西国転生   作:tacck

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今回はまったり(感覚麻痺った疑惑)


第七話 富田川の月

 尼子晴久死す。

 この報は中国中を駆け巡っていた。

 秀綱様や久盛様はどうにかそれが拡散するのを防ごうとしたが、生憎俺が三代目鉢屋弥之三郎を打ち取ってしまったために鉢屋衆も混乱しており、全うに働くことが出来ず瞬く間に広まってしまった。

 家督は前々から聞いていた通り、尼子義久が継ぐことになった。

 尼子義久とはいい思い出はない。ガキの頃から俺をいびってきた奴で、俺が元服してからはますます激しくなった(といっても晴久様に比べれば悪戯みたいなものだったが)。

 

「皆の者、これよりは余が尼子の当主となる。ご存知の通り、父上は偉大であった。……しかし、余はそれをさらに超えてみせよう。未だ若輩の身ではあるが、決して侮らせはせぬ」

 

 当主就任挨拶の時の義久はあくまで強気に振る舞っていた。

 これは言葉通り若いからといって侮らせないためと多分、俺へ票田が流れるのを防ぎたかったのだろう。

 また、義久はこうも言っていた。

 

「未だ毛利元就の脅威は絶えてはいない。皆、一丸となって団結し事に当たらねばならぬ」

 

 耳触りがいい台詞だが、この場合における一丸や団結は間違いなく中央集権のことだ。

 つまり、晴久様の路線を義久も継承すると宣言したことに他ならない。

 

(それはちと不味い気がするな)

 

 思わず呟きそうになるが、どうにか収める。

 俺は義久のこの宣言に不安を抱いてしまった。

 確かに中央集権を志すのは、悪くない。仮に俺が当主になっても推し進めることだろう。だが、それはあくまで平時、戦間期の話だ。

 俺はもう尼子はすでに中央集権の機会を逸していると思っている。なぜならば、毛利家の食指が伸びてきているからだ。

 まだ、毛利が迫る前に中央集権が完成していればまだやりようがあった。

 しかし、今の情勢で中央集権を推し進めれば、間違いなく締め付けられた国人衆は毛利に走るだろう。辺境が定まらない現状では今は諦めて国人衆を味方につけなければならない時だと思う。

 心底義久に中央集権を一旦抑えろと諫言してやりたい気分だった。

 だが、俺の言葉じゃ信じてくれまい。さりとて国人衆の意見も既得権益を守りたいだけだとして軽く扱われるだろう。

 

(やっぱり、尼子は詰んでるのかねえ)

 

 俺は人知れずこめかみを押さえた。

 

 **********

 

「綱憲どの綱憲どの、義久様は我ら石見衆のことを考えてくれているのだろうか?」

 

 最近、忍原や降露坂で行動を共にした国人衆と顔を合わせるたびにこのような台詞を耳にすることが多くなった。

 結局のところ義久は中央集権を推し進めた。そしてやはり、国人衆は不満を抱いた。

 中央集権政策はつまるところ、尼子が出雲全体をうまく治めたいからやることだ。しかし、国人衆は自分の領地を統治したいと思っている。

 要するに国人衆が中央集権を嫌がるのは中央集権化すれば決めるのは上のため、国人衆は自分の領地を思うように統治できなくなるからだ。

 特にあらゆるものを自前で揃えなくてはならない国人衆にとってはこれは痛手で、対毛利の最前線である石見の国人衆なんかはモロにその不利益を被っていた。

 

「最初が肝心。これはどこの当主にも言えることではあるが、義久様はことさらそれに当てはまる。少しでもこの動揺を抑えることに手間取れば、毛利元就に付け込まれてしまう。わしはそれが心配だ」

 

 家に帰れば、久綱様が憂慮を重ねている。久綱様の中央集権に関しての考え方は俺に近しいものだった。

 

「ゆえに俺も中央集権を緩めた方がいいと思いまする。もしくは、不満を抑えるために石見の国人衆を優遇すればいい」

 

「それが最善だが、そうすれば出雲の国人衆が蔑ろにされたと騒ぎ出す。出雲は経久様の代から従ってきた者が多い。特権意識を持つものも多い」

 

「でしょうな。はあ」

 

 あちらを立てれば、そちらが立たない。

 ままならない現状に俺たちは二人揃ってため息を吐き出していた。

 

「まあまあ。毛利軍を押し返せば、若殿の発言力も高まります。今は毛利との防戦のことを考えましょう。辛気臭くなるのは良くないですよ」

 

「おお、ありがとう鹿之介」

 

 それを見かねたのか、鹿之介が俺たち二人にお酌をしてくれた。

 出雲の酒は味が濃く、飲み口が甘いものが多い。今回鹿之介が注いでくれた酒はその典型例だ。

 

「ああ、うまいわ」

 

 万感の想いを込めて酒気を吐く。

 こればかりは平成の世じゃ味わえなかった味だ。だって向こうじゃ二十歳にならないと飲めないし、俺は二十歳になる前に多分死んだし。何気にこっちに転生してからやりたかったことでもある。

 

「よかったです。孫四郎と一緒に選んだ甲斐がありました。熊之丞はお酒に関してはうるさいですから」

 

「悪いな。だが、諦めてくれ」

 

 それに一人で飲むだけでも満足なのに、鹿之介のような美少女が酌をしてくれる。

 これに勝る贅沢はそうはないだろう。

 

「お前たち、わしがいることを忘れていないか? 二人で雰囲気を作り上げるんじゃない」

 

 久綱様が苦笑いを浮かべている。いけん、鹿之介に気を取られ過ぎたか。悪口を言うわけではないが、久綱様はあまり存在を主張して来ないので、鹿之介と並ぶとたまにおざなりな扱いになってことがある。注意しなくては。

 

「それに熊之丞。そなた一つ忘れていないか?」

 

「やめて下さい久綱様。非常に思い出したくないことなので」

 

「これ、きっちり覚えているではないか」

 

 さっきの恨みか執拗に久綱様が弄ってくる。やり返した後の酒はさぞ美味かろう。鹿之介に注いでもらっていた分がもうなくなっている。

 そう、確かに鹿之介と飲む酒はうまいし、至福の時だ。

 だが、悲しいかな。今日の俺はこれを堪能することは出来ない。

 

「クソッ! なあんでこんな時に俺ぁ兵庫と呑む約束しちまったんだあ⁉︎」

 

 ほんっとうに悔やまれる。昨日の俺を思いっきりぶん殴ってやりたい。

 しかし、だからといって約束を破るのも気分は悪いので、泣く泣く俺は屋敷を出るのであった。

 

「か〜!あんの野郎が当主だと? もうやってられーよ!」

 

 約束した富田川沿いにある酒場に向かうと、兵庫はすでにしこたま飲んでいたのか、えらく荒れていた。

 

「まあ、気持ちは分かるけどな。どこに耳があるかわからんからやめとけ」

 

 慌てて抑えに入る。さっきのしっとり空間から酔っ払いの絡み酒なんて落差がひでえ。

 

「けどよ〜、嫌なもんは嫌なんだよ〜」

 

 兵庫は義久を嫌っている。なんでもなよっとしていているのと一々陰湿で悪趣味なのが嫌だそうだ。だいたい俺も同じような理由で嫌いだ。

 

「んで、綱憲さんよ。これからどうすんだ?」

 

「どうすんだっつってもなあ……。仕え続けるしかないだろ」

 

 ただ、いかに義久が気に食わなかろうが、尼子の当主であることには変わりない。だったら俺の生き方を貫くためには仕えるしかない。

 

「それで、鹿を義久の野郎に盗られてもか?」

 

「それは言ってくれるな」

 

 本当に腹立たしいことに、義久は鹿之介を性的な目でしばしば見てきている。鹿之介が出雲一と呼ばれるほどの美少女だから仕方ない部分もあるが、気分が悪いことには違いない。この部分さえなければ、まだ義久とは共存するのは楽だったかもしれない。

 

「嫌なら謀叛するしかねーよ。変にお利口ぶって大切なものを見逃しちゃいけない」

 

「お前らしかぬ賢そうなことを言いやがって。お前はあくまで他人だからそんな気楽に言えるんだ」

 

「でもよ、腹立たねーのか?」

 

「そりゃあもう、な。って、もうこれ以上煽るな兵庫。誰かが聞いてたらマジで謀反と勘違いされかねない」

 

 兵庫は俺の言いたいけど言えないことを代わりに言ってくれている側面があるが、自重を知らない。いつか兵庫の舌禍でひどい目に遭いそうな気がするが、そうなっても多分俺はこいつを心の底からは恨めないだろう。なにせ、こいつは鹿之介とはまた違ったやり方で俺に寄り添ってくれているのだから。

 だが、あれだ。

 酔うと絡み酒が酷いのは正直改めて欲しいと思うんだ。

 それから少し話したのち、ついに兵庫がえずき始めたので、店主に金子を払い富田川に出る。

 こいつとサシで呑むといつもこうだ。最終的にはいつも俺が介抱することになる。まあ、途中までは楽しいからあんまり嫌ではないが。

 富田川の水面が満月に照らされてきらきらと光っている。実に美しい光景だ。隣から刺激臭が漂ってくるが、これを見るためならば我慢できる。

 多分、この景色はたとえ尼子が滅ぼうともきっと変わりはしないのだろう。

 

「鹿之介が月に願うのも分かる気がするな。こうまで美しかったらなにか力があるんじゃないかと思う」

 

 鹿之介は三日月が好きだ。前立てにも三日月を使っている。

 一方、俺は満月が好きだ。後は欠けるだけで縁起が悪いのはわかっているが、その比類ない輝きには抗えない。

 そこで、俺は一つ思いついた。

 史実において鹿之介は三日月に願った。しかし、尼子再興は成らなかった。ならば、欠けるところのない満月に願ったならばどうか? 欠けるところがないのだからもしかしたらがあるかもしれない。

 ……いや、こじつけに過ぎないのはわかっているんだけどな。

 でも、今の俺はそのもしかしたらにも縋りたい心境だった。

 

「嗚呼、満月よ。願わくば我にも七難八苦を与え給え。鹿之介たちを守るそのためならば、我はどんな労苦も厭いはしない」

 

 多分、満月に願ったからといってさしたる変化はきっとないのだろう。

 しかし、それでも五体になにやら不思議な力が備わったような気がした。

 

 ********************

 

「久兼よ。かの策の準備、済ませているか?」

 

「勿論にございます、義久様。先方とのすり合わせは終わりましてございまする」

 

 月山富田城の一角にて、尼子義久とその重臣・宇山飛騨守久兼は件の調整先からの書状をしげしげと見つめていた。

 

「よくぞこれだけの条件を引き出してくれた。かの者を相手に交渉を行うのは、そなたであっても骨折りだったであろう。恩賞として禄を増やしてやろう」

 

「はっ、ありがたき幸せにございまする」

 

 宇山久兼は身体が軽くなったような感覚を覚えていた。

 なにしろ、此度義久に任された交渉はそれこそ尼子家を大きく左右するものだったからだ。さらにその交渉相手は戦国でも指折りのクセがすごい武将であった。

 

「しかし、先方は頼りになりますでしょうか? 面従背反ではありませぬが、いささか我が強過ぎまする」

 

「よい。今の余が欲しているのは時間だ。毛利が出雲に迫るまでに国内をまとめなければならない。算段はすでにできておる。一年だ。一年かの者が時間を作ってくれさえすればそれで良い」

 

 久兼は疑ってはいるが、義久は元々このことを不安に感じてはいない。

 なぜならば、かの者自身の力量は不確かなれど、その地力は西国では比肩する者がないほどに強大であるからだ。

 

「なにしろ九州六カ国の太守と名高い大友義鎮であるからな。そんな彼女と些細な代償で手を組めるこの好機、逃すわけにはいかぬ」

 




しれっと綱憲がとんでもないことをやらかしていることを、未だに本人は気づいていない。
ともあれ、読んで下さりありがとうございます。
何かあればお気軽にどうぞ。
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