西国転生   作:tacck

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宗麟様は長話が大好き(6000字超)


第二十一話 君主の決断

 

「それで綱憲くん。申し開きはある?」

 

「ございませぬ」

 

「だよねー」

 

 大友軍の本陣にて、俺は宗麟様に正座をさせられていた。周りには戸次様や鎮理殿、吉弘様などがいる。

 今の状況を端的に言えば、俺は佐嘉城の戦いの軍法会議にかけられている。

 戦い自体は大友軍優位で和睦をして終わり、俺の不在で軍に何か問題があったわけではない。しかし、結果的に敵前逃亡の形になってしまったのは紛れもなく厳罰ものだった。

 

「戸次の言い分だと蟄居級だけど、なまじ昨日の戦いで活躍したから少し扱いに困るんだよね……」

 

 だが、俺は運良く軍勢を用意し、長尾を強襲。その結果として毛利軍の防衛線は崩壊。大友軍は立花山城に近づくことができたが、この場の面々の判断を困難にさせている。

 

「なら今回の軍功で蟄居は取り消し。しかし、示しはつけないといけねえから一年間棒録召し上げでいいんじゃねえか?」

 

 加判衆の意見があらかた出たのを見計らい、鎮理殿が言う。

 鎮理殿の案はかなり説得力があったようで、吉弘様や他の重臣は賛同していた。ただ一人、軍法に厳しい戸次様だけが難渋を示しているが、大勢は覆らないだろう。

 

「私も吉弘の案を取るよ。まあ、どうせいくらか蓄えているだろうからそんな痛手じゃないよね?」

 

 宗麟様も同意して俺の処罰は決まった。

 死なずに済む上、政治生命を完全に断たれなかったからかなり有情だと思う。

 ただ、今までの働きが振り出しに戻った上、金欠に陥いるのは諸事情から今の俺には相当辛い。

 

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 軍事裁判が終わり、充てがわれた陣に帰る。

 復帰した後すぐに、佐嘉城の時の混成軍を再び任された。というのもやはり個々人の癖が強すぎて他の諸将には扱いきれなかったからだそうな。

 

「その様子だと、首は繋がったようですな。重畳、重畳」

 

 陣に帰って真っ先に声をかけてきたのは朝倉殿だった。

 

「おかげ様でな。正直、いつ空中分解するか気が気でなかったぞ」

 

 なにせ慇懃無礼だったり名族であることを鼻にかけたり扱いづらい人間が多い。上役がいないと確実に荒れるのが混成軍だ。

 

「ああ、それは志賀の小娘が耳にタコができるぐらいに言うてきてな。渋々わしが折れただけのことよ」

 

 ほくそ笑みながら朝倉殿は言う。

 さっきの言葉を訂正したい。やっぱりこいつ畜生だわ。

 

「それで、件の志賀殿はどこにいる? 二人に話さなければならないことがあるから呼んできて欲しいんだが」

 

「それならば、今少し待ちなされ。心当たりがあるゆえ呼んでこよう」

 

「こっちもやることがある。だからそうだな、今から一刻後に兵も含めて陣の外に整列させて欲しい」

 

 俺の指示に朝倉殿は慇懃無礼に頷いてその場を去った。そして俺は自分の陣とはまた別の陣に向かう。そこもまた俺の陣と同時期に新設された陣だった。

 俺はその陣の将に用があるのだ。

 

 **********

 

 一刻後、俺の陣の外には二千の兵が整列していた。

 俺の隣には志賀殿と朝倉殿がいる。彼らは混成軍からの引き継ぎだった。

 

「さて、今から戦が始まるわけでもないのに、お前たちに集まってもらったのには理由がある。……まあ、見てもらった方が早いだろうな。来い」

 

 小姓に促すと同時に陣と幔幕から三人の武将が姿を現わす。

 一人は烏帽子を被った壮年の男性。

 一人は具足を着た若い男。

 一人は弦月の前立てを付けた兜を着けた姫武将。

 いずれも、俺が知っている人物。

 いずれも、俺の大事な人だ。

 もう会えないものだと思っていたが、まさかこうも短期間で再開できるとは思わなかった。

 

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 原田領に出た時、俺は死を覚悟した。

 なにせ原田氏が鍋島直茂の依頼を受けて攻めかかったようにしか思えなかったから。

 あの時ばかりは本当に諦めかけた。どう考えても命を拾う術が考えつかなかったのだ。

 しかし、軍が近づいた時、違和感に気づいた。なぜならば全く戦意を感じなかったからだ。そして豪族の兵にしてはあまりに装備がぼろぼろだった。

 そして不思議そうに軍を見ていると、中から一人兵が出てきて、駆け寄り俺を見るなり跪く。

 その彼の所属を聞いてようやく俺は、対面した軍が原田氏ではなく鹿之介たちだということに気づいたのである。

 話を聞いた限りだと、月山富田城の戦いの最終盤で城を抜け出し、石見豪族に庇われながら物資と尼子浪人を集めながら日を待ち、玄界灘経由で九州に上陸したらしい。

 上陸地が原田領だったのは、筑前の海岸線で毛利の力が本格的に及んでなかったところが他になかったからだそうな。

 ともあれ、鹿之介たちが集めた兵力を率いて俺は大友軍に帰参し、今の状況に至る。

 

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 兵への説明を終えて、鹿之介たちの陣にて茶を囲む。

 軍陣の中であるためむやみに酒を飲めないのが残念だが、それでもこの五人が集まれたのは良かった。

 鹿之介に起きたことにはえらく腹が立ったが、結局未遂に終わったし、義久の馬鹿が安芸に幽閉というしかるべき報いを受けている以上、追及する気にはならなかった。

 それよりは、鹿之介の仕草が以前に比べてややぎこちなくなっている方が気になったが、なぜか兵庫も久綱様も理由を教えてはくれなかった。

 

 ********************

 

 綱憲への軍法会議から二日。

 宗麟は立花山城の方角を向いてため息をついていた。

 

「さて、長尾は確保したけど、さすがは毛利軍だね。すぐに守りを固められちゃったよ〜」

 

 長尾を失ってからの毛利軍の行動は早かった。

 すぐさま前線を縮小し、立花山城の包囲を防ぐように配置換えをしたのだ。

 何もなくとも立花山は堅城である。そして長尾の攻防戦を制したといえども両軍の兵力比は変動しなかった。

 どうにも戦況は硬直したままなのである。

 

「そろそろ謀略が必要な気がするが、姫は考えついたか?」

 

 見かねた鎮理が問いかける。すると、宗麟はうなづいた。

 

「二つ、考えたよ。けど、できればやりたくない作戦だね」

 

「聞かせてみてくれ」

 

「いいけど、聞いたら宗麟のこと幻滅するかもね」

 

「今は勝てばいい。それでその策というのは?」

 

 促されて耳打ちする宗麟。それを聞いた鎮理は少し表情が険しくなった。

 

「なるほど、なるほどな。かなりえげつねえが、毛利を追い出すには最良な策だ。おやっさんなら迷わず決行するのが目に見える。南無三だ」

 

「今の戸次は雷神だけど、そういえば鬼の異名も持ってたね。うん、効果的なのはわかってる。……けど実行したら私も鬼になるよ……」

 

 宗麟の表情は晴れない。

 なにせ、宗麟は知っていた。

 この策こそ自らの運命の成就につながるのだと。

 

「一度、話をする必要があるかもね。吉弘、二人を呼んできてもらえるかな?」

 

 結局、宗麟は一人では決められなかった。

 理屈、国益では件の策を実行した方がいいのは何度もわかっている。ただ、良心が「他人をまたも自分のために運命に巻き込んでいいのか」と強い拒否反応を示していたのだ。

 しかし、そうこうしているうちに、鎮理が二人の人物を連れて来てしまう。

 今の宗麟にはその二人の顔をまともに見ることはできなかった。

 

 ********************

 

 帰陣してから三日目。俺は宗麟様に呼ばれて本陣へ呼び出された。

 呼び出された先では三人が待っている。

 一人は大内家の生き残り、大内輝弘。一人は鎮理殿。

 もう一人は、顔をうつむかせながら、拳を強く握っていた。

 

「姫、腹を決めろ。それが責任というやつだ」

 

 鎮理殿に促されて宗麟様は力なく顔をあげる。その表情は決意と悲哀が綯い交ぜになった表情だった。

 

「綱憲くんは分かっていそうだよね。……そして多分輝弘も……」

 

 俺も大内殿も無言で頷く。

 それと同時に話の内容をすでに言っているようなものだと、思った。

 

「分かってるなら言うよ。けど、強制はしない……。したくない……」

 

 宗麟様の双眸から涙が流れる。しかし、それでも口を噤むことはしなかった。

 

「大内家は塩乙丸の代に、尼子家は尼子義久の代で滅びたけど、その一族はいる。あなたたちのことだね。そしてその両家は滅んでそうは時間は経っていないからまだ影響力はある。だから、あなたたちを大友水軍で周防と石見に上陸させ、毛利家を撹乱する。こうなったら毛利軍は九州に孤立して、その息の根を止められる」

 

 けれど、それは。

 

「大友本軍は九州で毛利軍と戦うよ。兵数は四万と三万五千。どうしても総力戦は避けられない。だから……」

 

 あなたたちを助けられない。

 

 そこまで言って宗麟様は泣き崩れてしまった。

 それを俺と大内殿は身動ぎもしないでずっと見ている。

 来るべき時は来た。

 尼子が滅んだ時点で俺の価値は大友家中では著しく減少した。今までなんとかやれたのは持ち前の能力を活かそうとしたから。しかし、それでも外様であることは否めない。

 待ち人は幸いなことに来てくれた。

 だが、俺はついぞ約束を果たせなかったのだ。

 だから今はまだしも、未来がない。

 彼女たちは俺に人生をくれた。

 されど、今まで俺はそれに甘えてばかりで、何も返せていなかったように思う。

 ならば、今度は俺から彼女たちに未来を贈ろう。たとえそれを成す対価が自分自身だったとしても。

 

「俺はその策、乗りますよ。死にはするんでしょうが、得るものは非常に大きい」

 

「宗麟さま。僕はもう十二分に、恩を受けました。大友家が滅びるかどうかの瀬戸際です。僕を、周防へ。どうか、大友家の危機を救うために、僕に出撃を命じてください」

 

 どうやら輝弘殿も覚悟は同じらしく迷わず頷いていた。

 

「……ごめんなさい、……ごめんなさいっ。自分の都合で、あなたたちを自分の運命に巻き込ませてしまって……! 予言に負けないって宗麟になった時に決めたのに、私は、私は……!」

 

「宗麟さまが弟殺しとも言えるような宿業を背負っているのは知っております。しかし、お気になさらないでください。少なくとも塩乙丸さまはあなたを恨んではいなかった。無論僕も。綱憲殿だって自ら選び取った末の結論です」

 

 泣きじゃくる宗麟様をやさしく輝弘殿が慰める。

 それを見て思う。輝弘殿はおそらく大友家中では誰よりも宗麟様の心に寄り添える存在なのだろう。一方で、俺は宗麟様に何をしてあげられるのだろう、と。

 なんだかんだで宗麟様は俺を気にかけてくれた存在ではあったのだ。こちらにも恩を返したいところだが、今は戦略に従って暴れまわるぐらいしか思いつかない。

 

「ごめん。少し取り乱しちゃった。何か他に聞きたいことがある?」

 

 考えているうちに宗麟様に元気が戻っていたので、前々から考えていたことを尋ねることにする。今から尋ねることはどれも大事なことで聞かないでいるわけにはいかないものばかりだ。

 

「宗麟様。出陣する前に三つ約束してほしいことがあるのですが」

 

「なに? できることなら叶えてあげるよ」

 

「では、まず一つ。この戦の後に鹿之介たちを召し抱えていただきたい」

 

 これは最低限の理由だ。これを保証してもらうために志願したのだから。今の鹿之介たちは完全に文無しの浪人だ。才覚はあるだろうけど、大友の家風では冷遇される。それを防いでもらわねばならない。

 

「分かった。約束する」

 

 まあ、宗麟様にとっては大したことではない。半ば通るものだと考えていた。

 

「二つ。石見上陸に伴う大友水軍以外の合戦、調略、知行の権限を貸与してください」

 

「合戦、調略はともかく知行も?」

 

「しかり。此度の合戦、こちらは小勢の上に大友の名は向こうではそう強くない。ですので、調略を仕掛けても思うように効果は上がらないだろうことが予想できます。これぐらいやらないと、国人を動かせないかと」

 

 とはいえ、流石に難しいとも思っている。知行宛行はそれこそ大名が持つ権利だ。おいそれと家臣に貸せるものではない。

 

「……分かったよ。綱憲くんなら変な心配はいらないだろうし。けど、やるなら中国の国だけにしてね」

 

「ありがたく存じます」

 

 だが、どうにか通った。これでおかげでやることが一気に広がる。あるとないとではかなり違う事柄であるのだ。

 

「そして、最後。あの夜、教えてくれなかった予言の内容を今こそ教えていただけませんか?」

 

「それだけは駄目だよ、綱憲くん。あの夜に言ったことを忘れたの?」

 

 口にした瞬間、宗麟様の表情がたちまち曇った。

 だが、それでも止めるつもりはない。

 

「忘れてなどいませぬ。ただ、迫り来る運命がなんなのか。それを知らせた予言がなんなのか知らなければ、運命を覆すことなど到底できはしない」

 

「嫌、言ったら君たちは確実に縛られる。運命が固定されてしまうわ」

 

「宗麟様、僕からもお願いします。たとい運命が固定されたとしても宗麟様が何に苦しめられていたのか、知らなければ死に際の時に後悔する……。そうなるのは僕は嫌です」

 

 輝弘殿からの援護射撃が加わる。

 やはり何が自分を死に至らせるのかを知らずにはいられないのだろう。それは俺とて同じことだ。

 

「……わかったよ。そこまで言うなら教える。けど、聞いて後悔しても知らないよ」

 

 援護射撃が功を奏し、観念した宗麟様がぽつぽつと語り始める。

 

 二階崩れの変以前、別府の館にいた宗麟様に現れた宇佐八幡宮の巫女。

 弟を殺した果てにたどり着く九州の女王の地位。

 そして、日向の森が動いた時に栄光が終わるということ。

 それを避けるには燃えたぎる戦場に雪を降らせて日本武尊の古事を擬して、弟を生贄として水の中に沈めなくてはならないこと。

 

 予言はところどころ確かに史実における大友宗麟の生涯と合致していた。島津台頭以前は確かに九州最大の大名だったし、二階崩れ、防長経略とまだ見ぬ今山と政戦のたびに弟の不幸が生じている。日向の森も伏兵と解釈すれば、まさに耳川の戦いと重なる。

 だが、二階崩れを除いては宗麟が決めたものであり、決して宗麟は強制されたわけではない。

 しかし、弱っていた時にかけられた予言は確かに宗麟様を蝕んだ。悪いものとはいえ、先行きが見えない状況に投げ込まれた指針であったのだ。そしてさらに悪いことに的中しているように見える。だから家のことを考えて行動すると、結果的に予言の方に寄ってしまうのだろう。

 ならば、決めた。

 

「話し難きことを話していただきありがたく思いまする。ですので、その御礼としてこの綱憲、予言が間違っていることを証明するとしましょう」

 

 石見に行けば、俺は戦術的に孤立し最終的には死ぬだろう。だが、宗麟様はその献身の対価として鹿之介たちの未来を保証してくれる。自分の願望だけを考えるならそれで十分だ。

 しかし、それでは宗麟様の心には明確な傷が残る。それを避けてこそようやく恩を返すことになるはずだ。だから……。

 

「俺は石見で暴れまわり、そして生き残る。弟を犠牲にせねば国難を退けられないと予言は告げた。だが、俺が生き残ればそれは矛盾でしかない」

 

 自分でもかなり無茶苦茶なことを言っているような気がする。しかし、やはりそうでなくては俺の望む終わりにたどり着かないのならば致し方ない。

 

「ともかく、俺は選びました。九州にいるといえども、宗麟様にも選択は訪れることでしょう。その時はしかと進むべき道を定められることを願います」

 

 最後にそう言って俺は頭を下げる。

 渡海した後、俺も頑張りはするがやはり最後は宗麟様にかかっている。そんな気がするのだ。

 




読んでくださりありがとうございます。
帰ってきたのに台詞一つない出雲勢よ……(まあ次話は流石にあるけど)。
長く間隔が空きましたが、あと三話ぐらいなのでエタりはしません。最後まで応援していただけるとありがたいです。

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