西国転生   作:tacck

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今山の戦いのようで今山の戦いではない、いかにもそれらしい戦い(白目)


第十八話 鍋島直茂の知略

 

「くっ! あまりに攻勢が激しすぎる……!」

 

 歯を食いしばりながら、混成軍南面の将・志賀親次は龍造寺軍をさばいていた。

 敵は龍造寺軍三千、対するは大いに崩された塩谷軍二千。もはや親次を抜けるかどうかが勝敗の切所となる。

 

「まさか私がこのような重要な役目を果たすことにはなるとは初めは思わなかったわ……。けれど、今が私の才を見せつける好機。不意にする訳にはいかない……!」

 

 辟易しながらも、親次は奮起する。

 黄金の髪が戦陣になびき、蒼い瞳が敵を射る。

 そんな到底日ノ本の人間とは思えない異相を親次は有していた。それもそのはず、親次は南蛮人との間に生まれた少女である。そのため志賀家から冷遇され、豊後でも指折りの名門出身の姫武将でありながら混成軍に身を投じることとなった。

 

「後一押しで本陣ぞ!圧殺せよ!」

 

 しかし、親次一人が奮戦したとて龍造寺軍全てを止めることは叶わない。堅牢な陣形にも綻びが生じ、親次も斬り合いに参加せざるを得ない状況になっていく。

 

「そこを退け、小娘」

 

 細腕で親次が斬り合いを演じる中、巨大な輿が親次に近づいてくる。

 今の九州で輿に乗って戦う武将など、一人しかいない。

 肥前の熊、龍造寺隆信であった。

 

(大きい、それになんという武威……!)

 

 直で見る隆信に親次は圧倒されていた。

 乗せて走ることができる馬がおらず、輿で移動せざるを得ないほどの巨躯にそれに裏打ちされた百騎を片手間に片付けてしまえそうな膂力。

 

(けれど、それでも引く訳にはいかない。今、この時が私の絶頂。如何なる結末を迎えたとしても志賀の名に懸けて逃げるという恥だけは犯したくはない)

 

 瞬時に覚悟を決めて、親次は腰の刀を抜いた。

 自分の武力が目の前の怪物に届かないことはわかっている。ただ、ついに与えられた見せ場を他の誰にも渡したくはなかった。

 足軽を薙ぎ倒していく隆信の隙を突き、輿まで駆け、担ぎ手を葬る。後は首へ刃を伸ばすだけだが、親次は悟ってしまった。

 

(ダメ、足りない!……もう一手が届かないっ!)

 

 伸ばした刃の先には槍の柄、その上には勝利を確信した獰猛な笑み。

 隆信は親次の太刀を弾くと、返す刀で穂先を胴へとたたき込んでいた。

 激痛に顔を歪ませながら親次の華奢な身体が宙を舞う。当たりどころが良かったのか、傷はさほど大きくはな。しかし、与えられたダメージは深刻で親次は地面に叩きつけられたきり、動きたくとも動けなかった。

 後は隆信が親次の首を取れば、前線は崩壊し勝敗は龍造寺に帰する。

 悠々と輿から降りる隆信。しかし、そこに伝令が現れ、跪いていた。

 

「ご注進!」

 

「なんぞ、今は関わる余裕などないぞ。下らぬ報なら後にせよ」

 

「神代勝利隊八百が我が軍の側面を素通りし南進。佐嘉城へと進軍とのこと! また東の吉弘鑑理隊にも呼応の動き有り!」

 

「……いや、そんなことはあるまい。未だ合戦が始まってから二刻も立っておらぬ。ろくな忍びがいない吉弘などにわかるものか」

 

 だが、隆信は伝令の報告を虚言と見なした。端的に言えば、あまりにタイミングが良すぎたのである。

 

「突然、申し訳ありませぬ。神代勢が南下したためお伝え申し上げました次第にござる」

 

 しかし、その直後に現れた葉隠忍軍の報告を聞いて隆信は信じざるを得なかった。

 このまま行けば、勝利に佐嘉城を抑えられ寄る辺を失う。それでは目の前の塩谷綱憲を粉砕したとしても龍造寺家の滅亡は免れない。また、反転して後背を突かれる恐れもあった。

 

「ぬうっ……大友義鎮に引き続き、神代勝利か……! おのれ、おのれええ!」

 

 隆信は果敢と蛮勇を履き違えるほど愚かではない。

 泣く泣く隆信は塩谷綱憲隊の撃破を諦め、軍を返すことにした。

 だが、それが龍造寺軍の命取りとなった。

 隊列を後方にまとめる間に親次隊の後ろから二百の兵が混成軍の将の一人、城井鎮房(きいしげふさ)に率いられ、反攻を開始したのである。

 

 *****

 

「なんだ、二時間前の焼き直しか?」

 

 未だ残存している国人の一人、城井鎮房に兵の指揮を任せ北方の丘に登り戦場を眺める。

 朝倉殿の策は端的に言えば倍返しだ。さっきこちらが隙を突かれたようにこちらも相手に隙を作って突く腹積もりらしい。

 そして、どうやらそれはうまくハマったようで、城井殿と親次殿が合力して龍造寺軍の後背を食い荒らしている姿は見ていて気持ちいい。

 

「くくく、まんまと嵌りおったわい。行きは良い良い帰りは怖い、暴れただけの対価を払ってもらわねばな」

 

 だが、隣に目を移すとそんな気分は消え失せる。

 眼前のこの絵図を描いたのはこのほくそ笑んでいるジジイだ。こいつ、朝倉一玄は神代勝利が龍造寺軍をすり抜けたという真実と吉弘鑑理が動いたという虚報を同時に流すことで龍造寺隆信を操ったのだ。

 この策のせいで龍造寺隆信は信じて軍を返すか、事実を調べるのに手間取って神代勢に後ろから攻められるといった選択を余儀なくされる。そして、どちらを取ってもこっちには都合がいい。

 まったく本当にえげつなく嫌らしい爺だ。だが、その戦場を支配した手腕は認めざるを得ないだろう。

 結局、志賀殿と城井殿、そしてあらかじめ朝倉殿に言い含められていた神代殿に後から追撃されて龍造寺軍は相当な被害を受けており、戦線は南に押し返せている。

 このままいけば、今回の合戦も何事もなく終わるだろう。

 本陣は最低限の兵を残して前線に送り切ってしまったため、仮に龍造寺側にこれ以上の手立てがあれば危ういが。

 そういえば、今回の合戦ではあまり鍋島直茂の陰を感じなかった。というより所在も分からない。

 ……所在が分からない? 当主の義妹が? 注視されて然るべき九州指折りの知将が?……いや、おかしいだろ。

 そのことに気づいた途端、つっと背筋に寒気が走った。

 

「朝倉殿。本陣を退くぞ。あなたは何人かの護衛を連れて南の前線に合流してほしい」

 

「藪から棒にいきなり何をおっしゃるので? よもや臆されたのですか?」

 

 会って一月と経たないのにひどい言い草である。なまじ一発で考えることを読めるのが腹立つ。さらに、こうまで有能だと手放すのも惜しいため無碍に扱えないのもそれを引き立たせる。

 

「ああ、そうだよ。なんかいきなり命が惜しくなってきた。……だが、勝利も掴む。とは言っても前線をあなたが監督してくれれば十分だが」

 

「そこまで言うのであれば、仕方ありませんなあ。では南に向かいましょうぞ」

 

 めんどくさそうに頷きながらも朝倉殿は俺の案を聞き入れてくれた。その後は勝久を始めとする数人に指示を出し、俺は北へと駆けた。

 

 ********************

 

「本陣を、ひいては合戦に背を向けてよろしかったのですか?」

 

 騎馬に乗り本陣を出でて北上すること一刻。

 そろそろ背振山地に差し掛かろうかというところで勝久が俺に問うてきた。

 

「良くはない。だが、鎮理殿にどうにかして生き延びろと言われててな、あのまま本陣にいてはそれが果たせそうになかった」

 

 答えはするが、肝心なところを言わずにはぐらかす。うまく勝久を納得させられる答えをすぐには考えつかなかったのだから仕方ない。

 なにせ鍋島直茂に意識を向けた時に思い出してしまったのだ。今回の戦いの構図が龍造寺隆信が大友宗麟を散々に打ち破った今山の戦いに似ている、と。だが、それをそのまま伝えてもまだ起きてもいない未来のことであるからさして説得力はない。

 あの戦いでは佐嘉城を包囲している宗麟の弟・大友親貞が鍋島直茂に奇襲されて死に、大友軍は瓦解した。今回、俺は混成軍の大将にして義鎮様の義弟でしかも最前線、討ち死にすればそれこそ大友全軍の危機になるだろう。

 

「……それが事実ならばしばし戻れそうにはないですね。それでお屋形さまはこれからどうするつもりですか?」

 

「しばし神代勝利の旧領に潜伏する。あの辺りは未だ龍造寺に馴染んでいないから都合がいい。下界のほとぼりが冷めれば戻る」

 

 朝倉殿と一緒に南に行けばよかった気がするが、思いつくがままに北へ向かってしまった。だが、あまり深刻な問題にはならないと思う。

 俺の予想では合戦はすぐに終わる。なにせこの一手で鍋島直茂の奇襲は空振りに終わり、龍造寺軍の決め手がなくなるのだから。後は未だ優位な物量で引っ叩けばいい。

 指揮は朝倉殿と親次殿、城井殿の合議で決まり切らなければただちに吉弘様へ指示を仰ぐよう申し下してある。俺がおらずとも軍への悪弊はあまり目立たないだろう。

 会話をやめ、意識を前へと向けた瞬間、本陣の方向から狼煙が上がった。あれは本陣に敵が入ったことを示す合図だ。このタイミングならおそらく鍋島直茂だろう。どうやら俺の予想は間違っていなかったらしい。

 本当は山に逃げたりせずに包囲できれば良かったのだが、兵が足りず高地からそれを眺める他ない。

 なんとも歯がゆい気分に俺は襲われるのだった。

 

 **********

 

 この日の激戦以後、佐嘉城における戦いは大友優位に進んだ。乾坤一擲の攻勢をうまく躱された龍造寺軍は決め手を失い佐嘉城に逼塞する他なく、それを吉弘鑑理が再編した大軍で包囲した。

 龍造寺軍の攻勢にさらされた混成軍の被害は大きかったが、大勢に影響はなく、堅実に敵を追い詰めている。

 しかし、北上した塩谷綱憲の行方だけは杳として知れなかった。

 

(塩谷綱憲……。彼は危険ね。一時は隙を突いて有利になれたけど、すぐに策を読み切られて、いなされてしまった……。策士の天敵と世に謳われるのも頷けるわ)

 

 再びの佐嘉城にて鍋島直茂は思案を重ねていた。

 あの日の強襲は隆信の本隊が敵を引きつけ、直茂が本陣に入り綱憲を討つというものだった。しかし、策の過半は成ったが、肝心の討ち入りになって綱憲は雲隠れし、失敗した。あれほど華麗に策を対処されてしまった経験は直茂にはなく、結果としてなんとも言えない気味の悪さと恐れを綱憲に抱いた。

 

(彼は格下相手に取りこぼさない。さりとて格上に妄りに挑んだりもしない。だから、彼が大友家にいる限り、変動は起こらず、龍造寺家は機会を得られなくなる……)

 

 考えれば考えるほどに暗澹とした思考に落ちていく。それを振り払うべく直茂は小姓に告げた。

 

「葉隠忍軍の長を呼んで。諮るべきことがあるわ」

 

 告げると同時に直茂の隣で寝ていた黒猫が起き上がり、天を仰ぐやいなや「みゃあ」と人間の赤子のような声で鳴いた。

 

 ********************

 

 かくのごとく佐嘉城にて大友軍と龍造寺軍が交戦していた頃。

 芸州・吉田郡山城にて毛利元就は思案していた。

 

「龍造寺の小僧もよく耐える……。だが、そのおかげで体制を整えることができた」

 

 月山富田城の戦い以後、毛利家は雲州の尼子の残党の掃討に終始していた。尼子義久は暗君であったが、雲州における尼子の求心力は未だ根強く、領国を安定させるのに労力を使わざるを得なかったのである。

 

「ついぞ山中鹿之介や立原久綱は見つからなかったが、一揆の根は粗方断ち切った。今こそ九州を、博多を攻めようぞ」

 

 そう言って元就は雲備より西の五国の豪族に動員令をかけると、静かに目を閉じた。

 

(隆元殿はもういない。中央の織田政権も包囲網こそ敷かれておるが、織田信奈のしぶとさは塩谷綱憲にも引けを取らぬゆえ、持ち堪えるであろう。天下の趨勢は定まりつつある。しかし、三代目の輝元殿はまだ幼い……)

 

 隆元の遺児、輝元は凡庸と自虐していた隆元以上に才気がなかった。まだ幼いため断定はできないが、今のところ突出した才幹は見られない。

 そのことが元就の頭を悩ませていた。

 

(もはや、わしの夢は破れた。だが、家族だけは守らねばならぬ。そのためには博多を取り、時流を味方につけ国を富ませ、天下人でさえも配慮を余儀なくさせるほどの国力を手に入れることこそ肝要よ)

 

 だが、それが却って元就が老体に鞭打って動くほどの動機となる。

 今、再び大国同士がぶつからんとしていた。

 




龍造寺側になって考えれば、補給の心配がある状況で勝つためには奇襲しかない→だったら弱いところ、隙を作ったところ=綱憲混成軍を突く→今回の今山擬き。これしか思いつかないってけっこう龍造寺家って追い詰められていたんだなと実感(単に作者の力量がないだけかもしれませんが)。
ともあれ、読んで下さりありがとうございました。
何かあればお気軽にどうぞ。
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