西国転生   作:tacck

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悲劇、極まる


第八話 塩谷綱憲の激怒

「長い。実に長い合戦であった」

 

 長門国の南西端。

 関門海峡を眼下に納める且山城にて、毛利元就は羽を休めていた。

 忍原以来、毛利軍はずっと戦い詰めだった。

 忍原で綱憲に押し返され、山吹城では本城常光に足止めを受け、降露坂でまたも綱憲に苦杯を舐めさせられる。

 特に、降露坂での戦いの影響が大きく、九州に上陸を果たした時には門司城は戸次鑑連ら大友の修羅に落とされかけており、それを疲れ切った身体に鞭打ちながらも撃退してようやく今に至る。

 だが、事態は予断を許さない。

 この長い戦役の間に新たな報が元就に届いていた。

 

「晴久が逝った、か……」

 

 綱憲に遅れること五日。山陰の巨星の墜落は謀神の耳に届いていた。

 尼子晴久。

 先代の謀聖・尼子経久には劣るが、それでも毛利元就にとっては大敵だった。中央集権を推し進め、ある程度家中を固めて得たその堅固さは彼が生きている間は元就の食手を頑強に跳ね除けた。

 

(いつかは全力を尽くして雌雄を決したい。尼子晴久はそう思える将であった)

 

 元就は心中で賛辞を送り、雄敵の冥福を祈った。

 だが、一流の謀将は切り替えが早い。すぐに悪鬼の顔となっていた。

 

「良くも悪くも晴久の存在感は強い。これで出雲は柱を失った。……そこの者。隆景どのを呼んでまいれ」

 

 小姓に命じて隆景を呼び出したのち、元就は隆景にいくつかのことを言い含めた。

 話を聞いている間の隆景は常に慄いていた。

 後の隆景の述懐に「父上は、おそらくこの時を待っていた。今までの合戦はこれからの準備に過ぎなかったのだろう」というものがある。

 

(ようやくだ。ようやく山陰が手に入る。人間二十年と世間は言う。しかし、わしはその三倍生きた。ゆえに、いつ死んでもおかしくはない。……であるが、少しでも多くのものを隆元どのに。隆元どのが存分に天下取りを進められる地盤を整える。それこそがわしの最後の仕事である)

 

 謀神は絶えずその牙を磨き続けていた。

 自らが抱き、息子が継いでくれた夢を少しでも成就させるために。

 

 ********************

 

 尼子義久が尼子の家督を継いでから二ヶ月ぐらいが過ぎたころ。

 俺は月山富田城の謁見の間に呼び出されていた。

 謁見の間にいたのは、義久と俺に義久付きの家老だった宇山久兼と、黒い行人袍を纏った見知らぬ武人だ。

 武人はよく鍛えられていて、風格もある。間違いなく只者ではないだろう。

 よもや、俺をこの場で暗殺するつもりだろうか。

 結局、新宮党のようになるまいと俺は望んでいたが、今までの戦いでその下地はとうに出来てしまっている。もはや俺は反中央集権の旗頭になる資質を備えてしまった。

 とはいえ、お家のために死ぬなんて殊勝な柄ではない。

 いつ斬りかかられてもいいように身体の力を抜いておく。向こうが抜けば最後、直ちにこちらが叩き斬るつもりだ。

 

「塩谷綱憲、と言ったか。俺は今この場でお前を斬れなんて言われていない。試すつもりで威圧してみたが、やり過ぎた。南無三だ」

 

 だが、黒衣の武人はやる気はないらしい。

 ならば、と俺も気を解いた。

 

「貴殿は俺を知っているようにございますが、こちらは生憎知りませぬ。名乗っていただけないでしょうか」

 

「まあ、山陰と九州じゃよっぽどのことがない限り顔を合わせることはないから分からないのも当然か。だが、聞けば分かるはずだぜ」

 

 そして、黒衣の武人は堂々と名乗った。

 

「俺の名は吉弘鎮理(よしひろしげまさ)。大友の家臣だ」

 

「…………聞いたことはありまする」

 

「今の不自然な間はなんだ? 知らないなら知らないって言ってくれ。かえって傷つくだろう」

 

「いや、知っておりましたよ? ただ記憶を引きずり出すのが大変だっただけです」

 

 吉弘鎮理、すなわち高橋紹運(たかはしじょううん)は俺でも知るレベルの九州の名将だ。ただ、高橋紹運の名前があまりに有名過ぎるために吉弘鎮理と言われても即座に結びつかないのである。

 というか、なんでそんな大物が出雲に来てるんだ。豊前あたりで毛利と戦ってる方がよっぽど適役だろうに。

 訝しむ視線を感じたのか、吉弘殿は咳払いをして義久の方へ顔を向ける。

 

「さて、そろそろ本題を話すか。義久公、説明に入っていただきたい」

 

「うむ、心してきけ」

 

 促された義久が話したのは、かいつまんで言うと以下の二つだった。

 一つは、尼子と大友が同盟を結ぶということ。

 これは晴久様の代から宇山殿と大友家の軍師である角隈石宗が進めていたらしい。吉弘殿が出雲に来たのは、たまたま豊前にいて手が空いていたからだそうな。

 まあ、同盟を組むのは悪いことではない。遠交近攻は外交の常だしな。利害も一致するし。

 ただ、俺にとってインパクトが強かったのは二つ目だった。

 

「同盟といえば、証が必要であろう? 領土割譲やら縁組やら何かしらの代償を払わなければならぬ。というわけだ、綱憲。お前が大友義鎮の義弟となって豊後へ行け」

 

 そう、同盟の証に義久は俺を大友義鎮との義姉弟同盟に使ったのだ。

 手が早いことに、両家はすでに合意に至っている。もはや俺が拒否権を行使できる段階ではなかった。

 

「……ッ!!」

 

 無言で拳を握りしめる。爪が食い込んで来て痛いが、それでも離す気になれなかった。

 やりきれなかった。

 豊後に行けばもう鹿之介や兵庫、久綱様と共に過ごすことはできないだろう。あいつらの随行を許してくれるほど、義久は器が大きくはない、

 

「何を悔しそうにしておるのだ綱憲。喜べ、薄汚れた血のお前には本来は斬首が妥当なのだぞ? それを生かしてやったのだ、どこに悔しがる道理がある?」

 

 心底愉快そうに煽る義久。

 まあ、それはそうだろうな、こいつは俺の苦しむ様を見て楽しむようなクズだから当然の反応だ。

 むしろこれで顔を合わせるのも最後だと思えば、我慢はできる。

 しかし、

 

「鹿之介のことについては、もう心配することはないぞ。お前の派閥だからとて始末はせぬ。……もっとも余のここ(・・)の処理はしてもらうがな」

 

 そう下腹部をさすりながら下卑た笑みを浮かべるこの畜生を見た時。

 

 もう、俺は我慢ならなかった。

 

「義久ああああああああッ!!てめえ!!」

 

 許せやしない。

 こいつは、俺から命以外の全てを奪おうとしている。俺の功績、俺の矜持。奴はこれらを踏みにじった。

 しかし、ここまでなら辛うじて我慢は効いたのかもしれない。

 だが、鹿之介まで汚そうとしやがって。

 刀に手を掛ける。

 一足跳びに奴の元へ行き、振り抜いて殺す。

 もう、後先なんて知ったことか。

 

「ひ、ひえッ……!」

 

 俺の殺意に義久は怯えて腰を抜かす。宇山久兼はまごついて動くことすらできない。吉弘鎮理からはかなり距離を取ってある。

 遮るものはない。あとは戦場と同じようにするだけだ。

 が、鞘から抜き放たれた刃は義久の首まで届くことはなかった。

 

「……気持ちはわからないでもないが、ここは抑えろ。こんなところで弑逆なんてされれば、俺が疑われて大友の名が地に堕ちる。南無三だ」

 

 吉弘鎮理が、直刀で俺の刃の軌道を遮ったのだ。

 いくら力を入れても微動だにしないし、それ以前に刀を合わせている感触がしない。まるで、石垣にでも斬りつけているようだった。

 こうなっては義久を斬り捨てるのは最早不可能だろう。俺は泣く泣く刀を下ろした。

 だが、このままじゃまだ腹の虫が治まらない。

 だから、未だ立ち上がれずにいる義久に向けて言いたいことを言うことにした。

 

「なあ義久。お前、本当に鹿之介を見てそういう気持ちにしかならないのか? 仮にこれが合っていたとするならば、お前には国主の資格はねえよ」

 

「今の言葉を取り消せ綱憲! 余こそ尼子の当主! 陰陽十カ国の太守! そんな余を不適と罵るか!」

 

 義久はそう言っているが、本当に適した人間ならば、俺をいびるのはともかく鹿之介の尊厳を踏みにじるようなことなど思い付きはしないだろう。

 民や家臣を慈しめない国は長くは続かない。

 これは覆しようもない集積された歴史から導き出された結論だ。

 三国志に出てくる董卓や隋の煬帝など、人民や家臣を大事にしなかった君主は次々と滅んでいった。

 尼子も滅ぶ。それも義久の愚かさによって。

 時期に合わない中央集権が国人衆と大名の間に溝を作り、そこに元就がつけ込んで切り崩す。これはもう未来知識を使わないでもわかることだ。

 ああ、全く。怒りを通り越して哀れみすら覚えてくる。

 こんな愚者のせいで鹿之介は苦難の運命を歩まねばならないのか。こんなのが出てくる時点でもう尼子なんて支える意義も価値もないというのに。

 




これがあるから西国転生。
タイトルを尼子再興記とかにしなかった理由です。
とはいえ、鹿之介にはかなり大事な役目を担ってもらうつもりなので出番が終わったわけではないです。
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