西国転生   作:tacck

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漸くの雷神様のご登板であるッ!


第十九話 戸次鑑連の一閃

 見知らぬ山中を北上する。

 ただ、北へ。ただただ北へ。

 

(やはり、早計だったか……)

 

 もうこの後悔を何度したか分からない。

 一日に百回は確実にしていると思う。

 もはや、山に入ってから何日経ったか覚えていない。そんな些事よりも気にするべきことが多過ぎた。

 

「…………、はあ」

 

 隣を走る勝久の目が死んでいる。

 それもそうか、こんな山中で敵に追い回されながら何日も逃げるなんて最近、初陣したばかりの姫武将が経験するものではない。むしろ、同じく初陣して三年も経っていないのに場数を踏んでいる俺の方が異常だ。

 とはいえ、今回ばかりは俺も少し参りつつある。

 というのも、今俺たちを追いかけ回している葉隠忍軍が相当しつこい上に手練れなのだ。鉢屋衆とは比べ物にならないほどに。

 ついでに数も多い。一日につき十人は斬り捨てているはずなのに、一向に数が尽きる気配がないのだ。

 忍者は現代でいうなら相当な技術職だ。一人育成するにしてもかなり時間と手間がかかるため、一から育てるよりは伊賀や甲賀から借りた方が手っ取り早い。それを数百人規模で動員しているというのが、葉隠忍軍の手強さを感じさせる。流石は九州における先駆者というべきところか。

 

「孫四郎、休みがいるか?」

 

「……欲しいですが、我慢します。追いつかれて囲まれてしまっては元も子もありませんから」

 

「すまないな」

 

 俺たちが走っているのはだいたい斜面だ。出来れば歩きやすい尾根道を行きたいが、そこは土地勘のある向こうにアドバンテージを与えてしまう。だから、疲労が溜まりやすくとも道無き道を行くしかなかった。

 

「感覚的にだが、かなり標高が低くなった気がする。少しすれば下界にも出られる。だから、こらえてくれ」

 

 背振山地の南側は龍造寺領が広がっているが、北側は筑前の国人・原田氏の領地だ。原田氏は比較的大友家とは敵対気味だが、龍造寺家との関係も良くはないため下れれば、危険は大きく減るだろう。

 険路に辟易しながらも進んで行き、ようやく視界が開けてくる。目の前に広がるのは玄界灘。村上水軍とは別の水軍が盤踞し、そして俺が渡って来た海だ。

 

「体感だと二週間ぐらいは山の中にいたか……。だが、ここまでくればさしもの葉隠忍軍とて追っては来ないだろう」

 

 山の中は外界と遮断されていたからはっきりとはわからないが、佐嘉城の戦いは終わっているだろう。二週間もあれば、龍造寺が降伏するなり毛利が動き出すなりなんらかの動きはあった筈だ。

 そんな具合に状況推測をしていると勝久に袖を引かれた。

 

「お屋形様。あちらをご覧ください」

 

 促された方向には原田氏の居城、高祖山城がある。海岸沿いの平地の中にこぶのように突き出ているために一目で分かる。

 しかし、その東麓にちらほら幟が見え隠れしている。遠くて幟がはっきりと見えないが、おそらく原田氏が出陣したか。となると大友と毛利の間で合戦が起きていると考えるべきだらうか。

 しかし、少し時間が経てば、それが間違いだと気づく。

 なぜならば、原田氏は筑前の中心部に向かう東ではなく、南。つまりは俺たちがいる方角に向かってきているのだから。

 

「まさか、原田氏まで鍋島直茂は動かしているのか……⁉︎」

 

 背筋をつっと冷や汗がつたうのを感じた。

 軍略だけではなく、外交まで織り交ぜられたらもうどうしようもない。いくら才が有ると言われていても所詮は俺は戦場で駒を操る戦術家でしかない。

 優れた戦略の前では小手先の戦術などその場しのぎにしかならないことを俺はとうに知っていた。

 

 ***********

 

 毛利軍三万五千が長門国・長府に集結。

 この報は大友領全体を戦慄させた。

 三万五千という今までに類を見ない動員兵力は九州全土の武将に毛利家が本気で大友家を滅ぼさんとしていることをわからせるには十分だった。

 

「これは、佐嘉城にかまけてはおれんな。全軍、筑前に参るぞ」

 

 これを受けて吉弘鑑理は佐嘉城の包囲を解いて北上、高橋家が籠る岩屋城を攻略し、そこに在陣した。

 

「姫様はまだ動いてくださらぬのか。一刻も早く立花山城を鑑載より奪還せねば、博多は容易く毛利の手に落ちてしまう……!」

 

 立花山城は博多の街を見下ろせる好立地にある城であり、博多を抑えるには欠かせない城だが、城主・立花鑑載(あきとし)は元就の調略により大友を裏切っていた。

 焦る鑑理。しかし、派兵を切望されている側である義鎮は未だ大友館から出られないでいた。

 

「弟すら守れない姉が、国なんて保てるわけがないよね……」

 

 一人自室に引きこもり義鎮は自嘲する。

 佐嘉城北方の山中で義弟である綱憲が消息を絶ったことが義鎮に深い傷を与えていた。

 死体が見つかっていないため、まだ綱憲が死んだことが確定したわけではない。しかし、聡い義鎮は十中八九死んでいる、と予測できてしまっていた。

 

(毛利元就は家族のために戦っている。わざわざ調べなくても分かるよ。けれど、わたしにはその家族がもういない。勝ってもただ命を繋ぐだけでそれを喜んでくれる人はいないんだよ。ずうっと独りなんだ。……これって戦う意味あるのかな)

 

 もう義鎮には戦う意味を見出せなかった。

 心が折れていた。運命に相対する余力はなかったのだ。

 義鎮の戦意がなくなった以上、大友家はどうもすることはできない。

 鎌倉以来鎮西に根を張ってきた名門が滅亡する光景を多くの家臣が幻視した。

 

 **********

 

 嵐の夜のことだ。

 雷鳴轟く津久見の赤八幡神社の丘に義鎮は立っていた。……といっても義鎮自身が望んで来たわけではない。悪天候、ましてや自らを呪った神を祀る八幡神社に行く理由を義鎮は持ち合わせていなかった。

 

「姫さまは馬鹿者ですな! 泣いていても毛利元就は倒せませぬぞ!二十一代続いた大友家を、姫さまの代で終わらせるのはあまりに口惜しや!」

 

 戸次鑑連。大友家の武の精粋を極めた修羅で豊後三老の一人。この闘将が無理やり義鎮を赤八幡神社へと拉致したのである。鑑連が尖った髭をひくつかせながら怒鳴る隣で、筑前から戻ってきていた鎮理は苦笑いしながら佇んでいた。

 

「諦めな、姫様。おやっさんがこうなったら止められねえ。一戦交える腹を決めてくれ。南無三だ」

 

 しかし、義鎮はふるふると首を横に振っていた。

 

「……もう、やめて。許して……!戸次、吉弘。私にはもう大友家を率いて毛利と戦うなんてできない……! 最後には滅びると運命が定まっているのに。これ以上、将兵の命を散らすなんてもう耐えられない……!」

 

「何を恐れておられるのです、姫様。確かに大友家は二階崩れの変で多くの御一族を失いました。綱憲殿ももう生きてはいないでしょう。家臣も保身ばかり考える愚か者ばかり。されど、それでも君を愛し、国に殉ずる覚悟を決めておるものもおりまする。どうか、彼らを信じなされ」

 

「確かに、人は怖いよ……。けれど、それ以上に神様が! 神様が私を呪っているのよ⁉︎ 八幡神が私を滅ぼしに!」

 

「神などもはや名ばかり。恐れるに足りませぬ。そんな不確かなものより毛利元就の知略を恐れられよ!」

 

 義鎮と鑑連は水平線を辿った。あまりに精神力に差があり過ぎたのだ。

 

(ああ、これじゃ姫さまがおやっさんに萎縮するばかりだ。仕方ねえ。南無三だ)

 

 見ていられなくなった鎮理が重い腰をあげる。向かい合う二人の中に割って入り、一旦両者の間に距離を作った。

 

「おやっさん。やりすぎだ。昔から姫が恐れる八幡神社に連れ出して怒鳴りつけるのは流石にひどい。姫さまには静かに考えてもらった方がいい」

 

「馬鹿者〜! もはや時間に猶予はない! いつ大友家が滅んでもおかしくはないのじゃぞ⁈ わしに任せるのじゃあああ!」

 

「だから、おやっさんには任せちゃいられないから俺が割って入ってるんだろうが! 姫さまは修羅じゃねえ、おやっさんの管轄外だ!」

 

「……ねえ、戸次。もしもあなたが八幡神と私を選ばなくてはならないとしたらどっちを選ぶの?」

 

 言い合う二人の影で義鎮が消え入りそうな声で問う。

 それを聞いてようやく戸次鑑連は気づいた。

 

(なんと、真に愚か者であったのはわしであったか。姫さまが求めておられるのは慰めでも励ましでもない。ただ信頼できる人間を欲していたのだ……!)

 

 鑑連は悔いていた。義鎮の恐れを知っていたつもりになっていたことを。

 ことここに至るまで義鎮がどれだけ国主の重責と孤独に苛まれていたのか、剛直な鑑連には推し量ることができなかった。

 

「どうした、おやっさん?」

 

 突然静かになった鑑連を訝しむ鎮理。しかし、それは僅かな間のことで、すぐに驚きに変わっていた。

 なぜならば、鑑連が愛刀の千鳥を抜いて、赤八幡神社の神木へと駆け始めたからである。

 

「姫さま……! わしは姫さまか八幡神か問われれば、迷うこともなく、姫さまを選びますぞ! ……しかし、今まで誤解しておったわしの言など到底信じられますまい。なればこそ、証明してご覧にいれる。姫さまのためならば、この鑑連、神をも斬り捨てて見せると!」

 

「戸次、やめて! 試すようなことを言った私が悪いの! だから、そんな無謀なことはやめて!」

 

 義鎮が制止しようとするも鑑連は足を止めない。

 雷雲が光り、轟く。

 稲妻が引き寄せられるように鑑連へ向かっていく。

 悲鳴と怒声が赤八幡の丘に響いた。

 だが、

 

「祟り神の裁きなど、何するものぞ! わしの一閃の前に疾く斬り伏せられるがよいわ!」

 

 一閃。

 千鳥を振り抜いて切っ先を地に突き刺す。

 まばゆい雷光が止んで、義鎮と鎮理の視界が返ってくる。

 その目で見たのは、

 

「雷神、恐るるに足らず! わしの勝利よッ!」

 

 片膝をつきながらも雄々しく吼えている鑑連の姿だった。

 慌てて鑑連に駆け寄る二人。それを鑑連は晴れやかな表情で迎えると、穏やかに義鎮へと語りかけていた。

 

「姫さま。わしは雷神を討ち取りましたが、どうにも足がうまく動きませぬ。悪神の置き土産とは実にこのこと。されど、それ以外は十全に動きまする。なれば、この命、武勇、わしの持てる全てをもって姫さまを支えましょうぞ!」

 

 義鎮は鎮理とともに鑑連を支えながら、頷いていた。

 

「もはや大友の御一門は姫さまお一人。しかし、戦うことに意味はありまする! 未だ姫さまを信じている者のため、運命に抗うために戦いなされ! なに、人は運命などに負けはしませぬ。人は皆、自らの道を自らの力で選び取れる力を持っているのですから……」

 

「人は皆、自らの道を自らの力で選び取れる……。……私にも選べるのかしら。家にも予言にも縛られている、この私にも」

 

「無論。大事なのは、勇気と(くびき)を砕かんとする激情。この二つにございまする。わしの見立てではいずれも姫さまには備わっておりまする」

 

 今度は鑑連が力強く頷きを返す。

 そして、義鎮は決断した。

 

「……わかったわ。私は戦う、毛利元就と。そして、運命を覆すわ。もう、予言に怯える私はいらない。自分の道を思うように選べる、そんな自分に私はなりたい!」

 

 かくして、義鎮は不退転の覚悟を固めて大友館に舞い戻った。

 そして、名を「大友宗麟」(おおともそうりん)と改める。

 宗麟は戸次鑑連と吉弘鎮理に軍を率いさせ、立花山城を攻略させると、近隣の国人に呼びかけて対毛利防衛線の構築を図った。

 しかし、毛利軍の侵攻はそれよりも早く、小早川隆景率いる五千によって立花山城は再攻略されてしまう。

 今までの合戦を恐れる義鎮ならば、この時点で戦いを諦めるだろう。だが、宗麟は諦めなかった。

 宗麟は立花山城を攻略されても周辺に居座り、呼びかけた国人の到着を待った。そうして膨れ上がった四万の兵で立花山城を再攻囲したのである。

 だが、立花山城南に流れる多々良川は川と銘打ちながらも干潟に近い地形で軍の進退は容易ではなく、駆けつけた毛利軍本隊と睨み合いをすることとなった。

 




道雪って割と描きづらいです。重要人物には違いないんですが、大物過ぎて大友家の重臣師団制だとよほどの事態じゃない限り、綱憲との共演すらままなりません。
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