西国転生   作:tacck

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二ヵ月ぶりの更新m(_ _)m
四ヵ月半ぶりの出雲勢の台詞(白目)


第二十二話 朝倉一玄の企み

 

 宗麟様から話を聞いて二ヶ月後。

 ようやく村上水軍など関係各所の調略が終わって石見に向かう体制が整った。輝弘殿はまだまだ時間がかかるようで、俺の二週間後に周防に向かうらしい。

 

「塩谷どの。明日の明朝に石見行きの船を出すが、それでよろしいか?」

 

「ああ」

 

「はてはて、それは果たして本当ですかな? まだなすべきことがあるように思われるのですが」

 

 最終確認を朝倉殿と行う。此度の石見調略の補佐はこのうさんくさい爺に任せた。性格に難があるゆえ直接交渉には使えないが、こと利害調整には長けており、交渉案の作成に過不足はない。

 

「くどい。あいつらのことを言っているなら無用だ」

 

 ただ、やたらと鹿之介たちを石見に参戦させようとしている。俺は黙ってバレないようにしているが、この爺は平気でバラすだろうから意味はない。

 

「ほうほう、それは剛毅なことですなあ。……しかし、果たしてこれを目の前にしてそれを貫けますかな?」

 

 含み笑いを浮かべながら朝倉殿は同席していた志賀殿を遣る。

 怪訝に思いながら待つと鹿之介が志賀殿に連れられて現れた。

 

「直談判、か?」

 

「そうです、殿。私は此度の人事に納得がいってません。石州に軍を出すならば、私たちを使うのが筋というものでしょう」

 

 鋭い視線で、鹿之介は俺を睨みつけてくる。

 

「そんなことはわかっている。だが、それでも使わない」

 

「……ッ! それは、私が弱いからですか」

 

「弱い? お前は何を言ってるんだ」

 

 鹿之介は強い。それこそ俺なんぞ足元にも及ばないぐらいには。言動で彼女の運命を変えると息巻いていたが、内心は小細工ぐらいしか出来ない俺には烏滸がましいことなのではないかと思っていた。

 

「……私は熊之丞が思っているほど、強くはありませんよ。後主様には手篭めにされかけ、あれだけ戦働きを重ねても、尼子家も守れなかった。今だって私自身で自らの居場所すら作れずにいる……。私は一人では何もできないんです。熊之丞や兵庫介、叔父様に縋らねば生きてはいけない……」

 

 そう物語る鹿之介の姿は見たこともないぐらい儚げなものだった。

 ……知っていた。鹿之介がただ守られていることを是とする人間ではないと、そして同時にそれを重荷に感じることを。

 ただ、それでも俺たちは守り続けて来た。手段を選べるほど余裕がなかったから。

 大切にし過ぎて中に押し込めていた。

 そして、それが鹿之介を無力感に苛まれるに至った。

 当人の意志を無視するのはいかがなものだとは思う。それじゃ押し付けに過ぎず意味がないような気がする。

 いつしか鹿之介は目に涙を浮かべていた。

 心が揺らぐ。罪悪感が去来する。

 しかし、それでも。

 俺は今一度押し付けると決めた。

 

「だめだ。弱いからとかじゃない。大切だから行かせたくないんだ。わかってくれ、鹿之介」

 

「それは、私とて同じです。私も熊之丞が大切だからこそ石見に行って欲しくないのです。……そのまま一人で行くとあらば、私にも考えがあります」

 

 言われるとすぐに、左腹に衝撃を感じた。

 身体が飛び、広間から縁側、庭園へと転がっていく。

 痛む腹を抑えながら立ち上がるとそこには臨戦態勢に入った鹿之介がいた。

 

「ッ! ……強情だな、鹿之介」

 

「熊之丞に言われたくはありません」

 

 二人で睨み合う。流石にまずいと思ったのか志賀殿が止めに入るが、朝倉殿に止められた。

 

「やめよ、せっかく面白いことになってきおったというのに」

 

「こんな事態になってもそれですか!いいかげんにしてください!」

 

「逸るな姫君。……たしかに半分ほどは戯れよ。しかし、山中どのらがついてくるにしろ、そうでないにしろ心境に整理をつけさせるべきではある」

 

「朝倉殿、恩に着る」

 

「わしらが見守るゆえ、けりをつけるがよかろう。……流石に死にかけたら止めに入る」

 

 

 

 それからしばらく、俺たちは殴り合った。

 門司、佐嘉、博多と激しい九州の戦いを潜り抜けて、少しは強くなったつもりだ。

 しかし、それでも鹿之介には及ばなかった。

 

 庭園の砂利に横たわる俺、それを鹿之介は息を切らして、そして悲しげな瞳で見ていた。

 

「……どうして、私なんかを守るのです。大切なのはわかります。しかし、それにしてはあまりに度を過ぎています」

 

「……お前とてどうして俺を守りたがる。見ての通り俺は弱い。忠誠心ってのもあるだろうが、それにしちゃ不可解だ」

 

 問いに対して問いを返す。しかし、どうも疑問だったのだ。なんで鹿之介がこんなに俺を思って動いてくれるのか。忠誠なら義理を果たすぐらいでちょうどいいというのに。

 

「決まっています。あなたを放っておけなかったからです。暗闇の中に蹲っていたあなたを。気づけば、消えていきそうなほど激しく生きるあなたを」

 

 その言葉を聞いてたまらず俺は笑ってしまう。

 

「はは、奇遇だな。俺も同じだよ」

 

 結局俺たちは似た者同士だったのかもしれない。だからこうも惹かれるのだろう。

 

 ********************

 

 船出は原田領からだった。

 長尾で毛利軍と総力戦を繰り広げているうちに宗麟様が筑後からいくばくか兵を出して従わせていたらしい。原田氏を味方につけれたのは大きく、博多湾の制海権と西玄海灘の利権を持つ松浦党との連携を確保できた。この二つが揃わなければ、東玄海灘の利権を持つ宗像家とその背後に控える村上水軍に阻まれ上陸すらおぼつかない。

 

「村上水軍の切り崩しも進んでおるぞ。村上武吉の威は絶大ではあるが、元はといえば三家の連合に過ぎぬ。因島、来島の方はそれほど毛利に心酔してはおらぬのでな」

 

 このように入念な準備が実って総勢二千五百を率いる石見方面別働隊は石見国南部、益田に至った。

 この地を治めるのは益田藤兼。

 もとは大内家の重臣であったが、陶晴賢が大内義隆を討ってからは晴賢側に属して長石国境付近の勢力拡大を図り、晴賢が元就に討ち取られると元就に就くといった具合で、中々油断のならない人物である。

 まずはその藤兼を味方につけねばならない。

 だが、そんな曲者が容易くこちらに乗るわけがなく、案の定こんな条件を突きつけて来た。

 

「恩賞として石州の三割。悪くはありませぬなあ。しかし、それがしには塩谷殿が率いている兵が小勢ということもあり、どうも絵に描いた餅に見えるゆえにいまいち信じられませぬ。そうですな、三本松城。この城を落として見せていただければ考えてみましょう」

 

 三本松城。

 石見南部の現代でいえば津和野にあたる地にある吉見氏の居城だ。かつて陶晴賢が一万五千の兵を率いて攻めても落とせなかった堅城で正直言って二千五百で落とすのはまず無理な城だった。

 つまりは益田藤兼は天秤にはかけているが、全くこちらに協力するつもりはなかったのだ。まあ、妥当な判断ではある。

 

「さあ、あてが外れた現状を綱憲殿はどうしますかな?」

 

「今、煽るな朝倉殿。……そうだな、ひとまず受けようか。そうでなくては始まらなさそうだし」

 

「それは有り難いですなあ。吉見氏とは所領を巡って揉めてましてな。殿に仲裁されましたが、いまいち納得ができなんだ」

 

「先の恩賞として吉見領は益田殿に譲ると約束いたしまする。しかして、戦が終わるまでは三本松城はこちらの拠点として扱いたく思いまする。よろしいでしょうか?」

 

 俺の言に藤兼は頷く。ただ、信用はできないだろうな。悲しいことに無垢に信じてもらえるほどこちらには力がないのだから。

 

 *********

 

 要求されるがままに三本松城へ至る。

 本陣はかつて陶晴賢が陣取った陶ヶ岳に置いた。

 眼下には山吹城に似た堅固な竪堀が刻まれた斜面と本丸が収まっている。雰囲気で言えばそれこそ竹田城や備中松山城に似ていてまさか天空の城を見に行った上に攻めることになるとは思わなかった。

 

「これは厳しいですね……」

 

 その威容に志賀殿が表情を曇らせる。

 調べた限りだと吉見正頼は九州に出陣しているが、その嫡女である吉見広頼は居残っていて千の兵を抱えている。こちらは二千五百の兵がいるが、戦うのはここだけではなく、補充の当てがないため数に任せた戦なんてできはしない。

 しかも、この城攻めの困難さは城の堅さだけではない。戦域の規模こそが問題になる。

 なにせこの城、北の下瀬城と稜線で結ばれているために三本松城包囲だけじゃ物資の枯渇しにくく、さりとて下瀬城まで封じようとするとこの山域全体を囲むようなもので、やろうとしたら万を超える軍勢が要る。

 

「とはいえ、やりようがないわけじゃない。違いますかな?」

 

「そう言うからには、朝倉殿は何か思いついたようだな」

 

「いやはや、あの陶晴賢ですら落とせなかった城を落とすような策などあれば、晴賢がとっくに実行していようよ」

 

「わかっているくせに何を言う。あの戦いは晴賢は頭なんて使っていない。物量で押し続けただけだ」

 

「おお、これは手厳しい評価ですな」

 

 ニタニタと朝倉殿が笑う。その笑みは果たしてお前にかの西国無双の侍大将を超えられるかというやたら挑発的なものだ。

 

「はあ……、いつまでやってるんですか。三本松城の南面を攻め立てて、背後から稜線を抑える。ちょうど北方に深い沢があったことですし、そこから登ればいい。相手は南面が苦しいから北に割きたくとも割けない。……って算段ですよね?」

 

 じゃれあっているうちに辟易したのか志賀殿が言う。まさしく考えていた通りの内容だったので、俺は頷いた。

 

「というわけだ。問題は誰がその北方に行くかだ。沢筋の道は稜線から連なる斜面からは丸見えで足場も悪く滑りやすい。城からも離れているからよほど行軍に優れたやつが行かなくてはならないが……」

 

 かなり条件の悪いと言ってるうちに思ったが、幸いなことに朝倉殿も志賀殿も豊後でも山深い部類の南郡の領主だ。下も山道には慣れている。一番は鹿之介たち、山陰の山に慣れた尼子旧臣だが、あまりに参加が急だったのでまだ石見に上陸していないらしい。

 

「二人が行かないなら俺が行くが……」

 

「いや、それには及ばぬ。儂が行こう」

 

 朝倉殿が手をあげる。自ら志願するイメージがなかったため、俺も志賀殿も面食らっていた。無駄に生き生きしてるけど、なんだかんだで朝倉殿はかなりのご老体だ。

 

「やはり、私が行きましょうか?」

 

「いやあ、志賀の姫さまを水に濡らすわけにはいきませぬなあ。それもそれで興奮しますが、ひとまず儂に任せてくだされ」

 

 やけに意欲的な朝倉殿。まあ、ご老体である以外に遮る理由はないため思うようにさせることにした。

 

 *************

 

「さて、割り振りはもらって来たぞ。そなたらの出番じゃ」

 

 本陣北方の山中。

 そこに朝倉一玄は分け入り、茂みに向かって呼びかけた。

 すると茂みの中から控えめに「応」と返ってくる。綱憲がこの場にいれば、間違いなく白目を剥くだろう。

 

「兵站と伝馬を誤魔化して、独力で姫さまに交渉を行うのは悪評が多い儂には骨じゃったわい。だが、塩谷綱憲も甘いのう。散々警戒したくせに懐に加われば、容易く信じる。建前上この場にいるのは二千五百じゃが、その実は三千は超えておるというのにな」

 

「それは、朝倉殿の手腕に依るところが大きいですよ。しかし、苦労のおかげで私たちにはここにいれる……。朝倉殿。無理を言って申し訳ありませんでした」

 

 隣に立つ鹿之介が軽く頭を下げる。それに対して朝倉一玄は飄々とした笑みを浮かべて返した。

 

「兵をごまかすより、そなたらを連れて行く方が手を焼かされたわい。殿が折れてくれたおかげで楽が出来た。……さて儂は期待しておるのだ。この無聊を紛らわす術をな。そのためならばこのぐらいの苦労など厭わぬ」

 

「期待に応えられるように頑張ります。朝倉殿はご老体ゆえ沢には登らず身を隠されよ」

 

 そう言って、山中鹿之介と横道兵庫介は朝倉勢に混ぜ込まれていた山陰兵を率いて沢を登り始める。

 それを朝倉一玄はいつも通りのねっとりとした笑みで見送った。

 

 三本松城が陥落したのは、それから二刻のちのことである。

 




二話書き溜めて一話出す。
これをやろうとした結果がこのザマという悲しみ。申し訳ないです。
あと、想定より若干話数増えまちた。

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