西国転生   作:tacck

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第四話 元就くんのリベンジ

 

 孫四郎は新宮党の生き残り、尼子勝久であった。

 そのことに今、俺は驚いていた。

 尼子勝久は覚えている。というより忘れられる訳がなかった。なぜなら、この人物こそが史実において鹿之介や久綱様と尼子再興の戦いを共にしたからだ。だが、こうして顔を合わせるのはもっと後、尼子家が一旦滅んでからだとばかり思っていた。

 

「しかし、どうして生きられた? あの日新宮谷は全て焼き払われていたというのに? 誠久どのの子なんて乳飲み子であっても殺されていたんだぞ⁉︎」

 

 晴久様による新宮党の粛正は、かつての塩冶興久の乱の始末よりもさらに厳しいものだった。縁戚関係まで徹底的に処罰を下し、一時は家中の勢力を二分した新宮党が一夜にして壊滅したのだ。

 

「わたしはあの日、女中さんの手で燃え盛る新宮谷から救い出されました。それからしばらくは女中さんと一緒に因幡の村で暮らしていたのですが、亀井様に見初められて養女として月山富田城に舞い戻ってきたのです」

 

 勝久はそう説明してくれたが、俄かには信じられない。しかし、証拠も揃っているし、今や新宮党の名を出すことは不利益にしかならないからやはり真実なのだろう。

 となると、気になるのはその意図だ。俺に明かして旨味があるからこそやったのだろうが、いまいちそれがわからないのだ。

 

「どうして、俺に正体を明かしたんだ? お前を晴久様に売るかもしれないとは考えなかったのか?」

 

 なので、単純に聞いてみる。すると、勝久は瞳を潤ませながらうったえてきた。

 

「……綱憲様に信用して欲しかったからです。初めて会ってから距離を置かれているのがひしひしと伝わってきまして……。内偵は命じられてこそいますが、あなた様の不利になるような行動をしないと約束します」

 

「じゃあ、最後に聞く。お前は俺に何を望んでいる。……それが聞けない限り判断に困るな」

 

 裏切り者を懐に抱えることは、相当リスクを伴う行為だ。久綱様ほど俺は出来てはいない。未来の感覚が首をもたげてくるが、勝久のようなか弱い美少女とて利害が一致しなければ受け入れることはできない。

 

「晴久様から守って欲しいのです。わたしとて晴久様の粛清対象ですが、わたしには自分を守れる力はない……! せっかく生き残ったこの命、そう易々と失いたくないんです!」

 

 涙ながらに勝久は叫ぶ。

 今の勝久の状況はかつて親父が粛清された頃の俺の状況に似ていた。幼子が暴君の白刃の前に晒されているような状態である。きっとここで俺が見限れば、勝久の命はまずないだろう。

 

「わかったよ、孫四郎。お前を助けよう、守ってもやろう。だから泣くな」

 

 そう答えると同時に俺は勝久を安心させようとその頭を撫でていた。

 ……結局、俺は見捨てるなんて判断は出来なかった。

 なぜならば、知ってしまっているからだ。

 自分の隣に居てくれる人を得た喜びを。敵ばかりの家中でようやく心を休められる場を得た安心感を。

 それを俺が得て勝久は得られないなんて理不尽を、俺は許容できなかったのだ。

 

 ********************

 

 綱憲が勝久を迎えてから数日後のことである。

 石見国南部にある七尾城にて、毛利元就による軍議が行われていた。

 

「皆々方、よく集まってくれた。これより再び山吹城攻めを始めたいと思っているのだが、異存のある者はおるか?」

 

 上座の元就から放たれた言葉は、さしたる驚きはなく諸将に受け入れられていた。

 忍原で退いた毛利軍ではあったが、けして石見銀山の獲得を諦めてはいなかったのだ。むしろ、(山吹城主が変わって間もない今こそが攻め時よ)と忍原以上に元就は戦気を滾らせている。

 諸将の意もだいたい元就と同様で、忍原での雪辱を晴らし、山吹城を再奪取する機会を切望していた。

 

「父上、私に考えがあります」

 

 軍議開始早々、元春と同じ髪色をした少女……小早川隆景が口を開いた。

 

「ほう、隆景どのか。言うてみよ」

 

「まずは、小笠原長雄(ながかつ)温湯城(ぬくゆじょう)を落とすべきです。さすれば、江ノ川流域を橋頭堡にでき、仮に銀山の奪取が叶わずとも毛利の戦線を押し上げることができます。忍原は少し急ぎ過ぎました」

 

 石見の城はおおよそ石見を貫入するいくつかの河川の流域に存在する。それぞれの流域が山々によって隔てられているため支配が届きにくく、多くの国人の面従腹背を許していた。

 時間こそかかるが丹念にこれを流域ごとに潰していくことで、山吹城攻めの安定性を高めることを隆景は提案したのだ。

 この隆景の言に否やを唱える者はいなかった。

 

「隆景どのの言や良し! 皆の者、まずは温湯城を攻めようぞ」

 

 元就も満足気に頷き、諸将に指示を飛ばす。

 

「前回に引き続き元春どのには参軍してもらう。塩谷綱憲はおそらく今回も初戦から出てくるであろう。決して雪辱を晴らそうとして逸らぬようにせよ。その逸りが敗北の種となるとこともある」

 

 吉川元春に冷静な判断を。

 

「前回痛撃を被った隆家は七尾城に残り、益田と図って兵站を整えよ。隆家の代わりは隆景どの、そなたに任せる」

 

 小早川隆景と宍戸隆家には、役割の交代をするよう伝えた。

 

「兵の数は一万四千とする。各々方、力の限り武を振るって銀山を奪取せよ!」

 

 最後に檄を飛ばし諸将を応、と奮起させ、元就は軍議を散会させた。

 

 かくして、石見銀山を巡る第二の戦いが始まったのだった。

 

 ******************************

 

「これはいささかまずいことになった……。流石にわし単独では対処はできぬ」

 

 毛利軍が温湯城に攻め込もうとしていることを知った小笠原長雄は頭を抱えていた。

 向かってくる毛利軍の数は一万二千、こちらの兵力では全く歯が立たない数だった。

 

「多胡どのに連絡を入れねばならぬな……」

 

 長雄は多胡辰敬(ときたか)のいる刺鹿城へ伝令を送る。

 送られた辰敬も近隣諸城だけでは対処できないとみてその旨を晴久に伝えた。

 

「元就め、懲りぬ奴よ。今一度、尼子の武威を示し銀山に手出しができぬようにしてやろう」

 

 このような流れで晴久のこの台詞につながる。

 晴久は辰敬の書状を見るとすぐに温湯城に援軍を派遣することを決定し、塩谷綱憲を先触れとして寄越した。

 

 

「年が変わらぬうちに合戦か……。かなりテンポが早いよなあ」

 

 山陰道を行軍する尼子軍。

 その先頭で俺はため息をついていた。

 勝久の住環境を整えた途端に戦に駆り出されたのである。間隔としては一月経ったかどうかというぐらいか。

 兵力は毛利軍にも劣らぬ一万。俺の他の将は石見方面の取次をしている多胡辰敬どのと兵庫、鹿之介である。多胡どのとは山吹城で合流した。

 

「そう文句を言いなさるな。銀山が重要なのは明らか。毛利軍とてそうやすやすと諦められる代物ではあるまい」

 

 すると隣で軍を率いている多胡どのに窘められる。

 多胡どのは軍事と政務どちらにも優れた良将で、「人の用に立て」と実用性を重視する考え方をする爺さんである。

 その考え方のためか能力と人品が一定水準を超えてさえいればとやかく言ってこないため俺に対する目は他の諸将に比べると公平なものだった。

 

「そうだな……。急ごう。温湯城は平均的な防御力しか持っていない。時をかければかけるほど、向こうを利する」

 

 俺たちは温湯城へ急行した。だが、ここで一つ問題が発生した。現代の地名で言う江津まで着いたのはいいのだが、行軍している間に豪雨が降って江ノ川を渡れなかったのだ。

 

「温湯城は江ノ川南岸にある。このままでは、たどり着けないな……」

 

 川の増水はしばらくは収まりそうにはない。

 

「こうなった以上、致し方ありませぬな。救援は諦め、山吹城に戻りましょう。山吹城さえ落ちねば、まだやりようはありまする」

 

「しかし、多胡どの。江ノ川は石見では最大の河川。これを堀として使えないのは、のちに差し障ると思いますが」

 

 多胡どのは温湯城を見捨てることを進言したが、俺はそれに素直に耳を傾けるつもりはなかった。というのも、俺の根底に晴久様に過失を見せることへの恐れがあった。

 過失はいつ粛清の口実になるのかわからないのだ。

 

「あいや。ならば、このまま留まって江ノ川下流を抑え、海岸部に出られぬように致しましょう。山間部に一万二千もの兵が入れば、軍の進退は難しくなりまする。これでひとまず敵の動きを縛りましょうぞ」

 

 俺はこの多胡どのの進言を容れた。

 だが、謀神はこちらの考えをさらに上回ってきた。

 陣を張って数日後、鹿之介が俺の前に血相を変えて現れたのだ。

 

「綱憲様! 毛利軍一万四千、温湯城を降伏させると同時に軍を北西に動かしました! このまま山吹城へ向かうつもりです!」

 

「なん、だと⁉︎」

 

 まさか、山間部を進むことを選ぶとは思わなかった。距離的には最短だが、あの辺りの道は使えなくはないが、お世辞にも整備されているとは言えず行軍には難がある。それ故に石見での軍の進退はおおよそ海岸部を中継して行われる。

 今回、毛利元就はこの固定観念を突いてきたのだ。

 

「もはや猶予はない、か……。山吹城に戻るぞ!」

 

 山吹城に戻る。が、この数日のロスが痛い。情報が伝わるまでの間にも毛利軍は北上している。もしかすると、間に合わないかもしれない。

 俺たちは見事なまでに元就の手の上で踊らされていたのだった。

 

 ********************

 

 忍原の戦いの後に山吹城の城主となった本城常光は、隅櫓の最上階に座して山吹城正面の仙ノ山に陣取る毛利勢一万四千を眺めていた。

 

「持ち堪えよ。多胡殿から聞いたが、援軍が近づいてきている。固よりこの山吹城は堅城である。惑わされずに為すべきを為せば、落ちることはあるまい」

 

「豪雨がわしらに味方してくれたのだ。塩谷の小僧は十日は来まい。この間にこの一万四千の多勢をもって山吹城を叩き潰し、銀山を確保する。者共、かかれい!」

 

 元就が山吹城総攻撃を下知すると、吉川元春をはじめとする毛利家の勇将たちが比較的斜度が低い南面から山吹城に殺到する。

 

「どうやら、元就めは速戦でカタをつける腹づもりか。待てる爺かと思っていたが、そうではないようだ。皆の者、門扉の防備を固めよ」

 

 それに対して常光は冷静に防備を固めた。

 無論、毛利の大軍に攻められているから兵とて浮き足立っているが、それに対しては常光が直々に城内を巡回して「あまり深く考えるでない。いつも調練でやっていることをやればいいのだ」と落ち着かせて回った。

 

(三千にも満たぬ寡勢で毛利を相手する以上、こちらは十全に動かねばならぬ。相手が相手だ、一寸の綻びも許されぬ)

 

 半ば神経質になりつつも、常光は兵のコンディションを整えることを最優先に行動した。不満を抱かせないために兵糧を多めに使ったりもした。

 

「なぜじゃ! なぜ、三千にも届かない軍勢がこうも手強いんじゃ! ちっとも崩れる気配がないけえ!」

 

 その甲斐あってか毛利軍中最高の闘将、吉川元春でさえも攻め切れないほどの防御力を山吹城は実現していた。

 毛利軍は、三日経てども山吹城の南側の竪堀すら抜くことが出来なかった。

 

「山吹城がもともと硬い城であることは知っておる。しかし、この硬さは異常じゃ……! 今、山吹城では何が起こっておる……?」

 

 これにはさしもの元就も驚愕していた。

 山吹城が硬いからこそ期を見計らい、万全を期し山吹城を孤立させた上に大兵力を叩きつけたのだ。だというのに、ろくな成果が上がらないのだ。

 元就はまるで白昼夢でも見せられているような気分だった。

 

(謀多きは勝ち、少なきは負ける。どこまで考えることを続けられるか、それこそが儂の勝敗の分け目だ。投げ出してはならぬ)

 

 だが、元就は気を取り直して脇に侍る隆景に城内の様子を問うた。

 

「城主の本城常光が、絶えず城内を巡回して兵を激励しているようです」

 

「城主の目が常に光っておるわけか。なるほど、統制が取れるわけじゃ」

 

「常光による統制を乱さない限り、短期決戦は厳しくなります。細作のみならず世鬼衆を入れますか?」

 

「隆景どのに任せる。城門を開けても良し、ただ流言を広めても良し。山吹城にどうにかして綻びを作らねばならぬ」

 

 隆景の提言に元就は頷く。

 山吹城は全うなやり方では落とせないことは、もはや明らかだったのだ。

 しかし、世鬼衆を投入しても戦況の変化はなかった。

 本城常光の統率の高さは隆景の想定を超えていたのだ。隆景は世鬼衆に兵への恐怖を煽るよう指示していたのだが、兵はそれを耐え抜き、逆に常光に告げ口をしたのである。

 かくして、山吹城に入った世鬼衆は誰一人として綻びをもたらすに至らなかった。

 そうして山吹城を囲んで六日目、ついに元就は決断を下す。

 

「短期戦は今になって考えれば、欲をかきすぎた。定石通り、守勢を固めて援軍を退けることで、交渉の余地を作らせる方向に変える」

 

 山吹城を力攻めすればするほど毛利軍は手痛い傷を負わされてきた。

 元就にとっては不本意な決断ではあるが、これ以上力攻めを続ければ、兵の士気の下降は激しくなることは目に見えていたのだ。

 毛利軍の攻勢限界はすでにピークを過ぎていたのである。

 

「ようやく、着いたか……。落ちてなくて良かった」

 

 九日目。塩谷綱憲ら尼子の援軍が温泉津方面から山吹城に到着。南側、東側の毛利軍包囲陣を突破したのち、晴久の本軍を迎えるために山吹城北東に布陣する。それを受けて毛利家は山吹城の包囲を解き、兵を仙ノ山とその北麓に集結させた。

 

「仙ノ山の防備を固めよ。今はとても攻勢に出られぬ。休み、英気を養うことが先決よ」

 

 この元就の指示は、戦場に膠着状態を招いた。

 両者は力攻めによる疲弊と長距離行軍、兵力が拮抗していることから互いに攻め込もうとする意欲に乏しかったのである。

 




一瞬、都牟刈が見えた気がした。(意訳:面白そうだったからもっとやってくれてもよかったのに)
そろそろ原作終わりそうだし、新規の信奈作家さん来てくれてもいいのよ? できれば、西国スタートが見たい。

作者の叶わぬ願望はともかく、読んでくださりありがとうございます。何かあればお気軽にどうぞ
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