ギルガメッシュ   作:トラロック

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憑依魔法

 

 期待を胸に魔術師協会に突入した植物人間『ぷにっと萌え』は己が抱いた夢が早くも瓦解する事を知る。

 ――単に周りの人間達の怯えの具合に驚いただけだが。それでも少し傷付く。

 そこかしこから小さな悲鳴が漏れるのは過去にバハルス帝国が強大なモンスターに支配されるのではないかと噂になった事が原因だ。

 その大元を――というか元凶はもちろん――ぷにっと萌えは知っている。

 それから数年の月日が経過した。未だに何らかの圧力をかけた、という事件などは起きていない。それでも今も尚人々が怯えるのは魔導国に居るモンスター達のせいだ。

 

 その中にぷにっと萌えも()()()()含まれる。

 

 破格の強さを持つ強大なモンスターが四十体近く。

 一人ひとりが国を滅ぼせる実力者なら怖がって当然だ。

 

「………」

 

 それでも心は人間である、というアピールを続けているのだが最初の傷が大きいばかりに難儀する。

 疑心暗鬼のメンバーが慎重に事を進めすぎたのは想像に難くない。

 人々の信頼を得るのは並大抵の事ではない。それはよく理解している。

 

「よ、ようこそ。魔術師組合へ……」

「……ふ~」

 

 鼻息のような唸り声で近寄ってきた為に店員が怯える。

 だが、謝る気は無い。

 ()()()()()()怯えたのだから。

 何もかも自分達が悪いとは理不尽である。だからこそ、原因が例え自分達にあろうとも全てに頭を下げる気は無い。

 誠心誠意にも限度がある。

 

        

 

 不機嫌は本当だが大人気ない事はしない。

 相手の気持ちはよく理解出来るし、立場が違えば自分もきっと怯える側になる。

 だが、まだ自分達は上位に位置する。下位の気持ちは分からなくはないけれど、だからといって同じ立場に並ぶ気は無い。

 様々な葛藤の末、やはり大人気ないという言葉が脳裏を過ぎる。

 短気は損気。確かにその通りだ。

 人間の発言ですぐ激高するのは異形種の悪い特性だと思う事にした。そうでなければ知性溢れるぷにっと萌えとして、なんか損した気分にさせられる。

 

「……んふん。……失礼。少し考え事がエキサイトしてしまって」

 

 本当にエキサイトしたままだと唸り声だけで室内を破壊していた結果も決して絵空事ではない気がする。

 さすがにバカみたいな結果に苦笑が滲むが、後で仲間にバカにされる事は確実だ。

 それは本気で嫌だ。

 

「そ、そうですか」

「……本当にごめんなさい……」

 

 脅かして、と本気で思いつつも語尾をぼかしておく。

 大人の発言なんてものは曖昧なもののやり取りばかりだ。そして、それは悪しき慣習でもある。

 都合がいい方法はあまり選びたくないのだが、便利なのは否めない。

 

        

 

 店員に挨拶した後、周りを軽く見渡す。

 懇切丁寧な案内が必要なほど魔術師協会は複雑怪奇な迷路になっていない。至極シンプルな様相だ。

 客が行き交う広間と説明を聞く場所があるくらいだ。

 ぷにっと萌えは特段、大口の客でもない。

 気を取り直して受付に行き、魔法のリストを用意させる。

 本来は購入目当ての客に説明するのが基本だが、高額商品が多いので大半は説明のみで終わる事が多い。しかし、ここバハルス帝国は魔法文化が発達し、尚且つそれなりの裕福層が存在するので割り合い購入者は多い。

 販売されているのは基本的な魔法のスクロール。魔法を使う時に必要な物質要素と呼ばれるアイテム。骸骨(スケルトン)は例外として動像(ゴーレム)などの人造物も取り扱っている。

 

「生活魔法のスクロールでございますか?」

 

 ぷにっと萌えは疑問だった事を尋ねてみる。それは店員の首を傾げさせるものだったようだ。

 位階魔法のスクロールは存在する。けれども第零位階のスクロールは存在しない。

 金を出して買う価値が無い魔法だから、という意識があるせいだ。

 基本的に全ての魔法はスクロールにする事が出来る。例外は超位魔法くらいだ。こちらは特別なアイテムが必要となる。

 

「申し訳ありません」

「ずっと疑問だったのでね……。気を悪くされないでほしい」

「……確かに言われてみれば不思議でございますね。こちらに掲載されているのは第三位階までが殆ど……。たまに第四位階も入荷されますが……。生活魔法は今まで掲載された事がありません」

 

 リストに無いのは残念だが、本当にあるのならば確認したかった。

 自分が習得できない魔法は例え下位でも気になる。

 

        

 

 店員に意地悪する気は無かったのだが、ある程度の予想はしていた。

 この世界に第零位階の魔法は存在しない。あると思い込んでいるだけだ、と。

 魔法に長けたフールーダ・パラダインは生活魔法という系統に否定的であった。――単に個人的な好き嫌いかもしれないけれど。

 

(……だが、実際に魔法は存在する……)

 

 用途別なのだが魔法名が付けられていない。ただそれだけなのにぷにっと萌えはとても気になって仕方が無い。

 何故、どうして、という謎を解明したい気持ちが湧く。

 一定の感情を抑制される場合があるのだが、だからといって興味を無くすことは無い。

 あまり高ぶらず、かつ慎重に興味を維持していく。

 楽しみは持続してこそ生き甲斐が生まれるのだから。

 

        

 

 目ぼしい収穫が無かったぷにっと萌えは商店街に足を伸ばす。

 ただ歩いているだけなのに人々の注目の(まと)だ。

 期待に応えて様々な魔法を意味もなく披露しては帝城からたくさんの役人が押し寄せてくる。――それはそれで面白そうだが――迷惑行為は身内にも叱られてしまう。

 そんな事を考えても実際のところは人々の注目はそんなに気にならない。

 もし、人間の身体であれば結構な羞恥心を感じるところだ。異形種によって色々と感じ方が変わり、割と助かっている。

 極端な例では天下の往来で人を殺しても気にならない。それが異形種の恐ろしい特性だ。

 人間が人間以外を殺す気持ちに似ている。

 試しに近付く子供の首を引き千切ってみよう、と思ったとしても実際にはやらないが出来なくはない。

 中身が人間であるはずなのに種族の特性などが精神に影響を及ぼしている。

 それでも自分の気持ちの中では人間だ。

 

 そう思い込んでいるだけかもしれないけれど。

 

 確定していない情報を証明する事はとても難しい。――それが至高の四十一人であっても。――便利な魔法が膨大にあっても。

 出来ない事はある。分からない事もまた然り。

 

        

 

 人々がぷにっと萌えを見る目は最初は興味本位と奇異、そして畏怖であったがただの見物である事が分かってくると少しずつ笑顔が増えていった。

 自分は無害であるアピールをしたとしても無駄だ。彼らの立場に立てば自分だって同じ反応をする。

 ただ、異形種なのでいきなり襲われる心配がほぼ無い。――勇気ある挑戦者でも来ない限り。

 街中を平然と闊歩する異形種に武器を向ける事がどれほど危険なことか一般人でも分かる事だ。

 

「………」

 

 蔦で出来た植物モンスターのせいか、飲食が出来ない。というか口も内臓も無いに等しい。

 全ての植物モンスターに適用はされていないのだが、現地の食べ物には興味がある。だが、それを買ったとしても何も出来ないのは勿体ない。

 

 であれば出来るようにすればいい。

 

 街中でいきなり披露する事は出来ないが方法はある。

 要するに『飲食できればいい』のだから。

 残念な点は自分の身体に吸収できない事だ。所詮は感覚を味わうだけ。

 味覚だけあれば栄養とか排泄とかはどうでもいいか、と思った。

 細かい部分が違うので何が良くて何が勿体ないのか、いまいち表現しにくい。

 

(……人並みの食事か……)

 

 普通なら『人化』が浮かぶが、それは不可能だ。そもそも仕様に存在していない。

 『口唇蟲』での飲食は無駄。自分の体内に入るわけではないので。

 種族の関係上どう頑張っても普通の方法では不可能である。それは絶対とも言える。

 それを覆す方法はいくつかある。試していないだけで。

 そんな事を考えながら肉を焼いている店の前で悶々としているぷにっと萌え。

 店主も得体の知れない植物モンスターが唸りながら商品を見つめているので戸惑っていた。

 

「……味見でもしますか?」

「……う~ん。ん~……、う~……」

 

 どうやら聞こえていないようだ。そう店主は判断した。

 店の前で唸られると他の客が寄り付かないので早く何か買うか、立ち去ってほしいと思った。

 特に抗議されたわけではないし、真剣に悩んでいるのは理解出来たのだが、とにかく邪魔だ。普通なら怒鳴って追い払う。だが、相手は得体の知れない植物モンスター。しかも人型で知性がある様子。それを力ずくでどうこうする事は危険だと身体が訴えている。いや、命が危ないが正しいか。

 

        

 

 空腹は感じない。けれども擬似的に感じる。

 いつも胃痛を感じている我らのリーダーのように。

 『幻肢痛』の亜種のようなものだ。人間であった頃の残滓とも言われる。

 最初から植物モンスターとして生を受けたわけではなく、これはあくまでゲームのアバター。

 仮想分身に過ぎない。それがどういうわけか自分の肉体として十全に機能している。更に自分達のNPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)にも適用された。

 その原因は不明だが、解明しなければならない緊急性が無いまま現在に至る。

 本当はそれが悪い事だと分かってはいる。

 元の世界がもう少し希望に溢れていれば良かったのだが、未練を投げ捨ててもあまりあるディストピア。それが本来の故郷である地球の現状だ。

 

        

 

 ふと故郷を思い出してしまった。

 今の自分は植物モンスター。ちょっと居眠りしただけで長い年月が経過しても気にならない精神構造を持つ。

 本来ならばそれが正しいあり方だが。

 ふとため息をついた後で現実に戻る。どうやら物思いに耽るだけで十分は経過したようだ。店主の困った顔がはっきりと見て取れる。

 足元に控えている影の悪魔(シャドウ・デーモン)に肉を食べるのか聞いてみた。

 

「今は任務中ですので」

「食べられるのかを聞いている」

「し、失礼しました。食事は……一通り出来ます」

 

 少し真面目に言うと畏まる。それが互いの身分の差を表している。

 一般的に悪魔が植物モンスターにへりくだる訳が無い。そもそも悪魔が居るのもおかしなものだが。

 

「……へりくだるは……(けん)(そん)のどちらだったか……。ふむ。長考で済まなかったな、主人。お勧めの肉はどれかな?」

「お、買う気になったのかい? 今日は鶏肉の良いものが入ったよ。それと恐竜系モンスター。最近、近場で暴れ出した奴でな。餌を求めて出て来たところを冒険者に獲ってきてもらった」

 

 もちろん食用肉だと主人はにこやかに言った。

 この世界の食料事情を詳しく調査したことはないが、家畜以外にモンスターも食す。

 なんでも良い訳ではなく、専門の調査機関がしっかり調べている。

 

        

 

 いくつか適当に主人に選んでもらい、その場で焼いてもらう。

 生肉のままでも良かったかな、と思ったが臭いに惹かれたので()()焼いてもらった。

 臭覚は一応備わっている。それはアンデッドモンスターも同様らしい。

 何もかも無味無臭では実に味気ないものだ。

 買い物を済ませた後、人々の憩いの場である広場に向かい、適当な場所に腰掛ける。

 

(のんびりと歩き回れるのは気分がいいな)

 

 特に精神的に。

 早速買ってきた焼き肉を影に近づける。さあ、お食べという風に。

 見ようによれば(はと)に餌をあげるおじさんだ。

 

(……そんな文化が昔の日本にはあったらしいが……。殆ど絶滅したもんな)

 

 過去のデータベースの中でしか拝めない自分達のかつて存在した文化。

 それを異世界でも同じ道を辿らせないように指針を決めて国を治める事にした。

 半数以上のメンバーが同意してくれたからこそ未だに世界に戦乱の煙が上がらない。

 戦争がたとえ不可避だとしても自然を敵にすることはぷにっと萌えとしては許せない事だ。

 植物モンスターだから、という事も少し関係するかもしれない。

 場合によれば『ブルー・プラネット』や『獣王メコン川』などと共に対立構造が発生してもいいとさえ思った。

 

「……ところで、この肉は美味いか?」

「それなりに……。悪い点を上げるならば香辛料が足りないかと……」

 

 香辛料は基本的に魔法で生み出す。そして、その種類は術者によってまちまちだ。

 専門の農家でもあれば様々な味が楽しめる可能性があったのだが――

 この世界ではまだ文化が未熟で物足りないものが多く存在する。

 

(塩も圧倒的に不足している。その辺りも少しずつ文化が育つんじゃないか)

 

 人間の文化が安定期である今現在に至るまでおそよ二百年かかった。

 それ以前は亜人やモンスターが圧倒的多数を占めていた。それを人間へと比重を傾かせたのは自分達と同じく転移してきたプレイヤーの活躍があったという話だ。

 地球や日本の文化を根付かせる事は短期ではできない。今後の発展に期待するしかない。

 

        

 

 人間を生で食べるモンスターが焼肉に文句を言うのもどうかしているよな、と薄っすら思うぷにっと萌え。

 火を通すことで滅菌して安全に食べる文化は実はとても凄い。

 普通の動物はそもそも火を起こせない。だからこそ免疫力の強い種が生き残り、更なる進化を遂げる。

 それがモンスターなどにも適用されているのかは全く不明。そこも少し気になるところだ。

 

「……火を起こせるモンスターが居る事は居るが……。都合よく身近に居るとは限らないし、そもそも味方である事も……」

 

 と、ブツブツと呟きつつ長考を重ねる。

 かつて存在していた文化の再考や再現にはとても興味があるのだが、なかなか着手するまでには至っていない。

 それは自身がアバターである事に起因する。

 文化を満足に堪能できない身体はとても残念だ。

 

「慌しい日常がいつまでも続くわけがない。……時には何も考えない時間も……」

 

 悪くはないと思いたい。

 答えの出ない問答を唸りつつ続けていると空が暗くなり始めた。

 時間の感覚が人間と違う為か、気を抜くと一日がものすごい勢いで過ぎ去っていく。

 ここ最近は特に顕著である。

 

        

 

 短命の生物と長命の生物の時間感覚は同一ではない。

 頭ではそう思っても意識してしまうと空恐ろしいものがある。

 ちょっと仮眠しただけで百年経過していても不思議はない。もちろん、側に仲間達が居るから今のところは()()()の時間の流れを感じる事が出来ている。

 本当に自然の中で生活していたら数百年の経過に気づかない、かもしれない。

 そう思うのは現地の植物モンスターが正にそういう時間の感覚を持って生活していたためだ。

 周りの人々が家路につく頃に通学していたナーベラルがやってきた。

 本当に時間の経過は気が抜けない。

 

「……お帰り」

 

 ぷにっと萌えの言葉に跪いて応えようとする彼女を軽く手を出して制する。

 広場とはいえ仰々しい行動は恥ずかしいので。

 

「一日で全てがうまく行くとは思っていないが……。収穫は……あったかな?」

「はっ。五人まで都合がつきました」

 

 一日で五人は結構健闘した方だと思った。

 得体の知れないモンスターの講義にまず怪しむところから期待はしていなかった。

 興味本位で二人居ればいい方だ。

 

「……あと五人で一先ずやめておく。最初は少人数で構わない。いきなり大勢でも困るしな」

「承知いたしました」

「……でもまあ……」

 

 ナーベラルが他の生徒とコミュニケーションをしっかり取って五人も見つけてきたのは素直に驚き、嬉しく思う。

 一概に人間は敵だ、と言っていたNPCの性質からは驚嘆に値する。

 ――さすがに友達になったわけではないと思うけれど。

 

        

 

 のんびりしていたら一日がもう終わりを迎える。話しを切り上げ、素直に宿屋に戻って次の日を待つ以外に何もしたくなくなった。

 そういう気持ちはきっとこの先、何度も訪れる。そして、いつの日か数百年後の世界に来てしまうかもしれない。

 それが良い事なのか、悪い事なのかは正直に言えば考えたくない。それはきっと嫌な予感と共に自分を(さいな)む筈だ。

 アバターが悪いとは言いたくない。けれども人の一生はモンスターに比べれば短く、また長く生きるからとて安心も出来ない。

 ため息をつくのは人間としての残滓だとしてもモンスターの肉体としては不自然な振る舞いだ。

 

「………」

 

 そんな自分を心配してついてきたナーベラルに気付き、楽にするように言いつける。

 上に居る者が弱音を吐いてはいけない、という規則は無い。だから愚痴を言い、不満を口にする。

 何ごとも溜め込むのは良くないから。

 

「……まさかと思うが……、泊まっていくのか?」

「お邪魔でなければ……」

 

 はっきり言えば邪魔だ。

 一人で考えたい時があるし、今がまさにそうだ。

 ナーベラルが女性だから、ではない。

 思索の邪魔だ。物思いは一人でするものだから。

 そう思って手を出すも折角来ているのだから何か会話でも交わさないと()()()()気がした。

 一つ唸ってからシモベ達に椅子と机を用意するように言いつける。

 宿に用意されている者は一人分しか無いので。

 

        

 

 数十分後に二人分の机と椅子が用意され、ぷにっと萌えとナーベラルは向かい合って座る形になった。――というか、跪くナーベラルを強引に座らせた。

 

「これも予行練習だ。……少し近いか」

 

 生徒との距離感を色々と微調整する。

 実際に誰かが居る方が感じ方が新鮮で悪くなかった。

 

「……ナーベラルは種族スキルの恩恵で様々な魔法が扱える」

「はい」

「実際に教える生徒は専用の系統のみだ。……さて問題だ。何を教えたらいい?」

 

 草に覆われたぷにっと萌えの表情はナーベラルには判断できない。というよりはプレイヤーの表情は転移後にも関わらず変化がつけられない。多少は動かせるが人間的な豊富さは無い。代わりにNPC達はとても表情豊かに変化させてくるので、羨ましいと思った。

 表情アイコンがあった時代の名残で他のメンバーの表情が一段と読みにくくなっているのも問題だった。

 それも数年経てば慣れてきて、今では完全とは言えないが声質でだいたいは分かるようになってきた。

 粘体(スライム)や影そのもののアバターであろうとも。

 

「魔力系と信仰系でしょうか。精神系とその他系は少数派のようですから」

「……普通はそうだな」

 

 というよりはその二系統がメインになるのは当たり前かもしれない。

 少数派の魔法を講義する場合は最後になる。

 であれば今聞くべきは今まで何を教えていたかだ。

 同じ魔法を改めて講義しても時間の無駄だし、何の興味も湧かない。

 

        

 

 ナーベラルから学院の出来事を聞いていく内に娘が学校であったことを親に報告するような気持ちになってきた。

 本当は上司に報告する部下という役回りなのだが。これはこれで悪い気分ではなかった。

 後半は嬉しくなって話半分聞き流してしまったほどだ。

 

(……おっと、殆ど聞き流しちゃった……)

 

 改めて聞き直すのはやめて、生徒の様子を尋ねてみた。

 教室内の雰囲気とか授業中の彼らの立ち居振る舞いなどだ。

 

「たとえばいきなり大声を張り上げる生徒や、よくからまれる生徒だ」

「授業を妨げる者はおりません。からまれる事に関しては……、申し訳ありません。彼らの行動は良く分かりません」

 

 一般の授業風景についての知識が無いナーベラルに尋ねたのは失敗だったか、と反省する。

 分からなくても仕方がない。

 生徒達の何気ない会話などはNPCにとっては興味を抱かせる価値など無いのだから。

 

「私が目的としている内容は『誰でも楽々PK術』だ。……実際に生徒同士で殺し合いをさせるわけには行かないので、モンスターの倒し方がメインとなる」

 

 『ユグドラシル』では対人戦の方法論だが。それを実際に教えたら学院から帝国全土が混乱するかもしれない。

 もちろん、それ相応の位階魔法を習得しなければ大事には至らないけれど。

 モンスターを楽に倒せるきっかけくらいになれればいいかな、という程度の認識だ。

 

「ぷにっと萌え様直々に方法論を!? それは……下等生物(ネコハエトリ)たちには勿体ないかと……」

「そうかもしれないけれど、魔法文化を推進させる上では使ってなんぼ。座学より実戦だ」

 

 魔法を使えないままではいずれは衰退する。

 一部だけ独占したままでは発展も限定的となる。

 

        

 

 使える魔法だけでモンスターを倒すのは困難を極めるし、大半の知識を持つぷにっと萌えからすればもどかしい事になる。

 けれども実際に見ておく事は今後の経験になるはずだ。

 使えないからといって絶望していては発展が見込めない。

 

「……後は講義する場所だ。皇帝に許可を得たほうがいいのか、適当な広場で教えても問題が無いものなのか……」

 

 大規模破壊魔法を使う気は無いので城勤めの者に迷惑はかからないと思う。

 適当な空き家でも借りるか、と思案をめぐらせる。

 魔導国に魔法学院があれば何の気兼ねも無いのだが、国としてはまだまだ新参者。国民生活も安定したとは言えない。

 多種族の交流だけでも多大な労力が割かれている。その上で目的も無く魔法の専門学校を作っても意味がない。

 建物に拘らず、青空授業も想定していたことを思い出す。

 

「……ところでナーベラル」

「はっ」

「学院での活動で何か不満は無いか? どんな命令かは聞いていないのだが……。必要なアイテムとか……」

「今のところ緊急を要する案件はございません。シモベも派遣させていただいておりますので……」

 

 至高の御方と呼ばれているぷにっと萌えからすれば部下達ばかり働いて羨ましいなと思う事がある。

 少なくとも彼らは充実した毎日を送っている。

 

(長い待機期間を貰わない限りだが)

 

 現代社会に慣れ親しんだぷにっと萌えは原始的な生活に慣れていない。

 遊び方も分からない。

 ここには近代的な文明が殆ど無いから。

 

(椅子に座って命令するだけでは退屈だ。多少の敵でも欲しくなるものだ)

 

 そもそもこの世界に最終的に倒さなければならない敵が居ない。

 目的地の無いゲームとも言える。

 かといって自前でモンスターを用意して暴れてもらうのも違う気がする。

 天然の敵性モンスターの方が張り合いがある。

 

        

 

 ナーベラルを帰還させ、一人残ったぷにっと萌えは窓の外から夜の景色を眺める。

 時間に追われていた現代社会から解放され、気楽な異世界生活が始まると喜んだのは最初だけ。

 便利な道具に毒されていた自分達は原始的な暮らしに未だに順応し切れていない。

 圧倒的に娯楽が少ない。

 

 ゲームが無い。特にオンライン系が。

 

 そもそも一般市民だった自分達がどうして国造りをすることになったのやら。

 今更だが自国を発展させて何を得るのか。

 単なる人望。尽きぬ財。不死の異形種。

 それらを手に入れても元の世界に帰れるわけじゃない。まして元の世界に戻ったところで幸せが待っているとも限らない。けれども異形種の身体のままというのももどかしい。

 

(……元の世界のような文明を構築していく……)

 

 それは遠くない内に実現できそうなものだが。

 長い時を歩む自分達とは違って現地の人間達には無縁の話だ。

 正直に言えば一生を異形種で過ごす気は無い。やはり中身が人間である自分は元に戻りたいと何処かでは思っている。

 けれども安易に死にたくないし、このアバターは()()()()()役に立つ。いや、役に立っている。

 ふと、室内に顔を向ける。

 

(……憑依系の魔法が無いわけじゃないけれど……。いずれは実験しておかなければならない。……でも……)

 

 憑依先は結局のところ()()()()()ではなく、赤の他人。それなりに抵抗を感じる。

 

        

 

 憑依系には相手の身体を乗っ取るものと間借りだけするものがある。

 数は少ないがアバターの自分達が別の身体に乗り換えると何が起きるのか気になるところだ。

 もちろん、元の身体に戻れないと困るので試すのに相当な覚悟が要る。

 最初だけだとは思うけれど、その最初の一歩を踏み出すのはぷにっと萌えでも怖いと思う。

 

(……さすがに魔法でも消せない恐怖心といったところか)

 

 憑依の殆どは種族の基本スキルとして使われる事が多く、植物モンスターであれば樹木と一体化するようなものだ。

 何らかの対抗手段で宿主が死ぬと術者諸共に死んだりする。中には憑依したままの身体に封印する魔法もあったり、と気がかりが尽きない。

 物体なら『物体憑依(オブジェクト・ポゼッション)』と『人形憑依(マリオネット・ポゼッション)』だ。

 魂が抜けた術者は無防備となる。また憑依先では思うように術者の能力が発揮出来ない事もあるので注意が必要だ。

 巨大な物体に憑依出来たりするものもあるようだが、元に戻れない状況にだけはなりたくない。――大抵は時間制限や距離によって自動的に解呪される。そうだと分かっていても怖いけれど。

 『乗り込み憑依(ライディング・ポゼッション)』は半分だけ憑依で、残りは相手の身体に居るだけ。自分の意思はあまり重要ではない、など。

 どの道、この手の魔法は色々と制限があって使いどころが難しい。――特に戦闘に関わるものは。それ以外の日常的な場面では色々と興味深いのだが。

 

 




付録:作中に登場した魔法 vol.6

物体憑依(オブジェクト・ポゼッション)

系統:死霊術 位階:魔力〈五〉
構成要素:音声、動作
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2) 目標:大型サイズ以下の物体1つ 持続時間:10分×術者レベル
備考:自分の意識を物体に憑依させる事が出来る。
――――――――――――――――――――――――

人形憑依(マリオネット・ポゼッション)

系統:死霊術 位階:魔力〈三〉、その他(錬金術師(アルケミスト))〈三〉
構成要素:音声、動作、焦点具(目標の名前が書かれた紙片)
距離:中距離(約30m+3m×術者レベル) 目標:同意するクリーチャー1体 持続時間:10分×術者レベル、あるいは術者が肉体に戻るまで
備考:術者は精神体として同意するクリーチャーの肉体に入る込む事が出来る。宿主が殺された場合、有効距離内に自分の肉体があれば戻る事が出来る。そうでない場合は宿主と共に死ぬ。
――――――――――――――――――――――――

乗り込み憑依(ライディング・ポゼッション)

系統:死霊術 位階:魔力〈四〉、その他〈四〉
構成要素:音声、動作
距離:中距離(約30m+3m×術者レベル) 目標:クリーチャー1体 持続時間:1時間×術者レベル
備考:術者は密かに精神体となり宿主の肉体に憑依する。監視などの限定的な能力で目標に影響を与える。宿主は自分の意思を保ったまま行動する事ができ、憑依されていることに気付かない。尚且つ憑依者と意思疎通を(おこな)う事は出来ない。

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