西国転生   作:tacck

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第十一話 大友義鎮と小早川隆景の分け目

 

大友家が塩谷綱憲を義弟として帷幕に加えてから一月ほどが過ぎた頃のこと。

 義鎮は大友館に諸将を集めて通算四度目の門司城攻撃を宣言していた。

 

「やはり、門司城は捨て置けない。毛利を追い払って博多を守るよ」

 

 世間の評で言えば大友義鎮は決して勇敢な将ではない。それどころか修羅の国九州には不釣り合いなほど臆病だとされている。

 そんな義鎮がなぜこうも謀神と名高き毛利元就に立ち向かえるのか。

 自身を守るため。確かにそうだ。

 南蛮好きの義鎮にとって博多を取られるのがつらいか。それもある。

 だが、それ以上に、

 

(私は許せなかった。塩乙丸を殺した毛利家に。それだけに飽き足らず、博多まで盗ろうとしている毛利家を私は許せなかった)

 

 義鎮にとって博多は特別な場所だった。

 豊後と南蛮を繋げる地。

 義鎮がかつて尊敬した偉大な人が彷徨った海は博多と繋がっている。

 つまり、博多を失うことは彼との繋がりが断たれることと同義なのだ。

 

田原(たわら)親賢は国東半島を富来(とみく)、国見周りで進軍。田北鑑生(たきたあきなり)と紹鉄は戸次鑑連(べっきあきつら)と共に立石から行軍し香春岳(かわらだけ)城を攻略して。兵の数は親賢と鑑連は二千。田北家は千を率いて」

 

 義鎮の下知に諸将は従う。文句を言う将などこの場に一人もいない。なぜなら彼らは知っていたからだ。

 日頃の義鎮は南蛮狂いで傾奇者、さらには父殺しと弟殺しの嫌疑がかかっているなんとも信用し難い姫武将だが、こと戦意を出した時は別で北九州六カ国の女王を冠するに値する才気を発揮することを。

 

「綱憲くん。来たばかりのあなたにはまだ兵は預けられない。けれど、私の隣で戦を見ていて欲しいの。しっかりと大友の戦ぶりを学んで欲しい。なぜなら自ら望まなくてもあなたにはいつかは戦わなければならない時が訪れるから。だからせめてその時までに力をつけて」

 

 綱憲もまた何も言えなかった。

 新参者ということがあるが、それ以上にあまりに義鎮の表情が真剣だったのだ。

 

(やはり六カ国の女王なだけはある。今この時の風格は晴久様とて及ばないだろうな。だが、果たしてこれが義鎮様の本質か?)

 

 内心で綱憲は感嘆するが、同時に疑ってもいた。

 今の綱憲はただひたすらに義鎮を見極めようとしているのだ。かつての綱憲ならば今の時点で満足して頷いただろうが、今はまだ頷けない。

 何しろ仲間達との居場所を再構築しようしているのだ、綱憲に手を抜くという発想など起こるわけがなかった。

 

 **********

 

 香春岳城は豊前の山側、現在の日田彦山線沿線にある城で豊前と豊後を繋ぐ主要な街道を抑える位置にある城だ。

 義鎮様はこの香春岳城を攻略すると、豊後からさらに兵を集めて大友軍の総数は一万五千に至った。

 

「綱憲くん。今回で私は門司城での戦いを終わらせるつもりだよ」

 

 香春岳城の本丸屋敷にて義鎮様は言う。

 確かに今回の戦いの義鎮様の力の入れようは違うように思う。これまで門司城の戦いは三度行われていた。だが、万を超えるような大軍が出てきたのは一回目の戦いのみだった。

 

「だが、数を揃えたからといってそれだけで毛利に勝つのは難しいと思います。村上水軍が補給を担当してもいますし」

 

 主な戦場が山陰だったから瀬戸内能島(のしま)を根拠地とする村上水軍と鉾を交えることはなかった。だが、下手な小大名より強力な勢力を持っていることは聞いている。

 

「それは分かってるよ。けど、大丈夫。一つ考えてることがあるから」

 

「考えていることですか……」

 

「うん。でも教えてあげない。別に綱憲くんを疑っているわけじゃないけど切り札は最後まで隠しておくものでしょ?」

 

 こうまで言われてしまえば、追及はできない。

 だが、予想はできる。確か大友宗麟には一度どの城かは忘れたが、南蛮船からの艦砲射撃をしたという逸話があった。門司城ならば博多から近いからそれをやるには御誂え向きだろう。

 

 それから数日後。

 大友軍は北上を開始した。

 無論、門司城にたどり着かせまいといくばくかの豊前の毛利方の国人が立ちはだかったが、大友軍はそれを容易く打ち破って門司にたどり着いた。

 俺と勝久は少しでも多くの情報を汲み取るために門司城南に位置する清滝の丘にいる。ここは大友軍の前線から一歩引いたところにあり、ある程度の安全を確保しながらも門司城を見渡せる好立地だった。

 

「大友軍が包囲をしているな。数は十分。門司の城主が毛利の誰かは知らないが、陥落を免れるのは厳しいだろう」

 

「しかし、関門海峡を挟んだ下関にはすでに小早川隆景の一万が到着しています。戦況はまだ彼女の動き次第で変わります」

 

「ああ」

 

 勝久の返答に頷きを返す。

 最近、勝久の成長は著しくなっている。

 このままいけば、再興軍の大将になっても一定の働きは出来るだろう。もっとも、史実と異なり豊後にいるためその役割が勝久に回ってくるかは甚だ疑問ではあるが。

 

「この戦いの大友方の焦点はどう門司城を片付けて小早川隆景と対峙するか、だな。とはいえ、相手は山陽屈指の知将。下手な手は命取りになる」

 

 俺がそう言っている間に清滝の北西、門司城から見れば西の方角から天をつんざく音が聞こえてくる。

 丘を西に向かい、別のひらけた場所から眼下を眺めるとそこには船団があった。

 とはいえ、日本にある小早や関船などではない。漆黒に塗られたガレオン船、つまりは南蛮商人らの船団だった。

 

「やはり大筒(おおづつ)か……」

 

 悪くはないと思う。

 確か大阪冬の陣の和議の理由が大坂城の本丸に徳川方が放った砲弾が命中し、淀殿が恐怖を覚えたからだった。それにこの年代じゃまだ大筒を知っている人物はそうはいないから相手の恐怖心を一層煽れることだろう。

 

 ********************

 

「あれはなんだ。武吉」

 

 関門海峡東部の海上に浮かぶ村上水軍の旗艦の甲板で小早川隆景は傍に立つ水軍大将の村上武吉(たけよし)に問いかけていた。

 

「お嬢。あれは南蛮の大筒だ。船を見る限りどうやら大友のお嬢ちゃんは南蛮商人を参戦させたらしい。元就の野郎は舐めていたが、存外やるもんだ」

 

「しかし、なぜ商人が大筒を持っているのだ?」

 

「世界を半周するとなれば、海賊などいくらでも遭うだろう。武装しなければ、あいつらは日ノ本には来られない」

 

「そうか。しかし、他国を日ノ本の武士の合戦に用いるとは……。よもや大友の姫は後を考えていないのか。豊後や博多を見返りに奪われるとは考えなかったのだろうか。軒先を貸せば、いつかは母屋を乗っ取られかねない」

 

 毛利家は南蛮からもたらされる物を受け入れはするが、キリスト教についてはその限りではなく、厳島神社を信奉している建前上、大々的に布教を許すことはできない。

 そのためか毛利家は南蛮との交易において大友家に遅れをとっており、この遅れを打開するために博多を狙っていた。

 

「ともあれ、南蛮の介入を抑えなければならない。あの船団の船長に書状で理を説き撤退させる」

 

「書状で伝わるか? 日ノ本語を話せる南蛮人はいるが、だいたいは簡単なことしか喋れない。必ずしも意味が伝わるとは限らない」

 

「ならば、怖いが私が行こう。日ノ本の未来に関わる重大事だ。直接書状を手渡せばいい」

 

 そう、隆景は言うものの脚が震えている。

 すると隣の船から一人の男が隆景の横へと歩み寄ってくる。

 毛利家嫡男、毛利隆元。隆景の兄だった。

 

「親父どのの命で増援を率いて来た。とはいえ、合戦では俺は役に立てない。南蛮船への使者も俺が務めよう」

 

「兄者、ダメだ。危険だ!」

 

「たまには素直に兄貴に甘えろ。なに、南蛮人とて人間。言葉が通じなかったとしても思いは伝えられるさ。南蛮船さえ引かせれば、大友水軍は容易く破れる上に統率が取れていない大友軍を追い散らすことができる。……あの娘のきょうだいはもういない。一度崩れれば、もう立て直しは効かないはずだ」

 

 言いつつも隆元は心にかすかな疼痛を覚えた。

 大友義鎮の最後の弟……塩乙丸を討ったのは毛利家だ。彼は防長経略の最後まで抵抗し、毛利家に捕らえられると博多との交換で生き延びられるにも関わらず「姉上の枷になりたくない」と言って自害したのだ。

 

「……兄者。また大友晴英のことを考えていたのか」

 

「ああ、隆景には隠せないか」

 

「……私とて、大友晴英のことは痛ましく思っている。そして、もしもその敵討ちのために大友の姫自身が前線に出てくれば、戦うことを躊躇するだろう。だが、それはありえない。彼女は生まれつき繊細な性格で戦場の緊張感には耐えられないのだという。元来は戦を好まない姫なのだ……」

 

 隆元と同様に隆景も大友家に対して一種の罪悪感を抱いていた。とくに義鎮には苦行を強いている側でありながら哀れだと感じていたのだ。

 

「隆景。お前の敵将でも慮るその優しさは美点だと思う。しかし、戦場ではそれは甘さとなり、ともすれば隙になる。お兄ちゃんは少し心配だな」

 

「や、優しくなんかないっ。 私は冷血の将なの! わかったらもう行ってよ!」

 

 かくして、毛利軍は南蛮船の船長と交渉を行って船団を撤退させた。

 大筒を失えば大友水軍はそこらにいる有象無象と変わらない。瞬く間に村上水軍に蹴散らされ、毛利軍の九州上陸を許した。その際に隆景は勇気を奮って門司城に乗り込み自ら采配を振るったため、毛利勢の士気は天を衝くように高い。

 

「姫様、援軍を。本隊の兵を率いて門司城へ。包囲軍は相手の気に押されて弱っておりまする。もはや、姫様しか立て直せる者はいないのです」

 

 一方、大友軍の士気は減退していた。前線には戸次鑑連という九州最高峰の闘将がいるが、それでも戦国大名というよりは豪族連合の趣が強い大友家では兵を縦横に動かせるほどの指揮権はない。

 それゆえに、どうしても連合の盟主である義鎮の出陣が必要だった。

 しかし、

 

「……わかってる。わかってるけど、恐ろしくてたまらないの……!」

 

 義鎮の顔は蒼白になっていた。身体も震えてしまっている。

 それを見て進言した伝騎は内心で絶望した。

 戦意のある義鎮は英邁な君主である。しかし伝騎はまた知っていたのだ。

 戦意が砕けた義鎮ほど頼り甲斐のない君主はいない、と。

 

「まだ、策はあるの。だから、もう少し待って……」

 

 半ば懇願するかのように義鎮は伝騎に伝える。

 戦意が砕けていても義鎮の聡明さは健在であることもまた知っていた伝騎は渋々頷いた。

 

「狼煙を上げよ。内応を装って大友軍を引きつける」

 

 だが、そのなけなしの策も隆景には看破されていた。前線にいれば義鎮はその不自然さを気づけただろうが、離れた地で緊張感に呑まれていれば無理な話である。

 引きつけられた大友軍は毛利軍に後背から挟撃されて壊乱。

 戦の趨勢が完全に毛利に定まった瞬間だった。

 




ようやく原作と接触(過去編だけど)。
オリ主たる綱憲の腕の振るいどころです(まだ権力ないけど)。
……綱憲っていつになれば、憂いなくフルに戦えるんだろ……。
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