西国転生   作:tacck

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第二十七話 下瀬城の戦い

 

 津和野の戦いから一夜で合戦の中心地は三本松城から10キロほど北にある下瀬城に移っていた。

 

(昨日は不覚を取ったが、やはり南側に多く斥候を放っておいて良かった)

 

 昨晩のうちに、軍を三本松城からの尾根道を駆けて下瀬城に移動させたからだ。

 斥候が石防国境の山の肩に吉川元春が陣取っていることを発見しなければ、今頃どうなっていたかわからない。

 吉川側も明日に勝負を懸けており、警備は厳重だったが、そこを斥候たちは人海戦術で押し通した。

 佐波隆秀は明らかに津和野の地を決戦場に設定していたのだろう。策が偏っていた。しかし、ああも綿密に連携が取れていたとは……。本当にびっくりした。

 

「綱憲様、ひとまず危地は逃れましたが、これからどうします?」

 

 鹿之助が問うてくる。それに俺は苦々しい表情で答えた。

 

「もう力押しの強行突破しかない。正直、この稜線上の道を一気呵成に使うことは最後の手段だった。意表はつけるが、山道である以上、速さでは下道に劣る。挟み撃ちにするつもりで津和野に敵が留まってくれたのは、僥倖だった」

 

「いや、熊之丞。僥倖じゃないらしいぜ。下瀬城の北端をすでに先遣隊として長駆してきた佐波隆秀が固めてやがる」

 

 横から兵庫が入ってきて新たな情報を流してくる。本人は嫌がらせのつもりだったが、かえって俺は落ち着いた。

 

「そうか、部将が的確に動いた時の対応の速さはやはりおかしいな。だが、予想はしてた」

 

「予想はしてたって、何か手立てはあるのかよ?」

 

 期待が外れて少しつまらなさげな顔をして問う兵庫に、俺は冷静に告げた。

 

「稜線を使うのは最後の手段ではあると言った。強行突破しかないとも。しかし、捨て鉢になって攻めかかる気にもなれなかったのでな、一つだけ策を用意しておいた」

 

 嫌な敵だが、佐波隆秀には弱点がある。

 それは行軍が速すぎることだ。佐波隆秀には地の利があるため、行軍が素早い。一方、吉川軍はこの辺りの地理に詳しくないようで、街道沿い以外は鈍重になる。さりとて、両者が歩調を合わせた場合、俺は難なく逃げ切っていただろう。

 佐波の頭の中はおそらく俺の足止めに終始している。そのためならば、寄せ集めの割合が高い自軍など容易く削らせるはず。となると、自軍だけで長駆する可能性はあった。

 

「全くよく動きを読み、先回りをしたもんだ。だが、吉川はついて来ていない。一気呵成に潰すとするか」

 

 俺に蓋をするためといえど、佐波と吉川は現在分断されている。津和野でつけられなかった決着を今ここで果たせば、戦局を単純化させることができるのだ。

 佐波はどこかで徹底的に叩きのめさないと最後に泣きを見る。珍しく自分の感覚がそう告げていた。

 

「一気呵成に攻め立てるならば、佐波隆秀を狙うのでしょうか?」

 

 鹿之助の問いに俺は首を横に振った。

 

「いいや、狙いは吉見広頼だ。今から親次と一緒に二千の兵で彼女を攻め立てて欲しい」

 

「なんだよ、いかにも佐波をぶっ潰すって感じだったじゃねえか。回り道する暇なんてねーだろ」

 

 兵庫は俺の言動の矛盾に首を傾げるが、実際はそう矛盾とはいえない。

 

「一気につぶせる相手だが、考えなしにやり合ったら痛い目にあう。吉見を攻めるのは、その下拵えだな。出来れば、吉見の首が欲しい」

 

「首ってマジか……」

 

 俺が発した首という単語に兵庫はややたじろいだ様子を見せる。

 まあ、兵庫が戸惑うのは無理もない。今まで俺がここまで攻めっ気を出すことなどなかったのだから。

 

「熊之丞がそこまで言うということは、ここが切所ですか」

 

「ああ、吉見を倒せば出来ることが一つ増える。それが佐波潰しの策の根幹だ。だから、お前に全てを任せる。親次をうまく使ってくれ」

 

「任せてくれてありがとうございます。それでは、行ってきますね」

 

 鹿之助はそう言ったきり振り返らずに前陣にいる親次の元に向かった。その背中に死の影はないように思う。

 朝倉殿が対面の場を仕込んでくれたおかげだろう。唐突だったが、殴り合って思いを吐き出した結果、無駄な力が抜けていた。

 

 *****

 

 鹿之助は親次の陣に向かうなり、綱憲の指示を伝えた。

 

「吉見広頼だけを狙い打ちか……。殿も考えたわね」

 

 綱憲の策を親次は上策と評価した。

 昨日、津和野でぶつかった時に親次は吉見広頼は攻めっ気が著しいと感じていた。

 その感覚は正しく、傍証としては佐波本陣が退却の鐘を鳴らしても吉見軍は一拍遅れて撤退を開始していることが挙げられる。

 

「攻めるとしてもどうしましょうか。私はあまり頭が良くないので逆落としで突っ込むしか思いつきませんが……」

 

 鹿之助は武勇こそあれど知略はない。

 自分で突っ込んで強引に自軍に有利な展開に変える。あるいは好機を見極めて突っ込み、敵軍を打ち崩すことしかしてこなかった。

 有能ではあったが、綱憲以上に戦術面では視野狭窄に陥っている。

 

「山中殿、その点は心配しなくもいいです。あなたはそのまま突っ込んで、私が助攻として側面を突くので」

 

 一方で、親次はある程度の視野を持っていた。

 武勇と知略の均衡が取れているのが親次の特徴である。性格面で諸将との連携が取りづらい欠点はあるものの、おおよそ一人で戦線を任せられるだけの力量はあった。

 

「そうですね。私が主攻で崩しますから、親次殿が仕上げをお願いします」

 

 だから、鹿之介のような我の薄い闘将は親次にとっては最適の駒である。仮に横道兵庫介と組まされていたのなら、おそらくは諍いを起こして停滞していた。

 スムーズに戦術を策定した鹿之介隊と志賀隊は、吉見広頼を徹底的に貪り散らす。

 ついに追い詰められた広頼は、家臣から此度の戦の指揮が親次に任されていたことを知ると慟哭する。

 

「おのれ、塩谷綱憲……! 私など自分がわざわざ出ばるべき相手ではない、ということか! なんたる屈辱……。なんと私の惨めなことか……」

 

 鮮やかに城を奪われ、まざまざと力の差を見せつけられた。それだけならまだしも、その家臣にすら及ばなかった事実は広頼にとどめを刺した。

 この慟哭から僅か三十分後に無力感を抱えながら広頼は鹿之介隊の足軽に討ち取られる。

 戦の間、佐波隆秀から側方の志賀隊を叩こうとする動きがあったが、あわよくば少しでも隆秀の手勢をも削ろうとしていた兵庫に睨まれて大々的な動きが出来ずに今に至る。

 親次、鹿之介、兵庫の三将から戦勝の報を受けた綱憲は、「三人とも良くやってくれた。おかげで、明日からは楽ができる」と、その功を賞して少ない備蓄から捻出した食材で盛大に料理と酒を振る舞った。

 この対応には鹿之介から「未だ敵は打ち払えてはいません。お酒はちょっと……」と声が上がったが、綱憲はかえって「明日の戦さはお前たちは働かなくても良い。俺と朝倉殿で終わらせる」と言って取り合わなかった。

 

 ********************

 

 果たして、翌日。

 佐波隆秀は、信じられない光景を目の前にしていた。

 

「城に、曲輪に兵が詰めていないだと……!?」

 

 絶句する隆秀。

 さもありなん、下瀬城に昨日まで立てられていた幟が全て消え失せているのだから。

 門は閉まってはいるが人気はなく、人をやって曲輪に入らせて後ろから閂を外せそうな状況であった。

 

(昨日は吉見勢を粉微塵にしたはず。今更戦を避ける理由などあるはずもない)

 

 隆秀は思案を重ねた。その結果、一つの懸念を見出した。

 

「よもや、下瀬城を高嶺城のように焼くつもりか……!?」

 

 高嶺城の留守の火縄の惨状は隆秀の耳にも届いている。

 他勢に無勢の大内氏残党が毛利の大軍に二千五百の被害を与えた挙句に二日間も足止めを強いられたのである。まさしく塩谷隊の切り札と言っても差し支えない戦術だった。

 

(だが、高嶺城の時は居残った兵もろともに城を焼いたという。おそらく火付けと足留めのためだろう。しかし、今の下瀬城にはその足留めの兵すらいるとは思えぬ。……いや)

 

 一時は隆秀は疑念を抱いたが、下瀬城の特性を思い出して固まった。

 

「下瀬城と三本松城は繋がっている……」

 

 わざわざ足留めを下瀬に置かずとも三本松までの稜線上に置けば、事足りる。三本松城は綱憲退去後も元春が各個撃破を恐れて二百ほどの兵しか置かなかったため、事実上の空城である。下瀬城を焼いても兵を避難させる場所があり、密かに街道に部隊を降ろすことも可能だった。

 

「殿、どうなされますか?」

 

 固まる隆秀を家臣の一人が不満気に見つめている。

 

「ならぬ。綱憲は高嶺のように火を放とうとしている。兵がいないからと攻め込めば、我が家は焼き滅ぼされる。おそらく綱憲は街道側から奇襲を仕掛けてくるであろうから、守りを厚くせよ」

 

 ついに隆秀は軍を動かさず、守りを固めることを決意した。

 守りに変わっていく佐波軍の陣形を見て、一人ほくそ笑んだ者がいる。

 

「これで、策は成ったか。ようやく一つ先に進めそうだ」

 

 下瀬城の望楼で気を見計らっていた綱憲であった。

 かなり傲岸なもの言いだが、油断はない。

 綱憲は伏せていた隊に下知を飛ばして、自らもまた伏せ隊の元へ赴く。

 伏せ隊のもとに綱憲が辿り着いた時、すでに佐波隊の陣形は引き裂かれていた。

 今回、綱憲は土竜攻めを攻城部隊に仕掛けた。

 その理由はこの下瀬城の構造にある。

 下瀬城は稜線で三本松城と繋がっているだけではなく、地下に坑道が張り巡らされている。

 城に坑道を掘るのは石見銀山がある山陰では珍しいことではない。綱憲が住んでいた月山富田城の館にも一本掘ってある。

 つまりは、三本松城と下瀬城は奇襲と夜逃げどちらもできる城だったのだ。

 だが、今まで綱憲はそれを用いることはしなかった。

 理由は確実に構造を知悉している吉見広頼を警戒していたためであり、だからこそ昨日に攻勢をかけて始末した。

 尤も、広頼が隆秀に話していたら終わりだったのだが、広頼は教えていなかった。石見の国人は離合集散が激しく、隆秀を信用し切れなかったのである。

 

「陣形を変えて隙ができたところを攻める。佐嘉でやられた手だ。だから、その効果の大きさは身をもって知っている」

 

 兵数においては塩谷隊は佐波に有利だ。しかし、後続には吉川がいる。となると、寡兵の戦をこの場でもしなくてはならない、と綱憲は考えていた。

 

「もう佐波に嘴を突っ込ませるな! ここで完全に倒せ!」

 

 追い討ちとばかりに綱憲が下知を飛ばすと、さらに兵の勢いが凄まじくなってくる。その勢いはたちまち隆秀本陣に達した。

 

「ついぞ、支え切れなかったか。だが、まだだ。出来る限り綱憲に傷を負わせる。それが、我が軍の役目である」

 

 一気呵成に攻め込んでくる綱憲兵に揉まれながらも隆秀本陣は陣形を維持した。この動きが功を奏し綱憲兵の勢いがやや減退する。

 

(佐波は最後まで関わらせると厄介だ。必ずここで沈黙させなくてはならない)

 

 しかし、今回の綱憲は攻めっ気が段違いだった。綱憲自らが尼子十勇士のうち八名の隊を率いて強襲を仕掛ける。

 こうまで力で押す綱憲は珍しい。思わぬ強襲でさしもの隆秀の堅固も崩れ、ついに綱憲は本陣の奥深くに座す隆秀と対面した。

 

「お前が佐波隆秀だな。数日間世話になった」

 

「我が心算では其の方の落日まで見届けるつもりではあったが、いささか当てが外れた」

 

 苦笑いを浮かべる隆秀。しかし、不思議と敗北感はない。

 

「さあ、さっさと我が首を跳ねよ。流石に私の武では其の方に勝てないのは弁えておる」

 

 促す隆秀。しかし、綱憲は動かなかった。

 

「いや、まだお前に聞かねばならぬことがある。……吉川はどうした」

 

「教える義理があるとでも?」

 

「義理はない。ただ最早意義がないのではないかと思う。俺が知っていようが、知っていまいが関係ない。そこまでお前の隠し事が進んでいる気がしてならない。そうでなければ、こうもあっさりとお前は死を受け入れないはずだ」

 

 綱憲が推論を話すと、隆秀は呵々大笑した。

 

「流石は塩谷綱憲といったところか。……なれば、見せてやろう」

 

 ゆっくりと隆秀は懐から書状を取り出し、広げる。そこには綱憲にとって信じたくない情報が書かれていた。

 

「『益田津以外、全ての石見の湊津を封ず可く候』……これは流石に」

 

 益田港以外船は止まってはならないという元就が船舶に出した書状だった。日付は元就が九州を出た日であり、すでにそこそこの日数が経過している。

 

(書状だけじゃない。もう吉川元春は益田で守りを固める準備を進めているはずだ。隆秀が俺を下瀬城に封じている間に、一足早く益田に到着してな……)

 

 益田津以外に船は来ない。さりとて件の益田津は吉川軍八千が固める。他国に行けるほど兵糧も残っていない。

 本州から脱出するには、否応なしに二倍以上の相手と戦わなければならず、さらにその先で船を確保しなくてはならなくなった。

 綱憲は思わず頭を抱えた。

 

「その苦しみようよ。それを私は見たかった。確かに私はお前には勝てなかった。しかし、私の成したことにお前の死は起因する。成すべきことは成したのだ。であるならば、死を厭うことはあるまい」

 

 そう破顔したのち、隆秀は腹を切って自害した。

 

 **********

 

 その日の夜。

 満月の下で隆秀の首を弔いながら、綱憲は思う。

 

(手強かった。本人の将才は多分中の上ぐらいだろう。しかし、主家のためにやるべきことを成し、満足して死んでいった。おそらくは輝弘殿もそうだったのだろう。俺にはおそらく掴めない幸せだ)

 

「しかし、本当に厄介なことになった。いよいよどうにもならない展開だぞ、これは」

 

 いささか諦めムードが漂い始める中、綱憲は頭を回らせる。

 

(謀多きは勝ち、少なきは負ける。次の戦いにはおそらく俺の全てを賭けねばならない)

 

 いつぞや元就が自身に言い聞かせていた言葉を綱憲は自身にも言い聞かせる。とはいえ、これは厳密には元就の考えた言葉ではない。

 かの謀聖にして綱憲の曽祖父の尼子経久の遺訓を漏れ聞いた元就が開陳したものである。

 偉大な曽祖父にあやかりたくなるほど、綱憲は追い詰められていた。

 

 




読んで下さりありがとうございます。
次でようやく最終決戦になります。いやー長かった(半分ぐらいは二、三ヶ月で書いてたけど)。
最後の最後の綱憲の足掻き。是非、見守ってやって下さい。
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