ギルガメッシュ   作:トラロック

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転移魔法

 

 雨が降る中、一時間とも五時間とも知れない長い講義が続いたように――『フリアーネ・ワエリア・ラン・グシモンド』――感じた。

 目当ての魔法を(ようや)くにして聞けたことを素直に喜ぶべきか、それとも実行可能が絶望的な道だと知って諦めるのか――

 自分(フリアーネ)に選択肢を突きつける。

 答えはもちろん挑戦するに決まっている。――場合によれば非合法も辞さないけれど、それは最後の手段にとっておきたい、と。

 一通りの話を聞いた後で――植物モンスターにしか見えない――講師『ぷにっと萌え』に深く感謝する。

 流石に口からデタラメをただ延々と並べたわけではあるまい、と思いつつも信じたい気持ちは強かった。

 魔法の殆どは未知であり、自分達にとっては未検証の分野だ。――その真偽を確かめるのもまた時間がかかることではある。

 

「……高い位階魔法ばかりで……、学生の身分では途方もない事がよく分かりました」

 

 低い位階で全てが終わるようなら誰も苦労はしない。それは頭では分かっている。

 自分達の知識の最大が第五位階と第六位階では程度が知れるというもの、かもしれない。

 第三位階は学院の生徒の中では天才と呼ばれる。しかし、世の中には上が居るものだ。――帝国魔法省に勤める者の中に第四位階の行使者が実際に居るので。

 大人だから、凄いからと驚いてばかりなのは生徒くらい――

 

「世の全てが最大位階の行使者ならば世界はもっと荒廃しているかもしれません。……知恵あるものはとても欲深いから……」

「……はい」

「教えた魔法を実際に使えるようにするには……、極端な話……その身を捧げろ、と……」

「構いません」

 

 言い終わる前にフリアーネは即答してきた。

 身を乗り出して我が身を使えとアピールする気迫は単純にして明快――

 美少女が迫ったので――つい――ぷにっと萌えは怯んだ。

 

 顔が近い。

 

 言い尽くされたテンプレートのセリフが脳内にたくさん浮かんだ。――けれども言葉には出さなかった。自分は冴えない主人公ではない自負があったのか、それとも恥ずかしいと瞬時に思ったのかは不明。

 

「……こらこら。結論を急ぐものではありませんよ」

 

 彼女の肩に手を乗せて押し返す植物モンスター。――他人に触れる事は存外、嬉しいものだと思いつつ――

 年齢的にはそれほど小さくはない身体つきながら柔らかさが滲み出ているのは若さゆえだと思いたい。そうぷにっと萌えは思った。

 

「……失礼しました」

 

 彼女の行動に怒った足元のシモベが返り討ちするのではないかと危惧した。しかし、動く前に足で踏んで対処したからこそ大事には至らなかった。

 ()()()()()()()()に目くじらを立てるのは大人気ないぞ、と胸の内で説教する。

 自分達(魔導国)は大人なのだから学生の好奇心を後押しすべきだ。

 

        

 

 異空間から飲み物の入ったガラス製のコップをフリアーネの前に置く。

 中身は現地で一般に売られている飲み物だ。

 アイテムを収めると経年劣化が止まる仕様になっている。だからこそ保存食や――それ以外の――生ものも保管できる。――もちろん保存必須のものは残り時間が表示されたりする。

 腐ったものをインベントリ(異空間の倉庫)に長く置いても匂い――腐敗臭など――に満たされない仕様になっている。――取り出せば匂いが発生する。その原理はぷにっと萌えでも理解不能だ。

 仮に生ものとして人間などがインベントリ(異空間の倉庫)に入る事が可能なのか、というと不可能だと答える。それはどのような手段であっても。

 ゲーム的に行動不能に陥るし、取り返しが付かなくなる。それと捜索がしにくい。――特にソロプレイヤーの場合は――

 転移先の世界は様々な仕様変更が施されているので、不可能が可能になっている場合が無いとも限らない――から恐ろしい。

 死体を包む『安眠の屍衣(シュラウド・オブ・スリープ)』というアイテムに包まれた場合とか――

 ふと思考が脱線したので現実に戻るぷにっと萌え。――疑問点は魔導国に戻ってから再検証する。

 

「学生の君が覚えても大した事は出来ないが……。将来的に行使する予定ならば()()()覚悟は必要になるの、かな?」

 

 目的の魔法は第八位階。そこに至るまでにする事は実に単純なものだ。

 経験値を溜め続ければいいだけ――

 言葉としては単純なものだ。その溜めた経験値を現地の人間が扱えなければ意味が無いのが大問題だ。

 ここには便利な『コンソール』など無いのだから。

 ただ、ステータスに関して便利な魔法があったような気がした。それが今は思い出せないので拠点で調べ直さなければならない。

 その便利な魔法が仮に存在していたとしても問題が解決するのかはまた別の話だ。

 

        

 

 とりあえず、彼女の要望は一先(ひとま)ず叶えた。詳細は日を改めて考えるとして自宅まで送る事にする。

 ここまでの間、ナーベラルが現われなかったのは別件があったのか、それともずっと声掛けを続けているのか――

 どちらにせよ、頑張っている部下を急かしてはいけない。

 

「とにかく、目的の魔法が実際には君の想像通りでない場合も想定しておくように……」

「はい」

「何にしても後悔してからでは遅いし、やり直しが利かない場合もある。……今は知識のみに限定しておいた方がいい。将来ある若者の悲しむ姿は見たくないから」

 

 これは可愛いから、という理由だけで言っているわけではない。

 仮に()()だとするとただの変態植物モンスターだ。

 彼女が落ち着いた頃に雨に濡れないように気をつけつつ自宅まで着いて行く事にした。――仲間から見れば下心満載に見られるかもしれない。もちろん、そんなつもりはない。

 足元が濡れるさまを楽しみになどもしていないし――

 何にしても女の子と一緒に歩くだけで色々と言われるのは避けられない。

 ――でも、植物モンスターと一緒だと雨の中では得体の知れない風景にしか見えないんだろうな、という事は薄っすらと思った。

 

        

 

 濡れても平気なのはぷにっと萌えだけ。

 様々な葛藤と戦いつつフリアーネを自宅まで送り届けたあと、広場に戻る。

 また会いましょう、とか余計なセリフは言わなかった。

 

(……クソ。雨が全然止まないな……)

 

 だからといって魔法で吹き飛ばすのも良くない。

 こういう時は自然に身を任せるに限る。

 

(厚い雲か……)

 

 重苦しいまでの黒い雲は故郷(日本)を思い出す。

 向こうは大気汚染が酷いので生身での外出ができない。ここは大気が綺麗だから濡れても風邪を引く程度で済む。

 大気が綺麗で土壌も綺麗なら水ももちろん綺麗だ。

 直飲み出来るほどに。

 

(……それが本来正しい自然のあり方ならば……、それはきっと素晴らしい事なんだろうな)

 

 ブルー・プラネットや獣王メコン川、チグリス・ユーフラテスも大喜びだ。

 だからといってわざわざ雨降りの中に呼びつけるのは嫌がらせとしか言えないが。

 

(……これが人間であれば……)

 

 アバターだから気にしなくて済んでいる。しかし、人間であれば外で濡れたら風邪を引く。

 当たり前の事だと思うけれど、それを時々忘れてしまうのは勿体ない事だ。

 精神だけ人間だと言い張っていても何処かでゲームキャラクターに()()()()()()()()()()()()、と。

 病気は悪化する。薬が必要だ。――だが、この世界では便利な魔法であっさりと解決してしまう。

 それが悪い事かどうかは判断出来ないが、自分たちアバターにとっては悪い気がする。

 そのまま放置は良い事か、と言われれば違うと言いたい気持ちがあるし、治る事に越したことはないと言いたい気持ちもある。

 これは自然派に議論を任せよう。自分は探究心を育みたい。

 

        

 

 宿屋に戻ってしばらくしてから――少し雨脚が止んできた頃に――ナーベが姿を見せに来た。

 ぷにっと萌えは時間指定していないが、彼女は決まった時間に訪れるように言われているようだ。

 

「目標の人数に達しました」

「うむ。ご苦労」

 

 端的に会話を打ち切る。

 正直、フリアーネと天気のいい日に会いたかった事が悔やまれて、どうでもいい気持ちになっていた。それと天気のせいで気分が悪い。――植物モンスターなのに。

 

「……日取りだが……、天気の良い日にする。……今日のような日は最悪だ」

「そ、そうでしたか。でしたら天候操作の魔法を……」

「ここは自然に任せる。そういう魔法で後々天候が狂っては様々な分野に迷惑が掛かる」

 

 一度や二度ではびくともしないとしても。

 それと効果範囲が狭ければ力関係で帳消しになるかもしれない。それでも頻繁に魔法で何でもかんでも操作する事は精神的にも良いとは言えない。

 

(……植物モンスターたる私がこんな日を喜べないとは……)

 

 窓を開ければ会話が聞き取れないほどの雨の音が聞こえてくる。

 自然豊かな事はとても素晴らしい事だ。それを否定する人間が後の世を壊滅させる。――それを知っているならば防ぐ為の努力をすべきだ。

 

(……雷雨が起きていないところを見ると……、明日には止むか……)

 

 農家にとっては恵みの雨。

 水が無いからといって魔法で出している文化ではあるまい、と下らない事が浮かんでしまった。

 とにかく、一つ一つの準備が整ってきた。後は当日を楽しみに待つだけだ。

 ――その前に不可解な要望を聞いてくれた部下を労わなければならない。――さすがにそれは忘れていない。

 NPC(ノン・プレイヤー・キャラクター)たるナーベラル達は至高の存在の言葉があるだけで嬉しがる。――そんな気持ちにさせるような様々な出来事を経験してきたから、らしいが――

 自らの部下――または自らが生み出したNPC――というわけではない者を誉めるのは誰でも苦手としているし、ぷにっと萌えも同様だった。

 言葉ならば何でもいいのか、と自分は疑問に思う。けれどもナーベラル達はそれが良いと言う。その感じ方が今もよく理解出来ないのは不味い気がするし、知ってはいけないことのような気にもさせるから困ったものだ。

 

 それでも信賞必罰は大事な事だ。

 

 だから良い仕事をこなした者を誉める。

 自分達の組織は特にその傾向を強くしなければならない。

 

        

 

 ナーベを言葉で誉めれば嬉しがる。――言葉としては簡単だが、別に彼女は小躍りして喜ぶわけではない。

 頬を赤く染める程度だ。――それはぷにっと萌え以外でも同じ結果になる、らしい。

 それはそれとして雨の中を駆けずり回っていた彼女には楽にするよう言いつける。

 安宿にモンスターと二人っきりになるのは不健康の極みだが、相手は自分と同じくモンスターだから別に問題は無い。

 

(……外見的には人間にしか見えないが……)

 

 人間の女性だけ気になるわけではなく、他のモンスターの女性型もじっくりと観察したい気持ちになる。

 極端に醜いものでないかぎり――

 

(そういうモンスターが居るから困る)

 

 後、見た目からして雌雄がはっきりしないものとか。

 種族ごとに感じ方はやはり違うのか、それとも元人間としての感じ方が影響しているのか――

 まずは頭を撫でて、次に顎を――。まるで猫だ。しかもそれで喜んだら確定じゃないか、と一人で勝手な想像をするぷにっと萌え。

 ごく普通に(ねぎら)いの言葉で済ませたけれど、それはそれで味気ないものだ。

 支配者プレイに慣れていない、というか日本人でそんな事をするのはブラック企業くらいではないか。

 

        

 

 ナーベを退出させた後は一人で悶々と思索する時間が訪れる。

 今日のような悪天候の場合はナーベラルと共に過ごすのも悪くなかったかもしれない。――もう追い返してしまったけれど。

 一人で行動すると調子が狂う。ここは多くの仲間にもまれていたほうが気が楽だったかも、と。

 でも、足元にはシモベである『影の悪魔(シャドウ・デーモン)』が待機しているから寂しくはない。時には話相手になるし、性別によって気を使う必要も無い。

 

「……そういえばお前たちは楽にする場合というのは……どうしているんだ?」

 

 試しに声をかけてみた。

 一般的にモンスターに問いかけても答えは返ってこない。――ゲームの中では、という条件だが。

 

「影の中で楽な姿勢で過ごします」

 

 それがどういう状況なのか想像できない。

 理屈としては二次元空間の話だから、ということは分かる。

 

「……そうだろうけど……。それを言葉で表現するのは難しいか……」

 

 言葉だけではなく、ビジュアル面からも表現しにくい。

 二次元を三次元で暮らす者に分かり易く伝えられたら本当は凄い事だ。いや、そもそも二次元生物なんて居ない、と声に出して言いたいところだ。

 だが、現実に足元に居るのだからどうしようもない。

 これがヘロヘロなら地面を多少溶かして二次元っぽく演出しています、とでも言うところだし、それで納得する自信がある。

 普通はそうだよな、と。

 あれこれ考えていたら外が真っ暗闇になった。

 深夜帯に入り、家の明かりが目立たなくなった。ただ雨の音が静かに聞こえるのみだ。

 先の『静寂(サイレント)』などは完全に音を消すが、消さずに小さくする魔法も――確か存在した筈だ。

 信仰系第二位階の『音抑え(マフルサウンド)』というものだが、効果までは覚えていないので間違っているかもしれない。

 完全な沈黙より、こちらの方がまだ良かったかな、と。

 いや、美少女相手に第四位階は後悔に値しない。そう思う事にした。

 

「明日まで瞑想でもしようか。……という事で指定した時間になったら声をかけてくれるか? ……というより君らはそれまで無理に起きている必要は無いぞ。天候に変化が見られなければ諦めるから」

「畏まりました。交代しながら対処させていただきます」

 

 見た目には一体にしか見えない。最初から複数居たのかな、と疑問を抱く。

 影同士の繋がりというものがあるかもしれないので詮索はしないでおいた。

 まずアイテムの確認と自身のステータスの確認から。それからベッドの上で瞑想を開始する。

 単にMP(マジックポイント)の回復だが――

 満タンでも瞑想はする。嫌な時や気分を変えたい時は無心になるのが一番だ。

 

        

 

 翌朝、精神的にも安定しきっていた頃に足元から声をかけられた。

 最初はせっかく眠っていたのに邪魔するな、と()()()言い返してしまった。

 数分ほどで気がついて謝罪したが、その辺りのやり取りがまた面倒臭かった。

 意識を無にしていると擬似的に眠ったような感覚になるとは思わなかったので。――それと外から邪魔な音が入ってこなかったことも原因のようだ。

 久方ぶりに落ち着いた気持ちになれた。

 

「……自分で頼んだのに申し訳ないな。しかも……」

 

 やたらと天気がいい。

 日光が身体に当たると気持ちよさを感じる。

 これが人間の身体であっても同様の感想を抱くところだ。

 快晴ではないが、適度に白い雲が配置されていて美しく青い空が見えた。

 この景色は日本では決して見ることの出来ない――かつてはあったかもしれない自然の風景がここにはあった。

 くすんで邪悪に彩られた暗黒の空こそ至宝――とか()()()奴が居たら超位魔法の刑だ。

 ――さすがにウルベルトでも美しいと評する筈だが、調子に乗ったら何を言い出すかわからない。――だから、外に出てみなよ、とは言わない。

 今はぷにっと萌えだけの宝物とする。――もちろん、足元は無視する。

 

(……天気が良いから午後から青空授業が出来るな)

 

 ならばその準備を整えなければならない。

 既に人数はクリアしている。

 残りはぷにっと萌えの采配のみだ。

 

        

 

 昨日の雨により、通りは水溜りが多く出来ていた。それらは邪魔だからと排除せずにそのままにしておく。

 こういう風景も風流で良いではないか、とシモベ達に言い含めておく。そうしないとどんどん蒸発させられるので。

 

(いいじゃん、別にびちゃびちゃしても。特に気分がいい日は……)

 

 淀んだ気持ちのままならシモベに任せておく。――きっとそうする。

 それはさておき、と小さく呟きつつ場所の選定が()()だったので適当な場所を探す。

 広場はさすがに目立ちすぎる。――それでも別にいいのだけれど――

 希望としては学院の近くが望ましい。

 椅子や机はシモベ達に依頼して、辺りを散策する。

 時には通行人に尋ねたり、開店の準備をしている者に尋ねたり――

 土地を管理している者にも声をかけるのは忘れてない。

 すぐに撤去できるようにするので間借りさえ出来れば充分だ。

 自分の準備が出来ても生徒が場所を知らないのであれば意味が無いので、用意が出来次第ナーベラルに連絡するように足元の影に命令しておく。

 それとここ数日帰っていない『ナザリック地下大墳墓』にも連絡する。――お抱えメイドが首を長くして待っていることをうっすら忘れかけていたので。

 出来れば連れて来たいところだが、不測の事態が起きるとややこしい事になるので基本的に彼女達の外出は殆ど認められていない。――絶対に無理だ、というわけはないのだが――

 よくよく考えたら拠点も魔法で作り出せた、とぷにっと萌えは万能な魔法にがっかりする。

 時々、身も蓋も無いものがあるのは困ったものだと呆れてしまう。

 同じく便利なアイテムの存在も思い出せた。

 ――ただ、魔法一辺倒に頼りすぎれば身を滅ぼすのは自明の理だ。ということを一人で考えても仕方がない。

 ゲーム時代のように仲間内で議論を交わしていた頃が懐かしい。

 今でもやろうと思えば出来なくはないが――、敵が居なければ虚しいだけだ。

 下手に強者になってしまうと楽しみが減るのは如何(いかん)ともし難い問題だ。

 

        

 

 設営の準備中、細々としたものはやはりメイドにやらせようと考え、連れて来てもらう。――もちろん転移で。

 ほんの数日会わなかっただけで今にも泣きそうな顔になるのは――今回ぷにっと萌え担当になっていた――一般メイドの『エトワル』――ゲーム時代は全く表情の変化がつけられないばかりか、返事もままならなかったのに――

 転移後は魂が宿ったかのように自在に動き回り、また自我を持って自立行動する。

 ある程度はメンバーのプログラムに従っている――のかもしれないけれど。

 金髪碧眼の姿勢の良い女性メイド。見た目は人間と大差がないが種族は『人造人間(ホムンクルス)』だ。

 

「人間の生徒相手でも平気か?」

「お任せください。カルネ村の住人と触れ合った事がありますので……」

 

 実際の様子は――残念ながら――ぷにっと萌えは知らない。

 

 実は世間の事を殆ど知らない。

 

 その辺りのくだりを一人で悶々と回想していたら数日は簡単に過ぎてしまう。

 一息つきつつエトワルの様子を眺めて、学院の授業が終わるのを待つ。

 講義する上で必要な物など大してない。

 大規模な破壊魔法を教える気はないが、警備の為のモンスターは配置させてもらう。これは単に魔導国の者がここに居る、という目印の意味しかない。

 

「ぷにっと萌え様。飲食はどういたしましょうか?」

「簡単な食事が出来る程度で……。その……カルネ村から取り寄せられるのか?」

「恐らく可能かと……」

 

 豪華絢爛な食事も魔法で出せるとなればありがたみがない。

 文句を言う奴には何も食べさせない精神でエトワルに指示を下す。

 

「……よく晴れている」

 

 これが誰かの魔法によるものなら失望した、と大声で叫んでやるところだ。

 とにかく、晴れ渡る空を眺めるのは気分がいい。――後は平均気温が異常に高くならない事を祈るだけだ。

 

        

 

 食事量増大というペナルティを持つメイド用の食事を別に用意してもらい、授業の準備は()()整った。――エトワルには腹を空かせないように――

 飲食不要のアイテムを装備させるよりはお腹いっぱい食べさせる方が見た目にも落ち着くから、というぷにっと萌え側の理由で――

 後は生徒が椅子に座るだけだ。

 ――五人以上居ればいい。

 待っている間に仮設の教室を一周する。――その隙を狙って敵襲があったら、この世界は凄いところだと認められる。しかし、実際にはそんな物騒な事は無く――

 日が傾きかけて空に赤みが差し込む頃、生徒達が帰宅する姿が見え始める。――その中で進路を変える者がちらほらと現われる。

 簡易的な控え室でエトワルに準備を整えさせる。

 

(……これで誰も来なかったら……帰ろうかな)

 

 門番に据えたモンスターに恐れをなして逃げられると傷付く。――見た目に怖くない昆虫型を要望したが――それとも蜥蜴人(リザードマン)の方が良かったかな、と。

 既に配置済みの彼らに急に帰れとは言えず――。様子を見て対処しようと思った。

 そんな事を考えていると学院帰りの生徒が一人ずつ仮設の教室に入ってきた。――門番に驚いたり、戸惑いつつ中を覗いたりしていた。

 席は自由だ。

 貴族の子供も居るという話だから座る席についてあれこれ議論が交わされるかもしれない。――というのを隠れて観察する植物モンスター。――と、彼の様子を窺うエトワルとシモベ達。

 まずは四人――

 男子が三人に女子が一人。――その中に顔見知りは居なかった。

 時間指定するのを忘れていた事に今更になって気付いたぷにっと萌え。

 授業が終われば自然と集まるものだと思い込んでしまった事に対する失態だ。自分でも珍しく失敗したなと苦笑した。

 深夜になってから来る生徒が居るとも思えないが、予定人数は十人ちょっと――

 あと一時間の内に規定数を満たせば、それ以降は諦めてもらおう。やる気次第では後日に時間をとることも(やぶさ)かではない。

 

        

 

 期待に胸を膨らませている内に予定時間になった。

 席の殆どは埋ったのだがナーベの姿が無い。

 どうしたことかと連絡を入れると一人アルバイトがあって遅れてくるので、その見張りをしているとのこと――

 最初は『ふ~ん』と納得してしまったが、アルバイトという言葉が実際に存在する事に後々になってから気づいて驚いたものだ。――なぜ、英語、じゃなかったドイツ語があるんだ、と。

 その辺りはナーベに尋ねてもどうしようもないので、後日調べてみようと思った。

 

「一人だけなら放っておけ。生活の為の仕事を優先するのは当たり前だろうから」

 

 それぞれに予定があるのだから、それを捻じ曲げろとは言っていない。

 それを踏まえての見張りのようだからナーベも可能な限り忖度(そんたく)していたようだ。

 一人だけ足りない事を考慮しても予定人数はクリアしている。

 フリアーネ嬢――何故かフールーダも居た。しかも真ん中の一番前を陣取っている――も来ていた。今回は昨日とはまた違う魔法を予定している。

 ジジィは後ろに下がれ、と言いたい所だが自由席にしたぷにっと萌えが悪いのは明白。

 少人数だから前も後ろも大差は無い。しかし、恥も外聞も無く平然と生徒より前に来るとは――

 席は横に五つずつ、縦に三列ずつの計十五席を用意した。――その内の十二席分は予約済みとなっている。――もちろんアルバイトで欠席している者も含めて――

 残り三席は追加用だ。

 

        

 

 予定の刻限になり、メイドのエトワルに各生徒に食事を振舞うように指令を出す。

 今回は真面目一辺倒ではなく、気軽さをアピールしつつ大事な事は漏らさない。

 ――それと聞き慣れない魔法ばかりになると思うので退屈してもいいように、という配慮だ。

 使えもしない魔法を教えるのだから、それ相応の反応は想定内。知識は宝だ。後々役立つ時が来るかもしれない。

 探索任務についていたナーベが渋々戻ってきたところでぷにっと萌えは生徒達の前に姿を現す。

 フリアーネ以外は驚いていた。フールーダに関しては顔合わせは済んでいる筈なのだが、別の人物を想定していたのか――確実にアインズだと思い込んでいたのかもしれない――意外そうな顔をしていた。

 植物モンスターで悪かったなクソジジィ、と。

 それとは関係ないがタブラ達にも声をかけておけば良かったかな、と今更ながら思った。

 魔法の知識は一人より複数の方が効率的だ。――大して役に立たない気もするけれど――

 

「こんにちは、生徒諸君。わざわざ来てくれて感謝します。……突然の要望にもかかわらず集まっていただいたからには手を抜くわけにはまいりませんね」

 

 蔦で出来た手を振って軽く挨拶しておく。

 植物モンスターが流暢に言葉を話して、更に教師として振舞っているのだから反応は様々だ。

 口汚い生徒に帰れ、とか言われないだけマシだが――いや、むしろそんな勇気ある生徒が居るのか疑問だ。

 

「名乗りは遠慮させていただきます。それぞれ楽にしてくれて構いません。君達に堅苦しい指示を出すつもりはありませんから。それと食事に関してですが……、お代わりは自由です。そこのメイドに頼んでください」

 

 一通り言い終わった時にフリアーネが手を挙げた。

 まだ授業は開始していないが指名してみた。

 

「はい。食事をしながらの授業ということは食べ物に関するものなのでしょうか?」

「退屈しない為の措置以外に意味はありません。健康的であれ、という気持ちからです。あまり堅苦しく考えずに過ごして下さい」

 

 言うまでもなく男子生徒は好き勝手に食べ始めていた。

 どういう食べ方でも良いが、メイドの仕事が増えるのは――今回に限っては――喜ばしい事だ。

 ぷにっと萌えとしては数日間留守にしたお詫びも兼ねている。

 

「……さて」

 

 と、合図を送ると大人の人間ほどの大きさで体格の良い昆虫型モンスターが二体、大きな黒板を運んできた。――非力なメイドには出来ない仕事だから仕方が無い。

 運び終わった後はそそくさと出て行き、門番の仕事に戻る。

 

        

 

 仮設の広さは充分に確保しているが生徒が埋ると狭く感じる。

 先ほどまで空席が目立って意外と広く取り過ぎたかなと後悔したばかりなのに――

 まず女生徒は四人。男生徒は六人。ジジィが一匹。それとナーベ――彼女は助手として数に入れない。

 現場に居ない生徒が一人――

 最初にしては充分だ。

 

「今回……というか次回があるかは分からないけれど……、講義する内容は『誰でも楽々……』じゃないな……。えっと、相手を効率的に襲う……、でもないような……」

 

 自分が発案した名称に縛られ、生徒達に物騒な魔法を教えようとしてしまった。

 ――実際に物騒なのは変わらないけれど、もっとソフトな言い方が出来なかったのかと自分に呆れる。

 遠隔襲撃魔法。襲撃は要らないな、とブツブツと呟く植物モンスター。

 

「要は……離れた位置に居る相手に気付かれずに必要な情報を集める方法です。相手を出し抜いて一気に襲撃する……。……攻撃の基本ともいうべきものですが……」

 

 元々が対プレイヤーであり、高レベルエネミーを撃滅する為のものだ。――というかそういうゲームのプレイスタイルだ。

 のんびりと人生を楽しむ仕様になっていない。

 帝国民たる彼らにとっては馴染みがないものだが、モンスターの脅威から少しでも長く生き延びる上では必須になるかもしれないし、覚えて損は無い筈だ。

 疑問がある者は手を挙げ、ぷにっと萌えは早いもの順で指名していく。

 

探知(ディテクト)感知(センス)の魔法でしょうか?」

 

 これはフリアーネではない別の女生徒が言った。

 

「それらの応用です。複合や戦略魔法とでも言うのか。複数の魔法を行使して戦略の幅を広げたりします。一つの魔法だけでは穴は防ぎきれません」

「……しかし、我々は一つの魔法を覚えるのも大変なのですが……」

「もちろん分かっています。ですが、何も知らないよりは知っていた方がいい。……魔法が使えない人は大勢居ます。この私だってそうです。全ての魔法を十全に覚えてはいませんよ。けれども使い方はだいたい分かります。足りないものは補うべきです」

 

 全ての魔法が扱える能力というのは実際にある。仮にそれを持っていたとしても能力を十全に扱えることにはならない。使わない能力は無いのと同じだ。

 力関係で言えば専門職の方が高い。それと様々な特殊技術(スキル)も使える。

 

        

 

 一人で複数の魔法を覚えたほうが良い時もあるし、複数人で得意分野を取得することも戦略上必要になってくる。

 ――どの道、一人で多数を相手取るのは悪手以外の何ものでもない。

 生徒達も一人で行動するよりも信頼できる仲間を見つける事に注力していく筈だ。

 貴族の取り巻きのように――

 もちろん単独プレイは否定しない。どんな生き方を選ぶのかは本人次第だ。

 

「では、まずは君たちが取得している魔法を教えてくれるとありがたい。または専攻する系統だけでもいい」

 

 メイドに指示を出し、メモ用紙とペンを用意させる。

 ナーベは座ったままだが、仕方が無い。今日()()助手を使うとは限らないので。

 

「低位の回復魔法。攻撃魔法。それから探知と……。基本を抑える事は大事ですが……。発展が望めないのは致し方ない……」

 

 集めた資料をざっと見た感想はあっさりとしたものだった。

 想定していたとしても魔法を習うことと実際に取得する事は違う。そこが難しいところだ。

 

「一番の近道は経験を積むこと。それには実戦が効率的です」

 

 カカッと黒板に文字を書き出すぷにっと萌え。もちろん帝国語だ。

 基本となる系統と対応する魔法の簡単な名称を並べていく。

 人間と遜色ない動きに生徒達は驚くがフールーダは喜々として注視していた。

 背中にジジィの視線を感じるのは気持ち悪いのと同時に人間的な感覚がしっかり残っている事に驚かされる。

 気配という曖昧なものはゲームデータでは表現しきれない筈なので。

 いくらリアル世界だと頭では分かっていても自身はゲームのアバターそのもの。

 どこかで自分はリアルと隔絶された何かの概念的存在だという思い込みが拭えない。

 

        

 

 一通り書いた後で各生徒の顔を眺めていく。逆に生徒達は植物モンスターがどういう表情をしているのか、全くと言っていいほど分からなかった。

 真面目な顔なのか、怒っているのか。それとも下らない洒落を考えているのか――

 

「君たちがこれから覚えようとする系統や内容は頭においておくように。これが覚えたいと強く思えば優先的に覚えられる、かもしれない。……もちろん、それぞれ必要な職業(クラス)というものがありますが……」

 

 ここで男子生徒の一人に手を向ける。

 

「君は……どういう系統を覚えたいと考えていますか?」

「特に決めてないです。大雑把で構わないのであれば……、魔力系でしょうか」

「ならば魔術師(ウィザード)妖術師(ソーサラー)秘術師(アーケイナー)ですね」

 

 初期に取得する職業(クラス)で覚えられる魔法の数は意外に少ない。

 適度に職業(クラス)レベルを上げて中位、上位へ至っていくと高い位階魔法に手が届くようになる。

 魔力系と信仰系を両方取ることも可能ではあるが、構成によっては思うように能力が伸びない事がある。人はそれを『器用貧乏』と呼ぶ。

 ぷにっと萌えは系統別に基本職をいくつか書き連ねる。

 モンスターが次々と詳細を記入する様は人間社会ではとても驚異に映っていた。

 この世は人間がモンスターを討伐するものだ。それなのにそのモンスターから教わっているのだから、自分達の敵とは一体何かが分からなくなる。

 

「先生。その基本職は自動的に覚えられるものでしょうか? それともそれぞれ専門職の方達に師事すべきものでしょうか?」

 

 フリアーネが手を挙げつつ発言した。けれどもぷにっと萌えは彼女を指名していない。

 興味が強すぎて勝手に発言してしまった。

 

「……指名したら発言するように」

「も、申し訳ありません」

「質疑応答は出来るだけ平等にしたいので……。職業(クラス)の取得は不明な点が多々あります。どれが確実かは分かっていません。けれども確率を上げるならば誰かに師事する方が早道です。……思いが強ければ取得率も高いようだし」

 

 それを実際に実験して確かめたいのだが、人体実験に付き合ってくれる者が現れない――というか、まだ検討段階だった。

 その一歩としてこの場を設けている、ともいえる。

 

「経験を積む。言葉としては簡単ですが、方法は意外と大変です。ただ魔法を使えばいいのか。それとも目標に当てたり、効果を発揮する手段を取るのがいいのか。練習では何も得られない。けれどもモンスターを倒すと強くなる……、みたいな……。それらは色々と挑戦して実感していくしかありません」

 

 数字が目に見えれば楽だと添えて、ぷにっと萌えは生徒達を一望する。

 食事を終えた者の食器などをメイドが無言で片付ける様が見えた。

 

        

 

 自分の説明が正しいかどうか、この世界では確証が持てなくなっている。それでも確実に存在する力を正しく使わなければならない。

 矛先がたとえ自分達に向けられようと――

 

「では……、君」

 

 男生徒の一人を指名する。

 自信ありげな風貌は貴族の出なのは間違いなさそうだ。取り巻きの様子から彼らの上位者である事はなんとなく予想できた。

 ただ、ぷにっと萌えは彼らの事は全く知らない。

 一目見ただけで相手の詳細が分かったりはしないので。

 

「はい。職業(クラス)を得ずに魔法は使えないものでしょうか? ……例えば才能だけとか」

「使えません。特に人間は。種族の特性で使える事例は存在するようです。それらは『擬似魔法』と呼ばれます。分かり易い例では……なんでしょうか。生まれながらの異能(タレント)に似ているのかな。その種族が元々持つ魔法と同じ効力を持つような……」

 

 擬似魔法も位階魔法と同じくMPを消費する。それゆえかは不明だが、魔法の才能を生まれながらに持っているようだ。

 それと全てのモンスターが等しく魔法能力を持っているわけではない。

 

「知力に優れていれば魔法の才は伸び易い。それは本人たちの人生設計次第です」

 

 ぷにっと萌え達のように経験値を獲て、必要な職業(クラス)に分配する方法を持つ者ならば簡単に済む話だが、この世界の住民は自力、または運の要素がとても強い。

 才能も大事だが人生において選ぶ様々な選択肢を乗り越えないといけない場合もある。

 

        

 

 魔法の才を与える事はぷにっと萌え達からすれば――おそらく――簡単だと思う。

 問題はそれによって発生する様々な問題だ。

 世界が混迷の一途を辿るのは必定――。それは経験則とも言えるもの。

 危険性があるからといって秘匿する事は考えていない。だからこそ今ぷにっと萌えは教壇に立っている。

 急速な成長は想定していないし、彼ら生徒が明日から最強の魔法使いになれるわけでもない。

 そもそも人から教えられて一番になれたら誰も苦労しない。

 あくまで自分に出来る事は方法論を滔々と教えていくだけだ。

 

「……さて、自分達が欲しい魔法を狙って覚える方法は現実問題として……、君達には難しい事になっています。先にも言ったように経験を積まないままでは新しい魔法は覚えられないからね。……その間に君達は覚えたい魔法について学んで行くわけだ。覚えても後悔しない為に……」

 

 経験値の積み方が特殊で教えにくい。それをどう解決すべきかはぷにっと萌えにとっても難題である。

 少しずつ試行錯誤するしか今は出来ないので次の話題に移る。

 高い位階魔法を優先的に覚える事は可能か、といえば不可能だと答える。――それは何故か。

 これに適切な解答があるとすれば『仕様に無い事は出来ない』だ。

 その『仕様』とは何か、運営が実装した様々な事柄だ。

 ゲームプレイヤーは無から有を生み出せない。ゲーム会社が用意した多くの素材をやりくりするだけ。――それらの枠組みを超える場合はシステムそのものを操作する以外にどうしようもない。

 当然の事ながら、多くのプレイヤーが遊ぶゲームを個人が勝手に弄り回せば様々な弊害が生まれる。

 ――だからこそ規則(ルール)が必要だ。

 そして、この世界にぷにっと萌え達が危惧するルールが無い。

 

        

 

 それを良しとするのか、それとも未知の弊害を恐れて慎ましやかに生活したほうがいいのかは分からない。

 世界の安定の為には逸脱行為は控えた方が良い。その方が何となくでも安心できる。

 ――だが、世の中には新しい事に挑戦したい欲望が渦巻くものだ。

 いつまでも(ルール)に入れておく事が出来ないように。

 

「今日は少人数ながら集まっていただいて感謝致します。得体の知れないモンスターから教わる事に意表を突かれたことでしょう」

 

 それぞれに顔を向けていくぷにっと萌え。

 蔦でできたモンスターとはいえ、全体的には人型を形成している。そうしないと人間が操作しにくい。

 自然界のモンスターはアバターの身体とは色々と勝手が違う。

 ゲームプレイヤーが動かし易いように調整されているモンスターだ。そうでなければ身体を安定させる事はとても難しいものだ。

 例えば中身まで無機質で出来ている筈の動像(ゴーレム)が動くなど、常識に照らせば不可思議以外の何者でもない。

 

「せっかく来て頂いた君達にすぐにでも魔法を使えるようにする事は……、さすがに難しい……。……実験のようなものに付き合ってくれる人が居るなら……考えないでもありませんが……。国の許可を取っていない今は教えるだけに留めることをご了承ください」

 

 言い終わってからナーベに顔を向ける。

 アインズからの指示が無ければ――または発言に異論が無ければ――継続する。

 来てくれた生徒を実験台にする目的は無い。ただ、言ってみただけだ。

 別の男生徒が手を挙げたので指名する。

 姿勢良く席を立つ姿に少し感動した。

 

「基本なことですが……。我々は魔法を身につける事が出来るとお考えですか?」

「出来ると思いますよ」

 

 あっさりと即答するぷにっと萌え。

 これが他の教師であれば努力とか難しいとか言われているところだ。

 そもそも魔法は普通に暮らしていれば絶対に身に付くものではない。

 ぷにっと萌えの故郷(日本)であれば不可能だ。――ゲーム的な概念が通用しない。だからこそ仮想空間に理想を求める。

 

「これは才能とか関係なく、必要な職業(クラス)を得れば……、という条件が付きます。魔法とは関係の無い職業(クラス)だけならば無理ですね」

「で、では続けて質問させていただきます」

 

 同じ生徒の言葉にぷにっと萌えは黙って頷いた。

 

「魔法は才能によって上達するものでしょうか? 高い位階を目指す為に必要なものとして……」

「努力しない者に賜り者(ギフト)は与えられません。けれど、生まれながらの異能(タレント)というものに関しては専門外なので何とも言えませんね」

「魔法と生まれながらの異能(タレント)は同じものではないと?」

「う~ん。それは魔法じゃなくても適応される概念だと思います。……そうですね、私の理解出来る言葉だと……特殊技術(スキル)とか特技(フィート)でしょうか。そちらの方が近いと思います」

 

 黒板に単語を書くと生徒達は首を傾げる。

 聞き慣れない単語はぷにっと萌えでも理解する事が難しい。こういう概念を学ぶ為に学習するのであって、知らなくても問題は無い。

 彼らに理解し易い言葉で丁寧に話す植物モンスター。

 見た目を除けば人間が喋っているのと遜色ない。それが不思議な印象を与えていく。

 

        

 

 派手で高い位階魔法ばかりを教えるものだと思い込んでいた生徒も熱心に聞き耳を立て始め、気が付けば全員が真剣な表情で次の言葉を待っていた。

 ――真ん中に陣取るフールーダも。

 内容は基本に過ぎない。

 この程度は学院でも教えているレベルではないか、とぷにっと萌えは疑問に思いつつ話終えるたびに生徒を一望していく。

 ちゃんと生徒の顔を見る。それは教師として大事な事だと思っていたからだ。

 ――ここ、テストに出ます。と言ってみたい気持ちになった。

 

「魔法ばかりですが……。特技(フィート)についてもいくつか教えたいところです。……ですが、これはこれで説明が難しく……分かり易い例えが見つかりません」

 

 あるとしても『まずコンソールを開いてください』が出来なければ何もできないのと同義なように――

 経験値を積む『レベルアップ』とは別に自分で身に付ける特技(フィート)は多種多様。職業(クラス)を得ると自動的に覚えられるものと自分で選ぶものがある。

 そして、それらも条件を満たさなければならない特殊な特技(フィート)も存在する。

 魔法威力を最大化する『最強(マキシマイズ)』や『無詠唱(サイレント)』など――

 専用の武器を持っていると威力が二倍になる。通常より理解度が上がる、とか様々な恩恵を貰う事が出来る。その中には生まれながらの異能(タレント)の効果に似たものがある。――というかそれが元になっていると考えられる。

 彼らの場合は自動的に身に付くか、しないかで様子が変わるようだ。そして、これは才能という言葉でどうこう出来るものではない。

 ここで真ん中のフールーダが手を挙げた。――つい無視しそうになったが、他の生徒が挙げていないので指名するしかありません。

 少し若返ったからとて場違い感がある彼もまた一人の生徒であると認めるのはぷにっと萌えでも抵抗があった。

 おっさんはお呼びじゃないんだよ、とつい言いそうになったが我慢する。

 自分より年齢高そうな人間にものを教えるのが――なんだか恥ずかしくて、とは言えない。

 

「はい。フールーダさん」

「ありがとうございます」

 

 いちいち礼は言わなくてよいのだが、無視する。

 丁寧な挨拶は聞いていて気持ちが良いものだ。しかし、時と場合によっては気恥ずかしく思う。

 

「そのフィートというものは誰でも等しく身に付けられるものですかな?」

「出来るものがある、と答えておきます。何でもかんでも身に付けられるわけではありません」

 

 全部盛り出来ますか。無理です――

 膨大な数の特殊技術(スキル)を把握する事は並大抵ではない。

 極端な話、無制限に全てを手に入れた場合、もはや新しさが無いのでプレイヤーとしては死を迎える。――やることが無くなるようなものだから。

 発展や未知があるからこそ楽しみを得るわけで、それが無くなれば他のゲームに移行してしまう。――一般的にはそうなる傾向が高い。

 つまらないゲームを延々とプレイする物好きはなかなか居ない筈だから。

 

        

 

 現地の人間は新しさを得ることの出来る者達だ。未だ果てを知らない。

 ゲームを最初にプレイする初心者と一緒で、微笑ましくもある。

 出来れば全てを教えたいところだが、そこまで都合の良い知識はさすがにぷにっと萌えでも持っていない。――それはそれで都合がいいとも言える。

 

「聞いた生まれながらの異能(タレント)の中で似たものがいくつかあります。条件としては後で取得出来ないもの……」

 

 黒板に書いたものは『学士魔術師』と『早咲きの弟子』だ。

 

「あえて数字で言いますが、魔術師(ウィザード)職業(クラス)レベルが1の時にしか身につけられないもの、と言われています。君たちで言えば魔法適正がある、と分かった段階で身に付ける可能性がある、ようなものです。他にも職業(クラス)を新たに取得したと同時に身に付けられるものがあったり……」

 

 それらは『運』の要素がとても強い。意図的にどうこうすることは出来ない。――絶対ではないようだが、その方法とてまともなものではないけれど。

 

「他人の生まれながらの異能(タレント)は妬まないように……。聞いている限りだと自分で外せるような概念ではないようだし」

 

 レベルダウンすれば消える可能性はある。その確証がない為に言及は避けた。

 特技(フィート)は複数回取得出来たり、ペナルティを受けるものがある。

 学生身分で得られるものは少ないと思われるが、見えない能力の取得はとても難しいと思う。その辺りを上手く説明できればいいのだが――

 あまりに簡単に出来てしまうと『ユグドラシル』時代の混沌とした世界が出来上がり、おそらくぷにっと萌え達の敵が()()()()現われる事になる。

 ――ただ、それもまた人生だ。自分達だけが世界の敵というわけではない。

 

        

 

 黒板に書いた特技(フィート)を簡単に説明した後、これらを実際にどう取得するのか――疑問を抱かれることだが、ぷにっと萌えに言える事は『運』としか言えない。

 より詳細な情報はおそらく仲間から止められると予想している。――現に発言の度に足元のシモベから警告が発せられているので。

 ナーベが静かに佇んでいるのは連絡を受けていないからだと思われる。

 ――確かに教えすぎなきらいがある。それは認める。

 

 だが、授業として教えたい。

 

 教師としての立場を今は優先したいぷにっと萌えだった。

 全ての要素を意図的に出来るか、と質問されれば半分は出来ると答えられる。もう半分は様々な事象の都合で簡単にはいかない。

 先に書いた特技(フィート)も後々の職業(クラス)取得に悪影響が出ないとも限らない。

 前者(学士魔術師)は知力判定。後者(早咲きの弟子)は魅力判定を一定程度を満たしていないと取得できない。よって誰でも取得できるものではない。――更にこの特技(フィート)はキャラクターレベルが1の時に取得出来るかが決まってしまう。

 『生まれながらの異能(タレント)』には先天的なものと後天的なものがあるらしいが詳しい事は不明である。――もし推測の一つである特技(フィート)であるならば――ある程度の可能性が見込めるように感じた。

 当たり前の話になってしまうけれど――最初から攻略方法が分かっていれば問題は無い。初心者にとって未知のまま冒険する事が本来は楽しいものだ。後で悔しがっても、それはそれで仕方が無い事だ。

 ――だからこそ様々な個性を持つプレイヤーが誕生する。

 この世界だと様々な特色を持つ生徒――となるのかもしれない。

 

        

 

 魔法以外の事柄が続いたので、そろそろ()()に入るかと思った。

 昆虫型のシモベを呼び、黒板の入れ替えを命令する。――書いた方は後方に置いておく。それとメイドに文字を消さないように命令しておく。あと、暇そうになるかもしれないので書き写しも。――後々、自分の説明を確認する為に――

 数分の小休止を挟み、それぞれに飲み物などを配っておく。

 

「言葉での説明が続きましたが実戦はまた毛色が変わります。その辺りは……どうすればいいのか……。フールーダさんの威光でも借りればいいのか……」

「外部の人間による実験は確かに帝国の許可が必要です。……魔導国の者であれば……、いや、手続きはあった方がこちら(帝国)としては助かりますな」

 

 そうだろうな、と思いつつナーベを一瞥する。

 彼の喋り方で睨み付けていないか気になったので。――今のところ大人しくしているようなので、話を続ける。

 

「集まった生徒だけを特別扱いするわけではありません。その辺りは後日……、考えておきますよ。……退屈な授業だと思えば退出して構いません。今回はあくまで生徒とのふれあい程度ですから。堅苦しく考えないように……」

 

 優しく言っても生徒達には通じないかもしれない。なにせ、魔導国の得体の知れないモンスターの言うことだから――。ぷにっと萌えは自分でそんな事を考えていた。

 初顔合わせする人間をすぐに信じることはぷにっと萌えであってもしない。

 昨日出会ったフリアーネやフールーダならば()()少し知っている程度だから、信頼へと傾きかけている。――一回会った程度でそんなにすぐ信頼するわけではない。

 

 他は知らない人間達だ。

 

 初日の授業としては後二時間くらいで終わりにする。その次は考えていないが――、彼らの反応次第だ。

 真面目に聞き耳を立ててくれるのはとてもありがたい。

 何人かの生徒が手を挙げたので、男生徒を指名する。――平等に違う生徒を――

 

「魔法を身に付ける実演などはしないのでしょうか?」

「初日なので……。今回は学習のみとします。……そうしないと後で叱られそうなので……」

 

 魔導国の者を叱る人間はおそらく帝国には居ない。

 そうであっても他国の人間が好き勝手していい理由にはならない。

 ――実演について、予定としては(おこな)いたい気持ちがあった。せっかくナーベラルが控えているのだから。

 問題は何を見せるのか、だ。

 属性魔法で生徒を喜ばせて終わりでは面白くない。かといって本当に実演すると多分――近くが灰塵と化すか、異常事態を察知した兵士達が押し寄せてきそうだ。

 空から隕石が――ということにもなり兼ねない。

 

        

 

 右に左に往復しつつ多少は見せた方がいいのか、と唸る植物モンスター。

 魔法を行使するのはぷにっと萌えであり生徒ではない。

 実感が伴なわない魔法はなんだか虚しい。

 魔法のスクロールを渡したところで職業(クラス)レベルが足りないから大半は無駄遣いで消費されてしまう。――もちろん失敗続きで。

 ある程度のレベルアップ後に色々と教えるようなスタイルの方がいいのかな、と。

 

「………」

 

 やはり使えもしない魔法を見せられても困るだろうから、今回はここまでとする事に決めた。

 学生は今日を限りに全員死ぬわけではあるまいし、と。

 次回については未定だが、どんな事を教えてほしいか尋ねてみた。

 

「我々でも使えそうな魔法について」

「……学生が扱える魔法は微々たるものです。いきなり高い位階魔法は……」

「魔法のスクロールはどうなのでしょうか?」

「基準を満たさないと思うから無駄に消失させて終わりです。その辺りは感覚的に分かるらしいけど……」

 

 と、次々と撃沈させていくぷにっと萌え。しかし、出来る事と出来ない事ははっきりさせておかないと散財してしまうので。ここはちゃんと教えておく。

 いくら金があろうともマジックアイテムの物価は高い。

 個人で製作する特殊技術(スキル)でも持っているならともかく――

 

        

 

 魔法のスクロールは超位魔法を除いて位階ごとに材料の品質を変えなければならない。

 それぞれの位階魔法を封じる為に必要な強さ的なものがあるので。

 身の丈に合わなければスクロールは燃えて無くなる()()で何も起きない。なんでもいいわけではない。

 専用の魔法のスクロールを造るのは大変で金も掛かる。――無料ではない。それも位階ごとに金額が跳ね上がっていく。

 ――ぷにっと萌えが使用しているもの(魔法のスクロール)は生徒達に話せるようなまともな方法を取っていない。それはそれで卑怯ではある。

 材料まで解説してしまうと怖がられてしまう。――どうせ燃えて無くなる消耗品だとしても――

 世の中には自らの腕に直接文字を掘りこんで魔法を行使する物騒な職業(クラス)があったりするが、そんな事をしていたら血まみれの現場しか出来上がらない。

 

「本日の授業はここまでと致します。……次回についてはおって連絡致しますが……」

 

 生徒達が良ければ次回も開催したい旨を伝え――。ふう、とため息をつく仕草で雑念を払い――とにかく精神的に自分を落ち着かせて――今日の授業を終える。

 まだ序盤なので派手さはないが、久しぶりの授業は悪くない結果だと思えた。

 ――大した内容ではないかもしれないけれど。

 施設を撤去して宿屋に戻り、今日の内容を改めて見直す。それから一度、自分達の――本来の――拠点である『ナザリック地下大墳墓』に戻る。

 帰りに『転移門(ゲート)』を使うのは楽のしすぎかな、と。

 

「……ああ……肩がこる……。っていう場面か……」

 

 声に出して愚痴を言う。それが本来の自分達の姿だ。

 すぐさまお抱えのメイドが駆け寄り、御用聞きのように佇む。

 

(……そういえば、遅れてくる生徒が一人居たんだっけ……)

 

 最後まで来なかった生徒の事を思い出す。

 運が無いと思って諦めてもらおう。――まだ初日の顔合わせ程度だ。

 

        

 

 次に向けての用意を整え、第九階層のとある一室に向かう。

 多くの人員が寝泊りし、食事に娯楽施設。その他諸々が立ち並ぶ世界――

 これだけの空間を確保して尚余裕を見せる地下ダンジョンはなかなか他では拝めない。それどころか迷宮が基本仕様にあって、ここは場違いなほど賑やかだった。――そういう風にデザインしたのだから当たり前だ。

 ぷにっと萌えのお目当ては『メイド長』で、いくつかの言伝(ことづて)を通達した後、地上に向かう。

 普通ならば仲間と共に冒険の旅をするところだ。それなのに一人で行動する事が多く、また地味な事しかしていない気がした。

 派手にしたくても周りは再生成するような地域ではない。一度失えば復興はとても時間が掛かる世界だ。――だからこそ世界を大事にしたい気持ちを(はぐく)める。

 

(適当なモンスター居ないかな~)

 

 見晴らしの良い平原に目立つモンスターの影は無し。

 ナザリック周辺は厳重な警戒網を敷いているので視認出来る範囲に不審な存在は――平時では――確認出来ない。

 確認出来る場合は事前連絡を受けている者か、勇気ある愚か者共だ。

 風景を一望していると後から戦闘メイドの『ユリ・アルファ』と『ルプスレギナ・ベータ』がやってきた。

 片方(ユリ)は気難しい雰囲気を与える表情で夜会巻きにした黒髪。レンズの入っていないメガネをかけ、姿勢の良い細身の姿には似つかわしくない棘付きのガントレットを装備していた。

 足元まで隠すほどのスカートになっているメイド服とは対照的であった。

 もう片方(ルプスレギナ)は動き易そうなメイド服で、自身の身長ほどもある聖印を(かたど)った大型メイスを背負っている。

 健康そうな雰囲気を持ち、褐色肌に金色の瞳。赤毛で二つの三つ編みにしていた。

 戦いに重点を置かれた()()だが、実際に戦闘させた事は――ゲーム時代では――無かった者達だ。

 NPCは基本的に拠点を彩る役割しか持たない。それが今では自我を持って自由に動いているのだから実に興味深い。――その原理は今もって謎となっている。

 

        

 

 ただ突っ立っているだけだった彼ら(NPC)に仕事を与えるのが目下の難題とも言えたのだが、新たな国を立ち上げてからは気が楽になってきた。

 手は多いにこした事がない。――戦闘以外で役に立つ事が少ないけれど――

 自分達と同等以上の組織でも転移してこない限りは平和を謳歌できる。

 

「また帝国へ赴くのであれば我らもご一緒させてもらっても構いませんか?」

 

 その言い方ではリーダーからの命令を受けてきたと言っているのも同じだ。――だが、それを指摘せずに黙って首肯するぷにっと萌え。

 否定しても良かった気がしたが、荷物運び程度には使えるし、自分で報告する手間を考えると彼女達に任せた方が幾分かは気が楽になる。

 負担軽減はいつの時代でもありがたいものだ。

 

 問題はルプスレギナが()()()()仕事が出来るか、だ。

 

 ナーベラルとのダブルブッキングで何が起きるか心配になってしまう。

 人を冷やかしたり、怒らせたりする事に喜びを感じるような子だから。

 ユリが居るから大事は無いと思うけれど――だからこそ彼女が居るのかもしれない、と思うと納得できる。

 うんうんと一人で頷いているとトテトテと危なっかしい足取りで近付くものが居た。

 ナザリックの地上部で警戒任務中だった闇妖精(ダークエルフ)の『マーレ・ベロ・フィオーレ』だ。

 小さな人間の子供程度の容貌、背丈しかないが年齢は――設定上――七十代を超えている。

 種族としてはおかしなことはなく、森妖精(エルフ)の世界では一般的だ。

 この世界にも森妖精(エルフ)が存在しているし、ナザリックにも何人か面倒を見ている。

 マーレはルプスレギナのように褐色肌。金色の髪の毛は肩口までで綺麗に整えられていた。

 左右色違いの瞳を持ち、性別は男性だが女性の格好をさせられている。――それは彼の創造主の趣味なのでぷにっと萌えは口出しできない。

 

「お、お出かけですか?」

 

 怯えた小動物のような態度と上目遣いでマーレが尋ねてきた。

 ――そういう設定なのだから仕方がないが、本当に相手を怖がっているわけではなく、自分の役割を全うしているだけだ。

 手に持つ黒檀に似た神器級(ゴッズ)武器の杖『シャドウ・オブ・ユグドラシル』を用いた攻撃は人間であれば簡単に叩き潰してしまう。

 彼の腕力はステータス的にも高く、ぷにっと萌えにもダメージを与えるほど――

 森祭司(ドルイド)職業(クラス)構成で固めたレベル100の階層守護者でもある。――それゆえに格下の戦闘メイド達は(マーレ)が近寄ってきた途端に胸に手を当てて臣下の礼を取って控えた。

 

「その予定だよ」

 

 ここで試しに――お前の杖の方がかっこよさそうだから貸せよ、と言ったら物凄く悲しい顔をして差し出してくる筈だ。それはそれで苛めているような気分になる。ただ、これがルプスレギナだとニッコリ笑顔でどうぞ、とか言いそうだ。――彼女の場合は楽天的だが後が怖い。サボる理由が出来たとか言いそうで――

 NPCには珍しく我がままな部分がある。ちゃんと抵抗する――抵抗できる存在だ。

 命令に絶対服従しない。それはちゃんと自分の考えなどを持っている証拠ではないのか――

 『至高の四十一人』の頼みを断るNPCは――基本的に――居ない事になっている。

 これがゲーム時代であれば無感動この上ない。そもそもNPC達には表情の変化や声など設定されていないのだから。――ぷにっと萌えが知る限り、ではあるが。

 マーレも性格などは設定だけで本当は何も喋らないし、表情の変化もしない。――もちろん、戦闘に際して命令すればアクティブ(能動的)に敵に襲い掛かっていく。

 

「……マーレ」

「は、はい」

 

 普通に声をかけただけでも引きつったように驚く――仕様は嫌がらせか、ぶくぶく茶釜さん。と、彼の創造主に対して少なからず怒りが湧く。

 いつでも新鮮な気持ちでいられる、ということは毎回同じ気持ちになる――またはなれるということではないのか。

 良い事ならばありがたいが、嫌な事は繰り返したくない。

 

        

 

 自分の命令は何処まで可能なのか。――イジメにならない程度で確かめておく。

 まずルプスレギナに武器による防御態勢を取らせる。――意味も分からず彼女は従順に従う。ただしこれは洗脳ではない。

 続いてマーレにルプスレギナを攻撃するように命令する。

 

「は、はい」

 

 命令の仕方は単純なものなら平然とする。ここで言葉を一つ変えてみる。

 

 本気で殺せ。

 

 そうすると従順な人形でしかない、はずのマーレが攻撃の手を止めて、ルプスレギナの表情が変わる。

 ゲーム時代の彼らは命令に対して『抵抗』を覚えない。それが今は戸惑いを見せている。

 ほんの数分前まで――正確には違うが――は人形でしかなかった彼らがどういう理由で自我を得るに至ったのか――

 とても興味深いのだが――、しかし、自分達が設定した以上の何かをどうして得るに至ったのか皆目見当が付かない。

 ――ちなみに『同士討ち(フレンドリーファイア)』が元々禁止の設定にされていたゲーム時代は仲間同士の攻撃は意味を成さない。今は解除されているので容赦なく攻撃を当てられる。――それはつまり範囲魔法も。

 お陰で集団戦闘がやりにくくなってしまった。――その設定も今は出来なくなっているので。

 

「仲間を簡単に殺すようでは組織としては困るか……」

 

 信賞必罰ならば出来なければ困る。

 仲間だからと容赦しては敵に漬け込まれる。なにより、それを織り込み済みにする手法も無いわけではない。

 

「だ、大丈夫、です。私は受け止められる子、ですから」

 

 今にも泣きそうなルプスレギナ。

 元気一杯の女の子を泣かす趣味は残念ながら持ち合わせていない。――興味はあるけれど。

 モンスターのアバターになってから人間的な感じ方が出来ないのは前々からだが、負の側面に関して自分はちゃんと学ぶべきだと思った。だからこそ、こういう場面も逃げてはいけないのだと――

 

        

 

 魔法で色々と強引にする方法はあるが、彼らは魔法的なものに対するマジックアイテムを多数持たされている。尚且つそれぞれの創造主に危険を知らせてしまう事になる。

 今は言葉のみで何も起きていない

 殺しを抜きに攻撃をするように言い直す。

 小さな身体のマーレの一撃は人間を平然と叩き潰せるほどに強い。よってその攻撃を大型メイスとはいえ受け止めれば尋常ではない衝撃をルプスレギナは受ける。

 ダメージは軽微かもしれないけれど――

 

「……双方の武器に異常はなさそうだな。滅多に攻撃を受けない君たちは今の感覚についてどう思う?」

「マーレ様の攻撃は強かったです」

「こ、こっちはしっかりと防御されたので……。えと、あっさりと倒される、モンスターじゃない感じがしました」

 

 双方の意見に何度か頷くぷにっと萌え。

 NPCは攻撃した後はそのままだ。それが当たり前だ。感想などありはしない。

 自分もそうだが、ゲーム内の身体の感じ方は()()ではない。――それが今は現実(リアル)と遜色なく感じられるのだから驚きだ。

 更にはより細かい作業も可能になっている。

 

「言葉が物騒で悪かったな。本当は死亡時の確認も……、出来れば……と……」

 

 と、言っている側から涙ぐむルプスレギナ。

 彼女に恨みがあるわけではないのだが、あくまで研究者としての意見だ。

 NPCとて自分の命が大事だと認識しているのかもしれないし、そういう設定の反応を示しているだけ、とも取れる。

 

「……ぷにっと萌え様。これは……お(たわむ)れでは……いえ、失礼しました」

 

 ユリは気がかりを述べようと顔を上げたがぷにっと萌えの雰囲気を察し、すぐに顔を伏せた。

 これは戯れではない。純然たる研究だ、と――

 

        

 

 ぷにっと萌えはふざけた気持ちで言っているわけではない。

 殆ど大真面目だ。

 何事も気になるし、確かめたい気持ちは何者よりも強く現れる。

 状況を見極める上で様々な事に気を配らなければならない。――もちろん、これもまた必要な事だ。

 本当は仲間と共に研究すべき事だが好奇心が優先されてしまった。

 

「……お前たちは自らが創造された被造物だと自覚していたよな?」

 

 ぷにっと萌えの言葉に三人は首肯する。

 マーレ達だけではない。

 ほぼ全てのNPCが同じ反応を示す、筈だ。例外が居ないともいえないが――

 

「……いや、これはまたの機会に尋ねるとしよう。ルプスレギナ」

「は、はい」

「お詫びに私につき従え。ユリは……悪いが下がってくれるか? それとマーレ。君は外の防衛任務……だったな?」

 

 言葉としては詫びというよりは命令だが――。気にしては先に進まないので無視する。

 

「……はい。この辺り一帯の監視、です」

「……え~と、先の命令は解除の為の文言は……必要か?」

 

 仲間を殺せ、という命令は改めて指令を下さないと取り下げられないものか尋ねた。

 マーレは首を何度も横に振る。

 

「わ、分かっております。あくまで実験だという事を……」

「一応……。殺す気で攻撃しろ、というのは撤回する」

「は、はい。ありがとうございま」

「ありがとうございますっ!」

 

 マーレの返事の後にルプスレギナが感涙しつつ言った。――結局泣かせてしまった。

 悪いのは自分だ、という気持ちが湧いてきた。

 姿はモンスターでも人間的な部分は完全に無くしたわけではないようで、安心出来た。それがいつまで続くのかは考えたくないが――

 だが、愛着を持たなければならないほどの存在だろうか、という疑問もなくはない。相手はゲームデータに過ぎないNPCだ。

 『受肉』という言葉が適切かは分からないけれど、自分達の感覚は未だにゲームのキャラクターだ。それをすぐさま変えられるほど自分は器用ではない。

 

        

 

 ユリを残し、マーレに別れを告げてルプスレギナと共に辺りを散策する。

 一気にバハルス帝国に行っても良かったかもしれないが、供とするルプスレギナの反応に興味があった。

 本来ならばナザリックの地下に置いたまま冒険に出るところ――。なので、ぷにっと萌え達に言いたい事があれば遠慮は無用だと伝えておいた。

 自分の意見を言える状況は貴重だし、ぷにっと萌えとしてもNPCの本音を聞ける珍しい機会でもある。それを逃すのは実に勿体ない。

 

「堅苦しい言葉を並べなくていいぞ。……無理に言わせるのだから私も意地悪は言わない。……たぶん。……出来る限り……」

「……はい」

 

 しおらしいルプスレギナ。

 正直に言えば戦闘メイドの性格や日ごろの暮らしについて全く――とは言わないが、殆ど知らない。――人伝えに聞いた事がある、という程度だ。

 設定を覗けばいいのかもしれないが、それはそれで面白みに欠ける。

 手を組んだまま大人しく着いてくる褐色美少女。――実年齢は十代後半くらいだったかな、と。

 全NPCで最年長は約十二年だ。これはゲームが開始されてから終了までの期間である。

 設定でもない限り、どのNPCも十二歳以下。――見た目が老人の『セバス・チャン』であろうとも。

 

「自分の事よりは……ぷにっと萌え様はどういう御方なのか。どんな事が好きなのか、が気になります。……それを自分本意の理由で聞く事はとても不敬だと……」

 

 至高の四十一人はNPC達の上位に君臨する存在であり、一部のNPCにとっては創造主であり神と同義――

 そんな存在と口が聞けるだけでも畏れ多い、という意見のようだ。

 これがぷにっと萌えであれば神に対して『よう神。相変わらず暇?』とは言えない。

 お前、何考えて命作ったよ、とか。聞く方も聞く方だが、これにもし答えるようであれば神スゲーと尊敬するかもしれない。

 

「興味のある事柄を調べることかな。派手さは無いが……、知識を深める事が主に好みだ」

 

 ゲームでは指揮官のような役回りをしているからといって常に命令しているのが好き、というわけではない。――敵が居なければ大半は暇だし。

 無限に近い敵が居るゲームであったからこそ戦略を練り続けられた。――途中で投げ出すこともある。特に同じゲームを何年も続ける事は苦行に近い。

 長い時間ゲームを続ける事は本体である人間の身体にとって悪影響でもある。

 適度に現実に戻って生活しなければ生きていけないのがぷにっと萌え達の世界だ。

 

        

 

 差しさわりの無い話題が続く。

 質問している側が実は()()()()()()()シチュエーション。

 または様々な洗脳系の魔法を駆使して無理難題を強引に(おこな)う。

 ――というのが一般的かもしれない。少なくとも多くの魔法を扱えたらペロロンチーノ辺りはよからぬことを画策しそうだ。――実際に(おこな)うかは不明だ。何故なら、身体は異形種だから。

 

(……味方を洗脳すればリーダーが慌てるか……。そもそも簡単に精神支配されては困る)

 

 実際に洗脳すれば名前の一覧に異常が現れる。

 解呪出来る程度であれば問題は無い。――特にギルドとしては。

 特殊なアイテムによる永続的なものであれば事態は一変する。とはいえ、ぷにっと萌えは物騒なアイテムは持っていない。

 『至高の御方』という特権を使えば出来ない事は無いのではないか、というくらいの事が出来てしまうけれど――

 余程の無理難題――物理法則とか無視しろ、という類のもの――でもないかぎり、()()()()のお願いは聞いてくれそうだ。

 この場で全裸になれ。変身してみせろ。不味い料理でも頑張って完食しろ、など。

 

「……腕を折ってみろ。……と言ったらどうする?」

「……が、頑張る……頑張ります」

 

 命令内容が酷いのは自覚している。けれども、どこまでの命令を遂行するのかを知る事はとても大事ではないかと思っている。

 自害できるのだとしても簡単には死んでほしくない。その辺りの匙加減がとても難しい。

 

        

 

 異形種は人間種に比べて痛みに強い性質があった、ような気がする。

 ダメージという概念はアンデッドでも感じるようだが、減痛とまでは行かない筈だ。

 それと高レベルの異形種ともなれば簡単に腕を折ることも実は大変な筈だ。

 弱点となる『核』を潰して消滅するような簡単な生き物ではない。

 

「単なる興味にお前は従うのか? というより、それでいいと思っているのか?」

「私には難しい事は分かりません。……ですが、至高の御方の命令を遂行することでお喜び頂ければ……、それに勝る幸せはありません」

 

 狂信的な発言だが、ルプスレギナの場合はそれがどこまで真実なのか――

 口で言う事は簡単だ。もちろん、人によって変わるけれど。

 ルプスレギナは嘘がつける。人を欺くタイプの異形種だ。だからこそ、発言の一つ一つが信じるに値しない。

 それを分かっているぷにっと萌えを前にしての発言もまた嘘だと果たして言い切れるのか。

 

(NPCの言う事をいちいち疑うのも面倒な事だ)

 

 自分たちで作ったNPCが急に喋り出したから疑う、というのは滑稽な事だ。

 そうやって『そもそも』を繰り返していくのも徒労だ。だが、思索は必要不可欠。それを怠ってはいけない。

 それにNPCとお喋りが出来るのはゲーム時代では出来なかった体験だ。それを無くすのも勿体ない。

 

        

 

 治癒魔法を持っているからといって、ルプスレギナをいつまでも困らせてはいけないと思いなおしたぷにっと萌えは命令の殆どを解除する。――従者の命令は継続。

 面倒だが確実性が高い方が気が楽になる。

 後々面倒事が発生しても困るので。

 

(……しかし、見晴らしのいい平原をメイドと散歩する事になろうとは……)

 

 ただのメイドではなく『戦闘メイド』だ。

 背中に背負っている巨大メイスが異様な存在感を放つ。それ以外は元気一杯の娘が居るのみだ。

 愁いも一瞬――

 ルプスレギナは自由を勝ち取るとすぐに元気になった。その変わり身の早さにぷにっと萌えは苦笑する。

 

(おほほ。私を捕まえてごらんなさい遊びをしても面白くないしな)

 

 急に下らない事が浮かんだ。

 敵影が無く、ひたすら歩き続けるだけ。

 そんな状態でルプスレギナが喜ぶとは思えない。いや、ぷにっと萌えとしては多少の戦闘が起きればいいと今は思う。

 ゲーム時代のようにエンカウント率が高かったフィールドとは違い、何とも味気ない。

 かといって頻繁に戦闘ばかりでも困るけれど――

 では私と戦おうか、という流れにすると――面倒臭い事態に発展する。

 

(他のメンバーが居れば気軽に戦闘行為が出来そうなのだが……)

 

 主従関係がしっかりしているからこそルプスレギナは上位者に楯突かない。またはそういうことが出来ないように徹底された存在であるか、だ。

 NPCに裏切りが発生するのか、と言えば難しい問題となる。

 

        

 

 歩きながら考え事をしつつルプスレギナの頭を撫でようとしたが手が届かない。

 小柄な体型ならば難なくできるが彼女は意外と背が高い。――女性の平均身長を満たしている程度だが。

 なら空を飛べばいいじゃない、と赤い粘体(スライム)の幻聴が――

 第三者の視点から見ると『何やってんだあの植物モンスター』と言われる確率が物凄く高くなりそうだ。

 

「……ふ」

 

 つい苦笑が漏れた。

 深刻な事でもなく、真面目なことでもなく――

 気持ちに余裕があるというのはありがたいことだ。それはモンスターの特性のお陰かは分からないけれど。まだ自分は絶望しているわけではない、と分かり安心する。

 ――それがいつまで続くのかは考えたくないが、避けては通れない事は自覚している。

 

「このまま帝国まで歩いていく気は無いからな。今はただの散歩だ」

「はい」

 

 従者として後ろから付いてくるルプスレギナの表情は窺えない。

 ここで便利な魔法に頼るならば視界だけを移動させるものがある。――下らない事に魔法を使うべきではない、と言われそうだ。

 しかしながら、様々な用途に使う利便性の調査、という言い訳をすれば意外と納得されるものだ。

 戦闘一色のみではない新たな可能性の模索――同時によからぬ使い方の模索にも当てはまる。

 

 悪用もまた可能性の一つである。

 

 ゲームだとシステムの穴を突く行為だ。それがこの世界でも通用する筈だ。

 絶対に出来ない、という確立された概念ではない。まだ未知が残されているから。

 便利な道具ほど使いたくなる。それは種族問わず、または世界問わずの共通概念であるかのように――

 

「……ん……。ただ黙っているのは苦痛だろうから……」

「い、いえ。そんなことは……」

 

 と、即座に返ってくる言葉。

 ルプスレギナは沈黙を好むタイプではないと予想していた。ここで普段は聞けないことを尋ねてみる事にする。――これはゲーム時代では出来ない貴重なものだ。

 

        

 

 自分達が生み出したゲームのキャラクターとプログラムを超えた問答をする。そんな事は普通ではありえない事態だ。

 創造主に逆らうケースも世の中にはあるし、NPC達がずっと大人しい保証は無い。

 不平不満を聞く事は人間社会では珍しくないが、元々ゲームのキャラクターに同じ振る舞いが起きるとなると事態は変わってくる。

 ゲームのキャラクターだと侮って後々深刻な事態に陥らないとも限らない。

 そういう創作物の存在をぷにっと萌えはいくつか知っている。

 人の想像力は無限に近い。それゆえにありえない事が無いほど日々生み出されてきた。

 

「背を向けている間抜けな至高の存在を攻撃できる。……さて、自由の為にルプスレギナは攻撃を選ぶか。それとも機会を窺うか?」

 

 前を向いたまま背後の従者に問いかける。

 無防備に近い状況において正に攻撃するなら今だ。

 

「……お、おそれながら……。至高の御方を攻撃する理由が私にはありません」

「……普通はそう答える。だが、自由が勝ち取れるんだぞ? チャンスを棒に振るのか?」

 

 人伝(ひとづて)に聞いた程度だが、ルプスレギナの性格設定に裏切りの要素は確か無かったと思う。それでも()()()()()()()()()()()()の部分は結構育っている筈だ。

 

「理由が無いと言うが……。我々から解放されたい欲求が湧くかもしれない。……それとも従者にいつまでも甘んじているつもりか?」

 

 意地悪を承知で尋ねてみた。

 NPCは基本的に創造主に逆らわない。しかし、そういう(反逆に類する)設定は施されていない。

 自由な活動が出来る概念のようなものを彼女達は知らずに生きている。

 

「……お、そ……。その……私が……」

 

 答えに詰まるルプスレギナ。

 もし、ぷにっと萌えが振り向けば脂汗を大量に流している彼女を拝める。

 

「設定されていないからとて答えられないわけではあるまい。現にお前は設定以上の言葉を発している」

「至高の御方無しの生活は想像できませんし、したくありません!」

 

 つい先日まで至高の御方とやらが()()()()()()()()で彼女達は生活してきたはずだ。それなのに想像できないとはどういうことなのか。

 ――酷い質問をしている事は棚に上げる。

 

        

 

 至高の御方が完全に居ない状態での生活であればNPCはどういう状況になっていたのか。

 ――考えるまでもない。

 彼らは永遠にやってこない至高の御方を待ち続ける。それ以外に選択肢は無い。

 これが自分たちだけであれば然程(さほど)の問題は無い。けれども――

 『ユグドラシル』というゲームをプレイしていた多くのギルドやプレイヤーが――どれだけ転移してきたのかは知らないが――保有していたNPCなどが世界の何所かに居るとすれば、彼らはきっと永遠に待ち続けている。特に不死性のクリーチャーは数百年も平然としている筈だ。

 

「……むしろ邪魔ならはっきりと自害をお命じになって下さい」

「お前の性格では自害はしなさそうだが……」

「……仲間が居ますから。少なくとも……私は一人で待つ事は嫌いです」

 

 確かに――ルプスレギナは元気が取り得のようなNPCだ。

 他人が居なければいたぶれない。

 笑顔を見せる相手が居るからこそ明るく振舞う。そんな娘だ。

 

「………」

(それが本当ならばいいのだが……)

 

 種族的に本音を語る事はありえない――とは言わないが――

 ルプスレギナというNPCは相手が()()()()、敵と認識した者を襲う。――または執拗に追いかけて獲物を嬲り殺しにする。そんな事が出来る娘でもある。

 

「……真偽はともかく、私の問いかけにちゃんと答えてくれるのだな」

 

 答える価値の無い存在だと分かれば無視するか、曖昧な返答ばかりになるはずだ。

 受け答えの感じではまだまだ喋りそうな予感がする。

 

(やだな~ぷにちゃん。マジな会話は苦手ダヴィンチ。……とか気軽さをアピールして戸惑うとか期待していたが……)

 

 標準語に近い者達の会話は味気ないものだ、とぷにっと萌えは()()残念に思う。

 個性的なキャラクターといえば『語尾』だ。自分の知る限り、ハムスケくらいではないかと――

 それ以外となるとドイツ語――

 徹底されてしまうと何を喋っているのか自分でも分からなくなる。それはそれで面白いものでもあるのだが――

 

(……ああ、ヴィクティムが居たわ。語尾というか言語の究極生物)

 

 通称『エノク語』という謎設定のNPCであり第八階層の階層守護者。

 

「えっと、……ハクジアオタイシャニュウハクネリキミドリ(ルプスレギナ)

「……?」

「通じなかったか?」

 

 NPCの謎言語は自動翻訳されていた筈だ。それを再現したのに今、ルプスレギナには通じなかったとなると喋る相手によって違うということか、と。

 もう一度、喋ってみたがルプスレギナには色の名前にしか聞こえなかったという。

 

        

 

 平仮名やカタカナをただ単に並べたものが急に翻訳されるのは都合が良すぎる。

 宝物殿のパスワードもアインズは文面からは理解出来なかったというし。

 何らかの条件が必要なようだ。

 

(例えば……、他人が同じ言葉を喋った場合は翻訳されない……。ヴィクティムの言葉は当人が喋るからこそNPC達に翻訳されて聞こえる……)

 

 意図的に言語を変えて喋る魔法というのはぷにっと萌えの知識には無いけれど、異世界特有の謎仕様は思考を混乱させてくる。

 

「言語遊びが出来ないのもつまらんな」

「申し訳ありません」

「いやいいよ。お前に通じないと分かっただけで一つの疑問が解消された。……たぶんな。……ルプスレギナ」

「はい」

(本当のお前の言語は何語だ? 日本語でいいのか? それとも……)

 

 種族特有のオリジナルなのか。

 もし後者ならば色々と勉強したいものだ、と一人で納得していく植物モンスター。

 知りたい事が多いというのはありがたい事だと知識の泉に感謝の意を表す。

 

        

 

 しかし、とぷにっと萌えは前を見て思った。

 見晴らしのいい平原がどこまでも続いていて逆に不安になってくると――

 途中でトイレに行きたくなった場合はそこら辺で済ますしかない。

 飢えに苦しんでも飲食店の一つも無いのは現代社会で生きてきた者達にとっては砂漠に放り出された事と同義だ。

 かといって店を設置しても利用者が居ないのでは意味が無い。

 利便性の追求は必須。

 

(ここまで農村を引き込むにはナザリック側がある程度譲歩するしかない)

 

 交通網の整備もしなければならない。

 かといって開発していけば自然が損なわれる。

 

(国定公園に指定すればいい、としても管理するものが居ないと……。それをアンデッドにやらせても……)

 

 世の中が平和になれば人口は自ずと増えていく。

 今はまだ実感の湧かない時代だが、いずれは近代化に向けて動き始めるものだ。そうなれば歯止めがどうしても必要になる。

 

(先の事を自分が考えても仕方が無い。だが、その時はその時だ、と言っていられる……。いや、今はよそう)

 

 一人で討論しても答えは出ない。

 星の行く末はこの地に生きるもの全てが関わらなければ意味がない。

 

        

 

 不毛な考えに陥りそうになってきたので転移によって一気にバハルス帝国に向かう事にした。

 思いのほか広大な無の境地に至りそうな風景は長時間だと精神に悪い。特に現代人であるぷにっと萌えにとっては。

 これがブルー・プラネットなら――。いや、自然派の人間じゃないと満喫できそうにない。

 

「転移阻害は解除されているか?」

「大丈夫です」

「……そういえば衣装替えは出来るのか?」

 

 もし出来ないのであれば偽装関連に連れて行けない。

 仮面だけでは心許ない。

 

「ご命令とあれば……。ソー……ソリュシャンも……ってあれは肉体変化でしたか……」

「着替えられるのであれば問題は無いな。……ナーベラルも学生服を着ていたし。それは後で考えておこう」

 

 NPCの装備するものは一体型ではないので装備の付け替えは不可能ではない。

 ただ、常に同じ姿なのは戦闘に関しては問題ないかもしれないけれど、普段の生活であれば何かと気にする事態になる。

 ――ちゃんと洗っているのか、とか言われると思うので。

 ナザリックに居る間は風呂にも入っていると聞いているから神経質になる事もないが、女性である彼女たち自身はどう思っているのか気になってしまった。

 そういう話をなかなかしないので。

 

「では行こうか」

「はい」

 

 どういう転移で行くかだが、ここは無難なものにする。

 瞬間的に景色が変わる様を最初に知った術者はどういう気持ちだったのか。それとそんな超絶的な現象を可能にする魔法に恐ろしさを感じなかったのか。

 今でもたまにぷにっと萌えは初心に立ち返ることを忘れないように務めていた。

 

上位転移(グレーター・テレポーテーション)

 

 第七位階の瞬間移動。下位の『転移(テレポーテーション)』が第五位階だ。

 他にも類似の魔法がある。その中に究極の転移魔法――位階を超えた超位魔法として――に惑星間を移動するというものがある。――単純に夜空に映る星を指差して行けたりはしない。

 転移条件の一つである『転移先の状況を正確に把握すること』が出来なければたちどころに失敗する。それと安全かどうかも。

 ゲーム時代では別フィールドに行く時に使われる、らしい。

 実際に惑星移動するようなものであればゲームの仕様規模を超えてしまう。それと転移後の世界だとどうなるのかまだ試していない。

 仮に本当に移動できた場合は地球との往復も可能になる――理論的には。

 ゲームキャラクターであるアバターのまま移動できるわけがない、とぷにっと萌えは思っているので使った瞬間に自分の身体が崩壊するような気がして仕方がない。

 

        

 

 物騒で危ない要素満載の魔法よりは使い慣れたものの方が気持ち的に安心できる。

 そうして転移した先は目的地のバハルス帝国――の帝都前の検問所――だ。

 改めて転移魔法の素晴らしさを感じ、失敗しなかったことを嬉しく思う。――下位だと失敗した時ダメージを受ける場合がある。

 

(魔法に慣れきってしまうと失敗した時の精神的ダメージは多いけれど)

 

 それと元の世界に戻った時の感覚の差異だ。

 本来の自分達は魔法など使えないただの人間だから。

 ここで一生を過ごす者ならばどうでもいいことかもしれないけれど――

 検問所に向かいつつルプスレギナの姿を変えるべきか悩み、偽装の魔法をかけてみる事にする。

 次から次へと魔法のスクロールが消費される事態に戦闘メイドは脂汗が止まらない。そして、それを止める事が出来ない葛藤に悩まされているようだ。

 ぷにっと萌えは別に魔法が使えないわけではない。膨大なアイテムを所有しているだけだ。

 特に重さ制限において軽いアイテムである魔法のスクロールは膨大に保有できるので。

 

「検問は武具の検査くらいだから……」

 

 正体を見破るにはそれ用の魔法を使うのだが、低位階しか扱えない検問の場合は大事にはならないはずだ。――いや、低位階の偽装なら見破られてしまうか、とあれこれぷにっと萌えは悩みだした。

 

(クソ。面倒クセーなもう……)

 

 面倒なのでルプスレギナを帝都内に強制転移させる。

 そもそもいちいち検問を通る必要が無かった。

 律儀な対応をしていたら日が暮れてしまう。――早々に判断を下して彼女を転移させたが魔法の無駄遣いに少しがっかりした植物モンスター。

 それからぷにっと萌え自身は普通に検問を通り、大きくため息をつく。

 ルプスレギナは何も悪くはないがゲームの勘を忘れかけている自分の無能さに辟易した。

 

(……やはりある程度の戦闘を経験しておかないと後々困りそうだ)

 

 そんな事を思いつつ従者を迎えに行く。

 空は曇天になりかけていたが、彼の気分は既に真っ暗にまで落ち込み始めていた。

 

 




付録:作中に登場した魔法 vol.9

転移(テレポーテーション)

系統:召喚術(瞬間移動) 位階:魔力〈五〉
構成要素:音声
距離:自身および接触 目標:術者および接触した物体、同意するクリーチャー複数 持続時間:瞬間
備考:指定した目的地へと瞬時に転送する。距離は最大で480キロメートル×術者レベル。異次元などの移動は不可。術者レベルによって複数の同意するクリーチャーないしそれに相当する物体などを送る事が出来る。術者は目的地の位置と見た目についてはっきりとした知識がなくてはならない。より正確であれば転移の成功率は上がる。物理的、魔法的なエネルギーが渦巻く範囲に転移する事は出来ない。または不可能となる。複数の転移に失敗すると互いにぶつかり合いダメージを負う。最終的に成功するまでダメージを受け続けることもある。

上位転移(グレーター・テレポーテーション)

系統:召喚術(瞬間移動) 位階:魔力〈七〉
構成要素:音声
距離:自身および接触 目標:術者および接触した物体、同意するクリーチャー複数 持続時間:瞬間
備考:この魔法は『転移(テレポーテーション)』と同様に作用する。距離の制限が(設定的には)無く、目的地を外れる可能性もない。転移先の情報は事前に手に入れておくことにこしたことはない。不確かな情報のまま転移すると元の場所に現われるだけになる。この魔法は次元間の移動は出来ない。
――――――――――――――――――――――――

音抑え(マフルサウンド)

系統:幻術(幻覚) 位階:信仰〈二〉、その他(吟遊詩人(バード))〈二〉
構成要素:音声、動作
距離:近距離(約10m+2m×術者レベル×2) 目標:味方1体×術者レベル 持続時間:1分×術者レベル
備考:目標が作り出した音を抑え、音声要素を持つ魔法の失敗確率を2割与える。ただし、聞く分には影響を与えたり、防護機能を備えたりはしない。

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