西国転生   作:tacck

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第二十話 吉弘鎮理も一閃

 

「博多ともなるとさしもの大友義鎮とて必死に守ろうとするか。存外堅固なものよ」

 

 立花山城より東に半里に構えた本陣にて、毛利元就は呟いていた。

 立花山城が落ちたにもかかわらず、大友方は引こうとせず、立花山へ近づかんと多々良川を渡河して攻撃を仕掛けてくる。地の利を抑えているためにどうにか凌げているが、大友方の攻勢、とりわけ戸次鑑連が凄まじく、かなりの出血を毛利方に強いていた。

 

「中国に背後を脅かす存在はいないとはいえ、遠征が長引くのは看過できぬ。……それこそ降露坂と同じ轍を踏むことになる」

 

 そう考え、元就と隆景は大友方……特に筑後や豊前南部の国人に調略を仕掛けたが、宗麟は次々とそれを看破しろくに効果が出なかった。

 

「守勢である方が、損害は減らせる。……しかし、大局的には決戦が必要か」

 

 今、筑前豊前の過半に勢力を有するといえど、毛利家はまだ中国の大名である。時が経てば経つほど、補給は厳しくなり、大友家に趨勢は傾く。

 さりとて、決戦を仕掛けることは今現在勢いがある大友家の前に我が身を晒すことに等しい。干潟という壁があるからこそ多少の被害を出しても毛利家は大友家の前に悠然と立っていられるのだから。

 

「損害を抑え、彼奴等の勢威に陰りが生じた時に叩く。機を計らねばな……」

 

 故に元就は決断を先延ばしにしていた。

 しかし、これは怠慢や怯懦に由来されるものではない。この選択さえ違わなければ、大友家を滅ぼせる。

 そのことがわかっているからこその慎重であった。

 

 **********

 

「おのれ元就め! 亀のように引きこもりおって!武家ならば正々堂々矛を交えぬか〜!」

 

「正々堂々なんて謀神に求めることじゃないからな。綱憲に言わせりゃ謀略をあまり仕掛けない九州修羅の方がおかしいらしい」

 

「郷に入りては郷に従えという言葉を元就は知らんのか?まったく、わしと同年代のくせに分別がないのう」

 

「いやいや、おやっさんも大概だからな?」

 

 一方、大友家は攻め気となっていた。

 というのも、あまり毛利軍に居座られてしまうと流動的な筑前豊前の国人に完全に去就を定められてしまうからである。こうなると戦後が厄介で筑前豊前をしらみつぶしに回らなくてはならなくなる。

 

「はあ〜、戸次の言うこともわかるけどね。戦働きだけじゃ形勢が変わりそうにないんだよ。ほら、相手に吉川元春がいるから戸次と吉弘の猛攻にもある程度対応できちゃうし。やっぱり何か考えないとねー」

 

 扇子を扇ぎながら飄々と宗麟は言う。

 宗麟とて戦が長くなることを望んではいない。今でこそ平気な顔をして最前線に居座れているが、時間が経てば生来の気性が露わになる可能性は低くはなかったのだ。

 

「それで姫。何か考えついたか?」

 

「うーん、まだ。綱憲くんがいれば考えるのが楽なんだけど……」

 

「智将といえば角隈の爺さんに腹黒朝倉、おやっさん以外の豊後三老がいるが……」

 

「その四人はあまり毛利家に詳しくないよね?あと、考え方がちょっと合わないかも……」

 

 鎮理が言うも宗麟は首を横に振った。

 良くも悪くも大友家は九州の名門だった。そのため安定思考で攻め気が弱く、長年にわたり戦ってきた大内家はともかく中国のそれ以外の大名家については明るくはなかった。

 

「とはいえ、姫さまがお考えになっている間何もせぬわけにはいかぬであろう。鎮理よ、ひとまずは長尾を攻めるとするか」

 

「長尾か……。まあそのあたりしかないよな」

 

 長尾は多々良川の上流よりの地点にあり、そこまでくれば干潟も終わる。そのため攻めやすい場所であったが、毛利家もそれを承知しており堅陣を敷いていた。

 

「謀神など何するものぞ、雷神すら仕留めたわしに勝てるなど思うてか!」

 

 川向こうに向けて咆哮する鑑連。

 西国を代表する二大勢力の本格的な衝突が再開されようとしていた。

 

 ********************

 

 軍議を終えた大友軍は戸次鑑連を先頭に総勢二万を引き連れて通算十七度目の渡河を開始した。

 

「こうも攻め寄せても衰えないとは……」

 

 それを見て長尾の陣を任されていた小早川隆景は嘆息した。

 宗麟ほど極端ではないが、隆景の神経も太くはない。そのため大友軍に幾ばくかの恐れを抱いていた。

 

「射かけよ。渡河中は何も出来ない。今のうちに数を減らしておく。それと姉上に援軍を要請して欲しい」

 

「承知しました」

 

 伝令頭に指示を出したあと、隆景は力なく床机に座り込む。

 細かく采配を持つ右腕が震える。

 

(父上の謀略も、姉上の武勇も大友家に何一つ通用していない。私の知略も同じこと。さりとて戸次鑑連も大友宗麟も父上や姉上を完全には打倒しえない。よもや、この合戦は永遠に決着がつかないのではないだろうか……)

 

 そうなれば、この緊張感もまた絶えることはない。

 元就から謀略の才を継承した小早川隆景には、これまでの合戦で、自ら繰り出した策謀をこれほど次々と先回りされて潰された経験がない。

 だからだろうか、先行きの見えない不安を強く感じていた。

 

「わしを戦場のど真ん中まで連れて行けい! 怖くなったらわしを輿ごと捨てて逃げ散って構わぬ!」

 

「そう言われても従えるかよ! 皆の者、おやっさんに続け!」

 

 多々良川の浅瀬にて鑑連が吠える。

 足腰が立たなくなったとしても猛攻を仕掛けるその姿はさながら鬼のそれに重なり、大いに大友軍を奮起させた。

 

「やらせるわけにはいかんけえ! 兄者がいなくともこの元春が大毛利を支えるんじゃ!」

 

 だが、毛利軍も負けてはいない。隆景の要請を受けた元春が飛ぶように戦場に現れ、鑑連へと突貫する。

 大友軍と同じように毛利軍にも負けられない理由がある。

 全ては毛利家に次代を凌ぐ力をつけるため。そのためならば、軍中の誰もが九州で屍を晒そうとも悔いはなかった。

 

(おやっさんに焚きつけられて若い衆が躊躇いもなく敵に斬り込んでいく。悪くはねえ。……だが、毛利軍も門司と比べたら異常だ。それこそ何かに取り憑かれたかのように粘り強く河岸を守ってやがる)

 

 吉川元春の善戦は大友軍を川岸に一兵たりとも上げさせず、疲労を強いた。それでもなお戸次鑑連の攻勢は収まりはしないが、全体としてはやや萎れた感が否めない。

 

「やはり、いまいち足りないか。申し訳ないが、次は姫さまの本陣も突っ込んでもらわなければ押し切れねえ。南無三だ」

 

「馬鹿者〜! 弱気になってどうする! 気合いじゃ!気合いじゃ!気合いを入れるんじゃああああ〜!」

 

「そうだったな。んじゃ、もう一度斬り込むとするか!」

 

 再度体制を整え、鑑連たちは攻勢をかけようとする。

 しかし、それを予期したのか今度は毛利方が前線を押し出してきた。

 

「少し勢いが止まったけえ! 今が大友軍をしごうしたる好機じゃ!」

 

 吉川元春が先頭に立って大友軍に斬り込んでくる。

 鑑連から見れば孫の世代にあたる若い姫武将だが、戦国屈指の好戦家・毛利元就と長く轡を並べたがために歴戦の将にも引けを取らない視野を得るに至った勇将だった。

 

「戸次鑑連! 九州最高のその首は自分がもらうけえ!」

 

 元春が姫切を振るいながら前備えに風穴を開けながら猛進する。不敗こそ塩谷綱憲に破られたが、山陰最強の武人であることに変わりはない。

 眼に映るは輿の上に座す老将。この乱戦下でも輿に乗っているということはもう足は利かないのだろう。

 されど、気配ばかりは猛々しく元春に放たれていた。

 

(あとはもう一歩、もう一太刀。これで終いじゃ!)

 

 しかし、元春は気にも留めない。

 一足跳びに距離を詰め、全身に力を溜める。今の自分は剣士ではない。雄敵を貫く弾丸であると、意識させる。

 

「我流『斬弾』」

 

 ふと、声がした。

 低くも張りのある男の声だ。

 

「南無三だ。おやっさんのタマを取ろうなんざ、てめえにはまだ早い」

 

 横目に黒装束の男が馳せ違うのを見た。

 甲高い金属音が辺りに響き、そしてその瞬間、元春は墜落していた。

 

「……ッ⁉︎」

 

 どうにか受け身を取って立ち上がる。

 そしてはっきりとした視界の真中には黒装束の男が悠然と立っていた。

 

 ********************

 

 それからは吉弘鎮理と吉川元春の一騎討ちが続いた。

 だが、それはその辺り一面の戦が止まっただけで、少し離れれば合戦は継続している。

 

「姉者が開けた穴を広げよ。大友軍を追い散らす」

 

「吉川元春がいなくなった今こそが好機よ! 鎮理が戦っているうちに前線を突き崩せ!」

 

 小早川隆景と吉弘鑑理。

 この二人が指揮を受け継ぎ、競合いを繰り返していた。

 しかし、吉川元春を封じられた毛利軍は決め手に欠け、長い間攻勢を仕掛けていた大友軍も疲労を隠せなくなってきている。

「結局のところ、千日手か」と両軍の武将が思い始めた時だった。

 

 西方から三百の軍勢が現れ、大友軍をすり抜け、毛利軍に吶喊したのである。

 

 たかだか三百とはじめ毛利家の将兵は侮った。

 しかし、それもその戦ぶりを見て改めた。

 躊躇のない突撃に次ぐ突撃。いくら欠けようが隊列を崩さない精神力。

 まるで箒星のように毛利軍にあたるその軍勢には草地に白で染め抜かれた四つ目結が翻っていた。

 




読んで下さりありがとうございます。
ここまで来ると塩谷綱憲の物語も大詰めです。話数的にはあと四話ぐらい。果たして、彼が最後に何を得るのかそれを見守っていただけると幸いです。


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