宍戸隆家を追い払ってからは尼子軍は山吹城の包囲を進めた。
俺は本陣に戻り、晴久様に事の次第を報告する。
報告を聞くと、晴久様は豪快に笑った。
「ははは!随分な勝利ではないか。若輩ゆえ期待はしていなかったが、よくやった」
正直、この反応は予想外だった。
元服の時のように嫌々ながら褒めるならわかるが、こうも素直に褒めるとはよくわからん。
「これで英傑の類が我が尼子に新たに一人加わった!熊之丞よ、これからも精進せよ!尼子の未来はそなたの双肩に懸かっていると言っても過言ではないっ!」
いや、違うな。やけに芝居がかっている。何らかの目算があって褒めているんだろう。
「皆の者、少し下がれ。熊之丞と二人で話をしたい」
そう言って人払いを済ませたのち、晴久様が「少し良いか」と言って俺の耳元に顔を近づけてくる。こんな仕草は鹿之助のような美少女ならまだしも四十を超えたおっさんにやられると気持ち悪くて仕方ない。
辟易しながらも、耳を傾けると晴久様は二人にしか聞こえない声でこう言った。
「家臣達がいる手前、信賞必罰のためにらしくもない演技をしたが調子に乗るなよ。いつか必ずお前を始末してやる」
耳元に近づかれているから、晴久様の表情はうかがい知れない。だが、声音から判断するに悔しそうな顔をしているには違いない。
俺はそれを想像するのが、楽しくて仕方がなかった。
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綱憲が本陣に報告していたのと同刻、毛利軍・本陣にて一人の姫武将が元就に出陣を強請っていた。
「おやっさん!いつまで尼子軍と睨みおうとるんじゃ!このままだと山吹城が落ちてしまうけぇ」
「
「待たれい元春どの。血気に逸って攻め立ててはならぬ」
「じゃが、それでも尼子は包囲を続けちょるけえ。傍観していて山吹城を奪われば大毛利の面子も立たなくなるけえ」
この時、元春に知る由はないが、山吹城主の刺賀長信は包囲に参り始め、開城を選択肢に加えて考えるようになっていた。
(いや、ここは元春どのの案も一理あるかもしれんのう)
元就にも情報は行き渡ってはいない。だが、肌で戦の流れが毛利の負けへと傾きつつあることを感じ取っていた。
「あいや分かった。確かに後詰して戦わぬのはまずいのう。元春どの、今晩中に二千の兵を率いて尼子の陣に夜襲を仕掛けて欲しい。ただ、ある程度戦った後は必ずや帰陣すること。これならば最低限の義理は果たせよう」
「おやっさん、それは……!」
元春は元就の意図を読み取り、目を見開いた。
「口惜しいが、尼子の補給を断てなかった時点で我らの負けは揺るがぬ。損害は抑えよ。国力では防長を得た我らが勝る。損害を抑え、長期戦に持ち込めば遠からぬ未来に必ずや尼子を討ち果たせるはずじゃ」
「わかったけぇ……」
元春が微妙な表情を浮かべて本陣を立ち去る。
消化不良。
せっかく面白そうな相手を見つけたのに思いっきり戦えない。
それが元春にとって不満だった。
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その日の夜はまごうことなき新月だった。
光の当てのない中、山野を駆け抜ける兵たちがいる。
元春率いる、二千の兵であった。
(忍原では、煮炊きをしちょる間に攻められたけえ。ほんの意趣返しじゃ。夜襲で尼子軍をしごうしたる!)
完全に戦えないとはいえ、元春は尼子に出来る限り多くの被害を与えようとしていた。
隠密性を高めるために馬の口には轡を、馬蹄には草鞋を履かせ、行軍を早めるために兵の甲は少なくさせている。
だが、ここまでの努力をしても夜襲は成功しなかった。
尼子軍の陣まであとわずかというところで、尼子本家とは色違いの四つ目結の旗を掲げた立ちはだかったのだ。
「軍が動いている、と起こされて聞いてみればこれか……」
元春と向かい合うように立つ騎馬の上で、器用にも胡座をかいている青年が左手で頭をぽりぽりと掻いている。
黒い陣羽織に燕尾を模した前立ての兜。
顔立ちは整ってこそいるが、線が細いためにどうにも冴えない印象は拭えない。
(なんじゃ、あれは?)
見た目で人を判断するほど元春は愚かではない。が、自分の渾身の策を看破できる人間がこれだとは信じたくなかった。
「まったく夜分遅くにご苦労なことだ。でもさ、悪いんだけど帰ってくれない? 流石に寝たいんだけど」
心底眠そうにあくびをしたのち、青年が采配を振るう。
すると元春の左右から長槍を持った足軽たちが姿を現した。
「なっ!伏兵か!はめられたけえ!」
「全兵、長槍を振り下ろせ!」
青年が声を荒げると、槍衾が元春の隊を襲う。
足軽達の長槍の穂先は夜陰に紛れるために黒い布が巻かれていた。
(こうまでされちょったら嫌でも気づく。奴が朝に隆家を倒した奴じゃ!)
ここで元春が敵の正体に気づく。
伏兵の数が、どれぐらいかは知れない。
だが、年若くして細かいところまで目につくような男だ。ゆえに確実に元春を葬るに足る数は揃えているのだろう。少なくともこのままこの場に留まっていてはなすすべもなくやられることは理解した。
「退け!退くんじゃ!」
元春は撤退を口にするが、馬首を翻している間に次々と兵が槍に叩き落とされてゆく。
「頃合いだな。撃て!」
さらに青年の方から発砲音が聞こえてくる。
種子島だ。
落馬した兵が少ないため、数こそ少ないようだがそれでも元春にとっては最悪だった。
発砲音で驚いた馬、被弾して痛みにのたうちまわる馬が槍衾で行動を制限されている二千の中を暴れまわる。
落馬した兵の頭蓋が馬蹄に踏み抜かれたのを見た。
元春は吐きそうになるのを堪えつつ、毛利本陣へ前進する。愛馬が何かを踏んだようだが、気にしないことにした。
気を取られれば、即座にやられる。
元春の鋭敏な直感はそれを強く感じ取っていたのだ。
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結局、吉川元春はほうほうの体で毛利本陣に撤退した。
それを、俺はぼんやりと眺めている。
「吉川元春まで姫武将になってたとはな……。話には聞いていたが、実際に見るまではとても信じられなかった」
「綱憲さんよ、姫武将なんてこんなご時世じゃ珍しいことじゃねーだろ」
ひとりごちる俺の隣に、鹿之助とは別の武将が駆け寄ってくる。こいつは
本来、彼は俺の隊の武将ではないのだが、友達であるつながりで協力してもらった。まったく、持つべきものは情に厚い友達である。
「どうした、兵庫」
「元春隊の追撃をしなくていいのか?」
「ダメだな。それでは被害は与えられるだろうが、俺の武名が高くなる。晴久様の下知でやるならともかく、今回は俺の独断だ。軍規を持ち出されて処分を受けるのがオチだろう」
「あーやっぱ?世知辛いな、全く」
「そんなことを言うなよ。切なくなるだろうが……」
「それにしてもお前の武勇は昔からすごいと思っていたが、将才もあったのな。朝に初陣で寡兵をもって大軍を撃破し、夜にあの吉川元春を一方的に撃退する。出来過ぎだろ。武門を誇る俺の家ですらそんな大功は十年に一度挙げられればいい方なのによ」
半ば呆れながら兵庫は言う。
まあ俺も出来過ぎだって自覚はある。
だが、手柄を挙げてやろうと思ってやったわけじゃない。ただ生き残ろうと足掻いた結果、手柄もついてきた。そんな具合なのだ。
「皆もご苦労だった!」
兵庫と話すのもこれぐらいにして兵達にも労いの言葉をかける。
一日に二度も戦をさせたんだ。だというのに、彼らは不平不満を飲み込んで黙って従ってくれていたのだ。これには感謝の一言である。
「綱憲様、おめでとうございます!」
「俺、一生あんたについてくぜ!」
「はっは、俺もだよ。熊之丞」
足軽達が歓喜の声をあげる(しれっと兵庫が混じっているが)。
なんか今日一日で俺と兵たちの距離がぐっと近づいたように思う。
理由は昼の戦で鹿之助の言った通り、俺が彼らの名誉回復の機会を与えたからだそうだ。兵庫? あいつのは面白そうってだけだろう。友誼でも動くが、あいつの根幹は快楽主義だからなぁ……。
さてさて、これでまた少し考えることが出来てしまった。
何というかこのまま懐かれた場合、これでかつての新宮党のように軍閥化しそうで怖いのだ。軍閥化なんてすれば、俺が新宮党と同じ口実で消される。
俺は二心なく不満はあれども尼子に仕え、天寿を全うしたいのだ。
決して祖父や父、新宮党のようにはなるまい、そう考えている。晴久様に口でこう言っても信じちゃくれないだろうが……。
俺は人知れずこめかみを抑え、ため息をついた。
***************
吉川軍、塩谷綱憲に撃退さる。
この報は、すぐに晴久の耳に届いた。
報告を聞いた晴久は第一声に、
「ちっ、やはりしぶとい奴だ。また殺し損ねたか」
と、毒づいた。
(わざわざ奴の陣にわしがいる。と偽報まで流し、狙わせるよう仕向けたが、骨折り損だったか。吉川元春め、その不敗の称号は飾りだったのか?)
昨晩の夜襲は半分、晴久が糸を引いたようなものである。極道のように面子にこだわる元春の気風を逆用し、自然な形で綱憲を葬ろうとしたのだ。
「やはり、直接的に呼び出して始末した方がよかったのでは?」
傍らの近習が問いかけるが、晴久は首を横に振った。
「ならぬ。それは最後の手段だ。どうにか生き永らえようとする奴の足掻きを見物するのは、わしにとってはかなり大事な娯楽なのだ。其の方はわしの楽しみを取り上げようというのか?」
「いえ、滅相もございませぬ」
恐縮して近習は口を噤む。余計なことを言った、と肝を冷やした。
「わかればよいのだ……。さて、わしはもう寝る。下がってよいぞ」
近習を下がらせ、晴久は傍らの酒を一口含む。
(わしは恐ろしい。わしであるからこそこうして奴を弄べているが、わしの子……義久の代になれば愚鈍な我が子のことだ、間違いなく御することはできまい。近習の言うように即座に殺した方が良いのはわかる。……わかるが、奴の才幹なくして毛利を相手にするのは、いささか厳しいのも事実だ。さらに奴の側近、山中鹿之助もまた家中では並ぶものはない剛の者である)
「むむむ、これは思案のしどころよな……」
闇夜の中、晴久は思索を巡らせ続ける。
(そういえば、山中鹿之助は姫武将であったな。そして塩谷綱憲とは、幼い時分からの付き合いと聞く。姫ならばいざ知らず姫武将の場合は婚姻の裁量は自身にも一定量存在する。一度、探りを入れてみる必要があるか……)
翌日、朝一番に晴久は家臣の
晴久と会談した二人はその後、機会を作って談合した。
「いやはや、久盛殿。此度、殿のお考えを聞いてどう思われましたかな? 失礼ながら、拙はいささかやりすぎかと思いまする。確かに綱憲殿の才は目を見張るものはありますが、後ろ盾の立原殿は重臣とはいえ中堅、子飼いの軍もさほど強くはありませぬ。殿は塩冶興久の乱の再現を恐れておりますが、まず無理かと」
文に傾いた秀綱は苦笑いしていた。政権中枢にい続けた秀綱は派閥の力関係、組織の成熟度から綱憲をそう評した。
「うむ。文官から見たのならば、そうであろうな。だが、俺は武官の目から見た場合は必ずしもそうとはいえないような気がする」
されど、久盛は違った。
「確かに綱憲殿は後ろ盾は少ない。背景もよろしくない。だが、それはあくまで武家の話。それも出雲を中心としてみた話だ。辺境においてはその地にいる者を少しでも取り込まなければならない。そしてその際にはどうしても人物の資質に頼らざるを得ないのだ。となると塩谷綱憲のそれは凄まじい。聞いたところによると、あの弱兵どもを使いこなし手懐けたそうではないか。あやつらは俺ですら扱いに困る奴らだった。例証としてはそれで充分だろう。殿は奴が塩冶興久ではなく尼子国久になることを恐れていると俺は思っている」
秀綱と反対に出雲から見れば辺境である美作方面軍を率いている久盛からすれば、塩谷綱憲は軍人としての資質にあふれた存在に見えるらしい。
「殿にいびられてなお、ここまで生き延びる執念。これだけあれば、軍人としては一流だ。利害はともあれ戦というものは生きたいという願望のぶつかり合いと考えている俺の思考ではな。……叶うならば、俺の部下に寄越してくれないものか」
「ははは、久盛殿。これは異な事をおっしゃる。それだけの才幹があるならば、むしろ中央で鎖に繋がせた方がよいかと。実は、拙はそのために殿に呼ばれたようなものでしてな」
「ほう、それは残念なことであるな。辺境の変動は著しい。奴ならば、そんな不安定な現状に一石を投じてくれそうなものであったが……」
新たな俊英の不自由を惜しみ、久盛は嘆息した。せめて、末子としてでも晴久のもとに産まれればまた違った未来もあっただろうにと。
しかし、現実は非情である。どう足掻いたところで綱憲は尼子家の潜在敵にしかなれはしないのだ。
********************
毛利軍が撤退したのち、尼子軍はそのまま山吹城を包囲した。
それから数日すると援軍を失った刺賀長信が交戦を諦めて自害。山吹城は開かれ、尼子軍に奪回された。
城内に入った晴久は山吹城の城代に武勇に優れた本城常光を選び、堅守の姿勢を明らかにしたのだった。
なんだろう。だいぶチート臭が漂ってる気がする……。これ、まだ未来知識知識使ってないんやろ? ……使ったらどうなるんだろ。
ともあれ、読んでくださりありがとうございます。
誤字やら感想やら、なにかあればお気軽にどうぞ。