西国転生   作:tacck

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こいつらはアル中(確信)


第九話 塩谷綱憲と横道兵庫介の約束

「これからどうしたものかな……」

 

 寝台の上に胡座をかきながら俺はひとりため息を吐いていた。

 義久が鹿之介を汚すようなことを言ったため激昂してしまい、あの時はそんな余裕はなかったが、流石に翌日になれば、頭が冷えて落ち着いて考えられるようになった。

 突然の義姉弟同盟。鹿之介たちとの別れ。

 こちらがどう動くにしろ、もうこのままではいられないことには違いなかった。

 俺としては大友に行くこと自体には文句はあれど納得はしている。動機はともあれ同盟は理に叶ってるし、俺は一門としての優先度が低いため国外に送るのにはうってつけだ。しかし問題は鹿之介たちとの別れを余儀なくされること、鹿之介と離れてしまうために彼女の運命に干渉できないことだ、

 特に後者は俺がこの戦国時代で武器を取る最大の理由でもあった。だから、それを失った今の俺は例えるならば脱け殻のようなものだ。

 身体がだるくて動けない。多分、今日は自室から出られそうにないだろう。

 そんな時だった。

 

「よう、熊之丞。ちょっといいか?」

 

 兵庫が俺の屋敷を訪ねてきたのは。

 正直なところ相手にする気力はないのだが、追い返すのも気が引けるため勝久を呼び、兵庫を自室に案内させる。

 

「辛気臭い顔をしてるな。やはりあの報せがきつかったか」

 

 部屋に入るなり兵庫は言う。

 俺の大友行きはすでに城下まで広まっていた。そのため、あの場にいなかった兵庫たちの耳にもすでに届いていた。

 

「綱憲さんよ、だから言っただろ? 報いる気のない奴に忠を尽くすなんて無駄。利口ぶって大切なものを見逃してはいけないってな」

 

「ああ、兵庫。お前の言う通りだった。祖父や親父、尼子国久のようになりたくはない。俺の心の中にはずっとその願望があった。だから、今までずっと我慢してきた……。だが、それでついに鹿之介を失っては元も子もない」

 

「で、熊之丞。これからどうするんだ?」

 

「大友に行く。いずれにせよ尼子にはもういられないからな」

 

「謀反はしねーのか? 少なくとも俺は力を貸すぜ」

 

 兵庫はからかうように問うてくるが、俺は苦笑して首を横に振った。

 

「確かに謀反したい気分だけど、やめとくわ」

 

 今の状況を戦略的に考えれば、謀反を起こすなんてのは御法度だ。なまじ俺が力を持ったがために規模が大きくなることは目に見えている。それこそ、塩冶興久の乱の再来だ。あの時は大内が経久様の側に付いたから尼子が滅ぶなんてことはなかった。だが、今起こせば確実に毛利元就は漁夫の利を狙って山陰に食手を伸ばすため共倒れは免れない。

 

「ちぇ、つまんねーの。今ならいけるはずだったんだがなぁ」

 

「いけるはずってなんだ。そんなに謀叛して欲しいのかお前は」

 

 昔からこいつはいちいち俺に謀叛を煽ってくる。どうせ愉快犯だとは思うが、この際聞いておこうと思った。

 

「そりゃあ、我慢しているお前を見るのが辛いからだよ。いつも暗殺に怯えて、失敗を恐れて。さりとて鹿のためにいい主君になろうと努力する。鹿への恋心も抑え込んでるしな。正直、俺はいつお前に気が休まる時があるのか、と思った。だからだろうな、お前といる時の俺はついついふざけすぎちまうのは。多分、俺といる時ぐらいは頭すっからかんにして楽になって欲しかったんだろうよ」

 

「お前……」

 

「まあ、別段意識してるわけじゃねえからそんな重く受け止めんなよ。……ところで鹿之介は来なかったのか?」

 

「鹿之介と久綱様はもう会った。だが、長くは話せなかったな。かなり遠くに配置換えになったから朝には富田城から出なきゃいけなかった」

 

 手が早いことに義久は俺の大友行きを発表すると同時に久綱様と鹿之介の配置換えを行った。その異動先は因幡の尾高城で、もう一度話すために会いに行こうと思っても大友行きの期日には間に合わない。

 

「なんだよ、くそ。最後ぐらいゆっくり話をさせてあげてもいいだろうに。相変わらず陰湿な野郎だ」

 

「義久が徹底的に嫌がらせに来ているのはすでに知ってるだろう。仕方ない」

 

 憤る兵庫。俺も腹立たしいとは思うが、もう慣れた。能力は凡庸だが、俺に対する嫌がらせに関しては毛利元就に肩を並べられるのが義久だ。予想はできたことだった。

 

「……まあ、いいや。俺はこんな湿っぽいことを長々と話したくてきたわけじゃない」

 

 言うと、兵庫は懐から瓶子を取り出す。栓を外すと日本酒特有のあの匂いが室内に広がった。

 

「なんだ、昼間から酒かよ」

 

「いいだろ? 最後なんだから。考えた結果、やっぱり俺と熊之丞の間にゃ湿っぽいのは似合わねえわ」

 

「仕方ないな。相伴に預かろうか」

 

 兵庫が持ってきた酒を杯に注ぎ、口に含む。

 やはり、いつも通りの出雲の酒だ。甘い飲み口の割には味が重厚で口の中に芳醇な香りが広がってゆく。

 

「へへ、熊之丞も不幸だな。これからはこの酒も気軽には飲めなくなるぞ? 大友には博多があるから手に入るだろうが、他国の物は高くなる」

 

「だろうな。だが、あくまで大名の義弟になるんだ。それを買うぐらいの小遣いはくれるだろ」

 

「そういえばそうだったな。これでお前は貧乏暮らしから脱却か。ああ、ちっと羨ましくなってきたぜ」

 

 くつくつと兵庫は笑う。

 だが、本当に愉快で笑っているわけではないことは一目でわかる。こいつは多分最後まで泣かず恨まず楽しもうとしているのだろう。

 

「まあ、あれだ。そしたら豊後の酒をお前らに送ってやるよ。他国の酒なんてお前にゃ高くて飲めないだろうからな」

 

「ちっ、一本取られたか。楽しみにしてるぜ、綱憲さんよ」

 

 だから、俺も空元気を振りまいておく。兵庫の心意気を無為にしたくはない。

 この後も俺たちは二人で酒を飲んで馬鹿を言い合った。

 だが、何も考えず飲み散らかすというわけにはいかない。なぜならば最後に兵庫に言っておきたいことがあるから。浴びるほど飲むのはそのあとだ。

 そうして、兵庫が本格的に酔い出す一歩手前で俺は話を切り出した。

 

「……なあ、兵庫」

 

「なんだよ」

 

「鹿之介を、頼む。出雲に俺がいないとあらば、もうお前ぐらいしか頼める奴がいない。義久から、毛利からあいつを守ってやってくれ」

 

 出雲に俺がいなければ、鹿之介の運命を動かせやしないことはわかってる。ならば、せめてあいつが満足するまで思い思いに動いてもらう方がいいように思えてきた。

 しかし、それまでに義久に手籠めにされたり、毛利との戦で命を落としたら元も子もない。

 未来も教えてないのに無茶苦茶なこと頼んでるのはわかってるけども、それでも頼まずにはいられなかった。

 

「まあ、お前の頼みだ。鹿を守ってやんよ」

 

 でも、そんな困難な俺の頼みを兵庫はニカッと笑って快諾してくれた。

 

「ああ、安心した……」

 

 安堵のあまり今の俺はかなりふやけた顔をしていることだろう。

 きっと兵庫ならば、俺の代わりに鹿之介と共に戦ってくれる。彼女が行く道を支えられるはずだ。

 

「あ、そうだ。俺も一つ頼んでいいか?」

 

 そう安心して酒を飲もうとした矢先、今度は兵庫が切り出してきた。

 

「いいけど、俺に出来ることはそんなにないぞ」

 

「いや、お前にしか出来ないことだ」

 

 兵庫らしくないことにやけにもったいぶる。兵庫もまた重大なことを頼もうとしていることはすぐにわかった。

 

「なあ、熊之丞。お前の口ぶりからすれば、近いうちに尼子は滅ぶんだろ? そしたら、俺たちは路頭に迷うことになる。その時は熊之丞。お前が助けてくれ」

 

「それは尼子が滅んだ後、大友に行くってことか?」

 

「ああ、そうだ。今、尼子は大友とのツテを繋いだ。そしてそれをしっかり確保するのはお前しか出来ないことだ。俺もお前や鹿と楽しく暮らしたい。鹿は俺が守ってやる。だから代わりにお前は居場所を作ってくれ。俺はこの別れを永遠にはしたくはないんだ」

 

 鹿之介たちと豊後で暮らす。これはかなり魅力的な案に思える。だが、いくつか問題もあった。

 まず、鹿之介はそれに同意するか。次に俺の派閥といっても久綱様、鹿之介といった最古参から降露坂の戦いで親しくなった石見の豪族まで入る。それをどこまで引き受けるかは定まっていない。最後に山陰から大挙してくる外様武将を大友義鎮ならびにその家臣団が受け入れてくれるか、またその外様が俺の元に結集して派閥を再構成することを許してくれるか。

 さらっと考えただけなのに大きな妨げになりそうなことが三つも出てくる。実現させるとなるとかなり大変そうだ。

 

「わかったよ兵庫。頑張ってみる」

 

 しかし、それでも俺は力強く首を縦に振っていた。

 




一瞬、鹿之介と一緒に脱出も考えたけど、ビジョンがいまいち浮かばなかった。なら別れのシーンをと思ったけど、今度は筆が暴走した。なので、期待してくれた人には悪いんですが、鹿之介たちは地の文で済ませました。
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