西国転生   作:tacck

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「運命と意志とのせめぎ合い。
これがこの世界の理です」

〜織田信奈の野望全国版第14巻140ページより〜

……本編に入れる機会を作れなかった。




第十三話 大友義鎮の本質

 大友軍、門司にて大敗。

 この報は合戦の当事者である大友と毛利の被官のみならず西国全てに瞬く間に広まっていた。

 片や新たな山陽の覇者。片や時流を制し北九州六ヶ国に覇を唱える超大国。この両家の対決は天下の耳目をひかずにいられなかった。

 

「大友義鎮が破れたか。やはり文弱の徒といったところよな」

 

 肥前国佐賀城にて件の報を耳にした男は冷ややかに笑う。

 直垂を着ていてもわかるほど盛り上がった筋肉に常人と比して頭二つは抜けた巨躯。

 容貌魁偉という四字熟語が似合うこの男こそが肥前最大最強の国人・龍造寺隆信(りゅうぞうじたかのぶ)であった。

 

「大友の圧迫が此度を機に弱まれば、それに頼る神代勝利(くましろかつとし)も一挙に叩けよう。まずは北肥前の統一。これを為さねば始まらぬ」

 

 隆信の笑みが嘲りから獰猛なものへと変わる。

 一応、この男も義鎮に服する国人の一人ではあるが、決して義鎮を主君としては認めていない。むしろ討ち滅ぼすことを望んでいた。

 

「大友義鎮……! 親兄弟を躊躇いなく殺す魔女めが……! 他の修羅は許しても此奴だけは見逃せぬ。如何に九州が屍山血河の土地だとしても、兄弟を守ろうとしない姉に生きる値打ちなどない!」

 

 義鎮の経歴を思い返すうちに隆信の拳は強く握られ、鍛えられた筋肉が分厚く膨らんでいく。

 こうも隆信が義鎮を嫌う理由はこれまでの龍造寺家の歩みにある。

 かつて龍造寺家は旧家である少弐(しょうに)家の家臣・馬場頼周(よりちか)によって一族を悉く謀殺されて筑後柳川城主・蒲池鑑盛のもとへ亡命したことがある。

 あわや滅亡の危機であったが、隆信の曽祖父・龍造寺家兼が蒲池(かまち)家の力を借りつつ奮起して頼周を討ち取り、どうにか龍造寺家は存続した。

 当時の隆信は元服前だったが、この一連の争乱の影響は大きく、主家や忠義といった概念を一切信用できなくなった。

 端的に言えば、一族以外誰も信じられない猜疑的な武将へと成長を遂げた。

 だからこそ、隆信は一族を悉く戦に用いて討ち死にさせ続ける義鎮を許せなかった。

 

「けれど、お兄さま。大友の支援がなくとも神代勝利は手強い。このまま山深い彼の領地に攻め込むのは危険よ。何かしらの策は講じる必要があるわ」

 

 隆信の傍に立つ華奢な姫武将が鍋島直茂である。巨躯を誇る隆信とは対照的な容姿だが、これでも隆信の『妹』であり、とりわけ彼の寵愛を受けていた家臣であった。

 

「妹よ。懸念はないぞ。すでに策は考えてある。これを見よ」

 

 言うと、隆信は懐から一通の書状を取り出す。その文頭には豪壮な字で『挑戦状』と書かれていた。

 

「真っ当な修羅ならばこれには応じまい。だが、勝利だけは別よ。彼奴は格別な修羅。挑戦状に応じて平野に下りてくるはずだ。妹よ、これなら問題なかろう?」

 

「ふふ、そうね。神代勝利なら受けるに違いないわ」

 

 隆信のそれは策というにはあまりにあからさまに過ぎるが、直茂は苦笑いをしながら頷いていた。

 神代勝利は龍造寺家の宿敵とも言える存在である。無論、隆信と何度も戦ってきた以上、名将であることは疑いようもない。だが、どこか浮世離れしたところがあり、その在り方はさながら三国志演義や水滸伝の豪傑好漢のようだった。

 

「それでは妹よ、軍備を頼む。此度の戦は東肥前統一の最後の仕上げ。仕損じるわけにはいかぬ」

 

 豊雲芸三国にて大国が覇を競っている間に西の肥前ではかくの如く新たな勢力が拡大を進めている。

 今はまだ局所的な流れに過ぎないが、いつしか九州全体を飲み込む大河にならんと当人たちは意気込んでいた。

 

 ********************

 

「最近、慌ただしくなってきたな……」

 

 深夜の自室にて俺はひとりごちていた。

 門司城の大敗は大友家をすっかり様変わりさせた。門司の前はなんというか大国の余裕を漂わせていたが、今では動揺していて、豊前方面の情勢に過敏になっている。

 そんな状況だが、俺まで働かされるほどわけではないようで未だに悠々自適なニート生活を送れている。今夜もまた硝子の向こうの月を観ながらひとり酒をしていた。

 一杯呷る。

 豊後の酒は飲み口は甘いが、味はさっぱりとしていて癖がない。これはこれで美味しいのだが、濃い味がする出雲の酒に慣れ親しんできた俺にとっては少し軽く感じた。

 最近つくづく思うことがある。

 俺はやはり義弟であっても結局のところは外様であり、新参であり余所者なのだ。門司城で田北家を助けたが、その場で感謝されこそすれ、家中の輪に入れてもらうには至らなかった。

 

「お屋形様。姫様がお呼びです」

 

 そう、思考の海に落ちていると部屋の外から勝久の声が聞こえた。

 

「わかった。それでどこに向かえばいい?」

 

「姫さまの、寝室です」

 

 今なんと言ったんだ勝久は。寝室? いや、執務室だろ普通に考えて。

 一応、確認のためにもう一度勝久に聞いてみる。

 

「姫様の、寝室です」

 

 しかし、同じ言葉が返ってきた。

 どうやら聞き間違えではないらしい。

 本当に寝室なのか……。なにやらいかがわしいことを考えてしまいがちだが、義鎮様は男嫌いで有名だからそれはない。考えられるのは尼子が毛利と停戦するなりして大友を裏切ったため人質である俺を斬り捨てるといったところか。

 

「お屋形様、やはり戸惑っておられますか」

 

「ああ。呼ばれる気配なんてかけらもなかったからな。だが、行かなきゃ不審に思われる。案内してくれ」

 

「かしこまりました」

 

「あ、その前に水をくれ。流石に酒が入ったまま主君の前に出るわけにはいかない」

 

 酔い覚ましに水を頼み、一気呵成に飲み干す。

 ともあれ、いま流れが変わろうとしていることは明らかだ。判断を誤ってしまわぬよう気をつけねばならない。

 

 *****

 

 道中、刺客に気をつけながら義鎮様の寝室に向かう。

 大友館は広くて未だに構造を把握できていない。そのため、いつどこから刺客が出てくるか分からず、常に剣気を漂わせていたと思う。

 だが、実際は道中何事もなく、寝室にたどり着いた。

 

「塩谷綱憲です。義鎮様、入ってよろしいでしょうか」

 

 ノックして様子を伺う。義鎮様が了承してくれたため、扉を開けて中に入った。

 

「待ってたよ、綱憲くん」

 

 寝室の最奥にある天蓋付きベッドに義鎮様は腰掛けていた。

 格好はネグリジェのため露出度が普段よりも高く、目のやり場に困る。特に豊満な双丘は目に悪い。

 だが、そう気楽に鼻を伸ばせるような状態ではないのは一目見てわかった。

 なぜなら義鎮様の表情が門司の戦いの前に見た時と変わりない真剣なものだったからだ。

 

「俺に何か用ですか。このように寝室に呼ばれるあたり相当重要なことだとお見受け致しますが……」

 

「うん、君に話しておかなければならないことがあるの。長い話になるだろうから、とりあえず座って」

 

 手招きされるがままに義鎮様の隣に腰掛ける。少し手を伸ばせば身体に触れてしまう距離だ。だから鹿之介や勝久とはまた違ったいい香りが鼻孔をくすぐって妙な気分になりそうになる。

 

「前置きはいいよね。だからいきなり本題を言うよ。綱憲くん、わたしは毛利軍と和睦を結ぶことを決めたわ」

 

「なっ……⁉︎」

 

 聞いた瞬間、思わず声をあげてしまった。

 大友軍が劣勢になっていたことは明らかだったし、取る手段としての和睦も想定の範囲内。しかし、分かっているとはいえ実際に聞かされると少々辛いものがあった。

 

「まだ皆には伝えてないけどね。けれど、公方様への書状はすでに認めてる。あとは加判衆と話し合うだけ。内容が内容だから君だけには事前に伝えておくことにしたの」

 

 非難はできない。大友の屋台骨は門司の戦いでかなり揺らいだ。田北家と戸次家はともかく豊前に近い国東の田原氏が甚大な被害を被っている。彼らは豊前方面の主力であったため、その傷が深いうちは合戦の継続は不可能だろう。

 だが、それでも。

 

「その決断、翻意していただくわけにはいきませぬか?」

 

 俺は毛利と戦うのをやめて欲しくはなかった。なにせ足枷がなくなった元就が尼子を攻め立てるのが目に見えている。それにまだ力が蓄えられていないのだ。今のままでは兵庫との約束を果たせない。

 しかし、俺の願いは通らず義鎮様は首を横に振る。

 

「無理だよ。だって怖いもの。私じゃ毛利元就はおろか小早川隆景にもかなわない。それに私には合戦で最前線に立つ勇気がない。だから、もし君が前線で窮地に陥っても私は助けられないよ。それでも君は戦いたいと思う?」

 

「それでもかまいませぬ。今は前のめりに進むしか方法がないために」

 

 義鎮様の問いに迷わず俺は答えていた。

 いや、迷わずというよりは選択肢が存在しなかったといった方が正しい。なにせ今の俺には軍勢も人脈もない。その状況で居場所を作るとなると降りかかって来た戦を徒手空拳でやりきるぐらいしか方法がなかった。

 

「どうして? どうしてそんなに君は戦えるの? それも故郷でもない豊後の地で……! 戦うことが怖くないの⁉︎」

 

「無論、戦うことは恐ろしく感じておりまする。決して死にたいわけでもない」

 

「ならっ!」

 

「しかし、それ以上に俺は臆して戦いをやめることで大事なものを失った挙句、欲しいものも掴めない。そんな事態に陥ることの方が恐ろしく思えるのです」

 

 結局のところ救いも居場所も大事なものも自らの手で守り、掴むべきもので、他人に任せればその一存で容易く失ってしまう。であるならば、自分の血を流して勝ち取るほかない。

 これは俺の二回目の人生で得た教訓だ。

 熊之丞になってから運命であったり、悪意だったり様々なものに振り回されてきた。思い返してみればいつ何時死んでいたかわからないほどだ。

 それほどまでに乱世は激しい流れの渦中にある。

 だが、だからこそ自分で道をしっかりと選び取らなければならない。時代の潮流に流されて打ちつけられて砕けないように自分自身で道を定めるべきだと強く思ったのだ。

 

「……綱憲くんは強いね。けれど、君に戦う理由があるように、私にも戦わない理由があるの。和睦は撤回しない。だってこれ以上、私の運命に他人を巻き込ませたくないから」

 

「運命、ですか」

 

「うん。私は宇佐八幡神に自らの運命を予言されているの。予言の内容は君にも戸次や吉弘にだって教えられない。教えてしまえば、私だけではなくみんなが予言に縛られてしまうから。そうなったら予言の成就を避けることはできない」

 

 そう口にする義鎮様の瞳は不安に揺れている。この時、俺は初めて義鎮様もまた運命と戦っていることを理解した。

 だが、理解こそすれど、俺たちは悲しいほどにすれちがっていた。なにせ鹿之介たちの運命は戦わなければ変えられない。さりとて戦ってしまえば、口ぶりからして義鎮様の運命は回避することができないのだろう。

 だから、どうしても衝突する。

 今晩限りではあるが、柔らかな肌触りのベッドの上は俺の意志と義鎮様の意志がぶつかり合う戦場と化していた。

 

 **********

 

 結局のところ、俺は説得を諦めざるを得なかった。

 だが、ようやく俺は義鎮様の本質を垣間見たように思う。

 派手好きでかぶいた奇矯な少女。……否定はしない。

 聡明で知的好奇心旺盛な君主。……確かにそうだろう。

 しかし、それ以上に義鎮様は本当は穏やかさと熱情を兼ね備え、それでいて優しい少女だった。それこそ自らの運命に他人を巻き込ませまいと自分の中に全てを秘してしまうほどには。

 守ってあげたい、と思った。

 そして同時に強く思った。

 鹿之介といい、義鎮様といい、どうしてこの世界はこんなにも幼気な少女たちに過酷な運命を強いるのだろう、と。

 

 

 




遅れてすいません。
やはり年度初めは忙しすぎました。さらに悪いことに恒常的にやることの総量も増えたので、申し訳ないですがこれからの更新は多分今回と同じぐらいのペースになりそうです。
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