! 燃えてしまえ、こんな世界ぃ!」

 

 と、叫びつつ超位魔法を発動する時に出る巨大な立体魔方陣が出現した。その様子に驚くアウラ。

 急にアインズが叫び出して本気で驚き、身構える。

 一分経った時、魔方陣は掻き消えた。

 首を左右に動かしつつアインズは満足したのか、両手を空に向かって伸ばした。

 

「いや~。声に出して叫ぶのは気持ちがいいな」

「……あ、アインズ様? 今のはいったい?」

「ストレス発散だ。驚かせて悪かったな。こういうのは突発的にやるからこそ……。お前たちがやったら私も驚いて警戒すると思うけどな。ちなみに安全な超位魔法を選んだから迂闊に発動してもこの辺りは燃えたりしないから」

 

 そうであっても攻撃に関するもので発動すれば結構な被害が広がるので、アウラのように驚くのは決して大げさなとはいえない。

 ――そういうものばかり習得しているから仕方がないけれど。

 それと自国領内でのお茶目な一幕だ。そこはちゃんと考えて行動した。

 

(流石に無視できないか。ここは見事にスルーしてほしいところなのだがな。……ん? もしかして……、ガチスベリしちゃった? ……別にアウラを笑わせる意図は無かったのだが……)

「……急におかしな言動で戸惑っているようだな」

「……正直に言えば……。でも、支配者たるもの完璧であれ、というのは難しいと思います。弱音を吐かない上位者は身体を壊しやすいと聞きました」

「そうか? 気持ち的には押し潰されるような感覚なのだが……。多くの部下の前では出来ない事だ。それももし許されないのであれば私は将来的に自滅するおそれがある。……それをお前たちが望むのであれば……」

いいえ! 健康管理は大事だとアインズ様ご自身からお教えていただきました」

 

 胸に手を当てて元気よく発言する階層守護者アウラ。

 気軽に話せそうな部下はそれ程多くない。その中でもアウラとマーレは見た目が子供だからか、弱音を吐き易い傾向にある。

 もしこれが一般メイドであれば他のメイド達に噂として広められてしまうおそれがある。だからこそ部屋で大声を上げる事が出来ない。

 アルベドの前でも難しい。――彼女の前だと違った意味で、となる。

 

「……謙遜はよせ。もし、私一人が完璧であるならば……部下など必要ない。私一人居ればいいのだから。……ここで問題だ」

「はっ」

「お前は不要な存在か? 完璧な私にとって……、という意味で」

 

 これはとても意地悪な質問だと自負している。

 この問答の如何によってはアウラ達の本音が垣間見えると予想している。だが――正直に言えば聞きたくない。けれども、聞かなければならない大事な事だとも自覚している。

 

「………。……その……通りでございます」

 

 目を大きくしたまま俯き気味にアウラは声を震わせる。

 質問の意図を理解すれば至極当然の反応と言える。いや、理解するからこそ自分の存在価値がどういうものか(いや)が上にも知ってしまう。

 反論したくても出来ない。NPCという存在は慕う存在に必要とされる為にあるのだから。それが不要だと知ってしまえば――理解してしまえば――

 この場に居る事全てが無駄である。

 

「そうか。なら、良かったではないか。私は完璧な存在ではなく、ただそれに近付こうとして……たまに失敗を演じてしまう、お前たちを必要だと思っている支配者だ」

 

 アインズは意地悪な質問に対して褒美を与える。その為に手招きする。

 今にも泣きそうな顔のアウラは口をモゴモゴさせつつもアインズの近くに駆け寄る。

 

「完璧は目標でいいではないか。果てしなく遠い気がするが……」

「それでは困ります……、アインズ様……」

 

 と、言われてもアインズも困る。

 自分の本音部分を言えるまでにかかった時間はかなり長いのだから。その努力を未だに認めようとしない彼ら(NPC)は本気で強敵だ。

 ギルドメンバーとは違い、未だに肩を並べられないのは嫌な奴だからか。それとも自分は単なる人形にこれほど恋焦がれてしまったのか――

 ――本当に人形なのか、と疑問を抱くようになった分、自分もまた成長しているとは言えないか。

 その前に一つ訂正しなくてはならない。

 自分は支配者の前にギルドマスターである。

 国を作った事が無い。世界を支配したことも無いのに支配者呼ばわりされているこの気持ちを誰かに分かってほしい。

 

(俺はただの一般サラリーマンだぞ、本当は)

 

 一足飛びもいい所だ。いや、何足も飛んでいる気がする。

 

「それに……。あっさりと目標に到達するようでは楽しみが無くなってしまうではないか。次に私は何をすればいい? 目標が無くなった後は椅子に座るだけだぞ」

「……そ、そうかもしれません。……いえ、アインズ様のお気持ちも考えず自分達の理想ばかり押し付けてしまって申し訳ありません。……たまには大声を出していただいても……。もっとアインズ様が伸び伸びと外遊できるように色々と考えたいと思います」

 

 なんと殊勝な心がけか。

 肉体があれば感涙に咽び泣いている自信がある。

 こういう答えが聞きたかった、と。

 しかし、その喜びも高ぶれば抑制される。それが憎らしい。

 

「実現よりは考えてくれる方が私には嬉しい事だ。……いつまでも待たされるのも辛いのだが……。それはまあ……我侭な範疇として流してもらおうか。そういう事は定例会議とかに出してもらって議論を重ねてくれ。毎日はきついだろうから……。月一とか……。そういえば、階層守護者だけの会議とか無いのか?」

「決定されたものは……。それぞれ揃う事が無くて……」

「それはいかんな。何の為の守護者なんだか……。月例報告会とか作るようアルベドに言っておこう。国として機能した以上、単なるダンジョン防衛だけでは味気ない」

 

 こういう大事な事はすぐに連絡しないといけない。アインズはすぐさまアルベドに必要事項を伝える。

 その迅速な行動力にアウラは目を輝かせる。そして、実に頼もしいお方だ、とアインズに尊敬の念を抱く。

 

        

 

 報告会に参加出来そうにない者は除外するとして、アウラ達も日々敵が居なくて暇ではないのかと心配になってきた。

 何らかの建築作業の時は構わないが、それが終われば第六階層に引っ込んでしまう。

 定期的に与えられる仕事は今回のように外遊へと連れ出すくらい。

 それではいけないと思いつつも良いアイデアが生まれないのが残念な点だ。

 

「……うむ。一先ずの心配事は済んだな、……たぶん。それでは、気合が入ったところで行こうか。『ローブル聖王国』へ」

「えっ? トブの大森林には行かないんですか?」

「……それは次の日でもいいかな。あそこは特に急を要するような……。今日は行かないことにする。……ダミーナザリックの様子でも、と思ったが……。そんな気分じゃなくなった」

 

 部下達が色々と気を利かせてくれたのだから。自分も今まで以上に頑張りたい気持ちが湧いてきた。

 それとアウラには本当に申し訳ないと思っている。

 

「『レメディオス・カストディオ』を勧誘しに」

「アインズ様に楯突いた聖騎士を……、ですか?」

「あれはあれで大事な人材だ。対立者が居るというのは何かと便利だぞ。私の行動を客観的に否定してくれる存在が居ないと間違いに気付きにくい。その点で彼女はとても優秀だ。……友達にはなりたくはないが……、失うのは勿体ない」

「アインズ様の深遠なお考えを理解出来ずに申し訳ありません。……そういうことですとナザリックに招き入れるんですね?」

「いや。今回は話しだけだ。何でもかんでも事を急ぐのは良くない。相手もアンデッドの言葉など受け入れたくないだろうし。……今でも聖騎士を頑なに守ろうとしているのであれば……、それは仕方が無い事だ」

 

 仕方が無い、という言葉にアウラは首を傾げる。

 それ以前にアインズの考えが全く理解出来ない。いや、理解しようと努力はしている。

 言葉が理解出来ないわけではない。それだと侮辱していることになるので。

 

「聖騎士というのはな、規則に厳しい職業(クラス)だ。融通が利きにくい。『たっち・みー』は既にその条件を上手くコントロールしているから何でもないように振舞えている。だが、あの女はまだ未熟だ。力や技は聖王国随一かもしれないが……」

 

 たっち・みーと比べるのは酷だが、と小さく呟く。

 亜人連合との戦いの後、疲弊したレメディオスの処遇について聖王国側は苦慮しているという話しだった。

 安易な処分は魔導国側で止めているけれど、アインズが一声かければいとも簡単に彼女の首が飛ぶ。それだけ聖王国側は彼女の存在を疎んできた経緯があった。

 

 リ・エスティーゼ王国のラキュースと同様に――

 

 今でも地下牢などに幽閉していては精神的に磨耗した人間が出来上がり、かえって利用価値が激減する可能性がある。その前に回収したいと思っていた。

 よその国家元首が他国の内政に干渉する事は基本的に出来ないのだが、何事にも抜け道というものがある。

 

(ゲーム的なものの考え方になると饒舌になるよな、俺って。それを何故、リアルに適応できないんだろうか。今こそ深謀遠慮の頭脳が必要だというのに)

 

 両手に力を込めてアインズは自分を叱咤する。

 既に土台は出来ている。後はそれを適時活用するだけだ。何も難しい事はない。

 自然体でも出来る筈だ、と。

 

        

 

 アウラと共に南方に行く事は決めたが行き方をどうしようか決めかねていた。

 転移かハムスケかアウラの魔獣か。

 選択肢が多いとどれが適切か悩んでしまう。

 徒歩であれば近場なのだが――

 

(いっそ『獣王メコン川』さんに乗るっていう手も……。それだとアウラが嫌がるか)

 

 『スーラータン』は乗りにくそうだし『チグリス・ユーフラテス』もアウラは拒否するはず――というよりは至高のメンバーは全員アウトだ。

 じゃあ(ドラゴン)――という事も問題だ。

 乗り心地ではなく、周りの反応が最悪になる。

 魔導国ならそれくらいは普通か、と馴染まれるかもしれないけれど。

 

(距離的に転移が妥当か……。そろそろシャルティアをタクシー代わりに使うのは止めたいな……。いくらペロロンチーノさんの厚意があるからと言って)

 

 折角の好意を無下にも出来ない。実に悩ましい問題だとアインズは唸った。

 とにかく行く場所は決まった。反省は後でも出来る、と自分に言い聞かせて連絡を入れる。

 そのすぐ後にアインズ達の側に不定形の黒い異空間が現れる。

 力を行使してくれる仲間に感謝しつつアウラと共に目的地の聖王国へ向かう。

 便利な魔法のお陰で現場に一瞬で到着すると長い旅が実に味気なくなる。

 

(……通勤はいつも満員だったり、(うるさ)い他人の話し声があったりしたものだけど……。便利と不便の狭間(はざま)に立っている気分だ)

 

 一つ息をつき、アインズとアウラは聖王国の出入り口に向かう。

 事前連絡はしていないが国王としては色々と面倒なので今回は『お忍び外交』という手段を用いる。この方法は国の偉い人に――多少の――迷惑がかかる程度で国全体としては大きな混乱は起きにくい。

 バレれば騒ぎが大きくなるのは理解している。

 

(モモンに偽装しなくていいだけで随分と気持ち的には楽なんだけれど、その反面モモンの存在が希薄になっている気がする。こちらはこちらで色々と悩ましいんだけど)

 

 アウラと共に目深にローブをかぶり、検問所に赴く。

 このあたりのやり取りで多少の混乱は想定内だ。問題は大々的に騒ぐか、それともちゃんと忖度(そんたく)してくれるか、だ。

 後者はあまり自信が無い。それは頻繁に訪れていないから、と騎士団の面々と一般兵との仲について聞いていないから。

 

        

 

 旅行者や商人達の列に混じる国王アインズ。

 本来であればありえてはいけない事態なのだが本人は気にしていない。アウラは慌てていた。国王が来訪しているというのに一般人と同じ列に並ぶ様に――

 

「……な、並ぶんですか?」

「いいではないか。お忍びだから。それに大仰な出迎えは苦手なのだ。……だからアウラよ。大人しくしているんだぞ」

「は、はい」

 

 念の為に仮面を付ける。

 出来る事なら変身魔法を使う方が安心なのだが、あまり隠し事が多いと相手の心象を悪くするかもしれない。そう思って最低限の隠蔽に徹することにした。

 亜人種との戦いから既に数年が経過した。国内の復興は殆ど終わっている筈だが魔導国からかなりの距離に位置する国であるため、人々の往来は簡単ではないようだった。

 リ・エスティーゼ王国の首都に来るまで早馬でも数週間はかかる。商人達も治安の都合上、旅行などまだ難しい問題である。

 

(往来が厳しくとも誰かしらは来てくれないと寂しいものだ。それにはモンスターや亜人が、ックとなっている。……というのは分かっているけど、根こそぎ絶滅させるわけにはいかない。この世界は人間種だけが天下泰平であればいいというわけにはいかないから)

 

 政治的な駆け引きもアインズはこなさなければならない。

 そう思うと無い胃が痛む。だが、誰かに代わってもらうことも出来ない。

 跡継ぎが居た場合は様々な問題が噴出するのが定番だ。アルベド達でさえ正妻を決める事で争ってきた経緯がある。簡単ではない事は理解している。

 体感的には数十分ほどの時間が経過した。人数が多いので処理作業がかかるのは理解している。さっさと進めとはアインズも滅多なことでは言わない。

 供としているアウラが苛立っていないか顔を向けると真面目な顔のまま順番待ちしていた。

 杞憂だったかなと、と思いつつ自分達の番となる。

 

「入国目的は?」

 

 どの国も見られない者に対して大柄な対応になる。これは様々な方言や種族に対応した結果だと様々な知り合いから聞いている。なので、だからといって怒ってはいけない。

 そもそも様々な種族が居るのに言語が通じている事が不可思議であるのだから。

 

「観光です」

 

 見た目的(めてき)にも怪しい二人組だが商売に来たわけではないので、無難そうな言葉を選んだ。

 亜人種の場合『人間を食べに』と言ったら、そうかと言って入れてもらえるわけがない。

 元の世界であれば入国ビザなるものが必要だが、この世界では大体『金』で済む。

 通貨のやり取りはまだ未確認だが物品でも可能だと言う話しだった。

 

「リ・エスティーゼ王国貨幣ですが、構いませんか?」

「一人銀貨五枚だ。下に居るのは子供か? 森妖精(エルフ)種だと割増しになるぞ」

 

 森妖精(エルフ)と聞いてアウラが舌打ちした。

 生意気な人間め、とでも思っているのかもしれない。

 聖王国による森妖精(エルフ)の待遇は近隣の宗教国家『スレイン法国』との国交が僅かばかりとはいえ関係していた。

 かの国は長年森妖精(エルフ)の国と戦争している。その関係で聖王国も表向きは森妖精(エルフ)に対して友好を示すわけにはいかない。かといっていちいち通報もしていられない。

 多少の――追徴課税の様な――割増し料金で見て見ぬふりをしていた。

 

「構いません」

 

 アインズは平静を装って銀貨十二枚を支払う。これは後でアウラが森妖精(エルフ)だとバレた時、色々と面倒くさい事態になるのを避けるためだ。隠すよりは最初から()()()()()()だと告げておいた方が楽な場合がある、と仲間からの助言があった。

 やはり自分一人よりは仲間の意見があると安心する。

 復興したとはいえ面倒ごとに巻き込まれたくない兵士達は黙って先に進むように促した。

 余程の格好をしていない限り――例えば怪しいアイテムを所持していたり――別室に行けとは言わない。

 本当なら専門の魔法詠唱者(マジック・キャスター)も同伴すべきなのだが大勢の来訪者に対応できるだけの人数が確保できなかったため、()()()身体検査が無しになった。

 

        

 

 無事に入国を果たしたアインズとアウラはほっと胸をなでおろす。

 聖王国の対応というよりは自分達の国でも同じような事を今頃配下の者達がやっていると考えると後で(ねぎら)わなければ、と思わせる。

 

(毎日ご苦労様です)

 

 彼らの様な下支えがあればこそ平和が維持される。

 『縁の下の力持ち』の存在は実にありがたいとアインズは感心する。

 ただ、異世界特有の抜け道による不正の存在も危惧している。特に治安の悪い国は態度で分かる。

 聖王国はある程度魔導国が秘かに支援しているので目立った『悪』は見当たらない。――そうでなければ困るのだけれど。

 

「目的地は騎士団の詰め所だが……。本当に観光でもするか、アウラよ。折角来たのだ。多少の寄り道は許そう」

「い、いえ……。人間の国はちょっと苦手でして。……こう……森に囲まれた世界だったら良かったかな、と……」

 

 人間嫌いは設定にあるから仕方がないとはいえ、アウラの場合は自然豊かな世界が好きで様々なモンスターと触れ合いたい気持ちが強い。

 人間ばかりでは大してめぼしい興味は惹かない、といったところだった。

 

森妖精(エルフ)の国は森の中にあるから、そっちなら良かったんだろうけれど……。ごめんなアウラ。それは今度だ)

(アインズ様としては観光が良かったのかな? でも、人間しか居ない国はちょっと面白みに欠けるから……。マーレなら尚の事……。あっ、そうだ。屋台。そこならアインズ様もお喜びになるかも)

「そ、そういえばアインズ様」

「んっ?」

「せ、聖王国の屋台では何が売られているのでしょうか? あたしは他の国の食文化も知ってみたい、かなと……」

(……うわぁ。なにあたし棒読みで喋ってんだろう。他の仲間に見られていたら恥ずかしい……)

(そうだった。食文化も大事な調査対象だったな。……今回の目的とは関係ないけど。そうかそうか、アウラもやっぱり女の子。珍しい食に目が無いのも頷ける。……いつも高級食材ばかり食べているようだから舌が肥えすぎて出費が(かさ)むんじゃないかと危惧してたけど……)

 

 ナザリックの食材は充分に確保している。ただ、その出所がユグドラシル金貨というのが実に悩ましい。

 便利なアイテムである『ダグザの大釜』というものがある。ただ、便利なアイテムゆえに栄養面がどうなっているのかアインズは疑問に思っていた。

 

蜥蜴人(リザードマン)達の意見では美味いけれど良く分からない食材だから不安だ、と言っていたな)

 

 いくら美味しい食材を出せると言っても所詮はゲーム内にあったアイテムだ。

 金貨を投入すると食材が出る、なんて馬鹿なものを素直にありがたがってはいけない筈だ。

 

        

 

 通行人に屋台などの場所を聞き出し、街の奥に進む。

 聖王国は海に隣接する海洋国家でもある。――ただ、この世界の海は真水であるという話しなので塩分調達が気になっていた。

 便利な魔法で出す香辛料があるくらいだ。塩も魔法で生み出せるかもしれない。

 または別の方法だ。

 寄り道を決行したアインズはアウラに様々なものを買い与えた。アンデッドなので食事が出来ないからアウラに食事レポートを依頼する。

 

「一般市民の舌の感覚も大事だ。調達できる食材に感謝しなければ上の者とて困る事態になる、かもしれない」

「はい」

 

 親が子供を(さと)すように――

 見る人が見れば親子連れに見えたかもしれない。しかし、実態はアンデッドの最高峰ともいえる『死の支配者(オーバーロード)』と小柄ながら『闇妖精(ダークエルフ)』の少女である。

 

(魚類があるし、保存方法も確立されている。次は香辛料を見ていくか)

(なんでも焼けばいいと思っているのかしら。焼くか煮るか。やっぱり香辛料って大事なのね。全然、味に深みが無いっていうか……)

 

 通常、食材は基本的に焼くか煮る。出来るなら保存用に乾燥させるのが基本だ。

 料理番組があるわけもなく、決まった手法しか下町には伝わっていない。

 貴族料理はまだ少し毛色が違うようだが――

 

「創意工夫はこれから、というところのようだ」

「そのようですね」

(人間の国ではこのレベルとして……。亜人たちはどうなっているんだ? 人間料理の創意工夫があるのか? ……行きたくないな……。そして、アウラ達に食レポさせたくないな……)

 

 不意に不快感に襲われ、唸るアインズ。

 確かにここは人間の世界ではない。

 亜人や異形も共存する異世界だ。人間を食べる国があるなら当然のようにある筈だ。

 

 人間を美味しく食べるための食文化というものが。

 

 だからといって人間の常識を持つアインズの思い込みで亜人の文化を殲滅するわけにはいかない。

 人間至上主義では自分を否定することになってしまう。

 アインズは人間、亜人、異形が共存できる国を作っている最中だからだ。

 

「ナザリックで面倒を見ている者達に私はちゃんと美味しいものを食べさせているのか……」

 

 第九階層の料理はメイド達の評判が良い。ただ、どことなくそれは当たり前のような気がする。

 専門職人を抱え、豊富な食材を使っている。不味いわけがない。

 問題は種類(レパートリー)だ。

 ゲーム時代に培われた品揃え以外の部分の知識が不足している。

 自分達の料理は結局のところ自分達しか楽しめない。その場合、外交で相手を驚かせることは出来るが相手国の食文化を否定することになってしまう。

 

(自分は食べる事が出来ないけれど……。国王としては他国の事も考えなければ友好を深める事など……)

 

 傲慢な支配者であれば自分に従え、という『鶴の一声』で済む。しかし、この方法は取りたくない。

 征服欲はあるが全てを否定する気は無い。

 何でもかんでも俺に従え、という傲慢な気持ちは持っていない。でなければギルドメンバーの為に行動などするものか。

 

(……アインズ様が動かないという事は……、難しい考えに囚われているのか……。頂点に立つ方は考え事がたくさんあって大変だな。今は食文化についてかな?)

 

 アウラはアインズの思考の邪魔にならないように気にしつつ辺りの様子を伺う。

 亜人連合との戦いの爪痕として戦争孤児が物陰に居た。その者達は余裕のある人間からおこぼれを貰い命を繋いでいる。それが出来ないものは野垂れ死ぬだけだ。

 

        

 

 アインズ達が次の屋台に向かう時、小さな子供が飢えに耐えかねたのか、近寄ってきた。

 アウラはすぐさまアインズの前に立ちふさがるが、安易に排除していいものか悩んだ。

 

(私達は単なる観光だし、追い払ってもいいよね?)

 

 一応、未だに物思いに耽るアインズに声をかけてみた。

 思考を邪魔された事に多少の苛つきを見せたアインズだったが、すぐに現実に思考を戻す。そしてすぐに目の前にみすぼらしい子供の存在を認める。

 どうやらアウラはこの子供が近寄ってきたからどうすればいいのか声をかけて来たようだと理解する。

 

(おっといけない。浮浪者の子供か……)

「済まなかったな、アウラ」

「……いいえ。……それで、追い払いますか?」

 

 普通なら追い払うところだ。

 見つめている内にアインズの近くまで寄ってきた子供にアウラは手を伸ばす。

 戦争孤児は他にもたくさん居り、大人も居る。その全てをいちいち救うことはアインズには出来ない。

 他国の国王が人助けをすることは聖王国側からすればいい迷惑だ。特に貴族の立場からすれば――

 

(ここで食料を与えれば他にもいっぱい寄ってくるだろうな。その全てを面倒見る資金的余裕は無い。今回はレメディオスに会いに来たのであって民衆の支持を集めに来たのではない)

 

 だが――子供を助けなければナザリック側で怒りだす者達の顔が浮かぶ。

 いい案が浮かばない。毎回都合よく事態を収められれば苦労はしない。まして自分は人助けの熟練者(エキスパート)ではない。

 

 なら、本物の熟練者(エキスパート)に頼めばいいじゃない。

 

 お気楽なギルドメンバーの声が幻聴として聞こえてきた。

 今の自分には頼れる仲間が大勢いる。別に自分一人で全部考えて実行する必要は無い。傍にはアウラも居る。

 

「……ちょっとこの子の相手をしてやってくれ。それと……そこの屋台に行って何か食わせてやれ」

「りょ、了解しました」

「……血も涙もない商人では体裁が悪い」

(本当に血も涙も無いけれど。俺は優しいアンデッドだぞ)

 

 アウラに財布を預け、物陰に移動する。

 邪魔が入らないように影の悪魔(シャドウ・デーモン)に見張りを命令する。

 アインズは一つため息をつく。

 自分に益にならないことはしない主義ではあったが、無視ばかりするのも支配者としてどうなのか疑問であった。

 小さな恩は時には無駄になる。しかし、無駄にならない場合は大きな益に化ける。

 

「……伝言(メッセージ)

 

 今回は少し長く時間を取られそうだと思い、メモ用紙の用意も整える。

 聖王国側には打ち合わせの予定は入れていないので一日潰したとしても問題は無い。

 

        

 

 通話相手は一人ではない。

 今回に限っては複数人の意見を参考にしようと決めた。その内訳は経済担当『音改』、食品担当『あまのまひとつ』、民衆の反応については『ウルベルト・アレイン・オードル』、正義の人『たっち・みー』だ。

 他にも知恵者の意見を借りたいところだが、魔法による意見徴集はあくまで表面的なもの――

 より深い議論は帰還してからだ。

 

「無視するのが正しい選択かもしれません。けれども、お人好し属性の主人公であれば放っておけない属性が発揮するはずです」

『……合理主義者の言葉とは思えませんね』

 

 音改はばっさりと切り捨てた。

 損得に関して彼の意見は有意義だが合理的すぎるきらいがある。もちろんそれは将来を見据えての言葉であって、決して目先の利益だけのものではない。

 

『ろくに下調べもせずに勝手な行動は悪手ですよ』

「……すみません」

『炊き出しはしていないんですか?』

 

 していたら浮浪者が大量に発生するわけがない、とは思うが食料が充分に蓄えられていない事もあり得る。

 思い付きだけで行動しているアインズに仲間が厳しい意見を言うのは至極(もっと)もであった。

 

『困っているからと闇雲に人助けをする余裕は我々には無い。それに……魔導国としていきなり行動を起こせば後が怖いですよ』

 

 人助けに肯定的なたっち・みーですら厳しい意見が出る。

 公務員という役職柄、無暗な正しさを行使しているわけでない。そこにはやはりお役所仕事のジレンマなどが介在している。

 

『聖王国との交渉においてそこの国民(聖王国)の問題は当事国が担当すべきなんです。モモンガさんの仕事は魔導国にあるんですよ』

 

 ウルベルトにまで言われてはぐうの音も出ない。

 いや、ほぼ全員からお叱りを受けているも同然の事態にただただ頭を下げ続けるしか出来ない。まるで失敗を犯したサラリーマン――

 またはクレーム対応に四苦八苦している電話番だ。

 文句を受けるのであれば勝手にしていた方がいいのか、というと後が怖い処から必然的に酷い目に遭うのは――やはり自分だ。

 

(……国王なのにめっちゃ叱られてる……)

 

 優秀な頭脳が居ると自分の駄目な部分がありありと理解できる。それは迷惑よりもありがたさが増す。

 もし、自分一人だけであればNPC達はきっとアインズ様は凄い。頭脳明晰でいらっしゃる、とか()()()()してくれる。そして、大きな間違いを犯したことを後で知ってがっかりするのだ。

 

(それにもまして魔導国として考えてくれるメンバーがこれほどありがたいと思えるのは至宝だ。やはり色々と指摘してくれる存在はありがたい)

 

 もちろん、時には煩わしいと思うことがある。

 アウラがもしメンバーの会話を聞いていたならアインズと仲間のどちらを支持するのか。

 おそらく彼女の創造者『ぶくぶく茶釜』であってもアインズに指摘する筈だ。

 

『もし、事を起こすのであれば協力しますよ』

『正義の前に国の宝を守る』

『浮浪者については……。若年層から取り掛からないと収拾がつきません』

『聖王国の食糧事情のデータ下さい。というか、そのために行ったんじゃないんですか? そうじゃないなら俺が直接行って調べてきます。無理に調べてこいだなんて言いませんよ』

『あ、僕もあまのっちと一緒に行きたい』

 

 気が付けば至高のメンバー達が聖王国に乗り込みたいと言い出す始末。

 これについては別に咎める気は無く、突発的な事柄に抵抗は無いのかと逆にアインズは気になった。

 元はと言えば小さな子供が苦しんでいるだけのものだ。

 

『恩を売って利益を得る。世の中は意外と打算的ですよ』

 

 音改の言葉が重く響く。

 一見すると冷徹さを感じるが、それで誰かが助かるのであれば使わない手は無い。

 毒物も使いようでは薬になる、と友人である薬師の青年が言っていた。

 細かい打ち合わせが必要なのだがアインズの目的とは合致しないので、目立たない範囲でメンバーに行動を許可しておく。

 通話を終えた後、アウラの下に向かうと子供の数が増えていた。

 やはり、という気持ちが湧いたが仕方がない。

 一つを許せば次も、となるのが世の常だ。

 

「申し訳ありません。続々と集まってきてしまいまして……」

「構わん。彼らは別の者に当たらせる。それと炊き出しについて進言してみる。それでも事態が動きそうにないなら……」

 

 勝手にやらせてもらうまでだ。

 自国民に救いの手を差し伸べない。または伸べられないのであれば出来る者がやるだけ。

 アウラに幾許(いくばく)かの食料を買わせ、子供達に振舞わせた。それ以降は関知しない、という気持ちで振り払う。

 そうしないと延々と足止めを食らう。

 

(聖王国の未来について話し合ってくるから今はそれだけで勘弁してくれよ)

 

 自国民の事を思えばモデルケースとして彼らの扱いも考慮に入れなければならない。そうアインズは思った。それが自己満足だとしても国が荒れる原因から目を背けるわけにはいかない。

 本格的に乗り出すのはまだ少し先だ。精々が炊き出しが出来るかどうか。

 あてはある。実現の保証が無いだけだ。

 もう少しアウラに食レポをしてもらおうかと思っていたのにとんだハプニングでがっかりした。しかし、仲間を動かす理由が出来たので気持ち的には相殺ということで納得する。

 気を取り直した後、アインズ達は聖王国の王城へと向かう。――食料を貰った子供達が彼らの姿が見えなくなるまで何度も礼を述べる姿があった。

 

        

 

 魔導王の正体を晒して堂々と入城するイメージが浮かんだが派手な様相になりそうなので却下する。正式な来訪であれば拒否権はほぼ無いけれど。

 目立つ行動は苦手だった。それは未だに――といってもいいくらいに。

 面倒ごとと言っているが実際は頼られ過ぎて身動きが取れない事態になってほしくないだけ。それと自慢癖がある。これは自覚しているが勘違い系主人公の典型だといつも仲間達から言われていた。

 

(人助けは人間の頃の気持ちがあるから、か……。いや、俺は傲慢な人間を嫌っていたのではなかったか……。……それとも救いを求めている者を助けるだけの力を持っている。だから()()()()のことをしただけ……。結局のところはどうなのか……)

 

 異形種の側からすれば人間を助ける気持ちは――おそらく――湧かない。亜人種は良い面と悪い面がある。その悪い面からすれば足蹴にしているところだ。

 人間種も平民と貴族で考え方が違うから似たようなものかもしれないけれど。

 アインズは己の行動を顧みて反省すべき点があるのかないのかを考えた。

 善人プレイをやりたいなら徹底すべきだ。

 悪役もまた然り。

 

(商人という役柄であれば貧乏人を相手にしないのが正しい、のか? お優しい魔導王様は慈悲もかけられない心の小さな方だったのか)

 

 反省は帰ってからすればいい。そう判断し、もやもやとする考えを払拭する。

 今回の到来の目的を忘れてはいけない。

 一つ気合を入れなおし、城勤めの兵士の下に向かう。

 

「聖騎士団の皆様に何処へ行けば会えますか?」

「彼らに面会か?」

「個人的に『ネイア・バラハ』嬢に会いに……、というのは建前だとも」

 

 ここでアインズは仮面を取り、フードをめくりあげる。

 骸骨の頭部が出た時点で見張り役はアンデッドが現れた、と驚きの声を上げる。――一般常識を持つ人間であれば大抵は驚いた後、武器を構えるか逃走を選ぶ。

 失礼だな、と思いはしても仕方が無い事もまたアインズは理解している。

 

「なっ!?」

 

 目の前でアンデッドが現れれば余程の顔見知りでもない限り驚くのが基本。だからこそ当たり前の反応に安心する。

 この世界の――人間の国――住人は悪属性のアインズに意外と友好的な側面を見せる。

 友好というか気さくさだ。

 

「もしや、魔導王陛下……であられましょうか!?」

「この国の住民とはあまり触れ合ってきてはいないが分かるのか?」

「一度ご尊顔を拝見致しました」

 

 兵士はその場に(かしず)きながら言った。その様子を後ろから見ていたアウラは口元を歪めてご満悦の様子。

 もし慌てて逃げだす事態になれば即座に取り押さえるように命令を受けていた。しかし、それは杞憂に終わったようだ。

 

        

 

 お忍び外交――または外遊だが――の為にあまり目立った行動をするつもりが無い事を伝え、兵士を立たせる。

 聖騎士団を現在率いているのは副団長だった『グスターボ・モンタニェス』という男性である。

 

「正確には聖騎士団に用があるわけではない。カストディオ嬢に会いに来たのだ」

「あ、あの女に、ですか!?」

 

 あからさまに嫌な顔をされた。

 亜人連合との戦いの後、団長を解任されたレメディオスの処遇は実に悪い――酷い――ものだった。

 彼女は今でも魔導王に反感を持つ人間である。貴族連中にすぐさま狙い撃ちされ、更には団員にも良い印象を与えないほど荒んだ。

 この国を救ったのがレメディオスではなく魔導王であることは既に周知の事実。今の聖騎士団は彼女のせいで被った汚名を(そそ)ぐのにかなり努力を重ねた経緯がある。

 

「幽閉されている事は知っている。どんな酷い状態になっているのか見物にな」

 

 ただの一兵卒に事態を進める権利は無い。その辺りは――アインズもどういう手続きを取ればいいのか――手探りであった。

 貴族への許可申請は何かと手間がかかる。ならば直接出向いて場合によれば兵士を洗脳する事も視野に入れていた。

 とにかく、大事なことは場所を知る事だ。居場所さえ把握できればどうとでもなる。

 

「極秘というほど大層なものではないと考えている。……であれば手続きを頼めるかな? それとこの者を休ませる為の控室も所望したい」

「は、はい! ただいま。少々お待ちください!」

 

 緊張を孕んだ敬礼の後、兵士は一目散に駆け出した。

 脅しに来たわけではないし、以前の到来で割合面通しは済ませた筈なので大勢の兵士に取り囲まれる事態にはならないと予想する。もちろん敵意を剥き出しにするような――

 しかし、罪人の面会に国王が来訪する、というのは(いささ)か無茶が過ぎたかな、と今更になって感じた。

 

(以前から予定していたことだけど、それを聖王国側に伝えるシステムになっていなかったのは仕方がない。そもそもかなり距離があるし、地図の上では数百キロメートル……。いや、一〇〇〇キロメートルはあるかもしれない)

 

 聖王国が誇る砦の長さが数百キロメートルだ。縮尺が正確ではないとしても地図の上で各都市の間は――本当に――長い距離になっている。

 カルネ村から近隣のエ・ランテルまで近そうだが約一〇〇キロメートルほど。王都までとなると更に五倍以上となる。

 

(山を越えたり、野盗やモンスターの脅威もある。この世界の移動は現代社会に比べて平和そうで過酷だ。なら車を発明すればいいか、というとそう簡単にはいかない。化石燃料の使用によって大気の悪化が予想されるから。……ブルー・プラネットさんが嫌がる案件だったよな、確か)

 

 空を見上げつつ物思いに耽る魔導王。

 小さく唸る至高の支配者の姿をアウラは興味深げに眺めていた。

 

        

 

 兵士が戻ってきたのは二〇分ほど経ってから。一応、手持ちの懐中時計でも確認した。

 この世界の時間という概念は()の傾きで大体判断される。各自が時計を見て行動しているわけではない。

 時間で動く社会人であるアインズにとって彼らの様な大雑把な生活が羨ましいと思えた。

 落ち着いて見渡せば息の詰まる生活と言うわけではなく、どこか余裕が感じられる。反面、自分は(みつ)にした生活を何処か強要している節があるし、自覚もある。

 

(報告書、報告書、報告書……。いわゆる『報連相(報告、連絡、相談)』も強要に当たるか……)

 

 気楽な冒険をしたかったはずなのに――気が付けば息の詰まる事ばかり。

 アウラ達を養う為とはいえ異世界でもせせこましい生き方をしなくてもいいんじゃないか、と考える余裕が無かった。

 

(今はギルドメンバーが居る。もっと余裕のある生活を模索してもいいんじゃないか。そうじゃなければ俺自身が持たない気がする。……邪悪なアンデッドモンスターらしく……)

 

 見た目はかっこよくてもいい。けれども中身は心の広い大人でありたい。

 国民を抱える王は支持される度量が必要だ。しかし、独裁的と民主的のパターンがある。自分はどちらがいいのか――

 願わくば後者を選択したい。しかし、今までの自分の行動の大半は前者に近い。

 王様は我がままな部分があるとタブラ・スマラグディナやぷにっと萌えのどちらかに言われた気がする。

 

(いや、死獣天朱雀さんだったかな? 最年長者の意見は重みがあるよな。おっと、つい興が乗ってしまった)

 

 意識を戻ってきた兵士に向ける。

 責任者が来るのでもう少しだけ待ってほしいと言われた。やはり兵士だけで事を進める事は出来ないようだ。

 もし、兵士だけで進められるようであれば賄賂(わいろ)などで簡単に動く可能性がある。治安としては不味い。だから、多少の時間的浪費は覚悟の上だ。

 

「アウラ。ここからは一人で向かう。お前は他のメンバーの補佐を頼む」

「お一人で、ですか?」

「もちろん、シモベを付ける。終われば連絡を入れる」

 

 牢獄に子供を連れて向かいたくないという配慮だが、支配者が単身で敵地に向かう事を良しとしないアウラにとっては一大事に匹敵する。

 当人は別段、大事(だいじ)ないと予想しているが周りはそう受け取ってはくれなかった。

 

「頼りないから、ではない。これは相手への配慮でもある」

(同性とはいえ汚らしい所に居る相手だ。……モンスターを倒すアウラにとっては平気かもしれないけれど……。これはアインズ側の気持ちの問題か……)

 

 我がままな支配者の気まぐれとして受け取ってほしいと願いつつ、アウラに命令として告げる。本当は言いたくなかったけれど、強情に抵抗されると先に進めなくなるので。

 

「そうだな。ただ待たせるのも気が引ける。魚介類関係を調べておいてほしい。食べられるもの。毒があるもの。調理方法など……。それとついでに音改さんを連れて金銭価値についても報告書にまとめてくれると助かる」

「りょ、了解しました」

 

 必要な資金を――充分かは不明だが――渡しておく。さすがに全部使い切る事は無いと思うがケチ臭いと思われるのは嫌だった。けれども言及すると――本当に――使い切りそうだったので、黙っていた。アウラは意外というか、容赦なく感想を述べてくる。

 彼女(アウラ)が不承不承に命令を受諾し、現場から立ち去る頃に責任者と思われる人物がやってきた。

 

        

 

 牢獄を管理する責任者と共に地下深くにある罪人用の檻へと向かう。彼との会話は必要ないと判断し、ほどなく無言のまま現場に問う遅着する。

 通常であれば不衛生な中で罪人を隔離しておくのは見張りにとっても良くないが、この世界ではあまり気にされてこない。運が悪ければ見張り共々謎の病死を遂げる。

 そんなことを頭の片隅に置きつつ目的の場所にたどり着く。そこは一目で地獄である事をうかがわせた。

 本当ならば誰も近づけないほどの異臭が立ち込めているところだが、アインズは気分を少し害する程度で済んだ。

 檻の中に居るのはレメディオス・カストディオ、だったもの。今は見る影もない肉塊にしか見えない。

 悪魔ヤルダバオトとの戦いの後、不敬罪で捕らえられた聖騎士はここに幽閉され、世間的に忙殺された。

 その後の経過は地上に住む人々には伝えられず、いつしか死んだものと思われた。しかし、彼女は今も地下で生きていた。

 ――これを生きていると形容するのは(いささ)か無理があるようだが。

 最初は天井に弦されるように両手が繋がれていた。今は両手共に腐り落ち、地面を這いずっている。

 逃げ出すほどの力は失われている今は歩くこともできず、また気がふれたように呻くところから食事も満足に取れない。

 何より今は中に入ることも憚れる姿となっている。

 

(……人間ってここまで肉体的に変形するのか……。元が女性とは思えない、というか……。面影がまるでない。蠢く肉塊だよな、これ。ぶくぶく茶釜さんといい勝負……)

 

 全身病気にまみれ、顔面というか身体のあちこちが異常に膨張していた。そして、全身から黄色い膿が絶えずしみ出しているようで悪臭が立ち込めていた。

 それでも食事やポーションなどで無理矢理に生かし続けてきたので生物としてはモンスターに属してもおかしくないほど歪んでしまった。

 ただ本能のまま動く肉塊。それがレメディオスの末路だった。

 

(俺に逆らうものは皆こうなる。……なんて事を示せば我が国民に対する心象が悪化してしまう。デミウルゴスもここまで酷くなるまで放置しなくても……。もしかしてウルベルトさんの命令でもあったのか?)

 

 口の形が完全に崩れているので受け答えが出来そうにない。癒し要員を連れてこなければならないと判断した。アインズの目的は彼女を持ち帰ることだ。こんな醜い肉塊が欲しいわけではない。

 これと同等の肉塊と似たようなモンスターならナザリックにたくさんいるので、それと引き換えに持ち帰ってもバレなさそうだ。というよりこちら(自分達)の方が匂いも少なく、衛生的とさえいえる。後、飼育も簡単だし、と。

 

(顔が倍以上に腫れあがって……。母乳じゃないよな、出ているの。手足の末端は骨が出ているし、こんなアンデッドモンスター、うちにも居たような気がするぞ)

 

 あまりにも変わりすぎて本当にレメディオスなのかどうかアインズの記憶をもってしても分からない。

 元聖騎士の女性で罪人はここにしか居ないというので間違いないようだが――

 質問とかしたかったのに、これでは無理だ。そう判断したアインズは現場を清潔にするところから始めることにした。

 既に現団長とは話しがついている。責任者がクビにされることもない。

 ここに居る罪人が唐突に姿を消したところで既に死んでいる人間となっているから誰も気にはしない。

 するとしてもネイアくらいだ。彼女は少なくとも同僚として安否を気遣っていた。魔導王に逆らう不敬な存在だとしても国を思う同志としては最後まで尊敬していた。

 

        

 

 まず汚らしい肉塊を早々に片付け、現場を簡単に洗浄する。そのあとメイド達を呼んで掃除させた。

 こんな現場でも人造人間(ホムンクルス)達にとっては何の障害にもなりえない。

 至高の御方の命令を受けて喜び勇んで仕事に従事する。久方に見た彼女達の笑顔は見ていて実に微笑ましいものがあった。

 別の場所に移動させたレメディオスは既に癒しの魔法で元の人間としての姿を取り戻させた。肉塊のままではあまりにも見苦しいので。

 回復した彼女は特段、暴れ出さず呆けていたが敵であるモンスターに救われたことに少しずつ怒りを覚えて――蘇らせていったようだ。

 

(……魔導王とやらの仕業か……。あー、もうすでに聖王国は……。思考力が戻ってきても……、嬉しいことは無いな)

 

 見知らぬ部屋に全裸で転がされ、空腹の合図を告げる腹の音が今はとても煩く感じた。

 つい先日までの行動は思い出せない。ある時を境にプツリと記憶がなくなった。身体の調子から相当ひどい環境に居た事は何となく理解している。だが、正確性が無いので何とも言えない。

 レメディオスは自身の復活を素直に喜べなかった。

 愛する妹は死に、大切な聖王女を失った。その上、国を救うこともできず、ただただ亜人やアンデッドに翻弄された。

 戦いが終われば誰かが責任を取らされる。その責を受けることになった自分は素直に納得できた。だからこそ暴れずに享受した。それがいかに理不尽だとしても。

 

「元の姿に戻ったようだな」

 

 聞き覚えのある声に思わず身構えるも抵抗が無意味であることに気付いて、警戒を緩める。

 声の主は魔導王。自分にとっては最大の敵ではあるが救国の英雄だ。武器はないが礼節は忘れていない。

 

「……これもまた刑罰の一種か? 長い年月を生かさず殺さず……」

「罰を与える気はない。これらは貴国の都合だ」

「……そうか。……久しく会話していないからうまく口が回らないな……。それと……私の裸を見に来たわけでもないようだな」

 

 地面に胡坐をかく姿勢のレメディオスは新たな檻の中から魔導王を見上げている形だ。今更身体を隠す気もなければ抵抗する気力もない。

 見世物にされても別段、今は気にもならない。

 ただ、それでもなんとなくアンデッドと口は利きたくない。そんな気持ちが少しだけ残っていた。

 

「単刀直入に言おう。我が国に配下として招きたい。友人ではなく、扱いは低いが……」

「断る!」

 

 地の底から力をかき集めてレメディオスは吠えた。そして、そのまま力尽きる。

 力いっぱい叫んだせいで残っていた体力がなくなり、呼吸が荒くなった。

 

「……今ので私の抵抗は出し尽くした。……後はもう……私に質問するだけ徒労だ」

「そのようだな。……今の怒声には驚いた。さすが聖王国随一の聖騎士だ」

 

 もう一度同じ質問を投げかけてみたものの返事をする元気が出ない、と小声で返された。

 もはや相手の了承を得るより強引に引き取れ、という意味だと受け取った。

 ただ――と彼女は語り出す。

 

「私が失ったものを……与えてくれるならば……。心の底から……従おう。こんな私でも……」

 

 そこから先は全く聞き取れなかった。

 仕方がないので身体にポーションを振りかけ、食事を与えた。

 その程度の散財は無いに等しい。ペストーニャとしては身体を奇麗にした後で食用に加工してくれればいいのに、と小さな呟きがあったが無視した。

 ナザリックの癒し担当は一定の年齢の子供を愛するがそれ以上の存在はすべからく食用とみなしてしまう。そこが残念な点だ。

 

(聖剣を持っていたが、あれは聖王国の城にあるんだっけ? 俺、武器は杖だからな……。後は何だ? 家族か? 誰が居たっけ? 死んだ兵士全員とか言わないだろうな?)

 

 念のために聞いてみると兵士全員とか国民全員という無茶なものではなかった。

 先の戦争で死んだ聖王女と妹の二人だけ。バラハ嬢も要望に上がったが彼女は今も健在だと告げると驚かれた。一緒に罰を受けていると思われていた。

 貴族の人身御供としてならばレメディオスの危惧は理解できる。魔導王の庇護があるため、ネイアは死なずに済んだと言える。

 

「そうか、その二人か。他に姉妹とか出てこないだろうな?」

「……戦いに赴いたのは妹とカルカ様だ。それ以外は知らないな。……ネイア・バラハの家族も含めてしまうと魔導王の方が困るだろうから」

「……数が増えれば困るのは確かだ。……調子が戻ってきたようだな」

 

 聖剣にこだわりがないのか尋ねてみると牢獄に入れられた時点で諦めたと答えた。素直なところは彼女らしいともいえる。

 聖剣サファルシリアは聖王国の未来を担う若者にこそ相応しいと言って。

 ならば剣を持ってくることは諦められる。元より手続きが面倒そうなのでアインズとしては助かる。

 それにしてもしおらしくなった。既に命を投げ捨てたようなものだ。助かった事に喜べるような状況でもない。

 あんな肉塊と化して心を強く持て、というのは無茶が過ぎるか、とアインズは一人で納得する。

 

        

 

 要望は聞いた。だからどうしたと突っぱねることもあり得るが――さすがにそこまで意地悪なことを言うつもりはない。

 母国からも見放された時点で命運は決まっていた。だからかは分からないが今のレメディオスは清々しいまでに落ち着いている。

 潔く死刑に処されても構わない、という心構えのようなものがあるのかは分からないが、アインズとしては安易に死なれては困るのは事実だ。そうでなければここまで来ないし、ポーション一本だって消費したくなかった。

 

「この国と決別せよ。それがお前の運命だ」

「……寂しいことだ」

 

 ただ一言。レメディオスはそう言った。

 茶色かった髪が時間経過とともに灰色っぽく。そして、より白くなりつつある。

 ここまで急激な変化を見て驚きで思わず精神が強制的に安定化させられた。久しぶりのことにさらに驚いてしまった。

 

(……髪の毛が白くなる変化を間近で見たの初めて。本当に変化するんだな)

 

 ほんの数分の出来事だ。しかし、完全に真っ白とはならず、途中で止まった。それはそれで良かったと他人のことなのに安心した。

 所謂(いわゆる)精も根も尽きた、という状態のようだ。

 今のところ言葉だけなので実際に要望を叶えない限り、レメディオスにさらなる変化はないと思い、インベントリから蘇生用のアイテムを取り出す。

 伝え聞いた情報が確かなら灰にならない条件を満たしている筈だ。

 まずは妹のケラルト。次にカルカ・ベサーレスを蘇らせる。

 聖王女が復活したとしても彼女の居場所は既にないし、戻す気もない。それを国王に伝える事も忘れない。

 二人を復活させた証拠を提示すると今まで敵愾心いっぱいだった聖騎士レメディオスは全裸のままその場で土下座した。しかも思い切り地面に顔を打ち付ける形で。

 この国の土下座の正式名称は分からないが、日本式と大体似ていたので少し安心した。突飛な体勢だったら何を意味しているのか分からずじまいになる。

 額を割り、血を滲ませつつ妹たちの復活の礼を述べ、魔導国の軍門に下ることを約束した。

 

「……それで、その……。私の役割は何だ? 奴隷か? モンスターとの繁殖用の家畜か?」

「広い意味では奴隷のようなものだ。だが、安心するといい。この国では私に反抗する存在だとしても私はお前を丁重に迎える用意がある。他の二人は考えていないが……、共に暮らすことを認めよう」

 

 魔導国でレメディオスの役割は実はまだ考えていない。処分する話しが持ち上がっていたので何かに使えないか、と思ったまでだ。

 ここまで素直な姿勢なら連れ帰って騒動が起きる可能性は少ないのではないか、と。

 ただ、亜人に対してどう出るかが問題だ。聖王国では敵同士だったからだ。

 人間を食べない亜人も居るので彼らと付き合わせていけば考えも軟化するかもしれない。

 

「魔導国では私の意見は基本的に賛同ばかりだ。はっきり言えば反対意見がほぼ出ない。……だが、時に自分の考えが本当に正しいのか不安になる事がある。今までもこれからも……。お前のようなアンデッド否定派の意見を聞くことも有用だと考えたわけだ。仲間は嫌な顔をするかもしれないが……、私はお前を必要としている」

「……そうか。民主的な存在として私が必要なのか」

「民主……。聖王国の聖騎士(パラディン)も頭は使うのだな」

 

 レメディオスは単なる脳筋というわけではなさそうだ。確かにある程度賢くなければ戦闘において困る事態が増える。

 最強には最強たりえる理由がある。

 彼女の要望が叶った時、聖王国のレメディオスは死んだ。そういう御触れが後に広まる事となった。

 

        

 

 蘇ったカルカとケラルトはレメディオスの必死の懇願により魔導国に下ることが決定した。

 生きているだけで充分だ、と涙ながらに抱き着かれては二の句も告げない。それほど彼女は大切なものを失う事を恐れていた。

 魔導国が秘かに作り上げた村での生活を強いられる、という事は聞いていたが存外悪いところではなかったのですぐに現地の村人たちと意気投合する。

 

「……聖王国は魔導国の属国なのですね?」

「いえ、まだ南北の争いがあるので保留にされているそうです」

 

 それも時間の問題だ、とカルカは予想する。

 亜人の脅威はなくなっても人間同士の争いが控えていることを彼女は知っていた。

 ケラルトと三人で知恵を出し合えば魔導国を御せるのでは、という案は早々に打ち捨てられる。その原因の一つがかの国が使役するモンスターの異常な強さだ。

 数体で亜人連合を蹴散らせるのではないか、という過剰戦力にまず驚いた。実際に見せてもらったのでよく理解した。この国と敵対してはいけない、ということを。

 さすがのレメディオスも改めて武器を取ろうと思わなかったところは見事というしかない。

 

死の騎士(デス・ナイト)が雑魚モンスターとはどういうことですか。普通に魂喰らい(ソウルイーター)が居て、しかも家畜扱い)

 

 村の出入り口に守衛として様々なモンスターが守っているけれど、それがまた多種多様で凶悪なものばかり。というより見たことがない。

 先の死の騎士(デス・ナイト)よりも邪悪なアンデッドモンスターを見た時は世の終わりを感じたほど。

 レメディオスに至っては涼しい顔のまま失禁した。最近は下のしまりが悪くなりまして、と言うようになった彼女が哀れでならない。

 

「……お姉さまも大人になったのですね。私も人生を見つめなおす時期に来たのかも」

「……そういえば従者であったネイア・バラハは何をしているのかしら?」

「母国で宗教を作り、その教祖となっているようです」

「……教祖? ……それはなんだか大変そうな気がしますね」

 

 国の象徴たる聖王女を失った聖王国の未来を思い浮かべる。今はもう自分には関係のない事になってしまっているけれど、それでもやはり母国のことは気になる。

 レメディオスの話しぶりから亜人連合は手を引き、かといって魔導国から大量のアンデッドモンスターを投入されたわけでもなく、人間の国として存続しているという。

 魔導王の考えは理解できないが一方的な蹂躙をしていないのは確かなようだ。

 

(これほどのモンスターに守られているのか、見張られているのか分かりませんが……。今のところ安全が確保されているのは確かですね。……なんだか見知らぬ世界に来てしまったような……)

(魔導王め。……あいつの目的は国なのか、世界なのか分からないじゃないか)

 

 強大な力を持っているのに人間や亜人を共存させるような村などを作っている。その意図が全く分からない。

 既に住んでいる村人達からは好評しか聞かれないし、魔導王の目的がいまいち見えない。

 特定の農産物を独占するわけでもなく、技術や生活に不便を強いられる事もない。

 時折レメディオスはアインズに呼ばれるが意見徴収以外の助力は頼まれない。元より戦力として数えられていない。

 会議らしきものが長引くと彼女の髪の毛が白くなる。そのたびに治癒担当のモンスターに癒してもらい元の茶髪を取り戻す。これにカルカはとても気の毒そうな顔をする。全ては自分たちを守るために、とでもいうように。

 剣を捨て、ただひたすらにカルカと妹の為に犠牲になるレメディオス。そんな彼女の為にも守られてばかりではいけないと思ったカルカとケラルトは負担軽減の方策を話し合うことになる。

 こうして三人は新たな人生を歩み始めた。

 

 




付録:作中に登場した魔法 vol.12

兎の尻尾(バニー・テール)

系統:幻術(幻覚) 位階:魔力〈一〉、その他(吟遊詩人(バード))〈一〉
構成要素:音声、動作
距離:自身 効果範囲:半径約20mの拡散内に居る全ての精神を持つ仲間 持続時間:10分×術者レベル
備考:知力が一定数値以上の相手に対し、交渉と情報収集判定にボーナスを得る。元々の名称は『友好的な顔(フレンドリィ・フェイス)』である。


兎の耳(ラビッツ・イヤー)

系統:変成術 位階:魔力〈一〉
構成要素:音声、動作、物質
距離:自身 効果範囲:術者 持続時間:1分×術者レベル
備考:聞き耳判定にボーナスを得る。元々の名称は『隣人の喧噪(ノイジィ・ネイバー)』である。


兎の足(ラビッツ・フット)

系統:変成術 位階:魔力〈二〉、その他(吟遊詩人(バード))〈一〉
構成要素:音声、動作
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2) 効果範囲:クリーチャー1体 持続時間:10秒×術者レベル
備考:幸運のボーナスを得る。元々の名称は『幸運続き(ラッキー・ストリーク)』である。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。