西国転生   作:tacck

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分量五割増しでお送りいたします。


第六話 塩谷綱憲と尼子晴久の決着

 

 世に言う降露坂の戦いは尼子家の大勝で終わった。しかし、毛利元就を討つことはできなかった。

 その事実が俺の心を沈鬱にさせていた。

 なにせ鹿之介を救う方法を打ち砕かれたのだ。かなりのショックを受けて当然である。

 

「これで最善の策は潰えた。さて、これからどうしたものか……」

 

 帰りの道中、俺は馬に揺られながらずっとこの先どう立ち回るかを考えていた。

 おそらくもう元就を討ち取るチャンスは巡っては来ないだろう。となると、尼子家を延命させるのはほとんど無理に近い。なにせ、俺から献策しても晴久様にしろ次代の当主になるであろう義久も聞いてはくれないだろうから。

 さらに言えば、義久は晴久様に比べると力量が数段劣る。毛利家が隣接している状態では尼子家を維持できないだろう。確か史実でもそうであった。

 

「となると、再興軍に鹿之介を参加させないぐらいか?」

 

 多分、こちらの方がいいと思う。

 今のところ俺、鹿之介、兵庫、久綱様の中で孫四郎が尼子勝久であることを知っているのは俺だけだ(とは言っても久綱様は気づいていそうな気がするが)。つまり、勝久の存在をこのまま隠し続ければ、再興軍は起こせない。仮に俺を担ぎ上げたとしてもそううまくことは進まないだろう。

 

「綱憲様、何をそう怖い顔をなさっているのですか? 」

 

 気づけば、顔を鹿之介に覗き込まれていた。

 ずっと真剣に考え続けていたためか、鹿之介に心配をかけてしまったようだ。

 

「いや、戦さ場での高揚がまだ抜け切らないだけだ。何の心配もない」

 

 俺はそう、作り笑いを浮かべて誤魔化した。

 

 *****

 

 月山富田城に帰り、晴久様に戦勝を報告する。

 

「そうであるか。大義であった」

 

 二月ぶりに晴久様を見て、俺は内心動揺していた。

 普段より毒気がない。いや、それ以上に覇気がないのである。いつも俺に向けられている殺意が往時に比して薄まっているからすぐに分かった。

 

「此度は援軍を出してやれなくて済まなかったと辰敬に伝えてくれ。お前ならば見て分かるだろうが、今のわしは病に侵されている。とても軍を率いるなんて真似は出来やしないのだ」

 

 腰も普段より低い。演技をしているという線がなくもないが、到底晴久様が取る態度ではなかった。

 

「承知いたしました。それと憚りながら養生をなされませ。未だ尼子は晴久様の力量に頼るところが大きい。小生としましては晴久様にご健在であって欲しいのです」

 

「世辞であると分かっていても嬉しいものよ。しかし、熊之丞はそれで良いのか? 今までの三度の合戦でお前は比類なき働きをした。この功績を以ってすれば、尼子の後継にも成り上がれるやもしれんぞ?」

 

「その気などほんの少しもごさいません。一国の主人など小生には荷が勝ちすぎまする」

 

 晴久様がからかうように言うが、俺は首を左右に振った。

 今の言葉は紛れもなく俺の本心だったのだ。

 尼子は晴久様でなくば立ち行かない。

 史実通り暗愚な義久が継いでも滅びるだろうし、万が一俺が継いだとしても家臣を統制できるとも思えない。というか、どっちが継いでも元就の掌の上で踊らされるという点は変わりないのだ。

 だから、潰しが効かない当主よりかは一武将の方がまだ都合がいい。

 

「……」

 

 俺の答えを聞いてからというもの、晴久様はやけに考え込んでいた。怪しまれていることには違いない。なにせ俺にしては踏み込んだ発言をしたのだ。いつにも増して信用してくれるわけがない。

 だが、晴久様の口から飛び出したのは、意外な言葉だった。

 

「まあ、よいわ。熊之丞よ、義久を支えよ。それがわしの願いである」

 

 なんと、晴久様は俺を見逃したのである。それもこちらが隙を晒したというにもかかわらずだ。

 この時の俺は幻聴を疑った。

 

「晴久様、それは……」

 

「二度も言わせるでない。そうまでしてわしの勘気を蒙りたいか」

 

「いや……」

 

 それから別のことを少し話して、謁見は終わった。

 だがしかし、なぜか俺は予感していた。

 晴久様と対面するのはこれで最後だと。

 

 ********************

 

「全く、わしは何を言っているというのだ……」

 

 綱憲を下げさせたのち。晴久は上座に佇んだままぼやいていた。

 

「奴は尼子の潜在敵。義久の立場を危うくするだけだというのにな……」

 

 晴久の嫡子である義久の出来はあまり良くはない。いささか単調なところがあり、不測の事態への対応力が弱いのだ。

 これでは、隣国の毛利元就に弄ばれるであろうことは火を見るよりも明らかだった。

 その余りの凡庸さのせいで、近年は主に石見において綱憲に家督を継がせるべきという意見も出始めている。

 このため本来ならば、綱憲は処分しなければならない相手のはずだが、晴久は気が向かなかった。

 むしろ一瞬、綱憲を生かそうとすら思った。

 そう思ってしまった理由は晴久自身も分かっている。

 何をやらせても凡庸な義久よりどうにかして生き抜こうと足掻いている綱憲の方が見ていて楽しく、輝いて見えた。より手っ取り早く言えば、綱憲に情が湧いたのである。

 

「義久と熊之丞。この二人が手を合わせてくれれば、わしもこうも頭を悩ませずとも済んだものを」

 

 晴久の言う通りにいけば、尼子にとっては最良だろう。しかし、悲しいかな義久は綱憲のことを蛇蝎のごとく嫌っており、家督を継げばおそらく真っ先に綱憲を殺しにいくだろう。

 ちなみに綱憲に家督を継がせるという考えは晴久にはない。

 

「ままならぬものよ、やはりわしは奴を始末せねばならぬ定めにあるということか。……ならば、致し方ない。熊之丞よ、今度こそお前には死んでもらわなければなるまいて」

 

 なぜならば、そうしなければ尼子は滅ぶのだから。

 ふと晴久は若かりし時のことを思い起こしていた……。

 

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 晴久が未だ詮久(あきひさ)と呼ばれ、尼子の当主でもないころ。

 祖父である尼子経久に命じられて自らの叔父の塩冶興久の征伐に向かった。

 晴久はこの戦いに大内家の力を借りながらも勝利し、塩冶興久を追い詰めた。

 しかし、興久はただ座してやられるつもりはなかった。

 彼は、処断される間際に晴久に呪詛を吐いたのだ。

 

「詮久よ、覚えておけ! 今でこそお前が後継ではあるが、お前の血筋は我が子が滅ぼす! 今日の報いを受けさせてやるから怯えて震えているがいい!」

 

 この時の晴久は未だ若く、今ほど精神が強くはなかった。ゆえに興久の呪詛を信じ、恐れた。塩冶一門に寛大な仕置をするよう経久に奏上したのもこの時のことがあったからである。

 そして、この恐れは当主になってからは裏返って弾圧に変じた。尼子清久の寝返りの際は十歳以上の一門のなで斬りと縁戚へ処罰を加え、新宮党に対しては逃げられた孫四郎を除いて赤子に至るまでなで斬りにした。

 全ては興久の予言を覆すために。

 これまでの晴久の一門への暴虐ぶりは中央集権化という面も大きかったが、塩冶興久がかけた呪いを拭うことが主体なのは否めなかった……。

 

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「塩谷綱憲を滅ぼす。それがわしの最後の戦いだ。十年にも渡るこの戦い、今宵こそ決着をつけようではないか」

 

 ********************

 

 晴久様と対面した日の夜のことだ。

 俺は自室で明から輸入した三国志演義を読んでいた。

 今は曹操が宛城で張繍と賈詡に嵌められているところだ。

 三国志演義は未来でも読んでいた。昔はやけに長いな、と読んでて少し辛かったが、今は楽しく読める。

 なにせ多少の違いはあるとはいえど、内容はほとんど未来と変わらないのだ。読めば読むほど懐かしさがこみ上げてきてたまらなくなる。

 とはいえ、感じ方はかなり変化している。例を挙げるなら昔は劉備ら蜀が好きだったのが、今では魏や呉の方が好きになっているのだ。

 別に蜀が嫌いになったというわけではない。ただ自分に置き換えた時、劉備だといつも綱渡りをしている感じが否めず、それがまんま熊之丞としての人生に当てはまってしまい、ついつい現実に引き戻されて憂鬱になるだけのことだ。

 転生したとはいえど、俺は決して英雄になりたいわけではない。ただ、鹿之介たちと慎ましく暮らしていければそれでいいのだ。

 そろそろ典韋が死にそうな場面まで読み進めた時、部屋の中に慌てた様子の勝久が入ってきていた。

 

「お屋形様、屋敷内に不逞の輩が数人入り込んでいます! どうかお逃げを!」

 

「そうか……」

 

 それを聞いて俺は演義を閉じる。

 いよいよ、晴久様が決めに来たのだろう。

 あの様子ではもう先は長くないと思っていたから、考えられることではあった。

 

「どうなされますか?」

 

「逃げはしない。むしろこちらから攻めにかかるつもりだ」

 

 流石に暗殺側は屋敷をどう攻めるかと考えてはいても、その中のどこで守るかなんて考えている訳はあるまい。機先を制して奴らを見つけ出し始末する。その方が手間がかからない。

 

「というわけだ。ついてこい孫四郎。ともかく寝室はそれには向かない」

 

 俺は勝久の手を引いて寝室から駆け出していた。

 目指すは書斎だ。

 演義を戻すついでに本棚の下に掘ってある壕に勝久を匿わなければならない。

 急いだ結果、なんとか無事に壕の中に勝久を入れることができた。

 

「一応、この壕は城下の川の近くまでは繋がっている。もっとも向こう側から入られるとまずいから出口は埋め直したが。もし、しばらくして俺が帰ってこなければ掘り返して逃げるといい」

 

「綱憲様、大丈夫ですよね……?」

 

 勝久が心配そうに見つめてくるが、何とも言えない。

 あいにく鹿之介は今日は来ておらず、兵庫もいない。団体行動をされると厳しいが、個々を相手に奇襲する分には大丈夫だろう。

 

「どうにか、帰ってくるさ」

 

 そうとだけ言い残し、俺は書斎を後にした。

 

 その後の俺は屋敷内を走り回り、刺客を事前に始末していった。

 この屋敷は俺と勝久が住むにしては広い。だが、だからこそ生活に必要なスペースを最低限に抑えられ、防衛に必要な設備をふんだんに設置することができる。

 吊り天井に落とし穴、剣山などなんでもござれ。要所要所で俺はそれを起動して刺客たちを相手して来た。

 

「今までで六人か……。全員単独だったからまだ良かったが、団体行動をされると無理だったな」

 

 恐ろしいことに今回の刺客はかなりの手練れだった。言葉に出雲訛りがちらほら見られたからおそらくは鉢屋衆だろう。

 鉢屋衆は尼子お抱えの忍びだ。彼らが居てくれるからこそ毛利お抱えの世鬼衆との暗闘を互角に進めることが出来ている。だが、いざ敵となれば面倒なことこの上ない。

 

「ともあれ、仕掛けは使い切った。もう防衛区画に用はない。俺も書斎に戻って勝久と一緒に脱出するかな」

 

 そう思い、書斎の障子を開けようとする。

 しかし、そこで俺の動きは止まる。

 なぜなら敵の首魁と思しき人物が待ち受けていたからだ。

 黒装束に鉢金。これは忍びの標準的な装備だが、この人物の者はあんまりにも年季が入り過ぎている。

 間違いなく鉢屋衆の棟梁、三代目鉢屋弥之三郎(はちややのさぶろう)だろう。

 

「待ちくたびれたぞ、塩谷綱憲。よもやただの屋敷にこれほどの普請を施すとはな……。謀反を疑われるのも道理よ」

 

「抜かせ、先に手を出したのはそちらだろう。あまりに頻繁に来るもんだからこうまでしないと寝れなくなった」

 

「くっくっく、過ぎたるは及ばざるがごとし、か。いささかわしらは其の方を鍛え過ぎたようだな」

 

「ああ。本気で殺したきゃ俺がガキの頃にここまでやればよかったのさ」

 

 礼を言いたくはないが、今の俺を作り上げたのは確実にこいつら鉢屋衆である。

 久綱様たちに気を遣っていたのか一緒にいる時は襲って来なかったが、一人になればいつでも奴らは襲ってきた。

 だから、今までの俺の人生の第一義はこいつらを退けることだった。

 もっとも、それも今宵この場でこいつを討ち取れば終わりだろうが。

 腰を深く落とし、柄を持つ手に力を込める。これはこいつらを見た時、まず始めにする動作だ。

 

「どうやら、言葉はもう要らぬらしいな」

 

 弥之三郎もまた背の忍者刀に手を伸ばす。

 相手は今まで戦った相手の中では屈指の実力者だ。それこそ吉川元春にも引けを取らないだろう。

 あの時は鹿之介に任せて逃げた。だが、今は鹿之介もいないし兵庫もいない。勝久はむしろ守るべき存在だ。

 どうやら、今宵は俺にとっては降露坂に並ぶ切所らしい。

 必ず生き抜いてやる。俺は腹をくくって弥之三郎に斬りかかっていた。

 

 **********

 

 屋敷の中で激しい斬り合いが行われていた。

 一人は塩谷綱憲。この屋敷の主人にして尼子家の潜在敵。

 もう一人は三代目鉢屋弥之三郎。「尼子あるところ鉢屋衆あり」とまで言われた鉢屋衆の棟梁である。

 両者の斬り合いは書斎に始まり、廊下、客間、中庭と屋敷中を転々としていた。

 

(やはり、隙は見せてはくれないか……)

 

 綱憲は内心舌打ちしていた。

 なぜならば、鉢屋弥之三郎が屋敷を転々とするために綱憲にとって不利なところで戦うことを強いられているからだ。

 両者の得物は綱憲が打刀、弥之三郎が忍者刀で刀身は忍者刀の方が短い。通常ならば短い忍者刀の方がリーチに劣るために不利だが、流石は歴戦の忍びといったところか、弥之三郎はそれを斬り合いの場を室内に設定することで補っていた。

 無論、綱憲もその不利を打開しようと中庭のような取り回しのしやすいところに戦場を移そうとしたが、ことごとく失敗し、弥之三郎に遮られていた。

 

(奴から地の利を奪還することはもう不可能だ。となると単純な武の技量だけで超える必要がある……!)

 

 ここで綱憲は方針転換を図るが、これもいささか厳しいものがあった。

 弥之三郎の忍者刀が綱憲の心の臓を目掛けて振り抜かれる。それをどうにか身体を仰け反らせつつも刀で受けた。

 

(ちくしょう、やっぱり反応が遅れる。それでいちいち後手に回らざるを得ない)

 

 どうしたって室内では打刀は護身用にしか使えない。さりとて打刀を脇差を変えても、取り回しの良さは忍者刀と変わりない上にただただリーチが短くなるだけで旨味がない。

 

(あれを出すか? 護身用にしては手間がかかるから使ってはいないが……。いや、ここは賭けてみるべきだ。これ以上やってもジリ貧になるだけだろう)

 

 だが、綱憲の生き残ることへの嗅覚は強い。すぐに、奥の手の使用を決断した。

 身体の力を振り絞って屋敷中を駆けて、綱憲は弥之三郎を撒こうとする。もっとも弥之三郎もそれを見過ごすつもりはなく綱憲の背に苦無を何本も投擲するが、綱憲は柱に隠れるなどしてこれを防ぎながら書斎に駆け込んだ。

 とはいえ、勝久のいる壕に入るつもりはなく、物陰に身を隠し、弥之三郎との距離を確認してから懐から短筒を取り出していた。

 この短筒こそが綱憲の最後の生命線、奥の手であった。

 たどたどしくもどうにか弾を込め、火縄を点ける。

 降露坂の時は使えなかったが、万が一同じような好機が再び訪れた時のために訓練していたおかげで弥之三郎が斬りかかる前に発砲準備は整えられていた。

 

「鉢屋弥之三郎、いや鉢屋衆。お前らとはここでお別れだ。無駄に長い付き合いだったな」

 

 斬りかかる弥之三郎に向けて引き金を引く。彼我の距離は1メートルほどか。これぐらいならば綱憲も外すことはない。

 発砲音が夜の武家町に響き渡り、鮮血の花が咲いた。

 

 ********************

 

 病床の晴久の元に密使が来訪していた。

 密使は塩谷綱憲の襲撃の失敗と三代目鉢屋弥之三郎の死去を伝えると、平伏した。

 

「お屋形様、どうか今一度の機会を。むざむざと棟梁を討たれて打ち止めなど、我ら鉢屋衆末代の恥にございまする!」

 

 必死に懇願する密使。しかし、晴久は首を横に振った。

 

「ならぬ。そなたらに今一度はあってもわしにはない。こたびはわしにとっては一世一代の大博打であった。それをもう一度と望むのは、恥に他ならぬ。どうしてもと言うのなら義久が家督を継いでからにせよ」

 

「お屋形様がそう言うのであれば、従いまする。要は待てば良いのですからな」

 

 不満げな表情を浮かべながら密使は晴久の前を辞する。

 それを見送った晴久は天を仰いだ。

 

「熊之丞は生き延びたか。やはり、尼子は奴に滅ぼされるのか。はたまた単に死すべき時ではなかったか……。まあ、良い。もはやわしには栓なきことだ。思うように生き、悔いなく生きよ。わしはそれを黄泉にて耳を傾けるのみよ……」

 

 それから数日後。

 尼子晴久は逝った。享年は四十七であった。

 その生涯を持って尼子の最盛期を現出した男の最後を彩ったのは失意か、はたまた奇妙な清爽感か。

 真実を知る者はいない。

 




降露坂で短筒を使わなかった理由→原作キャラ死亡タグをつけなきゃいけなくなるから
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