西国転生   作:tacck

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第二十五話 輝弘の最期

「若、果たしてこれで良かったのですか?」

 

 燃え盛る城の中で、老いた武者がその主人である大内輝弘に問うた。老いた武者の大鎧には何やら巾着が至る所に提げられており、この場に横道兵庫介がいたのなら「干し柿でも作っているのか?」とちゃかしただろう。

 

「良いんだ」

 

 その問いに、輝弘は柔和な面持ちで答える。彼の若造にしては立派過ぎる意匠の大鎧にも巾着が提げられていた。

 

「元々僕はこうする、と決めていたからね。全てはこの日この時のためのこと。元々僕が周りの人々に期待されていたことでもある」

 

 恬淡と輝弘は答える。端正な顔立ちも相まってさながら人形じみた趣があった。

 

「少なくとも、塩谷殿と宗麟様は期待していなかったように思われますが」

 

 だが。

 塩谷綱憲と大友宗麟。

 この二人の名を挙げられると、その顔つきが悲痛なものに変わる。

 

「知ってる。けれど、仕方なかった。山口に彼を引き止めては退路がなくなるし、さりとて一緒に逃げてもたちまち毛利軍に崩される。彼を生かすためには、少ない手勢で毛利軍を大幅に脚を止めなくてはならない。これからの大友家には、宗麟様の側には、優しいだけの男は相応しくないんだ」

 

 それは輝弘の悲痛な自嘲であり、献身であった。

 戦乱の果てにただ一つだけ、残された大内男系の血を保存する容器としての役割しか求められなかった若者が思いがけぬ役割を見出し、果たした。されど、その先の道を歩むことは許されない。

 そのことを輝弘は自覚していた。

 

「だから、若は朝倉殿を頼ったのですな」

 

 軋むような痛みを噛み締めながら老いた武者は言うと、輝弘は静かに頷いた。

 

「幸い朝倉殿が留守の火縄という兵器を城に隠して仕掛けたことを知っていた。敵を城もろとも丸焼きにする狂気の産物だけど、僕のやりたいことには合っていた」

 

 さて、とここで輝弘は一息ついて辺りを見回す。燃え盛る城内だが、存外爆破にばらつきがあった。

 そのため、火の手と共にまだ活動している毛利兵の気配も漂っている。

 

「大内輝弘殿とお見受けするッ! いざ、覚悟!」

 

 死角から毛利の足軽が輝弘に刀を向けて突っ込んでくる。老いた武者がそれを斬り伏せるが、まだ終わらない。

 斬り伏せた足軽は氷山の一角に過ぎず、更なる増援として足軽大将を含む十人が二人を囲んだ。

 

「どうやらここまでらしい。僕に武勇はないから、ここを切り抜けることはできないね」

 

 ゆえに、輝弘は腰から刀ではなく火打ち石を取り出す。

 

「けれど、知ってたかい? 爆破は最初の一回だけじゃない。城に詰めた誰もが火薬と火打ち石を無くさない限りは起爆できるんだよ」

 

 ただならぬ輝弘の言動に一歩、足軽たちは後ずさる。

 しかし。

 

「臆するな! 一人が持てる火薬など大した量ではない! 突っ込んでも死なぬ! そもそもやらせるなッ!」

 

 足軽大将が鼓舞して十人が同時に二人に斬りかかっていく。悲しいかな、囲まれた二人にそれを捌くほどの技量はない。ゆえに、火打ち石を鳴らした。

 すると、たちまち火打ち石から発せられた火花がその身に帯びた火縄に飛ぶ。火縄の先には火薬を詰めた袋があった。

 

(申し訳ございません宗麟様。後は頼んだ、塩谷綱憲殿。あなたさえ生き残れば、宗麟様は救われる……)

 

 生の終わりを目前にした輝弘の感覚は鋭敏さを増した。

 かくして、彼は幸いにも祈る時間を得た。

 

(主よ、宗麟様をペテロにしないでください。三度も過ちを繰り返さなければならないなんて、あまりにもむごすぎる)

 

 眼を閉じる。

 それと同時に彼の存在は十一人を巻き込んで爆散した。

 

 ******************************

 

 山の上で燃え盛る高嶺城は大内館跡に陣取った元就にもよく映る。

 元就は歯噛みして見上げていた。

 

「してやられた。げにおそろしきは大内残党のしぶとさよ」

 

 遠征に疲れた毛利の大軍と少数ながらも全員が死兵となった大内残党。この両者の争いは不毛な殺し合いを繰り広げた。

 力に劣る毛利の足軽を大内残党が気迫で圧倒し、冷静な毛利はその残党を多勢に任せて袋叩きにする。

 厭戦気分が蔓延する中、生き残るための泥沼の戦いを繰り広げていた。

 

(それをようやく此方に傾けたところで、あの爆破だ。不意をつく意味では間違ってはおらぬ。しかし、それ以上に狂気的だった)

 

 有利になったはずの毛利軍を襲う爆発と炎は彼らを壊乱させた。城に取り残された兵も多く、城内は阿鼻叫喚の事態になっていることは容易く予想できた。

 

「元春殿、これより隊を率いて城からの撤退を告げよ。もはや、これは戦にあらず。早急にこの恐慌を鎮めなくてはならぬ」

 

 下知に応じて元春が、攻城隊を連れ戻す。

 二日かけて元就が状況を確認した結果、二万いた兵のうち、およそ六百がこの恐慌で命を落とし、二千が戦さ場から逃げ出していたことがわかった。

 また、焼け落ちたのか生き延びたかは明らかではないが、大内輝弘の亡骸も毛利軍は発見できなかった。

 

 輝弘の死から遡ること四日。

 立花山城を奪還した大友軍は玄界灘沿いに筑前を進軍。小倉城まで攻め落とすことに成功した。

 この快進撃で戦中に毛利側に寝返った国人は討伐、あるいは降伏して宗麟の沙汰を待つ身となった。

 

「九州はひとまず抑えたと思う。……鎮理、中国の情勢は?」

 

「まずいことになってる。まず、山口に毛利軍が迫っている。明日には山口に到達するだろう。聞けば、毛利軍は二万がいるらしく、到底孤軍で支えられる数じゃねえ……! このままじゃ確実に二人は終わる。南無三だ……!」

 

 もたらされた凶報に宗麟は思わず眼を覆った。

 ついに運命が彼らに牙を向けようとしているのだ。

 宗麟は自らの身体が強張っていくのを感じた。

 

「右頬をぶたれたら左頰も差し出しなさい」

 

 知らず聖書の一節を宗麟は諳んじていた。

 この一節もまた宗麟の心を捉えたものだ。迫り来る運命に対して歯向かってはならない。そう、宗麟は主に言われているように感じた。

 また、諦めてしまうのか。運命を受け入れなければならないのか。宗麟の胸中には絶望が渦巻いていた。

 

「おい待て姫、諦めるんじゃねえッ!」

 

 だが、そんな宗麟の頬を鎮理が叩いた。

 まさか鎮理に手を出されるとは思っていなかった宗麟は呆然と鎮理を見つめる。

 

「昔、ザビエル殿に聞いたことがある。『右頰をぶたれたら左頰も差し出しなさい』。この聖書の一節は異端のものらしいが、抵抗する手段はなくても心だけは折らずに敵に立ち向かいなさいという解釈もできるらしい」

 

「でも、みんなばかりが死んで、私が救われるなんて違う!」

 

 弟達を守れなかったこと。何も出来ない自分ばかりが繁栄を享受していること。

 感受性の強い宗麟はこの二つのことに罪悪感を抱いていた。

 裁かれたがっていた、救われたがってもいた。しかし、罪悪感が救われることを許せなかった。

 

「違わない。あいつらは皆、姫の笑顔が見たかったんだ。決して曇らせたいわけではなかった!」

 

「そんなこと、とっくにわかってるよ。けど、笑えないんだよ……。笑えない以上、私に出来る償いは予言の通り破滅することしかないんだよ……」

 

 さめざめと涙を流して宗麟は嘆く。

 もう取り繕うことなどできなかった。

 九州六カ国の新女王という仮面は剥がれ落ち、ただの塩法師丸に戻っている。

 

「姫、最後に聞かせてくれ。予言に対してどう思う? 腹が立ったりはしないか?」

 

「……それはもう。私だけを呪うならそれはそれで良かった。でも、なんで弟達まで巻き込んだの!? 彼らには何の罪もしがらみもなかったというのに……!」

 

 慟哭する宗麟。膝は崩折れて、泣き伏してしまっている。

 

「ならば、やることは一つだろう? 」

 

「わかってる……。でも、国主たるものが、そんな暴挙なんて……」

 

 気づけば、宗麟はまた理由を探していた。腹立たしい気持ちはすでにあるのに、やらない理由をいつも探している。それは誰かのためにしか生きられなくなったからなのだろう。

 

(私は二階崩れで塩乙丸を死なせた。……それと同時にお父様を死なせた。お父様は紛れもなく大友の柱だった。それを手折ってしまった私が果たすべき責任は大友を維持していくことだけ……)

 

 自覚する。本当なら誰よりも山口に駆けつけたいのに、誰よりも今の自分の立場に責任を感じているために動けずにいる。雁字搦めだ。

 

『宗麟様にも選択は訪れることでしょう。その時はしかと進むべき道を定められることを願います』

 

「吉弘、私は……」

 

 

 

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