西国転生   作:tacck

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みんなの心が叫びたがっているんだ(棒)。
ついでに作者もカッコつけたがっているんだ(棒)



第十六話 山の陰に日は落ちて

「お前ら、正気でそれを申しているのか?」

 

 翌日の月山富田城にて評定を開催した義久は思わず声をあげていた。

 それもそのはず、一夜にして重臣たちの意見が籠城から交戦へと変わっていたのだ。

 

「正気にございます。籠っていても戦況は変わりませぬ。折良く山中殿が士気を戻して下さった。昨日の熱が冷めないうちに攻めねば、なんとします」

 

「左様。偶然に起きた衝突と言えど、毛利にそれなりの被害は与えられた。確実に流れは尼子に来ている」

 

 重臣たちが次々と交戦論を唱える。誰もが何としてでも戦況を覆せるかもしれない機会を逃すまいとしていた。

 

「熱に浮かされたか、抑えよ。余は初めに言わなかったか? 向こうに厭戦気分が蔓延する。あるいは大友が和睦を破るまでは城を出ぬ、と」

 

「今がその厭戦気分が蔓延している時にございます」

 

「たわけが、あれは尼子ではなく鹿之介に向けられている感情だ。今攻めかかれば、それこそ毛利元就の思うつぼ。確実に尼子は滅ぶぞ」

 

 しかし、義久は徹底して守城論を唱え続け、意見を翻すつもりはなかった。義久は博打よりも安定を選んだ。悪い言い方をすれば、変わることを恐れたのだ。

 重臣たちはそれでも交戦を主張したが、結局義久は認可せず評定は終わった。しかし、この義久の意地と恐れが戦況をさらに悪化させることとなる。

 

「な、何だと⁈ あやつら……!」

 

 さらに翌日。義久に更なる悪報が舞い込んだ。

 考えを容れられなかった重臣たちが相次いで毛利に投降したのである。支城の城主ならまだしも、一度は月山富田城と共に尼子を支えると誓って戦い続けてきた彼らが降ったことは義久に強い衝撃を与えた。

 

「何故に余を見限った……! 命惜しさか? それとも過日の腹いせか?……そなたらは余を立てた、綱憲ではなく余を立てた。だというのに半ばにして投げ出すなど無責任ではないか!」

 

 館の中で義久は叫んだ。

 重臣たちはほとんどが出雲閥で綱憲に許容的な石見閥とは異なり保守的であった。だから、晴久以後は嫡流の義久を支えてきた。つまりこの時、義久は支持基盤の大部分を喪失したのである。

 

「亀井様まで投降するとはな……。いよいよ尼子もこれまでか。逃げ出す算段はあることだし、俺もとんずらするか」

 

 一方、兵庫もまたいよいよ富田城からの脱出を考えるようになってきた。尼子家への忠節はあるにはあるが、城を枕に討ち死にするなんて柄でもないため兵庫に罪悪感はあまりない。しかし、一つ問題がある。

 

「鹿と久綱のおっさん、この二人はどう説得すりゃいいんだろうな……」

 

 それは、鹿之介も久綱も義理堅い武将であるということだ。とりわけ久綱は性格に加えて数十年仕えてきたという期間の長さがある。説得が成らねば、尼子滅亡と共に自決しかねない。

 

「まあ、分からなくてもだ。説得はしないといけねえ。まずは鹿之介の部屋に行くとするか」

 

 半ば気乗りしないながらも兵庫は鹿之介の部屋へと足を運んだ。

 しかし、鹿之介の部屋には誰もおらず、閑散とした空気が漂うだけで、近くで通りがかった女中に聞いたところ、彼女が義久のいる本丸館に向かったことを知った。

 

(今、鹿之介を呼び出す意味……。出陣はねえな、昨日あれだけ反対していたから。戦功を賞するにしても俺たちを外す意味がねえ……。まさか、な)

 

 つっと冷や汗が兵庫の背をつたった。

 そして駆けた。

 想定できてしまったのだ。最悪の事態を。

 

 ********************

 

 兵庫が駆け出したのと同刻。

 本丸館にて鹿之介は義久と対面していた。

 

「鹿之介、昨日はようやったな。品川勝盛とその他三人の武者の首は大きい。その報を聞いた時は実に胸がすくような心地であった」

 

 対面に座す義久は実に上機嫌で自ら茶を点てている。

 この茶道は幕府との接待のために身につけた技術であるが、家臣をねぎらうのにも一役買っていた。

 だから、鹿之介は義久から差し出された茶を躊躇いもなく口にしてしまう。

 

(なっ、これは⁉︎)

 

 口にした瞬間、鹿之介は茶碗を取り落としていた。

 その後、強いしびれと熱が鹿之介を襲う。

 

「あ、あ、あ…………」

 

 最早、正座を維持できず、鹿之介は両手をついて崩れ落ちてしまった。

 それを見て、義久は怪しげな笑みを浮かべる。

 

「ははは、流石は鉢屋衆の作った薬よ。鹿之介のような女傑であっても腰砕けになるか!」

 

 笑いながら、義久は鹿之介を押し倒す。抗おうとしても薬のせいで鹿之介には力が入らない。身体のしびれと込み上げてくる火照りが邪魔をした。

 

「殿は、私を犯すおつもりですか……?」

 

 このように身体を上気させ、声を震わせながらも問うことしか今の鹿之介には出来ない。しかし、その姿がさらに義久の劣情を煽った。

 

「ふふ、生娘であっても流石に分かるか。……そうだ、これより余はお前を犯す。犯して犯して犯しつくす。余の欲求のままにな」

 

「……それは、熊之丞への当てつけですか?」

 

「……ああ、それは多分に含まれている。奴は俺が求めていたものを全て持っていた。だが、それに価値を見出さなかった。しかし、それは俺としては自分の大事なものを大したことがない、と言われているようにしか思えなかった。ゆえに俺も奴の大事なものを踏みにじる。それで奴に一矢を報いようと思う」

 

「だからといって、ここまで非道な真似を……! あなたには恥はないのですか!」

 

「ない。すでに俺の顔には泥が塗られている。なにせ尼子はじきに滅ぶのだからな。ならば、やりたいようにやるまで」

 

 言い切ると、義久は鹿之介の着物をひん剥き、白磁のような肌を露わにさせる。火照った身体に涼風が当たり、思わず鹿之介は身震いしてしまった。

 

「とはいえ、存外時間はない。さっさと始めるか」

 

「っ!」

 

 思わず目を閉じる。

 迫り来る義久にはえも言われぬ狂気と憎悪が漂っている。さまざまな負の感情が綯い交ぜになったそれに鹿之介はこの時猛烈な恐怖を覚えていた。

 

(怖い、助けて……)

 

 そうして脳裏によぎるのは、いつも困ったような表情を浮かべながら頭を掻く黒髪の青年。

 逆境の中にありながらも、折れずに戦い続けるその背中。

 されど、彼はここにはいない。西の彼方へと目の前の男によって追いやられてしまった。

 しかし、それでもその名を呼ばずにはいられなかった。

 

「……熊丸……! 熊之丞!」

 

 その時だった。

 襖が吹き飛ばされ、一人の青年が義久に躍り掛かったのは。

 

「やっぱしか! だが、やらせはしねえ! あいつのためにもなッ!」

 

 兵庫だった。

 決して熊之丞ではない。しかし、彼がその身に抱えていた全てを託された男であった。

 兵庫は義久を殴り飛ばし、鹿之介から引き離すと彼女を担いで駆け出した。

 

「鹿! このまま逃げるぞ!」

 

「に、逃げると言ってもどこへ逃げるのですか! 城内はすぐに見つかりますし、外は毛利軍に囲まれているんですよ!」

 

「熊之丞の屋敷だ! あいつの屋敷には壕が掘ってある。それも富田川の近くまでな! 夜まで壕で待てば夜陰に紛れて逃げ出せる!」

 

 追っ手を撒こうと兵庫は必死に走る。

 だが、義久は何故か追っ手を放とうとはしなかった。

 

「……僅かに残った権勢を用いても、俺は最後の願いすら叶えられないか……。もはやこれまで。後はなるがままに任せるとしよう」

 

 それどころか痛む頬をさすりながらぼんやりと義久は虚空を眺めて呟くばかりであった。

 

 この日から四日後。

 義久は元就に降伏する。

 長きに渡る月山富田城の戦いは終結し、尼子家は滅亡した。

 毛利軍が警戒する中、開城した月山富田城から最後まで篭っていた将兵が列をなして下っていく。

 その数はかつて陰陽八カ国の太守だった家にしてはあまりに少なく、ある程度の身分で残っているのは当主の義久とその一族を除けば極僅かしかおらず、殆どが毛利に降るか戦の最中に死亡していた。

 だが、そんな中で横道兵庫介秀綱、山中鹿之介、立原久綱。この三者の行方は何一つとして分からず、毛利軍は目を皿にして捜索を続けている。

 

「よもや、身一つでこの城を見上げることになるとは……。元服した時には及びもつきませんでした」

 

 開城の翌日。富田川原にて宇山久兼は月山富田城を見上げていた。

 戦後、元就は義久一族を安芸に幽閉。その他の将は放逐した。こうして生まれた多くの尼子浪人のほとんどは尼子旧領に留まり、ごく一部は綱憲の縁を頼って豊後へと流れた。

 しかし、宇山久兼はどちらも選ばなかった。

 

(わたしには、咎がある。主の苦しみを知っておきながら、ついには支え切れず錯乱させてしまったことだ)

 

 家老の中でも久兼は小身の部類に入る。家柄は問題ないが、それでも本来は大友家との同盟を任されるほどの重鎮にはなれなかった。なれているのは、義久が幼い頃から博役を務めていたからである。

 だから、義久がどれだけ綱憲との格差に苦しめられたか知っている。

 

(主は誰よりも誰かに認められたかった。周りが蔑みながらも綱憲殿を褒める一方で、主は持ち上げられていながらもけなされていた)

 

 絶えず義久は格差に苦しめられた。ゆえに、なるべく比べられないために必ず綱憲とは違う方策を用いた。しかし、綱憲は王道を志望していたため、義久はやむなく覇道を用いるしかなかった。

 

(しかし、主は覇王の器ではなく、それを演じるために多くの労力を払った。元来は小心者であるということをひた隠しにして……)

 

 思えば、覇道を歩むのを力づくで止めた方が良かったのかもしれない。あるいは、君主の才とは如何に人を使うか、と説いて綱憲との関係を改善させた方が良かったのかもしれない。

 今になって久兼の心に後悔が次々とあふれ出して来る。

 厳しいことを言えば、久兼は優しさと甘さを履き違えていた。主君と家臣としての役割を果たすよりも身内として義久と接していた節がある。久兼自身は決して露骨に公私混同をするような性格ではないが、心情的には義久に傾いていた。

 

(私は家臣としては失格だった。しかし、心だけは義久様に捧げてしまっていて、今更他の君主……尼子一族であっても仕える気にはなれない)

 

 懐から久兼は瓢箪(ひょうたん)猪口(ちょこ)を取り出し、並々と酒を注いだ。だが、この酒はただの酒ではない。一口飲めば昏倒する猛毒が含まれていた。

 

「我が様を 笑わば笑え (ともがら)よ かくなりけるも 友を忘れじ」

 

 しかし、久兼は辞世の句を吟じたのちためらいもなくそれを口に含んだ。

 宇山久兼。家中の誰もが尼子義久を見限る中、最後まで彼を見守った男は実に従容とした態度で死を受け入れた。

 




辞世の句の解説、現代語訳。
裏切った者共よ、私を笑いたければ笑うといい。このような状況に陥っても主君への友誼を忘れられないこの私を。

……なんか後半過装飾な気がしますが、それはただ単に尼子家を無様なだけで終わらせたくなかったからです。ややくどいかもしれませんが、これで勘弁してください。

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