西国転生   作:tacck

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珍しくあんまり暗さがない(多分)


第十五話 山中鹿之介と横道兵庫介の激闘

「尼子勢は亀のように閉じこもっておるな。攻めかかってくれた方が手早く済むゆえ助かるのだがな」

 

 軍配を弄びながら月山富田城の包囲を進める元就はぼやいていた。

 三万五千の兵を率いているといえども後世に日本五大山城の一つに数えられる月山富田城を力攻めすることは難しく、兵糧攻めに徹する他なかった。

 

「すでに尼子の兵站基地となっちょった弓ヶ浜は焼き払ったけえ。あと三ヶ月もあれば尼子も終わり。遮二無二攻めかかるほかないけえ」

 

 元就がぼやくように元春もまた脇差をしごいている。

 まだ城の中には自分に伍する武勇を持つ山中鹿之介がいる。彼女との再戦を考えると身体が沸き立って仕方なかった。

 

「元春どの。こたびはそなたは決して戦陣に出さぬ」

 

 だが、そんな元春の意気に水を差すようなことを元就は言う。元春が血相を変えて問うと、次のような台詞が返ってきた。

 

「確かに鹿之介は雄敵じゃ。討てれば尼子方の士気は下がり、戦況は僅かながらこちらに傾くであろう。しかし、元春どの。万が一の時、隆景どのはどうなる? わしはもう長くはない。そなたは隆景どのを一人にするつもりか」

 

 隆景のことを持ち出されれば、元春とて矛を収めるしかなかった。月山富田城包囲を始めて数ヶ月経っても隆景は隆元の喪失から回復できていなかったのである。

 実のところを言えば、元就と元春とて癒えてはいないが、傷心しきった隆景を守らなければならないという使命感でもって傷の痛みをこらえていた。

 

「しかし、そうじゃな。山中鹿之介を討ち取る。この案自体は悪くないのう。一つ、思いついた」

 

 言うと、元就は小姓に毛利家中に名の知れた武人を集めるように命じた。

 

「おやっさん。もしかして自分以外の豪傑を片っ端から鹿之介にぶつけるつもりじゃろうか?」

 

「左様。元春どのに比べれば此奴らはいくばくか劣る。されど、山中鹿之介に勇ありといえども唐国の呂布ほどではなかろう。立て続けに十人と戦わせれば、一人ぐらいは勝ちをつかむはずじゃ」

 

「おやっさん。それは流石に……」

 

 元春からしてみれば、武人の誇りを逆撫でする策であったが、元就はそんなものを意に介さない。

 かくして、鹿之介のもとへ次の書状が届けられていた。

 

『月山富田城の防備は実に見事。それがし感服致しました。中でも山中鹿之介幸盛どのはそれらを実現する将兵の中核であり、ことさら武勇に優れていると聞き申した。だが、それがしの武も負けてはおりませぬ。なればこそ今一度勝負がしたいと思い、この書状を出させていただきました次第にございまする。

 

 石州無双 品川大膳介勝盛』

 

「どう致しましょうか? 私としては受けて立ちたいのですが」

 

 書状をもらった鹿之介は戸惑っていた。

 なにぶんこの乱世は英雄豪傑の時代といえども一騎討ちになった事例はあまりない。特に送り元の主君がかの謀神・毛利元就である。謀略を疑うのも無理はなかったのである。

 

「行こうぜ、鹿。毛利元就にしてはあんまりに拙すぎる。多分事実だろ。それに篭ってばかりだと士気が落ちる。」

 

「……今、武名を高めれば、然るべき夜襲の際に敵軍をより一層浮足立たせることができるであろう。……そなた一人を矢面に立たせるのは心苦しいが、わしも手の者を辺りに配置するゆえこらえてほしい」

 

 だが、兵庫も久綱も挑戦状を受けることを勧めた。このまま包囲されてばかりでは尼子方の士気が下がる一方であることは両者とも気づいている。少しでも現状を打開する何かを欲していた。

 

「そうですか……」

 

 しばし鹿之介は目を閉じる。とはいえ、迷っているわけではないのは、兵庫たちには分かっている。

 ……鹿之介はただ単に覚悟を決めているだけだと。

 

(それが鹿のいいところで、心配になるとこだ。熊之丞と違って、鹿には自分を守ることへの執着がねえ。いや、正確には武家としてそうであるべき姿を優先してしまうと言った方がいい。だが、それは窮地の時にゃただ死に急ぐ結果となっちまう場合がある。……だというのに俺たちは……!)

 

 託されていながら、分かっていながら鹿之介に頼らざるを得ない今の状況を兵庫は恥じた。

 

「毛利元就の策は恐ろしいですが、私の武勇が役に立てるのであれば。わかりました、行きましょう」

 

 そんな兵庫の内心を知ってか知らずか目を見開き、鹿之介は高らかに宣言する。

 その姿はまさに英雄といって差し支えない。だが、それは友としての視点で見れば、誇らしくあれど同時に痛ましいことであった。

 

 ********************

 

 早朝の富田川の河原に霧が降りている。

 兵たちは川の両岸に留まったままで、中州の中心に立てられた床机には厳しい甲冑に身を固めた大男が座していた。

 

「汝が品川大膳介(だいぜんのすけ)勝盛で相違ないか」

 

「いかにも。そなたこそ山中鹿之介幸盛にあらせられるか」

 

「相違なし」

 

 互いの確認が取れると同時に得物を構える。鹿之介は七尺(210cm)の十文字槍を、勝盛は五尺五寸(165cm)の大太刀を互いに向けた。どちらも一目見て業物とわかる武具であり、観衆の目を賑やかせた。

 

「いざ、尋常に勝負ッ!」

 

 一騎討ちの先手を取ったのは、鹿之介だった。力強く砂利を蹴って勝盛の懐へ近づこうとしている。

 本来なら槍特有の間合いの長さを生かした近中距離戦を鹿之介は挑むのだが、此度ばかりは勝盛と間合いが別段有利になるほどではなく、なおかつ鹿之介の方が膂力で劣るため、機動力で攻め立てようとしていた。

 

「如何にもやりそうな手だ」

 

 だが、それは勝盛には容易く読みとれることで、鹿之介の動きを先読みして行く手を薙ぎ払わんとする。その一振りは実に豪快でここが足軽が入り乱れた乱戦場であれば、たちまち五、六人は真っ二つになっていたことだろう。

 とはいえ、鹿之介が備えをしていないわけはなく、真正面から来る斬撃を槍の穂先で掬い上げて軌道をずらすことで身体への重撃を阻止していた。

 

「っ!」

 

 されど、掬い上げただけでも鹿之介の腕にジンと痺れが生じる。鹿之介は思わず飛び退いてしまった。

 

「ふ、お前のような小娘には我が一太刀は実に重かろう。練達の姫武将といえど、膂力だけは男には勝てん」

 

 それを勝ち誇ったような笑みを浮かべて勝盛は眺めている。

 吉川元春の代役として抜擢された勝盛の面目躍如であった。

 

(なればこそ、こちらも一刺しで仕留めなければなりません。何合も打ち合える相手ではない)

 

 しかし、一度覚悟を決めると再び鹿之介は突進する。その勢いは凄まじく、先程より確実に速い。

 

「ええい、ちょこまかと。我が一刀にて斬り伏せてくれる!」

 

 だが、だからといって対応出来ないほど勝盛の武勇は劣悪ではない。タイミングを合わせて大太刀を大上段に構えた。あとは一息に斬りおろすだけ。

 だが、そううまく事は運ばなかった。

 両者の頭上に血しぶきが飛び、振り下ろされるはずの大太刀は鈍い音を上げて右腕と共に地に落ちた。

 

「なっ……!」

 

 思わず勝盛が驚愕を露わにする。しかし、もう手遅れだった。

 懐に入り込んだ鹿之介は返す刀で勝盛の右脇腹を斬り払うやいなや槍を穂の根元に限りなく近いところに持ち替え、力の限り心の臓を穿ち抜いていた。

 勝盛の巨体が崩折れる様を見て、富田川南岸に四つ目結の旗が高く掲げられる。

 この鮮やかな勝利は萎れていた尼子軍の士気を大いに回復させていた。

 

「やはり、勝盛では不足か。ならば当初の予定通り十の猛者と五十の兵を鹿之介に当てるのじゃ。真っ当にゆけばこれよりはあやつが敵の士気の要となるであろう。しかし、今始末すれば、単なる連中のぬか喜びに終わる。そうなれば後は容易い」

 

 だが、毛利元就はそれをむざむざと許しはしない。

 周囲が歓声と落胆に包まれる中、ただ一人動じずに指示を下し、それを受けた六十の精鋭が鹿之介に殺到する。

 

(やはり、元就の爺は策を仕掛けていたか。けどなッ! そりゃこっちも織り込み済みだッ!)

 

 しかし、富田川の南岸からもそれに倍する百の軍勢が中洲へと駆けて行く。彼らは兵庫と久綱がもしものために伏せてあった私兵たちである。いずれもが尼子家よりかは綱憲に忠誠を誓っており、綱憲と過酷な戦いを共にしたため剽悍だった。

 

「ここで、毛利軍をぶちのめす! 皆、行くぜ!」

 

 兵庫もまた、百の兵と共に精鋭へと斬り込んでいく。鹿之介と比べると一段劣るが、流れを掴んだ今ならば押し負けはせず、容易く蹴散らしていく。

 

「やられたままでは、気に食わん! 我らも行くぞ!」

 

「押し返させるな! 今が好機ぞ、者共行けえ!」

 

 この中洲における精兵のぶつかり合いが戦場の空気を変えた。

 一騎討ちの熱が決戦の機運を高めたのだ。肌でこの変化を感じ取った諸将が自発的に乱戦に参加していく。

 半ば偶発的に起こったこの衝突は一日続き、日が落ちると両軍は消耗に苛まれながらそれぞれ帰陣した。

 

(やや手痛い被害を受けたが、良かろう。これで尼子は攻めることが強ち間違いではないということを知った。……しかし、やり方はそう容易く変えられぬ。場数を踏んでいなければ、なおさらのことだ)

 

 ゆらゆらと騎馬に揺られながら、元就は思案を巡らせる。とはいえ、あまり考えることは多くない。

 

「さて、尼子を葬ったのちは博多か。わしが生きているうちには獲っておきたいのう」

 

 戯けたように言うが、慢心はない。

 最早、元就の目は月山富田城を向いてなどいなかった。

 




にじり寄る絶望感。謀神が表に現れたときには全て終わっていた……(意訳:作者だと頑張っても前後篇ぐらいしか書けない)。
月山富田城の戦いはだいたいこんなイメージで書いてます。
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