西国転生   作:tacck

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九州綱憲ニート説。


第十七話 龍造寺隆信の果断

 

 大友・毛利の和睦が成立して半年が経った頃。

 突如、義鎮様の下知が発されて評定が開かれていた。

 

「みんな、集まってくれたね。今回は龍造寺隆信を攻めるか決めるために呼んだけど、異存のある人はいる?」

 

 義鎮様が訊ねるが、首を横に振る者も否やを唱える者もいない。いよいよ肥前統一に指をかけた龍造寺隆信を放置してはならない。これが重臣たちの総意で俺も納得している。

 

「異存はありませぬ。ですが、時期に合っているとは思いますが、何故攻めようと思われたのか理由をお聞かせ願えますか?」

 

 発言したのは吉弘鑑理(あきまさ)殿。鎮理殿の父にして知勇兼備の将として知られている大友家屈指の重臣である。また肥前方面の担当でもあった。

 

「きっかけはあるよ。来て」

 

 義鎮様に促されて、評定の間に一人の男が入ってくる。その男を見て吉弘様は思わず声を上げた。

 

「神代殿⁈ 何故豊後にいるのですか、確かあなたは河上の戦いで敗れて行方不明だったはずでは……」

 

「ああ、確かに負けたさ。それもかなり手酷くな。だが、諦めがつかなんだ」

 

 からりと神代殿は笑って経緯を説明する。どうやら龍造寺隆信に敗れたあと松浦水軍を頼って九州沿岸を内回りに辿って府内にたどり着いたらしい。

 

「今回の戦の目的は神代勝利の復帰と龍造寺隆信への牽制。この二つだよ。毛利元就が尼子家を滅ぼした以上、私と和睦を続ける理由はないよね。近いうち必ず戦になると思う。その時、邪魔をされたくはないよね?」

 

 諸将は一斉に頷き、編成へと議題が変わる。

 肥前方分である吉弘軍は確定したが、それではまだ足りず、もう一人重臣の参加が必要だった。

 

「戸次殿、出てはくださらぬか。龍造寺には勇将が多い。私にはいささか手に余りまする」

 

「しかし、臼杵殿。わしの兵は門司でかなり疲弊しておる。連戦は流石に厳しい」

 

 だが、それが中々決まらない。なまじ重臣の力が強いために何かを決するにしても利害調整が必要だった。その調整が門司の大敗を引きずっているためうまくいかないのである。

 とはいえ、私兵を持たない俺では口を挟めない。仕方なしに議論を眺めていると臼杵様がとんでもないことを言ってきた。

 

「どうやら真っ当に一軍を派遣するのは難しいようです。ですので、諸将から兵を出し合って補うべきかと」

 

「その案はいいが、誰が指揮を執る? 混成軍は脆い。才覚は無論、公平を期した人事をするべきであろう」

 

「塩谷綱憲殿が良いかと思います」

 

 吉弘様の問いに臼杵様は至って冷静に答えていた。

 

「綱憲殿か、悪くはない。雲州での経歴もさることながら門司でのあの知略。才覚に関しては不足はなかろう」

 

「豊後に来て一年も経っていないためか未だ誰かと特別親しいとは聞いていない。公平さも保てますな。少なくとも私は賛成致しましょう」

 

 他の重臣らも臼杵様に同調する。場が確実に俺がやる流れになっている。ようやく表立って軍功を上げられそうな機会が巡ってきたらしい。

 

「ダメだよ。綱憲くんを使うのはダメ。私は戸次が出た方がいいと思う」

 

 しかし、事ここに及んで沈黙を保ってきた義鎮様が口を開いた。

 

「そうだな。親父には悪いが、俺もおやっさんが出た方がいいと思っている。綱憲じゃまだ経験が足りない。南無三だ」

 

 鎮理殿もまた反対の意を示した。

 義鎮様は予言絡みで戦わせたくないのは知っていたが、鎮理殿まで反対をするのは意外だった。

 ただそれでも結局のところ、評定は重臣たちに押し切られて俺が混成軍を率いることになった。

 

 **********

 

「なあ、綱憲。ちょっといいか」

 

 評定のあと廊下を歩いていると鎮理殿に呼び止められていた。

 

「何でしょうか?」

 

「……死ぬなよ」

 

 至極当たり前のことを何を今更と思ったが、鎮理殿の表情はやけに真剣で、表情に出すのはためらわれた。

 

「例え大友全軍が壊滅しても、敵前逃亡を謗られようともお前だけは泥水啜って生きろ。約束だ」

 

 大友全軍が壊滅しても生きろ。

 そんな言葉がのちに岩屋城で身命を賭して島津軍を足止めした高橋紹運(じょううん)から発せられるとは思いもよらなかった。てっきり自分と同じように全てを大友に捧げろと言われるものだと思っていた。

 

「何を泡を食ったような顔をしている。意味がない死は避けて当然だろうが」

 

 だが、この言葉で分かった気がする。おそらく未来の紹運……鎮理殿はあの玉砕に意味を見出したのだろう。それは豊臣の援軍を待ち主家の命脈をつなぐため、或いは斜陽の王国の家臣としての意地を島津に示すためだったかもしれない。いずれにせよ意味があると思えたから死をも厭わなかった。

 

「分かっています。それにじきに鹿之介たちがこっちに来ます。再会するまで死ぬつもりは毛頭ありませんよ」

 

「いや、分かってるならいいんだ。悪かったな、突然変なことを言ってよ」

 

 言うと、鎮理殿は戯けた様子で俺の前から去っていった。

 俺になぜ死ぬなと声を掛けたのか。それは単に今が命の使い所ではないからだろう。しかし、何故こうも鎮理殿が自分を気にかけてくれるのかはわからない。現状一番俺の事情を知っているのが鎮理殿だが、それにしてはやけに入れ込んでいるように思える。

 義鎮様に戦わない理由があったように、もしかしたら鎮理殿にも未だ明かされていない俺に死んでもらいたくない理由があるのかもしれない。

 まあ、理由がなんであれそれでも俺は戦い続けるしかない。

 そうでなくては、居場所を掴めないのだから。

 

 ********************

 

 筑後の平野を八千の軍が悠々と行軍している。

 吉弘鑑理を大将とする龍造寺征討軍は筑後の国人を吸収しながら、佐嘉城へと進軍していた。

 その勢いは凄まじく、肥前東部にて少弐家の残党掃討を行なっていた隆信は直ちに佐嘉城に引き返して防備を固めた。

 

「大友義鎮! またしても余の覇道を遮るか…!」

 

 佐嘉城に戻った隆信が唸る。

 もともと大友家の分国ではないため肥前に大友家が介入することは少ないが、いざ介入するとなると豊筑二カ国を基盤とする数の暴力によって隆信は今まで何度も足踏みを余儀なくされてきた。

 

「お兄さま。敵の編成が分かったわ。吉弘鑑理の五千と塩谷綱憲の混成軍三千よ。明日には肥前に侵入してくる」

 

 淡々と直茂が隆信に告げる。それを聞いて隆信は青筋を立てた。

 

「また、弟を矢面に立たせ自分は安全な場所から使嗾するつもりか。つくづくあの女とは相容れぬ」

 

「塩谷綱憲の実力は侮れないわ。今までの弟たちとは違って前線を任せても問題ないだけの力量はある。ただ……」

 

「ただ?」

 

「今回はその力を十全に発揮することはできない。経歴からして塩谷綱憲は山中鹿之介しかり横道兵庫介しかり猛将を使うことに長けている、いえ慣れているわ。けれど、此度の彼の隊にはそれがいない。普段より軍の質は下回るはずよ」

 

「なるほどな、妹よ。であるから此度は塩谷綱憲から突き崩せと言うのだな」

 

 直茂は頷きを返す。

 

「それに毛利もそろそろ北九州に来るはず。耐えなくてはならない期間はそう長くはないわ」

 

「そうか、早速籠城の準備に取り掛かるぞ。幸い佐嘉城は容易く落ちる城ではない。時間を稼ぐぐらいなら造作もないことよ」

 

 かくして龍造寺軍は防備を固めた。龍造寺四天王に代表される猛者たちがそう決めてかかれば、兵数に差があってもそれを抜くことは容易くない。

 案の定、大友軍は佐嘉城の周りを包囲することしかできなかった。

 

 ********************

 

「龍造寺の居城が佐嘉城でなければ、今頃肥前は姫様のものになっていたであろうな」

 

 目の前にそびえ立つ佐嘉城を見て、此度の大友軍の大将である吉弘様はそう評した。

 城の周囲は筑後川と嘉瀬川の間の湿地帯となっており、大軍の運用を大いに阻害する。大友軍もその例に漏れず、何度か佐嘉城を攻めたが決定的な戦果には至らなかった。

 

「持久戦に持ち込みたいが、それでは毛利の邪魔が入る。綱憲どの、何ぞ良き方策はないものか」

 

 問われて考えてみる。

 佐嘉城を落とすには兵糧攻めが最善だ。だが、今回はそうはいかない。となると手段はかなり限られる。

 

「東西南北から一斉に攻めかかり、龍造寺の手を休ませずそのまま圧倒する……、ですかね。幸い水軍については筑後の田尻家が参戦してくれているため、目処は立つかと」

 

「……綱憲どの。それでは各個撃破されかねないが」

 

 八千を四つに分けて二千。この数だと龍造寺全軍に当たられれば苦しい。吉弘様の言うことも尤もだろう。だが、一応対策も考えてある。

 

「その問題ですが、ある程度は向こうの軍の行動選択を縛れるので深く心配することはないです」

 

「あいや分かった。そこまで言うのなら聞き入れよう。では、小姓に命じて田尻殿を呼ぶゆえ少し待て」

 

 少しすると、田尻殿がやってきた。

 田尻殿が言うには、此度は水軍を使うと思っていなかったためさして用意はなく、一度筑後に戻らなければならないらしい。

 

「わしは別に戻してもいいと思うが、どうであろう」

 

「此度の水軍は非常に重要。戻さない理由はありませぬ」

 

 正直、陸に田尻家を置いてもあまり十分に使えるとは思えない。田尻殿が率いているのは五百人だから一時的に総兵力が抜けてもあまり影響はないだろう。

 かくして、田尻殿は筑後に一時的に戻ることとなった。

 この間やるべきことは水軍が担当する南以外の各軍の再編だ。参戦武将に三軍のどれにつくか伝えて決行の時にすぐに動けるようにしておく。

 だが、なんだろう。

 作業をしながら俺は何かを間違えたような感覚に苛まれていた。

 

 ********************

 

 田尻家が筑後に戻るという報はその日のうちに隆信の耳にも届いていた。

 

「大友軍に動きがありました」

 

 隆信の前に黒装束の男が跪く。鍋島直茂が編成した葉隠(はがくれ)忍軍に彼は所属している。九州では中国ほど隠密の使用が進んでおらず、その分野に先んじた鍋島直茂の独壇場となっていた。

 

「申せ」

 

「各軍散開、それぞれ東北西に分かれ、田尻家が包囲陣から退きました」

 

 葉隠忍軍の報告を聞いて隆信は口の端を釣り上げ、そして高らかに左右の将に命じていた。

 

「天運我にあり、即座に軍をまとめる! 目指すは北!塩谷綱憲よ!」

 

 この迅速な判断こそ龍造寺隆信の有する最大の武器である。命じて一刻も経たないうちに龍造寺軍は北進を開始していた。

 三千の兵が湿地帯を颯爽と駆けていく。進軍に難がある地形であることは前述した。しかし、地の利のある龍造寺軍ならその弊害を最小限に抑えることができる。

 勢いを増しつつ、ついに龍造寺軍は塩谷綱憲率いる混成軍にその牙を立てた。

 

 ********************

 

 陳腐な表現だが、龍造寺軍にぶつかられた時、思い切り身体を横殴りされたような感覚を覚えた。そう錯覚させるほどに龍造寺軍の攻撃は強烈だった。

 悪い予感は当たった。龍造寺隆信は再編が済む前に猛攻をしかけてきたのだ。

 

「俺もやきが回ったか。あるいはらしくもない数的優位に胡座をかいていたのかもしれないな」

 

 本陣で一人自嘲する。

 豊後に来てからというもの、門司を除いては命の危機を感じたことはなかった。そんな穏やかな日々はいつしか俺の牙をにぶらせていたのかもしれない。

 ……いや、そんなことを考えるより目の前の状況の整理が先だ。

 龍造寺軍は南から俺の隊に当たった。今は志賀親次殿が対峙している。若いが彼女の才は一級品で相手が龍造寺隆信とはいえ、鎧袖一触に崩されることはない。

 また、今なら一応、北には逃げれる。佐賀北部山内を旧領にしていた神代勝利殿はまだ健在だからだ。だが、東西との連絡は取れない。

 どう手段を取ったとしても天秤が大いに龍造寺軍に傾いたのは身体で分かった。ならばやるべきことはただ一つ。損害を抑えることだ。すると何を為すべきか必然と答えが出る。

 

「本陣の兵を全てかき集めよ。志賀親次の後詰をする。神代殿にも同じ命を伝えよ」

 

「ふむ……? それでよろしいのですかな?」

 

「ん? 朝倉殿。今俺は何かおかしなことを言ったか?」

 

 朝倉一玄。豊後南部に所領を持ついわゆる南郡衆と呼ばれる豪族の一人だ。智謀に優れているため参軍にしたが、なんとも胡散臭さを禁じ得ない爺さんである。

 

「いや、おかしなことは言っておりませなんだ。むしろ真っ当に過ぎまする」

 

「まあ、予備兵扱いしていた本陣全てで前線の補填だからな。……こう言うということは何か考えついたのか?」

 

「もう少し攻めっ気になるべきかと。……まあ、当初の策が外れたことで気後れするのは分かりますが。一言で言えば、らしくはありませぬなあ」

 

 一々ねっとりとした口調で朝倉殿が言ってくる。能力の割には信用と知名度が低いのがこれで理解できた。これでは旧態依然とした大友家の諸将から敬遠されるわけだ。

 

「……まずは、策を言ってくれ。決めるのはそれからだ」

 

 策を聞いた結果、俺は朝倉殿の考えを容れることにした。悔しいが、こと軍略に限ってはこの爺はただものではない。惜しむらくは関わっているとやや疲れてしまうことだった。

 




鹿之介とかはまだ出さないスタイル。いつ合流させるかが悩みどころです。……今になって思えば、九州の綱憲ガチでニート説が成立するかもしれない(評定では置物、文官仕事なし、出陣門司だけ)。まあ、そうなるようにわざと書いているわけですが。
ともあれ、読んでくださりありがとうございます。何かあればお気軽にどうぞ。
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