山吹城から毛利軍を撤退せしめた尼子軍は出雲に帰国する。
此度の戦の勲一等は忍原で宍戸隆家を叩き、夜戦で吉川元春に一敗食わせた塩谷綱憲だということは万人が認めざるを得ないことだった。
**********
出雲から帰ってきた俺は論功行賞ののち、晴久様に呼び出された。なんでも直々に恩賞を与えるとのことらしい。
俺の論功は勲一等。あれだけこき使われていれば当然の結果である。正直なところ勲一等よりも初陣を無事に乗り切ったことの方が嬉しかった。
「さて、恩賞の代価が俺の命ってのはないよな……」
決してありえないとは言い切れない。むしろ十分あり得ることだ。なにせ新宮党の尼子国久・誠久親子は城内での催しにかこつけて呼び出され、殺されたのだから。
できれば、鹿之助を連れてきたかった。彼女の武勇と俺の武勇、この二つがあれば忍びの囲いだとしても突破できる。
(いや、ここは逆に巻き込まなくて良かったと考えればいいか。尼子再興を願うはずの人物が謀反人の一味として殺されるなんて歴史改変にもほどがある)
ともあれ、油断ができない状況の中で俺は晴久様の小姓に取次を頼む。小姓の対応は早く、五分とかからずに晴久様の部屋の中に入ることができた。
部屋の中に入ると、晴久様の他に二人の人物がいた。
そのうちは一人はわかる。尼子家を支える二人の宿老の片割れ、亀井秀綱様だ。だが、もう一人、彼の横に佇む少女にはとんと見覚えがなかった。
「よう来た、熊之丞。近う寄れ」
晴久様に手招きされたため、やむなく部屋の中にさらに歩を進め、晴久様の前に座り平伏する。
「塩谷綱憲、罷り越しました」
「うむ。此度の戦での働き、見事であった。今、この場にてお前に恩賞を与えるとする。秀綱よ、あれを持ってくるがよい」
言われると秀綱様が一度この場から席を外し、奥の部屋に入る。しばし待つと巻物を持って戻ってきた。
「熊之丞よ。これはわし直筆の割符じゃ。そなたの生活は聞いている。一門でありながら、町人の用心棒などをして糧を得ているとな。これからはその必要はない。その割符を商人どもに見せれば、何も言わず一定額までの金額を渡してくれよう。給金も増やしてやる」
俺は晴久様の説明を呆然と聞いていた。
必ず裏があるだろうが、まさかこうも大々的に支援をしてくれるとは思ってもみなかった。
「ありがたき幸せにございまする」
「熊之丞よ、喜ぶのはまだ早い。あともう一つ、お前に恩賞がある。孫四郎よ、こちらへ参れ」
金銭的な心配が吹き飛んだ喜びからすぐに平伏しようとしたが、晴久様に制止された。
そうして頭を上げたのちに視認したのは、謎の美少女の整った顔である。
年はだいたい十三、四ぐらいで肩まで伸ばされた紫色の髪に華奢な身体。
如何にも庇護欲をそそられる鹿之介とはまた違ったタイプの美少女だった。
「そなたは屋敷の整備にすら苦労しているのだろう? ゆえにこの女子、亀井孫四郎をつけてやろう」
少女の姓が亀井と聞いて、俺は動揺した。秀綱様がいたのはこのためか。顔立ちが似ていないためにおそらく義理の関係であるのだろうが、娘が関わるから立ち会ったのだ。
俺はこの時、晴久様の狙いは撤底的に俺の身辺を固めることだと気づいた。
二つ目の恩賞は言うまでもなく俺の監視。最悪は無理矢理婚姻させられて閨閥の中に取り込まれる。
そして、一つ目の恩賞の書状もよくよく考えれば、経済的な縛りを加えるためと解釈できる。
あれで使える金額の範囲をだいぶ定められた。範囲を定められてしまった以上、金の流れでこちらの行動を気取られる。少しでも不自然な動きがあったら即お縄だろう。
「まさかこれほどの恩賞を頂けるとは……。しかし、今の俺では確実に持て余しまする。なにほどお考え直しを……」
さっきとは違った動機で俺は平伏する。行動を縛られるなんて冗談じゃない。だが、そうはいかなかった。
「これは綱憲どの。拙の娘ではいかんと言うのですか?見目は麗しい部類だとは思うが……」
秀綱様が不機嫌そうな面持ちでこちらを睨み、少女は哀しげにこちらを見つめてきていて良心を咎めてくる。
「はは、秀綱。そんなわけはあるまい。こやつはただ照れておるだけよ。拒絶しておるわけではない。そうであるな、熊之丞よ」
快活に晴久様は笑いながら俺の肩を叩くが、俺は笑えない。
卑怯だ。その論法は余りに卑怯に過ぎる。
否定すれば、少女のプライドを傷つけることになるし、秀綱様からの心象も悪くなる。さりとて、肯定してしまえば、雁字搦めになってしまう。
どちらを選んでも良いことは少ない。
「はははっ、晴久様には隠し通せませぬか。ええ、秀綱様の御息女が美しすぎて尻込みしておりました。俺には実にもったいない女子にございましてな」
逡巡した結果、後味がいい方を選んだ。
どちらにせよ不利益が生じるならば、時には考えることを放棄して心のままに動いた方がいい。そう、思ったのだ。
「そうであろう、そうであろう。だが、恩賞を受け取ることもまた武家の資質の一つ。謙遜は時に侮蔑になることがある。熊之丞よ、また一つ賢くなったな」
口の端を吊り上げて晴久様は笑う。
目上じゃなければ、思わず殴り飛ばしたくなるぐらいのいい笑顔だった。
------------
------------
------------
「なるほど、そういう経緯だった訳ですか……」
場面が変わって、自宅の居間。
そこで、俺は鹿之介に正座をさせられていた。
鹿之介の隣では、久綱様が困ったような笑みを浮かべながら佇んでいる。
事の発端は鹿之介が孫四郎を見た時に、俺が戦で孫四郎を攫ってきたと勘違いして激怒したからである。
「というわけだ。孫四郎のことは許容してくれ。あくまでこれが上意なんだよ」
「ふう、それならば仕方がないですね」
上意と言われてしまえば、鹿之介とて受け入れざるを得ないようで、鉾を納めてくれた。
「しかし、いくら孫四郎どのが可愛らしいからといって邪なことを強いることは許しません。節度をもって接してくださいね」
しかし一言、俺を戒める言葉は忘れない。
今のように鹿之介はよく俺に諫言をしてくれている。
武士たるもの高潔であれ。後世に恥じない振る舞いをせよ。
この二つをよく諫言の内容として聞く。といってもだいたいは鹿之介の母が彼女に言い聞かせているものとさして変わりはないのだが。
時折、耳が痛くなることがあるが、鹿之介の諫言は俺にかなりの影響を与えている。
「まあまあ、鹿之介。熊之丞とてそれしきのことは分かっておろう。姑のようにがなり立てるでない」
久綱様は温和な性格でどちらかといえば、俺たちを見守り、行き過ぎた時には宥める立場だった。
鹿之介が父親ポジ、久綱様が母親ポジ。そう言った方がわかりやすいだろうか。
「今は事の是非を問う時ではない。起きたことは起きたこととして今は新たな家族を歓迎してやろうではないか」
この久綱様の言葉に否やの声は上がらなかった。
たとえ孫四郎が晴久様が送ってきた内偵であってもこれからは共に過ごす間柄だ。あまり気まずい関係になるのも嫌だった。
********************
この後は、孫四郎の歓迎の宴に移った。宴の費用は久綱様持ちで、俺に関係深い諸将も参加している(といっても殆どいないが)。
「やあやあ、熊之丞。なんだ、鹿之介だけでは飽き足らず、亀井様の御息女まで落としたのか?」
その数少ない一人である兵庫は、すでに酒が回って俺に絡んでいる。
「鹿之介すら落とした覚えはないけどな」
「ん? いや、幼馴染なんだろ? 」
「幼馴染にどんな理想持ってるかは知らないが、実際はそんな関係にならんよ」
「そんなもんか?」
「そんなもんだ」
言われた兵庫はつまんねーな、と杯をあおる。
まあ、それが現実だ。転生前にも幼馴染はいたことにはいたが、やっぱりそんな関係にはならなかった。
「それで、綱憲さんよ。鹿とそういう関係になろうとは思わないのか? 見てくれなら出雲でも上位だぜ? 」
「今のところ、そのつもりはないな。まずはあいつに恥じない主君になる方が先だ」
「優柔不断なことだ。好きなら好きとそう言えばいいのにな」
「……言えるわけがないだろう。いつ死ぬか分からん身だしな。心の中に留めておいた方がマシだ」
兵庫は気さくで俺の背景を気にせずに絡んでくれるいいヤツではあるんだが、やたらと俺と鹿之介をくっつけようとしてくるのがたまに疵である。
そういえば、良晴は元気にやっているだろうか。気質が若干似ているからか兵庫を見ていると思い出す。
さて、兵庫ばかり相手にするのもアレなので気づかれないように孫四郎の方も見てみると同性だからか鹿之介とよく話していた。久綱様ともちらほら話しているみたいなので、孤立するようなことはないと思う。
**************
宴が終わり、屋敷に静寂が訪れる。
俺は最初の一言二言を除いては孫四郎と話すことはついに一度もなかった。
多分、これからは主と侍女の枠を出ないありふれた関係が続いていくんだと思う。そして、その関係で俺は十分だと感じていた。
なにせ、孫四郎が内偵を兼ねているため、これ以上の関係を求めるのはこちらの首を絞めることになるのだから。
そろそろ寝ようかと、自室に戻り布団に潜る。
「お屋形様。少しよろしいでしょうか」
だが、布団に潜って一刻が経とうかという時に件の彼女は俺部屋に訪ねて来たのである。
「外は寒いだろう。入れ」
仕方ないので、布団から出て彼女を招き入れた。
夜の部屋で見る孫四郎は蝋燭のぼやけた光も相まってやけに艶っぽく見え、その年齢離れした色っぽさに俺はたじろいでしまう。
「この時間にわざわざ俺の部屋まで来たということは何かしら用があるのだろう。申すがいい」
しかし、そうしてばかりもいられない。一応この子は潜在敵だと身体に言い聞かせ、居住まいを正した。
「はい。お屋形様にお伝えしたき儀がありまして。……本来は酒宴の際に話せれば良かったのですが、なにぶん横道様とのご歓談に夢中になっておられたので、言い出せなくて……。まずは、これを見ていただけませんか」
そう言って、孫四郎は懐から一差しの脇差を取り出して俺の前に置いた。脇差には尼子家の家紋である四つ目結が象られている。だが、その色合いが違った。
「孫四郎。お前まさか……!」
俺の声が震えているのが、はっきりとわかる。
その脇差を見て、一目でわかってしまった。
尼子家の一門の慣習の一つに家紋の色合いで一門の差別化を図るというものがある。紺地に家紋が宗家、草地が塩谷、茶地が新宮党だ。
目の前の脇差は茶色の鞘に白抜きの四つ目結が象られていた。
もはや、勘違いのしようなどなかった。
「もうお判りかと思いますが、名乗っておきます。わたしの名は尼子孫四郎勝久。新宮党の唯一の生き残りです」
読んでくださりありがとうございます。
誤字や感想などあれば、お気軽にどうぞ。
……晴久様書くの楽しい。もっと綱憲をいびりたかった……。